東京高等裁判所 平成12年(ネ)3501号 判決 2001年2月08日
控訴人
Y
右訴訟代理人弁護士
田中俊夫
同
工藤昇
同
佐藤進一
同
東玲子
被控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
小田修司
同
権田安則
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨
二 被控訴人
控訴棄却
第二 事案の概要
一 本件は、控訴人の元の妻であった被控訴人が夫であった控訴人に対して、アメリカ合衆国カリフォルニア州の裁判所がした離婚に伴う清算的財産分与の判決の執行不能を控訴人の債務不履行と主張として、損害賠償として11万2990.19米ドルとその遅延損害金の支払を求め、同裁判所がこれとは別にした離婚後の扶養料の支払を命じる判決(五年間一ヶ月一万米ドルの支払いを命じるもの)の強制執行許可を求めた事案である。後者の請求については、外国判決執行許可請求を主位的請求とし、これが認められない場合の予備的請求として、判決で命ぜられた離婚後扶養料の支払については、当事者間で合意ができているとして、この合意に基づき五〇万米ドルとその遅延損害金の支払を求めた。
原判決は、被控訴人の損害賠償請求及び外国判決執行許可請求をすべて認容したので、これに対して控訴人が不服を申し立てたものである。
二 右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
1 原判決は、控訴人が清算的財産分与の判決において分与の対象とされたIRA口座を解約して、判決の執行を不能にしたと認定した。しかし、控訴人は、判決の趣旨を遵守して、IRA口座移転の手続をとったのであり、執行を不能にした事実はない。
2 扶養料支払を命じる判決は、被控訴人が米国で医師免許を取ることを前提とするものである。しかし、被控訴人は、日本に帰国して、米国医師免許の取得の意思はない。この外国判決は、実質上失効しているのであり、その我が国での執行を認めるのは不当である。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所は、被控訴人の請求はすべて理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 事実の経過等
証拠(甲二、三の各一・二、一三、乙四ないし八、一八、一九の一ないし五、二〇、二一、原審における控訴人、被控訴人各本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件の事実の経過などとして、次のとおり認めることができる。
(一) 控訴人と被控訴人とは、日本国籍を有し、共に我が国において医師免許を得た医師であるが、昭和四〇年に婚姻し、平成二年に米国カリフォルニア州法によって離婚した。
(二) 控訴人と被控訴人は、結婚生活の大半を米国カリフォルニア州で送っており、離婚後の平成四年五月一三日に、カリフォルニア州上級裁判所によって、控訴人に対し、清算的財産分与を命じる判決(財産分与判決)が出され、同年一二月三〇日に、離婚後の扶養料支払を命じる判決(扶養料判決)が出された。
(三) 財産分与判決は、当事者の固有資産を確認し、その引渡しを命じ(その結果、専門職法人トモジ・ミズグチM. D. 社の名義となっている一九八八年製ジャガー車は被控訴人の固有資産と確認され、名義変更が命じられた。)、夫婦共同資産の財産分与として、控訴人に対して、被控訴人への次の資産の分与を命じた。
(1) カリフォルニア州ロングビーチ市にある不動産それ自体とこれに加えて控訴人に分配されるロングビーチ市にある別の不動産との価格差調整金三万七五〇〇米ドル
(2) デドルソン信託証券の利益配分から引き出される一一万四六七五米ドル
(3) 控訴人名義のIRA口座(「個人引退口座」というべきもので、個人が収入の多いときに、その一定割合を個人引退信託口座、寄託金口座に取り置き、将来、収入が減少してから引き出して使うという制度)総額の77.9パーセントを夫婦共同資産と認め(残りの22.1パーセントは控訴人の固有資産)、その二分の一である38.95パーセント(その時点での概算額は約四一万米ドル)
(4) 被控訴人名義のシエラ、グレート・ウエスタン及びシェアソンにあるIRA口座の全部
(5) 被控訴人の所有する家具、調度品、所持品すべて
(6) セントメアリー専門職ビルディング不動産協会パートナーシップにおける借家人としての控訴人の持分の半分
(7) アメリカン・キャピタル・ミュニシパル債券基金の債券の半分
など
(四) 扶養料判決は、離婚した当事者双方が米国においてその生活を営むことを前提として、元夫である控訴人は、毎月四万三〇〇〇米ドル以上の収入があるのに対して、元妻である被控訴人の米国での所得能力が、被控訴人が米国で医療を行うための医療ライセンスを有さないために損なわれていること、被控訴人が米国で医者として働ける技能は、三年で培うことができる見込みであることを認定し、それらの事実を前提として、控訴人が、被控訴人に対して、離婚後の扶養料として、平成五年一月一日以降原則として五年間、毎月一万米ドルを支払うように命じた。
(五) 財産分与判決後、被控訴人の代理人であるフィッツパトリック弁護士は、控訴人に対し、(三)(3)のIRA口座の分与を実施するように求め、平成四年一〇月ころまでに、同弁護士と控訴人の代理人であるラーベン弁護士は、ア バンクオブアメリカのある口座(セキュリティパシフィックバンクから移行した口座)の満額、イ グレートウエスタンバンクのある口座の満額、ウ フィデリティーフェデラルバンクのある口座の一部、エ バンクオブアメリカの別口座の一部(同年一二月三一日の金額では合計二九万三〇二四米ドル四二セント)は、現金で被控訴人に支払い、ファーストトラストコープのIRA口座を構成するモーゲージバンクファンドパートナーシップの全部とアラートパートナーシップの38.95パーセント(同日の評価額で一二万一七五七米ドル)の名義を被控訴人に移転する旨合意した。
(六) そして、右の合意に基づき、控訴人の会計士トーマスネルソンが手続をとることによって、被控訴人は、平成五年から平成六年一月までの間にアの一部、イ及びウの全部の支払を受け、同年中に差押えの方法でアの残り、エの全部の支払を受けた。被控訴人が支払を受けた額は合計二九万七九三二米ドル八一セントである。
また、トーマスネルソンは、平成四年一〇月から三回にわたって、ファーストトラストコープのIRA口座の名義書換手続の書類を被控訴人側に送付した。しかし、被控訴人側の協力が得られず、名義書換えが実現しなかった。この過程で控訴人の責任に属すべき事実関係は認められない。
(七) ファーストトラストコープのIRA口座を控訴人が解約して金員を引き出した事実はなく、現在でも控訴人は、その名義書換手続に応じる意向を表明している。
(八) 我が国の家族法では、離婚後の元夫婦間の扶養は、極めて限定された場合にのみ認められるべきものとされている。そして、それが認められるためには、少なくとも、離婚後の元配偶者が、他の離婚給付を得てもなお、生活を維持できないことが要件とされる。
(九) 被控訴人は、昭和六三年ころから日本と米国を行き来していたが、平成五年四月に帰国し、以後我が国において医師をしている。また、控訴人も、同年一〇月には日本に帰国し、医院を開業している。
(一〇) 被控訴人の我が国における医師としての活動は、米国におけるようなライセンスの問題はなく、可能である。また、被控訴人は、他の離婚給付として、(三)のような財産分与を得ており、これをもってしてもその生活を維持できないという事情はない。
2 財産分与判決の条項の執行不能の有無
右に認定したように、財産分与判決の右1(三)の(3)項は、IRA口座を分与するよう命じたもので金銭を給付するよう命じたものではない。IRA口座は、銀行預金のような返還約束のあるものに限らず、投資信託などのリスクを伴うものも包含しており、したがって、そのようなリスクを伴う口座の権利を被控訴人に分与する場合は、被控訴人は、そのリスク付きのままで、財産分与を受けるのである。
ところで、財産分与判決後に分与を実行するに当たって、当事者は、1の(五)のとおり合意したものと認められる。被控訴人は、この合意を否認するが、1の(六)のとおり、当事者双方がその合意を実行する過程に入り、一部は実行されたものと認められるのであって、合意の存在は否定することができない。
そうすると、この合意及び合意の実行として被控訴人への名義の書換えのため必要な手続きがとられたことからして、控訴人は、IRA口座の分与を命じた判決の履行として、控訴人がすべきことはしたものと認められる。そして、右合意で名義書換えをすることとされた以外の控訴人名義のIRA口座は、右の合意及びその合意の実行のための手続きがとられたことによって、財産分与判決による財産分与の対象から、解放されたものというべきである。そうすると、その後控訴人がそれらのIRA口座を解約するなどして、これを消滅させたとしても(実際にも控訴人は帰国するに当たって、それらの口座を解約したものである。)、そのことは、財産分与判決の執行を不能にする行為とはならないものというべきである。
したがって、財産分与判決の執行不能の事実はないものといわねばならない。よって、執行不能を前提とする被控訴人の控訴人に対する損害賠償の請求は、理由がなく、これを認容することはできない。
3 扶養料判決の執行と公序
離婚の要件及びその法律効果としての権利関係は、夫婦の一方が日本に常居所を有する日本人であるときは、日本の法律により決定される(法例一六条参照)。夫婦の双方が日本人であり、かつ、日本に常居所がある場合には、もちろん日本法によるのである。このように常居所地及び国籍が考慮されるのは、生活の基盤がありかつ国籍のある地の法律が、その者の離婚に関する観念に最も合致しており、また、その者を取り巻く人間関係や社会生活関係も、その地の法律によって律せられているからである。
そして、日本に常居所がある日本人の間の離婚後の法律関係に、日本法と異なる内容を有する外国法を適用すると、当事者の法律意識に違和感が生じるばかりではなく、当事者と人間関係を結ぶ者、社会生活関係が生じる者との間でも、さまざまな不調和が生じてくるおそれがある。
そうすると、共に日本国籍を有する夫婦の離婚に伴う権利関係が、離婚後の元夫婦の常居所地である外国の裁判所でその常居所地の法律に基づいて判決され、当該外国法からみてその判決内容に問題がない場合でも、当事者の常居所が判決の前提とする土地から我が国に変わり、当該判決の内容が我が国の法律の定める内容と大きく隔たるものであるときは、当該外国判決の内容どおりとしても障害が生じないという特別の事情があるのでない限り、その判決の内容は、我が国の公序に反するものと解するのが相当である。
本件扶養料判決は、他の離婚給付に照らした元配偶者の生活維持の必要性を要件とせずに、すでに離婚した者に相手方の扶養を命じている。これは、カリフォルニア州家族法には、「当事者の婚姻の解消又は法定別居を命ずるすべての判決において、裁判所は、一方の当事者に他の当事者の扶養のためになにがしかの金額を、また、裁判所が正当かつ相当であると考え得る期間支払うよう命ずることができる」との規定が存する(乙一七)からである。しかし、その内容は、我が国の法律の内容と大きく隔たるものである。
そして本件の場合は、控訴人、被控訴人とも米国での生活は、扶養料判決後の帰国によって、行われなくなったのである。被控訴人の米国での医学修行の必要性も消滅している。この面で扶養料判決の最も大きな前提は存在しなくなったといってよい。そうすると、扶養料判決それ自体の内容上の妥当性は、その前提が存在しないことによって、すでに失われているものというべきである。
控訴人は、外国裁判所に対する不信感から、本件扶養料判決の取消しを外国裁判所に申し立てていない。しかし、そのような申立てを外国でするには、一般に、多額の費用と時間を要することを考慮すると、そのような外国裁判所に対する申立てがなくても、その判決について我が国において執行を許可するかどうかを検討するに当たり、受訴裁判所がその内容的な妥当性を審査することが許されるものというべきである。
そうすると、共に日本国籍を有する夫婦の離婚についてされた本件扶養料判決は、当事者の常居所が判決の前提とする土地から我が国に変わり、当該判決の内容が我が国の法律の定める内容と大きく隔たっていること及び当該外国判決自体の前提とする事実関係が判決後に消滅していて、その内容自体の妥当性も失われていること、以上のいずれの観点からも、これをそのまま執行させることは、我が国の公序に反するものといわねばならない。
外国判決は、その成立に至る手続や内容に我が国の公序に反するものがあるときには、その我が国における執行を許可することはできないのであって、被控訴人の執行許可の請求は、理由がなく、これを認容することができないものである。
そして、扶養料判決と同じ内容の当事者間の合意の事実は、これを認めることができない。そうすると、被控訴人の扶養料に関する予備的請求もこれを認容することはできない。
二 したがって、被控訴人の請求を認容した原判決は失当であって、取消しを免れず、被控訴人の請求は予備的請求を含めて全てこれを棄却すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・西島幸夫、裁判官・江口とし子)