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東京高等裁判所 平成12年(う)1665号 判決 2002年2月27日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は,被告人Aについては弁護人小池剛彦作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書,被告人Bについては弁護人村井正義作成の控訴趣意書(訂正後のもの),平成13年5月14日付及び同年8月1日付各控訴趣意補充書,並びに被告人Cについては弁護人宮崎好廣作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に,これらに対する答弁は検察官杉本一重作成の答弁書に,それぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。

そこで,各所論(当審における弁論を含む)にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。

第1事実誤認,法令適用の誤り等の論旨について(被告人C関係)

所論は,これらの点に関して,るる論じているが,要するに,株式会社D製作所(以下,D製作所という。)からE建設株式会社(以下,E建設という。)に対してなされた請負工事代金の前払は,原判決のように,これをE建設に対する実質的な融資と見るべきではなく,D製作所とE建設との事業提携に基づく工事案件持込みの見返りとしてなされたもので,双方にとって利益をもたらす合理的な経済的取引であるところ,E建設には本件当時各工事を完成させる能力があったから,損害の発生を問題とするならば,前払の時点ではなく,受注工事を完成できなかった時点であると見るべきであるし,現に,本件工事の一つである「Fランド改装工事」(以下,工事案件の名称については,「Fランド工事」というように,建築物の名称のみで略称する。)は予定通り完成されており,他の工事についても原判示のような重大な問題を抱えていたものではない,また,であるからこそ,被告人Cには,任務違背及び損害発生の認識はなかったのであるというのである。

そこで検討するに,なるほど,被告人Cは,当審公判廷においても,約42億円相当の受注物件を出した見返りを求めたものである旨供述をしており,本件各工事案件はいわゆる架空のものではなく,D製作所に形式的に計上される売上高としては所論のとおりであると認められる。しかし,原判示のように,本件各融資の当時,E建設はいつ倒産してもおかしくない状態にあり,E建設は融資が途絶えた時点で,工事を施工,完成できなくなるのは明らかであったから,このような会社に工事を施工し,完成する十分な能力があったといえないことも自明である。そうすると,何ら担保裏付けのない本件各前払金の支払は,E建設に対する実質的な融資と評価すべきであり,前払金の支払の時点で,いずれ回収困難に陥る可能性が極めて高かったから,被告人Aとしては,このような実質的に無担保融資に当たる前払金の支払を実行すべきではなかったのであり,損害もこの時点に発生したと見るべきである。よって,これに反する認定を前提とする所論はいずれも採用することができず,原判決には何ら事実の誤認及び法令適用の誤りは認められない。以下,若干,所論にかんがみ,必要な範囲で補足する。

まず,D製作所の側にもメリットがあったはずだとする所論について見るに,本件の各工事案件の内容については,原判決が「争点に対する判断」第二の一の2の(三)において説示するとおり,いずれも受注に関する問題を抱えた案件である上,当時のE建設の資金繰りの行き詰まった状況の下では,実際に契約を締結した場合でも,工事の完成が不可能になり,施主から代金の支払を受けることができなくなる可能性が高いというリスクを背負うことは明らかであるから,D製作所にとって所論のようなメリットがあるとはいえない。そして,平成6年5月までD製作所の代表取締役社長であったG(以下,G社長という。)の警察官調書(甲131)及び本件当時同社の総務部長代理であったH(以下,Hという。)の検察官調書(甲13)によれば,G社長は,被告人Aを全面的に信頼しており,原判示の前払に関する決裁についても,被告人Aの口頭での報告を信用してされたものであるところ,本件の発覚の契機となったのは,平成6年7月に密告書簡が届いたことであり,Hが当時の社長であるIの命を受けてE建設との取引関係につき調査した結果,初めて明るみに出たものであることからすると,E建設との提携の実態については,新規事業開始に関して社内で十分な議論を詰めた結果というよりは,被告人Aがほぼ独断で事を進め,被告人Bがその業績を社内でアピールしていただけにすぎないものと考えられる。

さらに,この工事案件の問題性については,原判決が「争点に対する判断」第二の一の2の(三)において説示するとおりであって,Fランド工事については,D製作所にとって有利とは言い難い複雑な契約をした上で何とか成約にこぎ着け,施工はされたものの,D製作所側としては,信用に不安のある長期の分割払債権を残す結果となっていること,Jビル工事及びKマンション工事については,いずれも成約はしたものの,着工が大幅に遅れ,結局いずれも工事の完成には至らず他の業者に施工してもらう結果となったこと,L駅前ビル工事の件については,当時地上げがまだ完了しておらず,入居者の明渡しもまだ済んでいないような場所であれば,着工の具体的な時期についてなど到底考えられる状態ではなかったことからすると,これらの問題が解決する前に請負代金の前払に踏み切るということは,D製作所側が一手にこれらの問題によるリスクを背負うということにほかならない。

次に,所論が強調する工事完成能力の点については,確かに所論のいうとおり,工賃延べ払いや一括上請負の方法などによって,工事を継続する方法を講じることができるうちは,個々の工事を完成させることも可能であるところ,被告人Cも当審において,E建設は倒産するまでの間にも現実に工事を完成させた物件がある旨所論にそう供述をしており,これにそう工事完成承認書(当審弁9,10)及びMビル新築工事提出書類一式(同弁11)の存在も認められるところである。しかし,原判決が「争点に対する判断」第二の一の2の(四)において説示するとおり,当時のE建設が工事を施工,完成するためには,将来更に同程度の融資を受けて自転車操業的に回転させていくほかはなく,この間に資金繰りの手段が底をつけば,E建設は直ちに倒産に追い込まれ,即時工事ができなくなる状況であったことも自明である。事実,本件に関する各工事案件中,工事の完成にまで至ったのはFランド工事のみであって,その他の工事については完成に至らなかったことは,このような危険が顕在化したものということができるのであって,当該期間中に一部施工され,完成した工事があったとしても,全体としてみれば,E建設に工事完成能力がなかったことには相違がない。

また,所論は,工事代金の前金払は,法的には建築請負契約において元請負業者が当然配慮すべき事柄である上,工事1回目の前金払がなされた経緯を見ても,それが通常の経済取引であることがうかがわれ,資金繰りのためだけのものであるとは認められないというが,所論が摘示する建設業法24条の3は,元請業者が代金を受領してから1か月以内にできるだけ早く下請業者に代金を支払わなければならない,という規定であり,同法41条2項は,都道府県知事等が,必要があれば特定建設業者に対し下請業者の賃金について立替払をすること等を勧告することができるという規定であって,これらの立法趣旨が元請業者の下請業者に対する保護にあるというのは所論のとおりとしても,D製作所と施主が正式の請負契約を締結する前に前払金を渡すことまで当然の配慮であるというのは行き過ぎである。原判決が「争点に対する判断」第二の一の2の(三)において説示するとおり,本件当時のE建設は,前払金のほぼ全額を手形決済や会社経費の支払に充てており,会社の資金繰りは自転車操業状態であって,底をつけば直ちに工事の施工もできなくなる状況にあった以上,D製作所の前払のリスクは大きいものであって,所論は採り得ない。また,原判決が「争点に対する判断」第二の一の1の(一)において説示するとおり,E建設が所論の1回目の前金払を受ける際には,メインバンクからの融資も断られる状況にあるなど,信用状況が極度に悪化しており,いつ倒産してもおかしくない状態であったもので,所論のように少なくとも初期の段階では通常の経済取引であったなどということは到底言い得る状況でなかったことが明らかであり,所論は理由がない。

最後に,被告人Cの認識の点については,原判決が「争点に対する判断」第二の三の1及び2で認定説示するとおり,被告人Cが当時のE建設の経営状態,ひいては工事施工能力を熟知しながら,被告人Aに融資を懇願し,同人が格別の資料の提出も求めず本件前払金の交付に踏み切っていることを承知している点や,原判示N株式会社(以下,Nという。)の融資時に発生した問題など,被告人Cが知っていた事項を総合考慮すると,被告人Cが被告人Aの任務違背及び損害発生に関する認識を欠いていたものとは到底考えられない。

本件各工事案件に関する請負契約の内実についてその全容を承知していたのは,前述のように,D製作所内部では被告人Aと被告人Bのみであって,G社長はじめその他の者は,被告人Aらの報告を信じて個々の支払に関する決裁に当たっていたものであり,本件に関する契約の全容をG社長が理解した上でのことであったとは認め難く,所論のようにE建設に対して請負代金の前払による実質的融資を行うという点まで含めて,D製作所全体の了解のもとでの取組であったなどということはできない。被告人Cが被告人Aに対し,G社長に対するあいさつを申し入れた点に関する所論については,原判決が「争点に対する判断」第二の三の5の(三)において判示するとおりであるし,そもそもG社長は,E建設との取引の内実についてはともかく,取引をしていること自体については承知しており,対外的な書類についてもG社長名での決裁が行われていたのであるから,被告人Cがあいさつに行こうとしたことは当然であるとしても,この事実は,被告人CがG社長も本件各工事案件に関する取引の全容を承知していると理解したということとは必ずしも直結しないものであって,所論は採り得ない。

その他所論が指摘する点を逐一検討しても,原判決に所論の事実誤認及び法令適用の誤りがあるとは考えられない。

なお,原判決には審判の請求を受けた事件について判決せず,又は審判の請求を受けない事件について判決した疑いがあり,ないしは訴因変更の手続を経ないで審判した点について訴訟手続の法令違反があるとの所論については,公訴事実記載の訴因と原判決が認定した「罪となるべき事実」は,いずれも被告人3名らが共謀の上,被告人Aが,D製作所とE建設との間で締結した前記各工事の請負代金を,その任務に背いて無保証で前金払をしたという行為について訴追し,認定判示したものであって,形式的にも内容的にもそごは認められないし,訴因変更の必要があるとも考えられない。原判決が「争点に対する判断」において説示する「実質的な融資」という点は,前記訴因及び「罪となるべき事実」において認定した前金払について,その本質はE建設に対する融資であると判示しているものにすぎず,いずれの所論も採用できない。また,所論は,被告人Cは身分のない共同正犯として起訴されたにもかかわらず,起訴状記載の罰条の項に,被告人Cに関して刑法65条1項,2項の記載が欠落しており,原審も罰条の追加の手続を促さなかったとして,原審の訴訟手続がずさんであると論難しているが,起訴状に同条項を記載する必要はないし,原審第2回公判において,検察官が,同条の適用がある旨釈明しており,原審の訴訟手続の法令違反が問題となる余地はない。

刑訴法335条2項の判断を逸脱した訴訟手続の法令違反があるとの所論については,特別背任罪における任務違背性の有無の判断は,構成要件要素の有無に関するものであって,所論のいう刑訴法335条2項の判断には該当せず,所論は前提を欠く。

第2量刑不当の論旨について(全被告人関係)

1  被告人Aの弁護人の所論は,原判決が,本件共犯者中被告人Aの責任を最も重いとしたのは皮相な判断であり,本件の主犯は被告人Cであり,被告人Bにも被告人Aと同等の責任があるから,被告人Aを共犯者中で最も重い懲役3年の実刑に処した原判決の量刑は重きに失し,刑の執行を猶予するのが相当である,というのである。

一方,被告人Cの弁護人の所論は,被告人Cは,E建設とD製作所との事業提携を積極的に進めたものにすぎず,決して被告人Aに私情で「不正融資」をしてくれるように働きかけたわけではなく,被告人AがD製作所の利害を検討した上で判断したものであるから,被告人Cが仮に有罪であるとしても,懲役2年6月の実刑は重きに失し,刑の執行を猶予するのが相当である,というのである。

さらに,被告人Bの弁護人の所論は,被告人Bは,被告人Aの命令に従って本件に関与したものにすぎない反面,被告人Cは被告人Aと意思を通じてすべての事情を承知しており,被告人Bが独自の行動を取ったとされる点についても,必ずしもそのようにはいえないから,被告人Bに対して,被告人Aよりわずか1年,被告人Cよりわずか半年短い懲役2年の実刑判決を下し,執行猶予の判決としなかった原判決は,被告人Bにとって不当に厳しく,量刑の均衡を失している,というのである。

そこで,本件各犯行全体に関する事情を検討した上で,所論にかんがみ,各被告人に対する原判決の量刑の当否について検討する。

2  本件は,前記のとおり,被告人らがE建設の役員らと共謀して,E建設の手形決済資金等を捻出するため,被告人Aが任務に背き,無担保で,前後4回にわたり,請負工事代金の前払金名下に,合計8億5000万円を超える融資を行って,D製作所に対し,同額の財産的損害を負わせたという事案である。

既に倒産の危機に瀕していたE建設に対し,D製作所が融資を行うということ自体が極めて異常な事態であること,手段方法が計画的であり,最初からD製作所に実害を及ぼす可能性の高いものであったこと,被害額が巨額であり,実際の損害額も多大であることについては,いずれも原判決が「量刑の理由」二の1において説示するとおりであって,本件は,罪質,犯行の態様及び結果のいずれにおいても,誠に重大であるといわなければならない。

被告人Cの弁護人の所論は,本件における被告人Aの任務違背は,請負工事代金の支払方法として前金払をした点にあるにもかかわらず,原判決は融資ととらえていることから,違法性の評価に大きな違いが出るところ,原判決はその評価を誤っている,というが,本件における前払の本質が融資であることは前述のとおりであって,所論は当を得ない。また,同所論は,E建設が手掛けた工事の出来形分を控除すれば,実質の損害額は原判決が判示するものより低い約6億3475万円となるし,D製作所が本件各工事について,元請業者としての経済的利益を得ている点もしん酌すべきであるというが,関係証拠によれば,D製作所は,E建設が完成できなかった工事について,別の業者に依頼するなどしていることから,未完成の工事についてE建設の出来形分を損害額から控除するのは相当ではないし,D製作所が実質的な経済的利益を得たものとは考えられないことについては前述のとおりであって,所論は採り得ない。

3  各被告人の量刑に関する所論

(1)  被告人Aについて

ア 被告人Aについては,原判決が「量刑の理由」三の1において説示するとおり,本件当時,D製作所の常務取締役として,同社の業務全般を統括掌理していたものであり,同社の資産確保に万全を期すべき任務を有していたにもかかわらず,その任に背き,倒産の危機に瀕していたE建設に巨額の融資を実行したものであって,まさに本件の主犯といわなければならず,その過程で代表取締役の実印を無断で押捺するなどの手段にも出ていることからすると,犯情はすこぶる悪質であるといわなければならない。

被告人Aの弁護人の所論は,被告人Aは被告人Cに欺罔された側面があり,実質的な主犯はCである,というが,本件は本質的にD製作所に対する任務違背という側面から罪責の軽重をとらえるべき事案であるところ,原判決も「量刑の理由」四の1において説示しているように,被告人Cの意図が被告人Aの弁護人の所論のようなものであったことが否定できないとしても,D製作所との関係では被告人Aの刑責が最も重いとしたのは相当と考えられる。

イ 被告人Aが本件犯行に及んだ動機について,原判決は,旧友である被告人Cの窮状を救うのみならず,被告人AがO邸工事の融資に関する不正行為の露見を防ぐという自己保身的な動機もあった旨認定しているところ,被告人Aの弁護人の所論は,原判決が認定の根拠とする同被告人の検察官調書(乙2)は,本件起訴直前の平成9年12月7日に,朝から深夜までの長時間にわたる取調べによって作成されたものであって,被告人Aとしては,「自己保身」というくだりは真意でないにもかかわらず,そのような供述記載となったのは,検察官が認めるよう強く迫ったためであり,実際は,当時,D製作所の新規事業開拓に腐心していたところ,旧友の被告人Cから窮状を訴えられ,平成6年4月,5月の窮状を乗り切れば,その後は手形を切っていないから,E建設の経営が正常化するとの説明を信じ,被告人Cを救うとともに,E建設との提携がD製作所の新規事業進出につながり,業績向上になるとの安易な考えがあったにすぎないものであって,原判決はこの点において量刑に関する事実の誤認がある,といい,一方,被告人Bの弁護人の所論は,被告人Aが本件に及んだ動機は,被告人Aが解雇されることを回避することにあったものであり,被告人AがE建設との業務提携を検討する際に資金繰りのシミュレーションをしたなどという供述はこじ付けであるし,原判決が説示するE建設の経営状況を見ると,被告人Aが被告人Cの言葉をまともに信用して騙されたというような状況ではなかったことは明らかである,という。

被告人Aが,本件各犯行に先立つ平成6年3月,E建設に対し,O邸工事の請負代金の前払として,原判示の発注書融資の方法を用いて4000万円を不正に融資したものであることについては争いのないところであるが,この時の前払金の額と本件各工事案件に関するE建設の前払金の額とでは格段に差があるものであることや,O邸の施主がD製作所の元従業員であることなどからして,仮にO邸の工事が完成できなかったとしても,被告人Aが自ら収拾することも不可能ではない程度のものであって,被告人Aがこの事実を隠蔽し,解雇を回避するなど自己保身を図ることを主たる目的として本件各犯行に及んだとする被告人Bの弁護人の所論には,やや飛躍があるように思われる。

ところで,被告人Aは,捜査段階から被告人Cに対する友情から本件各犯行に及んだことを一貫して供述しており,被告人Cの供述その他の証拠に照らしても,特にこれと矛盾する事情は見い出せない。被告人Bの弁護人の所論は,被告人Aは,被告人CがE建設の倒産後設立したP建設株式会社の副社長待遇として入社し,逮捕までの間月額50万円の給与を受けているなど,実質上リベートと認められる相当額の金員を受領している,というが,本件当時のE建設の経営状態にかんがみると,被告人Cが,本件当時から被告人Aを優遇する約束などをしていたというのも現実的ではないから,これらが本件の動機となったものとも考えにくい。一方,被告人Aは,被告人CからFランド工事等に関する前払金の相談を持ち込まれた際に,O邸の件が全く頭をかすめなかったわけではないと原審公判廷で供述しており,O邸の件が発覚することに対する懸念も全くなかったわけではないことを自認している。そうすると,被告人Aの検察官調書(乙2)の自己保身目的に関する供述は,被告人Aの前記懸念を強調して録取されたきらいがあるとしても,その内容が全く誤りであるとまではいえない。そして,原判決は,罪となるべき事実において,E建設の利益を図る第三者図利の目的を認定し,自己保身の自己図利の目的は認定していないし,量刑の理由で,この点に言及しているのも,前記のような意味での自己保身目的がなかったともいえないという程度のものと解することができるのであって,これが不当であるとまではいえない。

なお,被告人Aの弁護人の所論のいうD製作所の新規事業開拓につながり,業績向上になるという点については,前記第1で検討したとおり,当時のE建設の経営状況からして,客観的には極めて困難であることは自明であるにもかかわらず,被告人Aが自己の行動を合理化するため無理にそのような理屈を付けて自分を納得させていたにすぎないものであると考えられるから,到底採り得ないものである。

ウ そうすると,被告人Aは原審においてD製作所に300万円を弁償したほか(なお,被告人Bの弁護人の所論は,この300万円については被告人Cが負担したものであって,被告人Aに有利にしん酌することはできない,というが,D製作所との関係で被害弁償がされたという点においては,原判決が説示するとおり,被告人Aにとって酌むべき事情と解される。),原判決後,D製作所との間に,判決確定後,保釈保証金中から700万円を支払う旨の合意が成立し,その他終生毎月1万円ずつの支払を約して現実に支払を続けていること,当審においては基本的に事実関係を認めて反省の態度を示していることなど,所論の指摘する被告人Aのために酌むべき事情を考慮しても,本件の罪質,被害額,社会的影響等にかんがみると,同被告人を懲役3年に処した原判決の量刑は,誠にやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

(2)  被告人Bについて

ア 被告人Bについては,原判決が「量刑の理由」三の2において説示するとおり,D製作所の部長代理若しくは部長として,被告人Aの命令にちゅうちょなく従い,被告人Aの任務に違背することを十分認識しながら,実務的な手続のほとんどすべてを自ら積極的に行い,本件各融資を実現させているものであって,本件各犯行への関与の程度は深いものであると認められる。

被告人Bの弁護人の所論は,①被告人Bは,上司である被告人Aに恩義を感じており,本件に関する被告人Aの指示命令を受けた当初は,被告人B自身もD製作所の利益になる業務提携であるものと理解して,積極的に業務を進めていたものである,②被告人Bは,平成6年3月ころ,原判示Nの融資の件に関与したことから,被告人Aが任務に違背してE建設に融資をしようとしていたことを知り,同月のO邸工事にからむ融資の際には,罪悪感から被告人Cらに対し,これきりにしてほしい旨話し,その直後の同年4月に2億円の追加融資を求められた時には,被告人Bはいったん断った経緯があるなど,被告人Bとしては,E建設に対する資金繰り援助については縁を切りたいと思っていたが,被告人AがE建設をバックアップしていること等もあって,被告人Bの裁量のみではE建設に対する融資の援助を打ち切るか否かを決めかねる状況にあった,③当時のD製作所内部における被告人Aの権力は絶大であり,同被告人に逆らうことのできる実情ではなかった中で,被告人Bは異例の早さで部長代理から部長へ昇進した上,恩義のあるG社長から「被告人Aの指示によく従ってやってほしい」と言われ,被告人Aに協力せざるを得ない立場に置かれたが,これは被告人Aが硬軟両面からBの心境にゆさぶりを掛けた結果であった,④そのため,被告人Bは,被告人Aから指示されたとおり,E建設の資金繰りのために,ごく短期間に,多額な本件融資の実現を一手に引き受けざるを得ず,融資先の経理担当者や金融会社との交渉等,実務手続のほとんどすべてを自ら積極的に行っていたことは事実であるが,これは,被告人B自らが積極的に行動しなければ被告人Aから指示命令された本件各融資の実現が困難であったからにすぎない,⑤もっとも,Fランド工事やJビル工事に関する支払委託並びに弁済契約を原判示Q株式会社(以下,Qという。)との間で締結する際には,Qも被告人Aの意思を確認したり,G社長の実印を求めるなどしており,Qも被告人Aの存在がなければ本件各融資を行う意思はなかったものであるし,Fランド工事に関する転割賦金の支払方法については,Qの社員Rが提案したものである,という。

確かに,被告人Aが,本件当時D製作所内部で大きな権勢を振るい,G社長らの信頼も篤かったことからすると,部下である被告人Bの立場で被告人Aの命令に背くことは,閑職に回されるとか左遷というリスクを同時に負うことでもあったというのは首肯できないわけではないが,関係証拠から認められる被告人Bの行動は,融資の実現に向けて被告人Aから具体的に指示命令された以上に,E建設の担当者と折衝し,自分の主体的判断で工事案件の選定を行い,請負契約の成約に向けての条件を整えるための発案をするなど(R《甲39》及び被告人B《乙11》の検察官調書によれば,所論のFランド工事に関する転割賦金の支払方法については,被告人Bが原案を作成し,Rが問題点を修正して実現されたものであると認められる。),被告人Aの命令であればたとえ違法なことであろうとも,やるからには徹底してやるという姿勢がうかがわれるものであって,この点はやはり非難に値するものといわなければならない。なお,被告人Aの弁護人の所論は,被告人Bは,E建設から資金繰り一覧表を何度か提出させながら,被告人Aに報告せず自らの手元に隠匿し,E建設の持込み案件について平成6年3月から独自に調査しながら成約の可能性や施主からの入金予定について虚偽の報告をしてとりつくろい,被告人Aの判断を狂わせたものであって,被告人Aと被告人Bの罪責は同等である,という。しかし,被告人Aと被告人Cの親密な関係からすると,被告人Bが,被告人Aはすべて事情を承知の上で本件前払に踏み切ったものであると考えたことにも相当の理由があるというべきであって,被告人BがE建設の経営状況についてあえて被告人Aに秘匿していたとまで見ることはできず,この点は被告人Bの刑事責任を重くする事情とはならないというべきである。

イ 加えて,被告人Bは,E建設の弱い立場につけ込んで,D製作所が支払う前払金の一部を自分が管理するいわゆるB勘口座(E建設名義のS銀行T支店普通預金口座・口座番号*******。以下,B勘口座という。)に振り込ませたり,E建設からリベートを受け取るなど,被告人Aの意図しない不正行為まで行っていたものであって,その犯情が悪質であることについても,原判決が「量刑の理由」三の2において説示するとおりである。

① B勘口座に関する所論について

被告人Bの弁護人の所論は,B勘口座が開設された経緯は,E建設の役員U(以下,Uという。)から被告人Bに対し,E建設の主力銀行であるV銀行W支店が頼りにならないから,S銀行を紹介してほしいとの申入れがあり,平成6年3月18日,S銀行T支店のX支店長とUが話し合った結果,B勘口座が開設されることになったので,被告人Bは話合いの内容は知るよしもないし,被告人Bが預金通帳と銀行印をE建設から一時期預かったいきさつは,被告人Bが,当時E建設の資金の使途に疑問を抱いていたため,D製作所からの融資が本当にE建設の建築資金に使用されるかどうか確認すべきものと考えて,平成6年5月27日ころ,E建設の役員Y(以下,Yという。)に,B勘口座の預金通帳と銀行印を持参してもらい,預かったものである上,B勘口座の入金,出金の内訳については,所論のとおりすべて明らかであって,被告人BはE建設が弱い立場にあることを利用して,D製作所が支払う前払金の一部をB勘口座に振り込ませたなどという事実はなく,原判決の認定は誤りである,という。

しかし,Y及びUの原審各証言並びにUの検察官調書(甲54)によれば,平成6年3月に,Uは,O邸工事に関する融資の件で,被告人BからS銀行T支店のX支店長を紹介され,E建設がS銀行T支店に口座(いわゆるA口座)を開設し,O邸工事に関する融資金4000万円はこの口座に振り込まれたが,B勘口座は,これとは別に,被告人Bから当時E建設が販売することになっていたZ,L駅前などの分譲マンションのメンテナンス費用に充てるため,D製作所の利益金の一部を積み立てるために開設するよう言われて,同年4月18日に開設した,E建設の名義を使用することについても被告人Bの指示であった,被告人Cからは,このB勘口座は,E建設とは関係なく被告人Bの扱うものであるから,一切タッチするなと言われており,通帳と銀行印は,当初から,平成6年9月27日まで被告人Bが保管していた,というのであり,被告人Cも原審でこれにそう供述をしている。また,B勘口座の出入金の内訳を見ると,D製作所から振り込まれた金員は,平成6年5月27日に,d工事分とJビル工事分(差額)の売上仕切代金合計1億0958万2900円,及び,後述するe工事土地取得代金2億1300万3000円のみであることが認められる。一方,所論が主張する経緯については,被告人Bの原審及び当審におけるこれにそう供述はあるものの,これを裏付けるに足りる証拠は,当審で取り調べた被告人B作成の陳述書(当審弁6)を含む関係証拠中にも見い出すことができない。むしろ,所論のような経緯があるのであれば,E建設が同一の銀行の支店に相前後して2つの口座を開設するというのは不可解であるし,所論のように,被告人Bが通帳と銀行印を預かっていた理由がD製作所からの前払金の使途を確認するためであるのであれば,D製作所からの前払金のごく一部のみをB勘口座に振り込ませる扱いとしたのも不可解である。もっとも,Qに支払委託をした分については,E建設のメインバンクであるV銀行W支店の口座に振り込む扱いとするのも首肯できないわけではないが,たとえば原判示第三のL駅前ビル工事に関する前払金のような,D製作所が直接にE建設に振り込む扱いとしている金員についてはなぜB勘口座に振り込む扱いにしていないか説明が付かない。そうすると,所論の主張は裏付けを欠くものであって,B勘口座は被告人Bの主導で開設されたものであるとした原判決の説示は相当であるといえる。

なお,B勘口座の支出の内訳を見ると,後述する株式会社f(以下,fという。)関連の支出と認められるものが大半であるので,次いでfに関する所論につき検討する。

② fに関する所論について

原判決は,被告人Bとfとの関連について直接判示するところはないが,被告人Aの弁護人の所論は,被告人Bが被告人Aに無断で,fを設立して,前記B勘口座の資金をfに流用した,というのであり,一方,被告人Bの弁護人の所論は,fは被告人Cの主導と采配によって,e工事の案件処理を契機として作られたE建設の子会社であり,被告人B,E建設の副社長格の人物であるといわれたg(以下,gという。)及びYらが役員になっているほか,監査役として被告人Cが就任しているものであって,被告人BがB勘口座の資金を個人流用したり,gと図って不正な利益を得たような事実はない,e工事の件については,当時,神戸の不動産会社が計画していたマンションの建設についてE建設が請け負うことを拒否され,平成6年4月,5月の手形を落とす前払金を捻出するための案件が枯渇し,新たな案件を探す必要に迫られていたところへ,g及びYから被告人Bに対し持ち込まれたマンション建設工事の案件であり,E建設が下請となる関係からE建設自身が施主となることはできないので,gが代表取締役となっている休眠会社を利用してfを立ち上げることになったものである,その後マンションの販売保証をする会社も見つかったため,被告人Aに依頼してマンションの敷地となる土地を購入するための資金2億2660万円をB勘口座に入金してもらったが,同年6月下旬になって,販売保証会社が突然断ってきたためとん挫したものである,E建設は,D製作所から出金された金を手形決済の資金繰りに使用したものであるが,被告人Bは知らなかった,被告人Bは,被告人Aから,E建設は平成6年6月以降,手形は発行していないから,6月からは大丈夫だと言われて4月,5月の資金繰りを指示命令されたが,中小の建設業者にありがちな一時的な資金悪化で6月からは大丈夫との言葉を信じており,fにおいてgやYと一緒に他の案件探しに取り組んだのは,4月,5月の資金繰りの対象となる案件が枯渇していたためであるから,非難されるのは失当である,というのである。

当審において取り調べられた被告人Bの陳述書(当審弁6)に添付された各資料中には,所論にそう証拠も存在するものであり,e工事の件については,当初から架空の案件だったわけではなく,所論のような経緯で実現できなくなった案件であったこと自体を否定することはできない。しかし,前記のとおり,B勘口座を立ち上げた経緯が,被告人Bの主導と思惑によるものと認められることからすれば,B勘口座にeに関連する金員が振り込まれ,これがf関係の支出に充てられたことについても,被告人Bの意思が働いていたものと推測するに難くない。

被告人Bの弁護人の所論は,これらの資金は結局E建設の資金繰りに利用されたものであるが,これは被告人Bの預かり知らないところであって,被告人B自身がB勘口座を利用して不正な利益を得たなどということはないという趣旨と解されるところ,関係証拠に照らしても,B勘口座を通じての出入金の最終的な使途は必ずしも明確ではないものの,当口座が利用されていた期間内にここから被告人B個人に流れた金員があったとまで認定することはできない。しかし,前記の経緯からすると,f設立に被告人Bが関わり,役員に名を連ね,その活動資金としてB勘口座にD製作所から入金された金員が利用されたというのは,被告人Aの思惑とは異なる被告人Bの独自の行動であることは否定できず,一方で,fの運営に関して,被告人CはじめE建設側がすべての采配を振るっていたものでもなく,少なくとも資金源となる口座は被告人Bが実質的に支配していたことがうかがえるものである。そして,これは,被告人Bが,単なる被告人Aの下働き的存在として,命じられたことのみをこなしていたというよりは,独自の立場で本件に深く関与していたことをうかがわせる一事情であることに変わりはないというべきであるから,結局,所論は当を得ない。

③ リベートに関する所論について

被告人Bの弁護人の所論は,被告人Bが,E建設からリベートを受け取ったこと自体は弁明の余地がなく,深く反省しているが,その内訳を見ると,営業活動資金等に充てた分も多く,E建設から受け取った280万円のすべてがリベートに当たるわけではないし,被告人B側からリベートを請求したことはない,という。しかし,原判決は,リベートの内訳や額について判示しているわけではなく,被告人Bの立場でリベートを受け取る行為そのものが芳しくない上,被告人Aに命じられて不本意ながら本件各犯行に加担したという被告人Bの供述と相反するものであると説示しているのであるから,所論の指摘は当を得ない。

ウ 以上の点を考慮すると,被告人Bについても,犯情は相当悪質なものであって,刑事責任を軽視することはできない。

そうすると,被告人Bは,基本的には被告人Aの指示命令に従って行動したものであること,事実関係については認めて反省の態度を示していること,原審当時は父親の反対のため被害弁償ができなかったものの,当審において,父親の死亡により遺産の中から300万円を支払い,保釈保証金中の父親が立て替えた1500万円については,本件終了後,D製作所に対する被害弁償として支払う旨の合意書を取り交わすに至ったこと,本件によってD製作所から懲戒解雇され,退職金の支給が受けられなくなったこと,長期間にわたる取調べ及び身柄拘束を余儀なくされたことなど,所論の指摘する被告人Bのために酌むべき事情を考慮しても,同被告人の刑事責任は,被告人A及び同Cよりは軽いものではあるが,なお刑の執行を猶予するのが相当であるものとは認められず,被告人Bを懲役2年に処した原判決の量刑は,誠にやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

(3)  被告人Cについて

ア 被告人Cについては,原判決が「量刑の理由」三の3において説示するとおり,E建設の経営状態を熟知していながら,自らが経営するE建設のために巨額の不正融資を引き出したものである上,虚偽の事実を申告して被告人Aを本件犯行に踏み切らせたものであって,犯情は甚だ悪質であるというべきである。

イ 被告人Cの弁護人の所論は,被告人Cは,被告人Aに不正融資を依頼するつもりはなく,本件各犯行の誘発責任と言われても困惑するばかりであるし,被告人Aに虚偽の事実を回答したのは事実であるが,被告人Aの決断はD製作所の利害を検討した上でのものであって,被告人Cの回答が前金払の判断に影響したとは考えられないとし,一方,被告人Aの弁護人の所論は,前記のとおり,本件は被告人Cの欺罔に端を発したものであり,被告人Cが本件でのすべての利益を得てE建設の延命を図ったものであることからすると,主犯はCであるというのである。しかし,被告人Cの立場は,E建設を救うため被告人Aに懇願してD製作所との事業提携の形を取りつつ実質的な融資を得ようとしたものであり,被告人Aがどう対応するかは確かに被告人A側の問題ではあろうが,不正な手段によらなければこのような方法が不可能であることは明白である。その上であえて被告人Aの判断を誤らせるような虚偽の事実を伝えて,実質的な利益を得た被告人Cの責任は,D製作所との関係では被告人Aに比して間接的なものではあるが,やはり重大なものであるといえる。

ウ 以上の点を考慮すると,被告人Cについても,犯情は悪質なものであって,その刑事責任は相応に重大である。

そうすると,被告人Cは,D製作所に対し,平成6年10月の時点で,E建設の工事出来形との精算後の前受金残額を債務として承認し,個人として弁済に努める旨誓約し,平成7年1月,被告人Aを介して100万円を,平成9年7月,本社物件売却時に120万円を,平成12年10月,競売に付されていた土地,建物を任意売却する際,登記抹消料として50万円をそれぞれ支払った上,平成12年10月17日,被告人Cの保釈保証金の中から1000万円を被害弁償に充て,平成13年1月から終生月額5万円を支払う旨の合意書が作成されたことなど,所論の指摘する被告人Cのために酌むべき事情を考慮しても,同被告人の刑事責任は,被告人Aよりは間接的である点で軽減されるべきではあるが,なお刑の執行を猶予するのが相当であるとは認められず,被告人Cを懲役2年6月に処した原判決の量刑は,誠にやむを得ないものであって,これが重過ぎて不当であるとはいえない。

量刑不当の論旨はいずれも理由がない。

よって,刑訴法396条により本件各控訴をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田國男 裁判官 八木正一 裁判官 田邊三保子)

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