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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)42号 判決 1999年10月27日

原告

富士写真フィルム株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

中村稔

熊倉禎男

富岡英次

岩瀬吉和

同弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成9年審判第20423号事件について、平成11年1月8日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年2月19日、名称を「光記録媒体」とする発明につき特許出願をし(特願平2ー38092号)、平成8年5月31日に設定登録(特許第2522713号)を受けた。

原告は、平成9年11月28日、上記特許につき、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正審判の請求(以下「本件訂正審判請求」といい、原告が本件訂正審判請求によってしようとする訂正を「本件訂正」という。)をし、特許庁は、同請求を平成9年審判第20423号事件として審理したうえ、平成11年1月8日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月20日、原告に送達された。

2  上記特許の明細書の特許請求の範囲の記載

(1)  対向して置かれた第1の基板と第2の基板の間に少なくとも1層の記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体において、該第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする光記録媒体。

(2)  前記接着剤層は、ホットメルト接着剤より成りかつその厚さは、160μm以下である請求項1記載の光記録媒体。

3  本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)の特許請求の範囲の記載

(1)  対向して置かれた第1の基板と第2の基板の間に少なくとも1層の記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体において、該第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいこと、及び該接着剤層の厚さが、160μm以下であることを特徴とする光記録媒体(以下、この請求項に記載された発明を「訂正第1発明」という。)。

(2)  前記接着剤層が、ホットメルト接着剤より成る請求項1記載の光記録媒体(以下、この請求項に記載された発明を「訂正第2発明」という。)。

4  審決の理由の要点

審決は、訂正第1、第2発明が、特開昭61ー68744号公報(甲第4号証、以下「引用例1」という。)、平成元年7月7日発行の【G】編著「光ディスクのおはなし」(甲第5号証、以下「引用例2」という。)、特開昭63ー275050号公報(甲第6号証、以下「引用例3」という。)及び特開昭61ー80534号公報(甲第7号証、以下「引用例4」という。)にそれぞれ記載された発明、並びに引用例3、特開昭58ー162320号公報(甲第8号証、以下「引用例5」という。)、特開昭63ー222346号公報(甲第9号証、以下「引用例6」という。)、特開平1ー101126号公報(甲第10号証、以下「引用例7」という。)、特開平1ー269253号公報(甲第11号証、以下「引用例8」という。)から周知事項と認められる、光記録媒体の製造においてバリが発生すること及び貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許出願の際、独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正審判請求は、同法126条4項の規定に適合しないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、引用例1~4の記載事項の認定(審決書3頁1行~5頁4行)、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との一致点及び相違点<1>、<2>の各認定、訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点の認定は認める。

審決は、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<1>、<2>についての判断及び訂正第2発明と同光記録媒体との相違点についての判断を誤った結果、訂正第1、第2発明が、当業者において容易に発明をすることができ、特許出願の際、独立して特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<1>、<2>についての判断の誤り)

(1)  審決は、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<1>、すなわち、「訂正明細書の請求項1に係る発明が、第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が接着剤層の厚さよりも小さい構成を有するのに対し、刊行物1、2(注、引用例1、2)に記載されているような周知の光記録媒体は当該構成について限定がない点」(審決書7頁9~15行)につき、「刊行物3(注、引用例3)には、基板の成形においてバリが発生すること、バリが接合の問題点となること、・・・バリが当たらないように工夫することが記載されている。このように、光記録媒体の製造においてバリが発生すること、及び、貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることは、当業者において周知であり(貼り合わせに際してバリが当たらないように工夫する必要があることが、当業者に周知であることは、刊行物5ないし8(注、引用例5~8)の記載からも明らかである。)、貼り合わせ型の光記録媒体を製造する際に、バリが当たらないようにすることは当然のことである。」(同8頁1~14行)としたうえ、「刊行物1、2に記載されているような周知の光記録媒体のようにスペーサを介さずに貼り合わせるものにおいては、基板が記録層側にバリを有する場合、バリ同士が対向すると共に、基板間にある接着剤層の好適な厚さの範囲は基板と接着剤に応じて決まるから、バリ同士が当たらないようにするために、接着剤層の厚みを好適な範囲内で大きくすること、若しくは、バリを予め削り取っておくことにより、バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る。」(同8頁14行~9頁5行)と判断したが、それは誤りである。

(2)  引用例1、2には、それぞれに記載された光記録媒体の基板の周縁部にバリが存在していた旨の記載はない。むしろ、引用例1に、実施例1、2について「全周にわたってオートフォーカスがかかった。」(甲第4号証3頁左上欄14~15行)、「記録再生も良好であった。」(同頁右上欄14~15行)との記載があることによれば、該実施例の光記録媒体の基板の周縁部には均一貼り合わせに影響を与えるようなバリが存在しなかったことが考えられる。また、引用例2の図4.2(甲第5号証36頁)のB図に記載された光記録媒体も、表4.6(同58頁)の規格値を満たすのであるから、これも同様と考えられる。

引用例1に係る特許出願の出願当時(昭和59年9月12日)、バリが生じた基板を使用する場合にはバリ取り処理を行うことが通常であり、そのために様々な方法があったのだから、引用例1記載の光記録媒体の基板の周縁部にバリが生じていたとしても、このバリは除去されていたものと考えられ、引用例1記載の光記録媒体の基板の周縁部にバリが存在し得ないことは確実である。

審決は、引用例1、2記載の光記録媒体と引用例3の記載による「光記録媒体の製造においてバリが発生する」という公知の事項とを組み合せて、貼り合わせ型であり、記録層側にバリが存在する基板を想定しているが、光記録媒体においてバリの存在が好ましいものではなく、かつ、後記のとおり、様々なバリ対策の方法があることを知った当業者が、引用例1、2記載の光記録媒体と引用例3の記載とを結び付けて、バリの存在する貼り合わせ型の光記録媒体を想定することは著しく困難である。

(3)  審決は、「バリ同士が当たらないようにするために、・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る」とするが、引用例1~4には、バリが存在することによってディスクの貼り合わせに問題が生じることを指摘したものはあるものの、貼り合わせの際に相対する位置に形成されるバリ同士が当接する可能性があり、この場合がバリの貼り合わせに対する影響が最も大きいこと、バリ同士が当接するのは、バリの高さの合計が予定されている2枚の基板の距離よりも大きい場合であることを指摘したものはないから、引用例1~4に開示された技術から、バリとバリとが当接するかどうかは、2枚の基板に形成されたバリの高さの合計と基板の間の接着剤層の厚さの大小関係に応じて決まること自体が自明であるということはできない。引用例5及び引用例8には、バリ同士が当たること及びその不都合について記載されているが、バリ同士が当接するのは、バリの高さの合計が2枚の基板の距離よりも大きい場合であることを記載、示唆するものではない。

さらに、バリ同士が当たって不均一な貼り合わせが生じることがないようにするという目的を達成するためには、種々な手段を考えることができる。例えば、バリが生じないような製法によって基板を成形する、発生したバリを除去する、貼り合わせの際にバリの当接を回避するなどの様々な方法が考えられるのであって、実際にも、本件特許の出願と前後して、これらの手段方法が採用されてきたところである。しかるところ、引用例1~8には、バリ同士が当たらないようにするという目的を達成するために、接着剤層の厚さを積極的に調整するという訂正第1発明の技術思想の開示も示唆も存在しない。通常2枚の基板等を接着させて貼り合わせることが本来の機能である接着剤に、2枚の基板の間に適切な距離を設けるという機能を果たさせることは逆転した新規な発想だからである。

この点について、被告は、特開昭59ー168947号公報(乙第1号証、以下「周知例1」という。)、特開昭63ー69042号公報(乙第2号証、以下「周知例2」という。)、特開昭63ー119040号公報(乙第3号証、以下「周知例3」という。)、特開平1ー287843号公報(乙第4号証、以下「周知例4」という。)を挙げて、光記録媒体の技術分野において、接着剤層が2枚の基板を所定の距離に保持する機能を有することは当業者が当然に認識していることであると主張する。しかしながら、これらの周知例は、いずれもエアサンドイッチ構造を有する特定の光記録媒体に係るものであり、このような構造の光記録媒体は、微小孔が開いている記録層を用いるため基板間に一定の厚さの空気層を設ける必要があって、基板間に一定の距離を設けるスペーサ及びスペーサと基板を接着する接着剤の存在が必須である。これに対し、訂正第1、第2発明のような貼り合わせ型の光記録媒体においては、基板間に一定の距離を設けるスペーサの存在は全く予定されていないから、接着剤層に基板間に一定の距離を設けるスペーサの機能を持たせることを当業者が当然に認識しているとはいえない。

したがって、審決の上記判断は誤りである。

(4)  審決は、相違点<1>につき、さらに、「刊行物4(注、引用例4)に記載されているように、基板の張り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者において周知のことであると共に、刊行物2(注、引用例2)に記載されているように、光ディスクの機械的特性であるフォーカス性能を確保するためには面振れ量を抑える必要があることは当業者において周知のことであるから、訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正第1発明)の目的である面振れ加速度を小さくするために、基板を均一に貼り合わせることも当然のことである。」(審決書9頁6~15行)とも判断しているが、そのような必要性が、「バリ同士が当たらないようにするために・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくする」との訂正第1発明の構成を着想することに結び付くものではない。

なぜなら、仮に、被告の主張に係る周知の均一貼り合わせのためのバリ対策の必要性から、訂正第1発明の構成を容易に推考できるものとすれば、引用例3、引用例6及び特開昭58ー45637号公報(甲第17号証)、特開平8ー167179号公報(甲第22号証)、特開平9ー245384号公報(甲第23号証)、特開平10ー320847号公報(甲第24号証)、特開平5ー81704号公報(甲第27号証)等に記載された各発明について、それがどのような複雑な構成を有するものであっても、同じバリ対策の必要性から、容易に推考できるとしなければならなくなるからである。すなわち、訂正第1発明がこれらの発明と異なるのは、極めて単純明快な構成を採用している点にあるのであって、同一の技術課題を解決する具体的構成を提示している点においては相違ないのである。

(5)  審決は、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<2>、すなわち、「訂正明細書の請求項1に係る発明(注、訂正第1発明)が、接着剤層の厚さが、160μm以下である構成を有するのに対し、刊行物1、2(注、引用例1、2)に記載されているような周知の光記録媒体は当該構成について限定がない点」(審決書7頁15~19行)につき、「刊行物1に記載されているように、接着剤層の厚さとして、40μm,100μm、すなわち、160μm以下の値は、普通に採用されている範囲である。」(同9頁16~19行)と判断したところ、引用例1に、接着剤層の厚さとして40μm,100μmの各値が記載されていることは認めるが、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在し得ないことは、上記(2)のとおりであり、そうすると、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ない。したがって、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μm、100μmは、訂正第1発明の「第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする」との構成要件を満たして、接着剤層の厚さを160μm以下であるように選定したというものではなく、その厚さに特段の意味はないから、審決の上記判断は誤りである。

2  取消事由2(訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点についての判断の誤り)

審決は、訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点、すなわち、「訂正明細書の請求項2に係る発明(注、訂正第2発明)が、接着剤層が、ホットメルト接着剤より成る構成を有するのに対し、刊行物1、2(注、引用例1、2)に記載されているような周知の光記録媒体は当該構成について限定がない点」(審決書10頁4~8行)につき、「刊行物1に記載されているように、接着剤層として、ホットメルト接着剤は、普通に採用されているものである。」(同頁9~12行)として、訂正第2発明が、引用例1~4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断したところ、ホットメルト接着剤が普通に採用されているものであることは認めるが、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在し得ないことは、上記1の(2)のとおりであり、そうすると、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、引用例1における接着剤の種類は、バリの関係では、特別な意味を有しない。したがって、引用例1においてホットメルト接着剤が使用されていることに格別の意味はないから、審決の上記判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<1>、<2>についての判断の誤り)について

(1)  原告は、引用例1記載の光記録媒体の基板の周縁部にバリが存在し得ないと主張するが、審決は、引用例1、2に記載されているような周知の光記録媒体のようにスペーサを介さずに貼り合わせるものにおいて、基板が記録層側にバリを有する場合を想定しているのであって、引用例1記載の光記録媒体の基板にバリが存在し得ることを認定しているのではない。

そして、引用例1、2に記載されているような、対向する2つの基板の間に記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体は周知であるとともに、光記録媒体の製造においてバリが発生することは当業者において周知であるから、引用例1、2に記載されているような周知の光記録媒体のようにスペーサを介さずに貼り合わせるものにおいて、基板が記録層側にバリを有する場合を想定した点に誤りはない。

(2)  原告は、通常2枚の基板等を接着させて貼り合わせることが本来の機能である接着剤に、2枚の基板の間に適切な距離を設けるという機能を果たさせることが、逆転した新規な発想であるとして、「バリ同士が当たらないようにするために、・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る」とすることはできないと主張する。

しかしながら、周知例1には、従来の光学的記録媒体において透過性基板によって形成した中空が硬化された接着剤により形成したスペーサによって保持された構造となっていることが、周知例2には、貼り合わせた基板間に厚みムラのない中空構造をもつ情報記録媒体を簡便に大量かつ低コストに製造する方法を提供するために、2枚のドーナツ状基板を記録層を内側にして貼り合わせ、かつ2枚の基板間に中空部をもつ構造の情報記録媒体において、少なくとも片方の基板上の内周及び外周縁部に接着剤をロール状の版胴又はブランケット胴から転移させてスペーサを兼ねた接着層をリング状に形成し、次いで両基板を重ね合わせて接着することを特徴とする中空構造をもつ情報記録媒体の製造方法が、周知例3には、貼り合わせ後の寸法精度の悪さを容易に解決できる光記録媒体の構造を提供するために、情報記録層部が2枚の基板の貼り合わせ面側に形成されているエアサンドイッチ構造で、アウタースペーサ、インナースペーサを用いず、流動性を持った接着剤を用い、塗布後それを硬化させ、スペーサの代りをさせることを特徴とする光記録媒体の製造方法が、周知例4には、透明基板が空気層を挟むようにスペーサを介して接着剤(又はスペーサを兼ねる接着層)により貼り合わされた光学的情報記録媒体が、それぞれ記載されている。

このような周知例1~4の記載から見て、光記録媒体の技術分野において、接着剤層が2枚の基板を所定の距離に保持する機能を有することは当業者が当然に認識していることである。そして、貼り合わせ型の光記録媒体を製造する際に、バリが当たらないようにすることは当然のことであるから、基板が記録層側にバリを有し、バリ同士が対向する場合において、バリ同士が当たらないようにするために、バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に考え得ることである。

したがって、「バリ同士が当たらないようにするために、・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る」とした審決の判断に誤りはない。

(3)  原告は、審決が、「刊行物4に記載されているように、基板の張り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者において周知のことであると共に、刊行物2に記載されているように、光ディスクの機械的特性であるフォーカス性能を確保するためには面振れ量を抑える必要があることは当業者において周知のことであるから、訂正明細書の請求項1に係る発明の目的である面振れ加速度を小さくするために、基板を均一に貼り合わせることも当然のことである。」と判断したことに対し、そのような必要性が、「バリ同士が当たらないようにするために・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくする」との訂正第1発明の構成を着想することに結び付くものではないと主張するが、審決は、補足的に、基板の張り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者において周知のことであるから、訂正第1発明の目的である面振れ加速度を小さくするために、基板を均一に貼り合わせることも当然のことである旨を指摘したものであって、このことのみを「バリ同士が当たらないようにするために・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る」ことの根拠としたものではない。

(4)  原告は、審決が、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<2>について、「刊行物1に記載されているように、接着剤層の厚さとして、40μm,100μm、すなわち、160μm以下の値は、普通に採用されている範囲である。」と判断したことに対し、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在せず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ず、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μm、100μmに特段の意味はないので、審決の上記判断は誤りであると主張するが、審決は、訂正第1発明における接着剤層の厚さが、従来から採用されている接着剤層の厚さと一致することを指摘したものであり、バリの有無、その大きさと接着剤層の厚さとの関係の記載にかかわらず、引用例1記載の発明と訂正第1発明とを各接着剤層の厚みにおいてのみ対比することに不合理はない。

2  取消事由2(訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点についての判断の誤り)について

原告は、審決が訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点につき、「刊行物1に記載されているように、接着剤層として、ホットメルト接着剤は、普通に採用されているものである。」として、訂正第2発明が、引用例1~4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断したことに対し、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在せず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、引用例1においてホットメルト接着剤が使用されていることに格別の意味はなく、審決の上記判断は誤りであると主張する。

しかしながら、訂正明細書の記載からみて、訂正第2発明自体においても、バリとの関係でホットメルト接着剤を使用するものと認めることはできない。したがって、審決が、引用例1に記載されているように、接着剤層として、ホットメルト接着剤は、普通に採用されているものである、とした点に何ら誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1について

(1)  引用例3(甲第6号証)に「一般に、ディスク基板は、合成樹脂を成形して調製される。ディスク基板の成形方法としては、圧縮成型法、射出成型法、射出ー圧縮成型法および2P法等があり、これらはスタンパー等の金具を組み込んで構成された金型内に溶融した樹脂材を充填して行なわれる。・・・上記の方法で、金型に樹脂材料を充填して基板を成形する際に、その隙間に樹脂材料が入り込み、成形後の基板の記録領域と基板中央の透孔周縁との間(すなわちスペーサとの接合領域)に位置する部分に高さが5μm~300μmのリング状のバリが形成される。このようなバリを有するディスク基板を使用する場合は、情報記録媒体の製造に当って良好な接合を行なうことができないとの問題がある。」(同号証2頁左上欄末行~右上欄19行)、「本発明は、表面にリング状のバリが形成されている基板の該表面に記録層が備えられてなるディスクと、記録層が備えられていてもよいディスクとが、記録層を内側にして、リング状内側スペーサとリング状外側スペーサとを介して接合された情報記録媒体であって、基板のリング状バリが、スペーサの該基板に接する面の基板のリング状バリに対応する位置に備えられたリング状のバリ収容溝に収容されている情報記録媒体にある。」(同2頁右下欄19行~3頁左上欄7行)、「本発明の情報記録媒体は、ディスク基板に形成されたリング状のバリが、スペーサに設けられたリング状のバリ収容溝に収容されているため、バリは、基板とスペーサとの接合の障害とならない。従って、本発明の情報記録媒体は、スペーサとディスク基板とが良好な接合をしており、高い寸法精度を有している。」(同4頁右上欄15行~左下欄1行)との各記載があり、引用例5(甲第8号証)には、「従来の複製方法としては、第1図に示すような方法がある。・・・金型1の外周端に残ったUV樹脂が”バリ”となって、レプリカはくりの際の障害となっていた。また、この”バリ”が大きいと、レプリカディスクを回転使用中に、はずれてとびだしたり、ディスクを2枚貼り合わせ構造にする場合、”バリ”同士が当ってしまい、それの欠けたものが内部に残り、ディスク表面を損なうなどの欠点があった」こと(同号証1頁右下欄12行~2頁左上欄4行)、及びマスクを用いて金型と基板の間からはみ出したUV樹脂を硬化させずに除去することによりバリをなくすこと(同2頁左上欄12行~右上欄17行)の記載が、引用例6(甲第9号証)には、「このような転写型8を用いてガラス基板9の上に形成した樹脂層11は第3図(B)に示すように内周部と外周部に突起状のバリ12を生ずることが多く、時によってはバリの高さは1mmを越す場合もあり、貼り合わせができないという問題があった」こと(同号証3頁左上欄第4~9行)、及び転写型の内外周に余分の紫外線硬化樹脂を吸収するリング状の溝を設けることによりバリをなくすこと(同頁左下欄5~7行、右下欄3~5行)の記載が、引用例7(甲第10号証)には、「従来の製造装置によって得られた転写層付円板の2枚を硬化フォトポリマの転写層を内側に向けて内外周環状スペーサを介して張合わせて光ディスクを製造する場合に、特に、その内周近傍にフォトポリマ溜まりによるバリが残留しての転写層の内周縁部が不定形となる。よって、スペーサの接着時にスペーサ及び円板間で間隙が生じて得られる光ディスクの内周部の寸法精度が低下したり、円板上においてスペーサの周縁から転写層周縁までの間に不定形縁部のための領域を置かなければならず、信号記録面の面積が制限される等の大きな欠点となっていた」こと(同号証3頁右上欄1~12行)、及び吸引ノズルを用いてスタンパ及び円板の内周部から溢れる余剰フォトポリマを吸引することによりバリをなくすこと(同12頁7~13行)の記載が、引用例8(甲第11号証)には、「ディスク2枚を貼り合わせる構造にする場合、バリ同士が当ってしまい、平坦性が悪くなるという問題もあった」こと(同号証2頁左上欄7~9行)、及びマスクを用いて外周の余分な部分に入り込んだ樹脂が硬化されないようにすることによりバリをなくすこと(同頁左上欄11~末行)の記載がそれぞれあり、これらの各記載に鑑みれば、光記録媒体の形成に当たっては、一般に基板の内周部分及び/又は外周部分にバリが形成され、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たると、良好な接合ができず、平坦性が悪くなる(すなわち、光記録媒体の厚みが不均一となる)などの問題点があるために、バリ同士が当たらないように工夫する必要があることが当業者において周知であったものと認められる。

原告は、引用例1に係る特許出願の出願当時、バリが生じた基板を使用する場合にはバリ取り処理を行うことが通常であったから、引用例1記載の光記録媒体の基板の周縁部にバリが生じていたとしても、このバリは除去されていたものと考えられ、引用例1記載の光記録媒体の基板の周縁部にバリが存在し得ないと主張し、さらに、様々なバリ対策の方法があることを知った当業者が、引用例1、2記載の光記録媒体と引用例3の記載とを結び付けて、バリの存在する貼り合わせ型の光記録媒体を想定することは著しく困難であるとも主張するが、審決が、引用例1、2記載の光記録媒体自体の基板の周縁部にバリが存在すると認定したものではなく、「刊行物1、2(注、引用例1、2)に記載されているように、対向する2つの基板の間に、記録層が接着剤層を介して設けられた光記録媒体は周知である」(審決書7頁1~3行、このことは当事者間に争いがない。)ことを前提とし、光記録媒体の製造においてバリが発生することは当業者において周知であるものとして、前示周知の貼り合わせ型の光記録媒体において、基板が記録層側にバリを有する場合を想定したものであることは、審決の説示に照らして明らかであり、かつ、前示のとおり、光記録媒体の形成に当たっては、一般に基板の内周部分及び/又は外周部分にバリが形成されること、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たらないように工夫する必要があるものとして、当業者に認識されていることが認められるから、審決の前示想定に誤りはない。

(2)  前示のとおり、基板の内周部分及び/又は外周部分にバリが形成され、基板の貼り合わせに際してバリ同士が当たると、良好な接合ができないなどの問題点が生じるために、バリ同士が当たらないように工夫する必要があることが当業者において周知であったとすれば、その工夫の前提として、2枚の基板の距離とバリの高さの合計との比較において、バリの高さの合計が大きければ、バリ同士が当接し、光記録媒体の厚みが不均一となることも当業者に自明のことというべきである。

しかるところ、周知例1(乙第1号証)には、従来の光学的記録媒体において透過性基板によって形成した中空が硬化された接着剤により形成したスペーサによって保持された構造となっていること(同号証1頁右下欄6~11行)が、周知例2(乙第2号証)には、貼り合わせた基板間に厚みムラのない中空構造をもつ情報記録媒体を簡便に大量かつ低コストに製造する方法として、少なくとも1枚には情報記録層が形成された2枚のドーナツ状基板を記録層を内側にして貼り合わせ、かつ、2枚の基板間に中空部をもつ構造の情報記録媒体において、少なくとも片方の基板上の内周及び外周縁部に接着剤をロール状の版胴又はブランケット胴から転移させてスペーサを兼ねた接着層をリング状に形成し、次いで両基板を重ね合わせて接着することを特徴とする中空構造をもつ情報記録媒体の製造方法(同号証2頁左上欄15行~右上欄7行)が、周知例3(乙第3号証)には、情報記録層部が2枚の基板の貼り合わせ面側に形成されているエアサンドイッチ構造で、アウタースペーサ、インナースペーサを用いず、流動性を持った接着剤を用い、塗布後それを硬化させ、スペーサの代りをさせることを特徴とする光記録媒体の製造方法(同号証特許請求の範囲)が、周知例4(乙第4号証)には、透明基板が空気層を挟むようにスペーサを介して接着剤(又はスペーサを兼ねる接着層)により貼り合わされた光学的情報記録媒体(同号証3頁右上欄15~18行)がそれぞれ記載されている。これらの周知例1~4の各記載に鑑みれば、光記録媒体の技術分野において、2枚の基板を所定の距離に保持するスペーサとしての機能を接着剤層に果たさせることは当業者に周知の技術事項であり、そうであれば、バリ同士が当接して不均一な貼り合わせが生じないようにするとの目的を達成するために、基板間の接着剤層の厚さを調整し、接着剤層の厚みをバリの高さの合計より厚くすることは当業者が容易に考え得ることであるものと認められる。

なお、基板を貼り合わせる構造の訂正第1、第2発明と異なり、周知例1~4が基板間に中空を有する構造の光記録媒体に関するものであることは前示の各記載上明らかであるところ、原告は、訂正第1、第2発明のような貼り合わせ型の光記録媒体においては、基板間に一定の距離を設けるスペーサの存在は全く予定されていないから、接着剤層に基板間に一定の距離を設けるスペーサの機能を持たせることを当業者が当然に認識しているとはいえないと主張するが、該技術事項が光記録媒体に関する同一の技術分野における周知事項であると認められる以上、これを基板を貼り合わせる構造の光記録媒体に適用することが当業者において容易に想到し得るものであることは明らかである。

したがって、審決が、相違点<1>につき、「バリ同士が当たらないようにするために、接着剤層の厚みを好適な範囲内で大きくすること、若しくは、バリを予め削り取っておくことにより、バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る。」と判断したことに、原告主張の誤りはない。

(3)  なお、原告は、審決が、「刊行物4に記載されているように、基板の張り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者において周知のことであると共に、刊行物2に記載されているように、光ディスクの機械的特性であるフォーカス性能を確保するためには面振れ量を抑える必要があることは当業者において周知のことであるから、訂正明細書の請求項1に係る発明の目的である面振れ加速度を小さくするために、基板を均一に貼り合わせることも当然のことである。」と判断したことに対し、そのような必要性が、「バリ同士が当たらないようにするために・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくする」との訂正第1発明の構成を着想することに結び付くものではないと主張する。

しかしながら、引用例2に「光ディスクの機械的特性の国際規格値・・・は、フォーカス性能を確保しようとするものになっており、フォーカスエラーの最大値を規定以下に抑えることを保証するための面振れ量があること」(審決書3頁16~20行)が、引用例4に「光ディスクの張り合わせが不均一であると回転時のディスクの面振れが大きくなること」(同5頁2~4行)が、それぞれ記載されていることは当事者間に争いがないところ、審決は、これらの記載に基づいて、基板の張り合わせが不均一であると面振れが大きくなることは当業者において周知である旨認定し、かつ、訂正明細書(甲第3号証添付)に、「本発明は・・・2枚の基板の間に接着剤層を介して記録層を設けたいわゆる貼合わせタイプの光記録媒体において、面振れ加速度が発生しにくく、すなわち大きな線速度で記録再生が可能な光記録媒体を提供することを目的としている。」(同明細書3頁8~11行)との記載があることに鑑みて、該発明の目的とされている面振れ加速度を小さくするためにも、基板を均一に貼り合わせる必要があることを改めて指摘したものと解され、この必要性を「バリ同士が当たらないようにするために・・・バリの高さの合計を接着剤層の厚さよりも相対的に小さくすることは、当業者であれば容易に想到し得る」ことの直接の理由としたものとは解されないから、原告の前示主張は、それ自体失当である。

(4)  原告は、審決が、訂正第1発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点<2>につき、「刊行物1(注、引用例1)に記載されているように、接着剤層の厚さとして、40μm,100μm、すなわち、160μm以下の値は、普通に採用されている範囲である。」と判断したことに対して、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在せず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、バリの高さの和と接着剤層の厚さの比較も問題とはなり得ず、引用例1に記載された接着剤層の厚さ40μm、100μmに特段の意味はないので、審決の該判断は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例1に、「基板1、2上に、記録層5、6を形成し、記録層5、6が対向するように、ホットメルト粘着剤を40μm厚に塗布し接着層9として貼り合わせて製造した光磁気記録媒体(実施例1)、及び、基板1′、2′上に記録層5′、6′を蒸着し、記録層5′、6′が対向するように、接着剤を100μm厚に塗布し接着層9として貼り合わせて製造した再生専用光ディスク(実施例2)」(審決書3頁3~11行)が記載されていることは当事者間に争いがなく、その実施例としての記載に鑑みて、40μm,100μmの各値は接着剤層の厚さとして通常のものと認められるところ、相違点<1>についての判断に加えて、引用例1に記載された該接着剤層の厚さを適用することによって、訂正第1発明を容易に想到し得ることは明らかである。引用例1に記載された接着剤層の厚さが、訂正第1発明の「第1の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さと該第2の基板の記録層側の周縁部におけるバリの高さとの合計が該接着剤層の厚さよりも小さいことを特徴とする」との構成要件を満たして選定されたものである必要はない。

したがって、審決の前示判断に原告主張の誤りはない。

2  取消事由2(訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点についての判断の誤り)について

原告は、審決が訂正第2発明と引用例1、2記載の光記録媒体との相違点につき、「刊行物1(注、引用例1)に記載されているように、接着剤層として、ホットメルト接着剤は、普通に採用されているものである。」として、訂正第2発明が、引用例1~4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断したことに対し、引用例1記載の光記録媒体は基板の周縁部にバリが存在せず、バリ同士の当接を回避することは問題とならないから、引用例1においてホットメルト接着剤が使用されていることに格別の意味はなく、審決の上記判断は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例1に「ホットメルト粘着剤を・・・塗布し接着層9として貼り合わせて製造した光磁気記録媒体」(審決書3頁4~6行)が記載されていること、ホットメルト接着剤が普通に採用されているものであることは、当事者間に争いがなく、また、訂正第2発明において、接着剤層がホットメルト接着剤より成ることの技術的意義につき、訂正明細書(甲第3号証添付)には、「前記接着剤としては、従来より知られている様々な接着剤が使用できるが、中でもホットメルト接着剤、エポキシ系接着剤が望ましく、特にホットメルト接着剤は量産適性、また人体への毒性という点で問題が少なく望ましい。」(同明細書4頁20~22行)との記載があるほかは、格別の記載は見当たらない。

そうすると、訂正第2発明においても、バリとの関係で、ホットメルト接着剤を使用するものとは認められず、接着剤層として、ホットメルト接着剤は、普通に採用されているものであるとして、訂正第2発明が、引用例1~4記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断に原告主張の誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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