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東京高等裁判所 平成12年(行ケ)331号 判決 2000年11月28日

原告 モハ、モデルン、ハウスハルトバーレン、アーゲー

代表者 A、B

訴訟代理人弁理士 C

被告 特許庁長官 D

指定代理人 E

同 F

同 G

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成8年審判第8252号事件について平成12年4月20日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、意匠に係る物品を「おろし器」とし、その形態を別紙審決書の理由の写しの別紙第一表示のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について、平成5年11月5日に意匠登録出願(平成5年意匠登録願第33726号)をしたが、平成8年1月31日に拒絶査定を受けたので、同年5月24日、これに対する不服審判を請求した。

特許庁は、これを平成8年審判第8252号事件として審理した結果、平成12年4月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年5月15日、原告にその謄本を送達した。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  審決の理由の要点

審決の理由は、別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに、本願意匠は、その出願前に頒布された外国の意匠公報に記載された意匠(原告創作の意匠である。)と類似するので、意匠法3条1項3号に該当するとし、また、(仮に、本願意匠が同意匠公報に記載された意匠と同一の意匠であるとしても、)意匠登録出願前に内外国の特許公報、実用新案公報、意匠公報(以下「内外国特許公報等」という。)に掲載された意匠については、意匠法4条2項の適用はなく、新規性喪失事由の例外事由にはならないので、結局、本願意匠は意匠登録を受けることができない、というものである。

第3原告主張の審決取消理由の要点

審決の理由のうち、冒頭から2頁8行目までは認める。2頁9行目ないし12行目において両意匠が類似であるとした点は争う。両意匠は同一である。2頁13行目ないし27行目は争う。

審決は、意匠法の解釈を誤り、本願意匠に意匠法4条2項の適用がないとしたものであって、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  本願意匠は、審決が引用意匠とした意匠、すなわち、世界知的所有権機関(WIPO)国際事務局から、1993年6月30日に発行された「International Designs Bulletin」NO.4/1993(工業的意匠の国際寄託に関するヘーグ協定によって寄託された意匠の公報の一つである。以下「本件外国公報」という。)に掲載された寄託番号DM/025792の意匠(態様を別紙審決書の写しの別紙第二表示のとおりとする意匠。以下「引用意匠」という。)と同一の意匠である。

2  本願意匠は、本件外国公報に掲載されたことにより、意匠法3条1項2号(刊行物に記載された意匠)に該当するに至ったものであるが、これは、もっぱら意匠登録を受ける権利を有する原告の行為に起因することが明らかであるから、意匠法4条2項が適用され、新規性を喪失しないものというべきである。

3  意匠法4条2項は、「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して」新規性を喪失した意匠について、一定の条件のもとに新規性喪失の例外を認める規定である。これには、意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して、同法3条1項2号の「刊行物に記載された意匠」に該当するに至った場合も含まれるものと解すべきである。

特許法では、確かに、類似の規定である同法30条1項において、特許を受ける権利を有する者が「刊行物に発表し」た場合を新規性喪失の例外事由の一つとしており、これについては、特許を受ける権利を有する者が自ら主体的に発表した場合のみを指称し、公開特許公報等への掲載は、特許を受ける者による行為に起因するものであっても、「刊行物に発表」したものに当たらないという解釈が確立している。しかし、意匠法4条2項は、「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して」として、特許法とは異なった形で規定しているのであるから、同法と同様に扱うことに合理性はない。自ら主体的に発表した場合にとどまらず、公開特許公報及びこれに類する公報に掲載されたことによって新規性を喪失した場合にも、その者の行為に起因したものとして、上記条項の適用があると解するべきである。本願意匠は、原告の国際事務局への寄託行為に起因して本件外国公報に掲載されるに至ったのであるから、これが意匠法4条2項に該当しない理由はないものというべきである。

4  審決は、「内外国特許公報等による公開が新規性喪失の例外事由に該当しないとの運用をとる発明や考案の場合と比較して、意匠の場合も、当該意匠が内外国特許公報等に掲載され新規性を喪失する以前に意匠登録出願をすることは、創作者にとって、ことさら困難な状況とは言い難く、発明や考案の場合と異なった運用をすべき理由は見当たらない。」というが、特許法30条1項と意匠法4条2項とでは、規定自体が異なるのであるから、異なる運用をしてはならない理由にはならない。

また、審決は、内外国特許公報等を新規性喪失の例外事由として認めることの弊害として、「パリ条約による優先権等の主張の利益と重ね過重な保護を与える」ことになることを挙げる。しかし、例えば、パリ条約による優先権には、同条約4条Bに規定する効果があるのに対し、意匠法4条2項の規定の適用を受けた意匠登録出願及び意匠権にはそのような効果はないから、過重な保護を与えることにはならない。

さらに、審決は、「時機を失した出願の救済につながることになり、結果として第三者に不測の事態をもたらす」弊害があるとする。しかし、このような弊害は、新規性喪失の例外規定の適用を受ける意匠全般にいえることであって、内外国特許公報等への掲載を新規性喪失の例外とする場合に限って見られることではないから、本件に意匠法4条2項を適用することの妨げにはならない。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法はない。

1  本願意匠は、別紙審決書の理由の写しの別紙第一表示のとおりのものであるのに対し、引用意匠は、写真版により表されたものであって、おろし金全部が、暗調子に表れているため、両意匠は、一致するものとはいえず、類似するにとどまる。

2  意匠法4条2項は、「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して」と規定しており、新規性喪失の例外事由を限定的に列挙した特許法30条1項と対比して、包括的な表現となっている。しかし、意匠法4条2項がそのように規定したのは、出願前の販売、展示、見本の頒布等によって公知となった場合を新規性喪失の例外事由として認めることにしたためであるから、その解釈、適用は、立法趣旨に合致するよう、意匠の創作者の救済措置として必要な限度にとどめるべきである。原告の主張は、意匠法4条2項の立法趣旨と合致せず、その適用の範囲を不当に拡大するものであって失当である。

3  外国に意匠登録出願をした者が、その意匠を日本国に出願するに際し、パリ条約4条所定の優先期間が経過したにもかかわらず、外国において発行された意匠公報を意匠法4条2項所定の刊行物であるとして、その適用を受けることを認めることは、意匠登録を受ける権利を有する者に対し、パリ条約4条Bの規定による当該意匠の公表に基づく不利益取扱いの禁止を適用するほか、さらにこれと実質上同じ趣旨の新規性喪失の例外の措置を認めることになって、過重な保護を与えることとなる。

また、第一国出願をし、その登録後の意匠公報による新規性喪失の猶予期間(6か月)が事実上延長されることは、パリ条約の優先権の趣旨にも反し、ひいては、第三者に不測の損害を与えることにつながる。

本願意匠は、1993年4月7日に寄託番号DM/025792号として国際事務局に寄託されたものであり、パリ条約4条Bによる優先権の適用を受けるのであれば、その6か月内の同年10月7日までに日本国へ出願すべきところである。ところが、実際には、本願意匠が日本国に意匠登録出願をされたのは、上記期間に遅れること約1か月後の同年11月5日である。原告の主張によれば、当該意匠の公表日である同年6月30日の6か月後の1994年1月4日まで新規性喪失の例外等の救済措置が猶予されることになり、過重な保護を与えることになるといわざるを得ない。

4  原告は、特許法30条1項と意匠法4条2項とでは規定自体が異なるのであるから、異なる運用をしてはならない理由はない旨主張する。しかし、近年の意匠登録出願に係る意匠は、電気電子機械器具、通信機械器具、及び、建築用構成部材等に係わるものが多く、また、その意匠の創作内容についても、その技術開発と密接に関連したものが多いのであるから、「技術的思想の創作」と「意匠の創作」を全く別の保護対象とすることは困難であり、将来の意匠(デザイン)の開発を見すえれば、あえて、意匠独自の運用をする理由は見当たらない。

第5当裁判所の判断

1  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第3、第4号証)によれば、原告は、工業的意匠の国際寄託に関するヘーグ協定に基づき、引用意匠を、1993年4月7日に、寄託番号DM/025792号として国際事務局に寄託したこと、同事務局は、寄託にかかる引用意匠を、同年6月30日に発行した本件外国公報に掲載したこと、原告は、同年11月5日に国内で本願意匠の意匠登録出願をしたこと、本願意匠は、引用意匠と同一の意匠であることが認められる。

被告は、本願意匠と引用意匠が同一ではなく、類似するにとどまる旨主張する。しかしながら、本願意匠の意匠登録願(甲第3号証)に添付された本願意匠の図面と、本件外国公報(甲第4号証)に掲載された引用意匠の写真版1.1ないし1.4及び製図法によって作成された図1.5ないし1.7とを対比するならば、本願意匠と引用意匠とが同一の意匠であることは明らかであり、被告の主張は失当である。したがって、審決が本願意匠が引用意匠に類似するとして意匠法3条1項3号に該当するとした判断は誤りである。しかし、審決は、予備的に、両意匠が同一であると仮定したうえで、意匠法4条2項の適用の有無を検討しているものと認められ、同条項の適用がなければ、結局、本願意匠は、意匠登録を受けられないことになるから、上記判断の誤りは、直ちに審決の結論に影響を及ぼすものではない。

2  そこで、本願意匠が、引用意匠の本件外国公報への掲載により、意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因して第三条第一項・・・二号に該当するに至った意匠」に当たるとして、新規性を喪失しないと認められるか否かについて検討する。

確かに、内外国特許公報等への掲載は発明者等の出願行為等に基づくものであるから、このような場合も意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合に当たるとの解釈も、文言上は考え得るところである。

しかしながら、意匠法4条2項は、新規性の判断を、出願時を基準に、厳格に運用すると、出願人に酷な場合が生じる場合があるため、これを救済するために設けられた例外規定であるから、その適用範囲は立法趣旨に従って限定的に解釈されるべきである。証拠(乙第1号証)及び弁論の全趣旨によれば、同条項が「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合を新規性喪失の例外事由としたのは、意匠を考案した者は、常に意匠登録の出願をするわけではなく、実際には、ひとまず、販売、展示、見本の頒布等により売行きを打診してみて、一般の需要の有無を確かめた後に、需要があるものについて意匠登録を出願するのが通常であるのに、このような販売、展示、見本の頒布等の行為によって新規性を喪失すると取り扱うことは、意匠の実情に合わず、意匠の考案者に酷であるので、このような場合に、新規性を失わないものとするためであると認められる。

これに対し、内外国において意匠の登録出願をした結果、意匠公報等に掲載されたということは、その出願の時点で既に出願の準備が完了していたということであるから、このような場合に新規性を失うものと取り扱っても、意匠の考案者に酷とはいえず、意匠法4条2項により、これを救済する実質的な必要性は認められない。さらに、外国における出願の場合には、パリ条約4条A(1)、B、C(1)、(2)が適用され、出願の日から6か月間は、当該意匠の公表に基づく不利益扱いが禁止されているのであるから、この期間を徒過した者に、さらに意匠法4条2項を適用して、その後も一定期間、新規性を喪失しないとして、同様の保護を与えることは、パリ条約の趣旨に反し、権利者に過分の利益を与えることになり、ひいては、上記期間が徒過したと信じて行動した第三者に不測の損害をもたらすことがありうるので、許されないというべきである。原告は、意匠法4条2項の適用を受けた意匠登録出願にはパリ条約4条Bに規定する効果がないので、過重な保護を与えることにはならない旨主張する。しかし、原告の解釈は、上記のとおり、当該意匠の公表に基づく不利益扱いの禁止に関する限り、実質的にパリ条約4条Bの定める期間を延長するのと同様の効果を生じさせるものであるから、その限度で保護が過重になることは、明らかである。

このようにみてくると、内外国特許公報等への掲載は、意匠法4条2項の「意匠登録を受ける権利を有する者の行為に起因する」場合には当たらないと解するのが相当であり、原告の主張は失当である。

なお、新規性喪失事由の例外を定めた特許法30条についても、同様の理由から、国内外の特許公報への掲載は、同条の「刊行物に発表」することに含まれないと解釈されている(最高裁第二小法廷平成元年11月10日判決・民集43巻10号1116頁参照)。意匠法の解釈についても、特許法と同様に解釈すべきことは前記説示したところから明らかであり、規定の文言の違いをとらえて、意匠法においては異なった解釈をするべきであるとの原告の主張は採用することができない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 宍戸充 裁判官 阿部正幸)

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