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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)351号 判決 2000年3月28日

原告

アイリスオーヤマ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成8年審判第8804号について平成11年9月10日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成4年12月25日、意匠に係る物品を「黒板ふき」とする意匠(以下「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願(意願平4-38227号)をしたが、平成8年3月21日付けで拒絶査定を受けたので、同年6月4日拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成8年審判第8804号事件として審理した結果、平成11年9月10日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年10月4日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、本願意匠(審決書別紙第一参照)は、引用意匠(登録第618122号意匠。審決書別紙第二参照)に類似するものであり、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができない旨判断した。

(ただし、審決書4頁3行の「正面」は、「背面」の誤記である。)

第3審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  本願意匠の認定(審決書2頁2行ないし5行)及び引用意匠の認定(同2頁6行ないし12行)は認める。

(2)  審決の判断(同2頁13行ないし6頁7行)のうち、両意匠の物品が実質的に同一であること(同2頁13行ないし17行)は認め、その余は争う。

2  取消事由

審決は、本願意匠と引用意匠との類否の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(基本的構成態様)

ア 上方視横長方形状の点

審決は、両意匠の基本的な構成態様の共通点として、本体部が「上方視横長方形状」(審決書2頁末行ないし3頁1行)である点を認定するが、誤りである。

上方視による本体部の縦横比を比較すると、本願意匠は約2倍弱(1.96倍程度)であるが、引用意匠は約1.25倍である。

イ 柱状の点

審決は、両意匠の基本的な構成態様の共通点として、本体部が「柱状」(審決書3頁1行)であると認定するが、誤りである。

本願意匠は、「柱状」ではなく、「扁平な箱形でポケット状」である。

ウ 黒板拭き部の点

審決は、両意匠の基本的な構成態様の共通点として、「(本体部)の左側面の周囲に僅かの余地を残して、略全面に稍厚い縦長方形板体状の黒板拭き部を取り付け、」(審決書3頁2行ないし4行)と認定するが、誤りである。

両意匠は具体的な用途と機能を備えた工業上利用できる物品の外観に関する造形デザインであるから、その物品に関する社会通念に基づいた構成単位に従ってその形状が認定されるべきである。

そうすると、本願意匠では、「断面正方形角柱」で「芯材四周を簀巻き状に払拭体が囲繞した構成」の黒板拭き部が角柱幅の約半分程度だけ本体に嵌合されていること、引用意匠では、「断面稍長方形角柱状」で「芯材を表裏から払拭体が挟んだ三層構造」の黒板拭き部が角柱幅の約3分の2程度まで本体に嵌合されていること、本体側の黒板拭き部嵌合部も、両意匠とも全面が開口され、本願意匠は、開口部の奥が壁体で閉鎖された「浅い箱形状」であり、引用意匠は、開口内に壁体がなくほぼ空洞であって、一部に2枚の補強板状物が木端口を開口方向に向けて配置されている構成であることが認定されるべきである。

エ 収納部の点

審決は、両意匠の基本的な構成態様の共通点として、「本体部に縦穴を設けて、上面を開口して収納部とした」(審決書3頁5行ないし7行)と認定するが、誤りである。

本願意匠の収納部は、断面が略「U」字形状をなす扁平箱形ポケット状の形態であるのに対して、引用意匠は、内部が略空洞な本体の両木口端面に設けられた略「U」字状蓋体状部位の半円状の右辺側に、マンホール状に「円形開孔」が穿設された形態の収納部である。

(2)  取消事由2(具体的態様)

ア 本体部全体のプロポーションの点

審決は、両意匠の具体的な態様における差異点として、「(イ)本体部全体のプロポーションにつき、本願意匠は、その横幅が引用意匠の略2倍の横長のものである点」(審決書3頁10行ないし12行)を認定するが、この点は、基本的な構成態様における差異点として取り上げられるべきである。

イ 額縁状部の点

審決は、両意匠の具体的な態様における差異点として、「(ロ)本体部の正背面につき、引用意匠は、垂直平坦面部の全面に細縁の縦長方形額縁状を現しているのに対して、本願意匠は、そのような額縁状がない点」(審決書3頁12行ないし16行)を認定するが、この点は、基本的な構成態様における差異点として取り上げられるべきである。

ウ 収納部の開口部の点

審決は、両意匠の具体的な態様における差異点として、「(ハ) 縦穴状の収納部の開口部につき、上方からみて、本願意匠は、本体部上面の左辺寄り部分に余地を設けて横長方形状の右辺を半円状とした態様であるのに対して、引用意匠は、本体部上面の右方に円形状に現れるものである点」(審決書3頁16行ないし4頁1行)を認定するが、この点は、基本的な構成態様における差異点として取り上げられるべきである。

さらに、開口部に関して具体的構成態様を認定するのであれば、開口部と開口部のある面全体との関係などを正確な比率を含めて認定すべきである。そうすると、本願意匠の開口部は、縦横比が約2倍弱の横長長方形状の右辺を半円状に丸めた形状の開口面の全体形状と略「相似形」をなす略「縦長U字形状」であって、黒板ふき嵌合部の奥行き分だけ黒板拭き側に余地を設けて形成されたためわずかに縦横比が小さくなった(約1.8倍)形状であること、開口内は四方壁に囲まれた箱形ポケット状であり、黒板ふき部嵌合部を隔離した構成であること、これに対し、引用意匠の開口部は、縦横比が約1.25倍程度であってわずかに横長方形状(約1.25倍)である本体の右辺を半円状に丸めた形状である開口面部に、該開口面部と概ね相似形で「U」字状(縦横比約1.5倍)に浅く凸設された蓋状平坦面を配置し、その面上の半円形状の右辺寄り位置に「正円形」に開口されたものであり、開口部内に黒板拭き部の後端面が開口部の直径の5分の1程度を塞ぐように突出した構成であることなどが認定されるべきである。

エ 板磁石の点

審決は、両意匠の具体的な態様における差異点として、「(ニ) 縦長方形状の板磁石の取り付け位置及び横幅につき、本願意匠は、背面左右中央部に取り付けられ、幅広であるのに対して、引用意匠は、左端部に取り付けられ、幅狭で額縁状部にはめ込まれている点」(審決書4頁1行ないし6行)を認定するが、具体的な寸法・構成比の違いを認定すべきである。

本願意匠の板磁石は、縦横比が約2.5倍であり、引用意匠の板磁石は縦横比が約5.3倍である。

(3)  取消事由3(類否判断)

ア 共通点の評価

審決は、「共通点については、全体の基本的な構成態様であって、形態全体の基調を構成するものであ(る)」(審決書4頁10行ないし12行)と判断するが、誤りである。

審決の認定する基本的な構成態様からは、本体のプロポーションが除外されており、しかも、開口部の形状に関する認定も具体性を欠いており、審決認定の共通点は、全体の基本的な構成とも形態全体の基調ともならない。

イ 引用意匠の新規性

審決は、「さらに引用意匠の出願前においては、本願物品として近似態様のものが発見されず、極めて特徴的な態様であり、その影響は、全体として極めて大きいものというべきである。」(審決書4頁12行ないし16行)と判断するが、誤りである。

甲第19号証(登録第553972号意匠)の意匠は、引用意匠出願前に登録された意匠であり、少なくとも「方形状の右辺を半円状に丸めた柱状を成す本体部」を備え、「左側面に黒板ふき部を取り付け」たものであるから、引用意匠は、その基本的構成態様のすべてにおいて全く近似した態様のものがないものではない。

また@甲第21号証(登録第618123号意匠)に示すとおり、引用意匠の出願人が引用意匠と同時に出願した意匠も、「全体が、上方視方形状の右辺を丸めた柱状を成す本体部の、その左側面の周囲に僅かの余地を残して、略全面に稍厚い縦長方形板体状の黒板ふき部を取り付け、背面側に厚さの薄い縦長長方形板状の板磁石を取り付け、本体部に縦穴を設けて、上面を開口して収納部とした基本的な構成態様のものである点」は完全に一致し、差異点は「上方視方形状」が「縦長」か「横長」か、及び「右辺」が「半円状」か「扁平半円状」かとの差異だけでありながら、引用意匠とは非類似の意匠として別個に登録されている。

その後も、甲第22号証(登録第766687号意匠)に示すとおり、「全体が、上方視方形状の右辺を半円状に丸めた本体部の、その左側面の周囲に僅かの余地を残して、略全面に稍厚い縦長方形板体状の黒板ふき部を取り付け、背面側に厚さの薄い縦長長方形板状の板磁石を取り付けた」態様において共通する意匠が、全体が「く」の字状に曲がっていることと、収納部を備えないこととにより「非類似意匠」として別個に登録されている。

これらの特許庁における登録状況に照らせば、本願意匠との対比においても、引用意匠を審決のように過大に評価することはできず、特に、甲第21号証の意匠が専ら全体のプロポーションの違いに帰する差異によって引用意匠とは非類似の意匠として別個に登録されていることにかんがみれば、引用意匠の評価においても、全体が「柱状」をなす独自のプロポーションが重視されるべきである。

ウ 本体部全体のプロポーションの差異の評価

審決は、「(イ)の点(注・本体部全体のプロポーション)は、共に本体部が上方視横長方形状の右辺を半円状に丸めた柱状を成し、左側面の略全面に縦長に黒板拭き部を設け、背面側に縦長方形状の板磁石を取り付けた構成とした点がこの差異を圧しており、その影響は軽微に止まるものである。」(4頁17行ないし5頁3行)と判断するが、誤りである。

前記のとおり、上方視による本体部の形状は、縦横比が本願意匠(2倍弱)と引用意匠(約1.25倍)とでは大きく異なる。また、本願意匠は「扁平箱形ポケット状」と認定されるべきである。

一方、側面の略全面に縦長に黒板拭き部を取り付ける構成や、背面に板磁石を取り付ける構成は、甲第21及び第22号証に示すとおり、本願意匠の出願前において公然知られた構成であり、さほど重視されるべきものでもない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

エ 額縁状部の評価

審決は、「(ロ)の点(注・額縁状部)は、表面の浅い付加的態様の差異であって、また本願の態様に特徴があるものでもなく、その影響は、微弱である。」(審決書5頁3行ないし6行)と判断するが、誤りである。

本願意匠は、凹陥部に略面一に埋め込むように磁石を貼付するなどして表面の凹凸を極力排除し、全体の平坦でシンプルな造形美を強めている点に独自のデザインの特徴がある。これに対し、引用意匠は、逆に本体に凸出する額縁状部を対にして設けて立体的変化を付け、立体的構成美を示そうとしている点に独自のデザインの特徴がある。このような点は、両意匠の美的外観の特質の違いとして評価されるべきである。

オ 収納部の開口部の評価

審決は、「(ハ)の点(注・収納部の開口部)は、この穴の態様のみを比較すると相当な差異というべきであるが、近似する柱状に縦穴を設けて、上面を開口して収納部とした共通点に比すれば、部分的な態様の差異に止まり、その影響は、軽微というべきである。」(審決書5頁6行ないし11行)と判断するが、誤りである。

前記のとおり、本願意匠は、扁平な本体形状と開口部の広さから「扁平箱形ポケット状」を呈するというべきである。

カ 板磁石の評価

審決は、「(ニ)の点(注・板磁石)は、略同部位に縦長方形板状の磁石を取り付けた態様の共通点がこの差異を凌駕しており、その影響は、微弱に止まるものである。」(審決書5頁11行ないし14行)と判断するが、誤りである。

本願意匠は、正面上下左右に余白を設けて略中央部に取り付けられ、縦横比が約2.5:1のものである。これに対し、引用意匠は、細幅凸条額縁状部内に嵌め込まれて、縦横比が約5.3:1もの細長い磁石が貼り付けられているから、この点の差異も微弱ではない。

さらに、引用意匠の構成は、額縁状凸条部と相まって引用意匠の立体的造形感を高めているのに対し、本願意匠では、逆によりポケットらしくシンプルで平坦にすべく凹陥部に落とし込むようにして面一に近くなるように貼付されている点に注目すべきである。

キ 差異点を総合しての評価

審決は、「これらの差異点が纏まって相乗的な効果が付加される点を考慮したとしても、上記差異点が類否判断に及ぼす影響は、全体として軽微程度に止まるというべきである。」(審決書5頁15行ないし19行)と判断するが、以上述べたとおり、誤りである。

第3審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(基本的構成態様)について

ア 上方視横長方形状の点について

一般的に部品を結合して立体的な形態を形成する場合には、幹たる部分と枝葉の部分で構成されるものであり、その形態の認定においては、両者を区別して認定し、幹たる部分を全体の基本的な構成態様と捉え、枝葉の部分を各部の具体的な態様と捉えることが妥当である。そして、一般に幹たる部分は、意匠の骨格であるといえ、枝葉の部分よりもその意匠の類否判断において重視すべきことが多いことは、一般に承認されている。また、全体の基本的な構成態様は、意匠に係る形態の基幹的要素を抽出するものであって、具体的な表面形態を精緻に把握する各部の具体的な態様の認定に比し、やや抽象的表現となる面がある。

このような観点にしたがって、両意匠の基本的な構成態様について認定すると、磁力によってホワイトボードに吸着させるという構造上の制約によって、前方への突出程度には自ずと限度があり、収納部を設けつつも比較的厚みの薄いものとする必要があること、ある程度広い吸着面が必要であること等の配慮の下に導き出された形態であるとの意味が「上方視横長方形状の柱状」の語に込められているのである。

このことに比べれば、本願意匠の縦横比の違いは、その横長の程度差にすぎず、従たる要素であるというべきであり、各部の具体的な態様の部分においてこれを認定したことは当然のことである。

仮にその縦横比の違いを全体の基本的な構成態様の差異として位置付けた場合、具体的な態様における差異点(イ)が基本的な構成態様における差異として表現されることとなり、その類否に及ぼす影響は多少重くなるとしても、この点を除く全体の基本的な構成態様の共通点が、この差異をはるかに凌駕しており、これによって結論が左右されるものではない。

イ 柱状の点について

審決の「柱状」が意味するところは、本体部の外形を示しているものである。

そして、プロポーションに多少の差はあっても、共にその高さが横幅及び奥行きを凌駕するものであるから、両意匠の本体部全体を「柱状」と捉えたことに誤りはない。

ウ 黒板拭き部の点について

両意匠の黒板拭き部が方形角柱状で、取り外し可能のものであること、2面又は4面使用が可能であることは、基本的な構成態様の認定としては細かすぎるものである。審決は、原告主張の細かな形態認定に具体的に言及するまでもなく的確な結論を得られることから、主たる態様を取り上げて判断したものであって、その判断に誤りはない。

エ 収納部の点

原告主張の態様については、具体的な態様の差異点(ハ)としてほぼ的確に認定しており、差異点(イ)と差異点(ハ)を併せて理解すれば、この部分の形態の認定として不十分な点はない。

(2)  取消事由2(具体的態様)について

ア 本体部全体のプロポーションの点について

前記(1)アのとおりである。

イ 額縁状部の点について

額縁状部の有無は、表面の浅い付加的な態様の差異にすぎず、審決がこれを具体的な態様における差異点として認定したことに誤りはない。

ウ 収納部の開口部の点について

前記(1)エのとおりである。

原告は、開口部の具体的な態様について、より細かく認定すべき旨主張するが、それは、審決が認定した点を数値を加えて言い換えた程度の違いであって、審決の結論に影響を及ぼすものではない。

エ 板磁石の点について

意匠は、視覚を通じて感性的美的に認識されるものであることから、数値的に認定することはできるだけ避けるべきであって、むしろ審決のした「幅広」、「幅狭」との表現の方が適切かつ十分である。

(3)  取消事由3(類否判断)について

ア 共通点の評価について

原告は、審決の認定する基本的な構成態様からは、本体のプロポーションが除外されており、しかも、開口部の形状に関する認定も具体性を欠いているから、審決認定の共通点は全体の基本的な構成とも形態全体の基調ともならない旨主張するが、原告の主張は、前記(1)ア、エ、(2)ウのとおり、その前提を欠いており、失当である。

イ 引用意匠の新規性について

引用意匠について調査した結果、引用意匠に先行する意匠において近似するものが発見されなかったものであり、この事実に基づいて、審決においては、基本的な構成態様の共通点が類否に及ぼす影響を高く評価したものである。

甲第19号証の意匠は、審決が認定した基本的な構成態様の全部を持ち合わせたものでなく、これをもって、審決における基本的構成態様の類否に及ぼす影響の評価を審決の判断より小さく評価すべき根拠とはなり得ない。

甲第21号証の意匠についても、上方視横長方形状でもなく、右辺を半円状に丸めたものでもなく、審決でいう全体の基本的な構成態様を持ち合わせたものでない。また、甲第21号証の意匠については、先行意匠の状況からみて、引用意匠の創作のいわゆるバリエーションデザインに属するものといえ、類似するとの判断が十分に可能のものと考える。したがって、甲第21号証の意匠の存在をもって、直ちに本願意匠が引用意匠と類似しないとする理由とはならないものである。

甲第22号証の意匠は、その図面から明らかなとおり、審決における全体の基本的な構成態様とは大きく相違し、引用意匠に類似するとは到底いえないもので、引用意匠と類似しないものとして登録を受けたことは当然である。

ウ 本体部全体のプロポーションの差異の評価について

原告の主張は、両意匠の基本的な構成態様の認定に誤りがあることを前提とするものであるが、前記(1)アのとおり、原告の主張は、その前提を欠いており、失当である。

甲第21及び第22号証との関係についての主張に対しても、前記イに反論したとおりである。

エ 額縁状部の評価について

(ロ) の点については、表面的で浅い凹凸であって、付加的な態様の違いにすぎないものである。さらに、本願意匠のその点の態様が特徴的というほどのものでない。

したがって、(ロ)の点の影響が全体として微弱であるとした審決の判断に誤りはない。

オ 収納部の開口部の評価について

審決は、本体の外形と縦穴形状を区別して、さらにこれらを基本的な構成態様と、各部の具体的な構成態様に分けて認定しているものであって、本願意匠についてのみこれに縦穴部を含めたものと捉えて「扁平箱形ポケット状」というべきであるとする原告の主張は、両意匠の対応しない部分の形態を比較して差異があると主張するものであって、形態比較の方法として誤っている。

さらに、原告の主張のとおり捉えたとしても、その具体的な態様としては、審決認定のとおりの差異点(ハ)は残存し、審決のとおり評価されるものである。

カ 板磁石の評価について

審決は、上方視横長方形状の柱体の背面に縦長方形板状の磁石を取り付けた態様が、黒板表面に本件物品を吸着させて固定させる態様を可能としている点を重視し、この点に比べれば、板磁石の位置、大きさの違いは劣るものと判断し、全体としてのその類否に及ぼす影響を微弱と評価したものであり、その判断に誤りはない。

原告は、差異点(ニ)に加えて差異点(ロ)を加味しながら、具体的な長さ比の違い、面一状である点等の差異を指摘して、その影響は微弱ではないと主張するが、審決は、差異点(ロ)と差異点(ハ)を区別してそれぞれについて類否に及ぼす影響の大きさを評価しており、原告のように既に評価した態様を別の比較評価において再び加えることは、不当である。

キ 差異点を総合しての評価について

審決は、両意匠について、その共通点、差異点を正しく認定、抽出し、さらに、そのそれぞれ及び全体の類否に及ぼす影響の大きさについて、創作奨励の法目的に沿って先行意匠調査の結果を踏まえて客観的適正に衡量し、評価判断をしているものであって、その結論においても誤りはない。

理由

1  物品の同一等

本願意匠の認定(審決書2頁2行ないし5行)、及び引用意匠の認定(同2頁6行ないし12行)は、当事者間に争いがない。

さらに、審決の判断(同2頁13行ないし6頁7行)のうち、両意匠の物品が実質的に同一であること(同2頁13行ないし17行)は、当事者間に争いがない。

2  共通点及び差異点

上記本願意匠の認定及び引用意匠の認定並びに甲第2及び第6号証によれば、本願意匠と引用意匠には、次の共通点及び差異点があることが認められる(基本的な構成態様か、具体的な態様かの点は、後に判断する。)。

(1)  共通点

a  全体が、上方視横長方形状の右辺を半円状に丸めた柱状を成す本体部の、

b  その左側面の周囲にわずかの余地を残して、略全面にやや厚い縦長方形板体状の黒板拭き部を取り付け、

c  背面側に厚さの薄い縦長方形板状の板磁石を取り付け、

d  本体部に縦穴を設けて、上面を開口して収納部とした点

(2)  差異点

(イ)  本体部全体のプロポーションにつき、本願意匠は、高さを同じにそろえると、その横幅が引用意匠の略2倍の横長のものである点、

本体部の上方視横長方形状の縦横比を比較すると、本願意匠は約2倍であるが、引用意匠は約1.25倍である点、

(ロ)  本体部の正背面につき、引用意匠は、垂直平坦面部の全面に細縁の縦長方形額縁状を現しているのに対して、本願意匠は、そのような額縁状部がない点、

(ハ)  縦穴状の収納部の開口部につき、上方からみて、本願意匠は、本体部上面の左辺寄り部分に余地を設けて右辺を半円状とした態様であるのに対して、引用意匠は、本体部上面の右方に円形状に現れるものである点、

より詳細には、本願意匠の収納部の開口部は、縦横比が約2倍の横長長方形状の右辺を半円状に丸めた形状の開口面の全体形状と略「相似形」をなす略「縦長U字形状」であって、黒板拭き嵌合部の幅分だけ黒板拭き側に余地を設けて形成されたためわずかに縦横比が小さくなった(約1.8倍)形状であるのに対し、引用意匠の収納部の開口部は、縦横比が約1.25倍程度であってわずかに横長方形状(約1.25倍)である本体の右辺を半円状に丸めた形状である開口面に、該開口面部と概ね相似形で「U」字状(縦横比約1.5倍)に浅く凸設された蓋状平坦面を配置し、その面上の右辺寄り位置に「正円形」に開口されたものである点、

(ニ)  縦長方形状の板磁石の取付位置及び横幅につき、本願意匠の板磁石は、背面左右中央部に取り付けられ、幅広であるのに対して、引用意匠の板磁石は、左端部に取り付けられ、幅狭で額縁状部にはめ込まれている点、

より詳細には、本願意匠の磁石は、縦横比が約2.4:1であり、引用意匠の磁石は、縦横比が約5.3:1である点

(3)  共通点及び差異点の認定に関する原告の主張に対する判断

ア  原告は、審決が本願意匠を「柱状」(審決書3頁1行)と認定した点は誤りである旨主張するが、前記認定の本願意匠の形状によれば、本願意匠の高さは、その奥行きはもちろん横幅よりも長いものであるから、これを「柱状」と表現することが誤りであると認めることはできず、原告の上記主張は採用することができない。

イ  原告は、両意匠は、その物品に関する社会通念に基づいた構成単位に従って認定されるべきであり、そうすると、本願意匠では、「断面正方形角柱」で「芯材四周を簀巻き状に払拭体が囲繞した構成」の黒板拭き部が角柱幅の約半分程度だけ本体に嵌合されていること、引用意匠では、「断面稍長方形角柱状」で「芯材を表裏から払拭体が挟んだ三層構造」の黒板拭き部が角柱幅の約3分の2程度まで本体に嵌合されていること、本体部側の黒板拭き部嵌合部も、両意匠とも全面が開口され、本願意匠は、開口部の奥が壁体で閉鎖された「浅い箱形状」であり、引用意匠は、開口内に壁体がなくほぼ空洞であって、一部に2枚の補強板状物が木端口を開口方向に向けて配置されている構成であることが認定されるべきである旨主張する。

しかしながら、両意匠が看者により観察される多くの場合は、黒板拭き部が本体部に嵌合された状態であると認められる。しかも、本体部開口部の奥は、通常黒板拭き部がはめ込まれており、看者の注意を惹きにくい箇所であると認められる。したがって、両意匠の対比に当たり、原告主張の上記の点まで認定すべきものとはいえず、原告の上記主張は採用することができない。

ウ  原告は、本願意匠は、開口内は四方壁に囲まれた箱形ポケット状であり、黒板拭き部嵌合部を隔離した構成であるのに対し、引用意匠は、開口内に黒板拭き部の後端面が開口部の直径の5分の1程度を塞ぐように突出した構成である点も差異点として認定すべきである旨主張するが、両意匠の対比に当たり、このような看者の注意を惹きにくい箇所まで認定する必要があるものと認めることはできない。

3  両意匠の類否判断

前記2に認定の両意匠の共通点、差異点に基づき、両意匠の類否について判断する。

(1)ア  両意匠は、a 全体が、上方視横長方形状の右辺を半円状に丸めた柱状を成す本体部の、b その左側面の周囲にわずかの余地を残して、略全面にやや厚い縦長方形板体状の黒板拭き部を取り付け、c 背面側に厚さの薄い縦長方形板状の板磁石を取り付け、d 本体部に縦穴を設けて、上面を開口して収納部とした点、で共通するものではあるが、本体部全体のプロポーションにつき、高さを同じにそろえると、本願意匠は、その横幅が引用意匠の略2倍の横長のものである点、及び上方視横長方形状の縦横比を比較すると、本願意匠は約2倍であるが、引用意匠は約1.25倍である点、で相違するものである。

しかし、本願意匠は、引用意匠の有する上記aないしdの特徴をそのままにして、全体を左右方向に引き延ばして引用意匠の本体部の半円状部以外の部分を長くした形状を有するものであるから、両意匠は、本体部全体のプロポーションの差異等を考慮しても、基本的な構成態様において共通しているものと認められる。

そして、このような基本的な構成態様における共通点は、形態全体の基調を構成するものであり、その類否判断における影響は全体として極めて大きいものと認められる。

イ  原告は、甲第19、第21及び第22号証の特許庁における登録状況に照らせば、本願意匠との対比においても、引用意匠を審決のように過大に評価することはできず、特に、甲第21号証に示した意匠が、もっぱら全体のプロポーションの違いに帰する差異によって引用意匠とは非類似の意匠として別個に登録されていることにかんがみれば、引用意匠の「柱状」をなす独自のプロポーションが重視されるべきである旨主張する。

しかしながら、甲第19号証によれば、登録第553972号意匠は、正面視において、長方形ではなく、右側上下の角を隅丸に形成している点、黒板拭き部が2本の円柱状のものである点、ペン等の収納部を有していない点等において、引用意匠とは形状を相当異にしていることが認められる。

また、甲第22号証によれば、登録第766687号意匠は、本体部がその中央で「く」の字状に曲がっている点、ペン等の収納部を有していない点等において、引用意匠と明らかに形状を異にしていることが認められる。

さらに、甲第21号証及び弁論の全趣旨によれば、登録第618123号意匠は、引用意匠の出願人によって同日に出願されたものであり、引用意匠の開口部を奥行き方向に2つ設けた点で異なるが、その他の引用意匠の特徴点を保持しており、本来、引用意匠の類似登録意匠として登録されるべきものであった可能性が高いものと認められる。

以上によれば、審決が説示するとおり、引用意匠の有する前記の基本的な構成態様は、「引用意匠の出願前においては、本願物品として近似態様のものが発見されず、極めて特徴的な態様であり、その(類否判断に及ぼす)影響は、全体として極めて大きいもの」(審決書4頁12行ないし15行)ということができ、本件における両意匠の類否の判断において、全体のプロポーションの違いを重視すべきであり、引用意匠の全体が「柱状」をなす独自のプロポーションが重視されるべきである旨の原告の主張は採用し難い。

(2)  差異点(ロ)(額縁状部の有無)は、原告主張のとおり、本願意匠は全体が平坦でシンプルなものであり、引用意匠は、本願意匠に比し、立体的に構成されたものであることに関連している面があるものと認められるが、前記基本的な構成態様の共通点に比し、類否判断に与える影響は微弱であるといわざるを得ない。

(3)  差異点(ハ)(収納部の開口部)も、前記基本的な構成態様の共通点に比し、その類否判断に与える影響は微弱であるといわざるを得ない。

(4)  差異点(ニ)(板磁石)の点も、前記基本的な構成態様の共通点に比し、その類否判断に与える影響は微弱であるといわざるを得ない。

(5)  差異点(イ)ないし(ニ)を総合しても、本願意匠が、意匠全体として引用意匠とは別個の美感を呈するに至っていると認めることはできない。

これに反する原告の主張は採用することができない。

(6)  そうすると、本願意匠は、形態においても、共通点が差異点を凌駕するものであって、本願意匠は、引用意匠に類似するものというべきであり、これと同旨の審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

4  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから、棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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