東京高等裁判所 平成11年(行ケ)36号 判決 1999年10月28日
原告
株式会社モリヤマ
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁理士
B
被告
特許庁長官 C
指定代理人
D
同
E
同
F
同
G
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 請求
特許庁が平成9年異議第74907号事件について平成10年12月11日にした決定を取り消す。
第2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「マウス用マット」とする実用新案登録第2533002号(平成5年6月1日出願(実願平5‐34830号)、平成9年1月29日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。
アキレス株式会社は、平成9年10月15日、本件考案の登録につき登録異議の申立てをし、特許庁は、この申立てを平成9年異議第74907号事件として審理した。原告は、平成10年3月30日付け訂正請求書により明細書の訂正を請求したが(以下「本件訂正」という。)、特許庁は、平成10年12月11日、本件考案の登録を取り消す旨の決定をし、その謄本は、平成11年1月11日原告に送達された。
1 本件考案の特許請求の範囲の記載
(1) 本件訂正請求書の請求項1に係る考案(以下「訂正考案」という。)の請求項1の記載
コンピューターの入力装置であるマウスでコンピューター本体にデータや命令を入力する際に使用するマットであって、
柔軟なプラスチックフォーム層の上に、マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる強靱な紙シート又はプラスチックシートからなる表面シートを接着したことを特徴とするマウス用マット。
(2) 本件考案の請求項1の記載
コンピューターの入力装置であるマウスでコンピューター本体にデータや命令を入力する際に使用するマットであって、
柔軟なプラスチックフォーム層の上に、マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる素材からなる表面シートを接着したことを特徴とするマウス用マット。
3 決定の理由
決定の理由は、別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)に記載のとおりであり、決定は、訂正考案の請求項1の記載は、考案の構成に欠くことができない事項のみを記載したとは認められないから、実用新案法5条5項の規定に違反し、訂正考案は実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができないものであり、本件訂正は認められないと判断した上、本件考案は、実用新案法5条5項の規定を満たすことができないものであるから、その登録を取り消すべきである旨判断した。
第3 決定の取消事由
1 決定の認否
(1) 決定の理由(1) (手続きの経緯)は認める。
(2) 決定の理由(2) (訂正の適否)のうち、1(訂正明細書の請求項1に係る考案。決定書2頁14行ないし3頁7行)及び2(訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否。決定書3頁9行ないし14行)は認める。3(独立実用新案登録要件の判断。決定書3頁16行ないし4頁17行)及び4(むすび。決定書4頁19行ないし5頁3行)は争う。
(3) 決定の理由(3)(異議申立てについて。決定書5頁5行ないし6頁3行)は争う。
(4) 決定の理由のうち「備考」については、1(実用新案登録権者の主張。決定書6頁6行ないし7頁8行)は認め、2(当審の見解。決定書7頁10行ないし12頁13行)は争う。
(5) 決定の結論(決定書12頁12頁14行ないし17行)は争う。
2 取消事由
決定は、訂正考案は、考案の構成に欠くことができない事項のみを記載したとは認められないことから、実用新案法5条5項に違反し、実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができない旨(決定書4頁7行ないし17行)判断するが、誤りである。
(1) 本件訂正により、「柔軟なプラスチックフォーム層」、「マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止するとともに、マウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる」との限定に加え、「強靱な紙シート又はプラスチックシート」からなる表面シートとの限定を加えているものであり、当業者が本件考案の出願当時の技術水準を前提としてこの記載を読めば、訂正考案と他のものとを区別することができるものである。
すなわち、本件考案の出願当時、マウスといえば、小型の箱形のもので、机上で下面のボールをスライドさせるとそれに伴って画面のカーソルが移動し、付属のボタンでアイコンを指定したり図形を入力したりすることができるものと一般に理解されていた。しかも、マウスは、その用途機能から、大きさ、形状や質量等は大体決まっており、また、マウスのボ-ルの質量や大きさ等もマウスの形状や大きさ等に制約されて、ほとんど差がなかったものである。
したがって、訂正明細書(甲第6号証)を読んだ当業者は、そこに記載されたマウスとは本件考案の出願当時一般に使用されている標準的なマウスを意味すると理解するのが自然であるから、訂正明細書にマウスの構造や特性等を具体的に記載しなくても、考案の特定としては十分である。
(2) また、表面シートについては、マウスのボールが柔軟なプラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止するとともに、マウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる強靱な紙シート又はプラスチックシートで形成した旨記載しているものであり、当業者であれば、訂正考案と他のものとを区別することができるものである。
(3) 訂正考案では、マウスのボ-ルの質量、大きさ、表面状態、操作等の形状に様々なものがあろうとも、また、それらに応じてマットの構成が変化するにしても、マウスを使用する際、「マウスのボ-ルがプラスチックフォ-ム層に適度に食い込んでスム-ズに回転させることができる」ことを満たしていれば、「マウスボ-ルのスリップによるカ-ソル移動時の誤差をなくすことができる」という訂正考案の効果を奏することができるものであるから、訂正考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、考案の必須の構成を他の考案のものと区別すべく過不足なく特定して表現しているのものであり、決定のように具体的な数値等を挙げて限定する必要はない。
(4) 被告の主張は、実用新案登録請求の範囲の記載が実用新案法5条5項に適合するかどうかの問題と、特定のマットが訂正考案の技術的範囲に属するかどうかの問題とを混同するものであり、失当である。
第4 決定の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
原告主張の決定の取消事由は争う。
2 反論
(1) 原告は、訂正明細書を読んだ当業者は、ここに記載されたマウスとは本件考案の出願当時一般に使用されている標準的なマウスを意味すると理解するのが自然であるから、訂正明細書にマウスの構造や特性等を具体的に記載しなくても、考案の特定としては十分である旨主張する。
しかしながら、マウスのボールの質量、大きさ、表面状態等の形状には様々なものがあることから、「適度に食い込む」、「スムーズに回転」させるためのマットの構成は、マウスのボールの質量、大きさ、表面状態、操作等により異なるものであり、これらのボールの特性等に応じて「適度に食い込む」、「スムーズに回転」するという機能を奏するマットの構成も変化することは明らかである。
(2) また、原告は、表面シートについても、マウスのボールが柔軟なプラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止するとともに、マウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる強靱な紙シート又はプラスチックシートで形成したと記載することにより、当業者は他のものと区別することができるものである旨主張する。
しかしながら、原告も認めているように「プラスチックフォーム層、表面シートの材料、材質、表面状態、積層体としてのマットの堅さ等にはいろいろある」ことは自明のことであることを勘案すると、訂正考案の実用新案登録請求の範囲の「マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる強靱な紙シート又はプラスチックシートからなる表面シート」との記載は、数値及び客観的な記載を含まない機能的記載で、いわば表面シートに持たせたい望ましい機能を表現しているにすぎない。
(3) したがって、考案としては、そのような機能を実現するに必要かつ十分な要件を具体的な形状、構造、組合せの形態で特定する必要があるが、「適度に食い込む」とはどの程度の食い込みか、「スムーズに回転」とはどの程度の回転の具合か、そうでないものとの境界がどこにあるのかを客観的に規定することができないので、「物品の形状、構造及びその組合せ」を特定することができないものである。
よって、原告の上記主張は失当である。
理由
1 争いのない事実
決定の理由(2)(訂正の適否)のうち、1(訂正明細書の請求項1に係る考案。決定書2頁14行ないし3頁7行)及び2(訂正の目的の適否及び拡張・変更の存否。決定書3頁9行ないし14行)は当事者間に争いがない。
2 訂正の適否について
(1) まず、「マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる」との要件は、訂正考案の実用新案登録請求の範囲に記載されたものであるから、それを考案の構成に欠くことができない事項ではないと解することはできないことは当然である。
(2) 次に、「マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる」との要件の意味が明確であるか否かについて検討する。
ア 上記要件のうち、「適度に食い込(む)」、「スムーズに回転」との要件は、それ自体は、主観的な表現であるといわざるを得ない。
そして、「適度にくい込(む)」がどの程度の食い込みを意味するのかは、訂正考案の実用新案登録請求の範囲の記載自体からは明らかではなく、また、訂正明細書(甲第6号証)の考案の詳細な説明の欄をみても、それを定量的又は客観的に定義したり説明している記載は見いだせない。しかも、本件考案の出願当時、上記「適度に食い込(む)」との構成が意味するところが当業者にとって自明であったことを認めるに足りる証拠もない。
さらに、「スムーズに回転」との構成の意味についても、どの程度の回転がスムーズであるのかを定量的又は客観的に定義したり説明している記載は、訂正明細書の実用新案登録請求の範囲や考案の詳細な説明の欄にはなく(訂正明細書(甲第6号証)を見ても、マウスのボールの質量、大きさ、表面状態等を具体的に記載し、マウスに加える力の大きさを変化させるなどして、表面シートの材質や厚さを規定した本来の実施例と呼べるものは、一切記載されていない。)、しかも、本件考案の出願当時、上記「スムーズに回転」との構成が意味するところが当業者にとって自明であったことを認めるに足りる証拠もない。
イ 原告は、本件考案の出願当時、マウスの大きさ、形状や質量等は大体決まっており、また、表面シートについても、マウスのボールが柔軟なプラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止するとともに、マウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる強靱な紙シート又はプラスチックシートで形成した旨記載しているものであり、当業者であれば、訂正考案と他のものとを区別することができる旨主張する。
しかしながら、弁論の全趣旨によれば、マウスのボールの質量、大きさ、表面状態等の形状には様々なものがあるから(これに反する原告の主張は採用することができない。)、マウスのボールの質量、大きさ、表面状態等の具体的な形状が訂正明細書に接する当業者にとって自明のことであったとも認められず、しかも、「適度に食い込(む)」、「スムーズに回転」させるとの構成が意味するところが当業者にとって自明であったとも認められないことは上記説示のとおりであるから、訂正考案と他のものとを区別することができる旨の原告の上記主張は採用することができない。
ウ そうすると、「マウスのボールが前記プラスチックフォーム層に嵌り込んで動かなくなることを防止すると共にマウスのボールがプラスチックフォーム層に適度に食い込んでスムーズに回転させることができる」との要件は、その外延が明確ではないといわざるを得ず、訂正考案は考案の構成に欠くことができない事項のみを記載したとは認められないから、実用新案法5条5項の規定に違反し、実用新案登録出願の際独立して実用新案登録を受けることができない旨の決定の判断に誤りはない。
3 結論
以上によれば、決定がした訂正考案についての独立実用新案登録要件の判断に誤りはなく、また、本件考案の請求項1の記載は実用新案法5条5項の規定を満たすことはできない旨の決定の判断にも誤りはないものと認められる。
よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年10月14日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)