東京高等裁判所 平成12年(ネ)6026号 判決 2001年4月23日
控訴人(原告) 株式会社アイ・ライフ
上記代表者代表取締役 A
上記訴訟代理人弁護士 茂木洋
被控訴人(第70177号・第70180号事件被告) キヤノンアプテックス株式会社
上記代表者代表取締役 B
被控訴人(第70178号事件被告) カシオ電子工業株式会社
上記代表者代表取締役 C
被控訴人(第70179号・第70181号事件被告) コニシ産業株式会社
上記代表者代表取締役 D
上記3名訴訟代理人弁護士 山崎素男
被控訴人ら補助参加人 日本エフ・ティ・ビー株式会社
上記代表者代表取締役 E
上記訴訟代理人弁護士 中村眞一
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人の控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 控訴人の被控訴人キヤノンアプテックス株式会社に対する東京地方裁判所平成12年(手ワ)第10号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年3月15日に言い渡した手形判決を認可する。
(3) 控訴人の被控訴人カシオ電子工業株式会社に対する東京地方裁判所平成12年(手ワ)第11号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年3月15日に言い渡した手形判決を認可する。
(4) 控訴人の被控訴人コニシ産業株式会社に対する東京地方裁判所平成12年(手ワ)第13号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年3月15日に言い渡した手形判決を認可する。
(5) 控訴人の被控訴人キヤノンアプテックスに対する東京地方裁判所平成12年(手ワ)第118号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年3月15日に言い渡した手形判決を認可する。
(6) 控訴人の被控訴人コニシ産業に対する東京地方裁判所平成12年(手ワ)第119号約束手形金請求事件について、同裁判所が平成12年3月15日に言い渡した手形判決を認可する。
2 控訴人の請求の趣旨(本件各手形訴訟の請求の趣旨)
(1) 被控訴人キヤノンアプテックスは、控訴人に対し、1,000万円及びこれに対する平成11年11月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(原審第70177号、同平成12年(手ワ)第10号)
(2) 被控訴人カシオ電子工業は、控訴人に対し、3,431万5,097円及びこれに対する平成11年11月30日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(同第70178号、同平成12年(手ワ)第11号)
(3) 被控訴人コニシ産業は、控訴人に対し、2,849万0,479円及びこれに対する平成11年11月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(同第70179号、同平成12年(手ワ)第13号)
(4) 被控訴人キヤノンアプテックスは、控訴人に対し、870万6,000円及びこれに対する平成11年12月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(同第70180号、同平成12年(手ワ)第118号)
(5) 被控訴人コニシ産業は、控訴人に対し、2,222万8,719円及びこれに対する平成11年12月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。(同第70181号、同平成12年(手ワ)第119号)
第2本件事案の概要
1 原判決の記載の引用
本件事案の概要、当事者間に争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実、争点等は、次項のとおり当事者双方の当審における主張を補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項の記載のとおりであるから、この記載を引用する。
すなわち、本件各手形は、補助参加人が取得して保管していたところ、何者かによって窃取され、その後、金融業者である控訴人が入手するに至ったものである。本件は、控訴人が、この本件各手形の権利を取得したとして、振出人である被控訴人らに対し、この手形金等の支払を求めている事件である。
これに対し、被控訴人らは、控訴人を含む上記盗難後の本件各手形の取得者は、いずれも本件各手形が盗難手形であることを知って取得したか、あるいは重大な過失によりこの事実を知らずに取得しているから、本件各手形については善意取得が成立せず、したがって、控訴人は本件手形の権利を有効に取得していないことになるとして、控訴人の請求を争っている。
2 控訴人の当審における補足主張
控訴人は、中小の会社に対する融資を主たる業務とする金融業者であるところ、平成11年8月4日から同月30日までの間に、7回にわたって、光メディカルあるいは光メディカル及び光メディカル販売の両社に対し、合計2億8,200万円を貸し付け、その中の2回の貸付金取引の譲渡担保として、光メディカル及び光メディカル販売から本件各手形を取得したものである。光メディカル及び光メディカル販売は、当時、多額の債務を負担する会社ではあったものの、光メディカルの資本金は3億3,550万円もあり、その株主にはさくら銀行等の優良な企業が含まれている等十分信用が置ける会社であり、上記の貸付金取引には、不自然とされるものは何ら存しなかった。したがって、控訴人は、本件各手形を取得するに際し、本件各手形が盗難手形であることを知らず、また、通常の注意をもってしても、本件各手形が盗難手形であることを知り得なかったのであるから、本件各手形を善意取得しているものである。
3 被控訴人らの当審における補足主張
控訴人は、光メディカル及び光メディカル販売との貸付金取引を平成11年8月4日から開始するに当たって、株式会社帝国データバンクに問い合わせる方法で両社の信用調査を行った。これによると、光メディカルは、まだ製品開発未了の営業準備段階にあるにもかかわらず、経常損失が既に5億円を超えており、光メディカル販売は、光メディカルの全額出資の販売子会社であって休業状態であり、また、これらの代表者であるFは、昭和63年に自ら設立した株式会社を2社倒産させた経歴を有するとされていた。
ところが、光メディカル及び光メディカル販売が、多数の他企業振出の手形を持参し、これを担保に融資を申し込んできたことから、控訴人は、これを担保に、両社に対し、短期間に合計2億8,200万円もの多額の貸付けを行った。この担保手形の中には、大日本印刷株式会社、三菱鉛筆株式会社、共同印刷株式会社等の上場企業が振り出した手形も含まれており、また、この担保手形に含まれる本件各手形も高額の手形であった。
このような優良企業振出の高額の手形が、控訴人のような街の金融業者に持ち込まれることは、正規の取引経路からは考えられないことであり、また、前記のように光メディカル及び光メディカル販売が業績不振であったことからすれば、両社がこれらの担保手形を取得した経緯については疑問が生じ、少なくとも、正常な取引によってこれらの手形を取得したものとは考え難いのである。さらに、持ち込まれた手形の裏書をみると、異なる裏書人の印影が同一の印鑑により顕出されているように見えたり、補助参加人の社判と代表者印が2種類あったりするような不審な点も認められた。
そうすると、控訴人としては、本件各手形の履歴に盗難が介在していないか疑いを持ち、振出人あるいは支払銀行に対して電話で照会するなどして調査すべき義務があったというべきである。しかも、この調査は容易に行うことができたはずである。したがって、この調査を怠ったため本件各手形が盗難手形であることを認識するに至らなかった控訴人には、重大な過失があり、本件各手形を善意取得することにはならないというべきである。
第3当裁判所の判断
1 控訴人が本件各手形を取得した経緯について
<証拠省略>によれば、控訴人が本件各手形を取得した経緯について、次のとおりの事実が認められる。
(1) 本件各手形は、被控訴人らが、それぞれ補助参加人に対し、両者間の取引の決済のために振り出したものであるが、補助参加人が本店事務所の金庫内に保管していたところ、平成11年8月24日から25日にかけての夜間、同事務所に侵入した何者かによって、金庫を破壊された上で、他の約44通の手形と共に窃取された(被害手形の額面合計約2億3,400万円)。補助参加人は、同月25日朝に上記盗難の事実を知ると、直ちに警察に届け出るとともに、振出人である被控訴人ら及び支払銀行に連絡し、同年9月1日には、朝日新聞の紙上に本件各手形(一部は除く)の紛失広告を出した。なお、そのころ、このように会社事務所から多量の手形が窃取されることが全国で多発しており、その新聞報道もされていた。
(2) 本件各手形は、窃取された後何らかの経緯を経て、遅くとも、原判決別紙手形目録記載一ないし四の各手形については、上記盗難から1日あるいは2日後の同年8月26日に、同目録記載五ないし九の各手形については、上記盗難から2日あるいは3日後の同月27日に、それぞれGが取得するに至った。Gは、そのころ、光メディカル及び光メディカル販売が本件各手形を利用して金員の借入れを行い、その借入金の一部をGが取得することを条件に、両社の代表取締役であったFに対し、本件各手形を交付した。光メディカル及び光メディカル販売は、控訴人から、本件各手形等を担保として、同月26日に3,100万円を、同月27日に8,200万円を借り入れた。
(3) 控訴人は、中小の会社に金員を貸し付けることを主たる業務とする金融業者である。また、光メディカルは、保健医療用光カードシステムの開発製造を目的に、平成9年4月1日に設立された資本金3億3,550万円の会社であり、光メディカル販売は、光メディカルの開発商品の販売を目的に、同年8月に設立された光メディカルの全額出資による資本金3,000万円の会社である。しかし、平成11年8月当時、光メディカルは、医療用光カードの開発が完成に至らず、経常損失が既に5億円を超え、もはや収益性の改善は望めず、資金調達能力も限界に達し、その支払面にも支障が出てきており、また、光メディカル販売も、販売商品がないため休業状態を余儀なくされており、両社とも、ほぼ経営破綻に近い状況に至っていた。なお、両社は、上記借入れから約3か月後の平成11年11月15日に手形の不渡りを出して倒産している。
(4) 控訴人は、光メディカル及び光メディカル販売との間で、貸付金の取引をしたことはなかったが、平成11年8月2日に、Fを通して、両社から金員借入れの申込みを受けたため、信用調査業者である株式会社帝国データバンクに問い合わせる方法で、両社の信用調査を行ったところ、上記(3)のとおり、両社ともほぼ経営破綻に近い状況に至っていること、また、F自身も昭和63年に自ら設立した株式会社を2社倒産させた経歴を有するとの情報を得た。しかし、Fが、多数の他企業振出の手形(いずれもGが提供した手形で、その中には、本件各手形以外にも盗難手形が含まれていた。)を担保として提供したため、控訴人は、これらの担保手形を信用し、次のように多額の金員を約1か月の間に6回にわたって貸し付けた。①平成11年8月4日に光メディカルに対し5,000万円(担保手形26通、その額面合計約6,300万円)、②同月23日に光メディカルに対し2,800万円(担保手形14通、その額面合計約4,000万円)、③同月24日に光メディカル及び光メディカル販売に対し3,000万円(担保手形9通、その額面合計約4,500万円)、④同月25日に光メディカル及び光メディカル販売に対し4,300万円(担保手形8通、その額面合計5,500万円)、⑤同月26日に光メディカル及び光メディカル販売に対し3,100万円(担保手形11通、内4通は原判決別紙手形目録記載一ないし四の手形、その額面合計約4,000万円)、⑥同月27日に光メディカル及び光メディカル販売に対し8,200万円(担保手形9通、内5通は同目録記載五ないし九の手形、その額面合計約1億1,000万円)。
(5) 上記貸付金の担保とされた手形は、本件各手形を含めて合計77通、額面合計が約3億5,000万円にも及ぶのである。しかも、上場企業振出の高額の手形が控訴人のような街の金融業者に持ち込まれることは、正規の取引経路からは考えられないところ、この担保手形の中には、大日本印刷株式会社、三菱鉛筆株式会社、共同印刷株式会社、被控訴人キヤノンアプテックス等の上場企業が振り出した手形も含まれていた。したがって、ほぼ経営破綻に近い状況に至っていた光メディカル及び光メディカル販売が、正常な取引によりこれらの手形を取得したものとは到底考えられないものであるが、控訴人の上記貸付けの担当者であるHがその出所についてFに尋ねたところ、Fは、スポンサーから借りてきたとあいまいに答えるのみで、その提供者の具体的な氏名や、この提供を受けるに至った理由については何ら述べず、また、Hもそれ以上問いたださなかった。さらに、本件各手形の裏書欄を見ると、補助参加人の社判と代表者印が原判決別紙手形目録記載一ないし四の各手形と同目録記載五ないし九の各手形とで異なるなどの不審な点も存した。なお、補助参加人のこの裏書部分は、いずれも偽造されたものである。
2 控訴人以前に本件各手形を取得した者の善意取得の成否について
控訴人は、上記の盗難後に本件各手形を取得したG、光メディカル及び光メディカル販売には、本件各手形の善意取得が成立すると主張する。
しかし、上記認定の事実関係からすれば、Gは、本件各手形を窃盗した者と関係があって、その者のために本件各手形の換金行為を行っていたものと推認され、また、光メディカル及び光メディカル販売の代表者のFも、Gの依頼によりこれに協力していたものとうかがわれる。したがって、G、光メディカル及び光メディカル販売は、本件各手形が盗難手形であることを知った上でこれを取得したものと推認される。また、仮に、これらの者が本件各手形が盗難手形であることを知らなかったとしても、これらの者の間における本件各手形の授受がおよそ正常な取引によるものとは考えられないことからして、そのことにつき、重大な過失が認められることもまた明らかである。したがって、控訴人の上記主張は、失当というべきである。
3 控訴人の本件各手形の善意取得の成否について
控訴人は、本件各手形を善意取得したと主張する。
しかし、上記認定の事実関係からすれば、ほぼ経営破綻に近い状況に至っていた光メディカル及び光メディカル販売が、その出所を説明しないまま、大量かつ高額の他企業振出の手形を持参して、金融業者である控訴人に対し、短期の間に多数回にわたり多額の金員の借入れを求めてきたというのであり、しかも、その持参した担保手形の中には、控訴人のような街の金融業者に持ち込まれることが通常考えられないような上場企業振出の高額の手形まで含まれており、本件各手形に限っても、高額の手形であることに加え、裏書人である補助参加人の社判と代表者印が2種類あるなどの不審な点もあり、さらに、当時会社の事務所に保管していた大量の手形が盗難に遭うことが多発していたというのであるから、本件各手形の一部が最初に控訴人に持ち込まれた平成11年8月26日の時点では、日常的に手形を取り扱っている控訴人としては、本件各手形が盗難手形ではないかとの疑いを持ち、このことを、振出人あるいは支払銀行に対し、電話で照会するなどして調査すべき義務があったというべきである。しかも、この調査は容易に行うことができたはずである。
そうすると、この調査を怠ったため本件各手形が盗難手形であることを認識するに至らなかった控訴人には、重大な過失があり、本件各手形の善意取得は成立しないというほかない。
4 まとめ
以上によれば、控訴人を含む上記の盗難後に本件各手形を取得した者は、いずれも本件各手形が盗難手形であることを知って取得したか、あるいは重大な過失によりこれを知らずに取得しているため、控訴人を含むこれらの者に本件各手形の善意取得は成立せず、したがって、控訴人は、本件各手形の権利を有効に取得していないこととなるため、控訴人の被控訴人らに対する本件各手形に係る各手形金請求は、いずれも理由がないこととなる。
第4結論
よって、本件各手形判決を取り消して、控訴人の各請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、その取消しを求める本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 近藤崇晴 裁判官 宇田川基 裁判官合田かつ子は、退官したため、署名・押印することができない。裁判長裁判官 近藤崇晴)