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東京高等裁判所 平成11年(行タ)44号 決定 2000年1月31日

香川県観音寺市<以下省略>

申立人

社団法人観音寺市三豊郡医師会

右代表者理事

右代理人弁護士

中藤力

加瀬洋一

東京都千代田区<以下省略>

被申立人

公正取引委員会

右代表者委員長

根來泰周

右指定代理人

中村孝

互敦史

粕渕功

三浦克哉

海老原明

野口文雄

主文

本件申立てを却下する。

理由

一 申立ての趣旨及び理由

本件申立ての趣旨及び理由は、別紙審決の執行免除の申立書及び意見書に記載のとおりである。

二 当裁判所の判断

独占禁止法62条に定める公正取引委員会の審決の執行免除の制度は、右審決が命じる被審人の違反行為を排除する措置は迅速に実現されることが公益上の要請であるが、他方、右審決が取消訴訟の結果取り消された場合には、それまで審決の内容に拘束されていた被審人にとって原状を回復することが極めて困難であるか不可能であるという事態が生じることが予想されるので、その調整を図るため裁判所の判断によって被審人に保証金又は有価証券を供託させて審決の確定までその執行を免れさせることができることとしたものであると解される。したがって、審決の執行によって被審人に原状回復が極めて困難又は不可能な事態が生じることが認められないのであれば、審決の執行免除を認める必要はない。

これを本件について見るに、申立人は、本件審決で命じられた措置の現時点での実施は、地域医療体制の充実の阻害、患者の信頼、患者の生命、身体への被害、さらには、申立人の地域医療への理念や貢献に対して、事後の取消によっては回復しがたい損害を生じさせると主張するが、右の主張自体極めて抽象的であって、申立人の主張する損害が生じる理由についての具体的な主張は全くないのみならず、そもそも地域医療体制の充実や患者の信頼の確保等は本来医療行政によって実現されるべきものであるから、本件審決で命じられた措置が実施されたとしても、申立人主張のような損害が生じると認めることはできない。

申立人は、また、本件審決が命じる周知行為は、申立人がしていない行為を自認し、自己の理念を否定することを会員その他外部に表明することを強制するものであり、申立人の信用、名誉を著しく毀損し、回復しがたい損害を生じさせるとも主張するが、本件審決が独占禁止法違反行為についての申立人の自認を求めたものでないことは、その主文から明らかである上、申立人の主張する信用、名誉の毀損は、仮に生じるとしても申立人が本件審決取消訴訟に勝訴することにより回復が可能なものというべきであるから、申立人の右主張も失当である。

以上のとおり、申立人の主張はいずれも失当であるし、本件記録を精査しても、本件審決の執行によって申立人に原状回復が極めて困難又は不可能であることを窺わせる事実を認めることはできないから、本件申立ては理由がない。

三 結論

よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 貝阿彌誠 裁判官 北澤晶 裁判官 川口代志子 裁判官 白石哲)

審決の執行免除の申立

香川県観音寺市<以下省略>

申立人

社団法人観音寺市三豊郡医師会

右代表者理事

東京都港区<以下省略>

右申立人代理人

弁護士

中藤力

加瀬洋一

東京都千代田区<以下省略>

被申立人

公正取引委員会

右代表者委員長

根來泰周

第一 申立の趣旨

一 公正取引委員会平成9年(判)第1号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件について、平成11年10月26日付けでした審決の執行は、審決が確定するまで執行を免除する。

との決定を求める。

第二 申立の理由

一 公正取引委員会は、平成11年10月26日付けで、申立人に対し、公正取引委員会平成9年(判)第1号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という)違反事件について、同法54条1項に基づき、別紙主文記載の措置を命じる審決を行った。

二 申立人は、右審決について、平成11年11月24日、東京高等裁判所に対し、審決の取消を求めて提訴した。

三 審決の命ずる排除措置には申立人自ら申立人の会員に対し独禁法違反行為があった旨の周知徹底行為が含まれているが、申立人は前記のように違反行為の不存在を主張し審決取消訴訟を提起している。

そのため、審決が執行されては、訴訟において、審決が取消されても原状回復が困難になるので、独禁法62条に基づき執行の免除を求める。

以上

平成11年11月24日

右申立人代理人

弁護士

中藤力

加瀬洋一

東京高等裁判所 御中

(別紙)

主文

一 被審人は、昭和54年8月14日に決定し、昭和60年6月11日に改定した観音寺市三豊郡医師会医療機関新設等相談委員会規程及び観音寺市三豊郡医師会医療機関新設等相談委員会施行細則、平成3年11月12日に行った病院又は診療所の増改築の制限に関する決定並びに平成5年1月12日に行った老人保健施設の開設の制限に関する決定をそれぞれ破棄しなければならない。

二 被審人は、次の事項を被審人の地区内の医師に周知徹底させなければならない。この周知徹底の方法については、あらかじめ、当委員会の承認を受けなければならない。

1 前項に基づいて採った措置

2 今後、病院又は診療所の開設、診療科目の追加、病床の増床及び増改築並びに会員の老人保健施設の開設を制限する行為を行わない旨

三 被審人は、今後、病院又は診療所の開設、診療科目の追加、病床の増床及び増改築並びに会員の老人保健施設の開設を制限する行為を行ってはならない。

四 被審人は、前三項に基づいて採った措置を速やかに当委員会に報告しなければならない。

平成11年(行タ)44号審決執行免除申立事件

申立人

社団法人観音寺市三豊郡医師会

被申立人

公正取引委員会

意見書

平成12年1月14日

右申立人訴訟代理人

弁護士

中藤力

加瀬洋一

東京高等裁判所第3特別部 御中

第一 原状の回復困難性

一 本件審決は、申立人が、開設、増床、増改築、診療科目の標榜、老人保健施設の開設等を「患者取合防止の目的」で制限したとして、相談委員会規則等の破棄等を命じている。

しかし、相談委員会等は、過疎地である観音寺市三豊郡地区の医療の充実や、患者の利益、信頼確保のために、地域の医療事情等を集約し、意見を述べていた機関であり、それが失われると、地域の医療体制充実に多大な損害が生ずる。

また、診療科目は専門的知識、経験の存在に対する患者の信頼の対象であることを鑑み、申立人は、専門的知識、経験がある者が標榜すべきであるとの意見を持ち、会員に要請してきた。

これは、制限でも、強制でもなく、申立人の意見、要請であるが、これを制限であったとして否定することは、申立人が行っていない行為の存在を申立人自ら認めるかのごとき行為であり、申立人の理念の否定を強制するものであるばかりか、診療科目に対する患者の信頼を害し、ひいては、専門性を信頼して治療を受けた患者の生命、身体にかかわることになる。

同様に、審決により、老人保健施設に関する制限とされた点も、法により数が限られている老人保健施設は、営利追求性が低い市町等が加わった福祉法人が運営するのが地域医療上、適切であるとの申立人の意見であり、これを「制限した」として破棄することは、申立人が実施していない行為の自認、理念の否定をすることになってしまう。

このように、排除措置の現時点での実施は、地域医療体制の充実の阻害、患者の信頼、患者の生命、身体への被害、さらには、申立人の地域医療への理念や、貢献に対して、事後の取消によっては回復しがたい損害を生じさせることになるとともに、排除措置が命ずる周知行為は、申立人がしていない行為を自認し、自己の理念を否定することを会員その他外部に表明することを強制するものであり、申立人の信用、名誉を著しく棄損し、回復しがたい損害を生じさせるものである。

二 独禁法62条に関する決定例によれば、同条の趣旨は、「審決が命ずる被審人の違反行為を排除する措置はその性質上迅速に実現されることが公益上の要請である」ことと、「審決が被審人からの取消請求訴訟の結果取り消されても原状を回復することは極めて困難である」こととの調整をするためのものであるとされている。

ところで、一般論として、「審決の命ずる排除措置は迅速に実現されることが公益上の要請」であるとしたとしても、その必要性は個々の具体的な事件によってそれぞれ異なってくる。

例えば、価格値上カルテルについて価格協定の破棄を命ずる排除措置や、競業者排除を目的とする不当廉売などは迅速な実現の要請が強いであろう。

しかし、本件の場合、審決は、申立人が「将来の患者の取合を防止する目的で相談委員会を設立し、開設、増床、診療科目の標榜、増改築、老人保健施設を制限した」との認定をし、排除措置として昭和54年に定め、同60年に改定した相談委員会規定等の破棄を命じているが、規定自体には「患者取合防止目的」など記載されていないこと、従来医師会を通して県に提出するという手続が、事件後、県の通達により、直接申請者が県に提出するという手続に変更されたこと、増床、老人保健施設は、医療計画等によりべット数が規制されているが、現在、地区のべット数は医療計画等が定める必要数を満たしているため、増床や施設開設は出来ない状態にあることなどの客観的な事情があるとともに、申立人が「患者の取合防止目的」として意見を述べたり、制限している事実もない。

また、会員は、公正取引委員会の審決の存在は承知しており、いずれにせよ、排除措置が迅速に実現されなければ、公益上の要請が害される具体的事情は存在しない。

逆に、排除措置の現時点での実施は、前記のように、地域医療の充実、患者の信頼、申立人の名誉、信用等にかかわる回復困難な損害が生ずるのである。

第二 保証金に関する意見

一 公正取引委員会は、保証金に関する意見として、資産ないしは収入を考慮すべきとしているが、そもそも、医師会は非営利団体であって、構成員も個人単位で加入しており、会員数も170名程度の小規模の団体であって、会の財政も会員が納入する会費が主たるものである。

また、医師会は、事業者団体としての性格も有するとされるが、学術団体、地域医療の担い手等公共的な役割を有する団体であり、むしろ、こちらの性格の方が主である。

実際、医師会並びにその会員は、地域住民の健康診断、学校医活動等の地域医療活動を採算を度外視して行っており、その収入の多くを公益の目的、あるいは、医師の医療知識向上のために使用している。

したがって、営利事業者とはその性格を全く異にしているとともに、同じ事業者団体であっても一般の業界団体のように、もっぱら業界の利益のために活動する団体とは団体の性格、立場が大きく異なっており、公正取引委員会が例として挙げている石油商業組合とは、事業者団体としての性質・立場も異なるし、事件そのものの内容・性格も違うものであり、同事件を参考にすることは不適当である。

二 そもそも、62条による保証金等は、執行免除の申立が悪用ないしは乱用されることを防止し、安易な申立を牽制するためのものであるとされる。

ところで、本件事件は課徴金対象事件でもないし、申立人には審判・裁判で争うことにより、何ら経済的な利益があるわけではない。

その中で、申立人は、本件が地域医療や医療道徳、患者の利益等を考えてきた従来の申立人の活動、そして申立人による将来の役割等を真剣に考え、長年に渡り真摯に争っているのであり、このような申立人に対し、多額の保証金を要求することは、法の趣旨に反し、ひいては、国民の裁判で争う権利を奪うことになる。

三 なお、申立人の直近の決算である平成10年度の決算によれば、総歳入は約6600万円、このうち、約1000万円は繰越金、約820万円は医療助成金、地域保険協力費であって、2400万円が会費収入である。

また、平成10年度の歳入のうち、入会金収入が約900万円あるが、この入会金は、入会者が有った場合の臨時的な歳入である。

他方、10年度の支出は約5300万円、平成9年度の繰越金とほぼ同額を次年度に繰り越すことができてはいるが、前記のように10年度は入会金収入がある。

したがって、この入会金収入がなければ、収支トントンであり、さらには、前年度繰越金を差し引けば、単年度は1000万円近い赤字となる。

そして、支出の具体的な内容は、地域の検診センターや看護学校への補助、地域検診の費用、学術研究費がほとんどを占め、医療の向上、地域医療への貢献のためのものである。

また、資産といっても、会館の他には、備品程度しかない。

そのため、多額の保証金を命ぜられると、医師の医療知識向上活動、地域医療活動に支障を来すことになるし、場合によっては、会員が特別な負担をせざるを得ない事情にある。

以上

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