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東京高等裁判所 平成12年(ネ)4835号 判決 2001年3月28日

控訴人

吉田美惠子

吉田陽祐

吉田成岐

法定代理人親権者母

吉田美惠子

三名訴訟代理人弁護士

田中由美子

被控訴人

株式会社コスモ企画

代表者代表取締役

福岡信次

被控訴人

福岡信次

東京海上火災保険株式会社

代表者代表取締役

丸茂晴男

三名訴訟代理人弁護士

永沢徹

大野澄子

長浜周生

野田聖子

主文

1  本件各控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは、各自、控訴人吉田美惠子(以下「控訴人美惠子」という。)に対し、五五三八万六六八八円、控訴人吉田陽祐(以下「控訴人陽祐」という。)及び控訴人吉田成岐(以下「控訴人成岐」という。)に対し各二七六九万三三四五円並びにこれらに対する平成九年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人ら

主文第1項と同旨。

第2  事案の概要

本件は、控訴人らが、控訴人美惠子の夫であり控訴人陽祐及び控訴人成岐の父である吉田忠行(以下「忠行」という。)は、被控訴人株式会社コスモ企画(以下「被控訴人コスモ企画」という。)が主催し、被控訴人福岡信次(以下「被控訴人福岡」という。)が指導した静岡県熱海市伊豆山沖でのスキューバダイビング中、エアエンボリズム(空気塞栓症)に罹患し、その結果死亡したところ(以下この事故を「本件事故」という。)、被控訴人福岡らには本件事故について注意義務に違反した過失がある旨主張して、(1) 被控訴人福岡に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、(2) 被控訴人コスモ企画に対し、使用者責任による損害賠償請求権又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、(3) 被控訴人東京海上火災保険株式会社(以下「被控訴人東京海上」という。)に対し、被控訴人福岡及び被控訴人コスモ企画に対する前記各債権を被保全権利とし、被控訴人福岡及び被控訴人コスモ企画を被保険者として被控訴人東京海上との間で締結された保険契約に基づく保険金請求権の代位行使に基づき、各自、控訴人美惠子について損害五五三八万六六八八円、控訴人陽祐及び控訴人成岐について損害各二七六九万三三四五円並びにこれらに対する本件事故の日である平成九年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  前提事実

(1)  (当事者等)

① 控訴人美惠子は、忠行(昭和二五年九月九日生)の妻であり、控訴人陽祐及び控訴人成岐はいずれも忠行の子である。

② 被控訴人コスモ企画は、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催、潜水器具の販売等を目的とする株式会社であって、アクアパレスダイビングスクール(以下「スクール」という。)を運営している。また、被控訴人コスモ企画は、スキューバダイビングの業界団体であるS. E. A.(Scubapro Educational Association)に加盟し、スクールにおいて、主としてS. E. A.の基準に沿った講習を行っている(乙9、弁論の全趣旨)。

③ 被控訴人福岡は、被控訴人コスモ企画の代表取締役である。

(2)  (本件スクーバダイバー講習契約の締結)

① 忠行は、被控訴人コスモ企画との間で、平成九年三月二九日、S. E. A.の定めるスクーバダイバーの資格取得のための講習契約(以下「本件スクーバダイバー講習契約」という。)を締結した。

② スクーバダイバーとは、S. E. A.の基準によれば、単独でスキューバダイビングを楽しむことのできる資格であり、スクーバダイバー講習は、その資格を取得し、スキューバダイビングの基礎的で最低限の知識と技術を身につけることを目的とするものである(乙1の2、9)。

(3)  (本件講習契約の締結)

① 忠行は、被控訴人コスモ企画との間で、平成九年九月二三日までに、オープンウォーターダイバーの資格取得のためのボートスペシャリティ講習契約(以下この講習を「本件講習」といい、講習に係る契約を「本件講習契約」という。)を締結した。

② オープンウォーターダイバーとは、スクーバダイバーの能力を更に向上させた資格であり、S. E. A.の基準によれば、その資格を取得するためには、スクーバダイバーとしての海洋トレーニング三回及び海洋ダイビング二回を受講することが最低条件とされているところ、被控訴人コスモ企画は、資格を取得するために、S. E. A.の前記最低条件に加えて、ボートスペシャリティ講習の受講を義務付けている。

③ ボートスペシャリティ講習は、海洋でボートから海に出入りするために必要な事項を教える講習で、海洋での実技のほか、その前日までにスクールで、約一時間半程度の説明講習を行うものである(乙9、原審における被控訴人福岡本人尋問の結果、弁論の全趣旨)。

(4)  (本件事故の発生)

① 忠行は、被控訴人福岡らと共に、平成九年九月二三日午前一〇時五九分ころ、静岡県熱海市伊豆山沖で、本件講習及びツアー(以下両者を併せて「本件講習等」という。)としてスキューバダイビング中、エアエンボリズムに罹患し、その結果、同日午前一一時四〇分、救急車で搬入された同市上宿町<番地略>所在の山形外科病院で、死亡した(本件事故)。

② 山形外科病院の死体検案書(甲1)によれば、忠行の直接の死因は、溺死であった。

(5)  (本件保険契約の締結)

① 被控訴人コスモ企画は、被控訴人東京海上との間で、本件事故の発生前、被保険者を被控訴人コスモ企画及び被控訴人福岡とし、被保険者がスポーツの練習、競技又は指導中に生じた損害について負担する損害責任をてん補する内容の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

② 本件事故は、本件保険契約の保険期間中に発生したものである。

2  本件の主要な争点は、(1) 本件事故におけるエアエンボリズムの発症原因(争点一)、(2) 浮上時の安全対策に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点二)、(3) 人員体制に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点三)、(4) 浮上後の措置に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点四)、(5) 資格付与及び講習場所の選定に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点五)及び(6) 被控訴人らに責任が認められるとして、過失相殺及び損害のてん補が認められるか否か(争点六)、である。

3  原審における当事者双方の主張は、大略次のとおりである。

(1)  (控訴人らの主張)

① (被控訴人福岡及び被控訴人コスモ企画の過失について)

ア 被控訴人福岡には、忠行を適切に浮上させるため、忠行の浮上動作を監視、補助し、忠行に急浮上のような危険な状態が発生した場合には直ちに止めることができるように、忠行にスタッフをつけるか、自ら忠行の近くに位置してこれを見守るべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、忠行に対して初心者である福原豊(以下「福原」という。)とバディを組ませ、影山裕一(以下「影山」という。)に対して両名を任せたままにし、自らは忠行の行動を十分に監視しなかったため、忠行をして急浮上させ、急浮上後もこれを止めることができず、その結果、忠行は、浮上時にはスタビライジングジャケット(以下「B. C.」という。)の排気をしなければならないにもかかわらず、逆に給気ボタンを押して急浮上し、影山からフィンを引っ張られたことも手伝って、パニックに陥り、急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスによって、あるいは、パニックに陥った結果息を止め又は吸引したこと(以下「息こらえ」という。)によって、エアエンボリズムに罹患したのであるから、被控訴人福岡には過失がある。

イ 被控訴人福岡には、本件講習等で、浮上時の安全対策義務を履行できるような人員体制をとるべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、インストラクター一名に対して初心者である講習生六名とする体制をとり、初心者である忠行と福原にバディを組ませ、この二名の初心者に影山一名をつけ、また、自らは一斉浮上を指示したにすぎず、前記のとおり、忠行をしてエアエンボリズムに罹患させた過失がある。

ウ 被控訴人福岡には、忠行が急浮上した後、直ちに浮上し、忠行にエアエンボリズムの罹患等の異常がないかを確認し、異常がある場合には、忠行を安静にさせ、気道を確保しながら浮上地点で待機させて、救助を求めるべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、直ちに浮上して忠行の異常を確認しなかったためエアエンボリズムの罹患を見逃し、また、忠行を影山に任せたままにし、影山をして忠行にシュノーケルをつけるなどして五〇メートル先の船まで移動させ、忠行の症状を悪化させた過失がある。

エ 被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡は、そもそも忠行に対しスクーバダイバー資格を付与すべきでなかったにもかかわらず、これを怠り、資格を付与して本件講習等に参加させた過失及びスクーバダイバー講習で行ったプールの深度である水深七メートル程度の海域で本件講習等を行うべきであったにもかかわらず、これを怠り、水深一三メートルの海域で本件講習等を行った過失がある。

② (被控訴人らの責任について)

忠行に対し、(ア) 被控訴人福岡は、前記①の不法行為責任を負い、(イ) 被控訴人コスモ企画は、前記①の債務不履行責任又は被控訴人福岡の不法行為について使用者責任を負い、(ウ) 被控訴人福岡及び被控訴人コスモ企画は、被控訴人東京海上に対して保険金請求権を有するところ、被控訴人東京海上は、控訴人らの前記(ア)及び(イ)の責任に基づく損害賠償請求債権を被保全債権とする代位行使による保険金の支払義務を負う。

③ (損害について)

本件事故によって忠行が受けた損害は、(ア) 死亡慰謝料三〇〇〇万円、(イ) 逸失利益は六七八〇万〇二七一円、(ウ) 葬儀費用一二〇万円、(エ) 死亡診断書二〇〇〇円、(オ) 交通費二万八八〇〇円、(カ) スキューバダイビング器材六七万二〇〇〇円、(キ) 被控訴人らの不誠実な対応に対する慰謝料一〇〇万円、(ク) 弁護士費用一〇〇七万〇三〇七円の合計一億一〇七七万三三七八円である。

(2)  (被控訴人らの主張)

① 被控訴人福岡には控訴人らの主張する過失はなく、被控訴人コスモ企画には債務不履行はない。

② 仮に、被控訴人らに責任があるとしても、忠行がエアエンボリズムに罹患したことについては忠行に大きな過失があるから、大幅な過失相殺がされるべきである。

③ 控訴人らは、被控訴人コスモ企画の負担する傷害保険で合計五〇〇万円を受領しているから、損害額からこれを控除すべきである。

4  原審は、(1) 忠行がエアエンボリズムに罹患したとしても、被控訴人福岡に、浮上時の安全対策に関して過失があったということはできない、(2) 人員体制の面でも格別問題とすべき点はなく、被控訴人福岡に、この点に関して過失があったとはいえない、(3) 被控訴人福岡に、忠行の浮上後の措置に関して過失があったということはできない、(4) 忠行に対する資格付与や講習場所の選定に関して、被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡に過失があるとする控訴人らの主張は採用できない旨判示して、控訴人らの被控訴人らに対する本件各請求をいずれも棄却した。

控訴人らは、原判決には事実認定の誤りがあるなどとして、本件各控訴を提起した。

5  当事者双方の主張を含むその余の本件事案の概要は、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決五頁四行目の「原告吉田美恵子」(以下「原告美恵子」という。)」を「原告吉田美惠子(以下「原告美惠子」という。)」と、七頁二行目の「乙1の各1ないし8」を「乙1の1ないし8」と、同四行目から五行目までの「オープンウオーターダイバー」を「オープンウォーターダイバー」と、一四頁一行目から三行目までの「忠行のフィン(足にはいて推進力を得るための器材)を引っ張り、かえって忠行をしてパニックに陥らせているのであるから、右両名を任せるのに適切な者ではなかった」を「忠行のフィンを引っ張るだけの対応しか行わず、その後直ちに忠行に対して適切な浮上速度で浮上するよう指示するとともに、適切な浮上速度で浮上できるよう忠行の行動を制御することを怠ったことにより、忠行自身が自らの意思で行動を制御する機会を奪い、さらにパニックを増幅させた経過からしても、影山は本件講習のスタッフとしての自覚を有しておらず、このため忠行に対する適切かつ安全な浮上を実現するための補助者としては適切な者ではなかった」と、一六頁六行目から七行目までの「右(一)のとおり忠行をしてパニックに陥らせていることからして、本件講習等において、インストラクターの補助者とはなり得ない者であった」を「忠行のフィンを引っ張るだけの対応しか行わず、その後直ちに忠行に対して適切な浮上速度で浮上するよう指示するとともに、適切な浮上速度で浮上できるよう忠行の行動を制御することを怠ったことにより、忠行自身が自らの意思で行動を制御する機会を奪い、さらにパニックを増幅させた経過からしても、影山は本件講習のスタッフとしての自覚を有しておらず、このため忠行に対する適切かつ安全な浮上を実現するための補助者としては適切な者ではなかった」といずれも改める。)。

第3  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人らの被控訴人らに対する本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、以下に主要争点に関し付加、補足するほか、原判決「事実及び理由」の「第3当裁判所の判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する(ただし「原告美恵子」(控訴人美惠子の略称)をいずれも「原告美惠子」と読み替える。)。

1  浮上時の安全対策に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点二)について

控訴人らは、被控訴人福岡には、忠行を適切に浮上させるため、忠行の浮上動作を監視、補助し、忠行に急浮上のような危険な状態が発生した場合には直ちに止めることができるように、忠行にスタッフをつけるか、自ら忠行の近くに位置してこれを見守るべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、忠行に対して初心者である福原とバディを組ませ、影山に対して両名を任せたままにし、自らは忠行の行動を十分に監視しなかったため、忠行をして急浮上させ、急浮上後もこれを止めることができず、その結果、忠行は、浮上時にはB. C.の排気をしなければならないにもかかわらず、逆に給気ボタンを押して急浮上し、影山からフィンを引っ張られたことも手伝って、パニックに陥り、急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスによって、あるいは、パニックに陥った結果息こらえによって、エアエンボリズムに罹患したのであるから、被控訴人福岡には過失がある旨主張し、当審において、竜崎秀夫作成の(1) 忠行は技術的な不安感と初めて経験する潜水深度、経験不足から起きる恐怖感の高まりからパニック状態に陥って、エアエンボリズムに罹患し、死亡したのであって、(2) 企業の管理責任とインストラクターの安全管理責任は免れることはできないなどと記述する「質問回答及び意見書」(甲29)を提出する。

しかしながら、前記前提事実、原判決摘示の証拠(原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」欄掲記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、本件においては、(1)① 忠行は、被控訴人コスモ企画との間で締結した本件スクーバダイバー講習契約に基づき、(ア) 平成九年五月一七日、富路インストラクターから、学科講習及びプールにおけるスキンダイビング講習(四時間程度)を、(イ) 同月二五日、井川インストラクターから、学科講習(同月一七日の分と併せて合計一〇時間程度)及びプールにおけるスキューバダイビング講習を、(ウ) 同月三一日、ペーパーテストを、(エ) 同年六月一日、富路インストラクターから、プールにおけるスキューバダイビング講習(四時間程度)を、(オ) 同年八月二三日、小山インストラクターから、海洋におけるスキューバダイビング実習(二回の潜水)を、(カ) 同月二四日、小山インストラクター及び井川インストラクターから、海洋におけるスキューバダイビング実習(一回の潜水、水深8.1メートル)及び実技テストを、いずれも受けたこと、② 忠行は、前記①(ウ)のペーパーテストで、八六点(合格点六五点)を取得して合格したこと、また、前記①(カ)の実技テストで、潜水方法、呼吸方法、器材の使用方法、浮上方法等についてテストが行われ、合格したこと、③ 忠行は、被控訴人コスモ企画に対し、同月二四日、スクーバダイバーの認定カードの申請をしたこと、これを受けて、被控訴人コスモ企画の加盟する業界団体であるS.E.A.は忠行に対し、忠行がスクーバダイバーの資格取得者であると認定し、被控訴人コスモ企画は、忠行に対し、同年九月二三日朝、スクーバダイバー資格認定カードを交付したこと、④ 忠行が基本書として学習していた「S. E. A. DIVING MANUAL」(甲3)には、「呼吸をとめたまま浮上すると、肺の中の空気の逃げ場がなくなり、膨張しきれなくなった肺は破裂してしまうことになります。これが「エアエンボリズム」という潜水障害のひとつです。」、「エアエンボリズムは、肺胞が破裂して血液の中に空気が入り込んでしまう重症の障害です。」、「エアエンボリズムを避けるには、常に肺の中にある空気の逃げ道を作っておけばよいのです。これは簡単なことで、呼吸をとめずに、いつも呼吸をしていればよいのです。」(六〇頁)との記載が、また、「スクーバダイビング」(甲15)には、浮上時には、「ダイビングの鉄則、『息を止めてはいけない』は絶対厳守!!」(八八頁)との記載があり、スキューバダイビングにおいては、浮上時に息こらえをしないことが鉄則とされていることは明らかであるところ、忠行は、前記①(ウ)のペーパーテスト(乙4)で、「スクーバダイバーが浮上中絶対してはいけないことは」(問48)に対し、「息を止めて浮上する」との選択肢を選択し、正しい解答をしたこと、(2)① 本件講習等の参加者は、被控訴人福岡(インストラクター)のほか、忠行(スクーバダイバー)、福原(同)、田村順子(同。以下「田村」という。)、渡辺泰昭(同)、深見貴志(オープンウォーターダイバー)、成味るり(アドバンスドダイバー)、影山(ダイブマスター)、山下敦史(同)、山田勲(同)の九名であったこと、②S. E. A.の基準によれば、ダイブマスターは、講習において、インストラクターのアシスタントとして参加することができる資格であること、ダイブマスターであった影山は、その資格を有し、本件事故当時、二〇〇回位潜水経験があったこと、③(ア) 忠行は、被控訴人コスモ企画との間で締結した本件講習契約に基づき、平成九年九月二三日、本件講習等に参加したものであること、(イ) 被控訴人福岡及び本件講習等の参加者らは、同日午前七時五分ころ、スクールを出発し、午前九時三〇分ころ、静岡県熱海市伊豆山に到着したこと、(ウ) 被控訴人福岡は、当初、本件講習等を静岡県伊東市沖で行う予定であったが、参加者に初心者が多かったことから、安全性を考えて、本件事故の日の前日ないし前々日ころ、より静かな熱海市伊豆山沖で本件講習等を行うことに変更したこと、また、被控訴人福岡は、伊豆山沖には一〇〇回程度潜水した経験があって、水深計を見なくても水深が分かる程度に馴染みがあったこと、(エ) 被控訴人福岡は、忠行ら参加者らに対し、熱海市伊豆山到着後の同日午前九時五〇分ころから全員でミーティングを行い、その中で、浮上中に呼吸を止めないことなどの本件講習等における注意点を確認するなどし、併せて潜水時間(二五分間から三〇分間)や深度(約一七メートル)等について説明したこと、また、被控訴人福岡は、参加者らに対し、潜水中一緒に行動するバディを決め(忠行のバディは田村となった。)、ダイブマスター三名が補助をしてくれること、参加者らのうち誰か一名のタンク内気圧が五〇気圧になった時点で、参加者ら全員で浮上することを確認し、他の参加者らと同様に忠行に対し、目線を合わせて「調子はどうですか。」などと会話をしたこと、(オ) 忠行ら参加者は、午前一〇時二〇分ころ、熱海市伊豆山沖の水深八メートルの地点に浮いているブイにつながれた船から、潜水を開始して、直線距離にして約三〇メートル離れた水深一三メートルの地点まで、多少蛇行するような形で進んでいったこと、(カ) 本件事故当日の伊豆山沖は、雨が降ったり止んだりしていたものの、波はなく、水中の視界は一〇ないし一五メートルで、海の状態としては良好であったこと、(キ) 被控訴人福岡は、前記(オ)の潜水・進行中、忠行の吐く息の量が若干多いと感じ、この間、数回、忠行のタンク内気圧の量を確認したこと、④(ア) 被控訴人福岡は、前記③(オ)の水深一三メートルの地点で、忠行のタンク内気圧が五〇気圧となっていることを確認したので、あらかじめ決めていたとおり、参加者らを集めて、全員で浮上することにする旨のサインを出したこと、(イ) 被控訴人福岡は、その際、三名のダイブマスター各自に対し、ダイブマスター一名が他のダイバー二名を見ながら浮上するよう指示をし、忠行については、忠行と近くにいた福原をバディとし、また、その近くにいたダイブマスターの影山を補助者として忠行と福原に付け、まず、忠行と福原が二名で浮上を始め、影山が手を貸すということをサインで指示をし、忠行は、これに対してオーケーのサインを返したこと、このとき、忠行には、特に異常は見られなかったこと、(ウ) 忠行、福原及び影山の距離は、それぞれ一ないし1.5メートルで、忠行と被控訴人福岡の距離は、1.5メートル位であったこと、⑤(ア) 各バディは浮上を開始したが、忠行と福原は、水深一一ないし一二メートルの位置で、他のバディに比べて遅れ気味であったこと、(イ) その後、忠行は、B. C.の給気ボタンを押して、急浮上を始め、福原もまた同時に急浮上を始めたこと、(ウ) これを見た影山は、浮上の速度をコントロールし急浮上による危険を避けるため、急いで忠行及び福原の足をつかまえようとしたところ、福原の足はつかめなかったが、忠行の足をつかみ、その浮上速度を抑えたこと(なお、忠行の基本書である前記「S. E. A. DIVING MANUAL」(甲3)には、急浮上に関して、「通常の呼吸をしながら浮上スピードを早やめることは、息をとめたことと同じになりますから、毎分一八mのスピードで、自分のはき出した一番小さな泡を追いこさないように浮上しなければなりません。」と記載されている。)、(エ) そして、福原が先に、忠行と影山が遅れて、海面に浮上したこと、(オ) 被控訴人福岡は、全員の浮上を確認するため、参加者らの行動を下から観察しながら、最後に浮上したこと、(カ) 被控訴人福岡、影山及び福原は、忠行が浮上する前後、忠行がパニックに陥っていたことを示す兆候を何ら見ていないこと、(3)① 影山は、忠行が海面に浮上した後、忠行と福原に対し、「早かったですね。気を付けてください。」と声を掛けたところ、忠行と福原は、「すみません。」と答えたこと、②(ア) ところが、その直後、忠行は、「水、水。」と突然言い出したので、影山は、忠行が水を飲んで溺れたのかと思い、忠行の浮力を確保するため、B. C.の給気ボタンを押してエアーを入れたが、忠行は、「違う。」と言ったこと、また、影山は、忠行に対し、「泳げますか。」と尋ねたが、忠行は首を振ったこと、(イ) そこで、影山は、忠行を仰向けにしてその脇の下に自分の右手を差し入れ、忠行の首の下に自分の左手を差し入れて抱え、忠行が水を飲まないように気を配りながら、船の方に曳行したこと、影山が忠行を曳行した距離は、船が忠行らを発見して近づいてきたこともあって、それ程長い距離ではなかったこと、(ウ) 忠行を船まで曳行した後、影山らは、忠行の器材をはずし忠行を船の上に引き上げたこと、(エ) 被控訴人福岡は、船長に呼ばれて直ちに忠行らを追いかけて船に乗り込んだこと、(オ) このとき、忠行の口からは、血の混じった泡が出ていたこと、③(ア) 被控訴人福岡は、船長に指示をして携帯電話で救急車の手配をさせ、また、忠行に対して人工呼吸を行ったり、脈を測ったりしたこと、(イ) 船は、一、二分後、港に着き、被控訴人福岡らは、忠行を船から降ろして救急車を待っていたが、忠行は、意識はなく脈もしっかり取れない状態となったこと、被控訴人福岡は、更に人工呼吸を行ったり、心臓マッサージを行ったりしたこと、(ウ) 船が着いて数分後、救急車が到着したので、忠行を救急車に乗せ、被控訴人福岡は、救急隊員に対し、エアエンボリズムの疑いがあると伝えたこと、(エ) 救急車は、走り出し、同日午前一一時四分ころ、忠行は、山形外科病院に搬入されたこと、この間、救急隊員は、忠行に対し、心臓マッサージや人工呼吸を行ったこと、(オ) しかし、忠行は、同日午前一一時四〇分ころ、同病院で、死亡したこと、などを認めることができ、これに反する忠行はパニックに陥ってエアエンボリズムに罹患し死亡した旨記述する竜崎秀夫の「質問回答及び意見書」(甲29)中の前記記述部分は、前記認定した事実を必ずしも正解しないまま一般的・抽象的な見解に立ってるる意見を述べるものに過ぎないものであって、本件においては前記のとおり忠行にパニックに陥った兆候は何ら見受けられなかったことをも考慮すると、控訴人らの主張を裏付ける証拠としての価値を欠くものとして採用することはできない。他にこれら認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、これらの事実によれば、忠行は、原判決の認定・説示するとおり、浮上の際の息こらえあるいは急浮上の際の浮上速度と呼吸のアンバランスによってエアエンボリズムに罹患して死亡するに至ったものと認めることが相当であるところ、(1) 息こらえに関しては、① スキューバダイビングにおいては、浮上時に息こらえをしないことが鉄則とされていることは明らかであって、② 忠行は、所定の講習を経てスクーバダイバーとして単独でスキューバダイビングを楽しむことができる資格を有していたことに加え、忠行は、ペーパーテスト(乙4)で、「スクーバダイバーが浮上中絶対してはいけないことは」(問48)に対し、「息を止めて浮上する」との選択肢を選択し、正しい解答をするなど、浮上時に息こらえをしないという鉄則を理解していたこと、また、③ 被控訴人福岡は、忠行ら参加者らに対し、熱海市伊豆山到着後、全員でミーティングを行い、その中で、浮上中に呼吸を止めないことなどの本件講習等における注意点を再度確認していること、さらに、④ 忠行ら本件講習等の参加者らが潜水を開始した後浮上するまでの間、被控訴人福岡や補助者であった影山において、通常の手順と異なった不適切な指示や監視不足等を見出すことができないこと、また、(2) 急浮上に関しては、① 被控訴人福岡に指示されてバディを組んだ忠行と福原は浮上前一ないし1.5メートルの距離にいて、また、両名の補助を指示された影山も同程度の距離にいたこと、② 被控訴人福岡は、ダイブマスターである影山に対し、忠行と福原の補助を指示していること、また、被控訴人福岡は、全員の浮上を確認するため、参加者らの行動を下から観察しながら、最後に浮上したこと、③ 忠行は、所定の講習を経てスクーバダイバーとして単独でスキューバダイビングを楽しむことができる資格を有していたこと、さらに、④ 忠行ら本件講習等の参加者らが潜水を開始した後浮上するまでの間、被控訴人福岡や補助者であった影山において、通常の手順と異なった不適切な指示や監視不足等を見出すことはできないこと、(3) 忠行とバディを組んで前記認定したとおりの状況で浮上した福原は、エアエンボリズムに罹患していないこと、などを認めることができるのであるから、本件において、被控訴人福岡には、忠行の浮上時の安全対策に関して、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催等を目的とする会社である被控訴人コスモ企画の代表者としてあるいはインストラクターとして通常有すべき注意義務を欠いた過失があるとは認めることはできない。他に控訴人らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人らの争点二についての主張は理由がない。

2  人員体制に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点三)について

控訴人らは、被控訴人福岡には、本件講習等で、浮上時の安全対策義務を履行できるような人員体制をとるべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、インストラクター一名に対して初心者である講習生六名とする体制をとり、初心者である忠行と福原にバディを組ませ、この二名の初心者に影山一名をつけ、また、自らは一斉浮上を指示したにすぎず、忠行をしてエアエンボリズムに罹患させた過失がある旨主張する。

しかしながら、本件においては、(1)① S. E. A.の基準によれば、S. E. A.の講習においては、インストラクター一名につき受講生五名が最大限とされており、アシスタントが一名増える度に受講生五名の追加が可能とされること、② これを本件についてみると、本件講習等は、インストラクターが一名(被控訴人福岡)、インストラクターのアシスタントとして参加することができる資格であるダイブマスターが三名(影山、山下敦史、山田勲)いたのに対し、他の参加者は六名であって、前記S. E. A.の基準を十分に満たすものであったことは原判決の認定するとおりであって、これら認定を覆すに足りる証拠はないことに加え、前記1で認定・説示したとおり、(2)① 被控訴人福岡に指示されてバディを組んだ忠行と福原は浮上前一ないし1.5メートルの距離にいて、また、両名の補助を指示された影山も同程度の距離にいたこと、② 被控訴人福岡は、ダイブマスターである影山に対し、忠行と福原の補助を指示していること、また、被控訴人福岡は、全員の浮上を確認するため、参加者らの行動を下から観察しながら、最後に浮上したこと、③ 忠行ら本件講習等の参加者らが潜水を開始した後浮上するまでの間、被控訴人福岡や補助者であった影山において、通常の手順と異なった不適切な指示や監視不足等を見出すことはできないことなど認めることができるのであるから、本件講習等の人員体制の面で格別問題とすべき点はなかったというべきであって、本件において、被控訴人福岡には、人員体制に関して、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催等を目的とする会社である被控訴人コスモ企画の代表者としてあるいはインストラクターとして通常有すべき注意義務を欠いた過失があるとは認めることはできない。他に控訴人らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人らの争点三についての主張は理由がない。

3  浮上後の措置に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点四)について

控訴人らは、被控訴人福岡には、忠行が急浮上した後、直ちに浮上し、忠行にエアエンボリズムの罹患等の異常がないかを確認し、異常がある場合には、忠行を安静にさせ、気道を確保しながら浮上地点で待機させて、救助を求めるべき注意義務があったところ、被控訴人福岡は、この義務を怠り、直ちに浮上して忠行の異常を確認しなかったためエアエンボリズムの罹患を見逃し、また、忠行を影山に任せたままにし、影山をして忠行にシュノーケルをつけるなどして五〇メートル先の船まで移動させ、忠行の症状を悪化させた過失がある旨主張する。

しかしながら、本件においては、忠行が浮上し影山において忠行の異常を発見してからの被控訴人福岡あるいは影山らの措置は、前記1で認定したとおりであるところ、この措置はスキューバダイビングのレスキューマニュアルに沿うものであることは原判決の認定・説示するとおりであって、本件において、被控訴人福岡には、浮上後の措置に関して、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催等を目的とする会社である被控訴人コスモ企画の代表者としてあるいはインストラクターとして通常有すべき注意義務を欠いた過失があるとは認めることはできない。他に控訴人らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人らの争点四についての主張は理由がない。

4  資格付与及び講習場所の選定に関して被控訴人福岡に過失があるか否か(争点五)について

控訴人らは、被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡は、そもそも忠行に対しスクーバダイバー資格を付与すべきでなかったにもかかわらず、これを怠り、資格を付与して本件講習等に参加させた過失があり、また、被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡は、スクーバダイバー講習で行ったプールの深度である水深七メートル程度の海域で本件講習等を行うべきであったにもかかわらず、これを怠り、水深一三メートルの海域で本件講習等を行った過失がある旨主張する。

しかしながら、本件においては、忠行は、S. E. A.の基準に則した学科講習、水中講習及び海洋実習を受講し、所定のペーパーテスト及び実技テストに合格したことは原判決の認定するとおりであることに加え、前記1で認定したとおり、忠行は、被控訴人コスモ企画に対し、平成九年八月二四日、スクーバダイバーの認定カードの申請をし、これを受けて、S. E. A.は、忠行に対し、忠行がスクーバダイバーの資格取得者であると認定し、被控訴人コスモ企画は、忠行に対し、同年九月二三日朝、スクーバダイバー資格認定カードを交付したことを認めることができるのであって、本件において、被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡には、忠行にスクーバダイバー資格を付与して本件講習等に参加させた過失があるとは認めることはできない。また、本件においては、(1) S. E. A.の基準によれば、オープンウォーターダイバーの資格取得のための講習における海洋実習は、水深一八メートルを超えてはならないとされているところ、本件講習等においては、水深一三メートルまでの潜水であり、S. E. A.の基準を満たしていること、(2) 被控訴人福岡は、当初、本件講習等を静岡県伊東市沖で行う予定であったが、参加者に初心者が多かったことから、安全性を考えて、本件事故の日の前日ないし前々日ころ、より静かな熱海市伊豆山沖で本件講習等を行うことに変更したこと、また、被控訴人福岡は、伊豆山沖には一〇〇回程度潜水した経験があって、水深計を見なくても水深が分かる程度に馴染みがあったこと、(3) 本件事故当日の伊豆山沖は、雨が降ったり止んだりしていたものの、波はなく、水中の視界は一〇ないし一五メートルで、海の状態としては良好であったこと、(4) 忠行は、本件講習等の前、水深8.1メートルの海洋実習をしていること、(5) 被控訴人福岡は、忠行ら参加者に対し、本件講習等の前のミーティングで、潜水時間や深度等について説明をしていること、などを認めることができることは原判決の認定するとおりであって、本件において、被控訴人コスモ企画又は被控訴人福岡には、本件講習等の講習場所の選定について過失があるとは認めることはできない。他に控訴人らの前記主張を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、控訴人らの争点五についての主張は理由がない。

5  小括

その他、本件全証拠によるも、本件において、被控訴人コスモ企画及び被控訴人福岡には、本件事故に関して、スキューバダイビングの講習会の企画及び開催等を目的とする会社として、あるいは被控訴人コスモ企画の代表者・インストラクターとして、いずれも通常有すべき注意義務を欠いた過失があると認めることはできない。

以上にみたとおりであって、本件においては、被控訴人福岡又は被控訴人コスモ企画には、本件事故に関して過失があると認めることはできないのであるから、その余について判断するまでもなく、控訴人らの被控訴人らに対する本件各請求はいずれも理由がない。

第4  結論

以上によれば、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・伊藤瑩子、裁判官・秋武憲一、裁判官・小池一利)

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