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東京高等裁判所 平成12年(ネ)2840号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における予備的請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、六一五万円及びこれに対する平成一一年六月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  控訴人の当審における予備的請求

前記一2と同じ

第二事案の概要

本件は、被控訴人と労働契約を締結し勤務していた柴田和夫(以下「柴田」という。)と、金銭消費貸借契約、工事請負契約、株式会社エス・エイ・シー(旧商号株式会社東洋テクニカ、以下「エスエイシー」という。)の請負代金債務につき併存的債務引受契約を締結した控訴人が、被控訴人に対し、柴田は被控訴人から右各契約を締結する代理権を付与されており、仮にそうでなくとも、表見代理ないし表見支配人の規定が適用されることなどを主張し、右各契約に基づく貸金又は請負代金の合計六一五万円及びこれに対する訴状送達の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたが、平成一二年四月二五日、右の主張はすべて排斥され請求棄却判決を受けたことから、控訴を提起するとともに、当審において、予備的に柴田の不法行為を理由とする民法七一五条(使用者責任)の損害賠償請求を追加したという事案である。

一  証拠により明らかに認められる事実

1  被控訴人は、立体駐車場の設計施工、土木建築工事の請負、設計、監理等を目的とする代表者を含め一〇人前後の社員を有する株式会社であるが、立体駐車場の設計作業等を遂行するため一級建築士の関与が必要であったことから、平成六年三月一〇日、一級建築士の資格を有する柴田と労働契約を締結した。その契約の内容は、期間を一年として満了ごとに更新し、勤務日は原則として火曜と木曜の週二日、基本賃金は月額三〇万円、身分は嘱託、勤務内容は、建物の建築及び内装工事並びに立体駐車場設備の設計、工事監理、これらに関する諸官庁、行政機関及び顧客関係先との調整折衝とされていた。

(甲二、乙一〇、二二、二八)

2(一)  控訴人は、平成八年五月一六日、土木・建築工事の設計、施工、監理等を目的とする有限会社として設立され、平成九年一〇月一六日、組織変更をした株式会社である。(甲一)

(二)  控訴人は、平成九年九月八日、柴田が代表取締役を務めるエスエイシーから、東京都渋谷区恵比寿四丁目一番一八号所在のイタリアレストラン「花水木」(以下「花水木」という。)の改装工事のうちパラペット、腰パネル造作工事を、代金三六〇万円(消費税込み)、同年一〇月二〇日現金振込み等の約定で請け負い、同月二〇日ころ、右工事を完成し引き渡した。したがって、控訴人は、エスエイシーに対し、三六〇万円の請負代金債権を有する。(甲三、四、九、二三、乙六、二二)

(三)  控訴人は、平成九年九月二九日、エスエイシーから、花水木の改装工事に係るパントリー什器製作等の追加工事を、代金三一万五〇〇〇円(消費税込み)、同年一〇月二〇日現金振込み等の約定で請け負い、同月三〇日、右工事を完成し引き渡した。したがって、控訴人は、エスエイシーに対し、三一万五〇〇〇円の請負代金債権を有する。(甲一〇、二三、乙二二)

二  主要な争点

本件の主要な争点は、被控訴人が柴田に対し、控訴人と金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約を締結する代理権を付与していたか、代理権を付与していなかったとしても、表見代理ないし表見支配人の規定が適用されるか(主位的請求)、被控訴人は、柴田の控訴人に対する不法行為につき使用者責任を負うか否か(予備的請求)である。

三  争点に関する控訴人の主張

1  主位的請求

(一)(1)  控訴人は、平成九年六月、柴田から被控訴人の外部スタッフの設計料分の金員を一時貸して欲しいとの要請を受け、被控訴人(代理人の柴田)に対し、同月三〇日に一〇〇万円、同年七月一〇日に五〇万円の合計一五〇万円を貸し渡した。

(2)  控訴人は、平成九年一〇月一二日、被控訴人(代理人の柴田)から、花水木のメンテナンス工事を代金五〇万円(消費税込みで五二万五〇〇〇円)で請け負い、同月二〇日ころ、右工事を完成し引き渡した。

(3)  控訴人は、平成九年一〇月一四日、被控訴人(代理人の柴田)から、同じく花水木のメンテナンス工事を代金二〇万円(消費税込みで二一万円)で請け負い、同月二〇日ころ、右工事を完成し引き渡した。

(4)  被控訴人(代理人の柴田)は、平成九年一〇月二六日ころ、控訴人に対し、被控訴人の控訴人に対する右貸金債務及び各請負代金債務の存在を確認するとともに、エスエイシーの控訴人に対する前記一2(二)(三)の合計三九一万五〇〇〇円の請負代金債務を併存的に引き受け、以上の合計六一五万円を同年一二月二五日に支払う旨を約した。

(二) 前記(一)の控訴人と被控訴人間の金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約は、柴田が被控訴人の代理人として締結したものであり、柴田は、当時、被控訴人の所長ないし設計室長として、被控訴人代表者に次ぐ地位及び権限を有し、被控訴人を代理して右各契約を締結する広範な権限を有していた。

(三) 仮にそうでなかったとしても、柴田は、<1>建物の建築、内装工事に伴う業務について被控訴人を代理する権限(基本代理権)を有していたこと、<2>控訴人が受け取った柴田の名刺には、同人の肩書として被控訴人所長と記載され、被控訴人には、柴田所長宛の電話及びファックスが送られて来ており、現に、柴田は被控訴人社内で所長と呼ばれていたこと、<3>被控訴人代表者は、被控訴人の外部スタッフとして、柴田が被控訴人名の名刺を使用することを容認し、所長名義の使用も黙認していたこと、<4>控訴人は、前記(一)(2) (3) のメンテナンス工事に係る被控訴人宛の見積書を作成しこれを被控訴人に送付していること、<5>被控訴人は、柴田に対し、被控訴人の業務とは別に個人的業務を行うこと及び被控訴人の設備を個人的業務に使用することを認めており、他方、柴田は、被控訴人に対し、個人的業務の売上げの数パーセントを支払う旨を約束していたことなどからすると、控訴人が柴田には被控訴人を代理して前記(一)の各契約を締結する権限があると信じたことには正当な理由があるというべきである。したがって、民法一一〇条所定の表見代理が成立し、被控訴人は、控訴人に対し、右各契約に基づき合計六一五万円の支払義務を負う。

(四) また、柴田は、被控訴人から所長の名称を付されていた使用人であるから、商法四二条により支配人と同一の権限を有するものと見なされる表見支配人と認められ、被控訴人は、前記(三)と同様の責任を負う。

2  予備的請求

柴田は、前記1のとおり、被控訴人の代理人の外観を有しながら、実際には個人的業務として控訴人と取引をしたものであるから、控訴人は、被控訴人に合計六一五万円の貸金又は請負代金を請求できないことになり、同額の損害を受けたことになる。被控訴人は、その事業の執行のため柴田を使用する者に当たるから、民法七一五条により、柴田が事業の執行として控訴人に与えた右の損害を賠償する責任を負う。

四  被控訴人の反論

1  主位的請求について

控訴人が主張する前記三1(一)の控訴人と被控訴人間の金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約は、被控訴人の全く関知しないものであり、柴田は、花水木に関連する業務を個人的業務として行ったものであり、右各契約につき被控訴人を代理する権限を有していないことはもちろん、建物の建築、内装工事に伴う業務について被控訴人を代理する権限も有していなかった。控訴人は、柴田がこれらの権限を有しないことを十分知っていたし、少なくとも容易に知り得たものであるから、表見代理ないし表見支配人の規定は適用されないというべきである。

なお、被控訴人は、柴田の肩書として被控訴人の設計室長を付したことはあるが、所長の肩書を付したことはなく、そのような肩書の名刺の使用を承認したこともない。

2  予備的請求について

控訴人は、柴田の行為が被控訴人の事業の執行に当たらないことを知っていたはずであり、仮に知らなかったとしても、容易に知り得たはずであるから、重大な過失があるというべきであり、被控訴人が控訴人に対し、使用者責任を負うことはない。

第三当裁判所の判断

一  事実関係

証拠(甲二ないし七、一一ないし一七、一八の一ないし三、一九、二一、二二の一ないし四、二三、乙一、四、九ないし一四、一五の一ないし三、二二、二七、二八、証人柴田、控訴人及び被控訴人各代表者本人)によれば、以下の事実を認めることができる。

1  柴田の被控訴人における業務は、工事の設計、施工、監理に関する技術的な事項について、一級建築士としての専門的な立場から技術指導等を行うとともに、それとの関連において、諸官庁、行政機関、顧客関係先と建築に関する専門的事項について調整・折衝を行うというものであり、柴田が被控訴人を代理して、金銭消費貸借契約、工事請負契約、あるいは、併存的債務引受契約などを締結することは、全く予定されていなかった。そして、柴田の被控訴人における身分は嘱託であり、その役職も設計室の室長であったから、営業に関する権限は付与されていなかった。

なお、柴田は、控訴人に対し、被控訴人の所長と名乗り、その旨の肩書が記載された名刺を交付していたが、被控訴人の職制上、所長という役職はなく、被控訴人も、柴田に対し、所長という肩書の使用を黙認したことはなかった。ちなみに、被控訴人の事務所の入口には、代表取締役藤井健自、一級建築士柴田和夫と明瞭に記載された掲示板が、目に付きやすい位置に貼られていた。

2  柴田は、被控訴人における週二日の業務とは別に、個人的に設計業務等を手掛けており、平成九年五月二〇日以降、土木建築工事の設計、施工、監理等を目的とするエスエイシーの代表取締役を務めるなどしていたが(ただし、代表取締役就任登記は同年八月四日であった。)、他に事務所を持っていなかったため、事実上被控訴人の事務所を個人的な仕事の連絡場所に利用しており、被控訴人も柴田が電話やファックスを使用することを黙認していた。また、柴田は、被控訴人設計室長の肩書を付された名刺を被控訴人から支給されており、被控訴人の業務を遂行するに当たってはその名刺を使用していたが、他に被控訴人所長の肩書を付した名刺を勝手に作り、個人的に仕事を請け負う上で対外的に信用を獲得するため利用していた。

3  柴田は、平成四年ころから付き合いのある株式会社ベンチャーコア(以下「ベンチャーコア」という。)の代表者田村昌雄(以下「田村」という。)と、平成七年一〇月二六日、業務基本契約を締結し、互いに信頼関係を結んで各々の事業の発展を促進するために必要な情報を交換し合うことなどを約していたが、ベンチャーコアは、花水木の開業に当たって、その設計、企画、運営を含めたトータルコーディネートを柴田に依頼した。このように、柴田は、個人的な業務として花水木のトータルコーディネートに関与するようになったものであるから、このことを被控訴人に報告したり相談したりすることは一切なかった。

4  控訴人は、平成九年五月ころ、柴田の義弟である松澤久平から柴田を紹介され、被控訴人の事務所に柴田を訪ねた。控訴人は、その場で、柴田がベンチャーコアのために依頼した設計デザイナーを交え花水木の改装工事の内容についての説明を受けたこと、柴田から、同人が勝手に作った被控訴人所長の肩書のある名刺を受け取ったこと、その後、被控訴人の事務所に架電して柴田所長の所在を尋ねると、被控訴人の従業員がそのまま柴田に取り次いでくれたりしたことなどから、被控訴人が花水木の改装工事の元請けであり、柴田は被控訴人の所長であって、被控訴人を広範に代理する権限を有していると思い込んだ。そこで、控訴人は、被控訴人から花水木の改装工事を一括して下請けできることを期待し、同年六月一三日、右改装工事の内部解体工事、内装工事を内容とする代金三五〇〇万円の被控訴人宛見積書を作成し、これを柴田に交付し、さらに、柴田から求められ、同月一四日、同じく設備工事を内容とする代金四〇〇万円の被控訴人宛見積書を作成し、これを柴田所長宛として被控訴人の事務所にファックスした(柴田が被控訴人の事務所のファックスを個人的業務に使用することを黙認されていたことは、前記2のとおりである。)。

5  控訴人は、平成九年六月、柴田から設計のデザイナーに支払う代金を一時貸して欲しいと依頼され、花水木の改装工事を何としても受注したいと思っていたことから、平成九年六月三〇日に一〇〇万円を、同年七月一〇日に五〇万円をそれぞれ貸し渡し、これらの金員を柴田の指示により同人の銀行口座に振り込んだ。なお、右の貸付につき、控訴人と被控訴人の間において金銭消費貸借契約書等の書類は一切作成されなかった。

6  ベンチャーコアは、同年八月一一日ころ、花水木の改装工事を代金一三五〇万円でエスエイシーに発注することになった。そこで、柴田は、控訴人に対し、花水木の改装工事に関し、エスエイシーが一括受注することになったので、控訴人はエスエイシーの下請けとしてパラペット工事を行って欲しいと依頼したところ、控訴人は、これを承諾し、前記第二、一2(二)(三)のとおり、同年九月九日と同月二九日の二回にわたり、エスエイシーからパラペット工事等を請け負い、右工事を完成し引き渡した。

7  平成九年一〇月初めころ、施主のベンチャーコアとエスエイシーとの間において、花水木の改装工事の出来不出来を巡って対立が生じ、田村と柴田の関係も疎遠になった。控訴人は、そのころ、柴田から、エスエイシーが施工業者として行った工事につき、エスエイシーがベンチャーコアとトラブルを起こした、ベンチャーコアから控訴人に頼めば良かったとの話が出た、施工業者を変更することになったので右改装工事に関する追加補修工事(メンテナンス工事)を行って欲しいと依頼され、これを承諾し、消費税込みで代金五二万五〇〇〇円と代金二一万円の各メンテナンス工事を行い、これを完成し引き渡した。

しかし、控訴人は、エスエイシーはともかく、被控訴人はなおも花水木の改装工事の元請けであるから、被控訴人と請負契約を締結するものと考え、右メンテナンス工事に関する二通の見積書(いずれも消費税抜きで、代金五〇万円のものと代金二〇万円のもの)を被控訴人宛で作成し、これらを柴田所長宛として被控訴人の事務所にファックスした(柴田が、このファックスを個人的業務に使用することを黙認されていたことは、前記2のとおりである。)。なお、柴田は、被控訴人の代理人として右の各メンテナンス工事の請負契約を控訴人と締結したことにつき異議を述べていないが、そのことは後記8で作成された注文書の記載から明らかである。

8  控訴人は、ベンチャーコアとエスエイシーがトラブルを起こしたことから、柴田に対し、前記6の控訴人がエスエイシーから請け負ったパラペット工事等の請負代金の支払はどうなるのかを尋ねたところ、柴田は、被控訴人がエスエイシーの代わりに支払う旨を述べた。そこで、控訴人は、柴田に対し、被控訴人がエスエイシーの代わりに支払うことを書面にするよう求めたところ、柴田から「注文書を切るからはんこを押して持ってきてくれ。現場がなくて動きやすいので、日曜日でもよいか。」と言われ、代金四六五万円(内訳はパラペット・腰パネル造作工事三六〇万円、パントリー什器等追加工事三一万五〇〇〇円、分電盤前点検口等追加工事五二万五〇〇〇円、パントリー入口スチールパーテーション等追加工事二一万円)、支払後の残金は一五〇万円となり次回現場で清算する旨を付記した注文書を持参して被控訴人の事務所に赴き(その日が日曜日であったことは認められるが、具体的な日時は証拠上明らかでない。)、右注文書を柴田に提示した。柴田は、経理室から勝手に被控訴人の記名印と社印を持ち出し、これらを右注文書の発注者欄に押捺したが、支払後の残金一五〇万円を含めた代金額の注文書に作り直そうということになり、一旦作成した右の注文書をコピーし、修正液を用いるなどして、代金六一五万円(内訳はパラペット・腰パネル造作工事五一〇万円、パントリー什器等追加工事三一万五〇〇〇円、分電盤前点検口等追加工事五二万五〇〇〇円、パントリー入口スチールパーテーション等追加工事二一万円)、支払は平成九年一二月二五日とする旨を記載した注文書を作成し、控訴人に交付した(これにより、柴田は、被控訴人の代理人として、控訴人との間において、エスエイシーの債務につき併存的債務引受契約を締結したと解することができる。)。

9  柴田は、平成九年一二月末ころ、控訴人から前記8の工事代金等を支払うよう請求され、個人的な仕事に関連して回収した有限会社インテリアダイトー振出に係る額面三〇〇万円の約束手形に、被控訴人所長の肩書で裏書した上、柴田個人の印鑑を押捺し、これを控訴人に交付したが、右約束手形は、その後不渡となった。

二  主位的請求

1  (柴田の代理権)

控訴人は、花水木の改装工事に関連して柴田と締結した金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約につき、柴田は、被控訴人の代理人としてこれらの契約を締結する広範な代理権を有していた旨主張する。

しかし、前記一1ないし3で説示したとおり、柴田の被控訴人における業務は、一級建築士としての資格や知識を生かし、工事の設計、施工、監理に関して専門的な立場から技術指導を行い、顧客等関係者に対し建築に関する専門的事項について調整や折衝を行うというものであり、金銭消費貸借契約の締結はいうまでもなく、工事請負契約や併存的債務引受契約等を締結する権限は付与されていなかったこと、柴田は、被控訴人の承諾なく、勝手に被控訴人所長の肩書を付した名刺を作成していたが、個人的に仕事を請け負う上で対外的な信用を獲得するためこれを利用していたにすぎないこと、柴田は、個人的な業務として、ベンチャーコアに依頼され花水木のトータルコーディネートに関与するようになったものであり、被控訴人は花水木の改装工事とは無関係であることが認められる。したがって、花水木の改装工事に関連し、柴田が被控訴人の代理人と称して控訴人と前記各契約を締結したとしても、無権代理に当たることは明らかであるから、控訴人の右主張は採用しない。

2  (表見代理の成否)

次に、控訴人は、花水木の改装工事に関連して柴田を被控訴人の代理人として締結した金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約については民法一一〇条所定の表見代理が成立するから、被控訴人は右各契約につき責任を負うと主張するので、この点を検討する。

(一) 前記一1、2のとおり、柴田は、被控訴人所長の肩書を付した名刺を使用するなど、控訴人との関係では被控訴人の所長として行動し、被控訴人の社員も、控訴人が電話で柴田を所長と呼んだことにつき、特に異議を述べることなく取次をしたこと、控訴人が被控訴人宛の工事見積書を作成し、これらを柴田所長宛として被控訴人の事務所にファックスしても、特段のクレームはなかったことなどからすると、控訴人が柴田には被控訴人を代理する権限があると誤信したことについては、無理からぬ面があるといえなくない。

しかしながら、控訴人は、平成九年五月ころ、被控訴人の事務所を訪ねて柴田に会ったところ、その入口に、被控訴人の代表者は藤井健自で、柴田は一級建築士であることが明瞭に記載された掲示板が貼られていたのであるから、右藤井に対し、一級建築士である柴田が被控訴人においてどのような権限を付与されているのかを問い合わせることは容易であったということができる。特に、前記一5のとおり、控訴人は、柴田から依頼され、平成九年六月三〇日に一〇〇万円、同年七月一〇日に五〇万円を、柴田の指示により同人の銀行口座に振り込んで貸し渡したが、被控訴人との間において金銭消費貸借契約書等の書類を作成しなかったものである。右の一五〇万円の振込みが被控訴人に対する金銭消費貸借であったとすれば、これを被控訴人名義の銀行口座に振り込むのが当然であるが、それにもかかわらず、柴田が自己の銀行口座に一五〇万円を振り込むよう指示したというのは、極めて不自然である。加えて、このように会社間で金銭消費貸借契約を締結するのであれば、控訴人と被控訴人の間において契約書を作成すべきであるが、控訴人も柴田も、金銭消費貸借契約書等の書類を一切作成しようとしなかった。そして、これらの点につき、控訴人から合理的な説明はされていない。

そうすると、控訴人は、遅くとも、柴田から一五〇万円の金銭消費貸借を依頼され、その振込先を柴田個人の銀行口座と指示された時点で、右の金銭消費貸借は被控訴人に対するものか否か、柴田に被控訴人を代理する権限があるか否かにつき強い疑念を抱くべき状況にあったから、それらの点を被控訴人に問い合わせるとともに、被控訴人に対し、金銭消費貸借契約書の作成を求めるべきであったということができる。右のように、控訴人が被控訴人に問い合わせ等をしていれば、柴田が控訴人に依頼した一五〇万円の金銭消費貸借は、被控訴人でなく柴田個人に対するものであること及び柴田には被控訴人を代理する権限が付与されていないことが容易に判明したことは明らかであるし、被控訴人が花水木の改装工事に全く関与していないことも判明したであろうことは明らかである。したがって、控訴人は、右の金銭消費貸借が被控訴人に対するものか否か、柴田は被控訴人から代理権を付与されていたか否か等につき重大な疑念を抱くべき状況にあったにもかかわらず、柴田は被控訴人から代理権を付与されていると誤信し、柴田と金銭消費貸借契約を締結し、その後も工事請負契約及び併存的債務引受契約を締結したのであるから、重大な過失があるといわざるを得ない。

なお、控訴人代表者は、代表者本人尋問において、柴田を被控訴人の代表者であると認識していた旨供述しているが、これは被控訴人の商業登記簿謄本を調査すれば容易に明らかになることであるし、前記のとおり、被控訴人事務所の入口に代表取締役は藤井健自である旨を記載した掲示板が貼られていたのであるから、右の認識の誤りについての過失は更に重大である。

(二) また、控訴人は、前記一8のとおり、柴田から、被控訴人がエスエイシーの控訴人に対する請負代金債務を代わりに支払うと言われ、殊更日曜日で従業員が誰もいない被控訴人の事務所に赴き、持参した代金四六五万円の注文書の発注者欄に、柴田が経理室から持ち出した被控訴人の記名印と社印を押捺し、さらに、一旦作成した右の注文書をコピーし、修正液を用いるなどして、代金六一五万円の注文書を作成したものであるが、このような極めて不明朗な注文書の作成状況に照らすと、柴田が被控訴人の記名印と社判を用いて併存的債務引受契約を締結する権限を有しているか否かにつき、当然に疑念を抱くべきであった。加えて、柴田は、エスエイシーの代表取締役であり、平成九年八月四日に就任登記がされていたのであるから、控訴人がエスエイシーの商業登記簿を確認しておけば、エスエイシーの債務を被控訴人に引き受けさせようとした柴田の意図を容易に知ることができたはずである。

そうすると、控訴人は、柴田が被控訴人から併存的債務引受契約を締結する代理権を付与されていたと誤信したことについても、重大な過失があるということができる。

(三) 以上のように、控訴人は、柴田と金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約を締結するに際し、被控訴人から代理権を付与されていると信じたことについて正当な理由があると認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、民法一一〇条所定の表見代理が成立するとの控訴人の主張は失当である。

3  (表見支配人の成否)

控訴人は、被控訴人は、使用人である柴田に所長の名称を付与していたのであるから、柴田は商法四二条により支配人と同一の権限を有するものと見なされる表見支配人と認められ、柴田が控訴人と締結した金銭消費貸借契約、工事請負契約及び併存的債務引受契約につき責任を負うと主張する。

しかし、前記一3のとおり、柴田は、肩書を被控訴人所長と記載した名刺を勝手に使用していたものであって、被控訴人は、柴田が所長という名称を用いるのを容認していなかったこと、加えて、前記2のとおり、控訴人が柴田に右各契約を締結する権限があると誤信したことにつき重大な過失があることに照らすと、右の主張を採用することはできない。

三  予備的請求

控訴人は、当審における予備的請求として、柴田は、被控訴人の代理人の外観を有しながら、実際には個人的業務として控訴人と取引を行ったことにより、控訴人に合計六一五万円の損害を生じさせたのであるから、柴田を使用する被控訴人は、控訴人に対し、民法七一五条に基づき、柴田が事業の執行として控訴人に生じさせた右の損害を賠償する責任を負うと主張する。

よって検討するに、被用者のした取引行為が外形上使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、その行為が被用者の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつ、その行為の相手方がその事情を知り、又は、少なくとも重大な過失によりこれを知らないで取引をしたような場合には、その相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を求めることはできないと解すべきである(最高裁判所昭和四二年一一月二日第一小法廷判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)。本件において、取引の相手方である控訴人は、前記二2のとおり、柴田のした行為がその職務権限内において適法に行われたものではないことを容易に知ることができ、重大な過失があったと認められる。したがって、控訴人は、柴田の使用者である被控訴人に対し、民法七一五条に基づき柴田の行為により生じた損害の賠償を求めることはできない。

四  結論

以上のように、控訴人の主位的請求及び予備的請求はいずれも失当であり、本件控訴及び当審における予備的請求は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)

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