東京高等裁判所 平成12年(ネ)1207号 判決
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人は被控訴人横山藤子に対して五五三万一五〇一円、同横山知行に対して四七九万三四二四円、その余の被控訴人らに対して各三四七万三四二四円及びこれらに対する平成九年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 その余の本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人らの控訴人に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
本件控訴を棄却する。
第二事案の概要
本件の事案の概要は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決書五頁一行目末尾に「(昭和七年九月二五日生 事故当時六四歳)」を加え、同六頁一〇行目の「(一)」及び同頁一一行目冒頭から七頁四行目までをいずれも削り、同八頁一一行目末尾に「費控除×七・二七八二(就労可能年数までの新ホフ」を加える。
二 当審における控訴人の主張(なお、損害に関する被控訴人らの主張は、原判決「事実及び理由」中の第二の一の3、5、二に記載されたとおりである。)
1 逸失利益
(一) 農業収入喪失による損害
(1) 農林水産省経済局統計情報部経営統計課「農業経済調査報告」(甲八)によると平成七年度の農業所得は平均で一四四万二〇〇〇円とされているが、この場合の平均経営耕地面積は一七〇アールであり、就業者数は平均一・一三人である。他方、横山清一(以下「清一」という。)の経営耕地面積は六五・二二アール(田三五・一九アール、畑三〇・〇三アール)であるから、右農業所得から清一の年間農業所得を推認するためには、経営耕地面積の比率及び同人の寄与率を考慮する必要があり、これを考慮すれば清一の年間農業収入は次の算式によって四八万九五七五円となる。
一四四万二〇〇〇円×六五・二二アール÷一七〇アール÷一・一三=(約)四八万九五七五円
(2) 清一の生活費控除率三五パーセント、就労可能年数九年間のライプニッツ係数七・一〇七八をもとに、農業収入に係る逸失利益を算定すると次のとおり二二六万一八七一円となる。
四八万九五七五円×(一-〇・三五)×七・一〇七八=二二六万一八七一円
(二) 農業委員報酬喪失による逸失利益
農業委員報酬についても清一の生活費は控除されるべきであり、生活費控除率を三五パーセントとすると次のとおり一七万九四〇〇円である。
二七万六〇〇〇円×(一-〇・三五)=一七万九四〇〇円
(三) 年金受給権喪失による逸失利益 七二三万九〇九七円
清一が七九歳までに受けるはずであった老齢厚生年金・共済年金の額は別紙「年金逸失利益」と題する表の「老齢厚生年金共済年金A」欄記載のとおりであり、年金収入に占める清一の生活費の割合は七〇パーセントが相当であるから、これを前提として清一の年金受給権喪失による逸失利益を計算すると、右計算書「年金現価」欄の「合計」欄記載のとおり七二三万九〇九七円となる。
2 被控訴人横山藤子(以下「被控訴人藤子」という。)に関する損益相殺について
年金受給権者が不法行為によって死亡した場合において、相続人のうちに受給権者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきであり、被控訴人藤子が支給を受ける遺族厚生年金は被控訴人藤子が相続する清一の逸失利益から控除することが相当である。そして、被控訴人藤子が配偶者として五九歳から七四歳までの間に支給を受ける見込みの遺族厚生年金は、別紙「年金逸失利益」と題する表の「遺族厚生年金E」欄のとおり、合計一九三三万〇一六七円であり、同被控訴人が平成九年五月から平成一二年五月までに支給を受けた遺族厚生年金の額は四二六万二八五〇円であるから、これらを同被控訴人が相続する清一の逸失利益相当の損害金から控除すると、同被控訴人が相続する清一の逸失利益相当の損害金は存在しないこととなる。
3 なお、控訴人は、治療費三万〇四五〇円と診断書代九四五〇円を支払った。
三 控訴人の主張に対する被控訴人らの反論
1 逸失利益について
(一) 清一は、昭和五九年から平成八年までの間にトラクター、耕耘機など多種類の高額な農耕用機械七台(代金合計五九九万円)を購入して農業に従事していたものであり、確定申告はしていなかったが野菜類に関しては無人販売をして相当の収益を上げている。なお、現実の収入が賃金センサスの平均値以下の場合であっても、平均賃金を得られる蓋然性があれば死亡による逸失利益は平均賃金を基礎として算定されるべきものとされている。これらの事情を考慮すれば、平成七年度の農家全国一戸当たりの年間農業収入を清一の経営耕地面積や同人の寄与率に応じて減額すべきだとする控訴人の主張は失当である。
(二) 農業委員の報酬について
清一の農業委員の残任期は一〇か月であり、その報酬も一か月二万七六〇〇円と極めて低額であるから、その支給総額からあえて生活費を控除する必要はない。
(三) 年金受給権喪失による逸失利益について
(1) 控訴人は原審において年金受給権喪失による逸失利益が一七四四万五四八一円であることを認めているところ、当審においてこれを撤回するに至ったものであるが、このような認否の撤回は著しく時機に後れたものというべきであり、かつ、禁反言に違反するものであって許されない。
(2) 年金収入に関して清一の生活費として控除すべき割合はせいぜい三五パーセントである。
2 被控訴人藤子に関する損益相殺について
被控訴人藤子について損益相殺が許されるのは、同被控訴人が既に支給を受けた遺族年金の金額に口頭弁論終結時において支給を受けることが確定していた月の分までの合計金額であり、控訴人が主張するように支給予想総額分が損益相殺の対象となるものではない。なお、被控訴人藤子の場合は既支給額は平成九年五月分から平成一二年五月分までの合計四二六万二八五〇円である。
第三証拠関係
証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人らの請求のうち、被控訴人藤子に対して五五三万一五〇一円、同横山知行に対して四七九万三四二四円、その余の被控訴人らに対して各三四七万三四二四円及びこれらに対する平成九年四月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める部分は認容すべきであるが、その余は棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおり付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決書一三頁八行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。
「他方、控訴人は、清一の農業収入は、農業経営統計調査による平成七年度の販売農家の農業所得の平均と同額とするのは不当であって、当該平均所得にかかる農家の平均経営耕地面積及び就業人数と清一の耕地面積等とを比較して、その比率による減額をすべきであり、これによれば清一の農業所得は年間四八万九五七五円と推定すべきである旨を主張している。しかし、被控訴人藤子は無人販売所における野菜の売上額は一か月当たり二〇万円に満たない額であることを供述しているところ、右供述が真実に反することを窺わせる証拠はなく、前述のとおり清一が高価な農機具を断続的に買い増してきていること(原判決「事実及び理由」第三の一の1の(一))、弁論の全趣旨によれば清一が勤務先を退職した当時被控訴人横山秀夫は京都に下宿する大学生であってその扶養のためにもかなりの額の出費がされたと推認できること等を考え併せれば、清一の農業所得を控訴人主張のような低額のものであったとすることはできず、控訴人の主張は失当である。」
二 同一五頁一行目の「農業委員報酬」から同頁二行目末尾までを「これによって得られる報酬の総額は二七万六〇〇〇円となり、その逸失利益は清一の生活費として三五パーセントを控除した一七万九四〇〇円と認めるのが相当である。」に改め、その次に行を改めて次のとおり加える。
「3 年金受給権喪失による逸失利益
(一) 清一が本件事故当時受給していた年金額が年間二三二万六五〇〇円であることは当事者間に争いがないが、乙二には右年金中には二五万九三〇〇円の加給年金部分が含まれ被控訴人藤子が年金受給年齢に達する平成一四年には右部分が減額されて清一の年金受給額が年二〇六万七二〇〇円となることが記載されており、控訴人は清一の年金中には加給年金が含まれていないことを認めてはいるものの、別紙「年金逸失利益」と題する表では乙二と同様な年金額の減額のあることを前提とする計算を行っている。
しかし、甲二〇によれば清一が退職年金の受給資格を取得したのは昭和六〇年四月五日のことであって、当時清一が勤務していたNTTの職員に適用されていた国家公務員共済組合法は、加給年金制度を盛り込んだ昭和六〇年法律第一〇五号による改正前のものであり、清一の年金の中には加給年金は含まれておらず、その受給がなくなることによる減額も予定されていないものである。すなわち、清一は、本件事故がなければ、平均余命までの間年額二三二万六五〇〇円の退職年金を受給し続けていた蓋然性が高い。
(二) 次に、控訴人は、清一の年金受給権喪失による逸失利益を計算するに際して清一の生活費の控除割合は七〇パーセントが相当である旨を主張するが、右主張は清一の農業収入が年間四八万九五七五円と低額であることを前提としたものである。しかし、その前提自体失当であることは先に認定したとおりであって、清一の家族構成、生活状態、年齢などに加え、前記認定のとおり年間一四四万二〇〇〇円の農業収入を得ていたと推認されること、収穫した農作物は自家消費にも充てられていたことなどにかんがみれば、年金受給権を喪失したことによる逸失利益を算定するに際して控除すべき清一の生活費の割合は三五パーセントとすることが相当である。もっとも、清一が農業を続けるには年齢的な限界があるというべきであり、これを続けることができる年限は平均余命の約半分の九年程度と推定されるから、その以後の収入は年金だけとなり、これに占める清一の生活費の割合は六〇パーセントとするのが相当である。
(三) 以上を前提に年金受給権喪失による清一の逸失利益を計算すると、別紙年金逸失利益計算書のとおり、一六〇七万九〇〇八円となる。
なお、被控訴人らは、控訴人が原審において年金に係る逸失利益の額が一七四四万五四八一円であることを認めていたにもかかわらず当審に至ってこれを撤回したことが、著しく時機に後れ、また禁反言の法理に違反すると主張するが、本件の審理経過を勘案すれば、右のような認否の撤回が時機に後れたものとはいえず、また、禁反言の法理に違反するともいえない。」
三 原判決書一五頁七行目冒頭から一六頁七行目末尾までを以下のとおり改める。
「三 相続と損害のてん補及び損益相殺
1 以上によれば、清一が本件事故によって被った損害の額は合計四八九六万〇四四八円となり、このうち被控訴人藤子が二分の一を、その余の被控訴人らがそれぞれ六分の一を相続することとなる。
2 被控訴人藤子に関する損益相殺について
退職年金を受給していた者が不法行為によって死亡した場合、相続人は被害者がその平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として賠償を求めることができるが、相続人のうちに退職年金の受給者の死亡を原因として遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきである。
これを本件についてみてみると、被控訴人藤子は、清一の死亡により遺族厚生年金の受給資格を取得し、平成九年五月以後平成一二年五月までに合計四二六万二八五〇円の年金の支給を受けたことは当事者間に争いがない。ところで、厚生年金保険法三六条によると、年金の支給は、年金を支給すべき事由が生じた月の翌月から始め、権利が消滅した月で終るものとされ(一項)、毎年二月、四月、六月、八月、一〇月及び一二月において、それぞれの前月までの分を支払うものとされている(三項)から、本件の口頭弁論が終結した平成一二年六月五日現在において、被控訴人藤子が最後に支給を受けたのは同年四月であり、その際支給されたのは同年二月、三月分であったものと推定される。そして、前記の厚生年金保険法の規定からすれば、右口頭弁論終結時点においては平成一二年五月、六月分合計三八万七七五〇円の支給も確定していたこととなる。そうすると、被控訴人藤子が相続する清一の逸失利益の額から、右支払及び確定に係る遺族厚生年金額合計四六五万〇六〇〇円を控除すべきである。
なお、控訴人は、被控訴人藤子が将来にわたって受給する遺族厚生年金の額についても損益相殺の見地から減額すべきであると主張するようであるが、損益相殺的な調整を行うことができるのは、不法行為と同一の原因によって取得された債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られるところ、遺族厚生年金には一定の支給停止事由があり、また婚姻や死亡等の失権事由があってその存続自体に不確実性を伴うものであるから、遺族厚生年金の受給資格があるというだけでは、支給が確定していない将来の年金を損益相殺的な調整に供することはできないものといわなければならない。
3 損害のてん補
被控訴人らが合計三〇〇〇万九四五〇円の損害のてん補を受けたことは当事者間に争いがない。控訴人は、その他に三万〇四五〇円を治療費として支払っている旨を主張しているところ、被控訴人はこれを争うことを明らかにしていないので、右支払の事実はこれを自白したものとみなす。したがって、以上合計三〇〇三万九九〇〇円につき、これを相続割合によって被控訴人らが相続した損害賠償請求権の額から控除すべきである。
4 損害のてん補による充当と損益相殺的な調整の順序
損害のてん補による損害の充当は総損害に対して行われるのに対して、遺族厚生年金の受給等による損益相殺的な調整は逸失利益に対してのみ行われるべきものであるから、どちらを先に損害額から差し引き計算するかによって遺族厚生年金を受給している相続人の有する損害賠償額が異なる場合が生じ得る。遺族厚生年金の受給などによる損益相殺的な調整に供する額は時の経過によって漸次増額する性質のものであるのに対して、損害のてん補は本来不法行為後できるだけ速やかに行われるべき性質のものであることを考えれば、まずてん補された損害額を逸失利益の額とその他の損害額の割合に応じて按分して逸失利益の額に充当した上、その残額について遺族厚生年金の受給による損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。
被控訴人藤子が相続した逸失利益による損害賠償額は二二九二万〇五四八円の二分の一の一一四六万〇二七四円であるから、これからてん補された損害額三〇〇三万九九〇〇円のうちの被控訴人藤子の逸失利益に充当されるものとして算定される七〇三万一五〇二円(計算式は以下のとおりである。)を差し引き、その残額(四四二万八七七二円)の限度で遺族厚生年金からの受給分(本件では四六五万〇六〇〇円)に関する損益相殺的な調整を行うこととなる。この結果、被控訴人藤子が有する損害賠償請求権の額は五〇三万一五〇一円となり、その余の被控訴人はいずれも三一五万三四二四円の損害賠償請求権を有していることとなる(なお、被控訴人らに関する損害額については別紙損害額計算書参照。)。
(てん補された損害額のうち藤子が相続する逸失利益に充当されるべき額の計算式)
三〇〇三万九九〇〇円(損害てん補額)÷二×二二九二万〇五四八円(清一の逸失利益額)÷四八九六万〇四四八円(清一の全損害額)」
四 原判決書一七頁七行目の「原告横山藤子に」から九行目末尾までを次のとおり改める。
「被控訴人藤子について五〇万円、同知行について四四万円、その余の被控訴人についていずれも三二万円が相当である。」
第五結論
以上によれば、被控訴人らの請求は、控訴人に対し被控訴人藤子は五五三万一五〇一円、同横山知行は四七九万三四二四円、その余の被控訴人らはいずれも三四七万三四二四円及び右各金員に対する本件事故の日である平成九年四月一九日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべきである。よって、これと異なる原判決を変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 笠井勝彦 裁判官 田川直之)