東京高等裁判所 平成11年(行ケ)406号 判決 2000年12月21日
原告 岡屋株式会社
代表者代表取締役 井尻保宏
訴訟代理人弁護士 藤井義夫
弁理士 高良尚志
被告 特許庁長官 及川耕造
指定代理人 宮川久成
他2名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の求めた裁判
「特許庁が平成一一年審判第七六一号事件について、平成一一年一一月四日にした審決を取り消す。」との判決。
第二事案の概要
一 特許庁における手続の経緯
原告は、平成九年四月一日、別紙記載のとおりの商標(本願商標)につき、第一六類「鉛筆、ボールペン、その他の筆記用具」を指定商品として、立体商標の商標登録出願(平成九年商標登録願第一〇二六三二号)をしたところ、平成一〇年一一月一二日拒絶査定があったので、平成一一年一月六日審判を請求し、平成一一年審判第七六一号事件として審理されたが、同年一一月四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同月二二日に原告に送達された。
二 審決の理由の要点
(1) 原査定は、「本願商標は、筆記用具を表したものと認識されるにとどまる形状より成るものであるから、これをその指定商品に使用しても、単に、筆記用具そのものの形状のみから成る商標を表示するにすぎず、自他商品の識別機能を有しないものと認める。したがって、本願商標は、商標法三条一項三号に該当する。また、出願人(原告)が提出した証拠書類をみても、本願商標の形状が、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるものということができない。」旨の理由で本件出願を拒絶したものである。
(2) 平成八年法律第六八号により改正された商標法は、立体的形状若しくは立体的形状と文字、図形、記号等の結合又はこれらと色彩との結合された標章であって、商品又は役務について使用するものを登録する立体商標制度を導入した。
立体商標は、商品若しくは商品の包装又は役務の提供の用に供する物(以下「商品等」という。)の形状も含むものであるが、商品等の形状は、本来それ自体の持つ機能を効果的に発揮させたり、あるいはその商品等の形状の持つ美感を追求する等の目的で選択されるものであり、本来的(第一義的)に商品・役務の出所を表示し、自他商品・役務を識別する標識として採択されるものではない。
そして、商品等の形状に特徴的な変更、装飾等が施されていても、それは商品等の機能、又は美感をより発揮させるために施されたものであって、全体としてみた場合、商品等の機能、美感を発揮させるために必要な形状を有している場合には、これに接する取引者、需要者は当該商品等の形状を表示したものであると認識するにとどまるというのが相当である。
また、商品等の形状は、同種の商品等にあっては、その機能を果たすためには原則的に同様の形状にならざるを得ないものであるから、取引上何人もこれを使用する必要があり、かつ、何人もその使用を欲するものであって、一私人に独占を認めるのは妥当でないというべきである。
そうとすれば、商品等の機能又は美感とは関係のない特異な形状である場合はともかくとして、商品等の形状と認識されるものから成る立体的形状をもって構成される商標については、使用をされた結果、当該形状に係る商標が単に出所を表示するのみならず、取引者、需要者間において当該形状をもって同種の商品等と明らかに識別されていると認識することができるに至っている場合を除き、商標法三条一項三号に該当し、商標登録を受けることができないものと解すべきである。
立体商標制度を審議した工業所有権審議会の平成七年一二月一三日付け「商標法等の改正に関する答申」三〇頁においても「3.(1)立体商標制度の導入 ③需要者が指定商品若しくはその容器又は指定役務の提供の用に供する物の形状そのものの範囲を出ないと認識する形状のみからなる立体商標は登録対象としないことが適当と考えられる。……ただし、これらの商標であっても使用の結果識別力が生ずるに至ったものは、現行法第三条第二項に基づき登録が認められることが適当である。」としている。
(3) 以下、これを本願商標についてみる。
(3)―1 本願商標は、別紙のとおり、後部が平たいクリップ状をした筆記用具の形状を表して成るものと認められるものであって、これを指定商品「鉛筆、ボールペン、その他の筆記用具」に使用しても、取引者、需要者は単に指定商品の一形態を表示したものと認識するにすぎないものと判断するのが相当である。
原告(請求人)は「本願商標は、筆記用具の形態として独自性に富む立体的形状から成るものである。」旨主張する。
しかしながら、本願商標は、前記認定のとおり、筆記用具の形状の特徴を備えたものであり、後部を平たいクリップ状としたのは、紙片等を挟みやすく、落ちにくくする等の機能を効果的に発揮させるために採択されたとみるのが相当であり、それが直ちに本願商標に関し自他商品の識別性に影響を与えるとは認め難く、需要者もまた、筆記用具の形状の範囲のものと認識するにすぎないとみられるものである。
したがって、本願商標は、商標法三条一項三号に該当する。
(3)―2 原告は、本願商標が商標法三条二項に該当し、登録されるべきであると主張し、証拠方法として審判甲第一号証(枝番を含む)ないし第四号証(枝番を含む)を提出している。
そこで、本願商標が、原告の主張する前記法条に該当するか否かについて検討する。
ところで、商品等の形状に係る立体商標が、商標法三条二項に該当するものとして登録を認められるのは、原則として使用に係る商標が出願に係る商標と同一の場合であって、かつ、使用に係る商品(役務)と出願に係る指定商品(役務)も同一のものに限られるものである。
したがって、出願に係る商標が立体的形状のみから成るものであるのに対し、使用に係る商標が、立体的形状と文字、図形等の平面標章より構成されている場合には、両商標の全体的構成は同一ではないから、出願に係る商標については、原則として使用により識別力を有するに至った商標と認めることはできない。
また、使用に係る商品(役務)が出願に係る指定商品(役務)の一部である場合は、使用に係る商品(役務)に指定商品(役務)が限定されない限り、出願に係る商標については、使用により識別力を有するに至った商標と認めることはできない。
(3)―3 そこで、原告提出に係る甲各号証についてみるに、審判甲第一号証は、本願商標を付した筆記用具を販売した販売先の一部から平成五年五月二一日ないし平成一〇年五月二〇日の各年度における本願商標を付した筆記用具の購入個数、及び本願商標の周知性についての証明書と認められる。
審判甲第二号証は、平成一年六月から平成五年五月までの各年度に本願商標を付した筆記用具の販売個数、及び、平成五年五月二一日ないし平成一〇年五月二〇日の各年度における各販売先への販売個数を公認会計士が証明する証明書と認められる。
審判甲第三号証は、本願商標を付した筆記用具の広告が掲載された「ゴルフ場セミナー」(ゴルフダイジェスト社発行一九九五年(平成七年)四月号ないし一九九八年(平成一〇年)五月号)の写しと認められる。
審判甲第四号証は、本願商標を付した筆記用具についての記事が掲載された「週刊ゴルフダイジェスト」第三三巻第七号(平成一〇年二月二四日ゴルフダイジェスト社発行)及び「アルバトロス・ビュー」第一二巻第一二号(平成一〇年五月二八日株式会社小池書院発行)の写しと認められる。
(3)―4 本願商標と使用に係る商標の同一性について検討するに、審判甲第三号証は、ゴルフ場等向けの雑誌の広告であるところ、該広告に表された商品は、「ゴルフスコアカード用筆記具」と認められる。そして、該筆記具自体の中に「pegcil」、「OKAYA」の文字より成る商標を表して成るものが認められ、また、審判甲第四号証の一によれば、「pegcil」の文字を浮き彫りで表した「ゴルフスコアカード用筆記具」のクリップ部分の写真とともに、「よく見てみると、クリップ部分に"pegcil"のロゴがある」旨の記載があることからすれば、審判甲第三号証及び第四号証の一における使用に係る商標は、立体的形状と文字の平面標章より構成されており、本願商標と同一のものとはいえないものである。
審判甲第一号証は、本件出願に係る指定商品の販売先又はその担当者個人が作成した証明書と認められ、かつ、記載内容の一部については証明者による違いはあるとしても、証明に係る商標については「広く知られた」旨をあらかじめ用意された書式に従い取引の時期と周知時期を書き込んで証明したものにすぎないものである。
また、各証明書には購入数量が記載されているが、審判甲第三号証及び第四号証の一によれば、「pegcil」「OKAYA」の文字より成る商標が付された商品が掲載されていることから、審判甲第一号証で証明されている購入数量の中には、前記商品の数量も含まれているものと推認される。
審判甲第二号証は、公認会計士により筆記具の販売数量を証明したものと認められるところ、審判甲第一号証と同様に、「pegcil」「OKAYA」の文字より成る商標が付された商品の販売数量も含まれているものと推認されるものであって、証明に係る販売数量が直ちに本願商標に係る販売数量とは認め難いといわなければならない。
してみれば、審判甲第一号証ないし第四号証をもってしては、本願商標が使用により自他商品の識別性を獲得したものと認定するには、客観性に乏しく、また、不十分といわなければならない。
(3)―5 本願商標の指定商品と使用に係る商品の同一性について検討するに、本件出願に係る指定商品は筆記用具であるところ、審判甲第三号証及び第四号証の証明に係る商品は、本件出願に係る指定商品の中の一部である「ゴルフスコアカード用筆記具」と認められるものであり、また、審判甲第一号証及び第二号証の証明に係る商品にあっても、前記審判甲第三号証及び第四号証よりすれば、「ゴルフスコアカード用筆記具」とみられるものである。
したがって、審判甲第一号証ないし第四号証の証明に係る商品は、本件出願に係る指定商品の一部についてのものにすぎない。
(3)―6 以上、原告が審判で提出した証拠によっては、本件出願に係る指定商品のすべてについて証明しているものとは認められず、また、「ゴルフスコアカード用筆記具」についてみても、本願商標が使用により自他商品の識別機能を有するに至ったものと認めることはできない。
(4) したがって、本願商標は、商標法三条一項三号に該当し、同法第三条第二項には該当しないものであるから、原査定の認定・判断は正当なものであって取り消すことはできない。
第三原告主張の審決取消事由
一 取消事由1(審決が前提とする立論の誤り)
審決がその理由の要点(2)で説示するところは、商品形状について立体商標制度を適用することを否定するものであり、それによると、商品の形状について商標登録を受けることができない商標として、商標法三条一項三号が、商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成るものを規定した意味がなくなる。
商品の形状について、商標登録(立体商標登録)が受けられるか否かは、あくまでも、商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標に当たるか否かの観点から決めるべきである。
審決は、そこで「商品等の機能又は美感とは関係のない特異な形状である場合はともかくとして、」と説示しており、商品等の機能又は美感とは関係のない特異な形状については、商品登録の対象になり得るとしているが、そこでいう特異な形状そのものが明らかではない。これでは、一般的に商品等の形状に関して商標登録(立体商標登録)を受ける途が閉ざされてしまう。また、審決理由によれば、商品等の形状が商品等の機能又は美感と関係がある場合は、商標法三条一項三号に該当し、商標登録が受けられないことになるが、機能、美感と商品等の形状は直接には関係のないことである。
商品の機能により、特許権、実用新案権が認められること、あるいは、商品の美感により意匠権が認められることと、商標法第三条一項により商標登録の対象となり得るか否かとの問題とは無関係である。
二 取消事由2(商標法三条一項三号の非該当性)
本願商標は、これまで一般に使用されてきた筆記具に比べて特徴ある形状をしており、その特徴ある商品形状に識別力が発生しているから、形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標には当たらず、商標法三条一項三号には該当しない。
三 取消事由3(商標法三条二項の該当性)
(1) 審決は、商標法三条二項に該当するためには、使用に係る商標が出願に係る商標と同一の場合であることを要求し、出願に係る商標が立体形状のみから成るものであるのに対し、使用に係る商標が立体的形状と文字、図形等の平面標章より構成されている場合には、両標章の全体的構成は同一でないから識別力を有するに至った商標と認められないとする。
しかしながら、そこでいう同一の概念が明らかでないばかりか、立体的形状のみから成るものと立体的形状と文字、図形等の平面より構成されているものを同一ではないからとして、識別力を有するに至った商標と認めないとした判断は理解に苦しむ。
(2) 商標法三条二項は、「前項第三号から第五号までに該当する商標であっても、使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるものについては、同項の規定にかかわらず、商標登録を受けることができる。」と、単に「前項第三号から第五号までに該当する商標であっても、使用された結果」と規定しているにすぎず、使用に係る商標については、三条一項三号の商標を使用していればそれで足りる。本件において、本願商標が使用されていたのは事実である。本願商標が使用された商品に、同時にその他文字、図形等の平面標章が使用されていたとしても、商標法三条二項の適用が否定されるべきものではない。
(3) 審決は、本願商標と使用に係る商標の同一性がないとし、自他商品の識別性を獲得していないと判断した。
しかしながら、識別性を獲得したか否かの判断は、本願商標の立体商標を使用した商品によって識別性を獲得したか否か検討して判断するべきものである。その判断に当たって、「pegcil」「OKAYA」の文字が付されているだけで同一性はなく、したがって識別性を有しないなどとするのは、商標法三条二項の解釈を誤ったものである。
そもそも、一般的には、ほとんどすべての商品について、商品そのもの又はその包装・容器等に商標あるいは会社名等を使用しているのが通常であり、その表示された商標あるいは会社名等を理由として立体商標登録が認められないとすれば、商品又は包装・容器等の形状について、商標法三条二項を適用して、立体商標登録をすることは不可能になる。
本願商標を使用した商品は、その形状に独特の特徴があり、それだけで、「peg-cil」「OKAYA」の文字商標等の有無とは関係なく、識別力を獲得できるものである。
(4) 原告代表取締役の井尻保宏は、昭和四九年秋牛乳びんのキャップをはずす針のついた小さな栓抜きをヒントに本願商標を付した筆記具を考えた。ただし、当時はクリップ部分が立体的ではなく、平面的なものであった。原告は、開発に成功した上記の筆記具の製造販売を目的に昭和五〇年七月三〇日に設立された。
原告は全国の数多くのゴルフ場を歴訪し、多大の営業活動を重ねた結果、徐々に商品が売れるようになっていき、昭和五六年ころには注文がどんどん入り、全国のゴルフ場で、有名になっていた。
原告は、ゴルフブームが起こっていた昭和六三年二月ころから、上記筆記具について、クリップ部分が平面的であったものを立体的なものに改良し、新製品として市場に投入した。これが現在の商品であり本願商標を付した筆記具である。本願商標を付した筆記具は評判を呼び、すぐに全国的に広まり、昭和六三年ころないし平成元年ころには有名になり、本願商標を付した筆記具は、広く原告の商品として認識されるに至った。
(5) 原告は、本願商標を付した筆記具を、少なくとも次のとおり販売した。
平成一年六月~五年五月 約一億五〇〇〇万個
平成五年五月二一日~六年五月二〇日 約五八〇〇万個
平成六年五月二一日~七年五月二〇日 約五九〇〇万個
平成七年五月二一日~八年五月二〇日 約七〇〇〇万個
平成八年五月二一日~九年五月二〇日 約九三〇〇万個
平成九年五月二一日~一〇年五月二〇日 約一億二〇〇〇万個
平成一年六月~一〇年五月二〇日
合計 約五億五〇〇〇万個
原告は、クリップ部分の平たい従前の筆記具については、昭和五四年六月ころから雑誌で広告宣伝を行っていたが、クリップ部分を立体的にした本願商標を付した筆記具については、商品の販売を始めた昭和六三年二月以降しばらくしてから、広告を切り替えている。
本願商標を付した筆記具について、原告は、次のとおり広告宣伝を行い、あるいは、紹介記事として紹介されたり、テレビ番組で紹介されたりしている。
① 甲第四号証は、本願商標を付した筆記具の広告宣伝記事である。
② 甲第一二号証の一は、昭和六三年二月ころ、クリップ部分が立体状になった本願商標を付した筆記具を製造販売を始めたころに製作した広告パンフレットで、現在も使用している。
③ 甲第一二号証の二は、その海外向け英語版で、文章は上記日本語の文書を英語に訳したもので、平成一一年に作成している。
④ 甲第一三号証のパンフレットは、立体状になった本願立体商標を付した筆記具及びその他のパンフレットで、昭和六三年二月以降によく使われていたものである。
⑤ 甲第五号証の一は、平成一〇年二月二四日付けの雑誌ゴルフダイジェストの記事で、原告の本願商標を付した筆記具の紹介記事である。
⑥ 甲第五号証の二は、平成一〇年五月二八日付けの雑誌ALBATROSS-VIEW(アルバトロスビュー)の同様の記事である。
⑦ 甲第一四号証は、平成一二年五月四日付けの雑誌ゴルフトゥデイにおける原告の開発したワンタッチ着脱スパイクピンの紹介記事であるが、記事の中で、本願商標を付した筆記具のことが書かれており、商品が有名になっていたことが明らかである。
⑧ 甲第一五号証は、平成一二年二月二九日付け雑誌パーゴルフの記事で、内容は甲第一四号証とほぼ同様である。
⑨ 甲第一六号証は、池田銀行の関連会社である株式会社自然総研の発行しているTOYRO BUSINESS(トイロビジネス)という雑誌に載った原告の紹介記事である。記事の内容は、本願商標を付した筆記具について、その誕生経緯及び現在までの状況について紹介する記事である。
⑩ 甲第一七号証の一は、原告の取引先であるオリエンタル産業株式会社からのファクシミリで、英国の団体から日本鉛筆工業協同組合に本願商標を付した筆記具についての問合せがあったことを知らせてきた、紹介のファクシミリである。
⑪ 甲第一七号証の二はその英文の手紙で、甲第一七号証の三は、原告代理人高良尚志弁理士が作成した翻訳文である。上記の手紙によれば、本願商標を付した筆記具が海外でも広く知られていることが明らかである。
⑫ 甲第二〇号証は、平成一二年九月一三日、テレビ東京の番組制作会社であるリサーチ会社ohana companyから原告に電話があり、続いて送られてきた連絡文書のファクシミリである。
⑬ 甲第二一号証は、その後、番組関係者が、原告の取材にきた後の、平成一二年一〇月四日(水)午後九:〇〇~一一:〇〇、テレビ東京をキー局として放映された(テレビ大阪)「クイズ赤恥青恥」という番組を原告が録画し、その画面をプリントアウトしたものである。その番組の中で本願商標を付した筆記具についてのクイズが出題され放映された。
(6) このように本願商標を付した筆記具は全国的に有名になっており、本願商標は自他商品識別機能を有するに至っていた。本願商標を付した筆記具は、従前から広告宣伝を行って多数販売しており、本願商標は、昭和六三年ないし平成元年ころには自他商品識別機能を有するに至っていたものである。少なくとも本件出願時において、本願商標は自他商品識別機能を有するに至っていた。
(7) ところで、本願商標を付した上記筆記具について、鉛筆については、表に「OKAYA」「pegcil」、裏に「JAPAN」「pegcil」と表示されており、ボールペンについては、表に「OKAYA」「pegcil」、裏に「JAPAN」と表示がなされているが、本願商標を付した上記筆記具については、取引先始めエンドユーザーも、上記筆記具の立体形状をもって商品の認識、識別をし、取引及び使用をしている。
平成八年一月ころ、形態が全く同じ他社製の筆記具が出始め、その後、平成八年九月ころには取引先から原告の商品と間違って、品質についてクレームを受けたことがあった。取引先は上記他社製の筆記具を原告の筆記具と誤認・混同したものである。取引先が、筆記具の立体形状をもって上記筆記具を識別していたことは明らかである。
第四審決取消事由に対する被告の反論
一 立体商標であってもその登録要件として、当該指定商品等について自他商品等の識別力を要する。そして、商品等の形状は、本来それ自体の有する機能を効果的に発揮させたり、美感等を追求するなどの目的で選択されるのであって、本来的(第一義的)に商品・役務の出所を表示し、自他商品等を識別する標識として採択されるものではなく、基本的に識別標識たり得ない。
したがって、商品等の形状は、その機能又は美感等とは関係のない特異な形状から成る場合はともかくとして、例外的にその使用により二次的に自他商品等の識別力を有するに至ることがあり、このとき初めて登録要件を満たすことになる。
二 本願商標がその後部を平たいクリップ状としたのは、紙片を挟みやすく、落ちにくくするなど、専ら指定商品の機能をより発揮させるために採択された形状である。そして、本願商標のように後部を平たい形状にした筆記具は他にも存在する。
してみれば、本願商標を全体的にみた場合、需要者は筆記用具の形状の範囲のものと認識するにすぎないものとみるべきであって、本願商標は「商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」である。
三 商標法三条二項の適用に当たっては、その規定の趣旨に照らし、使用により特別顕著性を備えた商標と出願に係る商標とは原則として同一でなければならない。本願商標が商品の形状のみから成るのに対し、原告提出の証拠による使用に係る商標には「pegcil」等の文字が付されているから、本願商標は商標法第三条第二項の適用を受ける前提を欠く。この使用に係る商標をみるに、立体的形状部分は、商品そのものの形状を表したものとみるべきであり、需要者に自他商品の識別標識として強い印象、記憶を与えているものとは認められない。むしろ、「pegcil」等の文字をもって商品の出所を識別し取引に資されているものとみるのが自然である。
また、本願商標は、「鉛筆、ボールペン、その他の筆記用具」を指定商品とするものであって、原告使用に係る筆記具は指定商品の一部である。本願商標が、商標法施行規則別表で定める商品区分第一六類に属するすべての「筆記用具」に使用されているとの証左はない。
第五当裁判所の判断
一 取消事由1、2(商標法三条一項三号関係)について
(1) 本願商標は、指定商品を「鉛筆、ボールペン、その他の筆記用具」として、別紙のとおりの立体的形状のみから成る立体商標として登録出願されたものであるところ、《証拠省略》に照らすと、取引者、需要者が本願商標に係る形状に接した場合、最下部が細い筆記用の芯部分で、その上の中間部は指で挟み持つことのできる丸い棒状の支持部分となっており、上部は平板で幅広に拡大していて、その中央部は紙片等を挟み得るほぼ長方形のクリップ状になっていることを認識することができ、簡便な鉛筆又はボールペンという筆記用具が一般的に有するものとして予想し得る形状の特徴を備えているものと感得することができるものと認められる。そして、その形状は、全体としてまとまりがよくスマートな印象を与え、主としてゴルフスコアカード記入用等の筆記用具として用いられる鉛筆又はボールペンであることを推認させるものとなっている。
本願商標に係る立体的形状は、このようにまとまりがよくスマートな印象を与え、それなりの特徴を有するものであるものの、簡便な鉛筆又はボールペンという筆記用具の用途、機能から予測し難いような特異な形態や特別な印象を与える装飾的形状等を備えているものとは認められず、取引者、需要者にとっては、本願商標から、これらの筆記用具が一般的に採用し得る機能又は美感を感得し、筆記用具の形状そのものを認識するにとどまるものと認められ、その形状自体が自他商品の識別力を有するものと認めることはできない。
(2) そして、本件全証拠によるも、「本願商標は、前記認定のとおり、筆記用具の形状の特徴を備えたものであり、後部を平たいクリップ状としたのは、紙片等を挟みやすく、落ちにくくする等の機能を効果的に発揮させるために採択されたとみるのが相当であり、それが直ちに本願商標に関し自他商品の識別性に影響を与えるとは認め難く、需要者もまた、筆記用具の形状の範囲のものと認識するにすぎないとみられるものである。」とした審決の判断を覆すべき事実関係を認めることはできない。したがって、本願商標は、その指定商品である鉛筆、ボールペン、その他の筆記用具の形状の域を出るものではなく、指定商品の物の形状の範囲を出ないと認識する形状のみから成る立体商標にすぎないというべきであり、指定商品の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみから成る商標に該当する。
(3) よって、本願商標は、商標法三条一項三号に該当するとした審決の判断に誤りはなく、取消事由1、2は理由がない。
二 取消事由3(商標法三条二項関係)について
(1) 甲第二号証の一ないし四三は、別紙の本願商標の図示をそのまま引用して、本願商標が付された筆記具を、① 製造販売者である原告から平成五年五月二一日から平成九年五月二〇日までの期間に毎年一六万個ないし三四万個購入したこと、② 平成五年には、上記図示に表された商標は、原告の製造販売に係る商品「筆記具」について広く知られており、引き続きその度合が高まりつつ現在に至っていること、③ 遅くとも……年には、上記図示に表された商標は、原告の製造販売に係る商品「筆記具」について広く一般に知られていたこと(……の年については、各証明書によって昭和五六年から平成九年まで各別の記載がある。)、などの事実評価についての卸売業者の証明書であるが、その形式は、原告が上記事項を記載したものに「上記の通りであることを証明する。」というものになっているものであって、上記②、③の総合的な判断を要する事実評価については客観的に記載されているものと直ちに認めることはできない。甲第一八、第一九号証にも、上記③と同様の事実評価を証明するゴルフ用品販売業者と思われる会社担当者の証明記載があるが、同様、原告が記載したものに証明する形式となっており、そこに記載の事実評価を直ちに採用することはできない。
(2) 上記①の販売個数については他にこれを覆すべき証拠もないので、そこに記載のとおりの相当数の個数の筆記具が、原告により本願商標を付して製造販売されたものと推認されるが、他方、《証拠省略》によれば、原告により製造販売された本願商標に係る形状の鉛筆には、表に「OKAYA」「pegcil」裏に「JAPAN」「pegcil」との表示が付され、ボールペンには表に「OKAYA」「pegcil」裏に「JAPAN」と表示されていることが認められる。しかし、原告が本願商標を付して製造販売した鉛筆やボールペンで、「OKAYA」「peg-cil」の文字標章が付されていないもの、すなわち、本願商標のみが付された筆記具が製造販売されたことを認めるべき証拠はなく、また、これらの文字標章が識別標章として格別の機能を有するものではないとすべき理由は見いだし難い。
甲第二五号証には、上記の鉛筆、ボールペンは、本願商標を付した筆記具として広く認識されているとの記載部分があるが、本願商標の立体形状が、前判示のとおり、指定商品である筆記用具としての物の形状の範囲を出ないものであることを前提にしてみると、本願商標に係る形状の鉛筆やボールペンでこれらの文字標章が付されないものが、原告の製造販売に係るものであると広く認識されていたものとはにわかに認め難く、他に、そのような事実関係を認めるべき客観的な証拠はない(取消事由3の(5)で原告が挙示する甲号各証をもってしても、これを認めるに足りるものではない。)。
したがって、原告の製造販売に係る鉛筆やボールペンに使用されてきた標章のうち、本願商標の立体的形状のみが独立して自他商品の識別力を有しているものということはできないから、本願商標が使用により自他商品の識別機能を有するに至ったものと認めることはできない。
(2)―1 よって、本願商標は商標法三条二項に該当しないとした審決の認定、判断に誤りはなく、取消事由3も理由がない。
第六結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 橋本英史)
<以下省略>