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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)372号 判決 2000年10月25日

原告

三共株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

【G】

被告

株式会社三共消毒

代表者代表取締役

【H】

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巌

同弁理士

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成10年審判第35039号事件について平成11年9月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、別紙1記載の構成より成り、指定役務を商標法施行令別表の区分による第37類「衛生害虫・建造物害虫・食品害虫・貯穀害虫・衣服害虫・不快害虫類の駆除及び予防施行、害獣・バードコントロールの予防施行、病原菌・一般殺菌の消毒及び防カビ施行、ガスくん蒸施工、床下換気扇取付工事、家屋の改築・増築・補修」(以下、この指定役務に属する役務を「本件役務」という。)とする登録第3330898号商標(平成4年9月2日登録出願、平成9年7月11日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成10年1月23日、被告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成10年審判第35039号事件として審理した上、平成11年9月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年10月25日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標をその指定役務について使用した場合、これに接する取引者、需要者が、請求人(原告)又は別紙2の(1)~(3)記載の請求人の各商標(以下、これらの各商標を個別に表示するときは、別紙2の(1)~(3)の番号に従って「引用商標(1)」等のようにいい、一括して表示するときは「引用各商標」という。)を想起するようなことはなく、請求人の著名な略称を表したものと認識、理解するとはいえず、また、本件商標を使用した役務が、請求人又は同人と組織的又は経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのように、役務の出所について混同を生ずるおそれはないから、本件商標の登録は、商標法4条1項8号、同項10号及び同項15号に違反してされたものということはできず、同法46条1項1号により無効とすることはできないとした。

第3原告主張の審決取消事由

審決は、本件商標につき商標法4条1項15号該当性の判断を誤り(取消事由1)、また、本件商標が引用各商標との関係において、同項12号に該当することを看過した(取消事由2)結果、本件商標を同法46条1項1号により無効とすることはできないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)

原告がわが国において著名な製薬会社であり、引用各商標が原告の業務に係る商品「薬剤」等を表示するものとして著名であることは、審決の認定する(審決書12頁2行目~6行目)とおりであるが、原告は、昭和35~36年ころから本件役務に属する白アリ防除施工の業務を開始し、新聞、雑誌等による当該業務についての一般個人向け及び業界向けの活発な宣伝広告活動によって、遅くとも昭和40年代初めには、引用各商標は、本件役務に関しても著名商標としての地位を確立して現在に至っている。

ところで、審決は、被告が「三共消毒」の文字を使用して、昭和49年ころから白アリ、南京虫、家ダニの駆除等の業務を行い、これに関する宣伝広告を継続して各新聞に掲載していること(審決書12頁11行目~14行目)、全国に「三共」の文字を含む会社が少なくとも数千社存在すること(同頁15行目~18行目)を認定し、さらに、本件商標と引用各商標が、称呼、外観、観念のいずれの点においても非類似の商標であると判断した(同12頁19行目~13頁13行目)上、本件商標をその指定役務に使用した場合に、「該役務が請求人又は同人と組織的若しくは経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかの如く役務の出所について混同を生ずるおそれはない」(同13頁19行目~22行目)と判断した。

しかしながら、その判断は次のとおり誤りである。

(1)  被告が「三共消毒」の文字を使用して、昭和49年ころから白アリの駆除等の業務を行っていることは認めるが、本件商標の登録出願時において、本件商標が著名であったということはできない。

この点につき、被告は、被告が白アリ等の防除、駆除の業務につき盛大な宣伝広告活動を行い、本件商標が被告の商標として広く知られた著名商標となった旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

(2)  全国に「三共」の文字を含む会社が多数存在するとの事実に関し、乙第227号証(帝国データバンク作成の企業情報リスト)の「サンキョウ」の称呼を生ずる文字から始まる会社のリストに掲載された各会社は、全業種にまたがるものであって、このうち、薬品メーカーは原告のみであり、また、薬品メーカーが直接本件役務を行っている例も原告以外にはない。したがって、「三共」の文字を含む会社が多数存在しようとも、本件役務に属する防除施工業者及び一般需要者間において、「サンキョウ」と称呼した場合には原告を指称するものと理解されており、取引等に当たって会社名を口頭で表示する場合に、単に「サンキョウ」と称呼したのみでは特定できないとする被告の主張は事実に反する。

(3)  審決は、「本件商標は、『三共消毒』の文字よりなるところ、『消毒』の文字が、『病原菌を殺し感染を防止すること。』の意味を有するとしても、該文字は、同じ書体、同じ色彩で、まとまりよく一体に構成されている・・・事実を考慮すれば、本件商標は、その構成全体をもって一体不可分のものと認識、理解されるものとみるのが自然である。」(審決書12頁19行目~13頁5行目)とした上、本件商標は「サンキョウショウドク」の称呼のみを生じ、引用各商標は「サンキョウ」の称呼を生ずるものであるから、本件商標と引用各商標とは、称呼、外観、観念のいずれの点においても非類似であるとしたものである。

しかしながら、本件商標の構成文字のうち「消毒」の文字部分は、本件商標の指定役務に関する限り、その役務を表す語として普通に用いられている語であり、自他役務の識別力を有しない部分であるから、本件商標の構成において自他役務識別力を有するのは「三共」の文字部分であり、そうすると、本件商標は、引用各商標と同じ「サンキョウ」の称呼を生ずるものである。また、本件商標も引用各商標も「3人で共同」との観念が生ずるものである。したがって、本件商標と引用各商標とが非類似であるとした審決の上記判断は誤りである。

仮に、本件商標がまとまりよく一体に構成されている故に、本件商標と引用各商標とが非類似であるとしても、本件商標が、原告の著名な商標である引用各商標の構成文字に他の文字を結合して成るものであることに変わりはなく、そのような場合には、なお役務の出所の混同を生ずるおそれがあって、商標法4条1項15号に当たるものというべきである。そのような取扱いは、平成11年の改正に係る特許庁の商標審査基準の定めるところである。

(4)  なお、原告の依頼により株式会社ケイ・エフ・エスが平成12年4~5月に首都圏及び大阪圏の各地で行ったアンケート調査の結果は、原告の認知度が極めて高いのに対し被告の認知度は低いこと、また、被告が原告と関連のある会社であると認識している者が多いことを示している。

(5)  以上によれば、審決が、本件商標をその指定役務に使用した場合に、「該役務が請求人又は同人と組織的若しくは経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかの如く役務の出所について混同を生ずるおそれはない」と判断したことが誤りであることは明らかである。

2  取消事由2(商標法4条1項12号該当性の看過)

本件商標が、引用各商標と同じ「サンキョウ」の称呼を生じ、また、引用各商標と同じ「3人で共同」との観念が生ずることは上記1の(3)のとおりであるから、本件商標は引用各商標と同一の商標といえるものである。また、本件商標の指定役務は、引用各商標の防護標章登録に係る指定役務のうちの「有害動物の防除(農業・園芸又は林業に関するものを除く。)」と同一である。

そうすると、本件商標は、商標法4条1項12号に違反して登録を受けたものであるから、同法46条1項1号により無効とすべきものであるところ、審決は、その点を看過した誤りがある。

なお、本件審判請求書には、同法4条1項12号という法条は明示されていなかったものの、同号に該当するための具体的事実は全部記載されていたのであるから、審決が、本件商標につき同号に違反して登録を受けた事実を看過したことに誤りがないということはできない。

第4被告の反論

審決の認定及び判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  取消事由1(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について

(1)  本件商標は、その登録出願時において、取引者、需要者に広く知られた著名な商標であったものである。

すなわち、被告は、大正14年に衛生動物、衛生害虫等の駆除、予防専門業者として創業した後、昭和32年に有限会社三共社として発足し、昭和40年に有限会社三共消毒と商号変更し、昭和44年に株式会社化して、株式会社三共消毒との商号となったものであるが、現在まで一貫して「三共消毒」の名称の下に白アリ等の防除、駆除の業務を営んで、当該業務につき盛大な宣伝広告活動を行ってきたものであり、また、本件商標は昭和41年から継続して使用してきたものである。そして、このような宣伝広告活動に被告の業務内容の優秀性が相まって、本件商標の登録出願時において、被告は白アリ等の防除、駆除の業務を行う会社として取引者、需要者に広く知られており、また、本件商標も被告の商標として広く知られた著名商標となっていたものである。

(2)  本件商標は、「三共消毒」の漢字4文字を同書、同大、同間隔、同色彩でまとまりよく一体に書して成り、外観上一体不可分のものとして観察され、また「サンキョウショウドク」の称呼も格別冗長ではなく、よどみなく一連に称呼し得るものである。また、乙第227号証(帝国データバンク作成の企業情報リスト)によって認められるとおり、わが国において、「サンキョウ」の称呼を生ずる文字から始まる会社は数多く存在し、取引等に当たって会社名を口頭で表示する場合に、単に「サンキョウ」と称呼したのみでは特定できないのが実情であるから、被告を略称で表示する場合にも常に「サンキョウショウドク」と称呼され、「サンキョウ」と略称される可能性は全くない。

それに加え、上記(1)のとおり、被告及び本件商標が取引者、需要者に広く知られていたことを併せ考えると、本件商標に接した取引者、需要者は、本件商標の構成の全体を一体不可分のものと認識、理解して、被告を想起するものであることが明らかであって、「消毒」の語が「病原菌を殺し、感染を防止すること」の意味を有するとしても、本件商標の構成から、ことさら「三共」の文字部分のみを抽出して認識し、原告を想起することなどはあり得ない。

したがって、本件商標からは「サンキョウショウドク」の称呼のみが生ずるものであり、本件商標と引用各商標とは、外観、称呼、観念のいずれもが異なる非類似の商標というべきである。

(3)  なお、原告主張のアンケート調査は、平成12年4~5月に実施されたというものであるから、平成9年7月11日に設定登録がされた本件商標についての商標法4条1項15号該当性の判断資料とすることはできない。また、そのアンケートの質問の設定が不適切であり、アンケート結果の信頼性には疑問がある。

(4)  したがって、本件商標の登録が商標法4条1項15号に違反してされたものということはできないとした審決の判断に何らの誤りもない。

2  取消事由2(商標法4条1項12号該当性の看過)について

商標の登録無効の審判請求に対する審決の取消しの訴えにおいて、当該審判の手続で審理判断されなかった無効事由を、当該審決を違法とする事由として主張することはできないものと解すべきところ、本件審判事件(平成10年審判第35039号事件)においては、本件商標が商標法4条1項12号に該当して無効であるとする主張は全く提出されず、したがって審理判断されなかったのであるから、原告の取消事由2に係る主張は、それ自体失当である。

なお、本件商標が引用各商標と非類似の商標であることは上記1の(2)のとおりであり、したがって、本件商標と引用各商標とが「同一の商標」であるとすることはできないから、本件商標につき引用各商標との関係で商標法4条1項12号が適用される余地は全くない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について本件商標につき、仮に登録査定時に商標法4条1項15号該当事由が存在しても、登録出願時にこれが存在しなければ、同号該当性を理由として無効とされることはない(同条3項)から、まず、登録出願時(平成4年9月2日)において、本件商標が原告の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがあるか否かについて判断する。

(1)  「請求人(注、原告)が、わが国において著名な製薬会社であること、また、請求人の所有に係る引用商標(注、引用各商標)が、請求人の業務に係る商品『薬剤』等を表示するものとして、取引者、需要者間において、広く認識されていること」(審決書12頁2行目~6行目)は当事者間に争いがない。

また、原告が昭和54年に発行した「三共八十年史」(甲第13号証)、朝日新聞紙面(甲第14~第143号証)、讀賣新聞紙面(甲第260~第385号証)、毎日新聞紙面(甲第395~第415号証)及び原告のリーフレット(甲第151号証)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和35年ころから本件役務に属する白アリ防除施工の業務を開始したこと、昭和37年4月から本件商標の登録出願時までの間に、朝日新聞、讀賣新聞及び毎日新聞に、多数回にわたり、かつ、継続して白アリ防除施工業務についての原告の広告が掲載されたほか、平成2年に当該業務を含む原告の宣伝リーフレットが作成頒布されたこと、これらの広告等のほとんどすべてに引用商標(1)及び同(3)と同一構成の商標又はこれらと同一の範囲内と認められる商標が付されていたこと(なお、引用商標(2)と同一構成又は同一の範囲内の商標が付されたものは見当たらない。)が認められ、これらの事実によれば、遅くとも、本件商標の登録出願時において、上記白アリ防除施工業務に関しても、原告並びに引用商標(1)及び同(3)が取引者、需要者に著名であったことが認められる。

(2)  他方、被告のカタログ(乙第15~18号証)、被告が平成3年に発行した「三共消毒創業65周年記念アルバム」(乙第19号証)、被告の会社案内(乙第20、第21号証)、国際広宣株式会社作成のテレビCM放映証明書(乙第24号証)、被告の車内広告(乙第25号証)、都バスガイドブック(乙第26号証)、被告の広告はがき(乙第27号証)、被告のリーフレット(乙第29号証)、被告の広告チラシ(乙第30~32号証)、被告のパンフレット(乙第33~第36号証)、建築新聞、日本経済新聞、讀賣新聞、朝日新聞、毎日新聞、サンケイ新聞(産経新聞)、下野新聞、東京タイムズ、山梨日日新聞、神戸新聞、日本工業新聞、夕刊フジ及び全国営繕建築新聞の各紙面(乙第38~186号証、第189、第190号証、第195~第213号証、第220~第225号証)並びに弁論の全趣旨によれば、被告の前身は、衛生動物、衛生害虫等の駆除、予防の専門業者として大正14年に創業したものとされ、被告の各種広告等に記載されている創業年数も、これを起算年としているが、被告自身は、昭和32年に有限会社三共社として設立され、昭和41年に有限会社三共消毒社と社名変更し、さらに、昭和44年に株式会社に組織変更して、株式会社三共消毒との商号となったものであり、上記設立以来、本件役務に属する役務に係る業務(主として白アリの防駆除、その他の害虫及び害獣の駆除)を営んで本件商標の登録出願時に至っていること、昭和45年から本件商標の登録出願時までの間に、建築新聞、日本経済新聞、讀賣新聞、朝日新聞、毎日新聞、サンケイ新聞(産経新聞)、下野新聞、東京タイムズ、山梨日日新聞、神戸新聞、日本工業新聞、夕刊フジ及び全国営繕建築新聞に、少なくとも昭和49年以降は多数回にわたり、かつ、継続して、本件役務に属する役務に係る業務(多くは白アリ防除施工業務)についての被告の広告が掲載されたほか、本件商標の登録出願時までに、同様の業務についての被告のカタログ、リーフレット、パンフレット、広告チラシ、車内広告等が頒布又は掲示され、さらに、昭和57年から平成元年までの毎年4月から5月(又は6月)までは、被告のテレビコマーシャルの放映もされたこと、これらの広告等の大部分には、本件商標と同一構成の商標又はそれと同一の範囲内と認められる商標が付されていたことが、それぞれ認められ、これらの事実によれば、遅くとも、本件商標の登録出願時において、被告及び本件商標が本件役務の取引者、需要者に著名であったものと認められる。

(3)  次に、本件商標の登録出願時を基準として本件商標と引用各商標との類否を検討する。

本件商標は、別紙1記載のとおり、同書体による「三共消毒」の漢字4文字を、同大、同間隔に横書きして成るものである。そして、「消毒」の語が「病原菌を殺し感染を防止すること」(広辞苑第4版)を意味する一般的な用語であることは公知の事実というべきであるから、本件商標のうちの「消毒」の文字部分のみを取り出してみれば、その指定役務に属する役務の普通名称を通常の方法で表示するものということになる。しかしながら、上記の態様より成る本件商標において、その構成要素は漢字4文字のみで、しかもまとまりよく一体に表示されており、また、その文字部分全体より生ずる称呼「サンキョウショウドク」も、格別冗長にわたることなく、一連によどみなく称呼し得るものである。そして、このことに、前示のとおり、本件商標登録時において、被告及び本件商標が本件役務の取引者、需要者に著名であったことを併せ考えれば、当該取引者、需要者が、ことさら「消毒」の文字部分を除いて本件商標を理解把握するとか、本件役務に係る取引に当たり、本件商標を「サンキョウ」と称呼するというようなことは考え難く、したがって、本件商標は、その構成全体が一体不可分であるものとして認識、理解されるものと認めるのが相当である。

そうすると、本件商標は「サンキョウショウドク」の称呼のみを生ずるものであり、また、特段の観念は生じないものと認められる。他方、引用各商標は、各構成文字に応じて、いずれも「サンキョウ」の称呼が生ずるものであり、また、特段の観念は生じないものと認められる。本件商標と引用各商標との外観が全く異なることは明白である。

したがって、本件商標と引用各商標とは、称呼、外観及び観念において非類似であり、結局、称呼、外観及び観念を総合的に考察して、互いに非類似の商標であるというべきである。

(4)  以上によれば、本件商標の登録出願時において、本件商標をその指定役務について使用した場合に、これに接する取引者、需要者が、本件商標によって原告又は原告の引用各商標を想起し、あるいは本件商標と引用各商標とを混同するというようなことがあるものとは到底認められず、したがって、当該役務が、原告又は原告と組織的、経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのように、当該役務の出所を混同するおそれがあるものと認めることはできない。

なお、原告主張の特許庁の商標審査基準について付言するに、平成11年6月に周知・著名商標の保護等を目的として改正された審査基準によれば、商標法4条1項15号に関し、他人の著名商標を一部に有する商標が、当該他人の著名な商標と類似しないと認められる場合において、商品又は役務の混同を生ずるおそれがあるときは、原則として、同号の規定に該当するものとする旨、また、他人の著名な商標と他の文字又は図形等と結合した商標は、その外観構成がまとまりよく一体に表されているもの又は観念上のつながりがあるものなどを含め、原則として、商品又は役務の出所の混同を生ずるおそれがあるものと推認して取り扱う旨を定めていることは、当裁判所に顕著である。しかしながら、およそ商標審査基準が法令としての効力を有するものでないことはもとより、上記改正に係る商標審査基準が、その改正前の平成9年7月11日に設定登録がされている本件商標に適用されるものではないことも明らかであるばかりでなく、前示のとおり、登録出願当時既に独自の著名性を獲得していると認められる本件商標のようなものについては、その構成態様が引用各商標(とりわけ引用商標(3))と他の文字とが結合したものに当たるとしても、前示商標審査基準の例外として、役務の出所の混同を生ずるおそれがあるとの推認は働かないものと解するのが相当である。したがって、いずれにしても、前示商標審査基準の定めがあるからといって、本件商標が商標法4条1項15号に該当するということはできない。

また、株式会社ケイ・エフ・エス作成のアンケート調査企画書(甲第464号証)、同統計表(甲第466号証)、同報告書(甲第467号証)及び同調査原票(甲第469~第768号証)並びに株式会社ケイ・エフ・エス代表者【J】の供述書(甲第468号証)によれば、原告の依頼により、株式会社ケイ・エフ・エスが平成12年4~5月に首都圏(目黒区<以下略>ほか9か所)及び大阪圏(大阪市<以下略>ほか9か所)の合計300人を対象としたとするアンケート調査では、被告を知っているとの回答(被告の認知度)が38.7%(首都圏66.0%、大阪圏11.3%)、原告と被告とが関連のある会社だと思う(又は認識している)との回答が55.7%(首都圏54.0%、大阪圏57.3%)、被告の社名に「三共」の文字が入っていると原告と紛らわしいとの回答が65.3%(首都圏60%、大阪圏70.7%)との結果であったことが認められる。

しかしながら、当該アンケート調査については、実施時期が、本件商標の登録出願時より7年以上も後である上、その対象者を特定する証拠はもとより、調査地点及び対象者を選定した具体的な手順、方法を明らかにし、その客観的な合理性を裏付けるに足りる証拠もない。もっとも、前掲各証拠によると、上記アンケート調査は、対象者を賃貸家屋を除く木造一戸建ての持ち家居住の主婦又は主人とし、首都30㎞圏及び大阪20㎞圏の各150サンプルを無作為抽出(ランダムサンプリング層化二段抽出)する方法により、株式会社ケイ・エフ・エスと契約関係にある調査員が対象者方を訪問し直接面談して行ったというのであるが、それだけでは上記の諸点について首肯するに足りるものとはいえない。また、その内容についてみるに、前掲各証拠によれば、被告の認知度の調査に係る質問は「シロアリ駆除業者で㈱三共消毒はご存じですか。」というものであるが、これと対照すべき原告の認知度の調査についても本件役務に属する役務(白アリ駆除)との関連で行うべきであるのに、「新三共胃腸薬、かぜ薬のルル、リゲイン等を発売している三共㈱[くすりの三共]はご存じですか。」という薬剤と関連付けた質問となっている(原告が白アリ駆除を行うことは、客観的な確定情報として与えられている。)から、被告の認知度の調査結果の信頼性を、原告の白アリ防除施工業務との関連における認知度との相対的関係において確認することができず、ひいて当該アンケート調査の結果を直ちに信頼することもできない。すなわち、仮に、「シロアリ駆除業者で㈱三共はご存じですか。」というような質問項目を設定したときに、その肯定回答の割合が、被告の認知度と同程度ないしそれ以下であったとすれば、前示のとおり、原告がその主張のように白アリ防除施工業務に関しても周知であると認められることに照らして、当該アンケート調査の信頼性は疑わしいと考えられることになるが、そうだとすれば、そのような質問項目の設定を避けたことも、同様に信頼性に疑問を生じさせることになるものというべきである。さらに、前掲各証拠によれば、原、被告の関連性の認識についての調査に係る質問項目は、「㈱三共消毒と三共㈱[くすりの三共]とは、子会社等何らかの関連がある会社だと思われますか。」というものであり、原、被告の紛らわしさについての調査に係る質問項目は、「㈱三共消毒の社名に『三共』の文字が入っていると、三共㈱[くすりの三共]とまぎらわしいと思われますか。」というものであって、いずれの質問項目も、本件商標をその指定役務について使用した場合に、当該役務が、原告又は原告と組織的、経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る役務であるかのように、役務の出所の混同が生ずるかという観点から作成されているものではない。

そうすると、上記アンケート調査は、前示の調査結果のいずれについても採用することができない。

(5)  したがって、本件商標が商標法4条1項15号に違反してされたものではないとした審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2(商標法4条1項12号該当性の看過)について

商標の登録無効の審判請求が成り立たないとした審決の取消訴訟において、審判請求人である原告は、当該審判の手続において審理判断されなかった商標登録の無効原因については、審決を違法とする事由として主張することができないものというべきである。この場合において、商標法46条1項1号に基づく無効主張については同号が列挙する各法条ごとに、また、当該各法条のうちの同法4条1項については同項各号所定の事由ごとに、別個独立の無効原因となるものと解すべきであり、さらに、同項各号所定の事由に関しても、当該事由が他人の業務や他人の商標等との関係において定められている場合には、特定の他人の業務や特定の他人の商標等との関係における無効主張ごとに別個独立であると解すべきである(最高裁判所昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁参照)。

本件において、原告は、防護標章登録がされたことによる登録防護標章としての引用各商標との関係において、本件商標が商標法4条1項12号に該当し、同法46条1項1号によりその登録が無効であると主張する以上、審判の手続において、登録防護標章としての引用各商標との関係における本件商標の同法4条1項12号該当事由について審理判断されていることが必要であるが、別添審決書写しの記載によれば、本件審判において、そのような無効原因について審理された形跡はなく、また、審決において判断されていないことも明白である。

この点について、原告は、本件審判請求書に商標法4条1項12号という法条は明示されていなかったものの、同号に該当するための具体的事実が全部記載されていたと主張するが、審判請求書等に当該法条が必ず明示されることまでは要しないとしても、同号該当の具体的事実が結果として全部記載されていたというのみでは、本件商標が同号に該当し、同法46条1項1号によりその登録が無効である旨審判で主張したといえるものではなく、他に当該無効事由が本件審判において主張されたと認めるに足りる証拠はない。

したがって、取消事由2に係る原告の主張は、主張自体失当というべきである。

なお付言するに、前示のとおり、称呼、外観及び観念を総合的に考察して、引用各商標と本件商標とは互いに非類似の商標であると認められるから、本件商標が引用各商標と同一の商標であるということができないことは明白であるのみならず、本件商標に係る商標登録原簿写し(甲第3号証)によれば、本件商標について登録査定がされたのは平成9年3月19日であることが認められるところ、別紙2の(2)及び(3)のとおり、引用商標(2)について指定役務を「有害動物の防除(農業・園芸又は林業に関するものを除く。)」とする防護標章登録がされたのは同年11月14日、引用商標(3)について同様の防護標章登録がされたのは平成11年2月5日であるから、引用商標(2)及び同(3)については、本件商標の登録査定時において、そもそも当該指定役務に係る「他人の登録防護標章」に当たるものでもなかったのであり、したがって、引用各商標との関係で、本件商標に商標法4条1項12号該当事由があると認めることもできない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 長沢幸男)

<以下省略>

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