大判例

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東京高等裁判所 平成12年(ネ)3342号 判決 2001年9月20日

控訴人(原告)

日本メタルガスケット株式会社

訴訟代理人弁護士

松尾和子

富岡英次

補佐人弁理士

大塚文昭

森哲也

内藤嘉昭

被控訴人(被告)

日本リークレス工業株式会社

訴訟代理人弁護士

秋山賢三

黒田英文

黒田明

補佐人弁理士

杉村暁秀

徳永博

藤谷史朗

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴人の求めた裁判

「原判決を取り消す。

被控訴人は、原判決別紙一「被告製品目録(一)」及び同二「被告製品目録(二)」記載の各製品を製造販売してはならない。

被控訴人は、前項記載の各製品並びにその半製品及び金型を廃棄せよ。

被控訴人は控訴人に対し、9500万円及びこれに対する平成9年4月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行宣言。

第2事案の概要

控訴人は、発明の名称を「金属ガスケット」とする本件特許権(特許第1937638号)に基づき、被控訴人に対し、被告製品の製造販売行為の差止め、被告製品等の廃棄及び損害賠償を求めているが、原判決は、被告製品は本件発明の技術的範囲に属さないと認め、控訴人の請求を棄却した。

事案の概要は、原判決事実及び理由中の第二に記載のとおりである。

第3控訴理由(要点)

原判決は、被告製品が本件発明の特許請求の範囲の記載中の「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」との構成(構成要件B)を備えたものと認定するに足りないとしたが、この点に関してした本件発明の技術的範囲の解釈及び証拠評価は誤りである。

(1)  本件発明における構成要件Bの「冷却水流通空隙」とは、メタルガスケットにおいて、ボルトで締めてもある程度の高さを保持するビードを設けたことにより、冷却水孔とその周囲に設けられたビードとの間に生じる空間のことをいうものであり、ビードの高さとその弾力性によって空間の高さは異なるが、ビード本来の機能に従い、ボルトによる締め付けによってもビードは完全には偏平にならず、必ず生じる空間である。この空間の高さは締め付け力の強さによりかなり低くなるものであるが、冷却水の分子よりも高いものである限り、冷却水孔を流通する冷却水が入ることができる。この空間に入った冷却水は、冷却の必要なエンジン稼働中にその高さが変動することによって、圧力の変動を受けて常に流動させられ、冷却水孔を通過する冷却水の供給を受け、あるいは排出されて滞留することはない。したがって、冷却水流通空隙の高さや形状がどのようなものであれ、メタルガスケットのビードが通常必要な高さと弾性を一定のものとして備えるものであれば、冷却水の流通空隙の断面積を略一定にすること、すなわち空隙の幅を略一定にすることにより、初期の成果を達成することができる。被告製品のガスケットは、このような、本件発明にいう「冷却水流通空隙」を有する。

(2)  原判決は、被告製品に「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」が形成されているとして控訴人が提出した甲第3ないし第6号証、第8ないし第13号証につき、ガスケットとシリンダヘッドのデッキ面との間に冷却水を積極的に流通させる構成を備えていることを証明するものではないと判断しているが、その証拠判断は誤りである。特に、原判決は、甲第5号証及び第11号証について、「ポンピング効果があるという条件下での実験であり、条件設定が不適切である」、「本件明細書にはポンピング効果について何らの言及もされておらず、本件発明は、ポンピング効果がなくても、流路断面積が常にほぼ一定とされた冷却水流通路中路間隙に冷却水を流通させることによって、冷却効果を上げるものと解されることから、ポンピング効果があるという前提自体が不適切である。」と説示するが、本件発明が、ポンピングすなわちエンジン稼働中の振動のない条件、換言すればエンジン静止状態で冷却水が本来循環しない条件の下において、冷却水の流通を確保しようとしたものであると考えるのは、当業者の常識に反する。

第三者機関に依頼し、被告製品の現実の使用状態において、ガスケットに有意な冷却効果が表れることの証明を得たのが、控訴審で提出した甲第14号証の(株)日産ディーゼル技術研究所作成の実験結果である。これによれば、被告製品のガスケットそのものと、このガスケットの前記空間部分に冷却水が入ることを遮断したガスケットを作成し、それぞれ実際の自動車に装備してエンジンを稼動させ、可能な限り同一の条件により、実験室内で実際の走行状態における様々なエンジン回転におけるガスケットの温度を測定した結果、0.8℃ないし3.1℃の範囲内でほぼ一貫して、冷却水を遮断したガスケットの方が高温となった。この傾向は、かなり長い実験中ほぼ一貫して表れており、しかも、各測定場所、2回の実験のいずれにおいても、ほぼ同様の結果であるということができる。この実験結果によれば、被告製品では、冷却水が冷却水流通空隙を流通することにより、メタルガスケットを冷却していることが有意に認められ、間接的にシリンダブロック、シリンダヘッドを冷却していることに疑いはない。

第4被控訴人の反論

(1)  本件発明における「冷却水流通空隙」は、ボルトによる締め付け後も一定以上の高さ及び流通断面を備えたものである必要があり、少なくとも当業者が「冷却効果を向上させる」もの(本件発明の効果)と認識する程度の温度の維持に必要な冷却水の流通量を確保し得る程度の高さ及び流通断面を積極的に具備したものでなければならない。「冷却水流通空隙」たることを意図して作出された空隙と、単にビードが完全に偏平にならないために生じる微小な空隙とでは性質が全く異なる。

被告製品のガスケットでは、「冷却水流通空隙」を意図しておらず、設計思想上隙間なく締め付けることを予定し、微小な公差の範囲内で隙間が生じ得るにすぎないものである。冷却水が略一定に流通することはないし、流通断面が略一定になることもなく、隙間の両端に冷却水の圧力差がないため、冷却効果を向上させるとの本件発明の作用効果を生じない。

(2)  甲第14号証の実験で用いられたエンジンは、そこに記載のF20B型エンジンとは異なるもの、又は少なくともF20B型エンジンのシリンダブロックに加工を施したものであり、現実のエンジン内部の温度分布や冷却水の流通経路を再現したものとはいえない。すなわち、F20B型エンジンのシリンダブロックの4つのシリンダ周囲には、それら4つ分互いに連なった円弧状の冷却水ジャケット上端の間口部が存在しているはずであるが、甲第14号証の実験で用いられたエンジンのシリンダブロックの4つのシリンダのうち2つのシリンダの周囲には、冷却水ジャケットの間口部を覆う円弧状の周辺に埋め物が存在しており、かつその埋め物に、ガスケット冷却水孔と平面的に同じ位置になるように冷却水孔に対応するものと思われる孔が穿たれている。したがって、ガスケットの各冷却水孔部分における圧力差がほとんど同じであるか否かに関する条件が覆されており、埋め物による熱伝導が生じるため、ガスケット近傍における熱分布が実際のエンジンにガスケットを組み付けた状況とは異なるものになる。

仮にエンジンに埋め物がされなかったとしても、この実験は、冷却水の流通の有無や、冷却効果の有無についてのものではなく、ガスケットの空隙のみを一部閉鎖したものと、何も加工を施していないものとの間で温度差が生じるか否かを計測したものにすぎない。したがって、加工したガスケットと加工していないガスケットの温度差が、冷却水の流通を根拠づけるとか、冷却効果であるということはできず、証拠力は低い。

第5当裁判所の判断

当裁判所も、本件発明の特許請求の範囲の記載中の「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」との構成(構成要件B)の意義は、原判決の事実及び理由の第三の一3で説示されているように、金属ガスケットをシリンダヘッドとシリンダブロックとの間の接合面に装着し、ボルトによってこれらを締結した状態において、金属ガスケットの表面並びにその冷却水孔用ビード及びシリンダ孔用ビードとシリンダヘッド又はシリンダブロックのデッキ面とにより形成される空間であって、その中を冷却水が流通する、すなわち、滞ることなく流れることができるという構成を備えるものであり、かつ、この空間の中を冷却水が流通することによって、金属ガスケット自体、シリンダブロックのデッキ面、シリンダヘッドのデッキ面等を効率良く冷却させ、冷却効果を向上させることができるという作用効果を奏し得るものであると解するものである。また、被告製品は、甲第3ないし第6号証、第8ないし第13号証及び当審で提出された甲第14号証以下の甲号各証によっても構成要件Bを備えているものとは認められず、本件発明の技術的範囲に属するとは認められないと判断する。その理由は、以下のとおり、補足説明及び当審で提出された書証に対する判断を加えるほかは、原判決が事実及び理由の第三の一で判断しているとおりである。

控訴人は、本件発明の金属ガスケットの「冷却水流通空隙」は、ボルトによる締め付けによってもビードは完全には偏平にならず、必ず生じる空間であり、冷却水が入ることができるものであると主張するが、本件発明の「冷却水流通空隙」とは、ボルトにより締結され圧縮された場合でも、ガスケットとシリンダヘッド又はシリンダブロックのデッキ面との間に冷却水を滞ることなく流通させるための略一定の断面積を有するものとして形成される空間である必要があるところ、控訴人主張のように、ボルトで締結した場合に金属ガスケットの複数枚の基板の間やガスケットとシリンダヘッド又はシリンダブロックのデッキ面との間の隙間が生じ、その間に冷却水が入ることがあるとしても、その隙間が冷却水を積極的に流通させるための高さのある空間として形成され冷却水が滞りなく流通するものでなければ、本件発明の「冷却水流通空隙」には該当しないというべきである。

また、本件明細書にポンピング効果についての言及がなく、本件発明は、ポンピング効果がなくても、流路断面積が常にほぼ一定とされた冷却水流通路間隙に冷却水を流通させることによって冷却効果を上げるものと解されるものであることは、原判決の説示するとおりであり、この点の誤りを前提として、甲第5号証及び第11号証の証拠評価について主張する控訴理由部分も理由がない。

(1)  乙第10号証及び甲第14号証の写真6によれば、甲第14号証((株)日産ディーゼル技術研究所作成の実験結果)の実験で用いられたエンジンのシリンダブロックの4つのシリンダのうち、左方向から数えて偶数番目に位置する2つのシリンダ周辺(冷却水ジャケットの開口部)に埋め物があり、埋め物に、ガスケット冷却水孔と平面的に同じ位置になるように孔が穿たれていることが認められる。

この事実によれば、ガスケット冷却水孔のうち上記埋め物があるものは、そうでないものとの間で上方へと流通する冷却水の量、冷却水圧力ともに差が生じるものとなることを否定し得ないことになる。また、埋め物により熱伝導が生じるであろうことも否定することができないので、ガスケット近傍における熱分布が、埋め物のないエンジンに被告製品のガスケットを組み付けた状況と異なるものであろうことも否定し得ないところである。

このような可能性を否定することができない以上、甲第14号証の実験結果をもって、控訴人主張のように、被告製品では、冷却水が冷却水流通空隙を流通することにより、メタルガスケットを冷却しているものであり、間接的にシリンダブロック、シリンダヘッドを冷却しているものであることを認めることはできないといわなければならない。

(2)  甲第22、第23号証は、甲第14号証作成に携わった(株)日産ディーゼル研究所の担当者及び控訴人担当者の報告書であり、その内容は、甲第14号証に添付の写真には、実験に使用した装置、部材でないものが含まれているとするものであり、控訴人から、甲第14号証の証拠力に問題がない趣旨で提出されたものである。しかし、特許発明の構成要件具備を立証するためにされた実験について実験対象の装置、部材の写真添付に手違いがあったということだけでも、実験内容及び結果の信憑性を直ちには認めることができないというべきである。

仮に甲第22、第23号証で報告されているように、甲第14号証添付の写真の一部に実験対象でないものが誤って添付されていたにすぎないとしても、同書証の報告書は、エンジンヘッドガスケット接合面の温度の測定の結果に関するものであり、被験対象とされた一つである「ガスケットの微小隙間内に冷却水の流通するガスケット(標準品)」が、冷却水の流通するものであるか否を測定したものに関するものではない。甲第14号証及び第22号証によれば、甲第14号証の作成者が控訴人から依頼を受けた実験内容は、「できる限り実際の走行状態に近い条件で、ガスケットの空隙のみを一部閉鎖したものと、何も加工を施していないものとで、温度差が生じるかどうかを実験する」というものであり、被験対象である被告製品のガスケットは、「ガスケットの微小隙間内に冷却水の流通するガスケット(標準品)」と「冷却水の隙間内流通を封じたガスケット」の2種類とされており、後者のガスケットは「水孔から水が流出しないように、水孔近傍にシリコーンゴムを塗布した」ものであることが認められ、温度の測定結果は①冷却水温は標準品使用の場合の方がやや低い(0.1~0.5℃)、②ブロック温度はほとんど差がない、③ヘッド温度は標準品使用の場合の方が低い(0.5~0.8℃)、④ガスケット温度は標準品使用の場合の方が低い(0.8~3.1℃)とされていることが認められる。しかしながら、標準品とされるガスケットは「微小隙間内に冷却水が流通する」とされているものの、本件発明の構成要件である「冷却水流通空隙」に相当する空隙が形成され「冷却水がその空隙を流通する」構成のものか否かについて確認、調査された形跡はなく、シリコーンゴムを塗布したガスケットとそのような加工をしないガスケットを比較しても、冷却水の流通の有無とは関係なく、塗布されたシリコーンゴムや密封された空気の存在等に影響されて温度差が生じ得る可能性もあり、この実験結果をもって、被告製品において「冷却水が冷却水流通空隙を流通する」ものであることが証明されたということはできない。

したがって、甲第14号証によっても、控訴人主張のように、被告製品が、本件発明における意味で「冷却水が冷却水流通空隙を流通することにより、メタルガスケットを冷却している」との事実を認めることはできないといわなければならない。

(3)  甲第31号証は、被告製品にヘッドとガスケットの間の隙間があるとの試験結果を得たとして記載されている控訴人担当者作成の報告書である。しかし、そこで、隙間があることの裏付けとして示されたのは、ヘッドとガスケットの間の感圧紙の発色状態であり、被験対象のヘッドとガスケットの間に隙間が存することは同書証によってうかがうことはできるものの、同書証によって、冷却水が滞りなく流通するほどの空隙が被告製品に形成されていることまで認めることはできない。

(4)  その他、本件発明の構成要件Bにおける「冷却水を流通させる冷却水流通空隙」との構成を、被告製品が具備するものであることを認めるに足りる証拠はない。

第6結論

よって、控訴人主張のその余の点について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がないので、本訴請求を棄却した原判決は相当である。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

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