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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2624号 判決 2000年11月28日

控訴人(原告) A野太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木幸子

同 堀哲郎

被控訴人(被告) ユナイテッド・エアー・ラインズ・インク

日本における代表者 ジェームス・シー・ブレナン

右訴訟代理人弁護士 角山一俊

同 古田啓昌

同 古賀貴泰

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  控訴人が、被控訴人との間で雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

三  被控訴人は控訴人に対し、一九九七年(平成九年)八月以降毎月末日限り月額一八九一・五〇ドルの金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人に雇用され、試用期間中であった控訴人が、被控訴人に退職届の作成を強要されたのは、実質的な本採用拒否であるとしてその効力を争い、被控訴人に対して、従業員としての地位の確認及び平成九年八月以降の賃金月額一八九一・五〇米ドルの支払を求めた事案である。

原審裁判所は、控訴人の訴えを、管轄権を有しない裁判所に提起した不適法なものとして却下したため、これを不服とする控訴人が控訴したものである。

二  当事者間に争いのない事実等及び主たる争点は、以下に付加、訂正をするほかは、原判決「事実及び理由」欄第二の一及び二(原判決三頁七行目から同二九頁九行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

(原判決に対する付加、訂正)

1  原判決四頁八行目の「の間で」と「事前雇用契約」の間に、「「雇用契約に関する事前雇用契約」と題する契約書(以下、「本件雇用契約書」という。)により」を加える。

2  同五頁一行目の「本件雇用契約」を「本件雇用契約書」と改める。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所の判断は、以下のとおり訂正し、次の二において、当審における控訴人の主張及びこれに対する判断を付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄第三(原判決二九頁末行から同五一頁一行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。

(原判決に対する訂正)

1 原判決四〇頁三行目の「質疑応答を中心として約一時間の説明が行われている」を「三〇分程度の説明が行われており、その際、質問の有無を問われた客室乗務員訓練生の中から質問はなされなかった」と改める。

2 同四五頁一行目の「解せざるおえない。」を「解せざるをえない。」と改める。

二  当審における控訴人の主張及びこれに対する判断

1  当審における控訴人の主張

(一) 専属的裁判管轄の合意の成否について

原判決は、①本件雇用契約書の写しが、控訴人が署名した平成九年一二月一六日の約一か月前である平成九年一一月一二日付けで控訴人に送付されており、その際内容に質問があれば受け付ける旨の文書も送付されていること、②控訴人は、送付されてきた本件雇用契約書の写しを読んで理解し、さらに平成九年一二月一三日午前、本件雇用契約書の内容の説明が行われていること、③平成九年一二月一六日、本件雇用契約書に客室乗務員訓練生が署名する際にも、質疑応答を中心として約一時間の説明が行われたこと、④控訴人は英語の能力も十分であったことを認定し、そこから専属的裁判管轄の合意の成立を認めたが、以下に述べるとおり、これは不当な認定である。

(1) フランク・コロッシから訓練候補生に宛てた手紙(乙三三)の日付は一一月一二日となっているが、これはアメリカで作成された日付であって、実際に控訴人がこれを受領したのは、本件雇用契約締結の二週間程度前にすぎない。特に、控訴人にとってこのころは、仕事のほか、出発準備もあり、また訓練参加前に既に出されていた課題もあり、引っ越しもあって、相当忙しい時期でもあったのであり、このような時期にわずか二週間程度の間に、日本語訳も添付されていなかった本件雇用契約書の写しを細部にまでわたって検討し、特に専属的裁判管轄についてまで理解することができたはずがないのである。

(2) 右乙第三三号証には、「一二月一三日の午前中に、契約書の内容を詳細にご説明申し上げ、また皆さんのご質問にお答えします。」との記載があるが、これはあくまでも予定であって、実際に一二月一三日の午前中に本件雇用契約書の内容が詳細に説明されたか否かは、この書面だけからは不明であり、他にこの点に関する証拠はフランク・コロッシの陳述書のみであるが、これは抽象的な記載に終始しており、信用性に乏しい。そして、配布するとされていたAFA協定が配布されなかったことからすれば、予定とは異なり説明は実施されなかったと認定すべきである。

(3) 一二月一六日は、控訴人をはじめとする訓練候補生三四名が大部屋に集められ、担当者からは契約条項について逐一説明がなされたわけでもなく、契約書の内容を十分に吟味できる時間も与えられず、もちろん質疑応答の時間も与えられなかった。一方、控訴人は、シカゴに到着したばかりで、これから開始される雇用選抜も兼ねた厳しい訓練を無事卒業できるかどうかということで頭が一杯で、訓練終了後に締結される予定の雇用契約の内容についてまで考える余裕はなく、契約内容を細部にまでわたって吟味することなど不可能な状況であったから、控訴人としては、雇用契約が継続している間はアメリカの法律に従わざるを得ないという程度の認識を有するに至ったものの、本件のように被控訴人との間に雇用契約がなくなった後に日本の裁判所で裁判が受けられなくなるなどということは夢にも考えていなかったのである。

(4) 控訴人の英語の能力は、被控訴人の客室乗務員としての職務を遂行する上では十分であった。しかし、ここで問題となるのは、本件雇用契約書の内容が完全に理解できたかどうかであり、英語の能力そのものではない。

(二) 専属的裁判管轄の合意の効力(原判決の認定について)

原判決は、①AFA協定による保護が形骸化しているとはいえないこと、②控訴人には本件雇用契約締結までに十分な検討期間があり、被控訴人に対し、内容についての問い合わせをすることもでき、ひととおり説明を受けていることからして、説明が不十分であったとはいえないこと、③本件雇用契約がAFA協定に拘束され、被控訴人としてもそれに反することができないことや、本件雇用契約の内容がAFA協定による保護とあいまって必ずしも労働者に一方的に不利益を化すものとはいえず、専属的裁判管轄の合意がAFA協定の前提となっていたことからして著しく不合理ということはできないこと、④専属的裁判管轄の合意が控訴人の訴訟提起及び追行を著しく困難にするとはいえないことを挙げて、専属的裁判管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に反するとまではいえないと判断し、さらに、労務の給付地及び給与の支給場所を根拠に専属的裁判管轄の合意の効力を覆すことはできないとも判断する。しかし、右判断は、以下に述べるとおり不当である。

(1) AFAが、試用期間後半九〇日の者に対して書面による勧告を行ったことはほとんどなく、ましてやそれによって決定が覆されたなどということもほとんどない。現に、控訴人の場合も、AFAは、口頭で被控訴人に対して打診した程度にすぎず、書面による勧告は行われていない。本件においても、AFAは、「控訴人が退職届を被控訴人に提出したことが大きな障害となった」として、控訴人の救済を拒否しているのであり、原判決は、このような実態を無視して形式的な判断をしている。

(2) 控訴人が被控訴人に対して本件雇用契約書の内容について問い合わせなかったのは事実である。しかし、コロッシから訓練候補生に宛てた手紙には、「一二月一三日の午前中に、契約書の内容を詳細にご説明申し上げ、また皆さんのご質問にお答えします。」とされているのであり、控訴人が会ったこともないコロッシに対し、事前にファックスや電話で話すよりも、その機会に説明を受ければよいと考えるのも当然のことである。しかも、コロッシは、右手紙中でわざわざ四点について強調しており、これを読む側からすれば、この契約書で重要な点はこの程度なのだと理解し、さして契約書の内容について疑問も感じなかったとしても当然のことである。

(3) 試用期間中の者は、AFAの代表者を選任する投票権すら与えられておらず、AFAによる保護どころか、組合員としての地位も実質的には与えられていないのが実態である。原判決がいうような「対等当事者間が交渉を通じて双方の利害を調整した結果である」とか「労働者の権利保護にも配慮されている」とかは本採用された者だけにいえることである。また、紛争処理手続、専属的裁判管轄の合意及び準拠法の合意については、AFA協定のどこにも規定されていないのみならず、控訴人がAFA協定の写しを受け取ったのは、本件雇用契約を締結した後であり、契約締結の際にAFA協定についての説明は全くなかった。

そもそも原判決は、本件雇用契約締結の際の使用者(被控訴人)と労働者(控訴人)の立場の相違や力関係の問題を、契約内容として労働者がどのような保護を受けているかという明らかに次元の異なる問題にすりかえてしまっている。本件での問題は、契約の内容がどうであれ、これから契約関係に入ろうとする当事者が、それぞれどういう立場にあったかなのである。

(4) 原判決は、「訴訟提起のための手数料は、米国は日本に比較して低額であり、弁護士費用も成功報酬制の普及によって直ちに支払わなければならないものではな」いと認定しているが、このように認定するに足りる証拠は何もないばかりか、この問題が専属的裁判管轄の合意が公序法に違反するか否かの判断の一要素となるものであり、当事者間の公平をも考慮に入れ、相対的に判断されるべきであることを忘れた認定である。日本に住所及び生活の本拠を有する控訴人にとって、米国で訴訟を提起してこれを追行する場合に現実に受ける不利益の程度は原判決が認定するような程度ではない。反面、被控訴人においては、現に本件仮処分事件及び本件の原審でしたように被控訴人代理人弁護士によって容易にかつ十分な訴訟活動をなし得るのである。

また、日本と米国といずれの準拠法が控訴人の保護に厚いかは、本件についていえば解雇法理の問題であり、使用者は試用期間中においても、従業員としての適格性を欠く合理的な理由が認められない限り自由に雇用を終了させることができないとするなど判例上も厳格な解雇規制法理が確立している日本の方が控訴人の保護に厚いことはいうまでもない。

(三) 専属的裁判管轄の合意の効力(権利濫用)

解雇法理について、日本と米国とを比較した場合、米国においては、現時点では解雇自由原則を否定して正当事由のない解雇を禁じるところまでは到達していないのに対し、日本においては、使用者は、試用期間中においても従業員としての適格性を欠く合理的な理由が認められない限り自由に雇用関係を終了させることができないとされるなど、米国法よりも厳格な解雇規制法理が確立している。以上を前提にすると、被控訴人が、本件雇用契約においてわが国の裁判管轄を排除した目的は、わが国の厳格な解雇規制法理の適用を免れることにあるというべきであって、裁判管轄についての被控訴人の主張は、権利の濫用である。

2  控訴人の主張に対する判断

(一) 控訴人の主張(一)について

専属的裁判管轄の合意の成立に関する控訴人の主張は、以下に述べるとおりいずれも理由がなく、本件においては専属的裁判管轄の合意が成立しているというべきである。

(1) 乙第三三号証が控訴人に到達した日がいつであるかについては、本件雇用契約締結の二週間程度前という控訴人の供述以外に客観的証拠がない。しかし、控訴人の供述どおり検討期間が二週間程度であったとしても、本件雇用契約書は数頁程度の英文の書面であり、控訴人の英語能力に照らせば、二週間という期間はその内容を理解するのに不十分だったとはいえない。

(2) 確かに、一二月一三日午前中に本件雇用契約書の内容についての説明がなされたことを裏付ける客観的な証拠がないことは控訴人の主張するとおりである。しかし、仮に、説明がなされなかったとしても、本件雇用契約書の内容に疑問があれば、一二月一六日の本件雇用契約の締結に際し、その場で質問することも可能であったし、フランク・コロッシからの手紙にも「何か疑問な点がありましたら、遠慮なく私に問い合わせて下さい。」との文言が、同人のアメリカでのファックス番号及び電話番号とともに記載されているのであり、このような状況の下で本件雇用契約についての被控訴人の説明が不十分であったということはできない。

(3) 一二月一六日の説明について、控訴人はごく短時間で終わってしまったと供述するが、それでも「質問がなければということで、説明らしい説明はありませんでした。」(五四頁)と、質問があれば受け付ける旨の発言はあったことを窺わせる供述をしている。また、本件雇用契約書の第六項には、「控訴人の雇用条件に何らかの意味で関連する全ての請求、不服、訴因、紛争及び訴訟」と明記されており、これに解雇後の紛争、訴訟が含まれないという理解は極めて不合理であり、その旨供述する控訴人の供述は信用できないし、仮に、真実そのように信じていたのだとすれば、そのように信じたことについての過失を否定できないというべきである。

(4) ここでの問題が本件雇用契約が理解できたかどうかであることは控訴人の指摘するとおりであるが、本件雇用契約書がことさら困難な英文となっているわけではなく、その自然な解釈で裁判管轄についても理解が得られるような内容であること、説明会を含めて質疑応答の機会は保障されていたことからすれば、仮に控訴人が現実に本件雇用契約書の内容を理解できなかったとしても、その責めは控訴人自身が負うべきである。

(二) 控訴人の主張(二)について

専属的裁判管轄の合意の効力に関する控訴人の主張は、以下に述べるとおりいずれも理由がなく、本件における専属的裁判管轄の合意は有効であるというべきである。

(1) AFAによる保護は、専属的裁判管轄の合意の効力を判断する際の一つの要素にすぎないのであって、AFAによる保護の実態が控訴人の主張するとおりであるとしても、このことから直ちに本件における専属的裁判管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に反するとまではいえない。

(2) 一二月一六日に、被控訴人の側から訓練候補生に対して質問の有無を尋ねたことが認められることは前記のとおりであり、現実に説明がなされなかったとしても、これをもって専属的裁判管轄がはなはだしく不合理で公序法に反するほど説明が不十分であるとまではいえない。

(3) 控訴人は、本件雇用契約締結する前は、被控訴人の旅客サービス職員(地上職)として成田ないし伊丹で勤務しており、そのときの雇用契約には準拠法規定も管轄規定も存在しなかったところ、その後、自らの意思で被控訴人のシカゴ本社との事前雇用契約に署名して、従前の地上職としての雇用契約から自ら離脱したのである。もし、控訴人が、事前雇用契約の内容に不満があれば、事前雇用契約を締結することなく、従前の地上職勤務に復帰することが容易に可能であった。そのような状況下において、控訴人は自らの意思に基づいて事前雇用契約に署名したのであり、使用者である被控訴人が圧倒的優位な立場を背景に労働条件を一方的に定めたということはできないし、労働者たる控訴人がこれに従わざるを得なかったということもできないというべきである。

(4) 米国において、訴訟提起のための手数料が日本に比較して低額であり、弁護士費用も成功報酬制の普及によって直ちに支払わなければならないものではないことは既に我が国でも広く知られており、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。もちろん、現実に控訴人が米国で訴訟を提起してこれを追行しようとすれば、かなりの不利益が伴うことは控訴人の主張するとおりであろう。しかしながら、前述したとおり、控訴人は、事前雇用契約の内容を理解してこれを締結したものと認められるのであって、このことは、かかる不利益についても承認したうえで契約を締結したものとみられてもやむを得ないのである。

(三) 控訴人の主張(三)について

前記認定にかかる本件の事実関係の下においては、米国に本拠を有し、世界のあらゆる地域において輸送業務を営んでいる被控訴人が、日本において客室乗務員を採用する際に、雇用条件に関する裁判管轄を米国の裁判所に帰属する旨の契約を締結する自由を否定される理由は見出し難いのであって、本件における被控訴人の主張を権利の濫用と評価することはできないというべきである。

第四結論

以上によれば、控訴人の訴えを却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石垣君雄 裁判官 芝田俊文 蓮井俊治)

<以下省略>

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