東京高等裁判所 平成11年(行コ)118号 判決 1999年11月24日
控訴人(被告)
東京都固定資産評価審査委員会
右代表者委員長
森田重夫
右訴訟代理人弁護士
川上俊宏
右指定代理人
越智功
外二名
被控訴人(原告)
株式会社玉屋
右代表者代表取締役
服部靖夫
右訴訟代理人弁護士
蜂須優二
主文
一 本件控訴を棄却する
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
(なお、本判決における略語は、原判決別紙略語一覧記載のとおりである。)
第一 控訴の趣旨
一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
一 本件事案の概要は、原判決五頁一行目の「本件は本件価格に関する不服であって、」を「本件の」と、原判決別紙「価格決定の経緯及び根拠」四頁二行目の「一〇二パーセント」を「九〇パーセント」とそれぞれ訂正し、当審における控訴人の主張を二のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 当審における控訴人の主張
1 「適正な時価」の算定基準日は、賦課期日から評価事務に要する一定期間をさかのぼった過去の時点に求めれば足りること
(一) 法三四九条一項は、「登録価格」を基準年度に係る賦課期日における価格と規定しているのではなく、「『課税標準』を基準年度に係る賦課期日における価格」と規定しており、また、「固定資産税の賦課期日は、当該年度の初日に属する年の一月一日とする」(法三五九条)、「価格」は「適正な時価をいう」(法三四一条五号)と規定しているにすぎない。そうすると、法は、課税標準が平成六年一月一日の適正な時価であると規定するにとどまるから、審理の対象は、あくまで課税標準が賦課期日の価格として適正か否かである。また、法三四九条一項は、課税標準を、「基準年度に係る賦課期日における価格で『土地課税台帳に登録されたもの』」と規定しているのであり、これは、法が各市町村長に対し、土地課税台帳に価格を登録するに当たって、種々の手続を履践するように求めていることから、課税標準を、単に賦課期日における価格ではなく、法の要求する種々の手続を履践した上で賦課期日に課税台帳に登録することができる価格とする趣旨と解される。したがって、「適正な時価」を求めるに当たり、賦課期日を算定基準日とする必要はなく、種々の手続を履践して賦課期日に課税台帳に登録可能な時点を算定基準日とすることで足りることになるから、平成六年度の評価替えにおける価格算定基準時を平成四年七月一日としたことは、法が当然予定しているものということができる。
(二) 仮に、適正な時価の算定基準日を基準年度の賦課期日とすると、以下のとおり、法の規定自体が矛盾を来すことになりかねない。したがって、法は、登録価格の算定基準日を賦課期日と規定してはおらず、賦課期日から評価事務に要する一定期間をさかのぼった過去の時点に求めることを許容していると解すべきである。
(1) 法は、一方で、市町村長に対し、固定資産の価格を二月末日までに決定しなければならないとしており(法四一〇条)、この規定に従って二か月の期間を遵守するならば、その間に①標準宅地の鑑定評価を行い、②これに基づいて当該標準宅地に沿接する主要な街路に路線価を付設し、③これに比準して主要な街路以外の路線価を付設した上で、④画地計算法を適用して各筆の坪点数を算出し価格を決定し、⑤基準宅地の適正な時価を調整する手続を経ることになるが、このような手続を経ることは実務上到底不可能である。
(2) 賦課期日時点の価格に基づき課税し、他方、固定資産の価格を同年二月末日までに決定し登録しなければならないとすると、いったん課税を行った後、賦課期日時点の時価を再評価して価格の修正を行い、その増減額について賦課決定をしなければならないことになるが、膨大な数の納税者に対し、課税・徴収事務を二度行うことを地方税法が予定していないことは明らかである。
(3) 固定資産税の課税が適正に行われるためには、全国の市町村間で実質面のみならず手続面でも均衡が取れていることが必要であるから、前提となる価格調査基準日等について一致させなければならないことからすると、法は、賦課期日から評価事務に要する一定期間をさかのぼった過去の時点の価格をして賦課期日における価格とすることを予定していると解すべきである。
(4) 地価公示価格の公表は、毎年三月下旬に行われており、固定資産の価格を決定すべき二月末日の時点では当該年の地価公示価格は公表されていないから、基準年度の初日の属する年の地価公示価格を基準として評価することは、制度上(価格決定時期、縦覧時期等)も実務上も困難であり、法の予定するところではない。
(三) なお、あくまでも賦課期日時点の価格に基づき課税するということであれば、価格調査基準日における価格を基礎として算定した価格が、賦課期日における適正な時価を上回ると見込まれるときは、あらかじめ予定される価格下落率を折り込んで評価しなければならないことになるであろう。しかし、宅地の鑑定評価に当たっては、不動産鑑定士が「鑑定評価基準」によって評価するとされているところ、右基準においては、一般的要因(自然的要因・社会的要因・経済的要因・行政的要因)、地域要因(宅地地域・農地地域・林地地域)、個別的要因の三つの価格形成要因を考慮して評価するとされているだけであり、将来の価格変動は鑑定評価の要因とされていないし、将来時点の鑑定評価は、対象不動産の確定、価格形成要因の把握、分析及び最有効使用の判定についてすべて予測しなければならない上、収集する資料についても鑑定評価を行う時点までのものに限られ、極めて不確実にならざるを得ないことから、このような鑑定評価は行うべきではないとされている。したがって、将来の価格変動を考慮するのは相当でない。
また、不動産鑑定評価によらず他の方法であらかじめ想定される価格下落率を折り込むことも不可能である。なぜなら、不動産鑑定士による鑑定ですら行うべきでないとされる将来予測を、専門家でない者が適正・妥当に行うことは不可能であるし、固定資産税の課税が適正に行われるためには、固定資産の評価が適正で、かつ、全国的に各市町村相互間で均衡がとれたものであることが必要であるところ、特定の地域のみ特別にあらかじめ想定される価格下落率を折り込んで評価することは右の均衡を失するからである。
(四) 以上のように、「適正な時価」の算定基準日は、賦課期日から評価事務に要する一定期間をさかのぼった過去の時点に求めれば足りるというべきである。
2 本件土地の登録価格が「適正な時価」であること(本件標準宅地ケの鑑定価格が適正であること)
(一) 原判決が指摘するように基準価格が一〇〇パーセントの規範性を有するというためには、鑑定対象地と比準した公示地又は基準地との間に地域格差がないことが必要であるところ(地域格差が大きければ大きいほど比準の精度は低下し、規範性も低下する。)、本件鑑定においては、地域格差として八四分の一〇〇が設けられており、比準するに当たり多少の誤差が生ずることは避けられない。このことは、表面上は地域性に変化がない場合でも、地域格差に変動があることからも裏付けられる。すなわち、①銀座に所在する東京都基準地(商業地)六か所の平成三年七月一日から平成四年七月一日までの価格変動率を検討すると、マイナス5.3パーセントからマイナス15.1パーセントまで相当の幅が認められること、②本件土地に近隣した地域といえる銀座二丁目に存在する(都)中央五―二二の平成三年七月一日と平成四年七月一日の地域格差を、東京都地価調査価格に基づいて検討すると(中央五―二二の地価調査価格を中央五―一八の価格で除した割合)、平成三年七月一日時点の地域格差は0.59(中央五―一八は三八〇〇万円であるのに対し、中央五―二二は二二六〇万円)、平成四年七月一日時点の地域格差は0.55(中央五―一八は三六〇〇万円であるのに対し、中央五―二二は一九八〇万円)と変化していることなどからして、地域性に表面上変化がない場合であっても、地域格差が変化する場合は少なくない。
したがって、基準地価格に基づく比準価格がほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するということはできないから、これを前提に、平成四年七月一日の基準地価格(二〇〇〇万円)に地域格差(八七分の一〇〇)による補正を加えた価格二二九八万八五〇五円を右時点の本件標準宅地ケに価格とし、本件標準宅地ケの鑑定価格二三四〇万円を否定した原判決は、その限度において失当というべきである。
(二) 仮に、原判決が指摘するように、平成四年七月一日の基準地価格に基づく比準価格が、本件標準宅地ケの価格について一〇〇パーセントの規範性を有するとしても、本件標準宅地ケの鑑定価格が直ちに違法になるわけではない。なぜなら、適正な時価とは、ある一点を示す固定的なものではなく、ある幅を持った価格帯に存する価格を指すと解すべきだからである。この結論が妥当であることは、①実際の土地の取引を見ても、売り手と買い手の力関係によって適正と思われる価格水準を多少上下して取引されるのが通常であり、特別の事情がない限り、これらの取引価格はいずれも適正なものと考えられること、②同一土地を複数の不動産鑑定士が鑑定評価した場合にも、全く同一の価格が求められるのは稀であり、鑑定価格に一〇パーセント程度前後の開差が存する場合も少なくないが、これらの鑑定価格は、資料の選択、評価手法の適用等に誤りがなければいずれも適正な価格であること、などにより裏付けられる。
このように、適正な時価とは、正常な条件の下における取引価格であるが、それは一〇パーセントから二〇パーセント程度の幅を持った価格であるというべきである。そうすると、原判決の認定した本件標準宅地ケの価格と鑑定価格の差は、わずか0.1パーセントにすぎないのであるから、適正な時価の範囲内にあるということができる。
(三) したがって、本件標準宅地ケの鑑定価格により路線価を付設し、本件標準宅地サの路線価と合わせて算定された本件土地の評価額(本件価格)は、適正な時価の範囲内にあるというべきである。
第三 当裁判所の判断
当裁判所も、本件全資料を検討した結果、控訴人が平成七年一月一一日付けでした本件土地の土地課税台帳に登録された本件価格に関する審査申出を棄却した本件審査決定のうち、四三億四八三六万三三八〇円を超える部分を取り消した原判決は相当であると判断する。その理由は、以下の一のとおり原判決を補正し、二のとおり控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第三 当裁判所の判断」説示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決別紙「適正な時価と登録価格の違法判断の枠組みについて」八頁一行目の「時価を評価」の次の「を」を、同一二頁一一行目の「また、」を、同一七頁八行目から九行目の「登録価格の変動が税額変動を結果することを本則とした上、」をそれぞれ削除し、同一八頁四行目の「と解すべきであり、」から同六行目の「考え難い。」までを「と解すべきである。」と、同八行目から一〇行目の「認定された価格が登録価格を下回り、税の減額を結果する価格を超えるものであるときは」を「認定された価格が登録価格を下回っても、税額計算の結果固定資産税額の額が減少しなければ、」と、同一一行目から同一九頁一行目までの「認定された価格が税の減額を結果する価格以下であれば」を「認定された価格が登録価格を下回り、かつ、税額計算の結果固定資産税の税額が減少した場合に初めて、」とそれぞれ訂正し、同二行目の「これは評価に」の前に「、」を加える。
2 原判決別紙「本件標準宅地ケの価格について」一〇頁八行目から九行目までの「基準地価格に基づく比準価格がほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するものと認められる。」を「基準地番号中央五―二〇の土地の基準地価格に基づく比準価格が、ほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するものと認め、本件標準宅地ケの価格を算出したということができる。」と、同一三頁七行目から八行目までの「両地間の地域性に変化が生じたとの事情も認められないから、」を「両地(基準地番号中央五―二〇の土地と本件標準宅地ケ)間の地域性に変化が生じたとの事情は認められず、また、同年七月一日の時点における同地間の地域格差を窺わせる的確な資料を見いだすこともできないから、」と、同二六頁の九行目の「0.957」を「0.959」と、同一一行目から同二七頁一行目までの「0.5955」を「0.5967」とそれぞれ訂正する。
二 控訴人の当審における主張に対する判断
1 適正な時価の算定基準日
(一) 法三四九条一項は、基準年度に係る賦課期日に所在する土地に対して課する基準年度の固定資産税の課税標準は、当該土地の基準年度に係る賦課期日における価格で土地課税台帳又は土地補充課税台帳に登録されたものとすると規定し、法三四一条五号は、固定資産税に関する「価格」という用語の意義は、「適正な時価をいう」と規定していることからすると、法が予定している登録価格は、基準年度に係る賦課期日(本件の場合は平成六年一月一日)における適正な時価であると解するのが相当である。
控訴人は、適正な時価の算定基準日は、賦課期日から評価事務に要する一定期間をさかのぼった過去の時点に求めれば足りると主張するが、法三四九条及び三四一条五号の文言に照らすと、当該土地につき、基準年度に係る賦課期日における価格、すなわち、適正な時価を土地課税台帳に登録し、これを固定資産税の課税標準とするのが法の趣旨であることは明らかであるから、右の主張は採用することはできない。
(二) ところで、法は、市町村長に対し、固定資産の価格等を毎年二月末日までに決定しなければならないとしているから(法四一〇条)、基準年度の初めに至って当該基準年度に係る賦課期日の土地の価格の鑑定を行い、適正な時価を算定してそれを土地課税台帳に登録しなければならないとするならば、わずか二か月間に、標準宅地等の鑑定評価を行い、これに基づいて当該標準宅地に沿接する主要な街路等に路線価を付設し、画地計算法を適用して各筆の坪点数を算出するなどし、膨大な量の土地の価格を決定しなければならないことになるが、それが実務上不可能を強いることになることは明らかである。したがって、法は、賦課期日から評価事務に要する相当な期間をさかのぼった時点を、価格調査基準日(乙二六、二七、三〇、三二、三三)として基準地価格を調査・検討することを容認していると解されるが、右のような評価実務による場合であっても、右の価格調査基準日の土地の価格を基礎とした上、賦課期日までの地価の動向等諸般の事情を総合して将来の地価の下落率等を予測し、基準年度に係る賦課期日における適正な時価を算定しなければならないというべきである。
これに対し、控訴人は、将来の価格変動は鑑定評価の要因とされていないし、将来時点の鑑定評価は極めて不確実にならざるを得ないから将来の価格変動を考慮するのは相当でないし、不動産鑑定評価によらず他の方法であらかじめ想定される価格下落率を折り込むことも不可能であると主張する。しかしながら、一般にある時点における不動産の価格の鑑定において、将来の価格変動を考慮するのは相当でないという控訴人の主張を否定するものではないが、適正に行われた価格調査基準日における不動産鑑定評価を前提に、将来の基準年度に係る賦課期日における適正な時価を算定することは不可能ではないから、控訴人の右主張は失当であり、法が右の賦課期日における適正な時価を登録価格とする旨を規定している以上、控訴人としては、賦課期日における適正な時価を算定した上、これを課税台帳に登録しなければならないものといわざるを得ない。
2 本件標準宅地ケの価格
(一) 控訴人は、基準地価格に基づく比準価格がほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するということはできないから、これを前提に、平成四年七月一日の基準地価格(二〇〇〇万円)に地域格差(八七分の一〇〇)による補正を加えた二二九八万八五〇五円を右時点の本件標準宅地ケの価格とした原判決は失当であると主張する。
しかし、本件鑑定評価書ケ(価格時点平成四年一月一日)及び価格決定資料ケ(乙八、二一)によれば、不動産鑑定士は、基準地番号中央五―二〇の土地の平成三年七月一日の基準地価格二二七〇万円に、時点修正として一〇〇分の九四、地域格差として八七分の一〇〇を乗じて補正し、平成四年一月一日における本件標準宅地ケの基準地価格に基つく比準価格二四五〇万円(上位四桁以下切り捨て)を算定し、これをもって鑑定評価額を決定しており、さらに、東京都中央都税事務所固定資産税課長は、右の本件鑑定評価書ケの鑑定評価額に基づき、別途不動産鑑定士が示した平成四年七月一日までの地価の下落率(4.1パーセント)により時点修正を行い、価格調査基準日である平成四年七月一日の鑑定評価額を二三四〇万円(上位四桁以下切り捨て)と決定したものである。このように、本件標準宅地ケの価格調査基準日における価格の算定においては、基準地番号中央五―二〇の土地の基準地価格に基づく比準価格と同額をもって、本件標準宅地ケの鑑定評価額が決定されているのであり、その意味において、基準地価格に基づく比準価格は、ほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するものとされていることが認められる。原判決が基準地価格に基づく比準価格はほぼ一〇〇パーセントの規範性を有するとしたのは、右のような本件鑑定評価書ケ及び価格決定資料ケが、基準地価格に基づく比準価格にほぼ一〇〇パーセントの規範性を認めたことを是認したことを意味するものであり、原判決は、それに続けて、平成四年七月一日の基準地価格が明らかになった以上、それを用いて本件標準宅地ケの価格を算定すべきであるとしているのであるから、控訴人の右の主張は、原判決の説示するところを正解しないものであって、採用の限りではないといわざるを得ない。
そして、甲六及び一〇の四によれば、基準地番号中央五―二〇の土地の平成四年七月一日の基準地価格は二〇〇〇万円であり、遅くとも平成四年中には右の価格は明らかになっていたと認めることができるから、価格調査基準日における本件標準宅地ケの価格を算定するのに、右の基準地価格を用いることは十分に可能であったということができる。しかるに、東京都中央都税事務所固定資産税課長は、本件鑑定評価書ケの平成四年一月一日の鑑定評価額に4.1パーセントの時点修正をし、本件標準宅地ケの価格調査基準日の価格を二三四〇万円としたものであるが、これは、基準地番号中央五―二〇の土地の平成四年七月一日の基準地価格二〇〇〇万円に地域格差による補正として八七分の一〇〇を乗じた二二九八万円よりも高額である。基準地価格に基づき適正な時価を算定するについては、より正確な平成四年七月一日の基準地価格を用いて本件標準宅地ケの価格を算定するのが相当であると解されるところ、これに基づいて算定した価格が、本件鑑定評価書ケ及び価格決定資料ケにより算定された価格よりも低額である場合、前者を採用することが課税処分の謙抑性にも適合するというべきである。したがって、本件標準宅地ケの平成四年七月一日の価格を二二九八万円とし、これを基礎として時点修正を行い、七割評価通達に基づき賦課期日における適正な時価を算定した原判決の認定判断は正当として是認することができる。
(二) ところで、控訴人は、基準地価格に基づく比準価格が一〇〇パーセントの規範性を有するというためには、鑑定対象地と比準した公示地又は基準地との間に地域格差がないことが必要であるところ(格差が大きければ大きいほど比準の精度は低下し、規範性も低下する。)、本件においては地域格差が存在することは避けられないところであり、表面上は地域性に変化がない場合でも、地域格差に変動がある(具体的には、前記第二、二2(一)のとおり)と主張する。
厳密に言えば、控訴人が主張するように、平成四年七月一日時点の基準地価格に基づく比準価格により本件標準宅地ケの価格を算定するならば、その時点における基準地番号五―二〇の土地と本件標準宅地ケの地域格差を検討し、それによって基準地価格を補正するのが望ましいというべきであろう。しかし、本件においては、右の時点の両地の地域格差を窺わせる的確な資料を見いだすことができない以上、平成四年一月一日を価格時点として不動産鑑定士が認定した地域格差を用いて補正するのはやむを得ないというほかない。結局、価格調査基準日である平成四年七月一日の本件標準宅地ケの価格を算定するに当たり、本件鑑定評価書ケに基づき平成三年七月一日の基準地価格に時点修正及び地域格差補正を行って平成四年一月一日の本件標準宅地ケの価格を算定し、さらに価格決定資料ケにより時点修正を行って同年七月一日の価格を算定するよりも、平成四年七月一日の基準地価格に地域格差補正のみを行って算定した価格の方が、右の時点における本件標準宅地ケの価格により近似するというべきである。したがって、このような判断に基づき、本件標準宅地ケの価格を算定した原判決は正当であるから、控訴人の右の主張は採用することができない。
(三) なお、控訴人は、平成四年七月一日の基準地価格に基づく比準価格が、本件標準宅地ケの価格について一〇〇パーセントの規範性を有するとしても、適正な時価とは、ある一点を示す固定的なものではなく、ある幅を持った価格帯に存する価格を指すと解すべきであり、それは一〇パーセントから二〇パーセント程度の幅を持った価格であるというべきであるところ、原判決の認定した本件標準宅地ケの価格と鑑定価格の差は、わずか0.1パーセントにすぎないのであるから、適正な時価の範囲内にあるということができ、したがって、本件標準宅地ケの鑑定価格が直ちに違法になるわけではないと主張する。
しかし、法三四一条五号の「適正な時価」とは、正常な条件の下に成立する土地の取引価格であって、それは理論上一義的なものというべきであるから、「適正な時価」が、一〇パーセントから二〇パーセントの幅を持った価格帯に存する価格であると解することは相当でない。特に、ここでいう「適正な時価」とは、固定資産税を賦課する前提として認定された不動産の客観的な価格を意味し、これに基づき固定資産税の額が決定され、賦課されるのであるから、課税処分の謙抑性からしても、正当な手法により算定された客観的価格を超える額であっても適正な時価の範囲内にあると認めるべきであるとする控訴人の右の主張も採用することはできない。
三 結論
よって、同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)