東京高等裁判所 平成11年(行ケ)413号 判決 2000年11月14日
原告
トステム株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
同
【F】
同
【G】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1請求
特許庁が平成10年異議第74127号事件について平成11年11月9日にした決定を取り消す。
第2前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年2月17日、名称を「戸車付建具」とする発明(本件発明)について特許出願(特願平7ー53337号)をし、平成10年2月13日に特許登録(特許第2745288号)を受けた。
訴外三協アルミニウム工業株式会社は、同年8月20日、本件発明について特許異議の申立てをした。
特許庁は、この申立てを平成10年異議第74127号事件として審理し、原告は、平成11年7月9日、本件発明について、特許請求の範囲及び明細書の記載を訂正する旨の訂正請求(本件訂正請求)をしたが、特許庁は、同年11月9日に「特許第2745288号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」との決定をし、その謄本は同月29日に原告に送達された。
2 本件発明の特許請求の範囲の記載
(1) 設定登録時の明細書に記載された特許請求の範囲
(ア) 請求項1(以下「本件発明1」という。)
下向きに開放した溝を有する下桟を備えた建具本体と、該建具本体の下桟の溝内に嵌合される車輪枠を有し、該車輪枠に車輪を軸支してなる戸車と、少なくとも上記下桟の溝の側壁部に設けられて上記車輪枠を上下方向に移動可能に支持する案内部と、上記車輪枠の上部に螺合された調整ネジと、上記下桟の溝の上壁部に穿設され、上記調節ネジの頭部を下方から係合させて露出させる孔部とを具備したことを特徴とする戸車付建具。
(イ) 請求項2(以下「本件発明2」という。)
両側の側壁部及びこれらを連結する上壁部により下向きに開放した溝を有するように形成された形材からなる下桟を備えた建具本体と、該建具本体の下桟の溝内に嵌合される断面略逆U字状の車輪枠を有し、該車輪枠に車輪を軸支してなる戸車と、該戸車の車輪枠の側片部に設けられた突部と、上記下桟の側壁部に形成され、上記突部を係合させて車輪枠を上下方向に移動可能に持する案内溝と、上記車輪枠の上片部にほぼ垂直に螺合された鍔付頭部を有する調整ネジと、上記下桟の上壁部に穿設され、上記調節ネジの頭部をその鍔が上壁部の下面に当接するように下方から係合させて露出させる孔部とを具備したことを特徴とする戸車付建具。
(2) 本件訂正請求に係る訂正明細書に記載された特許請求の範囲(「」内部分が訂正部分である。)
(ア) 請求項1(以下「本件訂正発明1」という。)
下向きに開放した溝を有する下桟を備えた建具本体と、該建具本体の下桟の溝内に嵌合される「両側片部を備えた」車輪枠を有し、該車輪枠「の両側片部間」に車輪を軸支してなる戸車と、少なくとも上記下桟の溝の側壁部に設けられて上記車輪枠を上下方向に移動可能に支持する案内部と、上記車輪枠の上部に螺合された調整ネジと、上記下桟の溝の上壁部に穿設され、上記調節ネジの頭部を下方から係合させて露出させる孔部とを具備したことを特徴とする戸車付建具。
(イ) 請求項2(以下「本件訂正発明2」という。)
両側の側壁部及びこれらを連結する上壁部により下向きに開放した溝を有するように形成された形材からなる下桟を備えた建具本体と、該建具本体の下桟の溝内に嵌合される「両側片部を備えた」断面略逆U字状の車輪枠を有し、該車輪枠「の両側片部間」に車輪を軸支してなる戸車と、該戸車の車輪枠の側片部に設けられた突部と、上記下桟の側壁部に形成され、上記突部を係合させて車輪枠を上下方向に移動可能に持する案内溝と、上記車輪枠の上片部にほぼ垂直に螺合された鍔付頭部を有する調整ネジと、上記下桟の上壁部に穿設され、上記調節ネジの頭部をその鍔が上壁部の下面に当接するように下方から係合させて露出させる孔部とを具備したことを特徴とする戸車付建具。
3 決定の理由
別紙決定書の理由写し(以下「決定書」という。)のとおり(ただし、12頁1行、16頁1行、23頁5、6行及び27頁1行の「片側側壁部」は「壁部」の誤記であることは争いがない。)、本件訂正発明1、2は、いずれも刊行物1(実願昭52-119973号、実開昭54-47251号のマイクロフィルム、甲第6号証。以下「引用例1」という。)及び刊行物2(実願昭53-49308号、実開昭54-152545号のマイクロフィルム、甲第7号証。以下「引用例2」という。)に記載された考案並びに周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるので、本件訂正請求は認められないとし、本件発明1、2は、いずれも引用例1、2に記載された考案及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件発明についての特許は、拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきであると判断した。
第3原告主張の決定の取消事由の要点
決定の理由における独立特許要件の判断中、本件訂正発明1、2の要旨の認定及び引用例1、2記載の考案の構成の認定(決定書8頁6行ないし11頁5行)は認めるが、決定は、本件訂正発明1と引用例1記載の考案との一致点の認定を誤り、相違点を看過し(後記1)、また、本件訂正発明1と引用例2記載の考案との一致点の認定を誤り、相違点を看過したために(後記2)、本件訂正発明1の進歩性の判断を誤り(後記3)、独立特許要件を欠くから本件訂正請求は認められないと誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
なお、本件訂正発明2は、本件訂正発明1の構成に、若干の表現の差はあるが、「上記車輪枠の上片部にほぼ垂直に螺合された鍔付頭部を有する調整ネジと、上記調整ネジの頭部をその鍔が上壁部の下面に当接するよう下方から係合」の構成を付加したものであるから、本件訂正発明1についての主張が全て該当する。
1 本件訂正発明1と引用例1記載の考案との対比について
決定が本件訂正発明1と引用例1記載の考案とを対比して相当すると認定した事項のうち、引用例1記載の考案の「下框」、「切欠溝」、「戸車装置」が、それぞれ、本件訂正発明1の「下桟」、「案内部」、「戸車付建具」に相当することは認めるが、引用例1記載の考案の「支持板」、「長孔」、「ビス」が、それぞれ、本件訂正発明1の「車輪枠」、「孔部」、「調整ネジ」に相当するとの認定は誤りであり、その結果、決定は、両者の相違点を看過したものである。
(1) 「支持板」と「車輪枠」
本件訂正発明1の下桟と「車輪枠」の関係は、特許請求の範囲に「建具本体の下桟の溝内に嵌合される車輪枠を有し」と記載されるように、滑り動く様な状態で車輪枠が建具本体の下桟の溝内にワンタッチで取り付けられ、取り付け後も下桟の溝内で車輪枠が上下方向に移動可能とされ、車輪枠は下桟に嵌合されて外れない構造となっているものである。これに対し、引用例1記載の考案の「支持板」自体は、下框に嵌合する構造とはなっておらず、「ビス」がなければ支持板は外れてしまう。
また、引用例1記載の発明の戸車は「支持板」に対して、いわゆる「片持ち式」であるので、自重のある戸、障子を長年使用すると、変形し開閉がしづらくなる。これに対し、本件訂正発明1では、戸車は「車輪枠」の両側片部間に車輪を軸支してなるものであるから、長く変形することなく安定した走行ができる。
したがって、引用例1記載の考案の「支持板」が、本件訂正発明1の「車輪枠」に相当するとの決定の認定は誤りである。
(2) 「長孔」と「孔部」
引用例1記載の考案の「長孔」は、ビスを緩めて上下動させて建具の高さ調整を行い、かつ、ビスで支持板を固定するためのものであるのに対し、本件訂正発明1の「孔部」は、調整ネジの固定とは一切関係なく、ただ単に建具の高さ調整する為のものであり、必ずしも長孔である必要はない。
したがって、引用例1記載の考案の「長孔」と本件訂正発明1の「孔部」とは、その働き、機能を異にするから、「長孔」が「孔部」に相当するとの決定の認定は誤りである。
(3) 「ビス」と「調整ネジ」
引用例1記載の考案の「ビス」は、下框と支持板とを固定する機能を第一とし、このビスを緩めることにより、長孔の範囲内で支持板を上下動可能とするものである。これに対し、本件訂正発明1の「調整ネジ」には、高さを調整する機能のみで固定の機能は全く有しない。
また、建具の建付調整についても、引用例1記載の考案は、一旦ビスを緩めて長孔の範囲で高さを決め直して締めて固定するものであるが、自重のある戸、障子を長孔の範囲で上下幅調整しながら位置決めするのは大変難しい。これに対して、本件訂正発明1では、建て込まれた状態の建具を調整ネジの頭部をドライバー等で回転すればよく、非常に簡単である。しかも、建具本体の下桟の溝内に嵌合された状態で車輪枠が上下方向に移動するので、動きが安定し、強度も保持することができる。
さらに、本件訂正発明1は、車輪枠の上部に螺合された調整ネジの頭部を下桟の溝の上壁部に穿設された孔部に下方から係合させて露出させるように構成されているため、下桟の溝内に戸車をワンタッチで取り付けることができ、製造及び組立の容易化が図れると共にコストの低減が図れる。
これに対して、引用例1記載の考案は、戸車をワンタッチで取り付けることができず、前記のとおり、建付調整に際しては、建具を設置したままで適切な高さに簡単に建付調整することもできない。
したがって、引用例1記載の考案の「ビス」が、本件訂正発明1の「調整ネジ」に相当するとの決定の認定は誤りである。
2 本件訂正発明1と引用例2記載の考案との対比について
本件訂正発明1と引用例2記載の考案とを対比して決定が相当すると認定した事項のうち、引用例2記載の考案の「内部可動体の上面水平部」と「調整戸車」が、それぞれ、本件訂正発明1の「車輪枠の上部」と「戸車付建具」に相当することは認めるが、引用例2記載の考案の「内部可動体」、「調整螺子」、「係合孔」が、それぞれ、本件訂正発明1の「車輪枠」、「調整ネジ」、「孔部」に相当するとの認定は誤りである。
(1) 「内部可動体」と「車輪枠」
引用例2記載の考案の外部抱持体と「内部可動体」とは、引用例2(甲第7号証)の4頁1行ないし6行に「戸車(3)を取付ける軸(12)を戸車取付部(11a)を貫通して室外側へ突出し、当該突出部(ロ)を前記ガイド溝(10)内に突入させることにより、この内部可動体(11)を外部抱持体(8)内に重合させるとともに、内部可動体(11)を上下に可動することができる。」と記載されており、本件訂正発明1のように建具本体の下桟の溝内に「車輪枠」を嵌合するものではない。
すなわち、引用例2記載の考案の外部抱持体と「内部可動体」とは、少なくとも、戸車(3)と内部可動体(11)と外部抱持体(8)とを、軸(12)と突出部(ロ)とでガイド溝(10)の長孔の範囲で上下に可動することができるが、軸(12)と突出部(ロ)で固定されている。
したがって、本件訂正発明1のように、建具本体の下桟の溝内に「車輪枠」を嵌合させるものではなく、引用例2記載の考案では、戸車の取り付けがワンタッチで簡単にできること、また、戸車の取り付け枠を不要とする本件訂正発明1の目的を達成することはできないから、引用例2記載の考案の「内部可動体」が本件訂正発明1の「車輪枠」に相当するとの決定の認定は誤りである。
(2) 「調整螺子」「係合孔」と「調整ネジ」「孔部」
引用例2(甲第7号証)には、「内部可動体(11)の上面水平部(11b)には、調整螺子(13)が螺着されるのであるが、この調整螺子(13)の頭部(13a)は前記係合孔(9)の四角形状に対応させた四角形状に形成され」(4頁6行ないし10行)、「螺子頭部(13a)及び係合孔(9)の形状は、相互の嵌合によって螺子(13)の回動を阻止しうることができるものであれば、適宜選択することができる。」(4頁17行ないし20行)と記載されている。
すなわち、引用例2記載の考案では、「調整螺子」は「係合孔」で回動できない構造であるが、本件訂正後発明1の「調整ネジ」は、「孔部」で回動可能なものである。
したがって、本件訂正発明1は、建て込まれた状態で建付調整ができるのに対し、引用例2記載の考案では、引用例2(甲第7号証)の6頁2行ないし9行に、「尚、上記実施例に係る調整戸車のたてつけ調整操作は、第6図に示されるように、障子自身を上方へやや持ち上げて外部抱持体(8)を上昇させることにより、調整螺子(13)の角型頭部(13a)を角型係合孔(9)から離脱せしめて、調整螺子(13)を角型係合孔(9)による規制から解放して回動可能状態とし、この状態で調整螺子(13)を回動することにより行うのである。」と記載されているように、建付調整のために障子を持ち上げなければならず、大変であるから、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」が、本件訂正発明1の「調整ネジ」と「孔部」に相当するとの決定の認定は誤りである。
3 まとめ
上記1のとおり、本件訂正発明1の「車輪枠」、「孔部」、「調整ネジ」と引用例1記載の考案の「支持板」、「長孔」、「ビス」とは、その構成とともにその働きが相違するものであるから、これらがそれぞれ相当するとの決定の一致点の認定は誤っており、その結果、決定における相違点の認定(決定書12頁2行ないし20行)も誤っている。
そこで、この相違点の認定が誤っている以上、決定の「刊行物1に記載された調整ネジ取付機構にかえて、刊行物2に記載された調整ネジ取付機構を採用することに、格別の困難性はない。」(決定書14頁17行ないし20行)との進歩性の判断も誤りに帰する。
しかも、上記2のとおり、決定は、引用例2記載の考案についても、本件訂正発明1との一致点の認定に誤りがあり、相違点を看過しているのであるから、一層、決定の上記の進歩性の判断は誤っていることになる。
そうとすれば、本件訂正発明2についてした決定の認定、判断も誤りである。
したがって、本件訂正発明1及び2の進歩性を否定して独立特許要件が欠けるとした決定は、違法なものとして取り消されるべきである。
第4被告の反論の要点
1 本件訂正発明1と引用例1記載の考案との対比の主張に対して
(1) 「支持板」と「車輪枠」
引用例1記載の考案の「支持板」は、車輪を軸支しかつ下桟に対して上下方向に移動可能な部材である点で、本件訂正発明1の「車輪枠」に相当すると認定しているのであって、引用例1記載の考案において支持板が、本件訂正発明1の下桟に相当する引用例1記載の考案の下框の溝内に嵌合されているとは認定していない。
むしろ、この点は、相違点として、「a.訂正後発明1(注、本件訂正発明1。以下同じ。)においては、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠が下桟の溝内に嵌合されているのに対し、刊行物1に記載された発明(注、引用例1記載の考案。以下同じ。)においては、車輪枠が板状で車輪の片側で軸支して、下桟の溝内の片側側壁部に取り付けられている点。」(決定書12頁4行ないし9行)として挙げており、原告の主張は失当である。
また、「嵌合」とは「はめあい」であって(「広辞苑(第四版)」、甲第4号証中の審判乙第1号証参照)、外れない構造になっていて、特に固定具等によらなくても取り付けることができることのみを意味しているとはいえないから、原告が本件訂正発明1について主張する「車輪枠は下桟にワンタツチで取り付けられ、外れない構造になっていて、固定具によらなくても取り付けることができる」という点は、本件訂正発明1の「建具本体の下桟の溝内に嵌合される車輪枠を有し」という構成から、ただちに導き出せる事項であるとはいえない。
なお、原告は、「引用例1記載の考案の戸車は支持板に対していわゆる片持ち式であるのに対し、本件訂正発明1では、戸車は車輪枠の両側片部間に車輪を軸支してなるものである」ことが相違している旨主張しているが、上記のとおり、決定は、「相違点a.」としてこの点を挙げており、原告の上記主張も失当である。
(2) 「長孔」「ビス」と「孔部」「調整ネジ」
引用例1記載の考案の「長孔」及び「ビス」が、訂正後発明1の「孔部」及び「調整ネジ」に相当すると認定したのは、これらが車輪枠を上下に移動し建具の高さ調整するための下桟の孔と車輪枠に螺合するネジという点で共通しているからであり、引用例1記載の考案における長孔とビスとの各構成あるいは両者の位置関係等が、本件訂正発明1の孔部と調整ネジと同じであるとは認定していない。
むしろ、この点は、相違点として、「b.上記相違点a.に関連して、訂正後発明1においては、下桟の溝内に嵌合される両側片部を備えた車輪枠の上部に螺合された調節ネジの頭部を、下桟の溝の上壁部に穿設された孔部に下方から係合させて露出させるという調整ネジ取付機構をとっているのに対し、刊行物1に記載された発明においては、下桟の溝内の片側側壁部に取り付けられている板状の車輪枠の上方側部に調整ネジを下桟の溝の片側側壁部に穿設された孔部を通して側方から螺合させるという調整ネジ取付機構をとっている点。」(決定書12頁10行ないし20行)として挙げており、原告の主張は失当である。
2 本件訂正発明1と引用例2記載の考案との対比の主張に対して
(1) 「内部可動体」と「車輪枠」
引用例2記載の考案の「内部可動体」は、原告も認めているように、戸車を軸支し共に上下に可動することができる部材である点で本件訂正発明1の「車輪枠」と共通しているから、本件訂正発明1の「車輪枠」に相当すると認定したのであり、本件訂正発明1のように建具本体の下桟の溝内に車輪枠を嵌合するものであるとは認定していないから、原告の主張は失当である。
(2) 「調整螺子」「係合孔」と「調整ネジ」「孔部」
原告が指摘するとおり、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」は、調整螺子の頭部を下方から係合孔に係合させて露出させた状態では回動できない構造であると記載されているが、係合を解除すれば回動可能であり、戸車と内部可動体との上下方向の位置を調整し得るという建付調整機能を有している。
一方、原告は、本件訂正発明1において調整ネジは孔部で回動可能なものであると主張しているが、このことは、本件訂正発明1の特許請求の範囲の請求項1の「調整ネジの頭部を下方から係合させて露出させる孔部」という記載から、ただちに導き出せる事項であるとはいえず、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって失当である。
3 結論
以上のように、決定が本件訂正発明1と引用例1記載の考案とを対比して、引用例1記載の考案の「支持板」、「長孔」、「ビス」が、本件訂正発明1の「車輪枠」、「孔部」、「調整ネジ」に相当すると認定したことに誤りはなく、その相違点の認定にも誤りはないし、引用例2記載の考案の一致点の認定に誤りはなく、本件訂正発明1と引用例1記載の考案との相違点の判断にも誤りはない。
したがって、決定が、本件訂正発明1について、進歩性を否定して、本件訂正請求について、独立特許要件が欠けると判断したことに誤りはなく、本件訂正発明2についてした決定の認定、判断にも誤りがない。
理由
1 本件訂正発明1と引用例1記載の考案との対比について
(1) 「支持板」と「車輪枠」
引用例1記載の考案は、「両側の側壁部及びこれらを連結する上壁部により下向きに解放した溝を有し、溝の片側側壁部には長孔が穿設された下框を備えた建具本体と、該建具本体の下框の溝内に取り付けられる支持板を有し、支持板に軸支してなる戸車と、戸車の支持板に設けられた突起と、下框の側壁部に形成され、突起を係合させて支持板を上下方向に移動可能に支持する切欠溝と、下框の長孔を通して側方から支持板の上方側部に螺合されたビスとを具備した戸車装置」(決定書10頁3行ないし12行)との構成を有するものであることは争いがない。
そうすると、引用例1記載の考案の「支持板」は、建具本体の下框の溝内に取り付けられ、車輪を軸支しかつ下桟に対して上下方向に移動可能な部材であるという技術的意味においては、本件訂正発明1の「車輪枠」と同様の部材であり、この限度において、決定が引用例1記載の考案の「支持板」が本件訂正発明1の「車輪枠」に相当すると認定したこと自体に誤りはない。
原告は、本件訂正発明1は、「建具本体の下桟の溝内に嵌合される車輪枠を有し」との構造であるから、車輪枠が建具本体の下桟の溝内にワンタッチで取り付けられ、取り付け後も下桟の溝内で車輪枠が上下方向に移動可能とされ、車輪枠は下桟に嵌合されて外れない構造となっているものであるのに対し、引用例1記載の考案は、支持板自体が下框に嵌合する構造とはなっておらず、ワンタッチで取り付けることができず、下框に挿入後もビスがなければ支持板は外れてしまう旨、また、引用例1記載の考案の戸車は支持板に対していわゆる片持ち式であるので、自重のある戸、障子を長年使用すると、変形し開閉がしづらくなるのに対し、本件訂正発明1では、戸車は車輪枠の両側片部間に車輪を軸支してなるものであるから、長く変形することなく安定した走行ができる旨主張している。
しかし、決定は、上記のとおり、引用例1記載の考案の構成の認定において、原告が主張する「嵌合」や「両側片部」については認定せず、上記の限度において、「支持板」が本件訂正発明1の「車輪枠」に相当すると認定しつつ、「相違点a.」として、「訂正後発明1においては、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠が下桟の溝内に嵌合されているのに対し、刊行物1に記載された発明においては、車輪枠が板状で車輪の片側で軸支して、下桟の溝内の片側側壁部に取り付けられている点。」(決定書12頁4行ないし9行)と認定している。
その上で、決定は、「上記相違点a.について検討すると、この種戸車付建具において、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠を下桟の溝内に、固定金具とか戸車枠のような取付枠等を介して嵌合する点は、広く用いられている周知技術(実公昭47-34213号公報、実願昭51-155393号(実開昭53-71939号)のマイクロフィルム等)である。ここで、刊行物1に記載された発明において、両側片部を備えてはいないが、車輪を軸支する車輪枠が、取付枠等を介することなく下桟の溝内に取り付けられる点が開示されていることを併せて考慮すると、上記相違点a.における刊行物1に記載された発明の構成を上記周知技術をもとに、訂正後発明1の構成とすることに格別の困難性はない。」(13頁1行ないし15行)と判断しているのである。
このように、決定は、引用例1記載の考案と本件訂正発明1との相違点として、引用例1記載の考案は、両側片部が備えられていないこと、下桟への嵌合でないことを認めた上で、その点については、公報を例示し、周知技術として認定している。
また、その周知技術は、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠を下桟の溝内に嵌合する構造であるから、戸車の下桟の溝内への嵌合がワンタッチででき、また、いわゆる両持式であることから変形することなく、安定した走行ができるなどの作用効果を有するものであることは、いずれも当業者が容易に理解することができることである。
以上のとおり、原告が決定の一致点の認定の誤りとして主張する点は、決定が「相違点a.」として認定して、その点は周知技術であると認定したことを指摘するものであり、決定が、引用例1記載の考案の「支持板」が本件訂正発明1の「車輪枠」に相当するとした認定に誤りはないから、原告の主張は採用することができない。
(2) 「長孔」「ビス」と「孔部」「調整ネジ」
引用例1(甲第6号証)には、「戸車の取付高さの調整も取付ビスを弛めて長孔9、切欠溝10の長さの範囲で容易に行うことができるものである。」(3頁6行ないし9行)と記載されており、この記載によれば、引用例1記載の考案の「長孔」と「ビス」は、戸車の取付高さの調整のための部材であることが認められ、この技術的意味においては、それらと本件訂正発明1の「孔部」と「調整ネジ」との間に、働き、機能上の相違を認めることができないから、その限度において、決定が引用例1記載の考案の「長孔」、「ビス」が、本件訂正発明1の「孔部」、「調整ネジ」に相当すると認定したことに誤りはない。
そして、決定は、引用例1記載の考案の「長孔」、「ビス」が、戸車の取付高さの調整のための部材として相当すると認定しつつ、本件訂正発明1の「孔部」、「調整ネジ」との具体的な構造の相違については、「相違点b.」として、「上記相違点a.に関連して、訂正後発明1においては、下桟の溝内に嵌合される両側片部を備えた車輪枠の上部に螺合された調節ネジの頭部を、下桟の溝の上壁部に穿設された孔部に下方から係合させて露出させるという調整ネジ取付機構をとっているのに対し、刊行物1に記載された発明においては、下桟の溝内の片側側壁部に取り付けられている板状の車輪枠の上方側部に調整ネジを下桟の溝の片側側壁部に穿設された孔部を通して側方から螺合させるという調整ネジ取付機構をとっている点。」(決定書12頁10行ないし20行)と認定している。
その上で、決定は、「上記相違点b.について検討すると・・・刊行物2には、戸車付建具の車輪枠の上部に調整ネジを螺合させ、調整ネジの頭部を下方から係合させて露出させる孔部を障子框に取付け固定される外部抱持体の上面水平部に穿設した点が記載されている。ここで、この種戸車付建具において、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠を下桟の溝内に、固定金具とか戸車枠のような取付枠等を介して嵌合し、両側片部を備えた車輪枠の上部に調整ネジを設けて、下桟の溝の上壁部に調整ネジのための孔部を穿設することは、広く用いられている周知技術(実公昭47-34213号公報、実願昭51-155393号(実開昭53-71939号)のマイクロフィルム等参照)であること及び、上記相違点a.についての検討内容を考慮すると、相違点b.における、刊行物1に記載された調整ネジ取付機構にかえて、刊行物2に記載された調整ネジ取付機構を採用することに、格別の困難性はない。」(決定書13頁16行ないし14頁20行)と判断しているのである。
以上によれば、原告の主張は、決定が「相違点a.」に関連する「相違点b.」として認定し、その相違点の判断において、引用例2記載の考案や周知技術として示す構造や働きが、引用例1記載の考案の「長孔」と「ビス」にないことを指摘するものにすぎず、決定が、前記の限度において、引用例1記載の考案の「長孔」、「ビス」が、本件訂正発明1の「孔部」、「調整ネジ」に相当するとした認定に誤りはないから、原告の主張は採用することができない。
2 本件訂正発明1と引用例2記載の考案との対比について
(1) 「内部可動体」と「車輪枠」
原告は、引用例2記載の考案は、少なくとも、戸車(3)と内部可動体(11)と外部抱持体(8)とを、軸(12)と突出部(ロ)とでガイド溝(10)の長孔の範囲で上下に可動することができるが、軸と突出部で固定されているから、建具本体の下桟の溝内に車輪枠を嵌合させるものではなく、引用例2記載の考案の「内部可動体」が、本件訂正発明1の「車輪枠」に相当するとの決定の認定は誤りである旨主張している。
しかしながら、決定は、上記のとおり、本件訂正発明1と引用例1記載の考案との「相違点b.」についての判断の中で、引用例2記載の考案の構成として単に「刊行物2には、戸車付建具の車輪枠の上部に調整ネジを螺合させ、調整ネジの頭部を下方から係合させて露出させる孔部を障子框に取付け固定される外部抱持体の上面水平部に穿設した点」(決定書14頁2行ないし6行)を取り出して認定しているのであり、決定は、引用例2記載の考案の「内部可動体」が、建具本体の下桟の溝内に嵌合させる構造までを含めて「車輪枠」に相当すると認定したものではない。このことは、決定が、上記の記載に続けて、「ここで、この種戸車付建具において、両側片部を備え、両側片部間に車輪を軸支している車輪枠を下桟の溝内に、固定金具とか戸車枠のような取付枠等を介して嵌合し、両側片部を備えた車輪枠の上部に調整ネジを設けて、下桟の溝の上壁部に調整ネジのための孔部を穿設することは、広く用いられている周知技術(・・・)である」(決定書14頁6行ないし15行)と認定していることからも明らかである。
以上によれば、決定は、引用例2記載の考案の「内部可動体」は、戸車を軸支するとともに上部に鍔付き調整ネジを螺合し、調整ネジを回動することにより建て付け調整ができるという技術的意味において、本件訂正発明1の鍔付き調整ネジを螺合する「車輪枠」と共通していることから、この限度において、本件訂正発明1の「車輪枠」に相当すると認定したものであると認められるから、その認定に誤りはなく、原告の主張は採用することができない。
(2) 「調整螺子」「係合孔」と「調整ネジ」「孔部」
原告が指摘するように、引用例2には、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」は、調整螺子の頭部を下方から係合孔に係合させて露出させた状態では回動できない構造である旨の記載がされている。
しかしながら、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」においても、その係合を解除すれば回動できるものであり、また、調整螺子の鍔部が、外部抱持体の係合孔と接合して外部抱持体と内部可動体との間隔を規定することによって、建て付け調整ができるという技術的意味において、本件訂正発明1の「調整ネジ」、「孔部」との間に差異はないから、決定が、この限度において、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」が、本件訂正発明1の「調整ネジ」と「孔部」に相当するとした認定に誤りはない。
そして、前記のとおり、決定は、この認定に続けて、「この種戸車付建具において、・・・両側片部を備えた車輪枠の上部に調整ネジを設けて、下桟の溝の上壁部に調整ネジのための孔部を穿設することは、広く用いられている周知技術(・・・)である」(決定書14頁7行ないし15行)と認定していることからすれば、決定は、引用例2記載の考案の「調整螺子」と「係合孔」について、原告が主張するように、建て込まれた状態で孔部を通して調整ネジを回動する構造及び両側片部を備えた車輪枠との構造までを含めて本件訂正発明1の「調整ネジ」、「孔部」に相当すると認定したものではなく、これらの構造上の相違点については周知技術であると認定していることは明らかであるから、原告の主張は採用することができない。
3 総括
以上によれば、決定が、本件訂正発明1と引用例1、2記載の考案との対比において認定した一致点に、原告主張の誤りは認めることができず、原告主張の相違点の看過も認めることができないから、本件訂正発明1と引用例1記載の考案との相違点についての決定の判断に誤りを見いだすことはできない。
また、本件訂正発明1についてした決定の認定、判断に誤りが認められない以上、本件訂正発明2についても同様である。
したがって、決定が、本件訂正発明1及び2の進歩性を否定して、本件訂正請求について、独立特許要件が欠けると判断したことに誤りはない。
4 結論
以上のとおり、原告主張の取消事由は理由がなく、その他決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)