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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)405号 判決 2000年3月29日

原告

有限会社ターモ

代表者取締役

訴訟代理人弁理士

同復代理人弁理士

被告

特許庁長官E

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第9365号事件について、平成11年11月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年7月12日、意匠に係る物品を「吸着具」とし、その形態を別添審決書写し別紙記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について、意匠登録出願をした(意願平2-23343号)が、平成5年3月30日に拒絶査定を受けたので、同年5月14日、これに対する不服の審判の請求をしたところ、特許庁は、同請求を平成5年審判第9363号事件として審理した上、平成10年5月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

原告は、平成10年7月8日、同審決を取り消す旨の請求をしたところ、東京高等裁判所は、同請求を平成10年(行ケ)第207号審決取消請求事件(以下「別件事件」という。)として審理した上、平成11年3月25日、「特許庁が、平成5年審判第9365号事件について、平成10年5月27日にした審決を取り消す。」との判決(以下「別件判決」という。)をした。

そこで、特許庁は、平成5年審判第9365号事件について再び審理をした上、平成11年11月8日、再び「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月17日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、創作容易な意匠であって意匠法3条2項(平成10年法律第51号による改正前のもの、以下同じ。)に該当し、意匠登録を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由のうち、本願意匠の意匠に係る物品の認定、本願意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様の認定、拒絶理由通知の内容、請求人(本訴原告)の主張の認定、創作容易性の判断の一部(審決書9頁3~8行、12頁19行~13頁3行)は、いずれも認める。

審決は、本願意匠が創作容易な意匠と誤って判断している(取消事由1~4)ものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(周知形状の誤認)

原告が、別件事件において、本願意匠の「全体が雌吸着具と雄吸着具から構成され、各吸着面を係合した態様のものとし、雌吸着具につき、基部を肉厚の円盤状とし、その吸着面の中央に小円形の係合用凹部を設け、雄吸着具につき、基部を薄い円盤状とし、その吸着面の中央に低い小円盤状の突起を設け、各吸着具の基部は略同径とし、各吸着具の取付け面には、中央に一定の間隔をおいた細幅の薄板状の脚片を設けた形状」(審決書6頁6~14行)(以下「①の形状」という。)について、基本的には、意匠登録第510639号公報に係る意匠(甲第8号証、以下「本願先行意匠」という。)において開示されていた形態である旨主張したことは認める。

しかし、上記主張は、別件判決において本願意匠と非類似とされた昭和60年意匠登録願第32636号の意匠(甲第11号証、以下「別件引用意匠」という。)との類否を論じる前提問題として、本願先行意匠に採用されている基本的な形態を指摘しているにすぎず、①の形状が意匠法3条2項における「広く知られた形状」に該当することを認めたものではない。

また、本願意匠の「雌吸着具の吸着面の周縁に、成形により生じたアールないしは面取りには止まらない程度の意図的なやや大きいアール」(審決書6頁15~17行)(以下「②の形状」という。)及び「雌吸着具基部の径が雄吸着具基部の径より僅かに大きい」(審決書6頁17~19行)(以下「③の形状」という。)についても、同判決は、本願意匠と別件引用意匠との類否を判断する前提問題として、その形状を評価しているにすぎない。

したがって、審決が、別件判決の認定を援用して、本願意匠の①~③の形状を周知のものと判断した(審決書9頁9行~10頁11行)ことは、合理的な根拠を欠くものである。

2  取消事由2(審査基準の適用の誤り)

意匠審査基準③-5100(甲第4号証)において、意匠法3条2項における周知形状が、「ありふれた形状」であって、「いろいろな物品に用いられているものを殆どそのまま物品に表した程度にすぎないもの」と規定しているにもかかわらず、審決はこの解釈を誤り、本願意匠に係る物品においてのみ採用されるであろう①の形状を、「広く知られた形状」と誤認したものである。

なお、審決が周知形状の判断のために掲記する各判決(審決書10頁20行~11頁1行、11頁8~14行)は、本願意匠と物品の大きさや性質を異にするものである。

3  取消事由3(形状認定の看過)

審決は、本願意匠が有する「取付け面の円周に沿って4個の小さな略長方形状の係止爪を等間隔に設け」との形状(以下「④の形状」という。)を看過して、その意匠についての評価を行っている点に誤りがある。

4  取消事由4(意匠的効果の看過)

審決は、②の形状が有する顕著な意匠的効果について、そうした意匠的効果が意匠法3条2項の判断には影響しない(審決書11頁16行~12頁5行)と誤って判断したものである。

本願意匠は、②の形状により雌吸着具の吸着面における平坦面の面積を著しく減少させており、これを3次元的に全体観察した場合、柔らかさ、丸みを帯びた感じ、女性的な印象といった従前のこの種物品にはない顕著な美観を看取することができる。

これに対し、本件の拒絶理由において引用されている意匠登録第663098号公報に係る意匠(甲第6号証、以下「引用意匠1」という。)は、雄吸着具の側にアールが施されているにすぎず、このアールは本願意匠ほど大きくない。また、同じく引用されている昭和59年実用新案出願公開第81427号の第4図に示された係止具の意匠(甲第7号証、以下「引用意匠2」という。)も、本願意匠ほど大きなアールを施しておらず、雌吸着具の吸着面が凹面形状とされているため、本願意匠と全く異なる美観を奏するものである。

したがって、このような本願意匠の②の形状によって奏される美観を斟酌することなく、創作容易性の判断を行った審決は誤りである。

なお、本願意匠と同様に、当該吸着雌留め具の厚さのほぼ半分の位置から始まり、吸着具の吸着面の全周にアールを備えた意匠(意匠登録願第1050174号、甲第12号証)と、当該アールを備えていないが上記意匠と実質的に同一の構成の意匠(意匠登録願第1050175号、甲第13号証)とがそれぞれ独立の意匠として登録されており、このことは、この種物品において雌吸着具の吸着面の大きなアールの有無が美観に過大な影響を与えることを示すものである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

原告は、別件事件において、①の形状について、「意匠登録第510639号公報(昭和54年9月5日発行)に係る意匠(・・・注、本願先行意匠を指す。)において、昭和49年に開示されていたものであり、その後の本願出願人等の販売により、この種物品においては、既にありきたりの形態となっていたのである。」と主張し、その周知性を認めている。

しかも、①の形状については、本願先行意匠の実施物と思われる意匠が、本願意匠の出願よりはるか以前から、当業界における著名な雑誌に掲載されており(乙第1~第3号証)、広く知られていることが明らかである。

また、②及び③の形状についても、別件判決において、本願意匠の出願前に周知であったことが認められると判断されている。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書9頁3行~10頁11行)に誤りはない。

2  取消事由2について

意匠審査基準は、運用の指針の1つであって、すべてを網羅的に挙げているものではなく、実務の運用に当たっては、その意匠の属する分野の実情や判例を検討し、妥当な判断をすることが求められており、同基準に記載されている例のみに拘束されて判断が行われているわけではない。 そして、審決が掲記する各判決は、「同種物品においてのみありふれた形状を周知形状として」意匠法3条2項を適用した審決を支持した例であり、それらの物品が本願意匠と同種物品に関するものであるか否かは、何ら関係がないことであるから、物品を比較することは意味のないことである。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁13行~11頁14行)に誤りはない。

3  取消事由3について

審決は、④の形状について、本願意匠の具体的な態様として認定しているところ、当該係止爪は、本物品の取付け後は全く目に触れなくなるのであって、かつ、意匠全体からみると僅かな部分を占めるものであるから、創作性の判断において、特に採り上げるまでもないものである。

そして、例えば、本願先行意匠においても、4個の小さな略長方形状の係止爪が折り曲げられていないが(後に折り曲げられる。)、取付け面の円周に沿って等間隔に設けられているように、④の形状も周知である。

したがって、仮に、④の形状を採り上げたとしも、審決全体の結論に何ら影響を及ぼすものではない。

4  取消事由4について

意匠法3条2項においては、ある意匠が、意匠全体としてみて従来にない形態であって新規性があるとしても、それが意匠の創作の観点からみて、容易に創作できた意匠であるか否かを判断するものであるから、原告の主張は、新規性の判断と創作性の判断を混同しており、当を得ないものである。したがって、この点に関する審決の判断(審決書11頁16行~12頁5行)に誤りはない。

また、②の形状が有する顕著な意匠的効果についても、物品の角部にアールを形成することは、極めてありふれた方法であり、本願意匠についても、既に雌吸着具の角部にアールを施すことが周知であってみれば、そのアールの程度を大きくしたり小さくしたりすることは、単なる量的改良に属するものであるから、当業者であれば、極めて容易になし得ることである

甲第12号証と甲第13号証に記載された各意匠が独立の意匠として登録されているとしても、それらの意匠の出願日は、本願意匠の出願日の以降であり、それらの形態も、雌吸着具の厚さが薄い点で本願意匠と異なるから、件外の事柄である。そして、本件では、本願意匠のアールの美観(新規性)でなく、「創作の容易性」を問題としているから、上記両意匠の判断は、本件とは直接関係のないものである。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(周知形状の誤認)について

審決の理由中、本願意匠の意匠に係る物品の認定、本願意匠の基本的構成態様及び具体的構成態様の認定、創作容易性の判断の一部(審決書9頁3~8行、12頁19行~13頁3行)は、いずれも当事者間に争いがない。

本願意匠の①の形状である「全体が雌吸着具と雄吸着具から構成され、各吸着面を係合した態様のものとし、雌吸着具につき、基部を肉厚の円盤状とし、その吸着面の中央に小円形の係合用凹部を設け、雄吸着具につき、基部を薄い円盤状とし、その吸着面の中央に低い小円盤状の突起を設け、各吸着具の基部は略同径とし、各吸着具の取付け面には、中央に一定の間隔をおいた細幅の薄板状の脚片を設けた形状」については、昭和49年に出願され、原告代表者が創作者であり共同意匠権者である本願先行意匠(甲第8号証)において開示されていた形態であり、また、同先行意匠の実施物と認められる意匠が、昭和57年当時、袋物・鞄等に関する業界雑誌に頻繁に掲載されており(乙第1~第3、第5号証)、これらのことからすれば、上記①の形状は、本願意匠の出願のはるか以前より広く知られていることが明らかである。

しかも、同形状が、この種物品において既に周知の形状となっていることは、原告が別件事件において主張しこれを自認していたものと認められる(甲第3号証)。

また、②の形状である「雌吸着具の吸着面の周縁に、成形により生じたアールないしは面取りには止まらない程度の意図的なやや大きいアール」についても、別件判決が認定するとおり、引用意匠1(甲第6号証)及び引用意匠2(甲第7号証)において開示されていた形態であり、本願意匠の出願以前より広く知られているものと認められる。さらに、③の形状である「雌吸着具基部の径が雄吸着具基部の径より僅かに大きい」についても、別件判決において、「雌雄吸着具基部の径にわずかな差があるものもないものも、本願意匠の出願前によく知られていたこと」と判断されており、その根拠とされた、意匠登録第554982号公報に係る意匠(甲第9号証)並びに昭和61年実用新案出願公開第187525号の第3及び第5図に示された意匠(甲第10号証)に開示されていた形態であり、また、意匠登録第1050174号公報に係る意匠(甲第12号証)にも開示されていた形態であるから、本願意匠の出願以前より広く知られているものと認められる。

したがって、審決が、別件判決の認定を援用して、本願意匠の①~③の形状を周知のものと判断した(審決書9頁9行~10頁11行)ことに誤りはなく、この判断が合理的な根拠を欠くとする原告の主張は、採用することができない。

2  取消事由2(審査基準の適用の誤り)について

原告は、意匠審査基準③-5100(甲第4号証)において、意匠法3条2項における周知形状が、「ありふれた形状」であって、「いろいろな物品に用いられているものを殆どそのまま物品に表した程度にすぎないもの」と規定しているから、本願意匠に係る物品においてのみ採用されるであろう①の形状を、「広く知られた形状」とすることは誤りであると主張する。

しかし、①の形状が「広く知られた形状」であることは前示のとおりであり、それが仮に当該物品においてのみ認められる形状であるとしても、このことにより周知性が否定されるものでもない。原告の主張は、当該審査基準にその点が明示されていないことを捉えてこれを論難するものであり、到底、採用することができない。

また、原告は、審決が周知形状の判断のために掲記する各判決(審決書10頁20行~11頁1行、11頁8~14行)が、本願意匠と物品の大きさや性質を異にすると主張する。

しかし、審決は、当該物品においてのみ採用される形状を「広く知られた形状」とすることはできないとする原告の上記主張を前提として、その反論のために、同種物品においてのみありふれた形状を周知形状として意匠法3条2項を適用した当該各判決を引用したものであり、それらの物品と本願意匠に係る物品との相違は上記論旨に関係がない事柄であるから、この原告の主張も、審決を正当に理解しないものであって失当といわなければならない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書10頁13行~11頁14行)に誤りはない。

3  取消事由3(形状認定の看過)について

原告は、審決が、本願意匠が有する「取付け面の円周に沿って4個の小さな略長方形状の係止爪を等間隔に設け」との④の形状を看過して、その意匠についての評価を行っている点に誤りがあると主張する。

審決は、この④の形状を本願意匠の具体的態様として認定している(審決書2頁20行~3頁1行)ところ、上記の係止爪は、物品がバッグ等に取り付けられた後には、全く目に触れなくなるものであって、意匠全体に占める割合も極くわずかなものと認められること、このような係止爪の態様は、本願先行意匠にも設けられており、周知の態様であること等を考慮すると、本願意匠の創作性の有無の判断においてあえて採り上げるまでもないものと認められるから、原告の主張を採用する余地はない。

4  取消事由4(意匠的効果の看過)について

原告は、本願意匠が、②の形状により雌吸着具の吸着面における平坦面の面積を著しく減少させており、これを3次元的に全体観察した場合、柔らかさ、丸みを帯びた感じ、女性的な印象といった、従前のこの種物品にはない顕著な美観を看取できることを前提として、このような②の形状が有する顕著な意匠的効果を、意匠法3条2項の判断に影響しないと審決が判断したことが誤りであると主張する。

しかし、本願意匠が、仮に、原告の主張するような意匠的効果を有するとしても、そのことによって直ちに、意匠法3条2項における創作性を有する意匠となるものでないことはいうまでもない。しかも、本願意匠の②の形状自体が、引用意匠1及び2において開示されていた周知の形態であることは前示のとおりであるから、この周知の形態である雌吸着具の角部のアールを、大きくしたり小さくしたりする程度のことは、当業者が容易になし得ることであって創作性を欠くことが明らかであり、いずれにしても原告の主張は、失当といわなければならない。

また、原告は、引用意匠1について、雄吸着具の側にアールが施されているにすぎず、このアールは本願意匠ほど大きくないと主張し、引用意匠2についても、本願意匠ほど大きなアールを施しておらず、雌吸着具の吸着面が凹面形状とされているため、本願意匠と全く異なる美観を奏すると主張する。

しかし、この種物品において、相対的に大きな凹部を有する掛具が実質的にみて雌吸着具といえるから、引用意匠1においては、雌吸着具にアールが施されているものと認められる。そして、前示のとおり、雌吸着具の角部のアールを大きくしたり小さくしたりする程度のことは、当業者が容易になし得ることであるから、本願意匠の当該アールと引用意匠1及び2の当該アールとの間で、大きさの面での差異があるとしても、この点に創作性が認められないことは明らかである。そもそも、仮に、本願意匠と引用意匠1及び2との間に美観の相違があるとしても、これと創作性の問題とは全く別の事柄であり、本願意匠の②の形状が引用意匠1及び2に開示されていたことが、美観の相違によって左右されるものでないことはいうまでもないから、原告の主張は、それ自体失当であって、到底、採用できない。

そうすると、原告が、吸着具の吸着面の全周にアールを備えた意匠(意匠登録願第1050174号、甲第12号証)と、当該アールを備えていないが上記意匠と実質的に同一の構成の意匠(意匠登録願第1050175号、甲第13号証)とがそれぞれ独立の意匠として登録されていることに基づいて、この種物品において雌吸着具の吸着面の大きなアールの有無が美観に過大な影響を与えると主張したことも、同様の理由により失当といわなければならない。

したがって、この点に関する審決の判断(審決書11頁16行~12頁17行)に誤りはない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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