東京高等裁判所 平成11年(行ケ)67号 判決 2000年10月11日
原告
株式会社日本カプセルプロダクツ
代表者代表取締役
【A】
原告
株式会社トミー
代表者代表取締役
【B】
両名訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾崎英男
同
嶋末和秀
被告
株式会社パイロット
代表者代表取締役
【C】
訴訟代理人弁護士
久保田穣
同
増井和夫
同
橋口尚幸
同弁理士
【D】
主文
特許庁が平成10年審判第35387号事件について平成11年1月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告ら
主文と同旨
2 被告
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「磁気泳動表示パネル」とする発明(以下、「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、平成元年1月23日に出願され(特願平1-13477号)、平成8年11月6日、設定登録がされた(特許第2105678号)。原告らは、平成10年8月25日、本件特許の無効審判を請求し、特許庁は、同請求を平成10年審判第35387号事件として審理した。被告は、平成10年11月27日、誤記の訂正及び不明瞭な記載の釈明を目的として、本件特許出願の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明及び図面の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、平成11年1月25日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年2月24日、原告らに送達された。
2 本件発明の要旨
審決により認められた訂正は、誤記の訂正及び不明瞭な記載の釈明を目的として本件明細書の発明の詳細な説明及び図面を訂正するものであって、本件発明の要旨を変更するものではないから、本件発明の要旨は、出願当初の本件明細書(以下「当初明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された次のとおりのものである。
【請求項1】2枚の基板間を多セル構造となし、このセル内に磁性粒子と、分散媒と、着色剤と、所望により増稠剤とから成る分散液体を封入した磁気泳動表示パネルにおいて、
(A) 粒子径として10~150μmのものが90重量%以上であり、
(B) 見掛密度が0.5~1.6g/cm3であり、
(C) 飽和磁化が40~150emu/gである
磁性粒子を用いることを特徴とする磁気泳動表示パネル。
【請求項2】磁性粒子が、水素還元法で作られた多孔質黒色酸化鉄である請求項1の磁気泳動表示パネル。
【請求項3】磁性粒子が、樹脂被覆された磁性粒子である請求項1の磁気泳動表示パネル。
3 審決の理由
審決の理由は、別添審決書写し記載のとおり、(1)上記請求項1の発明(以下「請求項1の発明」という。)は、特公昭59-31710号公報(以下「引用例」という。)と同一の発明であるとはいえず、(2)請求項1の発明は、引用例記載の発明から当業者が容易に想到することができるとはいえず、(3)上記請求項2の発明(以下「請求項2の発明」という。)は、本件明細書の記載からその発明を実施することができないとはいえず、(4)上記請求項3の発明(以下「請求項3の発明」という。)は、引用例及び特公昭51-10959号公報に記載された各発明から当業者が容易に想到することができたとはいえず、(5)請求項3の発明は、本件明細書の記載からその発明を実施することができないとはいえないというものである。
第3原告ら主張の審決取消事由
審決は、請求項1の発明と引用例記載の発明との同一性の判断を誤り(取消事由1)、請求項2の発明の実施可能性の認定を誤り(取消事由2)、請求項3の発明の実施可能性の認定を誤った(取消事由3)ものであって、取消しを免れない。
1 同一性の判断の誤り(取消事由1)
(1) 粒子径
審決は、引用例(甲第4号証)にメッシュと粒子径の関係について記載されておらず、したがって、100メッシュが150μmに、250メッシュが63μmに、325メッシュが45μmに当たるということはできない(審決書24頁3行目~6行目)と認定するが、この認定は誤りである。
すなわち、引用例には、配合例1として、「100~325メッシュの黒色の磁性微粒子30部を得た」(8欄42行目~9欄10行目)と記載されているところ、ここにいう「メッシュ」とは1平方インチ当たりのメッシュ(網目)の数であり、上記記載は、100メッシュのふるいを通過し325メッシュのふるいを通過しない磁性微粒子を選別したことを意味するものである。その寸法は、他のふるい表示である「目開き」との関係を見ると、メッシュ100、250及び325が、それぞれ目開き150μm、65μm及び45μmに当たり、100~325メッシュとは、選別使用した粒子径が150μm未満で45μmを超えることを意味する。
さらに、引用例には、磁性微粒子の大きさは直径10ミクロン以上がよい(4欄36行目~37行目)と記載されているので、結局、請求項1の発明に規定する10~150μmの粒子径という構成が開示されている。
(2) 見掛密度
審決は、引用例に見掛密度の記載があるというためには、見掛密度が具体的かつ一義的に開示されていることが必要であり、推定では足りない(審決書25頁10行目~14行目)というが、誤りである。
すなわち、見掛密度は、粉末又は微粒子の集合状態が内在的に備えている物性の一つであり、磁性粒子の集合体も、必ずある値の見掛密度を有している。そして、粉体を取り扱っている専門家は、粉体ごとにその空隙率を経験的に知っているから、見掛密度は、粒子の加工条件などとは関係なく、得られた粒子の材料組成と粒子径、粒度分布及び形状により定まるものである。そうすると、引用例の配合例1のものの見掛密度は、測定しなくとも、0.7~0.8g/㎝3であるということは、当業者が経験的に分かることである。しかも、実測値0.73g/㎝3と形状をモデル化して試算した試算値0.77g/㎝3とは近似しており、その数値の範囲を10%拡大しても、引用例記載の発明の構成である0.5~1.6g/㎝3の範囲を外れることはない。
さらに、見掛密度と画像の改善との関係については、本件明細書に何らの記載もなく、単に見掛密度と浮力の関係が記載されているのみで、他の要件を同じくして見掛密度だけを変化させた場合における画像についても明らかではないから、見掛密度等の数値の選択に画像改善の技術的意味はない。
(3) 飽和磁化
審決は、引用例記載の発明に用いられている磁性粒子の飽和磁化が40~150emu/gの範囲のものであるとは認められない(審決書34頁8行目~10行目)と認定するが、誤りである。
すなわち、飽和磁化は、金属元素の固有の値及びその純度により当然決まり、酸化鉄を原料とするフェライトにあっては、その結晶格子の型によって決定される。この場合、磁性粒子の飽和磁化は、磁性体とその他の添加物の配合比と磁性体固有の飽和磁化により計算でき、引用例(甲第4号証)の配合例1では、飽和磁化は65.8emu/gと計算される。形状異方性などにより、飽和磁化の測定値が多少変わったとしても、この数値が請求項1の発明の構成である40~150emu/gという大きな範囲を逸脱するとは考えられない。
(4) 結局、請求項1の発明は、磁気表示用パネルに使用する磁性体の物性として、粒子径、見掛密度及び粒子径を規定するものであるが、これらの値は、引用例記載の発明を実施することにより得られる有用な磁性粒子が有するものにすぎず、特段の技術的意義を持つものではない。したがって、請求項1の発明と引用例記載の発明は同一である。
2 取消事由2(請求項2の発明の実施可能性の認定の誤り)
請求項2の発明の構成である「磁性粒子が、水素還元法で作られた多孔質黒色酸化鉄」は、当然に請求項1の発明の粒子径10~150μmを満足するものでなければならないところ、磁性材料としての多孔質黒色酸化鉄は、一般にフェライトの原料や複写機のトナーなど工業用として使われており、粒径は1μm前後あるいはそれ以下であって、10μmよりはるかに小さい微粉状であるから、請求項2の発明に記載された磁性粒子は、本件明細書の記載により実施が可能であるとはいえない。
3 取消事由3(請求項3の発明の実施可能性の認定の誤り)
本件明細書の実施例2において用いられる磁性粒子の粒子径は、実施例1で用いられた10μm~149μmとされているから、混練すると元の大きさより大きくなるはずであるのに、粒径44μm~105μmと記載されている。また、混練したものに樹脂被覆をすることは極めて困難であるが、「噴霧乾燥」をどのように行えば各粒子の表面を被覆できるのか不明である。結局、請求項3の発明の構成である「樹脂被覆された磁性粒子」は、その裏付けとなる実施例が記載されていないから、本件明細書の記載により実施が可能であるとはいえない。
第4被告の反論
1 同一性の判断の誤り(取消事由1)について
(1) 粒子径
メッシュとは、1インチ当たりのふるいの網目の数を意味する用語であるが、網目を構成する糸の太さが変われば、当然、目開きの大きさが変わるので、メッシュの数値だけでは、目開きの大きさは特定されない。したがって、引用例にメッシュと粒子径の関係について記載されておらず、100メッシュが150μmに、250メッシュが63μmに、325メッシュが45μmに当たるということはできないとした審決の認定(審決書24頁3行目~6行目)に誤りはない。
(2) 見掛密度
原告らは、専門家は粉体ごとにその空隙率を経験的に知っており、粒子径が決まれば見掛密度は一定の範囲に必ず入り、引用例の配合例1の場合は、測定しなくとも見掛密度が0.7~0.8g/㎝3であることが分かると主張するが、見掛密度は測定しなくては分からないものであって、その主張は失当である。引用例(甲第4号証)の配合例において見掛密度が自動的に決まるものではないから、上記配合例に本件発明の磁性粒子が開示されているとはいえない。
請求項1の発明は、磁気泳動表示パネルの磁性粒子の見掛密度等を本件発明の要旨のとおり限定したものであって、その限定には、顕著な作用効果があり、技術的意義が存する。
(3) 飽和磁化
引用例の配合例には、材料の飽和磁化が記載されておらず、他にも飽和磁化への言及が一切存在しないように、引用例記載の発明には、飽和磁化を適切に選択するとの技術思想が存在しない。
(4) 請求項1の発明は、磁性粒子自体の泳動性及び磁気感応性を適切にコントロールすることによって表示の品質を改良するという新規な技術思想に基づくものであり、粒子径、見掛密度及び飽和磁化の3つの特性値の組合せが線巾に乱れのない安定した表示を実現したことを見いだしたものである。
本件明細書の比較例4は、本件発明の特許請求の範囲の要件を満たす磁性粒子を使用しているにもかかわらず、画面の鮮明性が得られず、比較例とされている(甲第3号証8頁の表)。これは、磁性粉として鉄粉を用いたのに、誤ってフェライトを使用したとの誤記があり、正しい実施例とならないことが判明したためである。
2 取消事由2(請求項2の発明の実施可能性の認定の誤り)について
原告らは、水素還元された酸化鉄は微粉のものに限られると主張するが、微粉状の原料を使わなければ還元できないものではない。水素還元により、多孔質の塊状黒色酸化鉄が得られることは公知であるから、請求項2の発明は実施可能である。
3 取消事由3(請求項3の発明の実施可能性の認定の誤り)について
原告らは、本件明細書の実施例1は実施不能であって、その磁性粒子を樹脂被覆したものである請求項3の発明も実施不能であると主張するが、実施例1の磁性粒子は、公知の方法により得られるものであるから、請求項3の発明は実施可能である。
第5当裁判所の判断
1 同一性の判断の誤り(取消事由1)について
原告らは、請求項1の発明は、磁性体の物性である粒子径、見掛密度及び粒子径の値が特段の技術的意義を持つものではないから、引用例記載の発明と同一であると主張するので、この点について判断する。
(1) 粒子径
「マグローヒル科学技術用語大辞典第3版」日本工業新聞社発行(甲第6号証の3)の「タイラー標準ふるい(篩)尺度」の項には、「粒子を分級する尺度.マイクロメートルの粒径を篩1in当たりの網目数と関連させたもの.」と記載され、「タイラーふるい(篩)」の項には、「1in当たりのメッシュにより篩の目開きを決めている標準篩.」と記載され、タイラーふるいと目開きの関係については、「粉体工学通論」三輪茂雄(甲第6号証の1)<付録5>標準ふるい比較表(233頁)に、「Tyler No.」の100、250及び325が、それぞれ「JISZ8801-1987 目開き」の150μm、63μm及び45μmに相当することが記載され、しかも、上記の表においては、網目を構成する糸の太さに関する記載がない。また、引用例(甲第4号証)に記載された「メッシュ」の語は、「1インチ当たりの篩の網目の数」を意味する用語であるから、引用例に記載された「メッシュ」と上記「タイラーふるい」とは、いずれも「1インチ当たりの篩の網目の数」を意味することにおいて同義であるといえる。したがって、100メッシュが150μmに、250メッシュが63μmに、325メッシュが45μmに当たるということはできないとする審決の認定は誤りである。
被告は、網目を構成する糸の太さが変われば目開きの大きさが変わるので、メッシュの数値だけでは目開きの大きさは特定されない旨主張する。しかしながら、網目を構成する糸の太さについては、前記定義にも規定されていないことを勘案すれば、「メッシュ」の数値は、網目を構成する糸の太さを考慮する必要がないように定められていると解することができる。
そうすると、引用例の配合例1に記載されている「100~325メッシュ」の黒色の磁性粒子とは、粒子径が「150μm~45μm」の磁性粒子を意味し、さらに、引用例の「磁性微粒子の大きさは、直径10ミクロン以上がよい。」(4欄36行目~37行目)との記載を参酌すると、引用例には、磁気利用の表示装置に用いられる磁性粒子として、150μm~10μm径の磁性粒子が用いられることが記載されているということができる。
(2) 見掛密度
当初明細書(甲第2号証)には、[発明が解決しようとする課題]の項に、「磁気ペンにより表示した表示画像の線にヒゲ状の突起が発生せず線巾が一定した画像の磁気泳動表示パネルを得ることであり、さらに特定の磁性粒子を用いることにより、表示・消失を繰り返し行ってもパネルの着色のない磁気泳動表示パネルを得ることを目的とする」と記載され(3欄7行目~12行目)、[課題を解決するための手段]の項には、粒子径、見掛密度及び飽和磁化が規定され、その規定による効果が「表」(8欄)としてまとめられている。当初明細書によると、その実施例3は、粒子径44~105μm、見掛密度1.4g/㎝3、飽和磁化125emu/gと記載され(6欄50行目~7欄3行目)、本件発明における磁性粒子が備えるべき規定値、すなわち、粒子径10~150μm、見掛密度0.5~1.6g/㎝3、飽和磁化40~150emu/gに包含されるものである。ところが、当初明細書における実施例3は、本件訂正により、上記規定値を維持しつつ、比較例4と訂正され、前記の表における「表示画面の鮮明性」の欄が「○」から「×」に改められている(甲第3号証の訂正請求書1頁6行目~9行目)。そうすると、本件発明の解決すべき課題である「表示画像の鮮明性」が上記規定値を満たす比較例4から得られないのであるから、見掛密度等の上記規定値が数値限定として技術的意味があるということはできない。
本件訂正の訂正請求書には、当初明細書の実施例3の磁性粒子が鉄粉であるところ酸化鉄であるフェライトとし、しかも鉄粉で実験した結果を表に記載したというが(甲第3号証の訂正請求書1頁18行目~20行目)、仮に、実施例3における材料として、鉄粉とすべきところフェライトと誤記したものであったとしても、鉄粉とフェライトは、共に請求項1の発明の構成として記載されている「磁性体」であることに変わりはなく、しかも、本件請求項1に規定された範囲の要件を充足するものであることにも変わりはない。
また、当初明細書(甲第2号証)には、「このような範囲の見掛密度を有する磁性粒子は、その密度が分散液体の密度に近似するため、磁性粒子が分散液体中で安定な表示を保つことができる」(3欄48行目~50行目)と記載されており、当該記載からすると、安定表示のためには、見掛密度と分散液体の密度とが近似すべきものとされている。ところが、本件明細書に記載された比較例1、2の分散液体は、実施例2に用いられた分散液体と同一のものであるが、それらに用いられた磁性粒子の見掛密度は、比較例1、2ではそれぞれ2.1及び1.8、実施例では1.05と各々相違し、「見掛密度と分散液体の密度が近似する」条件で比較されたものということはできないから、当該比較結果である前記の表に記載された結果は、採用することができない。
さらに、請求項1の発明における「磁性粒子」は、「磁気ペン」との間で作用する磁力により吸引されるものであって、磁気ペンと磁性粒子による表示の間に作用する磁力は、表示の鮮明性に影響を与えるものである。上記吸引力は、磁性粒子のみならず磁気ペンの磁気により影響を受けるが、磁気ペンの磁気については、本件明細書に記載がなく、上記の表に係る比較において考慮されていないから、上記の表は、この点においても技術的意義が明瞭とはいい難い。
したがって、上記の表に係る実施例及び比較例の記載により、粒子径、見掛密度及び飽和磁化を請求項1の発明のように限定したことに特段の技術的意義があると認めることはできず、本件全証拠によっても、これを認めることはできない。
しかも、被告作成の平成11年6月18日付け報告書(乙第2号証)には「Ⅱ磁性粒子の見掛密度測定結果」として、「配合例1~6,8,12」の見掛密度は「1.68g/㎝3」、「配合例10」の見掛密度は「0.37g/㎝3」と記載されており(3頁)、これによれば、請求項1の発明における磁性粒子の見掛密度(0.5~1.6g/㎝3)は、従来から使用されていた磁性粒子における範囲内「1.68~0.37g/㎝3」のもので、格別の特定値というものではないから、単なる設計的事項であるともいうことができる。
(3) 飽和磁化
前記のとおり、粒子径、見掛密度と共に飽和磁化を請求項1の発明のように特定したことによる技術的意義を見いだすことはできず、また、請求項1の発明が特定した飽和磁化(40~150emu/g)に包含される飽和磁化を備えた磁性粒子は、戸田工業株式会社【E】作成に係る被告宛の連絡書(乙第7号証)に記載されているように、本件発明の出願時には既に用いられており、格別の特定値というものではないから、上記飽和磁化の特定は、単なる設計的事項であるといわざるを得ない。
(4) 同一性の判断
引用例(甲第4号証)の配合例1に記載された発明は、「磁気により鮮明な記録表示および消去ができる磁気パネルと、この磁気パネルに磁界を作用させる磁気手段とを組合せてなる磁気力利用の表示装置」(2欄12行目~15行目)で、その磁性粒子は、請求項1の発明の磁気泳動表示装置と同様に、適度な粒子径及び飽和磁化を備えることは、当然のことである。しかも、上記磁気パネルに用いられる磁性粒子に適度な見掛密度が要求されることも、引用例に記載されている。すなわち、「磁性微粉末の沈降を防止するため、例えば磁性微粉末を極く微細な粒子にするか、磁性微粉末に低比重の樹脂等を多量コーティングして磁性微粉末の見かけの比重を分散媒の近くまで下げる」(3欄5行目~8行目)との記載は、請求項1の発明の当初明細書に記載された上記「見掛密度と分散液体の密度が近似する」ことと同趣旨であるから、引用例記載の「見かけの比重」は、請求項1の発明の「見掛密度」に相当するものである。
したがって、磁性粒子について、請求項1の発明のように粒子径、見掛密度及び飽和磁化を特定することは、単なる設計的事項であり、引用例の配合例1がその磁性粒子として適度な粒子径、見掛密度及び飽和磁化を備えていることは前示のとおりであって、他に請求項1の発明と引用例記載の発明に構成上の相違点は認められないから、両発明は同一のものというべきである。
2 このように、原告ら主張の審決取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。
よって、原告らの請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)