東京高等裁判所 平成11年(行コ)52号 判決 2000年1月13日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が平成七年一一月二八日付けで控訴人に対してした、平成五年一〇月一日から平成六年九月三〇日までの課税期間(以下「本件課税期間」という。)の消費税に関する決定及び無申告加算税の賦課決定(いずれも平成八年三月二九日付け更正及び変更決定により一部取り消された後のもの。以下「本件課税処分」という。)を取り消す。
二 被控訴人
主文と同旨
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人から本件課税期間の消費税についての本件課税処分を受けた控訴人が、本件課税期間に係る基準期間である平成三年一〇月一日から平成四年九月三〇日までの期間(以下「本件基準期間」という。)における売上総額は三〇五二万円余であったが、免税事業者であっても、課税売上高は課されるべき消費税額三パーセントを控除して算定すべきであり、そうすると右期間の課税売上高は三〇〇〇万円以下となるから、本件課税期間においては、消費税法(以下「法」という。)九条一項により消費税を納める義務が免除されていたと主張して、本件課税処分の取消しを求めた事案である。原判決は、控訴人の請求を棄却したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
1 文理解釈
法九条一項は、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円以下である者については、消費税を納める義務を免除すると規定している。この課税売上高とは、法九条二項によれば、基準期間中における課税資産の譲渡等の対価の額(二八条一項に規定する対価の額をいう。)から税抜対価の返還等の金額を控除した残額をいう。
そして、法二八条一項は、課税資産の譲渡等の対価の額とは課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする、と規定している。したがって、基準期間において課税事業者であったか免税事業者であったかにかかわらず、売上高から課されるべき消費税に相当する額を控除した金額をもって、免税事業者に当たるかどうかを判定するのが、文理上自然な解釈である。このことは、法四条一項が免税事業者と課税事業者とを区別することなく「事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。」と規定し、法九条一項が法六条一項とは異なり、「消費税を納める義務を免除する」と規定して、いったん発生した義務を課税期間終了後事後的に消滅させる意味の「免除」という用語を使っていること、法九条二項は、小規模事業者が免税事業者に当たるか否かを判定する規定であるが、法二八条一項を借用して「課されるべき消費税に相当する額」を控除する旨定めているのであり、控除すべき「課されるべき消費税に相当する額」が存在しない場合をも予定しているとは考えられないことからも明らかである。
したがって、法九条の解釈上、基準期間における課税売上高の計算に当たっては、基準期間に免税事業者であった者については、その者が課税事業者であるとした場合において課されることとなる消費税に相当する額を控除すべきである。なお、このことは、基準期間において免税事業者に現実に消費税が課されるか否かとは関係ない。
2 判定基準の明確性・単一性
免税事業者であるか否かの判定基準は、明確かつ単一であることが要請される。
被控訴人の解釈(基準期間において免税事業者であった者については、課されるべき消費税が存在しないから、売上高自体が判定基準となるというもの)では、基準期間において免税事業者であったか課税事業者であったかを確認しなければならず、また、免税事業者であれば売上高三〇〇〇万円が基準となり、課税事業者であれば三〇九〇万円(課されるべき消費税に相当する額九〇万円を控除すると三〇〇〇万円となる。)が基準となる。このような判定基準は適切でない。
3 担税力
担税力の関係からみても、免税事業者か課税事業者かにかかわらず、売上高三〇九〇万円を基準とすべきである。事業者の事業規模、すなわち、事業者の担税力を判断する妥当な基準は、免税事業者か課税事業者かにかかわらず、売上高そのものだからである。
また、本体価格が三〇〇〇万円で、仕入先から転嫁された消費税がその二%の六〇万円とすると、消費税相当額九〇万円を加えた三〇九〇万円を売上高とする課税事業者と担税力において等値な免税事業者は、売上高が三〇六〇万円の者である。
しかるに、被控訴人の解釈によれば、課税事業者は、課税売上高が三〇〇〇万円となり、課税期間においては免税事業者となるのに、免税事業者は、課税売上高も三〇六〇万円となって、課税期間において課税事業者となる。このような解釈は、担税力の低い小規模事業者を保護しようという法九条の趣旨に反するものである。
4 課税の実情等について
法の素直な文理解釈は右1のとおりである。これとは異なる被控訴人の解釈は、課税要件明確主義に反するものである。免税事業者が全事業者の七割近くいる現実を考えると、そのような多くの小規模事業者でも、文理から素直に理解できるような意味内容に解釈すべきである。
税務職員にも控訴人の解釈と同旨の解釈をしている者がおり、現に、税務署も、この解釈に従い、限界事例について消費税の申告の必要はない旨回答した実例がある。したがって、多くの税理士もそのように認識している。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか(原判決の理由記載と本判決のそれが抵触するときは、本判決の判示するところによる趣旨である。)、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する(ただし原判決二八頁九行目の「法六条」を「法五条」に改める。)。
1 文理解釈
(一) 納税義務の事後的免除の主張について
法四条一項(課税の対象)の文言は「国内において事業者が行った資産の譲渡等には、この法律により、消費税を課する。」であり、五条一項(納税義務者)の文言は「事業者は、国内において行った課税資産の譲渡等につき、この法律により、消費税を納める義務がある。」であり、また、九条一項(小規模事業者に係る納税義務の免除)の文言は、「事業者のうち、その課税期間に係る基準期間における課税売上高が三千万円以下である者については、第五条第一項の規定にかかわらず、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等につき、消費税を納める義務を免除する。」である。
法四条一項は、その文言及び見出しからみて、納税義務者を定めた規定ではなく、課税の対象(課税物件)を定めた規定である。納税義務者については、別途、法五条一項が定めている。したがって、法四条一項が特に限定をせずに「事業者」(「個人事業者及び法人」を意味する。法二条一項四号)という用語を使っているからといって、法四条一項が免税事業者も納税義務を負うことの根拠となるものではない。控訴人の主張は、先ずこの点で採用することができない。
次に、納税義務者についてであるが、法五条一項は、事業者は納税義務を負う旨定めている。しかし、法九条一項は、事業者のうち、基準期間(法人については前々事業年度を意味する。法二条一項一四号)における課税売上高が三〇〇〇万円以下の小規模事業者については、納税義務を免除する旨定めている。そして、九条一項が「第五条第一項の規定にかかわらず」と規定していることからみて、九条一項は、納税義務者についての原則的な規定である五条一項の適用を排除し、同項の例外を定めたものである。すなわち、九条一項は、納税義務者の範囲を定めた規定であり、いったん発生した納税義務の消滅の規定ではない。
控訴人の主張するように、九条一項は、納税義務を「免除する」という用語を使用している。しかし、これは、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円以下であれば、法九条一項の規定により法律上当然に納税義務が免除されるのであって、税務署長又はその他の行政庁による納税義務を消滅させる旨の意思表示や何らかの行為が必要とされているわけではない。しかも、基準期間における課税売上高が三〇〇〇万円以下であれば、それだけで、二年後の事業年度においては、その当初からそもそも納税義務を負わないことが法律上確定しているのである。したがって、九条一項の「免除」とは、いったん発生した義務を、課税期間経過後事後的に、意思表示その他の行為により消滅させるという意味ではなく、法が定める要件を満たす場合には、法律上当然に納税義務が発生しないという意味で使用しているものである(なお、「免除」という用語を、本件のように、いったん法律の定めにより成立した義務を特定の場合に事後的に消滅させるという意味ではなく、一般原則の例外としてそもそも初めから発生させないという意味で使用している例として、関税定率法一四条の規定がある。)。
以上のとおりであって、いったん納税義務が発生し事後的に消滅するのであるから、免税事業者の場合も課されるべき消費税が存在するという控訴人の主張は、法の文理からみて採用することができない。
(二) 「課されるべき消費税」と仮定の計算
法九条一項の課税売上高とは、法九条二項の文言によれば、「基準期間中に国内において行った課税資産の譲渡等の対価の額(第二八条第一項に規定する対価の額をいう。)」の合計額から売上げに係る税抜対価の返還等の金額の合計額を控除した残額をいうものである。そして、法二八条一項の文言によれば、「課税資産の譲渡等の対価の額」は、「対価として収受し、又は収受すべき一切の金銭又は金銭以外の物若しくは権利その他経済的な利益の額とし、課税資産の譲渡等につき課されるべき消費税に相当する額を含まないものとする。」と規定されている。したがって、免税事業者であるかどうかの判定基準である課税売上高とは、売上げに係る税抜対価の返還等がなければ、課税資産の譲渡等の対価の額、すなわち売上高から「課されるべき消費税に相当する額」を控除した額を意味する。
控訴人は、この「課されるべき消費税」との文言を、免税事業者については、「課税事業者であれば課されることとなる消費税」と読むべきであると主張するのである。しかし、憲法八四条の定める租税法律主義の下では、原則として、税法の文言は、その意味するところに従いそのまま読むべきである(東京高裁平成七年一一月二八日判決・行政事件裁判例集四六巻一〇・一一号一〇四六頁参照)。国会が免税事業者の場合でも仮定の消費税額を控除するとの立法政策をとったのであれば、それは仮定の上に立った計算をするというのであるから、そのことが法律の文言から分かるように、課税要件等の内容を明確にした条文にしたはずである。現行の租税法規の中で、控訴人の主張のように条文の文言にないのに仮定の計算をするように読める条文が他にあるのであればともかく、租税法律主義の下で、課税要件等の明確性が厳しく問われている現行の租税法規の下では、控訴人のいうような規定の文言から離れた解釈を採用することは困難であるといわざるをえない。
2 判定基準の明確性・単一性
控訴人は、法の定める基準は明確かつ単一ではないと主張するが、法の定める基準が不明確なものでないことは、これまで述べたところから明らかである。また、課されるべき消費税があればその相当額を控除する、という単一の基準を定めているものである。なお、控訴人は、免税事業者、課税事業者を問わず、売上高三〇九〇万円を基準とすべきであると主張するが、法は、売上高とは異なる課税売上高という基準を採用し、三〇〇〇万円で区切っているのであり、控訴人の主張は、法の明文を無視するものといわねばならない。
3 担税力について
法は、小規模事業者については、消費税の納税義務を免除している。そして、免税事業者たる小規模事業者に当たるかどうかは、基準期間における売上高から課されるべき消費税に相当する額を控除した課税売上高によって判定する旨定めている。これは、消費税の性格上、事業者が納付義務を負う消費税は、取引の相手方に転嫁されることが予定されており、その額が売上高に含まれているから、事業規模を判断するに当たっては、消費税相当額を控除した、いわば実質的な売上高を基準としたものである。免税事業者の具体的な要件を定めるに当たって、どのような基準によって事業規模を測定し、担税力を把握するかは、立法政策の問題である。そして、右に述べた実質的な売上高を基準とすることが不合理なものであるとは認められない。
控訴人主張のように、基準期間において免税事業者であった者についても、仮定の消費税相当額を控除して事業規模を測定し、担税力を把握するとの方法も、論理的にあり得ない選択ではない。しかし、法は、そのような方法を選択してはいないところである。免税事業者は、本来、仕入先から転嫁された消費税相当額を超えて転嫁すべきものはないが、現実には、計算上の消費税相当額全額を上乗せして販売価格を定めることもあろう。しかし、これは、販売価格をその分高めに設定したというものである。したがって、その全額が実質的な売上高であるということになる。
また、仕入先から転嫁された消費税相当額だけを上乗せした場合、例えば、控訴人の設例のように、本体価格三〇〇〇万円、仕入先から転嫁された消費税六〇万円で、売上高が三〇六〇万円の場合に、控訴人主張のように計算上の消費税相当額約八九万円(三〇六〇万円の一〇三分の三に相当する額)を控除すると、課税売上高は二九七一万円となり、本体価格よりも低くなるとの不合理な結果となる。
なお、免税事業者については、仕入先から転嫁された消費税相当額に限り控除するという立法政策を採用することが全くできないわけではない。しかし、そうすると、仕入先から転嫁された消費税額を正確に把握するための免税事業者の事務負担が増加する問題が生じる。また、仕入先から転嫁された消費税は、事業者にとって経費の一部であるから、これを控除するということは、売上高から経費を控除した、利益の概念を持ち込むことになり、売上高を基本に事業規模を測定し、担税力を把握するとの法の考え方とは整合性がとれないものである。
以上のとおりであって、担税力の観点からみても、法の定めている判定基準に合理性が認められるのであって、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
4 課税の実情等について
前記1のとおり、法は、その文理上、基準期間において免税事業者であった者については、基準期間における売上高自体によりその二年後の事業年度において免税事業者に該当するかどうかを判定する旨定めているものである。課税の実情として、このことが事業者にとって不明確であったり、困難を生じさせたりしている事実を認めることができない。
そして、控訴人が当審で提出した証拠(甲三一の2、6の1、8)の中には、基準期間における売上高が三〇〇〇万円をごくわずか超えていたが、消費税相当額を控除すると、三〇〇〇万円以下となる場合について、その二年後の事業年度において免税事業者に該当することを課税当局から是認された事例がある旨記載されている。しかし、これらが基準期間において免税事業者であった者の事例であるかどうかは、必ずしも明らかでない(基準期間において免税事業者ではなく、課税事業者であれば、消費税相当額を控除するのは当然である。)。また、仮に控訴人主張のような実例があったとしても、それは、法施行当初において、法の解釈が周知徹底されていなかったためであると考えられる。右のような実例があるからといって、法の文理どおりの解釈が左右されるべきであるとまでいうことはできない。
二 したがって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 裁判官 江口とし子)