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東京高等裁判所 平成11年(行コ)149号 判決 2000年9月19日

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人らは、連帯して、千葉県に対し、金二億九四五八万円及びこれに対する平成八年三月二六日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、千葉県の住民である控訴人が、千葉県が被控訴人事業団に下水道施設各種の建設工事を委託し、被控訴人事業団から随意契約の方式により三菱電機が受注した江戸川第二終末処理場電機設備工事その一六ないし一九について、右工事受注は、被控訴人事業団を除くその余の被控訴人ら(以下「被控訴人会社ら」といい、個別に各社を表示する際は「株式会社」の記載を省略する。)の談合(受注調整)と、これに対する被控訴人事業団の加功の結果であり、千葉県は、実際の請負代金額と談合がなければ形成されたであろうと想定される請負代金額との差額(以下「本件差額」という。)に相当する損害を被っており、被控訴人らに対し、その共同不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているが、千葉県知事は右損害賠償請求権の行使を違法に怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、怠る事実に係る相手方である被控訴人らに対し、千葉県に代位して損害賠償を求めた事案である。

原審裁判所は、控訴人が本件訴えに先立って千葉県監査委員に対してした監査請求については、地方自治法二四二条二項を適用すべきものであって、右監査請求は同条同項所定の期間を徒過してなされたものであり、かつ、徒過したことについて正当な理由はないから、本件訴えは、適法な監査請求を経ていない不適法なものであるとして、これを却下したので、これを不服とする控訴人が控訴したものである。

二  前提となる事実、控訴人の主張する被控訴人らの責任、争点(本案前の抗弁に関する当事者の主張)は、次の三のとおり控訴人の当審における主張を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第二「事案の概要の二ないし四(原判決一一頁末行から六二頁九行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

三  控訴人の当審における主張

原判決は、本件監査請求が監査請求期間を徒過してなされたものであり、かつ右徒過したことにつき正当な理由がなかったとして、本件訴えを不適法であると判断したものであるが、

①  本件が昭和六二年最判が適用されるべき、いわゆる「不真正怠る事実」に関する監査請求の事案ではないのに、これに該当すると判断した点

②  仮に、本件が監査請求期間の制限の適用を受けるべき事案であるとしても、右期間の起算点を、地方公共団体が損害賠償請求権を現実に行使し得る状態になった時点に求めなかった点、

③  仮に、本件監査請求が監査請求期間を徒過したものであるとしても、これを徒過したことにつき「正当な理由」を認めなかった点において、いずれも誤っている。

1 いわゆる「不真正怠る事実」の要件に関する解釈の誤り

(一) 地方自治法二四二条一項がいう財務会計上の行為の「違法若しくは不当」とは、地方公共団体の長若しくは職員等の地方公共団体に対する職務義務違反をいうのであり、職務規律に関しない事柄について、「瑕疵・違法」があったとしても、それ自体は「違法な財務会計上の行為」を構成しない。

すなわち、住民監査請求は、地方公共団体の長若しくは職員等の非違行為を中心とする職務義務違反行為を是正するために住民に付与された請求権に基づくものであるから、住民監査制度の目的から導かれる「違法な財務会計上の行為」とは、地方公共団体の財務会計上の行為に、長若しくは職員等の地方公共団体に対する職務規律違反などがある場合を指すものである。このことは、一方で、地方公共団体が、問題の契約(財務会計上の行為)が詐欺などによるもので、その財務会計上の行為から地方公共団体が相手方に対して実体上の請求権(損害賠償請求権など)を持つに至ったとしても、長若しくは職員等に職務義務違反がなければ、損害の回復措置が自律的に執られることが期待されるので、このことから直ちに住民の是正請求権を与える必要もないことになる。このような場合は、地方公共団体が持つに至った請求権を適切に行使せず、その不作為が違法な状態に至ったとき、「怠る事実」として、監査請求の対象となるのである。そして、長若しくは職員等に職務義務違反がない事案では、その住民監査請求は、常に「財産管理を怠る事実」としてしか構成できないとも留意されるべきである。

本件について言えば、千葉県に対して違法行為(不法行為)を行ったのは、談合に参加した被控訴人ら重電メーカー各社であり、千葉県と被控訴人事業団との間で締結された委託協定においては、長若しくは職員等には地方公共団体(千葉県)に対する職務義務違反は存在しない。また、被控訴人らのした談合は長期間秘密裡に行われてきたものであり、千葉県の担当職員には、予定価格の範囲内での落札や契約であれば、談合の成立に加担しているか、信憑性のある談合情報を無視したなど特段の事情がない限り、談合の有無の調査義務はないし、これを見抜けなかったとしても職務義務違反はない。したがって、「内部関係における違法」は存在しないのであるから、同契約(協定の締結)自体が監査請求の対象となることはないのである。後日、被控訴人らの不法行為の事実が明りかになるに至って、なお、千葉県知事が被控訴人らに対して損害賠償の回復の措置をとらないままに放置したとき、はじめて「財産の管理を怠る事実」が生まれ、住民は監査請求が可能となるのである。

(二) 昭和六二年最判の事案は、町長が随意契約により、町有財産の土地を不当に低額で処分して町に損害を与えたというものであるが、同判決は、まず、同一住民が同一事案で二度にわたり監査請求はできないとした。その上で、怠る事実があるとする監査請求が、①「当該普通地方公共団体の長とその他財務会計職員の特定の財務会計上の行為を違法であるとし」、②「当該行為が違法・無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としているものであるとき」にはじめて、地方自治法二四二条二項の期間制限を受けると判示しているのであり、当該行為・財務会計上の行為の違法と実体法上の請求権の発生原因事実が表裏の関係にある場合には、これを「怠る事実」として構成したとしても、その監査請求は、地方自治法二四二条二項の適用があるとしたものである。講学上、「不真正怠る事実」と呼称される監査請求の事例についての先例である。

本件の場合、地方公共団体自身の財務会計行為と呼べるものは、被控訴人事業団との間で締結する本件委託協定と、これに基づく委託料の支払だけである。委託工事の完了に伴う清算事務は、地方公共団体の行為ではない。そして、本件委託協定は、被控訴人事業団の発注行為に先行するから、被控訴人事業団の行う入札をめぐる談合の存否によって合意条項が左右されるわけではない。

また、談合による業者側の利益は、委託料を目一杯使い切る水準の工事請負契約を被控訴人事業団との間に締結することによって実現され、まさにその結果として納付済みの委託料と精算額との差額が限りなくゼロに近づく、という点において委託地方公共団体の側に損害が発生するのであって、本件委託協定それ自体から地方公共団体の損害が発生するわけでも、地方公共団体側の何らかの行為によって損害が発生するわけでもない。

さらに、委託協定上の費用の額は、建設省の通達にかかる設計積算基準に基づいて決定されるので、内容的にも現実の請負代金の額によって影響されるものではない。

このように、本件の実体法上の請求権は被控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求権であり、地方公共団体の財務会計上の行為の違法から発生しているものではない。それゆえ、財務会計上の行為の違法と実体法上の請求権が、「表裏の関係にある」ということにはならない。したがって、本件に右最判が適用される余地はない。

(三) 地方自治法二条一三項(平成一一年法律第八七号による改正前のもの。以下同じ)や、地方財政法四条一項などの職務規範に違反するとして、具体的な財務会計上の行為が違法評価を受ける場合は、以下に述べるとおり極めて限られている。

地方自治法二条一三項によれば、「最少の経費で最大の効果を挙げる」ことが常に強く要請されるのであるが、最少費用・最大効果の判断は、第一次的には予算執行権限を有する財務会計職員の裁量に委ねられており、当該具体的な支出が事務の目的、効果との均衡を著しく欠き、右裁量を逸脱するものと認められるとき、はじめて違法となるのである。

ところで、談合によって、形成された契約金額なり、その影響を受けたとされる委託金額が、「不当に高額」であることによって違法評価を受けたとすれば、とりもなおさず入札予定価格の設定そのものが違法とされなければならないことになる。しかし、入札予定価格は建設省等の定める積算基準に基づいて積算することによって得られる設計金額を適宜端数処理したものにほかならない。談合の結果、契約金額が入札予定価格のレベルに届いてしまったからといって、このレベル自体が「目的、効果との均衡を著しく欠く」違法な高額であるとは到底いえない。したがって、建設省通達に従って委託協定の費用の額が決定されているとは、その金額の水準が、不当に高いという非難(地方財政法四条一項の「最少限度」性ないし、地方自治法二条一三項の「最少の経費」性の逸脱)を浴びせる余地もないことになる。

2 監査請求期間の起算点に関する解釈の誤り

(一) 仮に、本件がいわゆる「不真正怠る事実」の事案である場合には、次に述べるとおり、平成九年一月二八日最高裁判決(以下「平成九年最判」という。)が適用される結果、監査請求期間は、千葉県が被控訴人九社に対して損害賠償請求をすることが可能となった時期、すなわち、最も早くとも被控訴人九社らが刑事訴追された平成七年六月一五日から起算すべきである。

(二) 平成九年最判の事案は、市長の違法な土地転売行為により市が被った和解金相当額の損害の賠償請求権の不行使をもって財産管理を怠る事実とする住民監査請求に関するものであるが、同判決は当該行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権を怠る事実として行う住民監査請求期間の「起算点」に関し、「右請求権(注、財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権)が右財務会計上の行為のなされた時点においては未だ発生しておらず、又はこれを行使することができない場合には、右実体法上の請求権が発生し、これを行使することができることになった日を基準として同項(注、地方自治法二四二条二項)の規定を適用すべきものと解するのが相当である。」と判示し、①地方公共団体の財政の腐敗防止を図り、住民全体の利益を確保する見地から住民に認められた住民監査制度の趣旨と、②地方公共団体における違法・不当な行為について、長期間、監査請求・住民訴訟の対象となり得るとすることは地方公共団体をめぐる法律関係がいつまでも確定せず法的安定性の観点から好ましくないとして設けられた監査請求期間制限規定の趣旨との調和を図るように、実質的な観点からとらえるべきことを明らかにしたものである。

すなわち、平成九年最判の趣旨は、住民監査請求期間は、実体法上の請求権が発生し、かつ、地方公共団体自身が現実に損害賠償請求が可能となったときから起算するとするものである。

(三) 本件の談合行為はいずれも秘密裡に行われていたものであるが、この事実が公になったのは平成七年六月一五日に被控訴人九社及びその担当者が独占禁止法三条違反の罪で、被控訴人事業団の元工務部次長が同封巾助の罪で、それぞれ起訴された旨が翌一六日に新聞報道され、さらに、同年七月一三日には、公正取引委員会が被控訴人九社に対し、独占禁止法三条違反の行為をしたとして、課徴金納付命令を発し、そのことが報道されてからである。したがって、平成七年六月一五日以前には現実に損害賠償請求を行うことは不可能であるから、どんなに早く解するとしても、監査請求期間の起算点は同日以前と解することはできない。

3 「正当な理由」の要件に関する解釈の誤り

(一) 監査請求が、請求期間徒過後になされたとされる場合に、これを例外的に許容すべき「正当な理由」の要件については、昭和六三年四月二二日最高裁判決(以下「昭和六三年最判」という。)以来、一般に次のような基準があるとされている。

①  地方自治法二四二条二項の適用に当たり基準とされる財務会計上の行為又はその違法性、不当性を基礎づける事実が秘密裡にされたかどうか、

②  住民が相当の注意力をもって調査したときに、いつ、客観的にみて監査請求をすることができる程度に当該財務会計上の行為又はその違法性、不当性を疑わせる事実を知ることができたか、

③  それを知ることができたときから相当な期間内、すなわち、監査請求のための措置請求書作成や証する書面の準備といった作業が行われるのに必要にして十分な期間内に監査請求をしたかどうか。

そして、原判決は、このような前提に立って、「独占禁止法違反による起訴の報道から五か月以上、課徴金納付命令の報道から四か月以上を経過してなされた本件監査請求は相当な期間内になされたものということはできない。」と結論づけている。

(二) しかし、昭和六三年最判は、町長が予算外収入の金員で行った予算外支出の違法性が問題となった事例であり、町長の行った右行為が、住民はもちろん町議会も知ることもなく行われた事例についての判決であって、先例としての一般性はないし、本件とは事案を異にするものである。

すなわち、右最判は、「正当な理由」が認められる場合を、当該行為が秘密裡になされた場合のみに限定する趣旨ではないことは明らかであり、また、「秘密裡になされた場合」とは、町長が住民にも議会にも隠れて当該行為を行った場合をさしているのであって、本件のように、自治体の長でも職員でもない第三者の談合に基づき行われた本件実施協定の締結は、自治体側が秘密裡に行ったものではない点で、そもそも右最判の射程距離にはない。

さらに、右最判の事例では、右予算外支出に関して記載された町議会だよりが配布された時から、四か月余を経過してなされた監査請求には、正当な理由がないと判断したに過ぎず、「相当な期間内」かどうかは、四か月余を経過したかどうかという単純な一定の期間のみで判断されるべきものではなく、各ケースごとに、当該事例において「相当な期間内」か否かが判断されるべきである。

(三) 仮に、原判決のように、「怠る事案」にかかる監査請求について、一年の期間制限規定の適用範囲を拡大する立場に立ちさらに平成九年最判の趣旨を極めて限定して捉えて、一年期間制限の起算点を形式論理的に早い時点に設定する立場に立つのであれば、せめて、「正当な理由」の有無の解釈に当たっては、住民監査請求制度・住民訴訟制度の趣旨を生かすべく、可及的に柔軟な解釈をすべきである。

本件は、入札が自由競争によって行われた場合に比して、談合による入札によって工事代金が不当に高額となったために県が被った損害を、不法行為に基づき、談合企業に対して賠償請求をすべき事案であるが、かかる事案では、まず、県が、入札は談合に基づき行われたものであるとの認識に至らなければ、そもそも損害賠償請求を行うことは不可能である。また、当該地方公共団体において、談合の事実の立証方法を把握し、かつ、損害立証のめどが立たなければ、当該地方公共団体が損害賠償請求を行うことは実際上期待できない。

かかる観点からすれば、刑事訴追の報道がなされた時点からは五か月余、課徴金納付命令からは四か月余、さらに課徴金納付命令による納付期限である平成七年九月一三日からはわずか二か月余が経過したに過ぎない同年一一月二七日になされた本件監査請求には、「正当な理由」は当然認められるべきである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の本件訴えは、適法な監査請求を経ない不適法なものとして却下すべきであると判断するものであり、その理由は、次の二のとおり、控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第三「争点に対する当裁判所の判断」の一及び二(原判決六二頁末行から八九頁二行目まで)に説示するとおりであるからこれを引用する。

二  控訴人の当審における主張に対する判断

1  控訴人の主張1(いわゆる「不真正怠る事実」の要件に関する解釈の誤り)について

(一) 控訴人は、地方自治法二四二条一項がいう財務会計上の行為の「違法若しくは不当」とは、地方公共団体の長若しくは職員等の地方公共団体に対する職務義務違反を内容とする内部関係の違法をいうのであり、本件の場合は、かかる職務義務違反の事実はない旨、また、本件の場合、地方公共団体自身の財務会計行為と呼べるものは、被控訴人事業団との間で締結する本件委託協定と、これに基づく委託料の支払だけであるところ、本件委託協定は、被控訴人事業団の発注行為に先行するから、被控訴人事業団の行う入札をめぐる談合の存否によって合意条項が左右されるわけではないし、本件委託協定それ自体から地方公共団体の損害が発生するわけでも、地方公共団体側の何らかの行為によって損害が発生するわけでもない旨主張する。

また、控訴人は、被控訴人らのした談合は長期間秘密裡に行われてきたものであり、千葉県の担当職員は、予定価格の範囲内での落札や契約であれば、談合の成立に加担しているか、信憑性のある談合情報を無視したなど特段の事情のない限り、談合の調査義務はないし、これを見抜けなかったとしても職務義務違反はない旨主張する。

(二) しかし、住民監査請求制度が個々の会計職員の責任を追及することを目的とするものではなく、地方公共団体の財政の適正を確保し、ひいては、住民全体の利益を擁護するためのものであることからすれば、地方自治法二四二条一項にいう財務会計上の行為の違法は、当該財務会計上の行為を行う職員の故意、過失等主観的要素に左右されるとなく、客観的に判断されるべきであり、支出負担行為又は支出行為(地方自治法二三二条の三、四)が、目的を達成するため必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」(法二三二条一項、二条一三項、地方財政法四条一項)を超える場合は、これを客観的違法と認めるのが相当である。そし.て、この理は、右支出負担行為又は支出行為を行う職員等が右事実を認識しなかったり、認識していないことに過失がなかったとしても異なるところはないというべきである。

(三) 本件の場合、千葉県と被控訴人事業団の本件委託協定が被控訴人事業団と被控訴人三菱電機との本件各契約に先行する関係にあることは控訴人が指摘するとおりである。しかし、被控訴人事業団の入札予定価格の範囲内で事業団が締結する請負工事代金については、千葉県の委託金額の範囲内で余剰が生じた場合は事後的に事業団による精算が行われるものの、千葉県は被控訴人事業団に対し、委託金額の範囲内であればあらかじめ包括的に支払義務を負うことを承諾して本件委託協定を締結し、これに基づき委託料の支払をしているのであるから、結局、千葉県が、被控訴人事業団と被控訴人三菱電機との本件各契約締結の結果、本件差額に相当する費用の支払義務を負い、これに相当する額の損害賠償請求権を取得するためには、千葉県の被控訴人事業団に対する支出負担行為、すなわち財務会計上の行為が不可欠であることに変わりはない。しかも、本件においては、前記(原判決の説示)のとおり、千葉県と被控訴人事業団との間の本件委託協定の締結及びこれに基づく委託料の支払をもって千葉県の財務会計上の行為と解すべきところ、原判決の挙示する証拠によれば、本件委託協定が本件談合の影響の下に締結されたものであるとした原判決の認定・判断に不当な点はなく、右事実関係を前提にすると、本件年度実施協定が締結された時点において、既に談合の結果、本件各工事を受注する者が定まっており、その請負代金額の決定について、適正な競争が排除され、より低額の適正な価格が形成される可能性は失われており、本件年度実施協定は、このような状況の下で締結され、千葉県の違法な支出負担行為がなされたことになる。したがって、本件委託協定(より具体的には変更協定を含む年度実施協定)から千葉県に損害が発生するものというべきである。

(四) これに対し、控訴人は、本件の実体法上の請求権は被控訴人らの不法行為に基づく損害賠償請求権であり、地方公共団体の財務会計上の行為の違法から発生しているものではなく、財務会計上の行為の違法と実体法上の請求権が、「表裏の関係にある」ということにはならないから、本件に昭和六二年最判が適用される余地はない旨主張するが、昭和六二年最判が右「表裏の関係にある」ことを要件として掲げているわけではない点はさておくとしても、右に説示したところによれば、千葉県の違法な財務会計上の行為が具体的な損害賠償請求権発生の不可欠の前提となっているということができ、その意味では表裏の関係にあるものということができる。

そうすると、本件監査請求においてその不行使が財産管理を怠る事実に当たるとされる損害賠償請求は、右違法な支出の原因たる支出負担行為及び支出行為により千葉県が被った損害を填補するために行使することが必要とされる請求権であり、右財務会計上の行為が違法であることに基づいて発生する実体法上の請求権であるというべきである。

このように、千葉県が右損害を受けたというためには、本件差額に相当する費用の支払義務を被控訴人事業団に対して負担し、これを支出する財務会計上の行為があることが不可欠の前提であるところ、前記のとおり、右支出が、本件委託工事の目的を達成するため必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」を超える場合は、これを客観的違法と認めるのが相当であるので、住民は、右支出についての支出負担行為又は支出行為の予防是正を求めて住民監査請求を行りことができるというべきであり、本件監査請求は、右違法な財務会計上の行為をもその対象としているものというべきである。

(五) また、昭和六二年最判は、「監査委員は、監査請求の対象とされた行為又は怠る事実につき違法、不当事由が存するか否かを監査するに当たり、住民が主張する事由以外の点にわたって監査することができないとされているものではなく、住民の主張する違法、不当事由や提出された証拠資料が異なることによって監査請求が別個のものになるものではない。」としている。すなわち、住民の監査請求に基づいてされる監査の内容は、住民が「財務会計上の行為」の違法を明示するか否かにかかわらないのであるから、住民の主張の相違によって監査請求の対象が左右されると解する立場を採ることはできない。

(六) さらに、控訴人は、最少費用・最大効果の判断は、第一次的には予算執行権限を有する財務会計職員の裁量に委ねられており、当該具体的な支出が事務の目的、効果との均衡を著しく欠き、右裁量を逸脱するものと認められるとき、はじめて違法となる旨、また、建設省通達に従って委託協定の費用の額が決定されていることは、その金額の水準が、不当に高いという非難(地方財政法四条一項の「最少限度」性ないし、地方自治法二条一三項の「最少の経費」性の逸脱)を浴びせる余地もない旨主張する。

しかし、前記のとおり、法二四二条一項にいう財務会計上の行為の違法は、客観的に判断されるべきであり、支出負担行為又は支出行為が、目的を達成するため必要かつ最少の限度であるべき「事務を処理するために必要な経費」を超える場合は、これを客観的違法と認めるのが相当であり、また、右支出負担行為及びこれを行う職員等にこのような支出行為(前記のような談合の影響を受けた不当に高額な支出)を行う裁量権がないことは明らかであって、この理は、委託協定の費用の額が建設省通達を基礎として決定されていることによって差異を生じるものでもない。

したがって、控訴人が、本件監査請求において、右財務会計上の行為の違法を主張して右違法な行為により千葉県の受けた損害の填補のため必要な措置の勧告を請求するという構成によらず、被控訴人らの共同不法行為により千葉県の受けた損害を填補するための損害賠償請求権の行使を怠ったことについて必要な措置の勧告を請求するという構成を採ったとしても、本件監査請求について、地方自治法二四二条二項が適用され、その監査請求期間は、右財務会計上の行為を基準として判断されるべきである。

よって、控訴人の主張は理由がない。

2  控訴人の主張2(監査請求期間の起算点に関する解釈の誤り)について

(一) 控訴人は、平成九年最判の趣旨は、住民監査請求期間は、実体法上の請求権が発生し、かつ、地方公共団体自身が現実に損害賠償請求が可能となったときから起算するとするものであり、本件にもこの理を適用すべきである旨主張する。

しかし、地方自治法二四二条二項本文は、財務会計上の行為について住民の知、不知にかかわらず、財務会計上の行為の時点から一年以内に監査請求期間を制限することにより、地方財政の健全化と財務会計上の行為の法的安定性との調和を図っているのであるから、右趣旨に照らせば、監査請求期間の起算点は、地方公共団体の財務会計担当者の主観的事情に左右されず、客観的に定められるべきである。

(二) これを本件についてみるに、前記(原判決の説示)のとおり、本件年度実施協定が締結された時点からこれを監査請求の対象となし得たものであり、監査請求の起算点は本件年度実施協定(変更協定を含む。)の締結の日であると解される。控訴人の主張する刑事訴追の事実や公正取引委員会の課徴金納付命令の事実の報道によって千葉県の損害賠償請求権の行使が影響を受けるものでないことは、論を待たないのであって、控訴人の主張は、結局、それまでは千葉県においても本件年度実施協定及びこれを前提とする本件各契約の締結が違法であることを知らなかったという、右請求権を行使し得なかった事実上の障害について述べるに過ぎない。そして、このような事実の知、不知という主観的な事情により請求権の行使に事実上の障害があるに過ぎない場合は、監査請求期間の起算をするのに何らの妨げとならないものと解される。そして、このように解しても、地方自治法二四二条二項但書の「正当な理由」の有無の判断によって具体的妥当性を図ることが可能であるから、住民の権利行使を不当に制限するものではない。

本件では、前記(原判決の説示)のとおり、本件監査請求がなされた平成七年一一月二七日には、すでに、財務会計上の行為である本件年度実施協定締結時から(また、本件各契約締結時からも、地方自治法二四二条二項に規定する一年の監査請求期間を経過していたことになる。

(三) なお、平成九年最判の前提となる事案は、単に事実の知、不知というような主観的な事情により請求権の行使に事実上の障害があるにとどまる本件とは事案を異にするものと解される。

よって、控訴人の主張は理由がない。

3  控訴人の主張3(「正当な理由」の要件に関する解釈の誤り)について

地方自治法二四二条二項本文が監査請求の期間を定めた趣旨は、監査請求の対象となる行為は、地方公共団体の機関、職員の行為である以上、たとえそれが違法、不当なものであったとしても、いつまでも住民が争い得る状態にしておくことは、法的安定性の見地からみて好ましいことではないので、これをなるべく早く確定させようとすることにある。

控訴人の主張は、結局のところ、「正当な理由」の判断にあたっては住民監査請求制度・住民訴訟制度の趣旨を生かすべく、可及的に柔軟な解釈を求めるというものである。しかし、原判決が挙示する証拠によれば、平成六年九月二日以降、被控訴人事業団が発注した各地方公共団体における下水道施設の電機設備工事に関して広く談合が行われているとの報道が多数なされており、その後の詳細な報道内容・経過に鑑みても、住民が相当の注意力をもって調査したとすれば、遅くとも独占禁止法違反による起訴や被控訴人会社らに対する課徴金納付命令に係る報道のあったころまでには、千葉県と被控訴人事業団の間における本件年度実施協定を含む本件委託協定の存在を知り、かつ、被控訴人会社らによる談合やこれに対する被控訴人事業団の加功により違法ではないかとの合理的な疑いを抱くことができたものというべきであること、そして、控訴人らの調査、情報・資料収集はもっと早くから十分なし得たというべきであるし、実際に行われた本件監査請求における監査請求対処の特定や疎明資料の添付状況等を総合すれば、独占禁止法違反による起訴の報道から五か月以上、課徴金納付命令の報道から四か月以上を経過してなされた本件監査請求は相当な期間内になされたものということはできないとした原判決の認定・判断に、不合理はないというべきである。

よって、控訴人の主張は理由がない。

第四結論

以上の次第で、控訴人の本訴訴えを不適法として却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 芝田俊文 裁判官 橋本昌純)

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