大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成12年(ラ)485号 決定 2000年4月05日

抗告人

新出羽屋株式会社

右代表者代表取締役

枡井利行

右代理人弁護士

竹下政行

上原康夫

相手方

エヌピーアイ・ツー・エルエルシー

右代表者代表取締役

ベンジャミン・ドリュー・ベルビン三世

右日本における代表者

テレンス・エム・マーフィー

右代理人弁護士

市川尚

主文

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件不動産引渡命令の申立てを却下する。

理由

一  本件執行抗告の趣旨は、原決定を取り消し、相手方の本件不動産引渡命令の申立てを却下するとの裁判を求めるというものであり、その理由は、次のとおりである。

すなわち、抗告人は、本件引渡命令の対象となる建物(以下「本件建物」という。)については、本件競売申立ての原因となった最先順位の根抵当権(平成元年五月一日登記、同年四月二八日設定)が設定されるより前である昭和六三年一一月一日から、その前所有者である株式会社アイ・タヴリュー・エイ・ジャパン(以下「前所有者」という。)から、期間の定めなく、賃料を月額一三〇万円でこれを賃借しており、その後、前所有者の破産により、平成九年八月、破産管財人との間で、賃料を月額四〇万円として賃貸借契約を更新した。抗告人は、この賃借権(以下「本件賃借権」という。)に基づいて本件建物を占有しているものであり、この抗告人の占有は、競落人である相手方に対抗できるものというべきである。また、抗告人は、上記最先順位の根抵当権の設定に後れて本件建物に平成元年一一月一八日に設定された権利者を株式会社中埜酢店(平成七年一二月一日に株式会社ナカノに権利譲渡)とする根抵当権、平成八年六月五日に設定された権利者を株式会社岩本とする根抵当権について、それぞれ根抵当債務者(債務の内容は商品売買取引等)となってはいるが、このいずれの債務についても債務不履行をした事実はなく、したがって、これらの根抵当権に基づく競売の実行がされる可能性はなかったものであるから、本件競売の実施により、抗告人を根抵当債務者とするこれらの根抵当権も消除により消滅する結果を招来したとしても、抗告人は、なお、相手方に対し本件賃借権を主張し得る立場にあるものといわなければならないというものである。

二  本件記録によれば、次のような事実が認められる。すなわち、本件建物については、上記最先順位の根抵当権に基づいて競売が実施され、相手方がこれを競落した。抗告人は、上記のとおり、この最先順位の根抵当権の設定に先立って、本件建物について前所有者から本件賃借権の設定を受けており、以来、本件建物を本件賃借権に基づいて占有、使用してきている。本件建物には、上記最先順位の根抵当権の設定に後れて、それぞれ抗告人を根抵当債務者とする根抵当権が上記のとおり設定されているところ、抗告人は、酒類販売業者であり、これらの根抵当権は、取引先である前記各根抵当権者らとの間での酒類の販売取引に基づく抗告人の買掛金債務を担保するために設定されたものである。抗告人は、これらの債務については、約定どおりの支払を行ってきており、債務不履行の状況に至ったことはない。

三  ところで、もともと対抗力のある賃借権の設定されている不動産に抵当権が設定された場合であっても、当該賃借権者自身がその抵当権の抵当債務者であるという場合においては、一般に、当該賃借権者は、自らの債務不履行によりその抵当権が実行されるに至ったときには、当該不動産の買受人に対しては、その賃借権を主張することなく、これを明け渡すことを承諾しているものと解することができ、また、自らの債務不履行により当該不動産を担保に提供してくれた所有者がその所有権を失うという事態に陥るにもかかわらず、当該賃借権者のみがその占有を保護されるというのは著しく衡平、信義に反するものというべきであるから、この場合の賃借権者は、引渡命令の対象となり得るものと解されるところである。そして、このことは、当該不動産に複数の抵当権が設定されている場合に、当該賃借権者を抵当債務者とする抵当権とは別の抵当権に基づく競売が実行されたときにおいても、当該賃借権者に抵当債務の債務不履行があり、もともと当該抵当権に基づく競売実行の可能性があったという場合には、いずれにしても当該抵当権についても換価が強制され当該抵当権は消滅することとなるのであるから、同様に解することができるものというべきである。

しかしながら、この場合において、抵当債務者である賃借権者自身には抵当債務の債務不履行の事実がないという場合には、この賃借権者が引渡命令の対象となるものとすることは相当でないものと考えられる。というのは、この場合には、もともとこの賃借権者が抵当債務者となっている抵当権自体については、その実行による競売が行われるという可能性が生じていなかったのであり、偶々その抵当権とは別個の抵当権が実行されることとなったため、消除主義により当該抵当権も消滅する結果となるにしても、そのことについて当該抵当債務者である賃借権者には何ら責められるべき理由はないものといわざるを得ず、したがって、当該賃借権者が本来競落人に対しても対抗し得る権利として有していた自己の賃借権を主張し得なくなるものと解する根拠はないものというべきだからである。本件においては、上記のとおり、抗告人自身には根抵当債務について何ら債務不履行の事実がないのであるから、抗告人は、本件建物の競落人である相手方に対し、本件賃借権を主張することができるものというべきである。なお、本件競売手続においては、本件建物の物件明細書においても、抗告人の本件貸借権は買受人に対抗できるものであることが明記されており、買受人は、本件賃借権の負担を引き受けることを前提として本件建物を買い受けたことが認められるのであるから、前記のように解したとしても、これによって買受人たる相手方の利益が不当に害されることはないものと考えられるところである。

四  そうすると、これと結論を異にし、抗告人に対する引渡命令を求める相手方の申立てを認容した原決定は相当でないものというべきことになるから、これを取消し相手方の本件不動産引渡命令の申立てを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官涌井紀夫 裁判官小田泰機 裁判官合田かつ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例