大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(ネ)159号 判決 2000年12月14日

控訴人(被告)

興研株式会社

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

河合弘之

清水三七雄

町田弘香

木下直樹

松井清隆

泊昌之

松村昌人

蓮見和也

松尾慎祐

上田直樹

久保健一郎

右補佐人弁理士

【B】

【C】

被控訴人(原告)

【D】

右訴訟代理人弁護士

関根志世

右補佐人弁理士

【E】

【F】

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴人の求めた判決

主文同旨

第二事案の概要

一  次のとおり、当審における当事者の主張の要点を付加するほかは、原判決の「第二 事案の概要」及び「第三 争点及びこれに関する当事者の主張」のとおりである。なお、当裁判所も「本件ブロックコポリマー」、「被告ブロックコポリマー」の用語につき、原判決と同様に用いる。

原判決は、控訴人が製造販売する防塵マスク(以下「控訴人製品」という。)の製造方法及びその構造を、原判決別紙物件目録の二記載の方法(以下「控訴人製品の製法」という。)及び同目録の一記載の構造(以下「控訴人製品の構造」という。)と認定した上で、控訴人製品の製法は、被控訴人の本件特許権(発明の名称「複合プラスチック成形品の製造方法」、特許番号第一八六一一七三号、以下、特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件発明」という。)の構成要件を充足するから、控訴人製品を製造販売する行為は本件特許権を侵害するものとして、控訴人製品の製造等の禁止、完成品の廃棄及び損害賠償金四一七七万九三六四円の支払の各請求を認容し、右損害賠償金に対する付帯請求のうち、一部(控訴人製品の製造販売の終期を起算日とする遅延損害金)を認容し、その余(右起算日以前の遅延損害金)を棄却した。

二  当審における控訴人の主張の要点

1  争点2(被告ブロックコポリマーが、本件発明の構成要件bの本件ブロックコポリマーを充足するか)について

特許請求の範囲に記載の文言(化合物)の解釈において、それが化学的に一義的に明確な記載(化合物)である場合には、これと異なる解釈は許されない。

そして、一般に、化合物の命名、表記又はその解釈に当たっては、IUPAC(国際純正及び応用化学連合)命名法規則に従ってこれを行うべきであるが、右命名法則によれば、「スチレンポリマーとエチレンポリマーとブチレンポリマーとのブロックコポリマー」という命名、表記が、化学的には、「スチレン、エチレン、ブチレンの各モノマーに基づく繰り返し単位がそれぞれブロックを構成して連結されたコポリマー」を意味することは一義的に明確であるから、これと同じ命名、表記を用いて特許請求の範囲(構成要件b)に記載された本件ブロックコポリマーも、右と同じ化合物を意味するものと解釈すべきである。そして、控訴人製品の製造に使用している被告ブロックコポリマー「スチレンポリマーとランダムーエチレン・ブチレンコポリマーとのブロックコポリマー」は右化合物とは異なるものであるから、控訴人製品の製法が本件発明の構成要件bを充足しないことは明らかである。

したがって、これと異なる原判決の判断は誤りである。

2  争点3(本件特許権の特許請求の範囲は、公知技術により限定解釈すべきか)、4(控訴人製品の製法が、本件発明の訂正後の構成要件cのうち「融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く。」を充足するか)について

(一) 本件発明の訂正後の構成要件c「右a及びbのことを特徴とする複合プラスチック成形品の製造方法(ただし、融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く。)。」の「オスーメス型の凹凸形状」とは、単に典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の場合だけでなく、広く、接合面が凹凸形状となる全ての場合を含むものと解すべきである。

原判決が認定するとおり、本件発明にかかる無効審判請求事件(平成九年審判第三三二〇号)における審決で認められた訂正前の本件発明は、公開特許公報(特開昭五三ー五六八八九)に記載された公知技術(以下「本件公知技術」という。)によって公知になっており、かつ、公開実用新案公報(実開昭六一ー二四〇五〇)に関する明細書に記載された先願発明(以下「先願発明」という。)と同一のものであった。そこで、被控訴人は、本件公知技術及び先願発明との抵触を回避し、これらの技術的範囲に属するものを除外する目的で、特許請求の範囲に「融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く。」との減縮する文言を付加する訂正を行い、これが審決で認められたのである。

そして、先願発明における接合面の形状については、「皿状の形状」という以外に具体的な記載はないから、先願発明がいかなる接合面をその技術的範囲としているかは、当該発明の目的、作用、効果などに照らして合理的に判断すべきものである。

しかるところ、先願発明の輸液用容器の蓋体としての使用目的、作用、効果などに照らして考えれば、先願発明の対象として、その接合面の断面図の形状が長方形(典型的な「オスーメス型の凹凸形状」)である必要性は全くなく、台形でも、半円形でも、三角形(L字型、V字型)でも機能上一向に差し支えなく、その目的を達成することができるのであるから、先願発明は、広く凹形状(メス型の形状)と凸形状(オス型の形状)が接合している全ての場合、すなわち、接合面が水平面でなく、凹凸形状になっている全ての場合が技術的範囲として含まれているものと解するのが妥当である(別紙参考図面(その1)参照)。

このように、本件発明が先願発明との抵触を回避するには、接合面が典型的な「オスーメス型の凹凸形状」になっているものを除外するだけでは不十分であり、台形、半円形、三角形(L字型、V字型)などを含めた全ての「オスーメス型の凹凸形状」を除外する必要がある以上、訂正後の特許請求の範囲における「オスーメス型の凹凸形状」という構成についても同様に解釈すべきことは当然である。なお、「オス」は、「でっぱり」、「メス」は、「へこみ」の意味にすぎない以上、凹凸形状を論ずる上で「オスーメス型の」という修飾語に格別の意味はなく、「凹凸形状」はすべからく「オスーメス型」の形状であるということができる。

したがって、控訴人製品のマスク本体1と顔あて部2との融着面Aのうち、マスク本体1の周縁部が原判決が説示するとおりL字型であっても、これは、本件発明がその技術的範囲から除外する「オスーメス型の凹凸形状」に該当するものであるから、控訴人製品の製法は本件発明の構成要件cを充足しない。

(二) 右(一)のとおり、L字型の接合面も「オスーメス型の凹凸形状」に該当するのであるが、この点を措いても、控訴人製品におけるマスク本体1と顔あて部2は、いずれも単一の部材であり、この接合面である融着面Aも、連続性のある単一の接合面である(製造行為という観点からみても、一回の射出成形行為によって一度に全体が製造されるものである。)から、その形状の評価に当たっては、全体を一つのものとして観察してこれを評価すべきである。そして、控訴人製品の融着面Aを全体として観察すると、次のとおり、典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の一形態となっている。これに反し、原判決は、融着面Aにつき、「排気弁7の周辺及び顔あて部2の下部」と「マスク本体1の周縁部」とを分割して、前者の接合面は「オスーメス型の凹凸形状」に当たるが、後者の接合面については、「オスーメス型の凹凸形状」に該当しないから、控訴人製品の製法が本件発明の構成要件cを充足すると判断しているが、不当である。

控訴人製品の融着面Aは、排気弁7の周辺及び顔あて部2の下部において、典型的な「オスーメス型の凹凸形状」となっており、マスク本体1の周縁部において、L字型の曲面となっているが、これを全体として一つのものとして観察した場合、別紙参考図(その2)の①に記載される形状の接合面となっており、全体として典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の一形態となっている。

すなわち、この接合面の一部分だけを分割し、局所的に観察すれば、一見L字型の凹凸形状の寄せ集めにすぎないように見えるが、接合面全体を一つのものとして観察すれば、連続的かつ円環的に連なった典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の一形態であることが明らかとなる。

このことは、同図の①の中空部分を埋めた同図の②を見ればより一層明らかとなる。この①と②とを比較した場合、内部が中空であるか否かという点以外、接合面としての形態としての観点からは何ら本質的な違いはないからである。

控訴人製品におけるマスク本体1と顔あて部2との接合面は、右①の構造となっており、L字型の接合面が連続的かつ円環的に連なって、全体として典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の一形態を形成しており、この接合面は、本件発明がその技術的範囲から除外する「オスーメス型の凹凸形状」に該当するものであるから、控訴人製品の製法は、本件発明の構成要件cを充足せず、本件特許権を侵害するものではない。

(三) なお、本件発明について、控訴人を原告、被控訴人を被告とする審決取消訴訟が提起されていたが(東京高等裁判所平成一一年(行ケ)第二八一号)、平成一二年九月七日、訂正請求のあった本件発明の独立特許要件を認め、無効審判請求を成り立たないものとした審決につき、訂正後の本件発明に進歩性を認めた審決の独立特許要件の判断は誤りであるとして、審決を取り消す旨の判決が言い渡されている。

三  当審における被控訴人の主張の要点

1  争点2について

控訴人は、原判決が本件ブロックコポリマーの解釈において認定した諸事情について、何ら具体的な反論をしておらず、本件ブロックコポリマーが被告ブロックコポリマーであると認定した原判決は正当である。

控訴人は、有機化合物の命名法について主張するが、その主張を前提としても、本件ブロックコポリマー及び被告ブロックコポリマー中の「ブチレン」の表記は、控訴人主張の命名法規則では認められておらず、本件ブロックコポリマーもともに、控訴人主張の命名法規則ではその構造を一義的には読み取ることができない。

2  争点3、4について

(一) 本件発明において、特許請求の範囲から「オスーメス型の凹凸形状」を除いた理由は、先願発明と本件発明を区別するためであって、先願発明の技術的範囲とは何らの関係もなく、訂正前の本件発明から「オスーメス型の凹凸形状」を除くことによって、本件発明は先願発明の明細書及び図面に記載されていない発明としたのである。

そこで、先願発明の明細書及び図面を詳しく検討すれば明らかなように、先願発明の明細書及び図面には、融着面の形状として「オスーメス型の凹凸形状」が記載されているのみで、控訴人が主張するような別紙参考図面(その1)の①ないし②の形状や同図(その2)の①及び②の形状は、記載されておらず、控訴人製品におけるL字型の形状も記載されていない。

したがって、訂正前の本件発明から、融着面が「オスーメス型の凹凸形状」の接合面になっているものを除けば、接合面を水平面に限定しなくとも先願発明との抵触は回避し得るものであるから、接合面が水平面のものに限定して解釈すべき理由はないのであり、控訴人が主張するように、本件発明の特許請求の範囲における「オスーメス型の凹凸形状」との文言を、特別の根拠もなく、単なる「凹凸形状」と言い替えることは失当である。

(二) また、控訴人は、控訴人製品におけるマスク本体1と顔あて部2との接合面は、L字型の接合面が連続的かつ円環的に連なって、全体として典型的な「オスーメス型の凹凸形状」の一形態を形成している旨主張している。 しかしながら、控訴人製品におけるマスク本体1と顔あて部2の接合面は、別紙参考図(その2)の①及び②とは同一ではない。仮に類似のものであるとしても、①のA部材とB部材との接合面は全て連続したL字型形状を有しているものであり、また、②はA部材とB部材の融着面が「オスーメス型の凹凸形状」になっているものの、②の形状は、控訴人製品の構造とは無関係である。

第三当裁判所の判断

一  争点2について

当裁判所も、被告ブロックコポリマーは、本件ブロックコポリマーに該当し、本件発明の構成要件bを充足するものであると判断するが、その理由は、原判決が「第四 当裁判所の判断」中の「二 争点2について」(原判決二二頁一一行から二八頁二行)において説示するとおりである。

控訴人が当審において主張、立証する点(当審口頭弁論終結後に提出された書証を含む。)を斟酌しても、本件発明の出願時における当業者が、本件発明の構成要件bの本件ブロックコポリマーについて、控訴人が主張するものであると一義的に明確に判断するとは認めることができず(控訴人提出の乙第三六号証の技術説明書も、本件発明の特許請求の範囲にいうブロックコポリマーについて一義的に定まるという控訴人の主張に沿う内容ではなく、本件発明の審査過程を斟酌した記載となっている。)、控訴人の主張は採用することができない。

二  争点3、4について

1  当裁判所も、本件発明の技術的範囲としては、融着面が「オスーメス型の凹凸形状又は入り組んだ接合面となっているもの」を除いたものとして解釈すべきであると判断するが、その理由は、原判決が「第四 当裁判所の判断」中の「三争点3、4について」(原判決二八頁三行から三三頁一〇行)において説示するとおりである(この点については、当事者間において主張の相違はない。)。

2  控訴人製品の製造方法及びその構造(争点1)は、原判決摘示の証拠(乙第三五号証、検甲第一号証、検乙第一、第二号証)及び弁論の全趣旨によれば、原判決認定のとおり、原判決別紙物件目録記載のとおりであると認めることができる。

ところで、右の認定によると、控訴人製品の製造方法は、硬いポリプロピレン樹脂からなるマスク本体1に対して、被告ブロックコポリマーを主成分とする樹脂組成物からなる軟質の顔あて部2を立体的かつ一体的に融着成形するものであり、控訴人製品の構造において、マスク本体1と顔あて部2との融着面Aは一体的に形成されているのであるから、その接合面の形状の技術的な意義については、特段の事情がない限り、その全体を一体のものとして観察し判断することが相当であるというべきである。

そこで、右の観点から控訴人製品の構造を検討すると、控訴人製品の融着面Aの形状は、排気弁7の周辺(顔あて部2の第一のオス型部13がマスク本体1の第一のメス型部14に入り込む。)及び顔あて部2の下部(マスク本体1の第二のオス型部16が顔あて部2の第二のメス型部17に入り込む。)において、本件発明がその技術的範囲から除外している「オスーメス型の凹凸形状」となっていることは、原判決の認定するとおりであり(この点については被控訴人においても争っていない。)、また、マスク本体1の周縁部においても、これを個々の接合部分に分断して見ると、原判決別紙接合面断面図のBーB断面又はCーC断面のような形状(L字型)となっているものの、これらを全体的に観察すれば、当該L字型の断面形状が連続して一体のものとして円環状に形成されており、全体として「オスーメス型の凹凸形状」を構成していることは明らかである(別紙参考図面(その2)の①の概念図参照。同図面の①の概念図と②の概念図において、その接合面の形状の技術的意義を異にして解釈すべき特段の理由は見いだし難く、また、本件発明に関する技術的な見地から、控訴人製品の融着面Aの形状について、その個々の接合部分に分断して判断すべきであるとする特段の事情についての主張、立証はない。)。

なお、本件発明において、被控訴人が、訂正前の特許請求の範囲の記載から「オスーメス型の凹凸形状」を除いた理由は、先願発明と本件発明とを区別してその抵触を避けるためであったことは原判決認定のとおりであり、この点について当事者間に争いがない。そして、広辞苑(第五版)三三二頁によると、「凹凸(おうとつ)」という文言の意義は、「へこみと出っぱり。平らでないさま。でこぼこ。」というものであり、本件発明の訂正後の特許請求の範囲に記載の「凹凸形状」の文言の意義について、右の「凹凸」の通常の意義をさらに限定して解釈すべき根拠は、先願発明の明細書の記載、本件発明の出願経緯等を考慮しても認めることができず、「オスーメス型」という文言についても、融着面の接合関係において、互いに「へこみと出っぱり」、「でこぼこ」の関係にある形状を表す文言であると理解することができるのであって、控訴人製品における右に認定の全体としての融着面Aの形状が、右の意義での「オスーメス型の凹凸形状」に該当しないと認めるに足りる主張、立証はない。

3  以上のとおり、控訴人製品の融着面Aは、本件発明の技術的範囲から除外される「オスーメス型の凹凸形状」に該当するから、控訴人製品の製法は、「融着面がオスーメス型の凹凸形状または入り組んだ接合面となっているものを除く。」とする本件発明の構成要件cを充足しないこととなり、控訴人による控訴人製品の製造販売は、本件特許権を侵害するものではない。

したがって、被控訴人の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、棄却すべきである。

三  よって、右と結論を異にする原判決中の控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例