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東京高等裁判所 平成12年(ネ)622号 判決 2000年3月30日

控訴人兼附帯被控訴人(控訴人) エスエス興産株式会社

右代表者清算人 堤義成

右訴訟代理人弁護士 吉田繁實

同 田宮武文

同 小林幸夫

同 依田修一

同 中村しん吾

同 柳澤泰

同 中村直人

同 高橋順一

被控訴人兼附帯控訴人(被控訴人) 横田進

右訴訟代理人弁護士 鈴木健司

同 山本昌彦

主文

一  控訴人の控訴に基づき、原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  被控訴人の附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  控訴人の控訴を棄却する。

(附帯控訴の趣旨)

2  原判決を次のとおり変更する。

3  控訴人は、被控訴人に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年二月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被控訴人が、入会金五〇〇万円を支払って、控訴人経営のウラクゴルフクラブゴテンバ(本件ゴルフクラブ)に入会したが、控訴人が本件ゴルフクラブを解散させたとして、控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき入会金五〇〇万円の返還を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を七八万〇四一〇円の限度で認容したので、これに対して控訴人が控訴を提起し、被控訴人が附帯控訴を提起したものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、入会金は、一定期間継続することが当然の前提とされているゴルフクラブ施設の優先使用権の対価であると判断したが、誤りである。

入会金は、会員としての登録料又は会員権設定の対価であり、入会によりその目的を達する。入会金を支払った者は、会員名簿に登録されるなどして会員になれば、会員資格を有した期間の長短にかかわらず、入会金の返還請求権を有しない。このことは、本件ゴルフクラブの会則(本件会則)に「理由の如何を問わず返還しない」と明記されており、控訴人と被控訴人との合意内容となっている。

2 原判決は、会員資格は保証金の据置期間である一〇年間存続することが予定されていた旨認定したが、誤りである。

本件ゴルフクラブは、いわゆるバブル崩壊等により、営業成績が不振を極めた。控訴人は、平成九年四月の時点で、約三七億円の債務超過の状態にあり、このままでは倒産必至であった。そこで、控訴人は、平成一〇年一月一五日に本件ゴルフクラブを解散し、株式会社太平洋クラブ(太平洋クラブ)に本件ゴルフクラブを営業譲渡した。この解散は、「クラブ運営上止むを得ぬ事情」があるときは、理事会の決議により本件ゴルフクラブを解散することができると定めている本件会則附則三項の定めに従った正当なものであり、会員に対する債務不履行とか義務違反に当たるものではない。したがって、会員資格は、その時点で消滅したものである。

3 被控訴人は、平成一〇年二月二日、何らの異議も述べずに、控訴人から保証金三五〇〇万円の返還を受けた。したがって、控訴人と被控訴人との間には、入会金は返還しない旨の黙示の合意があったものである。

4 仮に被控訴人に不当利得金七八万〇四一〇円の返還請求権があったとしても、被控訴人は、保証金の期限前返還を受けた。その利息相当額の利益は、三〇〇万円を超える。したがって、被控訴人の不当利得返還請求権は、損益相殺により、結局、存在しない。

(被控訴人の当審における主張)

1 原判決は、本件ゴルフクラブの経営を継続する控訴人の責任を一〇年間に限定したが、誤りである。会員資格は、半永久的に継続することが予定されていたものである。

2 本件会則が定める解散事由の「クラブ運営上止むを得ぬ事情」とは、控訴人に責任のない客観的な事情でなければならず、経営判断の誤りによる経営難やリストラの必要性などは含まれない。したがって、本件の場合、本件会則を根拠に本件ゴルフクラブを解散することは許されない。

3 控訴人は、被控訴人との入会契約に基づき、半永久的に本件ゴルフクラブの経営を継続すべき債務を負担した。しかし、控訴人は、本件ゴルフクラブを解散させ、この債務を履行しなかった。そこで、被控訴人は、平成一一年一月二五日、控訴人に対し、入会契約を解除する旨の意思表示をした。この解除により、入会金は返還しない旨の本件会則の定めも消滅したから、被控訴人は、入会金全額の返還請求権を有する。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求はすべて理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  認定事実

当事者間に争いのない事実と《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 控訴人は、平成元年五月、その経営する本件ゴルフクラブをオープンした。被控訴人は、平成元年一〇月九日、控訴人に対し、保証金三五〇〇万円及び入会金五〇〇万円を支払い、本件ゴルフクラブに入会した。本件会則一〇条一項は、「会社が受領した入会金は理由の如何を問わず返還しない」と定めている。

(二) 本件ゴルフクラブは、高級志向で、会員数を七〇〇名程度に押さえ、また、料金も高めに設定したが、いわゆるバブル経済の崩壊という経済情勢の激変に伴い、当初から赤字経営であった。そのため、控訴人は、平成二年四月期から一貫して営業利益がマイナスで、債務超過の状態が続いた。控訴人は、平成九年一二月一一日の時点で、一一八億円余の欠損を計上した。これは、二二一億円余の預り保証金債務を抱えていることが大きな要因であった。このような中で、保証金の返還期限が平成一〇年九月から順次到来することになっていた。控訴人は、総額二二一億円の保証金返還請求を受けると、到底払いきれないので、このままでは倒産必至と判断して、本件ゴルフクラブを太平洋クラブに営業譲渡することにした。

(三) そこで、本件ゴルフクラブの理事会は、平成九年一二月一五日、本件会則の附則三項に基づき、平成一〇年一月一五日をもって本件ゴルフクラブを解散する旨決議した。本件会則の附則三項は、「天災地災その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合は、理事会の決議によりこのクラブを解散することができる。クラブが解散した時は会社と会員間におけるこのゴルフクラブ及びその付帯施設に関する利用契約は終了する」と定めている。また、控訴人は、平成九年一二月二九日、臨時株主総会を開催し、本件ゴルフクラブの営業全部を太平洋クラブに譲渡する旨決議した。

(四) 控訴人は、会員全員に対し、太平洋クラブに入会するか、それとも入会せずに保証金の返還を希望するかを問い合わせた。被控訴人は、平成一〇年一月一九日、控訴人に対し、太平洋クラブに入会せず退会する旨通知したので、同年二月二日、控訴人から保証金三五〇〇万円の返還を受けた。

(五) 控訴人は、平成一〇年二月一七日、株主総会で解散する旨決議し、清算手続を開始した。

(六) 被控訴人は、平成一〇年五月二二日、控訴人に対し、入会金五〇〇万円の返還を請求したが、拒否された。被控訴人は、平成一一年一月二五日、控訴人に対し、解散事由がないのに本件ゴルフクラブを解散したことは債務不履行であるとして、入会契約を解除する旨の意思表示をした。

2  判断

右1の認定事実によれば、被控訴人は、本件会則を承諾して入会したものであるから、被控訴人は本件会則に拘束されるものといわねばならない。そして、本件会則の一〇条一項に、「入会金は理由の如何を問わず返還しない」とあるが、その返還しない場合の中には、本件会則附則三項によりクラブが解散される場合が含まれるものというべきである。

本件会則の附則三項は、「天災地災その他不可抗力の事態が発生した場合、又はクラブ運営上止むを得ぬ事情のある場合は、理事会の決議によりこのクラブを解散することができる。」と定めている。そして、どのような事情が「クラブ運営上止むを得ぬ事情」に該当するかは、入会希望者が解散もやむを得ない事態として予測し得た範囲内の事柄であるかどうかによって判断すべきである。入会希望者の予測の範囲外、例えば、多額の入会金保証金を集めながら、これを他に流用してゴルフ場施設を完成させずクラブを解散させた場合などは、この解散は「クラブ運営上止むを得ぬ事情」によるものではなく、「理由の如何を問わず返還しない」との定めがあっても、入会金を返還しなければならないものというべきである。

そこで、本件の場合、右の予測の範囲内の解散であったかどうかを検討する。

右1の認定事実によれば、控訴人は、いわゆるバブル経済の崩壊により長期間欠損を計上し、年々赤字を累積していたが、平成九年当時には、二〇〇億円を超える保証金の返還期限を間近に控え、このままでは企業経営が成り立たず、近々倒産の現実的な可能性に直面せざるを得ない状態であった。そこで、控訴人は、本件ゴルフクラブの解散を決断したものである。

企業経営の基盤である経済情勢は、常に変動するものであり、その内容や程度のいかんによっては、著しい業績不振に見舞われ企業として成り立ち得ない事態に陥る可能性もあることは、一般的に経済取引をする者にとって予測の範囲内の事柄である。したがって、本件の解散は、右の予測の範囲内の事柄であり、本件会則の附則三項にいう「クラブ運営上止むを得ぬ事情」による解散に該当するものと認められる。

そうすると、本件会則一〇条の規定により、入会金は返還しないのであって、被控訴人は、控訴人に対し、入会金の返還請求権を有しないといわねばならない。

3  被控訴人の主張について

被控訴人は、本件ゴルフクラブは半永久的に存続することが入会契約の内容であった旨主張する。しかし、本件会則は、本件ゴルフクラブが解散することもあり得ると定めているから、被控訴人の右主張は、本件会則を無視するものであり、採用することができない。被控訴人は、自己の判断で、経営悪化等による解散のありうるゴルフクラブに入会し、その入会の対価として入会金を支払ったのである。解散の際入会金の返還があるか否か、そのリスク計算の判断の基礎になるのは、契約の条項であり、本件の場合は、本件会則である。入会金と対価関係にあるクラブ入会というものの中には、解散及び入会金の不返還というリスクが折り込まれているのである。すなわち、一定期間の施設利用権が保障されているのではない。被控訴人が入会金の返還を受けられないのは、自己の判断でそのリスクのある入会をした結果なのであり、その責任を他人に負わせることはできないのである。

被控訴人は、経営判断の誤りによる経営難などは「クラブ運営上止むを得ぬ事情」に当たらない旨主張する。しかし、先に述べたとおり、「クラブ運営上止むを得ぬ事情」かどうかは、入会希望者が解散もやむを得ない事態として予測し得た範囲内の事柄かどうかによって判断すべきであり、本件の解散は上記の予測の範囲内であることは、右2で述べたとおりである。経営者が将来の経済情勢の見通しを誤ったり、有用な投資であると考えて無用な投資をしたりすることは、常に可能性として存在し、その結果、企業経営が成り立ち得なくなる事態も想定される。それらは、予測の範囲内の事柄に属するのであって、そのような事情による解散は、「クラブ運営上止むを得ぬ事情」による解散であるというべきである。

また、被控訴人は、本件ゴルフクラブを解散した点で控訴人に債務不履行があったから、入会契約を解除した旨主張する。しかし、本件ゴルフクラブの解散は、控訴人と被控訴人との契約内容となっている本件会則の定めに基づいてされたものである。控訴人に債務不履行があったとは認められない。したがって、被控訴人主張の解除は、その効力を生じない。

以上のとおりであって、被控訴人の主張は、いずれも採用することができない。

二  したがって、被控訴人の請求はすべて棄却すべきものであり、被控訴人の請求を一部認容した原判決は失当であって、これを取り消さねばならない。そこで、控訴人の控訴に基づき、原判決を取り消して被控訴人の請求を棄却し、また、被控訴人の附帯控訴は理由がないから、これを棄却することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

<以下省略>

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