東京高等裁判所 平成12年(ネ)1638号 判決 2000年9月25日
控訴人(原告)
株式会社なとり
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
田中恒朗
同
西川茂
被控訴人(被告)
株式会社道南冷蔵
右代表者代表取締役
【B】
被控訴人(被告)
【C】
右両名訴訟代理人弁護士
和根崎直樹
同
川端和治
同訴訟復代理人弁護士
河津博史
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、第三者に対し、原判決添付陳述目録記載の事実を告知し、又は流布してはならない。
3 被控訴人らは、控訴人に対し、各自金二九五五万二〇〇〇円及び内金二四五五万二〇〇〇円に対する平成一一年三月二四日から、内金五〇〇万円に対する同年八月一二日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、第二審を通じ、被控訴人らの負担とする。
5 第三、第四項について仮執行宣言
二 被控訴人ら
主文と同旨
第二当事者の主張
一 当事者双方の主張は、次のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴人
1 総論
本訴請求原因の事実関係は、事柄の性質上、直接証拠による証明がほとんど不可能であり、間接事実からの推論等によらなければならないのに、原判決は、本件の背景的事実に思いを致すことなく、表面的な間接事実の認定に止まる不十分な事実認定しかしていない。具体的に、本件の背景事実としては、被控訴人株式会社道南冷蔵(以下「被控訴人道南冷蔵」という。)はもともと産地一次加工業者であり、控訴人にイカ燻製や鮭フレークの半製品を卸売りすることで成長してきたものであるが、平成六、七年ころ、仕入れ価格が折り合わなくなったことを契機として、控訴人は内製化を進め、他方、被控訴人道南冷蔵は自社の完成商品の直接販売ルートを開拓することになったことから、その過程で控訴人の得意先に割込みを図ったものであり、これが本件紛争の実態である。
2 控訴人のイカ製品に対する誹謗中傷行為
被控訴人【C】(以下「被控訴人【C】」という。)が、控訴人の取引先である長野市所在のスーパー「マツヤ」において、「道南冷蔵は国産のまいかを使っており品質がよい」などと言ったことは被控訴人らの認めるところであり、被控訴人【C】の陳述書(乙一)にも、同人は平成九年九月三〇日右マツヤの仕入担当部長【D】(以下「【D】部長」という。)に対し、「当社は基本的には近海物ないし日本船が漁獲した材料を使用している事も説明しました。外国で捕れた魚介類でも、日本船が漁獲した物は、冷凍技術が優れていることから、ほとんど劣化せず日本に運ばれるので質が高いのです。業界では輸入材料、特に中国、韓国等で一次加工した原料を使用した製品が見受けられるが、一般的に変色が早く、ソフト感に欠け、風味、味覚が材料から一貫加工した物より劣ること」等を説明した旨の記載がある。
この説明中で、仮に、控訴人の名を出さなかったとしても、当時マツヤの販売するイカ製品のほとんどすべては控訴人が納入していたのであり、その直前まで控訴人の首都圏営業部長であった被控訴人【C】の言であるから、右説明は、控訴人の製品が低品質であることを表現したものにほかならない。そして、日本近海で漁獲されるスルメイカ(まいか)は年次による漁獲量の変動が大きく、不漁の年は外国産のムラサキイカ(あかいか)等で賄わざるを得ないはずであって被控訴人道南冷蔵も例外ではないこと、その場合に外国船が漁獲したイカを使用することもあるが、冷凍技術も日本船と外国船とで差がある訳ではないことから、右の説明は虚偽というべきである。現に、平成一〇年一〇月ころ、控訴人の副社長【E】らは、右マツヤの【D】部長から「なとりのイカ製品は全部中国産だろう。品質が悪い。褐変しやすいし、よそではクレームも出ているそうだね。」と言われた事実があり、この言は被控訴人【C】の前記説明をその出所とするものと推断される。
なお、被控訴人らは、誹謗中傷行為に係る真実の証明をしない限り、違法性は阻却されないというべきである。
3 従業員の引抜きについて
前記1の状況の下、被控訴人道南冷蔵が自社商品の販路を開拓するためには控訴人の営業担当従業員を引き抜くのが最も効果的であることから、被控訴人道南冷蔵は、平成九年に被控訴人【C】を取締役として迎え、平成一一年初頭までに、同人をして控訴人の営業担当従業員【F】、【G】、【H】、【I】、【J】を順次引き抜かせ、東京、大阪、広島の各営業所又は出張所を拡充してこれらに配置し、控訴人の得意先のスーパー等への売込みに当たらせたのである。これらの引抜きに係る事実は、甲三六ないし三九、五〇、証人【K】、同【L】、同【M】から明らかである。
なお、原判決は、控訴人の従業員約七九〇名中五名が、約二年の間に被控訴人に移ったにすぎないとの判断をしているが、問題とすべきは営業関係であって、控訴人の営業部所属の従業員は本部長以下一二〇名、本件に関係する特販部、北関東営業部、首都圏営業部、甲信越営業部、関西営業部及び中四国営業部広島営業所の営業担当者数は五四名、うち部長・副部長・所長クラスは二二名であるところ、このうち五名(【C】、【F】、【G】、【H】、【J】)と所長目前のベテラン【I】が引き抜かれたのである。
三 被控訴人ら
1 総論について
控訴人が被控訴人道南冷蔵からイカ燻製や鮭フレークの原料を仕入れてきたこと、平成六、七年頃から控訴人は内製化を進めたことは認め、その余は否認する。被控訴人道南冷蔵はもともと自社にて完成商品も製造販売してきたものであり、控訴人との取引終了を契機として新たに完成商品の製造販売を始めたものではない。
2 誹謗中傷行為について
被控訴人【C】のスーパーマツヤの【D】部長に対する説明内容は乙一に記載の限度で認め、その余は否認する。被控訴人【C】は、被控訴人道南冷蔵の製品の売込みに当たって、同製品は材料のほとんどが日本近海で漁獲され、海外で漁獲されたものであっても日本漁船によって漁獲されたもので高品質であること、原料の仕入れ、冷凍、管理、製造、包装に至るまで自社工場で自社の管理下で生産されていること、賞味期限等も短期に設定するなど顧客にニーズに対応している旨を説明し、自社製品をアピールしたのであって、これを控訴人に対する営業誹謗行為であるとする控訴人の主張は、自由競争に基づく正当な営業活動を否定するに等しい。なお、控訴人の主張する誹謗中傷行為は、控訴人の名誉を毀損するものではないから、名誉毀損表現における真実性の証明は問題とならず、控訴人において虚偽性の立証責任を負う。
3 従業員の引抜きについて
控訴人の主張に係る従業員らは、引き抜かれたのではなく、控訴人を退職後自らの意思で被控訴人道南冷蔵に就職した者である。控訴人は、対象従業員二二名中五名が移籍したかのように主張するが、営業部員は広域に転勤するから対象従業員数を考慮する際、特定の営業部等に限定すべきでないし、部長等の職制も営業部員としての能力と関係ないから限定すべきでない。営業部所属の従業員は一二〇名もおり、うち五名が二年間の間に移籍したにすぎず、引抜き行為の存在及びその違法性まで推認させるものではない。
また、引抜きが行われたことを示すものとして控訴人が提出する証拠は、通常の日常会話の域を出ない事実しか示されておらず、何ら引抜きの存在を示すものではない。
第三当裁判所の判断
一 誹謗中傷行為について
控訴人は、まず、乙一(被控訴人【C】の陳述書)の記載を一応の前提としつつ、被控訴人【C】がスーパーマツヤにおいて【D】部長に対して行った説明が、直接控訴人に言及していなくとも、控訴人に対する誹謗中傷行為に当たると主張する。しかし、乙一によれば、被控訴人【C】の説明の主眼は、原料加工からパック詰めまで一貫して自社管理を行う被控訴人道南冷蔵のイカ製品の品質の高さを説明したものであって、その対比において、イカ製品の「業界」では、外国で一次加工した原料を使用している業者もあり、そのような業者の製品は一貫加工品よりも風味・味覚が劣ると指摘しているものと認めることができ、このような説明が、控訴人を誹謗中傷するものということもできない。すなわち、被控訴人【C】と【D】部長との右のやり取りは、食品メーカーのベテラン営業部長が、仕入れの専門家であるスーパーの仕入部長との間で、当該食品メーカー製品の取扱いについて商談を行うに際して、自社製品の品質の高さを強調しているものであるところ、一般に、このような場面において、競合他社製品に関して、例えば、その原料、製法等の具体的な事実関係につき虚偽の事実を告げることが営業誹謗行為に該当する場合があるとしても、自社製品の良さを、競合他社製品との比較において強調すること自体は、取引社会において許容されているものである。また、被控訴人【C】の前記説明中、外国の一次加工品を原料として使用する業者について言及している部分については、仮に、その説明が控訴人のイカ製品を指していると解し得るとしても、控訴人が中国、韓国等での一次加工品を原料としてイカ製品を製造することがあるという説明内容は控訴人の自認するところであって事実関係に虚偽はなく、他方、そのような原料及び製法に係る製品の評価に関していえば、少なくとも、近年になって中国船における冷凍技術の向上が図られるまでは、中国産の原料は品質が悪いという定評が現実にあったことが認められるから(証人【K】)、近海物ないし日本船の漁獲した材料を用いた一貫加工品との比較において、中国等の一次加工品を原料とする製品の風味・味覚が劣る旨の説明を虚偽ということはできない。甲四一、四二、五一の二はこの認定を左右するものではなく、他に右虚偽性を認めるに足りる証拠はない。
なお、控訴人は、被控訴人らが真実性の立証をしない限り違法性を阻却しない旨主張するが、被控訴人【C】の前記説明は、控訴人を誹謗するものとも、虚偽のものとも認められないから、控訴人の右主張は失当というべきである。また、控訴人は、被控訴人【C】が被控訴人道南冷蔵のイカ製品は原料に「まいか」しか使わないような説明をしている点で虚偽の営業誹謗行為を構成するとも主張するが、右説明内容は、自己の営業の信用を高からしめるものであって、競争者の営業上の信用を害するものとはいえないから、右主張は理由がない。
ところで、甲三八及び証人【K】によれば、平成一〇年一〇月ころ、控訴人の副社長【E】らがスーパーマツヤを訪れた際、【D】部長から、控訴人のイカ製品は「全部中国産」で品質が悪いとの趣旨の指摘を受けたことが認められるところ、控訴人は、これは被控訴人【C】が【D】部長に対して行った控訴人のイカ製品に関する誹謗中傷を出所とするものであると主張する。しかし、仮に、被控訴人【C】の【D】部長に対する前記説明をきっかけとして、【D】部長が前記発言に係る認識を持つに至ったとしても、乙一及び被控訴人【C】に照らすと、「全部中国産」であるとの認識は、【D】部長の何らかの誤認であると考えるのがむしろ自然であり、【D】部長の前記発言から直ちに、被控訴人【C】が控訴人の主張に係る誹謗中傷行為をしたと認定することはできないといわざるを得ない。
そして、控訴人が被控訴人【C】による営業誹謗行為が行われたと主張する店舗のうち、右マツヤ以外の店舗については、乙一及び被控訴人【C】によれば、右マツヤと同様の説明がなされたにすぎないか(「パンプキン」、「ホットスパー」)、被控訴人【C】がそもそもセールスをしたことがないか(「松阪屋ストア高島平店」、「バリュープライス」、「オギノ」、「かわねや」)のいずれかと認められ、やはり控訴人の主張に係る誹謗中傷行為を認めるに足りる証拠はない。
よって、被控訴人【C】による営業誹謗行為があったことを前提とする控訴人の差止請求及び損害賠償請求はいずれも理由がない。
二 従業員引抜き行為について
控訴人の従業員のうち、【F】が平成九年二月一五日、【G】が同年三月一九日に、【H】が平成一〇年四月四日に、【I】が同年九月一五日に、【J】が平成一一年一月三一日にそれぞれ控訴人を退職し、その後被控訴人道南冷蔵に雇用されたことは、当事者間に争いがない。
控訴人は、右五名が、被控訴人道南冷蔵の意を受けた被控訴人【C】の働き掛けによって引き抜かれたものであると主張し、その証拠として、甲三六ないし三九、五〇等を提出するが、甲三六(控訴人従業員【L】の陳述書、同人の証言も同趣旨)には、同人が、平成一〇年六月下旬と七月上旬に、かつて同人の上司であった被控訴人【C】から「うちへも遊びに来いよ。」「そろそろ、なとりに見切りをつけたらどうだ。」と言われた旨、また、被控訴人道南冷蔵に移籍した【G】と会ったときに「道南としては若い働き盛りの人を入れたいんだ。」と言われたことがある旨、甲三七(控訴人従業員【N】の陳述書)には、同人は、平成一〇年九月二三日ころ、被控訴人【C】から複数の納入先スーパーについて控訴人の担当者を訪ねる電話があった旨、甲三八(控訴人従業員【K】の陳述書)には、被控訴人【C】が控訴人の旧知の部下等に電話をして控訴人の商品の情報を得ようとしたり、有能な社員を引き抜くべく勧誘しているとの噂を聞いていた旨、甲三九(控訴人従業員【M】の陳述書、同人の証言も同趣旨)には、同人の部下であった【J】が控訴人を退職する際、養家の家業を継ぐということになっていたが、被控訴人道南冷蔵に移籍していた【H】氏に相談してみると言っており、【J】と【H】の関係からしても、【H】から移籍の勧誘があってもおかしくないと考えている旨、甲五〇(控訴人従業員【O】の陳述書)には、同人は被控訴人【C】が被控訴人道南冷蔵に移籍後に会った際、「道南冷蔵は儲かっている。仕事がやりやすいし、自分にある程度の大きい権限もある。自分も取締役になった。勤めようと思えば、定年の六〇才を過ぎても勤められる。道南冷蔵は長野のスーパーマツヤと取り引きすることになった。」などの話があった旨がそれぞれ記載されているものの、これらの記載は、控訴人の社内での噂にすぎない内容であるか、元同僚ないし上司と部下が会った場合に通常交わされるであろう日常的な会話の域を出ないものであって、直接にも間接にも引抜き行為の存在を示す証拠としては不十分といわざるを得ない。このほか、証人【K】は、右【G】及び【H】が控訴人を退職する直前に被控訴人道南冷蔵に移る旨を同人に打ち明けた旨証言するが、それ自体は、右両名が被控訴人【C】から移籍の勧誘を受けたことを示唆するものとはいえない。
さらに、控訴人は、短期間に五名もの控訴人営業担当従業員が被控訴人に移籍したことを、引抜き行為があったことの間接事実として主張する。確かに、控訴人の営業部所属の従業員は全部で一二〇名であるが、このうち特販部ほか被控訴人道南冷蔵の東京・大阪・広島各営業所に対応する営業部・営業所の営業担当者数は五四名で、被控訴人道南冷蔵に移籍した前記五名はこの中に含まれており、この五四名のうち、STL(セールスチームリーダー)と呼ばれる部長・副部長・所長に相当する職員は二二名で、右五名中四名がこれに該当すること(甲五三)、他方、被控訴人道南冷蔵の当時の従業員数は総勢で六五名であったこと(甲四〇)に照らすと、比較的短期間に、控訴人の営業担当従業員のうち、特に被控訴人道南冷蔵の東京・大阪・広島各営業所に対応する営業部・営業所の、上位職制を中心とする層から相当大規模な人材の流出があったということはできるが、人材の大量流出という事態が常に引抜き行為に伴って生じるものでないことは言うまでもなく、また、引抜き行為を否定する乙一、七、八、被控訴人【C】に照らしても、上記の大量移籍の事実をもって控訴人の主張するような引抜き行為を推認させることはできない。また、右の移籍について、被控訴人【C】による何らかの働きかけがあったとしても、一般に、移籍の勧誘をすることが違法な行為ということはできず、同控訴人の行為が社会的にみて相当性を欠き違法な引抜き行為というべき態様であったことを推認させるような事情は見当たらず、本件全証拠によっても右違法行為があったことを認めることはできない。
よって、従業員の引抜きに係る損害賠償請求は理由がない。
三 以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)