東京高等裁判所 平成12年(ネ)2505号 判決 2000年12月21日
控訴人
【A】
控訴人
ノーカイ工業株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右両名訴訟代理人弁護士
田中信人
同補佐人弁理士
原田信市
被控訴人
株式会社グリーンテック
右代表者代表取締役
【C】
右訴訟代理人弁護士
中田健一
右補佐人弁理士
辻實
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
原判決を取り消す。
被控訴人は別紙物件目録記載の温室内走行体移動装置を製造販売してはならない。
被控訴人は控訴人らに対し連帯して一億四八六三万三一〇〇円及びこれに対する平成一一年一月二一日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二当事者の主張
本件は、発明の名称を「散布及び電照設備における走行体の移動装置」とする第一七三六四三〇号特許の特許権(以下「本件特許権」という。)を有する控訴人【A】(以下「控訴人【A】」という。)及びその専用実施権者である控訴人ノーカイ工業株式会社(以下「控訴人ノーカイ工業」という。)が、被控訴人に対し、被控訴人による別紙物件目録記載の温室内走行体移動装置(以下「イ号物件」という。)の製造販売が本件特許権を侵害すると主張して、その製造販売の中止及び損害賠償を求めているものであり、当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
一 当審における控訴人らの主張の要点
1 イ号物件が平成一〇年七月一日確定の訂正明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された特許請求の範囲に係る発明(以下「本件発明」という。)の構成要件②(後記)を充足するかについて
(一) 本件発明の構成要件を次のとおりに分説し得ることは、原判決の「第二 事案の概要」のとおりである。
① 適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設したこと
② 走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛けたこと
③ 駆動車の近傍には弛緩防止車を設けて、伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるように形成したこと
④ 走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えると共に複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な散布体
⑤ 該散布体を固定した走行体が、上記伝動帯に固着され、かつその走行体の上部には、走行レールの両側縁に沿うように配置した少くとも左右二個づつの走行車輪を備え、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したこと
⑥ 散布及び電照設備における走行体の移動装置であること
(二) 構成要件②の「下方」の解釈について
(1) 本件発明における走行レール全体を基準としてその「上方」、「下方」を決定しようとするとき、その境界となるのが走行レールの上下の中心点であることは、通常の日本語の意味として明白である。このことは、例えば、膝や肩が身体を基準としてどの位置にあるかを表現するとき、「膝は身体の下方にある」、「肩は身体の上方にある」と表現される用法をみても容易に理解されるところである。
走行レールが上下に幅のある物である以上、走行レールの下端より下方にあるのであれば、「走行レールの下端より下側」と表現しなければならないはずである。しかし、本件明細書では、そのような表現となっていない。
「下方」の意味について、本件明細書に、特に「走行レールの下端より下側」を意味するとの限定をした記載がない限り、構成要件②の「下方」とは、走行レール全体を基準として、上下の中心点(上端からも下端からも等距離な点あるいは面のことである)より「下」にある場合を「下方」と解すべきで、これが通常の日本語の文理に沿った解釈となる。このようにその意味を広く捉え、当該部材(走行レール)の下半部、下端部、それよりも下方のすべてを広く意味するものと解することこそが、その発明について可能な限り最大限の保護を求めて特許を受けようとする者の意思に合致する。
したがって、構成要件②の「下方」とは、当該部材(走行レールや長尺横架体A)の下半部や下端部、あるいはそれよりも下側のもすべて含んだ部分を意味するものと理解すべきである。
構成要件②の「下方」の文言を、「走行レールの下端よりも下側」の意味であるとした原判決は、文言解釈を誤っているものである。
(2) 仮に右主張が認められないとしても、駆動車と従動車の所期の有効作動位置が、走行車輪の転動位置より下にある場合を「下方」と解すべきである。
本件明細書の実施例には、駆動車、従動車、走行体、伝動帯を走行レールの下方に配置することにより、走行体を安定的かつバランス良く移動させるようにできる旨の記載があり、同明細書中、本件の発明の効果として、「走行体の移動動作が確実に且つ安定的に行え」との記載がある。したがって、「下方」を解釈する際、駆動車、従動車を走行レールからみてどの程度下方に配置すれば、走行体の移動動作が確実かつ安定的に行えるかという点を考慮すべきである。駆動車と従動車の所期の有効作動位置が、走行車輪の転動位置より下でさえあれば走行体の移動動作が確実かつ安定的に行えるという効果は同様に得られるから、駆動車、従動車が走行レールの「下方」に位置するとは、駆動車と従動車の所期の有効作動位置が走行車輪の転動位置より下方に位置することをいうと解すべきなのである。
(三) 特許庁の見解の参酌の当否について
原判決は、構成要件②の「下方」の解釈に当たって、控訴人【A】が本件発明の特許請求の範囲を訂正することを求めた訂正審判において、「下方」の文言を削除することについて、実質上、特許請求の範囲を拡張するものであるとの理由で認められなかった事実をとらえ、イ号物件が本件発明の構成要件②を充足することを認めることは、右訂正審判請求によって認められなかった特許請求の範囲の変更を認めるに等しいと判示した。
特許請求の範囲の解釈に当たって、出願経過を参酌し得るという見解も存するものの、争いなく一般的に認められている原則ではない。また、出願経過を参酌し得るという見解に立っても、直ちに特許庁の見解を参酌し得るとはいえず、出願経過を参酌する主たる根拠が禁反言の点にあることからすれば、それを示された後における出願人の対応を離れて、特許庁の見解自体を参酌することは許されないというべきである。
特に特許請求の範囲を決するに当たって、出願人の対応のみならず、特許庁の見解を考慮しうるかという点については、司法審査の場において、裁判所が行政官庁である特許庁の判断に拘束されると解する根拠は何もないことから、一般的に特許庁の見解は考慮し得ないとされていることを忘れてはならない。
(四) イ号物件においては、長尺横架体Aの走行体装架部aが、垂直壁4の下端に連続形成の水平主板1より下方に変形凹部3、3を形成し、駆動車b及び従動車cを、その索条巻回凹部、`b、`cが右変形凹部3、3と同じ高さになるように配設し、これら駆動車bと従動車cに巻回張架した伝動索条eが、右変形凹部3、3内、したがって、また、水平主板1より下方部位を走行する位置関係になっている。駆動車b及び従動車cの索条巻回凹部`b、`cは、走行体装架部aの水平主板1の上面よりも下方に位置しているから、イ号物件の駆動車b、従動車cは、走行レールの下方に位置しているというべきである。
したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件②を充足する。
(五) 「下方」につきイ号物件の構成を本件発明の構成と均等なものとみ得るかについて
仮に、イ号物件の駆動車、従動車が走行レールの「下方」に位置していないと解しても、イ号物件は本件発明と均等なものとしてこの点の特許発明の技術的範囲に属するというべきである。
本件発明は、構成要件①ないし⑥の有機的結合構成をもって本件明細書記載のとおりの目的を達成し効果を奏することを特質とし、駆動車と従動車を走行レールの下方に配設することは、右有機的結合構成の一部をなすにすぎないから、本件発明の本質的な部分とはいえない。
本件発明の「下方」を「走行レールの下端より下側」としたうえで、その構成をイ号物件により実施されている駆動車、従動車の構成(駆動車b及び従動車cが、走行体装架部aの変形凹部3、3とほぼ同じ高さに配設されている構成)に置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する。
右置き換えは、当業者が被控訴人作成のイ号物件製造時点において容易に想到することができた。
イ号物件の公知技術からの容易推考性を認めるに足りる証拠はない。
イ号物件が本件発明の特許請求の範囲から意識的に除外された等の特段の事情を認めることはできない。
したがって、イ号物件は、本件発明の構成要件②に係る技術的範囲に属する。
2 イ号物件が本件発明の構成要件④及び⑥を充足するかについて
(一) 「照光機構を付設することが可能な」の解釈について
装置に照光機構が実際に付設されていなくとも、それが構造及び形態上付設可能であれば、照光機構を付設することによりいつでも温室の隅々にまで照射を行うことができる。したがって、複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが「可能な」といえるためには、構造及び形態上照光機構を付設することが可能であれば足り、特にそのための何らかの機構が現に存することを要しないものというべきである。
そもそも、従来の技術の欠点は散布及び照射が「温室の隅々まで」行えなかった点にあり、本件発明の眼目は、これを可能にした点にある。本件発明は、従来、照射が行えなかった装置を改良して、照射が行えるようにしたものではないのである。この点、本件明細書に「ところが、前述のような電照装置における光源照射方法にあっては、平面円形に形成された温室に使用した場合であれば、温室内の隅々にまで散布及び照射が行えるが、通常多くの温室は、平面矩形状であるため、これをそのまま使用した場合は、温室内の隅々にまで散布及び照射が行えない欠点があった。」(二頁二三行~二六行)との記載があり、同記載から、従来から散布装置と電照装置を同時に付設するという点については技術があったこと、しかし、それを温室の隅々まで行えないという点で欠点があったことが明らかである。
照光機構付設可能との点は、このように、本件発明の技術的思想においてはそれほど重要ではなく、「付設することが可能な」の要件に該当するためには、文字通り付設が可能であれば足りるというべきである。
したがって、構成要件④の「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」の文言について、「照光機構を付設することを妨げないことを意味するのではなく、複数の照光ランプからなる照光機構が付設されているか又は付設されていないとしても、そのための何らかの機構が存しなければならないというべきである」と解した原判決は、構成要件④の「照光機構を付設することが可能な」の認定を誤っている。
(二) イ号物件の散布体は、「複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な」ものである。したがって、イ号物件は、「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」に当たり、本件発明の構成要件⑥を充足する。
二 当審における被控訴人の主張の要点
1 イ号物件が本件発明の構成要件②を充足するかについて
(一) 要件②の「下方」の解釈について
(1) 本件発明の特許請求の範囲には、「走行レールの一端がわ下方」及び「走行レールの他端がわ下方」と記載されており、「走行レールの・・・より下方」とは記載されていないのであるから、普通の用語法によれば、走行レールそのもの(走行レール全体)を基準として、その下側すなわち走行レールの下端より下側を意味すると解するのが相当である。
(2) 出願経過参酌の原則の一つの根拠は、禁反言ないし信義誠実の原則である。出願手続における経過が限定解釈の理由とされるのは、民事訴訟における公平、信義則の視点がその理由となるのであって、特許庁における当事者の主張と侵害訴訟における主張との不一致、矛盾を許さない、という点に要点がある。
出願経過参酌の原則のもう一つの根拠は、立法過程参酌の原則と同趣旨である。これによるときは、出願から特許になるまでの全経過を通じて「特許庁が示した見解」を積極的に参酌すべきは、当然である。
控訴人【A】は、拒絶理由通知に対応して構成要件を補正して限定したのであるから、右通知に示された審査官の見解を参酌すべきは当然である。
(二) 「下方」につきイ号物件の構成を本件発明の構成と均等なものとみ得るかについて
特許請求の範囲中の技術的事項につき、その作用効果を発明の詳細な説明その他の書類(意見書、審判請求書等)において特記しているときは、その技術的事項は、発明構成上の必須要件と解すべきである。控訴人【A】が、駆動車と従動車の配設位置につき、当初の構成要件になかった「下方」をわざわざ加えて補正をし、発明の詳細な説明においてその作用効果を特記している以上、これらは、いずれも特許発明の本質的部分であり、必須の構成要件である。
したがって、「下方」については、均等論適用の第一要件が欠如している。
控訴人【A】は、出願の過程において、当初存在しなかった「下方」を加えて駆動車と従動車の配設位置を「走行レールの下方」とすることにより、それ以外の配設位置を意識的に特許請求の範囲から除外したものであるから、第五の適用要件も欠如している。すなわち、特許請求の範囲を補正して限定を重ねたことにより特許査定がなされた出願の経過から、本件は構成要件の限定解釈がなされるべき事案に該当する。拡大解釈を意図する均等論の適用ないしその精神が考慮されるべき事案には該当しない。
したがって、イ号物件について均等論を適用することも、その精神を解釈にあたって考慮することも許されないことは、その余の均等論の適用要件を検討するまでもなく明らかである。
2 イ号物件が本件発明の構成要件④及び⑥を充足するかについて
(一) 「照光機構を付設することが可能な」の解釈について
構成要件④の「走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送波管を備えると共に複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な散布体」が、従来技術の欠点を克服し、本件発明が解決しようとする課題である、温室の隅々にまで散布及び照射を行おうとする作用効果を奏するのである。そのためには、照光機構が付設されていることが必須不可欠であるから、控訴人【A】自身も、補正の過程において、散布装置及び照光機構を付設することを当然の前提として認識していたと解するほかはないのである。
特許請求の範囲に記載すべき事項は、発明の詳細な説明に記載した「発明の構成に欠くことができない事項のみ」でなければならない。それゆえに、いったん発明の構成上の必須要件でない事項を含んだまま特許が付与された発明について特許権侵害事件が起きたときは、裁判所は、その事項は重要でない、格別の意味がない、付随的要件にすぎない等の主張を認めることはできない。
控訴人【A】は、昭和六〇年一一月一一日補正の明細書においては、その特許請求の範囲において、「駆動機構の作動により、適宜散布体が付設される走行体が伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるように形成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」と構成し、照光機構の付設可能を構成要件としていなかった。
審査官の平成三年四月四日付けの特許法二九条二項に基づく拒絶理由通知(乙第二号証の六)に対応して、同年七月一五日、意見書に代え手続補正書(乙第二号証の七)を提出した。控訴人【A】は、特許請求の範囲を、「走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えた散布体や、複数の照光ランプからなる照光機構が付設可能な走行体が、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」と補正して限定した。
このように、控訴人【A】は、走行体の移動装置の構成要件を加重して、「複数の照光ランプからなる照光機構が付設可能な走行体」と補正して限定したことにより、本件発明が特許として認められたのである。したがって、右照光機構が付設してあってもなくてもよい、というような付随的な事項を補正したものでないことは明白である。
しかも、右照光機構付設の効果として、「温室H内(特に下部空間)を無駄なく有効に利用できるようになると共に、効率の良い散布液の散布及び適宜光線の照射が簡単に且つ確実に行えるようになり、作業性が極めて良好で、経済的にも優れた散布及び電照設備に於ける走行体10の移動装置を低廉に提供できるようになる」(甲第四号証八頁の下から四行目)と説明している。
控訴人【A】が昭和六〇年一一月一一日補正の明細書の特許請求の範囲になかった「照光機構の付設可能」という文言をわざわざ加えて補正をし、発明の詳細な説明においてその作用効果を特記している以上、「照光機構の付設可能」の技術的事項は、本件発明の必須要件であるものと解すべきである。
第三当裁判所の判断
一 原判決の引用
当裁判所も、控訴人らの本件請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第三 争点に対する判断」の一、二(ただし、二の5は除く。)のとおりであるから、これを引用する。
二 イ号物件は本件発明の構成要件②を充足するかについて
1 構成要件②の「下方」の解釈について
(一) 控訴人らは、構成要件②の「下方」とは、当該部材(レールや長尺横架体A)の下半部や下端部、あるいはそれよりも下方をもすべて含んだ部分を意味するものと理解すべきである旨主張する。
本件発明の特許請求の範囲に、「適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設し、走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車支持体に回動自在に軸支される従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛け、」との記載があることは当事者間に争いがない。
同記載によれば、本件発明において、「走行レール」は、「温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設」されているものであり、駆動車は、「走行レール」の「一端がわ下方」に配設されており、従動車は、「走行レール」の「他端がわ下方」に配設されていることが認められる。
「走行レール」の「一端がわ下方」あるいは「他端がわ下方」という場合、通常の用語例及び用法に従って素直に読めば、「一端がわ」あるいは「他端がわ」における最下端より下側を意味するものと解するのが自然というべきである。
(二) 念のため発明の詳細な説明についてみても、後記のとおり平成四年九月一一日に特許査定を受けたときの明細書(甲第二号証)によれば、本件発明の発明の詳細な説明の(発明の効果)欄には、「特に、走行レール1の一端がわ下方に駆動車4を配設し、走行レール1の他端がわ下方に従動車5を配設し、この駆動車4と従動車5に無端環状の伝動帯7を巻き掛け、走行レール1の両側縁に沿うように少くとも左右二個づつの走行車輪11が上部に配置されている走行体10を伝動体7に固着したので、走行体10の殆どの部分や、伝動体7や、駆動車4や、従動車5が走行レール1の下方に位置するようになり、走行体10を安定的に旦つバランス良く移動せしめることができるようになる。」(五頁一〇欄一行~一一行)との記載があることが認められ、同記載、特に「走行体10の殆どの部分や、伝動体7や、駆動車4や、従動車5が走行レール1の下方に位置するようになり、」との記載によれば、明白に、「駆動車4」、「従動車5」が「走行レール1」の下方にあるとしており、「駆動車4」や「従動車5」の横の方を問題にしていないことが明らかであり、駆動車及び従動車は、走行レールの最も低い位置よりも更に下の方に位置しているものというべきである。
また、後記のとおり平成一〇年七月一日に確定した訂正明細書(甲第四号証)によれば、実施例の項に変わっているものの(九頁七行~一三行参照)、右と同様の記載があることが認められるから、やはり、駆動車及び従動車は、走行レールの最も低い位置よりも更に下の方に位置しているものというべきである。
(三) 控訴人らは、「下方」の意味について、本件明細書等に、特に「走行レールの下端より下側」を意味するとの限定をした記載がない限り、構成要件②の「下方」とは、走行レール全体を基準として、上下の中心点(上端からも下端からも等距離な点あるいは面のことである。)より「下」にある場合を「下方」と解すべきである旨主張する。
しかしながら、相異なる二つのもの甲と乙の相互の位置関係につき、「甲が乙の「下方」にある」という場合、「下方」は、特別の用語法によらない限り、甲が乙の最下端より下側に位置することを意味するものであり、両者が同列にある位置関係を含む概念ではないことはいうまでもないことである(控訴人らが挙げる「膝は身体の下方にある」、「肩は身体の上方にある」の例は、全体(身体)における部分(膝、肩)の位置を述べる場合の用法に係るものであり、相異なるもの同士の位置関係が問題とされている本件の「下方」についての論拠となるものではない。)。
そして、本件全証拠によっても、本件明細書における「下方」の用語法が、右のような特別のものであると認めさせる資料を見出すことはできない。
結局、控訴人らの主張は、「走行レール」の「横の方」をも「下方」の概念に含めようとするものであって、少なくとも文理解釈としては、許容し得るものではない。控訴人らの主張は、失当というほかない。
(四) 控訴人らは、「下方」を解釈する際、駆動車、従動車を走行レールからみてどの程度下方に配置すれば、走行体の移動動作が確実かつ安定的に行えるかという点を考慮すべきであるとし、駆動車と従動車の所期の有効作動位置が、走行車輪の転動位置より下でさえあれば走行体の移動動作が確実かつ安定的に行えるという効果は同様に得られるとの理由で、駆動車、従動車が走行レールの「下方」に位置するとは、駆動車と従動車の所期の有効作動位置が走行車輪の転動位置より下方に位置することをいうと解すべきであるとも主張する。
しかしながら、同一の構成からは常に同一の効果が生まれるとしても、同一の効果を生むものの構成が常に同一とは限らないことは、自明である。控訴人らの右主張は、同一の効果が得られるものはすべて同一構成要件に含まれるとの前提に立たない限り、成立し得ないものであり、主張自体失当というべきである。
のみならず、後記のとおり、控訴人【A】は、特許庁から、実公昭五九‐六九三三号公報(噴射管をもつ支持体をレールに沿って往復走行可能に架設した構成の点)等の公知技術を引用例として示されて拒絶理由の通知を受けたため、特許請求の範囲を減縮することによって特許性を認められ、拒絶査定を免れたのであるから、「下方」の解釈においても、まさに「下方」という構成を加えたことに特許性の意義があるものといわざるを得ない。そうであるならば、仮に、本件発明において、駆動車と従動車の所期の有効作動位置が、走行車輪の転動位置より下でさえあれば走行体の移動動作が確実かつ安定的に行えるという効果を奏することが認められたとしても、だからといって、「下方」の文言解釈を差し置いて、そのような効果を奏すればすべて「下方」に当たるとの解釈を導き出すことができないことは、より明らかというべきである。
そうすると、控訴人らの主張は、前提において既に失当である。
2 イ号物件における「下方」の欠如について
弁論の全趣旨によれば、イ号物件において、駆動車b及び従動車cは、いずれも、本件発明の「走行レール」に相当する長尺横架体Aの走行体装架部aの変形凹部3、3とほぼ同じ高さに配設されているものと認められ、このことは、控訴人らの認めるところでもある。
そうすると、イ号物件は、長尺横架体Aの下端よりも下側には配設されていないことになるから、本件発明の構成要件②の「下方」の要件を欠いていることが明らかである。
3 「下方」につきイ号物件の構成を本件発明の構成と均等なものとみ得るかについて
(一) 本件特許権に係る発明の出願経過についてみる。
証拠(各項目ごとに括弧内に摘示する。)によれば、次の事実が認められる(横線部が補正又は訂正により変更あるいは追加された箇所である。)。
(1) 控訴人【A】は、昭和六〇年二月一三日、「人工照光機構を備えた散布装置」についての特許出願(特願昭六〇‐〇二五七三四)をしたが、同年七月一六日、その一部について、発明の名称を「散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置」として新たな特許出願(特願昭六〇‐一五六二二二)をした。右出願に係る明細書の特許請求の範囲は、次のとおりであった。
「適宜型材で構成される走行レールを適宜手段で温室等に架設し、この走行レールの一端がわに駆動機構によって駆動回転可能な駆動プーリを配設すると共に、走行レールの他端がわに従動プーリを回動可能に配設し、この駆動プーリと従動プーリとに無端環状のケーブルを巻き掛け、走行レール上面を転動できるように軸支され、且つ走行レールの両側縁を下方から跨ぐように配設される走行車輪を備えた走行体をケーブルに接続し、駆動機構の作動により、適宜散布体が付設される走行体がケーブルで牽引されて走行レールを往復移動自在となるように形成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置。」
(乙第二号証の四)
(2) 控訴人【A】は、昭和六〇年一一月一一日、右出願に係る明細書を補正した。補正された特許請求の範囲は、次のとおりであった。
「適宜型材で構成される走行レールを適宜手段で温室等に架設し、この走行レールの一端がわに駆動機構によって駆動回転可能な駆動車を配設すると共に、走行レールの他端がわに従動車を回動可能に配設し、この駆動車と従動車とに無端環状の伝動帯を巻き掛け、走行レールを転動できるように軸支される走行車輪を備えた走行体を伝動帯に接続し、駆動機構の作動により、適宜散布体が付設される走行体が伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるように形成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置。」
(乙第二号証の五)
(3) 特許庁は、平成三年四月四日、出願人に対し、当該発明は、その出願前に国内において頒布された刊行物である実公昭五九‐六九三三号公報、実公昭四二‐一一〇〇号公報、実公昭四八‐四二九九〇号公報に記載された発明、具体的には、「1、実公昭五九‐六九三三号公報(噴射管をもつ支持体をレールに沿って往復走行可能に架設した構成の点) 2、実公昭四二‐一一〇〇号公報(移動車をロープ等の牽引によって走行させる構成の点) 3、実公昭四八‐四二九九〇号公報(太陽灯及び散水器を架台に取付けた構成の点)」に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定に該当し、特許を受けることができないとの拒絶理由の通知をした。
(乙第二号証の六)
(4) 控訴人は、平成三年七月一五日、意見書に代えて手続補正書を提出し、右(2)で補正した明細書を更に補正した。補正された特許請求の範囲は、次のとおりであった。
「適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設し、走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車支持体に回動自在に軸支される従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛け、駆動車の近傍には弛緩防止車を設けて、伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるよう形成し、走行レールの両側縁に沿うように少くとも左右二個づつの走行車輸が上部に配置されて、走行レールを往復移動可能な走行体を伝動帯に固着し、走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えた散布体や、複数の照光ランプからなる照光機構が付設可能な走行体が、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置。」
(乙第二号証の七)
(5) 特許庁は、平成四年九月一一日、右補正後の出願について特許査定をし、平成五年二月二六日、登録した。(甲第一号証、乙第二号証の九)
(6) 控訴人【A】は、平成七年八月四日、右(4)で補正された明細書の訂正をすることについて審判を請求し、特許庁は、平成八年一一月一日に右訂正をすべき旨の審決をし、これが確定した。訂正された特許請求の範囲は、次のとおりであった。
「適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設し、走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車支持体に回動自在に軸支される従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛け、駆動車の近傍には弛緩防止車を設けて、伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるよう形成し、走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えた散布体や、複数の照光ランプからなる照光機構を付設することを可能にした走行体が、上記伝動帯に固着され、かつその走行体の上部には、走行レールの両側縁に沿うように配置した少くとも左右二個づつの走行車輪を備え、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置。」
(甲第一号証、第三号証、乙第三号証の六)
(7) 控訴人【A】は、平成一〇年三月三日、右(6)で訂正された明細書を更に訂正することについて審判の請求をし、特許庁は、同年六月一二日に右訂正をすべき旨の審決をし、同年七月一日にこれが確定した(本件発明)。訂正された特許請求の範囲は、次のとおりである。
「適宜型材で構成される走行レールを、温室の天井中央の梁等から垂下せしめた複数のレール支持杆を介して温室内の長手方向に沿って架設すると共に、温室の一端から他端まで及ぶように水平に配設し、走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車支持体に回動自在に軸支される従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛け、駆動車の近傍には弛緩防止車を設けて、伝動帯の駆動車への巻き付き量が多くなるよう形成し、走行レールに対して略直交する方向に沿って略水平に配設される送液管を備えると共に複数の照光ランプからなる照光機構を付設することが可能な散布体を固定した走行体が、上記伝動帯に固着され、かつその走行体の上部には、走行レールの両側縁に沿うように配置した少くとも左右二個づつの走行車輪を備え、駆動機構の作動によって、伝動帯で牽引されて走行レールを往復移動自在となるよう構成したことを特徴とする散布及び電照設備に於ける走行体の移動装置。」
(甲第一号証、第四号証、第五号証)
(二) 右認定の事実によれば、控訴人【A】は、特許庁からの拒絶理由通知において、公知となっていた、噴射管を持つ支持体をレールに沿って往復走行可能に架設するという技術(実公昭五九‐六九三三号公報)、移動車をロープ等の牽引によって走行させるという技術(実公昭四二‐一一〇〇号公報)、太陽灯及び散水器を架台に取り付けるという技術(実公昭四八‐四二九九〇号公報)を示されたため、「この走行レールの一端がわに駆動機構によって駆動回転可能な駆動車を配設すると共に、走行レールの他端がわに従動車を回動可能に配設し、この駆動車と従動車とに無端環状の伝動帯を巻き掛け」との記載を、「走行レールの一端がわ下方には、駆動機構によって正逆回転可能な比較的大径の駆動車を配設し、走行レールの他端がわ下方には、従動車支持体に回動自在に軸支される従動車を配設し、この駆動車と従動車には、無端環状の伝動帯を巻き掛け」(横線部は補正により変更あるいは追加された箇所である。)との記載に補正し、拒絶理由通知により示された実公昭五九‐六九三三号公報に記載された技術との差別化を図り、当該発明が、駆動車及び従動車について、走行レールの一端がわないし他端がわ下方に配設したところに特徴があることを明記し、このような具体的な構成を具備する装置に係る発明としたものであり、この構成が、平成一〇年七月一日に確定した訂正明細書においても維持されているのでる。
したがって、本件発明は、駆動車及び従動車を走行レールの一端がわないし他端がわ下方に配設した構成を必須の構成、すなわち、本質的特徴とするものであることが明らかである。
(三) 前述のとおり、イ号物件は、長尺横架体Aの下端よりも下側には配設されていないから、駆動車及び従動車が走行レールの下方に存在するという本件発明の必須の構成を欠いていることが明らかである。
したがって、その余の点につき検討するまでもなく、控訴人らの均等の主張は、理由がないことが明らかである。
三 結論
以上検討したところによれば、控訴人らの請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、これを棄却すべきであり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
<以下省略>