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東京高等裁判所 平成12年(ネ)842号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

三  被控訴人は、控訴人に対し、平成九年一〇月一七日から右建物明渡済みまで一か月金二三万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

四  被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月一四日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

五  仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、控訴人が、被控訴人に建物(工場)を賃貸していたところ、建物に通じる通路の使用をめぐる紛争に係る被控訴人の暴行等の言動が約定違反であるとする賃貸借契約の無催告解除、又は更新に伴う保証金償却分の補充をしないことについての同契約の催告解除、若しくは期間満了(更新拒絶)により賃貸借契約が終了したとして、建物の明渡し及び明渡遅延損害金の支払を求めたほか、被控訴人の暴行等の不法行為によって精神的苦痛を被ったとして慰謝料を請求した事案である(控訴人は、当審で、保証金償却分の請求に係る訴えを取り下げた。)。

原審は、控訴人主張の賃貸借契約終了事由をいずれも認めず、建物の明渡し及び明渡遅延損害金の支払請求を棄却し、被控訴人の暴行等について一部不法行為と認め、慰謝料請求について五〇万円の限度で認容した。

二  争いのない事実

次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」一1ないし3(原判決四頁四行目から一〇頁六行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決一〇頁六行目の次に改行して次のとおり加える。

「4 被控訴人は、控訴人に対し、平成六年三月二三日、本件和解(三)に係る平成元年四月から平成四年四月までの三年分の保証金の償却分の補充金五〇万四〇〇〇円を支払った。

5 控訴人は、被控訴人に対し、平成九年一〇月一六日、被控訴人の嫌がらせ、暴行を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除1」という。)。

6 控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年六月一三日到達の本件訴状をもって、本件訴状到達後五日以内に、平成四年四月から平成一〇年四月までの六年分の保証金の償却分合計一〇〇万八〇〇〇円及び内金五〇万四〇〇〇円に対する平成四年五月一日から、内金五〇万四〇〇〇円に対する平成七年五月一日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を催告し、右金員の支払がないときには本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした(以下「本件解除2」という。)。

7 被控訴人は、平成一〇年七月三日、係争中のため控訴人が受領しないことが明らかであるとして、右保証金の償却分の補充分として合計一〇〇万八〇〇〇円を供託し、控訴人は、同年一二月一六日、その支払(還付)を受けた。」

三  争点及び当事者の主張

1  控訴人主張の賃貸借契約終了事由の存否

(一) 控訴人の主張

次のとおり付加訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」二1(一)(1) ないし(3) (原判決一〇頁九行目から一八頁末行まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

(ア) 原判決一〇頁一〇行目の「契約解除1」を「本件解除1」に改める。

(イ) 一五頁七行目の「陥った。」を「陥り、平成七年一月三一日から同年三月一二日まで入院するに至った。」に改め、同八行目の「違反する」の次に「し、賃借人の賃貸人に対する人格的非違行為としてその程度が甚だしく、かつ、これが賃貸借物件に通じる通路に関して行われたことからすれば、本件賃貸借契約と客観的に密接な関連を有しており、同契約の基礎をなす信頼関係を破壊するもので、無催告解除の理由となる。」を加え、同一〇行目の「意思表示をした(以下「本件解除1」という。)。」を「意思表示(本件解除1)をした。」に改める。

(ウ) 一六頁七行目の末尾に「このことは、本件和解において、契約更新とは関係なく保証金の償却分の補充が合意されたことからも明らかである。」を加える。

(エ) 一七頁四行目の「(3) 」を「(ウ)」に、同九行目の「意思表示をした(以下「本件解除2」という。)。」を「意思表示(本件解除2)をした。三年ごとの償却分保証金の補充義務は、本件賃貸借契約上重要な要素となっており、同義務違反は、同契約当事者間の信頼関係を破壊するものである。」に、同一〇行目の「(4) 」を「(エ)」にそれぞれ改める。

(二) 被控訴人の反論

次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」二2(一)(1) ないし(3) (原判決二〇頁二行目から二一頁三行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二一頁三行目の次に改行して次のとおり加える。

「(4)  被控訴人は、前記のとおり、控訴人に対し、平成六年三月二三日、平成四年分の保証金補充分として金五〇万四〇〇〇円を、平成一〇年一二月一六日、平成七年分及び平成一〇年分の保証金補充分として合計金一〇〇万八〇〇〇円をそれぞれ支払った。」

2  不法行為の成否及び慰謝料額

(一) 控訴人の主張

控訴人は、被控訴人から、右引用に係る(1) (ア)の暴行及び嫌がらせを受けたもので、これにより控訴人が被った精神的苦痛による損害は、一〇〇〇万円を下らない。

(二) 被控訴人の反論

被控訴人は、控訴人に対し、本件和解に従い紛争部分の柵を撤去するよう申し入れたにすぎず、控訴人に対する嫌がらせを行ったものではないし、暴行した事実もないから、慰謝料を支払うべき理由はない。

第三当裁判所の判断

一  本件解除1(主位的請求原因)について

1  証拠(甲八、一一、一六、一八、一九の一・二、乙五ないし八、一五、一六、控訴人本人、被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件和解成立後、控訴人と被控訴人との間で、本件和解(六)項にいう「現状の通路」の解釈をめぐって紛争が起きた。

すなわち、被控訴人は、本件和解(六)項に定められた「現状の通路」とは紛争部分を含むものであり、したがって、紛争部分に物を置いたり、車を駐車したり、紛争部分を扉で囲ったりすることは、本件建物への被控訴人関係車両の出入りに支障を来すばかりか、本件和解(六)項に違反すると考えた。

これに対し、控訴人は、紛争部分は本件和解(六)項にいう「現状の通路」には含まれていないし、紛争部分は本件和解以前から控訴人が駐車場として使用していた場所であり、控訴人の所有地であって被控訴人に賃貸しているわけでもないから、その利用方法について被控訴人から制約を受ける理由はなく、したがって、紛争部分に車を駐車させたり、紛争部分を扉で囲ったりしても、本件和解(六)項に違反するものではないと考えた。

(二) (一)の本件和解(六)項の解釈をめぐる対立を背景として、控訴人と被控訴人との間に次のような事件が発生した。

(1)  控訴人は、本件和解以前の平成四年ころ、紛争部分の東側辺及び北側辺上に可動式の扉(以下「本件扉」という。)を設置していたところ、被控訴人は、平成六年六月三〇日、控訴人に対し、本件扉は本件和解(六)によって撤去することになったはずであると主張して、本件扉の取りはずしを要求した。

(2)  控訴人が本件扉を除去しないでいたところ、被控訴人は、控訴人に対し、平成六年七月三〇日、「今度は絶対に許さない」などと述べた。

(3)  被控訴人は、平成六年一二月一日、控訴人に対し、「通路が狭くて車が入らない。」などと述べた。

(4)  被控訴人は、控訴人に対し、平成七年四月二八日、「車が入れないから建物を元に戻せ。」と主張した。

(5)  被控訴人は、平成七年七月三〇日、控訴人が自宅の二階ベランダを塗装していたとき、控訴人に対し、「そんなことはするな。俺の工場を直せ。」などと主張した。

(6)  平成七年一一月一七日午後六時一〇分ころ、控訴人が紛争部分に車を停めたところ、被控訴人は、突然車の運転席にいた控訴人に近づき、「おーい。お前はどうして車を停めるんだ。」と怒鳴りながら、車の運転席側の窓越しに腕を入れて控訴人の胸元を掴んだ。控訴人は「何をするんだ。ここは昔から自分の駐車場なんだから。」と言って被控訴人の腕を振り払ったが、そのときに被控訴人ともみ合いとなって車の運転席側の窓ガラスが外れてしまった。控訴人は、その修理に一万〇三〇〇円を要し、その弁償を被控訴人に求めたが、被控訴人はその支払に応じなかった。

その後、被控訴人は、同日午後七時三〇分過ぎ、控訴人の自宅二階玄関まで来て、「お前は人の嫌がることが楽しいのか。車をどかすまで帰らない。」などと怒鳴った。

(7)  被控訴人は、平成八年二月一二日午後五時三〇分ころ、自宅二階から降りてくる控訴人を待ちかまえ、控訴人に対し、「狭くて車が入れない。」と大声で述べた上、本件扉をドンドンと足蹴りにした。

(8)  被控訴人は、控訴人に対し、平成八年九月一九日、「車を停めるな。」と言った。

(9)  控訴人は、平成九年一〇月一〇日、紛争部分において、同部分の地面に鉄板を敷くための鉄枠を地面に置いて組み立て作業をしていたところ、被控訴人が控訴人の側に近づき、控訴人に対し、「おーい。お前、困るぞ。どうしてやるんだ。話が分からないな。」などと苦情を述べた。控訴人がこれを無視して右作業を継続していたところ、被控訴人は、「お前はどうして嫌がることをやるんだ。」と述べながら、控訴人が跨いで作業をしていた鉄材に手をかけてこれを急に持ち上げたことから、その鉄材が控訴人の股間に当たり控訴人に陰のう部打撲の傷害を与えた。控訴人は、これに抗議して鉄材を地面に押さえ付けようとしたが、被控訴人はなおもその鉄材を引っ張ったり持ち上げたりし、その挙げ句に控訴人の抵抗を排して鉄材を放り投げ、その結果その鉄材が紛争部分を仕切るために設置した可動式扉に当たり、右扉に亀裂と凹みが生じた。

控訴人は、右扉の修理代として三万九一九〇円を支出し、その弁償を被控訴人に求めたが、被控訴人はその支払に応じなかった。

(三) 本件建物及びその周辺建物の状況は、原判決別紙図面(以下「別紙図面」という。)に記載のとおりであって、建物群は北側を道路に接する共通間口としてほぼコの字型に配置されており、本件建物は、その建物群の南東隅に位置する。コの字型の南辺部分の建物は株式会社矢部製作所が、東北辺部分の建物は控訴人の兄が経営する村田自動車ボデー株式会社(以下「村田自動車」という。)がそれぞれ控訴人から賃借しており、西辺部分の建物(別紙図面の別棟建物)は控訴人が自ら占有利用している。

そして、被控訴人が本件建物を占有利用する上で使用しているのは、本件建物から道路に出るまでの部分(別紙図面において「共用通路」と記載されている部分。以下「本件通路」という。)である。

(四) 紛争部分には、本件和解以前から、既に本件扉が設置されており、また、本件賃貸借契約締結以前から、材料置き場や控訴人の保有する車両の駐車場として利用されていた。

また、紛争部分の南側部分(別棟建物の南西の凸部と紛争部分の間の部分)は、本件和解以前から、既に階段、物置き、駐車場等に利用されており、この部分を被控訴人が本件通路の一部として使用する余地はなかった。

(五) 本件通路は、入口部分の紛争部分を含めなくても、大型自動車約二台分の幅があり、本件通路上に何もない状態であれば、被控訴人にとって何らの支障もない。

しかし、村田自動車は大型自動車の整備を業としているため、村田自動車の顧客の大型自動車が本件通路の東側半分を占有して駐車することがあり、この場合、村田自動車の奥に位置する本件建物を賃借している被控訴人は、本件通路の西半分を通過せざるを得なくなる。その場合、二トントラックより小型の自動車が本件通路の西半分を通行すること自体は可能であるが、本件通路内での車の転回ができないため、本件建物に用件のある車は本件通路の西半分をバックで進入せざるを得ない。そして、本件通路の接する道路が片側一車線の比較的幅員の狭い道路である上、車両の交通量が多いこと、その道路の西側が信号機のある交差点となっていることから、道路から本件通路に進入する場合、一旦道路の交通を遮断してバックで進入することになり、本件通路への進入にかなり気を使わざるを得ないことになり、これを理由に、被控訴人関係車両の運転手は、本件通路への進入を嫌がっていた。また、二トントラック以上の幅や長さのある車両の場合には、本件通路への進入が困難となる場合も生ずる。

そのため、被控訴人は、紛争部分を本件建物に用件のある車両が道路上の車両の通行が途切れるまでの一時停止場所として利用したり、二トントラック以上の幅や長さのある車両がバックで転回するのを可能にする空間として利用したりするために空けてもらいたいと考えていた。

(六) 村田自動車の前に大型自動車が駐車しているのは毎日ではなく、多いときで一週間に三、四日、少ないときで一、二日である。

他方、被控訴人は、事業用の自動車を保有しておらず、本件通路を利用するのは専ら被控訴人の得意先の自動車であり、その利用頻度はほぼ一日に一回くらいである。

これまで、被控訴人の得意先の自動車が本件通路に進入できなかったときが二度あり、そのうち一回は、本件通路の入口に車を停めて運んできた加工材料の鋼材を手で引いて本件建物に運び入れた。

しかし、被控訴人関係車両が本件通路に進入できない場合は、村田自動車の従業員に駐車中の大型自動車を一時的に移動してもらうことになっており、村田自動車の従業員不在のために被控訴人関係車両が本件通路に進入できず被控訴人の事業に支障が生じたという事態は実際上ほとんど生じていない。

(七) 本件和解の交渉過程においては、紛争部分の通路としての利用、紛争部分に設置された本件扉を取り除くかどうかも問題点とされていたものの、最終的に、本件和解においては、紛争部分の利用方法、本件扉の撤去等には触れられなかった。

2  以上認定の事実を併せ考慮すれば、紛争部分はその南側の部分を含めて、本件和解以前から、控訴人において本件扉を設置するなどして材料置き場、駐車場等として使用してきたのであって、本件建物への出入り、荷物の搬出入等のためには、右紛争部分等を除いた本件通路が利用できれば十分に足りるものであり、本件和解においては、本件扉の撤去等紛争部分の利用方法の変更は約定されておらず、本件和解当時の本件通路の現状を前提としたものであり、したがって、本件和解(六)にいう「現状の通路」とは、これがどの範囲なのかについて本件和解において図面等による特定がされていないものの、紛争部分を含まないものと認めざるを得ない。

3  そうすると、前記1(一)の被控訴人の紛争部分についての理解は誤っていたものであるといわざるを得ない。

しかし、他方において、本件和解が成立した訴訟事件は控訴人が提起した賃料増額訴訟であり、紛争部分の利用が争点となっていたものではなく、紛争部分の通路としての利用については本件和解の交渉過程においても問題とされていたものであるところ、本件和解においては、この点についての約定がされなかったのであるから、本件和解後も、被控訴人が紛争部分についても通路として利用することを求めたことについて、披控訴人の嫌がらせにすぎないものということはできない。

4  ところで、控訴人が本件解除1の根拠として主張する本件賃貸借契約七条は、直接的にはいわゆる近隣迷惑行為の禁止を定めた特約というべきものである一方、前記1(二)に認定した被控訴人の言動は、賃借入である被控訴人の賃貸人に対する暴行、粗暴な言動等の非違行為というべきものであって、右禁止特約違反に該当する行為とはいえない。

しかし、賃借入の賃貸人に対する右非違行為については、それが直ちに賃貸借契約における信義則上の義務違反とはならないとしても、その程度が甚だしく、また、その非違行為が当該賃貸借契約と客観的に密接な関連を有するために、賃貸借契約の基礎をなす信頼関係を破壊しその存続を困難ならしめる程度に至った場合には、無催告解除の理由となると解される。

本件についてこれを検討するに、前記1(二)に認定した被控訴人の言動は、話合い、交渉の方法として相当な範囲を越えるものであり、とりわけ控訴人に対する暴行行為は、その原因、動機がいかなるものであるにせよ到底許される行為ではなく、控訴人に対する不法行為として損害賠償義務を発生させるものというべきであるが、右行為が本件賃貸借契約の基礎をなす信頼関係を破壊しその存続を困難ならしめる程度のものであるかについては、その行為の動機、原因等も斟酌して慎重に判断すべきである。本件和解においては、紛争部分の利用を含めて本件通路の利用が問題とされたものの、和解条項には本件通路(現状の通路)の範囲について図面等による特定がされておらず、被控訴人において、紛争部分についても通路として利用できるようにすることを控訴人に求めること自体は、本件和解条項に抵触するものではなく、不当なものとはいえないところ、前記1(二)に認定した被控訴人の言動は、紛争部分についても通路として利用できるようにすることを控訴人に求めるために行われたものであること、その方法として相当な範囲を越え、控訴人に対する暴行にまで至っているが、これにより控訴人が負傷したのは一回だけであること、被控訴人の言動は何度も繰り返されているものの、控訴人において、器物損壊の修理費を請求したことがあるだけで、今後同様のことが繰り返された場合には、信頼関係を破壊するものとして契約解除もあり得ることを警告するとか、自らは紛争の拡大を防止するために話合い、交渉をすることを求めたりしたことはなかったことなどの事情を併せ考慮すると、前記1(二)に認定した被控訴人の言動をもってしては、いまだ本件賃貸借契約の無催告解除をなし得るほど控訴人との間の信頼関係を破壊し、その回復を著しく困難ならしめる背信行為があったとまでは認めることはできない。

5  したがって、被控訴人の控訴人に対する暴行等の言動により信頼関係が破壊されたことを理由とする本件解除1による無催告解除の主張は採用することができず、解除の効力は生じないというべきである。

二  本件解除2(予備的請求原因1)について

1  本件賃貸借契約が平成元年四月二一日以降法定更新されたことは前記のとおりである。

ところで、期間の定めのある賃貸借が借家法二条に基づき法定更新されたときは期間の定めがない賃貸借となるのであり、賃貸人はその後正当の事由がある限り何時でも解約の申入れをすることができるものと解すべきである(最高裁昭和二八年三月六日第二小法廷判決・民集七巻四号二六七頁)から、本件賃貸借契約は右法定更新後は期間の定めがない賃貸借となったのであり、その後当事者間において改めて期間の合意をしない限り、契約の更新の余地はない。

2  控訴人は、平成七年四月ころ、被控訴人との間で、同年五月一日から賃貸借期間を三年として本件賃貸借契約を更新する旨の合意をしたと主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

控訴人は乙一の被控訴人代理人からの回答書をもって合意更新の根拠とするが、右回答書の内容は、契約の期間については控訴人の提案に同意するが、控訴人の主張する増額賃料については同意できないとする内容のものであり、契約期間と賃料額を契約の最も重要な要素とする賃貸借契約において、賃料額の合意がない以上、更新の合意が成立したとはいえない。

また、本件和解においても、本件賃貸借契約の契約期間について何らの合意がされなかったことは前記のとおりである。

3  したがって、本件賃貸借契約は、平成元年四月二一日以降現在まで依然として期間の定めがない賃貸借として存続しているのであって、契約の更新の余地はない。

そうすると、更新の場合に直ちに償却分を補充する旨の本件賃貸借契約の特約<2>及び本件公正証書一四条は、平成元年四月の法定更新により存続している本件賃貸借契約に適用の余地はないといわざるを得ず、三年ごとの更新による保証金償却分の支払義務があることを前提とする控訴人の主張は理由がない。

4  なお、法定更新後も、賃借物使用期間一年につき保証金の一割相当額を償却費として賃貸人に支払う(保証金から控除する)旨の約定(特約<2>及び本件公正証書第一三条)が有効であることは明らかであり、また、本件和解においては、賃貸借期間の定めがされず、右償却分の補充規定が適用されないと解されるのに、保証金の三年分(平成元年四月から同四年四月まで)の償却分の補充が約定されたことなどに照らすと、控訴人においてはもちろん、被控訴人においても、賃貸借契約が存続する限り、保証金の償却分の補充がされるべきものと認識していたものと解し得る。

そして、控訴人主張の平成四年時の三年分の保証金の償却分について、被控訴人は、本件和解の合意に従い平成六年三月二三日に支払い、その後の平成七年時及び平成一〇年時の各三年分の保証金の償却分についても、控訴人の履行催告に係る期間を経過した後ではあるが、平成一〇年一二月一六日に支払っているところであり、いずれにしても、控訴人主張の保証金の償却分の支払を控訴人の履行催告に係る期間内に支払わなかったことは、本件賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊するものとまでいうことはできず、同契約の解除事由にならないというべきである。

5  以上のとおりで、本件解除2の効力は生じない。

三  期間満了による契約終了(予備的請求原因2)について

1  控訴人は、被控訴人に対し、平成九年八月一〇日、平成一〇年四月三〇日の賃貸借期間の満了について本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨の通知をしたことが認められる(甲四の一・二)が、前記のとおり、本件賃貸借契約は平成元年四月二一日以降期間の定めのない賃貸借となったのであるから、右更新拒絶通知は、その前提である期間の満了を観念することができず、無効なものといわざるを得ない。

2  また、右期間満了通知を借家法三条にいう解約申入れと解するとしても、控訴人は、控訴人自ら本件建物を使用することを必要とする理由その他の正当理由を何ら主張立証していないから、右解約申入れは効力を生じないといわざるを得ない。

四  不法行為の成否及び慰謝料額について

1  前記一1(二)の被控訴人の控訴人又は控訴人所有物件に対する行為のうち、同(9) の控訴人に対する傷害行為は、慰謝料請求の対象となる不法行為となるが、その余の被控訴人の行為は、慰謝料請求の対象となる不法行為を構成するものとまでは認め難い。控訴人は、被控訴人の行為により車の窓ガラスを外されたり、可動式扉に亀裂と凹みが生じるなどして財産的損害を被ったが、財産的損害の回復は、その損害の賠償によりされるべきもので、右程度の器物損壊については、慰謝料請求の対象とならないものというべきである。

2  そして、被控訴人の右傷害行為の態様、動機、控訴人の受けた傷害の程度等を考慮すると、右行為によって控訴人が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、五〇万円を超えるものではない。

五  よって、右の範囲で一部認容をした原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥山興悦 裁判官 杉山正己 裁判官 沼田寛)

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