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東京高等裁判所 平成12年(う)852号 判決 2000年8月28日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してある覚せい剤一個(当庁平成一二年押第二一一号の1)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、東京地方検察庁検察官上田廣一が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人野村禮史が提出した答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一控訴趣意に対する判断

論旨は、法令適用誤りの主張であって、被告人の本件覚せい剤所持罪は、確定裁判を経た軽犯罪法一条二号違反の罪(とび口の隠し携帯)とは、所持・携帯(以下「所持等」ともいう。)の態様、所持等に至る経緯、所持等の目的、所持等の対象物の性質がいずれも異なり、刑法五四条一項前段にいう「一個の行為」によるものと見ることはできず、併合罪の関係にあるから、右二個の罪が観念的競合の関係にあるとして、本件覚せい剤所持の公訴事実について被告人を免訴した原判決は、右の点に関する法令の解釈、適用を誤ったものであって、破棄を免れない、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。

一1  記録によれば、被告人は、平成一一年一一月一八日、「被告人は、みだりに、平成一一年七月二四日、東京都新宿区a町b丁目c番d号先路上に駐車中の普通乗用自動車内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパン〇・〇一〇グラムを含有する水溶液を所持したものである。」との本件公訴事実で起訴されたものであるが、これより先、平成一一年一〇月二五日、「正当な理由がないのに、同年七月二四日午後一〇時五分ころ、前記場所において、人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具である長さ約四七センチメートルのとび口一本を、自己が運転する前記自動車内の助手席床に隠して携帯していたものである」旨の軽犯罪法一条二号違反の罪により、略式命令を請求され、同月二九日、東京簡易裁判所において、科料九〇〇〇円に処する旨の略式命令を受け、同裁判は、同年一一月一七日確定したことが明らかである。

2  原審で取り調べられた関係証拠のほか、当審で取り調べた根本泰の検察官調書(検二七号証)、捜査報告書(検二八号証)によれば、本件覚せい剤ととび口が発見された際の事実関係は、以下のとおりと認められる。

警視庁第二自動車警ら隊所属の警察官らは、平成一一年七月二四日午後九時四五分ころ、駐車禁止場所である東京都新宿区a町b丁目c番d号先路上に普通乗用自動車が止まっていたところから、同車運転席にいた被告人に職務質問をし、被告人の承諾を得て同車内を検索しようとしたところ、被告人が助手席シート上に置いてあったセカンドバッグから丸めたティッシュペーパーを左手で取り出して運転席シートと背もたれの隙間方向に押しやろうとしたのを現認し、被告人からそのティッシュペーパーを受け取り、同日午後九時五〇分ころ、その中に包まれていたビニール容器に入った水溶液の状態の本件覚せい剤を発見した。同警察官らは、その後更に車内を検索したところ、同日午後一〇時五分ころ、同車助手席足元の床上の運転席との境目に沿うようにして、隠匿されていた本件とび口を発見した。

二  右のような事実及び経過が認められるところ、原判決は、本件覚せい剤の所持ととび口の携帯とは「一個の行為」であるとし、その根拠として、被告人が、本件当日、前記車両に乗り込んでから職務質問を受けるまでの間、右所持等の日時が重なっていること、右覚せい剤ととび口は、同一車両内の極めて近接した場所に置かれていたこと、被告人は、右覚せい剤ととび口を前記車両内に積み込んだ上、いつでも持ち出せるように運転席から容易に手の届く位置に隠し置いて携帯していたこと、以上から、本件覚せい剤ととび口の所持等の形態が極めて近似すること、そして、右覚せい剤ととび口は、前記のように警察官から相次いで発見されているから、右各発見に至るまでの所持等は一連かつ一体のものと認められることを挙げている。

三  原判決も指摘しているように、本件覚せい剤ととび口は、同一の時間帯(関係証拠によれば、被告人は本件当日午後七時ころ本件覚せい剤の入った前記セカンドバッグを前記車両内に持ち込んだことが認められるから、右覚せい剤ととび口は約三時間同車内に置かれていたことになる。)に、自動車内という狭い空間の近接した場所に置かれていたことが認められ、その所持と携帯は、行為態様が近似しているということができる。しかし、覚せい剤ととび口とは、物としての種類、性質を異にし、社会的な用途や効用も異なるものであること、そして、被告人の供述するところによれば、本件覚せい剤は、平成一一年六月下旬ころ、セックスの快感を高めるものと言われて無償で入手し、機会があれば使用しようと思って前記セカンドバッグに入れて持ち歩き、本件当日午後七時ころ、交際相手の女性に会いに行くため前記車両に乗った際に、これを車内に持ち込み助手席に置いていたものであり、とび口は、約二〇年前に友人からもらい、本件の二週間ほど前から護身用として同車の前記場所に置いていたというのであるから、右覚せい剤ととび口とは、所持あるいは携帯の目的が異なる上、本件車内に持ち込まれた時期や右車両に持ち込まれるまでの所持等の態様も異なっていたことからしても、原判決の説示するように、右車両内における所持及び携帯を「一連かつ一体のもの」と認めることはできず、例えば、同じ車内でも、コンソールボックスやダッシュボードに入れ、あるいは袋やバッグの中に一緒に入れられていたというような場合とは異なり、所持あるいは携帯の形態が異なり(原判決も「存在形態」が違うとしている。)、態様を異にするものと見るべきである。すなわち、本件覚せい剤の所持ととび口の携帯とは、たまたま同じ時間帯に、同じ自動車内の近接した場所に置かれていたものではあっても、行為としては、形態が違い態様を異にするもので、一個の行為とはいえないのであって、所論指摘の最高裁判所大法廷昭和四九年五月二九日判決・刑集二八巻四号一一四頁の判示する自然的観察の下において、社会通念上別個のものと観念される行為が、それぞれ独立して、いわば同時的に存在した状態にあったものと認めるのが相当である。原判決が指摘する、本件覚せい剤所持について、本件とび口の隠し携帯と同時に審判することに支障があったことをうかがわせる状況が存在しないことも、右結論を左右するものとはいえない。

したがって、本件覚せい剤の所持罪ととび口の隠し携帯の罪とは、刑法四五条の併合罪の関係にあるものというべきであるのに、これを同法五四条一項前段の「一個の行為が二個以上の罪名に触れ」る場合に当たるとした原判決は、右規定の解釈適用を誤ったものというべきであって、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。原判決は右の点で破棄を免れない。

論旨は、理由がある。

第二破棄自判

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄する。そして、記録に徴すると、原審においては、第一回公判で被告人は本件公訴事実を全面的に認め、本件の罪体に関する証拠調べはもとより情状に関する証人尋問や被告人質問も終えるなど審理を遂げた上で、原判決は、被告人を免訴したもので、判文中には本件公訴事実と同旨で、より詳細な事実を認定判示している。さらに、当審も、検察官から請求された本件の現認警察官の検察官調書その他の関係証拠や弁護人から請求された本件の罪体に関する被告人質問も行っている。このような原審以降の証拠調べを含む審理状況や原判決の内容に照らすと、当審において、被告事件について原審へ差し戻すことなく直ちに自判することは、可能かつ相当であると認められる。そこで、同法四〇〇条ただし書により被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

前記公訴事実中の「塩酸フェニルメチルアミノプロパン〇・〇一〇グラム」の次に「(当庁平成一二年押第二一一号の1はその鑑定残量)」を加えるほかは右公訴事実と同旨である。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年二月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中三〇日を右刑に算入し、後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、主文掲記の覚せい剤は、右犯行に係る覚せい剤で被告人が所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文により没収し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。

なお、原審弁護人は、本件覚せい剤所持の罪と確定裁判を経た前記軽犯罪法違反の罪とは観念的競合の関係にあるとの前提で、検察官が右軽犯罪法違反の罪と同時に処断すべきであった本件について公訴を提起しなかったことは、検察官が本件の公訴権を放棄したか、公訴権は既に消滅しているというべきであると主張する。しかし、右主張は、これまで説明してきたところから明らかなとおり、その前提において失当である。

(量刑の理由)

本件は覚せい剤所持の事案である。

被告人は、水溶液の状態の覚せい剤を所持したものであって、犯行に至る経緯、犯行動機、態様に酌むべき点がないこと、被告人は、暴力団に所属したことがあって、前記確定裁判以外にも、執行猶予付きの懲役前科一犯、罰金前科三犯を有していて遵法精神の乏しさがうかがわれること、覚せい剤所持罪の罪質等を考慮すると、被告人の刑事責任を軽視することはできない。

他方、本件覚せい剤は少量であること、被告人は、本件を認めて被告人なりの反省の情を示していて、これまで同種前科はなく、前記前科もいずれも昭和六一年以前のものであること、友人が原審で被告人の監督を誓っていることなど被告人のためにしん酌できる情状も認められる。

そこで、以上の諸情状を総合考慮して主文の量刑を相当と判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 植村立郎 裁判官 田邊三保子)

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