大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(行ケ)12号 判決 2000年9月21日

原告

有限会社アイ・ビ-・イ-

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

有限会社エイ・シ-・エム

代表者代表取締役

【C】

訴訟代理人弁護士

奥野滋

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成11年審判第35091号事件について平成11年11月8日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

被告は、「π」の文字とその上部に「パイ」の文字を横書きしてなり、指定商品を旧第32類「卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」とする登録第4128966号商標(平成1年8月30日登録出願、平成10年3月27日登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成11年2月26日、本件商標の登録無効の審判を請求し、特許庁は、平成11年審判第35091号事件として、これを審理した結果、平成11年11月8日に、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年12月9日に原告に送達された。

2  審決の理由

別紙審決の理由の写しのとおり、本件商標は、引用商標すなわちギリシア文字「π」と片仮名文字「ウォーター」を結合した「πウォーター」からなり指定商品を旧第32類「食肉、その他本類に属する商品」とする登録第2549288号商標(昭和62年5月29日登録出願、平成5年6月30日登録)と類似するものではないから、本件商標の登録は、商標法4条1項11号に違反してなされたものではないと認定、判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

引用商標である「πウォーター」は、その構成中の「π」の文字が自他商品の識別機能を果たす主要部であり、これが分離されて、本件商標と同じく「パイ」の称呼を生じ、また、本件商標の指定商品の分野において、需要者は、「π」といえば「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」を観念し、本件商標は引用商標と同一ないし類似の観念を生ずるものであるから、本件商標は引用商標と類似している。

1  「π」の概念等について

(1)  「πウォーター」という語は、昭和60年以前に、【D】によって作られた用語であり(【D】著「生命成立の原理」80頁、造型社、1985年発行、甲第5号証)、平成4年には、「現代用語の基礎知識」(自由国民社、1992年発行、甲第3号証中の本件審判甲第11号証)に記載されているように、広く知られた用語になっている。

また、「πウォーター」を各分野に応用するシステムを、「πウォーターシステム」と呼ぶことも、平成7年以前に【D】によって提唱され、現在では広く知られており(甲第4号証及び甲第5号証)、「πウォーターシステム」に関する講演等も、原告の代表者である【A】(通称、【E】)が理事長をしている生体エネルギーシステム研究普及協会の主催によって活発に行われ(「パイテック・フォーラム’98爽春号」生体エネルギーシステム研究普及協会、1998年発行、甲第6号証)、この協会には広範囲にわたる分野の人々が参加している。なお、この「πウォーター」あるいは「πウォーターシステム」は、原告が永年にわたり開発してきたものであることは、原告発行のパンフレット「πウォーターシステム」(甲第7号証)に記載のとおりであり、このパンフレットは、昭和61年に5000部が配布されている(甲第8号証)。

そして、「πウォーター」の用語中の「π」は、物質の特殊な状態を表す独立した意味のある文字であり、「πウォーター」は「π化された水」として、一般に「π」と「ウォーター」とは分離して認識されている。このことは、「食品工業」(株式会社光琳、1993年発行、甲第3号証中の本件審判甲第12号証)の30頁左欄17行に「π化の化粧品ミスト」、27行に「水道水をπ化する」、右欄7行に「水のπ化」、36行に「π化の正体は二価三価鉄塩」、37行ないし31頁2行に「π化の浄水器も、π化化粧品も、水をπ化することによって、正体の効果が出るということである。その正体は、二価三価鉄塩となっているが、この二価三価鉄塩は、実は事物の生命にかかわっている物質という。」、27行ないし34行に「こうした不思議な現象をオーラ(背光、物体が出す目に見えないエネルギーのこと)として説明する研究者があるが、現象面ではπ化した水がそれを起こすという。πウォーターを入れたコップと並べて普通の水を入れたコップを置くと、普通の水がπウォーターに変わるとされ、πウォーターに変った証は、水のクラスター(分子集団)の測定で明らかといわれる。」との記載がみられることから明らかである。

また、「πウォーター」、「πウォーターシステム」において、しばしば「π」が「ウォーター」と分離して用いられている。例えば、上記「食品工業」において、上記のとおり「π化」なる用語がみられ、「環境と健康を守るπウォーターシステム’95.7.11~7.22中部経済新聞掲載記事より」(生体エネルギーシステム研究普及協会発行、甲第4号証)の表紙には「π」のロゴがみられ、上記「パイテック・フォーラム’98爽春号」(甲第6号証)の31頁には「π・Books」なる本が紹介され、34頁では「πウォーター」あるいは「πウォーターシステム」を「π」と略称し、さらに、35頁の「オーラのエネルギーを付与」の項では「パイのセラミック」、「パイの浄水器」なる用語が使用され、「パイウォーターの奇跡」(【E】著、廣済堂出版平成6年発行、甲第9号証)の175頁では、「パイの資材」、176頁、181頁、277頁では「パイ化」と云う用語がみられる。さらに、審決が引用する「現代用語の基礎知識」でも、「π(パイ)ウォーター」の項をみると、「(*π+water)」と表示されており、「π」と「water」とは分離されている。

このように、「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」において、「π」あるいは「パイ」の語は、「ウォーター」の語から分離して使用されている。

(2)  そして、「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」が、本件商標の指定商品である旧第32類の「卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」に応用されていることは、甲第3号証中の本件審判甲第12号証(特に29頁、多彩なπウォーターの応用分野の項)、甲第4号証(特に環境と健康を守るπウォーターシステム<4>の欄)、甲第6号証(特に31頁π-WATER SYSTEMの応用により技術開発が期待される分野)、甲第9号証(目次欄)により明らかであり、「πウォーターシステム」が本件商標の指定商品の分野に適用されていることも周知となっている。

また、「πウォーターシステム」を応用した商品は、「π化」されている商品であることも周知となっているから、本件商標「π」がその指定商品である卵や食用水産物に使用された場合に、これに接した需要者は、卵や食用水産物とは何の関係もない「円周率」等を観念するよりは、「πウォーターシステムによる卵あるいは食用水産物」として、「πウォーターシステム」が応用されている商品を観念するであろう。

このように、本件商標の指定商標の分野において、需要者は、「π」あるいは「パイ」といえば「πウォーター」あるいは「πウォーターシステム」を観念するに至っている。

(3)  他方、引用商標の構成中の「ウォーター」は、水を意味する英語として一般に知られており、その指定商品において、「π」を付してこそ商標として自他商品識別力が生ずることは明らかである。

この点につき、審決は、「ウォーター」の文字は自他商品の識別力がないとみるべき特段の事情はないと説示しているが、「ウォーター」が英語に由来する「水」を意味する普通名称であり、殆ど日本語化している言葉であること自体が自他商品の識別力がないとみるべき特段の事情に当たる。

(4)  以上によれば、引用商標である「πウォーター」は、その構成中の「ウォーター」の文字には識別力がなく、「π」の文字が自他商品の識別機能を果たす主要部であり、これが分離されて、本件商標と同じく「パイ」の称呼を生ずるから、本件商標は引用商標と類似している。また、本件商標の指定商品の分野において、需要者は、「π」といえば「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」を観念するから、本件商標は引用商標と同一ないし類似の観念を生ずるものであり、本件商標は引用商標と類似している。

したがって、これと異なる審決の判断は誤っており、違法であるから、取り消されるべきである。

2  他の審査例について

(1)  本件審判において、原告が挙げた審査例(甲第1号証中の本件審判甲第5号証ないし同第10号証)では、出願商標「πのたまご」及び「π-egg」の構成中で自他商品識別の機能を果たす主要部は「π」にあると認め、「π」の文字のみからなる本件商標と類似するとして、商標登録の出願を拒絶している。

確かに上記両出願商標の場合と異なり、引用商標の指定商品は「水」ではないので、引用商標の構成中の「ウォーター」は指定商品そのものを表示したものではないが、前記のとおり、「ウォーター」は自他商品認識の機能を果たさない普通名称であることを考慮すれば、「たまご」、「egg」と同様に、「ウォーター」も自他商品識別の機能を果たさない部分であるといえる。

したがって、上記審査例は、審決がいうように本件と事案を異にするものであるとはいえないものである。

(2)  被告は乙第1号証及び第3号証を提出して、指定商品を旧第17類の「被服、布製身回品、寝具類」とする商標の登録例として、「π」と「πウォーター」とが別個の商標として登録が認められているので、「π」と「πウォーター」とは異なるものとして観念されている旨の主張をしている。

しかし、「πウォーター」が著名であり、また「πウォーターシステム」に関連して「π」あるいは「パイ」が単独に使用されているのは、主として食品工業、医薬、水産業、農業の分野であることは、前記原告の主張から明らかであり、乙第1号証及び第3号証の指定商品の属する分野には、πウォーターシステムは全く進出していないのが現状である。したがって、「πウォーターシステム」が進出普及している分野、例えば旧第32類の指定商品の分野の業者は、「π」といえば必ず「πウォーター」を観念するであろうが、旧第17類の指定商品の分野の業者は必ず「π」から「πウォーター」を観念するとは限らない。

すなわち、本件商標や引用商標が使用される旧第32類の商品分野と、乙第1号証及び第3号証の商標が使用される旧第17類の商品分野とでは「πウォーター」あるいは「π」に対する業者の認識度が全く異なるのであるから、被告提出の乙第1ないし第3号証は、本件商標と引用商品とが非類似であるとする根拠にはなり得ない。

第4被告の反論の要点

1  「πウォーター」から生ずる称呼等について

(1)  引用商標「πウォーター」を構成する「π」及び「ウォーター」の各文字は、いずれかに比重があるのではなく、左右調和よく結合されており、この商標は全体として「パイウォーター」という形で極く自然に呼称されるものである。

また、引用商標の外観としては、「π」と「ウォーター」の各文字の結合は強く、呼称上も外観上も「π」の部分と「ウォーター」の部分とに分離して解釈しなければならない必然性は全くなく、これらは不可分一体に結合された造語商標による商標であると解釈すべきである。

すなわち、審決が認定するとおり、「πウォーター」とは、「人間の体内の3分の2を占める生体水に限りなく近く、超微量の2価3価鉄塩を含んでいる水」を意味する一般的な用語として確立されているし、その使用例として原告が挙げている「食品工業」に「不思議な水 πウォーターのその後-健康によく、おいしい水への条件」(甲第3号証中の審判甲第12号証目次)と紹介され、その記事内容からも明らかなとおり、この引用商標は、端的に「水」を意味している。

したがって、その識別機能も「水」という部分が不可欠な要素となっているのであって、原告主張のように、「π」という部分と「ウォーター」という部分とを分離し、かつ、「π」という部分が主要部であると解釈することはできない。

(2)  原告は、「現代用語の基礎知識」の「π(パイ)ウォーター」の項に、「(*π+water)」と記載されていることをもって、「π」と「water」とが分離されていることを意味すると主張している。

しかし、「π」と「water」とが別個の独立した言葉であることを考えれば、「(*π+water)」とあるのは、元々別個の言葉が合成されてできた合成語であることを意味すると解するのが自然である。

そして、このように考えると、むしろ、原告の主張とは反対に、「π(パイ)ウォーター」とは、合成語として一体となって初めて独立した意味を有するものであり、これを「π」という部分と「ウォーター」という部分とを分離しては意味をなさなくなるものと解釈するべきである。

(3)  原告は、主として食品工業、医薬、水産業、農業の分野において、「πウォーター」という商標の構成中、「π」の文字が自他商品の識別機能を果たす主要部であり、「π」あるいは「パイ」といえば、需要者は「πウォーター」と観念する旨主張している。

しかし、「πウォーター」なる用語が現代用語の基礎知識に記載されていて、一定の周知性を有していることは必ずしも否定することができないとしても、引用商標「πウォーター」が原告の商標として周知となっているものではなく、原告主張の分野において、「π」と言えば「πウォーター」であるとする論拠については何ら証明されていない。この点につき、原告が提出する証拠は、甲第3号証中の審判甲第12号証の「食品工業」を除けば、その作成について原告が関与している広告的、我田引水的な証拠であり、これらによって、「π」といえば「πウォーター」であるとの事実が証明されているとは到底いえないものである。

2  他の審査例について

(1)  原告は、過去の審査例として、「πのたまご」や「π-egg」の商標の登録出願が拒絶された点に言及しているが、審決が説示するとおり本件とは事案を異にするというべきであるほか、「πのたまご」ないし「π-egg」という言葉は、「πウォーター」のような合成語として一体となって観念されるものではないという意味においても、「πのたまご」ないし「π-egg」の商標登録が拒絶されたことは、原告の主張の根拠とはらないものである。

(2)  参考商標登録例

(ア) 乙第1号証及び第3号証のとおり、旧第17類の指定商品に関する登録商標において、「π」と「πウォーター」は別個の登録商標として登録が認められているが、その指定商品は相互に同一又は類似であることから、「π」と「πウォーター」とは異なるものとして観念されていることは明らかである。

(イ) 乙第6号証のとおり、指定商品を旧32類とし、引用商標「πウォーター」の指定商品と重複する「πポーク」という登録商標は、「π」の文字と「ポーク」の片仮名を一連に結合して横書きにするとともに、「π」の文字の上部に「パイ」の片仮名文字を付記してなされた商標であり、動物性食品である「豚肉」を指定商品とするものである。この商標を構成する後半部の「ポーク」の文字は、豚ないし豚肉を意味する外来語として一般に使用されており、この「ポーク」の文字は、指定商品そのものないし商品の品質、原材料を表示した部分であると認められる。

したがって、もし、原告主張のように、「πウォーター」という引用商標中、「π」の文字が自他商品の識別機能を果たす主要部であり、「π」と言えば「πウォーター」であるというならば、「πウォーター」と「πポーク」とは類似の商標であるということになるはずであるが、「πポーク」は商標としての登録が認められており、原告の主張は失当である。

(ウ) 原告が指摘する「医薬」に近い化粧品の分野においても、乙第7号証ないし第14号証のとおり、原告、被告以外の出願にかかる登録商標として、「π-WATER」、「パイ」、「πウォーターショック」、「πイオン水」、「πGIVENCHY」、「π遠磁水 パイエンジスイ」、「π磁水 パイジスイ」、「π-FRESH」、「π TECHNO」などがあり、「π」と言えば「πウォーター」であり、相互に類似するとの原告の主張は排斥されるべきである。

理由

1(1)  本件商標が、「π」の文字とその上部に「パイ」の文字を横書きしてなり、指定商品を旧第32類「卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」とするものであり、引用商標がギリシア文字「π」と片仮名文字「ウォーター」を結合した「πウォーター」からなり、指定商品を旧第32類「食肉、その他本類に属する商品」とするものであることは争いがなく、甲第3号証中の本件審判甲第11、第12号証、甲第5号証及び弁論の全趣旨によると、引用商標「πウォーター」の語は、「人間の体内の3分の2を占める生体水に限りなく近く、超微量の2価3価鉄塩を含んでいる水」を意味する一般的な用語としてある程度知られ、あるいは用いられているものであることが認められる。

そして、引用商標を構成する「π」及び「ウォーター」の各文字は、それぞれ広く知られている言葉を表しており、いずれかに比重があるのではなく、調和よく結合されているから、引用商標から全体として「パイウォーター」という呼称が生ずることは明らかであり、特段の理由がない限り、引用商標から「π」の文字部分だけが分離されて「パイ」という称呼が生ずるとは認めがたいといわざるを得ない。

(2)  原告は、引用商標の構成中の「ウォーター」の文字には識別力がなく、「π」の文字は、物質の特殊な状態を表す独立した意味のある文字で自他商品の識別機能を果たす主要部であり、引用商標から「π」の語が分離されて「パイ」という称呼が生ずる、また、指定商品の分野では、「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」の用語は周知となっており、「π」の文字が分離されて使用されることがあり、需要者は、「π」といえば「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」を観念する旨の主張をしている。

確かに、甲第3号証中の本件審判甲第12号証、第4ないし第9号証によれば、いわゆる「πウォーター」について、飲料水のほか、農業、畜産、水産、食品加工、医薬、化粧品、金属、工業など幅広い分野でその応用が図られて活用されつつあり、浄水器、化粧品の分野では、既に実用化され、使用されていること、また、「πウォーター」ないし「πウォーター」を利用した「πウォーターシステム」について紹介する文献において、「πウォーター」が「水をπ化したものである」として、「π化」という用語も使用されていることが認められる。

しかしながら、原告提出の上記の各甲号証においても、「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」の語は、「π」が「ウォーター」ないし「ウォーターシステム」と分離されることなく、上記の概念を持つ一般的な用語として、一体不可分に使用されるのが通常であり、単に「π」と略称されることは稀であり、文脈上「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」の略称として分かる範囲でしか使用されていないことが認められる。

そして、他方、「π」の語は、例えば、広辞苑(第5版)に「Π・π(ギリシア語の字母)」として「①数列の初項から第n項までの積を示す記号。総乗記号(Π)。②円周率の記号(π)。③パイ中間子の略号(π)」と記載される概念を持つ文字として一般的には認識されており、特に、我が国の国民の間においては、円周率の記号として著名であり、親近感を持たれているギリシア文字であることは明らかであるところ、この一般の認識を超えて、原告が主張するように、本件商標及び引用商標の指定商品の分野における取引者及び需要者の間において、「π」という語そのものが、特別に「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」を意味する概念として広く認識されており、「π」といえば直ちに「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」を観念するに至っているとまで認めるに足りる的確な証拠はない。

原告は、「現代用語の基礎知識」(甲第3号証中の本件審判甲第11号証)の「π(パイ)ウォーター」の項に、「(*π+water)」と記載されていることから、「π」と「water」とは分離されている旨の主張をしているが、上記の記載は、「πウォーター」が、「π」の文字と「water」の文字とが結合した造語であることを意味するものであると理解するのが相当であるから、原告の主張は採用することができないし、また、上記の記載が「πウォーター」の用語において、「π」が分離されて、原告が主張するように、それが「物質の特殊な状態」を意味する用語であるとか、あるいは「πウォーター」ないし「πウォーターシステム」と同義の用語として使用されていることを意味するものでないことは、この「現代用語の基礎知識」においても、「パイ(π)」の項として、「円周率。3.1415・・・・。どこまでいっても割り切れないこと。」とのみ記載されていることに照らして明らかであるというべきである。

また、原告は、引用商標の構成中の「ウォーター」について、英語に由来する「水」を意味し、殆ど日本語化している言葉であるから自他商品の識別力がないとみるべきである旨の主張をしている。

しかしながら、前判示のとおり、「πウォーター」の語は、「人間の体内の3分の2を占める生体水に限りなく近く、超微量の2価3価鉄塩を含んでいる水」を意味する一般的な用語としてある程度知られており、これを紹介する文献においても、「πウォーター」の語は、「π」が「ウォーター」と分離されることなく、一体不可分に使用されていることが認められるのであり、「πウォーター」の語が全体としてその指定商品における自他商品の識別機能を果たしていることは明らかであるから、原告の上記主張も採用することができない。

(3)  以上によれば、審決が、引用商標「πウォーター」を「π」と「ウォーター」とに分離して「π」の文字を主要部とする理由はないから、引用商標の構成中の「π」の文字が自他商品の識別機能を果たす主要部であることを前提として本件商標と引用商標とが称呼において類似する旨の原告の主張は理由がなく、また、本件商標「π」は、「ギリシア文字のパイ」ないしは「円周率」を表す語として親しまれたものであるのに対して、引用商標「πウォーター」は「生体水に近いパイ化された水」の観念を生ずるものと認められ、両商標は観念においても類似するものではないから、本件商標の登録は、商標法4条1項11号に違反してなされたものではない旨の認定、判断をしたことに誤りはなく、原告の主張は理由ない。

2  原告は、過去の審査例において、出願商標「πのたまご」及び「π-egg」の構成中で自他商品識別の機能を果たす主要部は「π」にあると認め、「π」の文字のみからなる本件商標と類似するとして、商標登録の出願を拒絶されていることを原告の主張の根拠として主張している。

しかしながら、甲第1号証中の本件審判甲第5号証及び同第8号証によると、原告が指摘する上記の両商標の指定商品は、いずれも「卵、加工卵」であって、各構成中の「たまご」、「egg」の部分は、その指定商品の普通名称を表示したものと認識されるものと認められ、本件とは事案を異にするものであるから、これと同旨の審決に誤りはない。

原告は、この審査例の場合と異なり、引用商標の指定商品は「水」ではないので、引用商標の構成中の「ウォーター」は指定商品そのものを表示したものではないが、「ウォーター」は自他商品認識の機能を果たさない普通名称であることを考慮すれば、「たまご」、「egg」と同様に「ウォーター」も自他商品識別の機能を果たさない部分である旨の主張をしている。

しかしながら、「πウォーター」の用語が、「π」と「ウォーター」とに分離されず一体的に使用される一般的な用語として自他商品の識別機能を果たしていることは、上記1に判示のとおりであって、原告の主張は採用することができない。

3  結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例