大判例

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東京高等裁判所 平成12年(う)1025号 判決

被告人 慶野一彦

〔抄 録〕

論旨は、要するに、原判決は、前記のとおりの事実を認定した上、被告人を傷害罪により処断しているが、被告人が大竹車両を追跡する行為は暴行に当たらないというべきであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

そこで検討する。

一 原判決が挙示する大竹及び齋田の原審供述、被告人の捜査段階での供述調書、司法警察員作成の平成一〇年九月一七日付け実況見分調書等の証拠によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 被告人は、友人四人が同乗した被告人車両(シボレーアストロ、左ハンドル、車両総重量二五六〇キログラム、長さ四二八センチメートル、幅一九六センチメートル、高さ一七七センチメートル)を運転して深夜茨城県つくば市内を走行中、大竹車両(ホンダレジェンド、右ハンドル、車両総重量一八四五キログラム、長さ四八八センチメートル、幅一八一センチメートル、高さ一三七センチメートル)に交差点の右方道路から進路前方に割り込まれたため立腹し、クラクションを鳴らしながら同車を追い越したが、直後に大竹車両が右折したため、被告人も自車を前方交差点で右折させて進行したところ、前方から大竹車両が走行してきた。そこで、被告人は、停止した大竹車両に被告人車両を横付けした(両車両は互いに逆方向を向き、被告人車両の助手席側と大竹車両の運転席側が接近した状態になった。)。

(二) 同所において、被告人は、助手席側(右側)窓から身を乗り出して大竹に文句を言い、これに対し同人が謝ったものの、それでも納得せず、大竹の胸倉(着衣の襟元辺り)をつかみ、「車を降りろ、ぶっ飛ばす」、「ぶっ殺す」などと文句を言い、その際、大竹の着ていたポロシャツの襟首付近が破れた。

(三) 大竹は、被告人から更にどのような暴行を受けるかもしれないと危険を感じ、すきをみて大竹車両を発進させてその場から逃げ出したところ、被告人は、被告人車両で大竹車両の追跡を開始し、いったん大竹車両を見失ったものの、約八〇〇メートル先で同車を発見して追跡を再開した。そして、被告人は、道路状況に応じて被告人車両を大竹車両に急接近させたり、同車と並進したり、後方からパッシングを浴びせたりクラクションを鳴らしたりしながら走行した。その間、被告人車両が大竹車両と並進している状況で、被告人車両の助手席に乗った友人が大竹車両の助手席窓ガラスを手で二、三回叩き、また、追跡を再開されて約七・九キロメートル走行した地点で、被告人車両と大竹車両が接触したこともあったが、両車両ともに停止することなくそのまま走行を継続した。両車両の速度は、広い道路を走行するときには時速約一〇〇キロメートル前後であった。

なお、当審における事実取調べの結果によれば、被告人車両が大竹車両に追尾状態で最接近した際の車間距離は約二・二ないし二・四メートル(大竹車両の運転席に乗った状態で、ルームミラーに被告人車両の前照灯が写らなくなる程度、サイドミラーに被告人車両助手席同乗者の顔面が確認できる程度にそれぞれ接近した状態)であり、また、被告人車両と大竹車両が並進している状況で、被告人車両の助手席に同乗していた男が大竹車両の助手席側窓ガラスを叩いたときの両車両間の距離は、ドアとドア間で約二六センチメートル、窓枠と窓枠間で約五〇センチメートルであったことが認められる(大竹の当審公判廷における供述、司法警察員作成の実況見分調書)。

(四) 大竹は、被告人車両に追跡されて高速度で走行中、(三)の被告人がいったん見失った大竹車両を再度発見して追跡を再開した地点から約一三・七キロメートル走行した地点で、大竹車両のハンドル操作を誤って同車を道路左側街路樹に激突させる事故を引き起こし、大竹及び齋田が原判示の傷害を負った。事故時の大竹車両の速度は時速約一二〇キロメートルであり、路面は雨の影響でぬれていた。

なお、両車両は、被告人が大竹車両の追跡を再開した地点から左折を繰り返しながら国道三五四号線に入り、さらに榎戸交差点を右折して国道四〇八号線(片側二車線)に進入し、同国道を南進した。そして、同国道上の、右交差点から間もなくの地点で接触事故を起こし、その地点から更に約五・八キロメートル進行した地点で本件事故が発生したものである。

二 要するに、被告人車両の直前に大竹車両が右折進行してきたことに立腹した被告人が、大竹に対して、怒鳴りながら胸ぐらをつかんで着衣を破る暴行を加えたところ、これに恐怖心を抱いた大竹が大竹車両で逃げ出したことから、一層立腹し、一時大竹車両を見失ったものの、再度発見すると、高速度で逃げる大竹車両を約一三・七キロメートルにわたって追跡したものであり、追跡の態様は、時速一〇〇キロメートル前後の速度で逃げる大竹車両を後方から同様の速度で追い上げ、大竹車両に対し、後方からパッシングを浴びせたりクラクションを鳴らしたりしたほか、被告人車両を急接近させたり、被告人車両を並進させたりしたというものである。また、被告人車両の車両総重量が大竹車両のそれに比べてかなり重いばかりか、長さは被告人車両がやや短いものの、幅、高さにおいても被告人車両の方が上回っているのである。以上のような、被告人の大竹に対する当初の直接的暴行と脅迫的言辞、被告人車両による追跡の態様、被告人車両の大きさ等の事実を総合すれば、被告人が被告人車両で大竹車両を追跡した行為は、被告人の運転操作の瞬時の遅れやわずかな狂いがあれば、大竹車両との追突、接触を惹起しかねないものであって、当初の直接的暴行等と相俟って、大竹を周章ろうばいさせるに十分なものであり、大竹に運転を誤らせるなどして、大竹や大竹車両の同乗者の負傷を伴う交通事故を引き起こす危険性が極めて高いものであったと認められる。そして、このような追跡行為は、それ自体大竹車両の乗員の身体に向けられた不法な有形力の行使、すなわち暴行に当たると解するのが相当である。

したがって、原判決に所論のような法令適用の誤りがあるとはいえない。

(安廣文夫 松尾昭一 金谷暁)

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