東京高等裁判所 平成12年(ネ)4315号 判決
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、七〇〇万円及びこれに対する平成一二年一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文第一項と同旨
第二事案の概要
一 本件事案の概要は、左記二のとおり当事者の補充の主張等を掲記するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」欄に記載されたとおりであるから、これを引用する(略語も原判決のそれによる。)。
二 当事者の補充の主張等
1 控訴人
被控訴人は、前訴の口頭弁論が終結した平成一一年五月二五日以降も控訴人の妻であるCと肉体関係を持ち続け(少なくとも、被控訴人は、同年一一月二二日の夜及び同年一二月六日の夜にC方に宿泊している。)、これによって、控訴人と子らの父子関係をも悪化させているものである。
2 被控訴人
前訴の口頭弁論が終結した平成一一年五月二五日の時点において、控訴人とCとの婚姻関係は完全に破綻していた。
第三当裁判所の判断
一 証拠(甲一ないし一〇、乙一ないし四、原審における控訴人、同被控訴人(第一回、第二回))及び弁論の全趣旨によれば、原判決に記載された「争いのない事実」(原判決の三頁七行目から四頁九行目まで)のほかに、次の事実が認められる。
1 控訴人(昭和一九年二月生)は会社員として働いており、昭和五八年八月、看護婦をしていたC(昭和三三年一月生)と婚姻し、長女及び二女の二子をもうけ、昭和六三年一月に横浜市泉区の一戸建住宅に転居して同所に居住していたが、その後Cとの夫婦仲が悪化し、Cは、控訴人と寝室を別にするようになり、平成四年三月ころには控訴人に対して離婚を申し入れた。しかし、控訴人はこれに応じなかった。
2 内装業を営む被控訴人(昭和二二年八月生)は、昭和六三年ころに控訴人方の内装工事をしたことからCと知り合い、自己に妻子があったものの、平成四年六月ころにモーテルでCと最初の肉体関係を持ち、以後これを継続していたが、Cは、その後、不貞が発覚するのを恐れる気持ちも加わって、同年八月、子らを連れて控訴人方を出て、横須賀市田浦町の借家に転居した。
被控訴人は、その後も、援助を求めるC方に出入りしてCと肉体関係を継続していた。
3 Cは、控訴人との別居後、夫婦関係調整(離婚)の調停を申し立てたが、不調に終わったため、平成八年、控訴人に対し離婚訴訟を提起した。しかし、横浜地方裁判所は、平成九年一一月、Cが有責配偶者であることを理由にその請求を棄却する判決を言い渡し、この判決は確定した。
被控訴人は、その間及びその後もC方に出入りしてCと肉体関係を持っていた。
4 控訴人は、平成九年一〇月、被控訴人に対し、Cとの不貞行為により婚姻関係が破綻したとして六〇〇万円の損害賠償請求訴訟を提起し、一審横浜地方裁判所は、平成一〇年八月、被控訴人がCとの不貞行為を継続したことにより控訴人とCとの婚姻関係を破綻させたとして四〇〇万円の支払いを命じる判決を言い渡したが、これに双方が控訴し、二審東京高等裁判所は、平成一一年五月二五日に終結した口頭弁論に基づいて、同年八月、双方の控訴を棄却する判決を言い渡し(前訴)、第一審判決が確定した。
右控訴審判決は、控訴人とCとの婚姻関係は少なくとも平成四年に入ったころには既に円満であったとはとうていいえない状況にあったが、Cと被控訴人との不貞行為により右婚姻関係は決定的に破綻するに至ったものであると認定している。
5 控訴人は、前訴の口頭弁論が終結した平成一一年五月二五日以降もC方に出入りしてCと肉体関係を持っていた(以下、これを「本件肉体関係」という。)。
Cは、この間の同年一二月、他所に転居した。
6 現在、Cは控訴人との離婚を強く望んでいるが、控訴人はこれに応じる意思がない。
以上の事実が認められる。
二 本件肉体関係の認定について
被控訴人は、「平成一一年九月ころまでは今後の相談や荷物を引き取るためにC方に行ったことはあるが、少なくとも前訴の判決が言い渡された後はCと肉体関係がない。」旨を主張する。
たしかに、被控訴人は、平成一二年二月一七日付けの答弁書で、「Cとは平成一一年一〇月に別れている。」旨を主張し、平成一二年三月一三日提出の陳述書(乙二)では、「そして互いに別れを決意したのてす。昨年の十月のことです。その後引越ししたため、家具等不必要になったと連絡あり(私のあげた物です)、山形から母親が来ているので、いつでも良いからとの事でしたので、それを取りに二度程伺いました。昨年の十二月です。そして現在に至って付き合いはありません。」と述べ、また、平成一二年四月二七日の原審本人尋問(第一回)でも、「前訴の口頭弁論が終結した平成一一年五月二五日以降はCと男女関係がなく、今後のことを話し合うために同年一〇月ころまでは会っていたが、それ以降は道ですれ違うことなどを除いて会っていない。同年一二月に戸棚などの荷物を引き取りに行った家はCの引っ越し後の家であるが、Cは不在で母親だけがいた。Cの引っ越しを手伝ったことはない。同年一〇月以降に引っ越し前の家に行ったことはなく、その近くに行ったこともない。」旨を供述している。
しかし、平成一二年五月一八日の原審第四回口頭弁論期日において提出された甲六号証(控訴人作成の写真撮影報告書)によれば、平成一一年一一月二三日午前六時一〇分ころと同年一二月七日午前六時二五分ころに被控訴人が仕事で使う車がCの引っ越し前の家の近くに止まっていたことが認められ、これに対して、被控訴人は、原審本人尋問(第二回)及びその後に提出した陳述書(乙四)において、「両日とも火曜日で会社が休みであったので、自宅を午前三時ころに出て、そこに車を止めて、安針山に登った。」旨を弁解しているが、季節は晩秋から初冬にかけての午前三時ころであって、その時刻に自宅を出て山に登ることは特段の事情のない限りまずあり得ないことであり、そして他に被控訴人から納得のできる説明はされていない。
そうとすれば、右甲六号証により、前記のとおり、控訴人は前訴の口頭弁論が終結した平成一一年五月二五日以降もC方に出入りしてCとの本件肉体関係を持っていたものと認めるのが自然であり相当である。
被控訴人の前記主張は採用することができない。
三 不法行為の成否について
1 そこで、控訴人が平成一一年五月二五日以降もC方に出入りしてCと本件肉体関係を持っていたことが控訴人に対する不法行為を構成するか否かについて検討するに、「甲の配偶者乙と第三者丙が肉体関係を持った場合において、甲と乙との婚姻関係がその当時既に破綻していたときは、特段の事情のない限り、丙は、甲に対して不法行為責任を負わない」ものである(最高裁第三小法廷平成八年三月二六日判決・民集五〇巻四号九九三頁)。
前記認定の事実によれば、Cは平成四年八月に控訴人方を出て控訴人と別居を開始し、平成八年には離婚訴訟を提起しており、平成一一年五月二五日当時においてはその別居期間は既に六年九か月に及んでいたこと、Cは右離婚訴訟で敗訴した後もなお控訴人との離婚を強く望んでおり、両者の年齢は、平成一一年五月二五日当時において控訴人が五五才、Cは四一才であったこと、等が認められ、これによれば、控訴人とCとの婚姻関係は遅くとも平成一一年五月二五日までには完全に破綻していたものと認められるから、そうとすれば、本件肉体関係は控訴人とCとの婚姻関係が完全に破綻した後のものであって、被控訴人は控訴人に対して不法行為責任を負わないものというべきである。
もっとも、被控訴人は、控訴人とCとの婚姻関係を決定的に破綻させた不貞行為の相手方であり、その相手方である被控訴人が婚姻関係を破綻させた後もなお継続してCと肉体関係を持っている場合において、被控訴人がそれについて不法行為責任を負わないとしてよいのか、本件肉体関係については前記最高裁判決のいう「特段の事情」があるといえるのではないか、との疑問もあるが(甲一号証及び二号証によれば、前訴判決は、控訴人とCとの婚姻関係が平成九年一〇月(訴えの提起時)ころまでには破綻していたと認定し、被控訴人はその破綻に至るまでのCとの肉体関係について損害賠償責任を負うべきであるとしている。)、しかし、そもそも、婚姻関係が完全に破綻した後においてはもはやそこには法律によって保護すべき婚姻共同生活の平和の維持という利益又は権利は存しないのであるから、そうとすれば、たとえ控訴人とCとが戸籍上は夫婦としての形骸が残っているとしても、控訴人において、C及び第三者に対して、婚姻共同生活の平和を乱さないことを要求する利益又は権利はもはやないものというべきであり、被控訴人に不法行為責任を負わせないことが信義則に違背し著しく正義に反すると認められるような例外的な場合に初めて「特段の事情」があると解すべきである。そして、<1>いわゆる有責配偶者であっても一定の条件が充たされれば離婚請求をすることができるところ、本件において、平成一一年五月二五日ころにはCと控訴人との別居期間は前記のとおり既に六年九か月に及んでいて、その間の未成熟子も一三才と一六才に達していたこと等を勘案すると、Cが控訴人に再度離婚請求をすることが全く許されないわけではないと考えられること、<2>また、控訴人とCとの婚姻関係は少なくとも平成四年に入ったころには既に円満であったとはとうていいえない状況にあったのであるから、右婚姻関係の破綻については、Cと被控訴人との不貞行為が唯一の原因であるとか、あるいは、専ら被控訴人に責任があるとはいえないこと、等を考慮すると、被控訴人がCとの間で持った本件肉体関係についてはなお前記の「特段の事情」がないものというべきである。
控訴人の前記主張は採用することができない。
2 控訴人は、被控訴人がCと本件肉体関係を持つことによって控訴人と子らとの父子関係をも悪化させている旨を主張するが、仮に控訴人と子らとの父子関係が平成一一年五月二五日以降においてそれ以前のそれと比べて悪化しているとしても、それがどのように悪化したのかを認定し得る証拠はなく、また、子らにはその年齢に徴してもそれぞれの意思が存するものと推認され、右の悪化が被控訴人とCとの本件肉体関係の継続によるものであると認めるに足りる証拠もないから、控訴人の右主張も採用することができない。
四 よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 原田敏章 裁判官 春日通良)