大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成12年(行ケ)14号 判決 2000年11月27日

原告

ケンブリッジ・ポジショニング・システムズ・リミテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

被告

特許庁長官【E】

指定代理人

【F】

【G】

【H】

【I】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成10年審判第17930号事件について平成11年8月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文1、2項と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

【A】は、1988年(昭和63年)7月28日(優先権主張、1987年8月10日・イギリス国)の国際出願に係る、名称を「ナビゲーション及びトラッキングシステム」とする発明につき、平成2年2月7日に所定の翻訳文の提出をした(特願昭63-506238号)が、当該出願に係る特許を受ける権利は、平成2年5月10日にリンクスヴェイル・リミテッド、ケンブリッジ・リサーチ・アンド・イノベーション・リミテッド及びケンブリッジ・キャピタル・マネージメント・リミテッドに譲渡され(同年6月21日特許出願人名義変更届出)、さらに平成8年12月19日に原告に譲渡されて(平成9年8月22日特許出願人名義変更届出)、原告が当該出願に係る出願人の地位を承継した。原告は、平成10年7月17日に当該出願につき拒絶査定を受けたので、同年11月16日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成10年審判第17930号事件として審理した上、平成11年8月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年9月16日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨

モニターすべき移動対象物の動きの次元数に少なくとも等しい、複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信するためのナビゲーション及びトラッキングシステムであって、

測定時、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D,E)と;

一つの受信局から他の受信局へリンク信号を送出する手段(F)を備え、そのリンク信号は、一つの受信局にて受信された一つの信号もしくは複数の信号に関する情報を含み、その情報から、受信局で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延が決定される、前記手段(F)と;

他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報を、個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報と比較し、受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化、を決定するための手段(R,S,T,U)と:

を備えたことを特徴とするナビゲーション及びトラッキングシステム。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭58-129277号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由

1  審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例の記載を摘記した部分(審決書3頁15行目~6頁末行)の各認定並びに本願発明と引用例発明との相違点として認定した点(同10頁6行目~9行目)及び当該相違点についての判断(同頁10行目~16行目)は認める。

審決は、本願発明と引用例発明との対比認定を誤り、ひいて本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤った結果、本願発明が引用例発明及び周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

2  取消事由(本願発明と引用例発明との対比認定の誤り)

(1)  引用例発明は、基本的な航法として周知の双曲線航法を採用しており、一対の発信局と一つの受信局とで位置の双曲線を得ているものである。そして、本来、双曲線航法では一対の発信局から発信される電波が完全に同期していることが前提となるが、引用例発明においては、一対の発信局をテレビ局とし、完全同期が必ずしも保証されていない放送電波を用いるので、電波の同期信号間の時間差の経時的変動を補償するためモニター局を設置したものである。したがって、引用例発明は、一対の発信局(送信源)からの二つの電波(信号)を一つの受信局で受信することを航法の基本とするものである。

これに対し、本願発明は、双曲線航法とは異なる新規な航法を採用したものであり、一つの送信源(発信局)と一対の受信局とで位置の円を得ているものであって、各一つの送信源(A、B又はC)からの信号を一対の受信局(D、E)で受信することを航法の基本とするシステムである。

すなわち、一つの送信源(A)からの信号を、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D、E)で受信し、各々の受信局が受信した二つの信号間の位相差又は時間差を計測すると、その位相差又は時間差によって、送信源(A)から位置固定の受信局(D)までの距離lAD(この値は既知である。)と送信源(A)から移動対象上の受信局(E)までの距離lAEとの差Δ(Δ=lAD-lAE)が求められ、Δが求められればlAEが求められることになる(lAE=lAD-Δ)から、移動対象上の受信局(E)(すなわち移動対象物)がその円周上に存在する送信源(A)を中心とする半径lAEの円が定まることになる。同様に、送信源(B)からの信号を一対の受信局(D,E)で受信することにより、移動対象物がその円周上に存在する送信源(B)を中心とする半径lBEの円が定まり、これらの円の円周の交点を決定することにより、移動対象物の位置が決定されるのである。

そして、本願発明の円航法ともいうべきこのような位置決定方法は、引用例発明が採用する双曲線航法とは明確に異なるものであり、かつ、この方法を実行するシステムの構成としての本願発明の要旨に間接的に示されていて、本願発明の要旨に基づき明確に導き出せるものである。

(2)  審決は、本願発明と引用例発明とを対比して、「引用例の『テレビ局1,2,3』『モニター局4』『移動体5』『通信線7』『航行装置』がそれぞれ本願発明の『複数の送信源(A,B,C)』『第1の受信局(D)』『第2の受信局(E)』『リンク信号を送出する手段(F)』『ナビゲーションシステム』に相当することは明らかである。」(審決書7頁3行目~9行目)と認定したが、このうちの、引用例発明の「モニター局4」が本願発明の「第1の受信局(D)」に相当するとの認定及び引用例発明の「通信線7」が本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するとの認定は、次のとおりいずれも誤りである。

(ア) 引用例発明の「モニター局4」と本願発明の「第1の受信局(D)」とは、その位置が固定した信号の受信局という点では共通するものであるが、引用例発明の「モニター局4」が、一対(二つ)のテレビ局(送信源)から電波の同期信号を受信して、その二つの同期信号間の時間差の経時的変動をモニターするものであるのに対し、本願発明の「第1の受信局(D)」は、移動対象物上の受信局(E)と一対をなし、一つの送信源からそれぞれ信号を受信して、その受信信号間の位相差又は時間遅延(時間差)を決定するものであるから、両者の役割は基本的に相違しており、引用例発明の「モニター局4」が本願発明の「第1の受信局(D)」に相当するものではない。

(イ) また、引用例発明においては、通信線7によってモニター局4から移動体5に、モニター局4で得られた同期信号間の時間差(その経時的変動)の測定値が送られるが、当該測定値(時間差)は移動体5の位置の較正のために使用されるにすぎない。これに対し、本願発明の「リンク信号」は、「一つの受信局(D)にて受信された一つの信号もしくは複数の信号に関する情報を含み、その情報から2つの受信局(D、E)で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延が決定される」ものである。つまり、本願発明は、一つの送信源から送信された信号を第1、第2の受信局(D、E)で受信し、これら二つの受信信号間の位相差または時間遅延(時間差)から一つの位置の円を決定するものであって、リンク信号はそのために必須不可欠なものである。したがって、引用例発明の通信線7によって伝搬される測定値と本願発明の「リンク信号」とは全く異なるものであるから、引用例発明の「通信線7」が本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するものではない。

(3)  審決は、「引用例のものは、『固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬され』・・・『正確な移動体5の位置が較正され決定される』ものであって、これはすなわち『他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報』を示すものである。」(審決書8頁2行目~9行目)として、引用例発明の通信線7で伝搬される測定値が、本願発明のリンク信号そのものであると認定したが、この認定が誤りであることは上記(2)の(イ)のとおりである。

(4)  さらに、審決は、引用例発明の「『『移動体5に設置した測定器6』によって受信された『放送電波1Aと2A』』、『『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』』、『記憶計算器8』はそれぞれ本願発明の『個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報』、『受信した信号間の位相差または時間遅延』、『決定するための手段(R,S,T,U)』に相当する」(審決書8頁9行目~17行目)と認定したが、引用例発明の「『移動体5に設置した測定器6』によって受信された『放送電波1Aと2A』」が、本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」に相当するとの認定、引用例発明の「『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』」が、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」に相当するとの認定、及び引用例発明の「記憶計算器8」が本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」に相当するとの認定は、次のとおりいずれも誤りである。

(ア) 引用例発明の移動体5に設置した「測定器6」により受信された「放送電波1Aと2A」は、テレビ局1、2から同時刻に発信された電波(同期信号)であり、通常(すなわち、移動体5がテレビ局1、2と等距離にある場合以外は)、「測定器6」はある時間差をもって「放送電波1Aと2A」の双方を受信する。他方、本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号」とは、具体的には、一つの送信源(A、B又はC)から送出された一つの信号を第1、第2の受信局(D、E)においてそれぞれ直接受信した、その第1、第2の受信局(D、E)のそれぞれの受信信号をいうものである。したがって、引用例の移動体5に設置した「測定器6」により受信された「放送電波1Aと2A」と、本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」とは明確に相違するものであり、引用例発明の「『移動体5に設置した測定器6』によって受信された『放送電波1Aと2A』」が、本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」に相当するとの審決の認定は、両者の測定原理の相違及び受信のタイミングの相違を無視したものであって誤りである。

(イ) また、引用例発明の「モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差」及び「移動体で測定した時間差」とは、いずれもテレビ局1、2から同時刻に発信された二つの信号(同期信号)をそれぞれの受信局で受信したときの各受信局における同期信号間の時間差である。これに対し、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」とは、一つの送信源から送信された一つの信号を二つの受信局で受信したときの、その二つの受信信号間の位相差または時間遅延をいうものである。したがって、引用例発明と本願発明とでは、同じく「時間差」と表現されていても、差をとる対象である信号の種類が異なっており、引用例発明の「『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』」が、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」に相当するものではない。

(ウ) さらに、引用例発明の「記憶計算器8」に用意された計算のプログラムは、固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝達されるか、あるいは後で知らされると正確な移動体5の位置が較正され決定されるためのものである。すなわち、引用例発明は必ずしも完全な同期が保証されていない複数のテレビ電波を用いているため、双曲線航法に従って決定される移動体5の位置は必ずしも正確ではなく、そのためモニター局4を設けて電波の同期信号間の時間差の経時的変動をモニターし、移動体5の位置を較正することが必要となる。そして、「記憶計算器8」は、移動体5に伝達されたモニター局4の測定値に基づき移動体5の位置が較正され決定される計算を行うものである。これに対し、本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」は、「受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化を決定する」ためのものである。すなわち、一つの送信源からの信号を一対の受信局(D、E)で受信し、各受信局で受信した信号間の位相差、時間差を決定するものであるから、引用例発明の「記憶計算器8」とは異なるものである。本願発明では3つの送信源が互いに同期した信号を送信する必要はなく、較正という作業は不要である。したがって、引用例発明の「記憶計算器8」が本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」に相当するものではない。

(5)  審決は、以上のとおり、本願発明と引用例発明との対比認定を誤り、この誤った対比認定に基づいて、本願発明と引用例発明とが、「モニターすべき移動対象物の動きの次元数に少なくとも等しい、複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信するためのナビゲーションシステムであって、測定時、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D,E)と;一つの受信局から他の受信局ヘリンク信号を送出する手段(F)を備え、そのリンク信号は、一つの受信局にて受信されたーつの信号もしくは複数の信号に関する情報を含み、その情報から、受信局で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延が決定される、前記手段(F)と;他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報を、個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報と比較し、受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化、を決定するための手段(R,S,T,U)と:を備えたナビゲーションシステム」(審決書9頁5行目~10頁4行目)である点で一致するとの認定をしたものであるから、当該一致点の認定も誤りである。

第4被告の反論

1  審決の認定、判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

2  取消事由(本願発明と引用例発明との対比認定の誤り)について

(1)  原告は、その取消事由に係る主張の前提として、本願発明が、双曲線航法とは異なる新規な航法を採用したものであるとして、あたかも双曲線航法とは異なる新規な航法であることが本願発明の構成に欠くことができない事項であるかのように主張するが、本願発明の要旨にそのような規定はないから、上記主張は本願発明の要旨に基づかないものであるといわざるを得ない。

(2)(ア)  原告は、引用例発明の「モニター局4」が、一対のテレビ局から電波の同期信号を受信して、その二つの同期信号間の時間差の経時的変動をモニターするものであるのに対し、本願発明の「第1の受信局(D)」は、移動対象物上の受信局(E)と一対をなし、一つの送信源からそれぞれ信号を受信して、その受信信号間の位相差又は時間遅延(時間差)を決定するものであるとして、引用例発明の「モニター局4」が本願発明の「第1の受信局(D)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨は、「対をなす」、「一つの送信源」という用語で本願発明を規定しておらず、本願発明に関する上記主張は、本願発明の要旨のどのような技術的事項に基づくものであるかが明らかではない。したがって、上記主張は、本願発明の要旨に基づかない事項を本願発明の構成に欠くことができないと主張して、本願発明が引用例発明と異なる発明であるかのようにいうものであって、失当である。

(イ)  原告は、引用例発明の通信線7によって伝搬される測定値と本願発明の「リンク信号」とは全く異なるものであるから、引用例発明の「通信線7」が本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨において、「リンク信号」は、「一つの受信局にて受信されたーつの信号もしくは複数の信号に関する情報を含み、その情報から、受信局で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延が決定される」ものと規定されるものである。他方、引用例(甲第14号証)には、「以下、第2図に示す本発明の実施例につき詳説する。位置が確定している複数のテレビ局として1,2,3の3局が示されている。それぞれの放送電波を1A,2A,3Aとすると、この電波は固定点のモニター局4および移動体5・・・で受信測定される。まず、あらかじめ位置が確定しているモニター局において、放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を・・・測定する。・・・同期信号間の時間差はほぼ一定に保たれるが、時間的経過にともなって変動し、その変動はモニター局4で記録される。・・・例えば・・・モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差よりも、移動体で測定した時間差が2.1マイクロ秒大きかったとすると、・・・テレビ局2の方に・・・315メートル寄ったところに移動体5が存在することになる。このようなテレビ電波1Aと2Aとの間の測定をテレビ局1と3からの放送電波1Aと3Aの間についても行うと、・・・移動体の位置が決定される。・・・また、移動体5では記憶計算器8により計算のプログラムが用意でき、固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬されるか、あるいはあとで知らされると正確な移動体5の位置が較正され決定される。」(甲第14号証2頁右上欄18行~右下欄19行)との記載があり、この記載によれば固定点のモニター局4では、「放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を・・・測定」した信号及び「テレビ局1と3からの放送電波1Aと3Aの間」の時間差を測定した信号を得て、当該測定値の信号を「点線7で示す通信線で伝搬」していることは明らかである。そうすると、この「点線7で示す通信線で伝搬」される信号が、「一つの受信局にて受信された複数の信号に関する情報を含み、その情報から、受信局で受信された個々の信号間の時間遅延が決定される」ものであることは明らかであり、本願発明のリンク信号に当たることは明白である。

したがって、引用例発明の「通信線7」は本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するものである。

(3)  原告は、引用例発明の通信線7で伝搬される測定値が本願発明のリンク信号に当たるとの認定が誤りであることを前提として、審決の「引用例のものは、『固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬され』・・・『正確な移動体5の位置が較正され決定される』ものであって、これはすなわち『他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報』を示すものである」(審決書8頁2行目~9行目)との認定が誤りであると主張するが、引用例発明の通信線7で伝搬される測定値が本願発明のリンク信号に当たることは上記(2)の(イ)のとおりであるから、原告の上記主張は誤りである。

(4)(ア)  原告は、引用例発明の「測定器6」によって受信された「放送電波1Aと2A」と本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」とは相違するものであり、前者が後者に相当するとの審決の認定は、両者の測定原理の相違及び受信のタイミングの相違を無視したものであって、誤りであると主張するが、本願発明の測定原理及び受信のタイミングは、本願発明の要旨において規定されているものではなく、したがって、それらが本願発明の構成に欠くことができない事項であるかのような上記主張は誤りである。

(イ)  原告は、引用例発明と本願発明の「時間差」について差をとる対象である信号の種類が異なっているから、引用例発明の「『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』」が、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明につき「時間遅延」の対象となる「信号の種類」は、本願発明の要旨において規定されていないから、上記主張は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

そして、引用例発明の「『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』」と本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」とは、受信した信号間の時間差又は時間遅延である点では同様であるから、前者は後者に相当するものというべきである。

(ウ)  原告は、引用例発明の「記憶計算器8」に用意された計算のプログラムは、固定点のモニター局4の測定値の伝達によって正確な移動体5の位置が較正され決定されるためのものであるのに対し、本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」は、一つの送信源からの信号を一対の受信局(D、E)で受信し、各受信局で「受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化を決定する」ためのものであるから、引用例発明の「記憶計算器8」が本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」の「計算の内容」は、本願発明の要旨において規定されているものではなく、したがって、「計算の内容」が異なるから本願発明と引用例発明が相違するとの主張は、本願発明の要旨に基づかない主張であって、失当である。

(5)  以上のとおり、審決がした本願発明と引用例発明との対比認定に原告主張の誤りはなく、したがって、この対比認定に基づく本願発明と引用例発明との一致点の認定にも誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由(本願発明と引用例発明との対比認定の誤り)について

(1)  原告は、本願発明が、双曲線航法とは異なる新規な航法を採用したものであり、一つの送信源(発信局)と一対の受信局とで位置の円を得ているものであって、各一つの送信源(A、B又はC)からの信号を一対の受信局(D、E)で受信することを航法の基本とするシステムであるとし、その具体的な航法(移動対象物の位置決定方法)を主張した(上記第3の2の(1))上、そのような本願発明の位置決定方法は、この方法を実行するシステムの構成としての本願発明の要旨に間接的に示されていて、本願発明の要旨に基づき明確に導き出せるものであると主張する。

しかしながら、本願発明の要旨には、「複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信する」、「一対の受信局(D,E)」との規定はあるものの、「各一つの送信源(A、B又はC)からの信号を一対の受信局(D、E)で受信する」、「一つの発信局と一対の受信局とで位置の円を得ている」等の規定は存在しないから、それらを本願発明の構成に欠くことのできない事項とすることはできず、そうであれば、本願発明の要旨に基づいて、原告の主張に係る本願発明の航法(位置決定方法)を一義的に導き得るものとすることはできない。

他方、引用例に、「本発明は双曲線方式電波航行装置に係り、特に複数テレビ局から放送される電波間の位相差等を測定して移動体の位置の線を得る電波航行装置に関する。」(審決書4頁1行目~4行目)、「本発明は、新たに専用送信局を設置することなく、既存のテレビ放送局からのテレビ電波を利用した双曲線方式の電波航行装置を提供するものである。・・・これらのテレビ局双方の電波を同時に受信して、両電波の相対的な時間差を測定することにより位置の線を求めるもので、原理的には双曲線航法の方式であるが、従来の方式のように同期信号間の絶対時間差が決まっていて、それから予め地図を作製しておくのではなく、固定局であるモニターの測定値に基づき、移動体に設置する受信測定器において、新たに位置の線をその都度作成するものである。」(同頁5行目~18行目)、「以下、第2図に示す本発明の実施例につき詳説する。位置が確定している複数のテレビ局として1,2,3の3局が示されている。それぞれの放送電波を1A,2A,3Aとすると、この電波は固定点のモニター局4および移動体5に設置された本発明による測定器6で受信測定される。まず、あらかじめ位置が確定しているモニター局において、放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を測定器6で測定する。・・・同期信号間の時間差はほぼ一定に保たれるが、時間的経過にともなって変動し、その変動はモニター局4で記録される。移動体5に設置した測定器6によって放送電波1Aと2Aの同期信号間の時間差を測定すると、その測定値の位置の線上に移動体が存在することになる。さてその位置の線は、位置が既知であるTV局1,2とモニター局4との幾何学的な位置関係および、その時刻におけるモニター局4の測定値から確定的な位置の線となる。例えば移動体がテレビ局1と2を結ぶ基線上にあるときに、モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差よりも、移動体で測定した時間差が2.1マイクロ秒大きかったとすると、モニター局4を通る位置の線よりもテレビ局2の方に基線上で(300メートル÷2)×2.1=315メートル寄ったところに移動体5が存在することになる。このようなテレビ電波1Aと2Aとの間の測定をテレビ局1と3からの放送電波1Aと3Aの間についても行うと、さらにもう一本の位置の線が求められ、ロランなどの双曲線航法の場合のように、二本の位置の線の交点として、その時刻における移動体の位置が決定される。・・・また、移動体5では記憶計算器8により計算のプログラムが用意でき、固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬されるか、あるいはあとで知らされると正確な移動体5の位置が較正され決定される。」(同4頁20行目~6頁18行目)との各記載があることは、当事者間に争いがない。

そして、これらの記載によれば、引用例発明においては、複数のテレビ局1、2、3によりそれぞれ送信される放送電波1A、2A、3Aを、固定点のモニター局4及び移動体5が、それぞれに設置された測定器6で受信測定するものと認められるから、引用例発明が、本願発明の要旨の規定する「複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信する」、「測定時、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D,E)」の構成を備えていることは明らかである。

そうすると、本願発明が原告主張のような航法(位置決定方法)を基本とするシステムであること、本願発明の航法が引用例発明の航法と異なるものであることは、いずれも本願発明の要旨に基づいて主張し得るところではなく、この点についての原告の主張は失当といわざるを得ない。

(2)(ア)  原告は、引用例発明の「モニター局4」が、一対のテレビ局から電波の同期信号を受信して、その二つの同期信号間の時間差の経時的変動をモニターするものであるのに対し、本願発明の「第1の受信局(D)」は、移動対象物上の受信局(E)と一対をなし、一つの送信源からそれぞれ信号を受信して、その受信信号間の位相差又は時間遅延(時間差)を決定するものであって、両者の役割は基本的に相違しているから、引用例発明の「モニター局4」が本願発明の「第1の受信局(D)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨に、「複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信する」、「測定時、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D,E)」との規定はあるものの、第1の受信局(D)が移動対象物上の第2の受信局(E)と「一対をなし、一つの送信源からそれぞれ信号を受信する」旨の規定は存在しないから、上記主張のうち本願発明に関する部分は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

のみならず、前示(1)のとおり、引用例発明においては、複数のテレビ局1、2、3によりそれぞれ送信される放送電波1A、2A、3Aを、固定点のモニター局4及び移動体5が、それぞれに設置された測定器6で受信測定するものと認められ、したがって、本願発明の要旨の規定する「複数の送信源(A,B,C)により送信される信号を受信する」、「測定時、第1の受信局(D)は既知の位置にあり、第2の受信局(E)は移動対象物上に位置する、一対の受信局(D,E)」の構成を備えていることが認められるのであるから、引用例発明の「モニター局4」は、本願発明の要旨の規定する「第1の受信局(D)」に相当するものと認めることができる。

したがって、「引用例の・・・『モニター局4』・・・が・・・本願発明の・・・『第1の受信局(D)』・・・に相当する」(審決書7頁3行目~8行目)とした審決の認定に誤りはない。

(イ)  原告は、引用例発明の通信線7によってモニター局4から移動体5に伝搬されるモニター局4で得られた同期信号間の時間差の測定値は、移動体5の位置の較正のために使用されるにすぎないのに対し、本願発明の「リンク信号」は、一つの送信源から送信された信号を第1、第2の受信局(D、E)で受信し、これら二つの受信信号間の位相差または時間遅延(時間差)から一つの位置の円を決定するために必須不可欠なものであって、両者は異なるものであるから、引用例発明の「通信線7」が本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨は、本願発明の「リンク信号」につき、「一つの受信局にて受信された一つの信号もしくは複数の信号に関する情報を含み、その情報から、受信局で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延が決定される」と規定するのみであって、「一つの送信源から送信された信号を第1、第2の受信局(D、E)で受信する」、「これら二つの受信信号間の位相差または時間遅延から一つの位置の円を決定する」等の規定は存在しないから、上記主張のうち本願発明に関する部分は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

のみならず、前示(1)の引用例の記載によれば、引用例発明は、移動体5において、測定器6で放送電波1Aと2Aの同期信号を受信し、その間の時間差を測定して、その測定値により移動体が存在する位置の線を求めることになるが、他方、あらかじめ位置が確定しているモニター局4において、放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を測定器6で測定した上、当該測定値を通信線7によって移動体5に伝搬し、移動体5においては、この測定値を用いて上記位置の線を確定し、同様にして放送電波1Aと3Aを用いて求めたもう1本の位置の線との交点によって、その時刻における移動体5の位置を決定するものであり、したがって、通信線7によってモニター局4から移動体5に伝搬される測定値は、正確な移動体5の位置を較正して決定するものであることが認められる。そうすると、通信線7によってモニター局4から移動体5に送出される信号は、「一つの受信局」に当たるモニター局4において受信した「複数の信号に関する情報」に当たる放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差という情報を含むものであり、かつ、当該情報から、「受信局で受信された個々の信号間の位相差または時間遅延に当たる移動体5で受信された放送電波1Aと2Aの同期信号間の時間差が確定されるということができるので、本願発明の「リンク信号」に当たるものというべきである。したがって、この信号を伝搬する引用例発明の通信線7は本願発明の「リンク信号を送出する手段(F)」に相当するものといえるから、「引用例の・・・『通信線7』・・・が・・・本願発明の・・・『リンク信号を送出する手段(F)』・・・に相当する」(審決書7頁3行目~8行目)とした審決の認定に誤りはない。

(3)  原告は、審決の「引用例のものは、『固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬され』・・・『正確な移動体5の位置が較正され決定される』ものであって、これはすなわち『他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報』を示すものである。」(審決書8頁2行目~9行目)とした認定が誤りであると主張するが、当該認定に誤りがないことは、上記(2)の(イ)で説示したところから明らかである。

(4)(ア)  原告は、引用例発明の移動体5の「測定器6」により受信された「放送電波1Aと2A」は、テレビ局1、2から同時刻に発信された電波(同期信号)であり、「測定器6」はある時間差をもって「放送電波1Aと2A」の双方を受信するのに対し、本願発明の「個々の送信機から直接受信された個々の信号」とは、一つの送信源(A、B又はC)から送出された一つの信号を第1、第2の受信局(D、E)においてそれぞれ直接受信した、その第1、第2の受信局(D、E)のそれぞれの受信信号をいうものであるから、両者は相違するものであって、前者が後者に相当するとの審決の認定は、両者の測定原理の相違及び受信のタイミングの相違を無視したものであって誤りであると主張する。

しかしながら、本願発明の要旨に「一つの送信源から送出された一つの信号を第1、第2の受信局(D、E)においてそれぞれ直接受信する」という規定が存在しないことは前示のとおりである。また、本願発明及び引用例発明の測定原理や受信のタイミング等は、それぞれの発明の航法に含まれるものというべきところ、本願発明の要旨に基づいて、本願発明の航法が引用例発明の航法と異なるものとすることができないことも、前示したとおりであるから、原告の上記主張のうち本願発明に関する部分は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

のみならず、前示(1)の引用例の記載によれば、引用例発明において、移動体5は、測定器6によってテレビ局1、2からの放送電波1A、2Aを受信し、当該各電波の同期信号間の時間差を測定するものであることが認められ、そうすると、引用例発明は、「他の受信局」に当たる移動体5で、「個々の送信機」に当たるテレビ局1、2の送信機から直接受信された「個々の信号に関する情報」に当たる放送電波1A、2Aの電波の同期信号間の時間差という情報を得ているものということができる。

したがって、引用例発明の「『『移動体5に設置した測定器6』によって受信された『放送電波1Aと2A』』・・・は・・・本願発明の『個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報』・・・に相当する」(審決書8頁9行目~17行目)とした審決の認定に誤りはない。

(イ)  原告は、引用例発明の「モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差」及び「移動体で測定した時間差」が、いずれもテレビ局1、2から同時刻に発信された二つの信号をそれぞれの受信局で受信したときの各受信局における同期信号間の時間差であるのに対し、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」とは、一つの送信源から送信された一つの信号を二つの受信局で受信したときの、その二つの受信信号間の位相差または時間遅延をいうものであって、時間差をとる対象の信号の種類が異なっており、引用例発明の「『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』」が、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨に「一つの送信源から送信された一つの信号を二つの受信局で受信したとき」との規定はなく、時間差をとる対象の信号の種類についての規定もないから、原告の上記主張のうち本願発明に関する部分は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

のみならず、前示(2)の(イ)で認定したとおり、引用例発明は、移動体5において、測定器6で放送電波1Aと2Aの同期信号を受信し、その間の時間差を測定して、その測定値により移動体が存在する位置の線を求めることになるが、他方、あらかじめ位置が確定しているモニター局4において、放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を測定器6で測定した上、当該測定値を通信線7によって移動体5に伝搬し、移動体5においては、この測定値を用いて上記位置の線を確定し、同様にして放送電波1Aと3Aを用いて求めたもう1本の位置の線との交点によって、その時刻における移動体5の位置を決定するものであり、したがって、通信線7によってモニター局4から移動体5に伝搬される時間差の測定値は、正確な移動体5の位置を較正して決定するためのものであることが認められる。そして、そうであれば、引用例発明は、「他の受信局」に当たる移動体5において、移動体5の位置変化又は位置を決定するために、「一つの受信局」に当たるモニター局4から通信線7によって受信した放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差という情報と、上記(ア)記載のとおり、移動体5自体が「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」として得た放送電波1Aと2Aの同期信号間の時間差とを比較して、「受信した信号間の時間遅延」に当たる放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を最終的に決定するものということができる。

そうすると、引用例発明に係る、モニター局4で測定した放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差の情報との比較を経て較正された後の、移動体5で測定した当該時間差が、本願発明の「受信した信号間の位相差または時間遅延」に相当することになる。

したがって、審決が引用例発明の「『『モニター局4における放送電波1Aと2Aの同期信号の時間差』及び『移動体で測定した時間差』』・・・は・・・本願発明の・・・『受信した信号間の位相差または時間遅延』・・・に相当する」(審決書8頁11行目~17行目)とした認定が誤りであるとはいえない。

(ウ)  原告は、引用例発明の「記憶計算器8」が、移動体5に伝達されたモニター局4の測定値に基づき移動体5の位置が較正され決定される計算を行うものであるのに対し、本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」が、一つの送信源からの信号を一対の受信局(D、E)で受信し、各受信局で受信した信号間の位相差、時間差を決定するものであるから、両者は異なるものであり、引用例発明の「記憶計算器8」が本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」に相当するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明の要旨は、本願発明の「決定するための手段(R,S,T,U)」につき、「他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報を、個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報と比較し、受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化、を決定するための手段(R,S,T,U)」と規定するものであり、「一つの送信源からの信号を一対の受信局(D、E)で受信する」、「各受信局で受信した信号間の位相差、時間差を決定する」との規定は存在しないから、上記主張のうち本願発明に関する部分は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。

のみならず、引用例発明が、「他の受信局」に当たる移動体5において、移動体5の位置変化又は位置を決定するために、「一つの受信局」に当たるモニター局4から通信線7によって受信した放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差という情報と、移動体5自体が「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」として得た放送電波1Aと2Aの同期信号間の時間差とを比較して、「受信した信号間の時間遅延」に当たる放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を最終的に決定するものであること、また、通信線7によってモニター局4から移動体5に伝搬される時間差の測定値は、正確な移動体5の位置を較正して決定するためのものであることは、前示(イ)のとおりである。

そして、これらの事項に、当事者間に争いのない引用例の「移動体5では記憶計算器8により計算のプログラムが用意でき、固定点のモニター局4の測定値が点線7で示す通信線で伝搬されるか、あるいはあとで知らされると正確な移動体5の位置が較正され決定される。」(審決書6頁14行目~18行目)との記載を併せ考えれば、移動体5の「記憶計算器8」は、移動体5において、その位置変化又は位置を決定するために、モニター局4から通信線7によって受信した放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差という情報と、移動体5自体が「個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報」として得た放送電波1Aと2Aの同期信号間の時間差とを比較して、放送電波1Aと2Aの電波の同期信号間の時間差を最終的に決定する(すなわち、正確な移動体5の位置を較正して決定する)ための計算を行うものであることが認められる。

そうすると、引用例発明の「記憶計算器8」は、本願発明の「他の受信局にて、移動対象物の位置変化または位置を決定するために、一つの受信局から受信した情報を、個々の送信機から直接受信された個々の信号に関する情報と比較し、受信した信号間の位相差または時間遅延、それ故、信号の位相差または時間遅延の変化、を決定するための手段(R,S,T,U)」に相当するというべきであり、したがって、審決が引用例発明の「『記憶計算器8』は・・・本願発明の・・・『決定するための手段(R,S,T,U)』に相当する」(審決書8頁13行目~17行目)とした認定に誤りはない。

(5)  上記認定説示のとおり、審決のした本願発明と引用例発明との対比認定に原告主張の誤りはなく、そうであれば、この対比認定を基にした本願発明と引用例発明との一致点の認定についても誤りはないというべきである。

2  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例