東京高等裁判所 平成12年(行ケ)385号 判決 2002年1月31日
原告 ミネベア株式会社
訴訟代理人弁理士 前田清美
被告 特許庁長官 及川耕造
指定代理人 菅澤洋二
同 大森蔵人
同 岩本正義
同 大野克人
同 大橋良三
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成11年審判第10881号事件について平成12年8月23日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年8月9日、発明の名称を「複合軸受装置を備えるモータ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成7年特許願第224761号。以下「本願出願」という。)をしたが、平成11年6月1日拒絶査定を受けたので、同年7月1日、これに対する不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成11年審判第10881号として審理した結果、平成12年8月23日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年9月11日にその謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲の記載
【請求項1】(以下「本願発明1」という。)
大径部と小径部とよりなり、大径部外周にボール転動用の1条の内周転動溝を形成した二段軸と、この二段軸の大径部外周を囲み、内周面に前記内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝がダイレクトに形成されたダイレクト外輪を備え、このダイレクト外輪の外周転動溝と前記大径部の内周転動溝との間に第1列のボールを配して、前記二段軸、ダイレクト外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し、また、前記二段軸の小径部に嵌合され、ボール転動用の1条の内周転動溝が形成された内輪と、この内輪を囲み、内周面に内輪の内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝が形成されたスリーブ外輪を備え、このスリーブ外輪の外周転動溝と前記内輪の内周転動溝との間に第2列のボールを配して、前記内輪、スリーブ外輪および第2列のボールでスリーブ軸受を構成し、前記スリーブ外輪は、軸方向の長さが前記ダイレクト外輪よりも大なるものに形成され、ダイレクト外輪とスリーブ外輪の少なくとも相対する端面が高精度に加工され、これら端面を互いに密着させて、前記二段軸にダイレクト外輪、第1列のボールおよびスリーブ軸受を一体に組み付けてなる完成品の複合軸受装置へ、モータにおけるロータのハブを嵌合・固定してなる複合軸受装置を備えるモータ。
【請求項2】(以下「本願発明2」という。)
大径部と小径部とよりなり、大径部外周にボール転動用の1条の内周転動溝を形成した二段軸と、この二段軸の大径部外周を囲み、内周面に前記内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝がダイレクトに形成されたダイレクトのスリーブ外輪を備え、このダイレクトのスリーブ外輪の外周転動溝と前記大径部の内周転動溝との間に第1列のボールを配して、前記二段軸、ダイレクトのスリーブ外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し、また、内外輪間に第2列のボールが配され、内輪を前記二段軸の小径部に嵌合した玉軸受を備え、前記ダイレクトのスリーブ外輪は、軸方向の長さが玉軸受の外輪よりも大なるものに形成され、少なくとも玉軸受側の端面が玉軸受と同程度の高精度に加工され、このダイレクトのスリーブ外輪と玉軸受の外輪の相対する端面を密着させて、前記二段軸にダイレクトのスリーブ外輪、第1列のボールおよび玉軸受を一体に組み付けてなる完成品の複合軸受装置へ、モータにおけるロータのハブを嵌合・固定してなる複合軸受装置を備えるモータ。
【請求項3】(以下「本願発明3」という。)
前記二段軸の小径部に嵌めた内輪の外径が前記二段軸の大径部の外径と等しく、かつ前記二段軸の小径部の外側に設けたスリーブ外輪又は玉軸受の外輪のいずれかの内外径が前記二段軸の大径部側の外側に設けたダイレクト外輪又はダイレクトのスリーブ外輪の内外径とそれぞれ等しい寸法にて形成されてなる請求項1、2に記載の複合軸受装置を備えるモータ。
3 審決の理由の要点
審決は、別紙審決書の写し記載のとおり、本願発明1は、特開平6-307439号公報(以下「引用刊行物1」という。)の図3に第2実施例として記載された発明(以下「引用発明1」という。)、及び、特開平1-229114号公報(以下「引用刊行物2」という。)の第1図に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に示された、既によく知られた技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないから、本願出願は、拒絶されるべきである、と認定判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、「1.手続の経緯・本願発明」は認める。「2.引用刊行物記載の発明」については、審決書2頁5行ないし3頁20行の「これに対して・・・構成するものであるから」との部分を認め、その余の部分については争う。「3.対比」、「4.当審の判断」及び「5.むすび」については争う。
審決は、引用発明1の技術内容を誤認した結果、引用発明1と本願発明1との一致点の認定を誤り(取消事由1)、引用発明1及び引用発明2から本願発明1を容易に想到し得ると誤って判断し(取消事由2)、本願発明2及び3についての判断を遺脱したものであり(取消事由3)、これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の技術内容の認定の誤りによる一致点の認定の誤り)
(1) 審決は、「引用刊行物1には以下のものが記載されていることとなる。「大径部・・・と小径部・・・とよりなり、大径部外周にボール転動用の1条の内周転動溝・・・を形成した二段軸(固定軸15a)と、この二段軸の大径部外周を囲み、内周面に前記内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝・・・がダイレクトに形成されたダイレクト外輪(円筒状の外輪17)を備え、このダイレクト外輪の外周転動溝と前記大径部の内周転動億(判決注:転動溝の誤記)との間に第1列のボールを配して、前記二段軸、ダイレクト外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し、また、前記二段軸の小径部に嵌合され、ボール転動用の1条の内周転動溝が形成された内輪・・・と、この内輪を囲み、内周面に内輪の内周転動溝に対応するボール転勤用(判決注:転動用の誤記)の1条の外周転動溝・・・がダイレクト外輪に形成され、この外周転動溝と前記内輪の内周転動溝との間に第2列のボールを配して、前記内輪、ダイレクト外輪および第2列のボールで第2軸受を構成し、第1列のボールおよび第2軸受を一体に組み付けてなる完成品の複合軸受装置へ、モータにおけるロータのハブを嵌合・固定してなる複合軸受装置を備えるモータ」(審決書3頁20行~末行)と認定している。しかし、審決の上記認定には明らかな誤りがある。
(2) 引用発明1は、
<1> 大径部(甲10・図3の下半部)と小径部(同図の上半部)とよりなり、大径部外周に玉(ボール)転動用の1条の内輪軌道16を形成した二段よりなる固定軸15aと、この固定軸15aを囲む円筒状の外輪17を備え、
<2> 外輪17の内周面に前記大径部の内輪軌道16に対応する玉(ボール)転動用の1条の外輪軌道18が形成されて、内外の軌道間に玉19を設け、
<3> 前記二段の固定軸15aの小径部に嵌合した内輪20の外周面に形成した内輪軌道16と前記円筒状の外輪17の内周に形成したもう1条の外輪軌道18との間に玉19を設けた、
との構成のものである。
審決は、引用発明1の外輪17の上半部の外輪軌道18を、本願発明1のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当するものと認定している。しかし、引用発明1の外輪17の上半部は、本願発明1のスリーブ外輪に相当するものではないから、引用発明1の外輪17の上半部の外輪軌道18は、本願発明1のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当するものではない(引用発明1における固定軸15aの大径部外周の内輪軌道16が、本願発明1の大径部外周の内周転動溝2aに相当し、引用発明1における2条の外輪軌道18のうちの下方のものが、本願発明1のダイレクト外輪3の外周転動溝2bに相当することは認める。)。
また、審決は、引用発明1の外輪17をダイレクト外輪と認定しているけれども、同外輪17は、本願発明1におけるスリーブ外輪に対するダイレクト外輪とは異なるものであり、1個の円筒状の外輪とすべきである。さらに、審決は、引用発明1の軸受装置が、あたかもダイレクト軸受と第2軸受との2つに分離しているものからなるかのごとき認定をしているが、外輪17はあくまでも1個であるから、2つの軸受で構成されているものではない。すなわち、引用発明1は、外輪が1個の円筒状の外輪17で構成されており、しかも外輪軌道が1個の外輪17の内周面に2条形成され、これにより独立した軸受装置を構成しており、外輪軌道が1個の外輪17に2条形成されている複列軸受装置ではあっても、本願発明1のようなスリーブ外輪とダイレクト外輪とが結合した複合軸受装置ではない。
審決は、このように、本願発明1の小径部側におけるスリーブ軸受がダイレクト外輪とは別体をなす部材であるスリーブ外輪で支持される構成について言及せず、引用発明1における内輪軌道、外輪軌道と玉との関係と、本願発明1における内周転動溝、外周転動溝とボールとの関係のみを取り上げて、あたかも引用発明1と本願発明1における小径部側の軸受の構成には差異がないかのような誤解を招く認定をしており、失当である。
被告は、審決が3頁25行ないし35行において、引用発明1における円筒状の外輪17すなわちダイレクト外輪は1つであることを明確に認定しているから、審決における引用発明1の認定は正確であり、何ら誤りはないと主張している。しかし、審決は、引用発明1について、「前記二段軸、ダイレクト外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し」(審決書3頁30行~31行)、「前記内輪、ダイレクト外輪および第2列のボールで第2軸受を構成し」(同3頁36行~37行)」として、引用発明1におけるダイレクト軸受と第2軸受が別々のものであると看取される表現の認定をしているのであり、その引用発明1の認定は不正確である。
2 取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)
(1) 引用発明1と比較した本願発明1の効果について
引用発明1における外輪17は、1個の円筒状の外輪であり、その内周面には2条の外輪軌道18、18が形成されている。モータとりわけコンピュータやその周辺機器その他のOA機器用小型モータにとって、軸の芯振れが発生することは、致命的な欠陥となる。そのため、引用発明1においては、2条の外輪軌道18、18は、その平行度を高くし、その溝の真円度、形状(曲率半径や深さ)を同一にしなければならず、高精度に加工、形成されることが要求される。しかし、外輪の内周面に2条の外輪軌道を高精度に加工することは容易ではない。
本願発明1は、この課題を解決するためになされたもので、外輪を、一つとしないで、スリーブ外輪とダイレクト外輪という二つとする構成を採用することにより、各外輪には1条の外周転動溝を形成するだけでよいものとしている。これにより、本願発明1においては、1つの円筒状外輪に2条の外輪軌道を形成しなければならない引用発明1におけるのとは異なり、転動溝の平行度ということや2条の転動溝の真円度、形状を同一にするということを考慮する必要がなく、引用発明1の軸受に比べて格段に加工が容易であり、しかも的確な加工を行うことができて、モータにとっての致命的欠陥ともいえる軸の芯振れの発生を抑えることができ、回転性能の高いモータを得ることができるのである。
(2) 引用刊行物2について
引用発明2は、内外輪よりなる普通の転がり軸受を2個ペアにし、外輪の相対する一方のものの縁部に予圧代ともいうべき幅広部分1011を設けたものにすぎず、引用刊行物2には、軸に内周転動溝をダイレクトに形成する構成も、外輪がダイレクト外輪とスリーブ外輪とからなる構成も、いずれも開示されていない。
したがって、引用刊行物2には、本願発明1における、外輪をそれぞれ1条の外周転動溝を備えるスリーブ外輪5とダイレクト外輪3とで別個に構成して、長さの大なるスリーブ外輪に1条の外周転動溝を形成するだけですみ、外周転動溝を容易かつ的確に形成できるようにした技術思想についての記載は全くない。
被告は、引用発明2に、長さの大なる外輪101に1条の外周転動溝を形成する構成が明確に示されていると主張している。
しかし、引用発明2の外輪101の幅広部分1011は、予圧をかける際の調整代(予圧代)であって、幅広部分の突出量が極めて少なく、また、外輪101はパイプ状の長い外輪ではなく、本来的に外輪軌道を1条設ければよいものであり、長いパイプ状の外輪に本来は2条形成しなければならないものを1条形成すればよいようにしたとの本願発明1の技術思想とは異なるものである。
被告は、引用発明2の外輪101の幅広部分の突出量の大小は、本質的な問題ではないと主張しているが、本願発明1の細長いスリーブ外輪と、突出量が極めて少ない予圧代を有する引用発明2の外輪とは突出部分を形成している理由(目的、作用効果)が本質的に異なるのである。
(3) 容易想到性の判断の誤りについて
本願発明1の構成が引用発明1から容易に想到できるものではないことは、明らかである。引用刊行物1に示される外輪を切断して引用発明2の転がり軸受の一つの外輪に代えるということは実際上到底想到できるものではない。審決は、このように、分断して解釈することの不可能な引用発明1における一つの軸受を、あえて、ダイレクト軸受と第2軸受なるものに分断して解釈し、第2軸受の外輪とダイレクト外輪とを一体とする構成に代えて、第2軸受の外輪とダイレクト外輪を別体とすることに格別の技術力を要するとは認められないとしたものであり、本願発明1の進歩性についての判断を誤ったものという以外にない。
また、外輪をスリーブ外輪とダイレクト外輪で構成したものにおいて、各外輪の対向する端面が高精度に加工された構成は、引用刊行物1及び2のいずれにも開示されていないばかりか、本願発明1をおいて他に類例はなく、この点を看過している審決は、本願発明1の進歩性についての判断を、この点においても、誤るものである。
3 取消事由3(本願発明2及び3に関する判断遺脱)
審決は、本願発明1について判断しているが、本願発明2及び3について判断しておらず、しかも、判断しない理由を何ら示していない。したがって、審決は、判断遺脱のそしりを免れ得ない。
特許庁審査官が、本願発明1ないし3について審査をし、拒絶査定をしたため、原告は、本願発明1ないし3について審判を請求したのである。このように、特許庁審査官が、審査の段階ですら全請求項について審査をしているのに、審判の段階において、本願発明1についてだけ審理・判断をし、本願発明2及び3について審理・判断しないのは、違法である。また、判断を省略する場合はその理由を付すべきであるにもかかわらず、審決にはその理由が全く示されていない。
審判請求時の特許庁への納付手数料は、請求項が多数項であると追加料金を納付するようになっているのである。審判のための手数料の支払を要求する以上、審判は、各請求項すべてについて審理・判断をすべきである。
第4被告の反論の要点
1 取消事由1(引用発明1の技術内容の認定の誤りによる一致点の認定の誤り)について
(1) 原告は、引用発明1の外輪17の上半部は、本願発明1のスリーブ外輪に相当するものではないから、引用発明1の外輪17の上半部の外輪軌道18は、本願発明のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当するものではないと主張している。
しかし、引用発明1の構成として、原告が第3の1(2)<3>で主張している「二段の固定軸15aの小径部に嵌合した内輪20の外周面に形成した内輪軌道16」及び「前記円筒状の外輪17の内周に形成したもう1条の外輪軌道18との間に玉19を設けた構成」は、本願発明1の「第2列のボール」及び「内輪の内周転動溝」に相当し、共に「小径部の軸受」の一部を構成するものであることは、その構成から明らかであるから、両者の「小径部の軸受」の残りの構成要素、すなわち引用発明1の「上半部の外輪軌道18」と本願発明1記載の「スリーブ外輪の外周転動溝6b」が、対応する関係にあることは明らかである。
したがって、引用発明1の外輪17の上半部の外輪軌道18は、本願発明1のスリーブ外輪の外周転動溝6bに相当するものではない、との原告の主張が誤りであることは明らかである。
(2) 原告は、引用発明1は、外輪が1個の円筒状の外輪17で構成されており、しかも外輪軌道が1個の外輪17の内周面に2条形成され、これにより独立した軸受装置を構成しており、外輪軌道が1個の外輪17に2条形成されている複列軸受装置ではあっても、本願発明1のようなスリーブ外輪とダイレクト外輪とが結合した複合軸受装置ではないとし、審決は、引用発明1においては、1個の外輪しかないこと、及び、1個の軸受装置であるとの技術内容を誤認している、旨主張している。
しかし、審決は、引用発明1の認定について「この二段軸の大径部外周を囲み・・・外周転動溝(円筒状の外輪17の基半部(図3の下半部)に設けられた外輪軌道18)がダイレクトに形成されたダイレクト外輪(円筒状の外輪17)を備え、・・・内輪の内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝(円筒状の外輪17の先半部(図3の上半部)に設けられた外輪軌道18)がダイレクト外輪に形成され」(審決書3頁25行~35行)と認定して、円筒状の外輪17すなわちダイレクト外輪は一つであることを明確に認定するとともに、「本願請求項1に記載の発明は、第2軸受(スリーブ軸受)の外輪はスリーブ外輪とされ、ダイレクト外輪と分離しており、前記スリーブ外輪は、軸方向の長さが前記ダイレクト外輪よりも大なるものに形成され、ダイレクト外輪とスリーブ外輪の少なくとも相対する端面が高精度に加工され、これら端面を互いに密着させる構成であるのに対し、引用刊行物1に記載の発明は第2軸受の外輪とダイレクト外輪は一体に構成されている点。」(審決書4頁4行~9行)を相違点として認定している。したがって、審決における引用発明1の認定は正確であり、そこに何ら誤りはない。
2 取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 引用発明1と比較した本願発明1の効果について
原告は、本願発明1は、1つの円筒状外輪に2条の外輪軌道を形成しなければならない引用発明1とは異なり、転動溝の平行度ということや2条の転動溝の真円度、形状を同一にするということを考慮する必要はなく、引用発明1の軸受に比べて格段に加工が容易であり、しかも的確な加工を行うことができて、モータにとっての致命的欠陥ともいえる軸の芯振れの発生を抑えることができ、回転性能の高いモータを得ることができる、と主張する。
しかし、原告の主張は、つまるところ、本願発明1においては、二段軸の大径部と小径部に設けられた軸受の外輪を分離したことにより加工が容易となったというにすぎず、これは引用刊行物2に示される「軸受装置を構成する2条のボール列を狭持する部位を互いに独立した構成、即ち2条のボール列に対応する外輪を分離した構成」(審決書4頁13行~14行)のものであれば、当然に持っている効果を述べているにすぎない。原告の主張は失当である。
なお、原告が主張している本願発明1の上記効果は、出願当初の明細書には記載されていなかった事項である。
(2) 引用刊行物2について
原告は、引用発明2は、内外輪よりなる普通の転がり軸受を2個ペアにし、外輪の相対する一方のものの縁部に予圧代ともいうべき幅広部分1011を設けたものにすぎず、引用刊行物2には、軸に内周転動溝をダイレクトに形成する構成も、外輪がダイレクト外輪とスリーブ外輪とからなる構成も、いずれも開示されていないと主張している。
しかし、審決は、引用発明2を「軸受装置を構成する2条のボール列を狭持する部位を互いに独立した構成、即ち2条のボール列に対応する外輪を分離した構成とし、一方の外輪の軸方向の長さを他方の外輪よりも大とし両外輪が密着する構成」(審決書4頁13行~15行)の例示として提示したものであり、原告がいう「軸に内周転動溝をダイレクトに形成した構成」あるいは「外輪をダイレクト外輪とスリーブ外輪とで構成」したものを提示するものではないから、原告の主張は、失当である。
原告は、引用刊行物2には、外輪をそれぞれ1条の外周転動溝を備えるスリーブ外輪5とダイレクト外輪3とで別個に構成して、長さの大なるスリーブ外輪に1条の外周転動溝を形成するだけですみ、外周転動溝を容易かつ的確に形成できるようにした、という本願発明1の技術思想についての記載は全くない、と主張している。
しかし、引用刊行物2の第1図(引用発明2)には、外輪をそれぞれ1条の外周転動溝を備える外輪101と外輪102とで構成して、それぞれの外輪の長さを異ならせ、長さの大なる外輪101に1条の外周転動溝を形成する構成が明確に示されている。そして、引用発明2においては、2つの軸受が分離されているため、外輪に外周転動溝を容易かつ的確に形成できる効果を有することは自明である。
原告は、引用発明2の外輪101の幅広部分1011は、予圧をかける際の調整代(予圧代)であって、幅広部分の突出量は極めて少なく、また、外輪101は、パイプ状の長い外輪ではなく、本来的に外輪軌道を1条設ければよいものであり、これらに示されている技術思想は、長いパイプ状の外輪に本来は2条形成しなければならないものを1条形成すればよいようにしたとの本願発明1の技術思想とは異なるものである、と主張している。
しかし、引用発明2は、一方の外輪を他方の外輪より軸方向の長さが大になるように分離する構成の例示として引用されたものであり、幅広部分の突出量の大小は本質的な問題ではない。
(3) 容易想到性の判断の誤りについて
本願発明1は、「コンピュータ機器やその周辺機器に使用するモータ」(甲9・段落【0001】)に関するものであり、その技術分野において、「ハードディスクドライブ(HDD)、レーザビームプリンタ(LBP)等に組み込む電動モータ」(甲10・1欄20行~21行)に関するものである引用発明1と同一である。引用発明2も、「磁気ディスク装置のロータリーアクチエータ」(甲11・2欄5行~6行)に関するものであるから、その技術分野において、本願発明1と実質的に同一である。これらの発明は、同一の技術分野に属するものであるから、引用発明1と、引用発明2に示された既によく知られた技術とを組み合わせるに当たって、技術分野を超える等の困難性は何ら見いだせない。
引用刊行物1には、外輪を一体にする引用発明1の構成が記載されてはいるものの、同刊行物には、同時に、その第4図に記載されている第3実施例として、「互いに独立した1対の外輪22、22の端面同士を突き当てる」(甲10・4欄47行~48行)ものも記載されている。このように、外輪を一体にするか、別体にするかは、互いに等価な設計的事項であることが、引用刊行物1によって示されているのである。そして、外輪を別体にするに当たって、一方の外輪を他方の外輪よりも長くすることが、引用刊行物2に記載されているのであるから、これらの発明及び既によく知られた技術を適宜組み合せることにより、本願発明1の構成に想到することに関して、これを阻害する要因は何ら見いだせない。
原告は、外輪をスリーブ外輪とダイレクト外輪で構成したものにおいて、各外輪の対向する端面が高精度に加工された構成は、引用刊行物1及び2のいずれにも開示されていないばかりか、本願発明1をおいて他に類例はなく、この点を看過している審決は、本願発明の進歩性についての判断を、この点においても、誤るものである、と主張している。
しかし、軸受装置においては、各部の寸法を高精度に加工しなくてはならないことは、技術常識であり、端面を高精度に加工することは、複合軸受に限らず、一般の軸受装置においても通常行われていることである。引用刊行物2では2つの外輪は密着し一体となって軸受機能をなすものであり、複合軸受において「相対する端面が高精度に加工される」のは当然のことである。引用刊行物に直接的記載がないからといって、このような技術常識を、「本願発明1をおいて他に類例はない」とすることはできず、この点に関して、審決の判断に看過、誤りはない。
3 取消事由3(本願発明2及び3に関する判断遺脱)について
特許法第49条は、請求項毎に記載された発明のいずれか一つでも、その特許出願を拒絶すべき事由があるときは、その余の発明について拒絶すべき事由があるか否かにかかわらず、出願全体について拒絶査定を免れないことを規定するものである。
したがって、審決が、本願発明2及び3について判断をしないこと、また判断しない理由を示さないことは、何ら違法ではない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の技術内容の認定の誤りによる一致点の認定の誤り)について
(1) 審決は、引用発明1について、これを、「大径部・・・と小径部・・・とよりなり、大径部外周にボール転動用の1条の内周転動溝・・・を形成した二段軸(固定軸15a)と、この二段軸の大径部外周を囲み、内周面に前記内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝・・・がダイレクトに形成されたダイレクト外輪(円筒状の外輪17)を備え、このダイレクト外輪の外周転動溝と前記大径部の内周転動億(判決注:転動溝の誤記)との間に第1列のボールを配して、前記二段軸、ダイレクト外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し、また、前記二段軸の小径部に嵌合され、ボール転動用の1条の内周転動溝が形成された内輪・・・と、この内輪を囲み、内周面に内輪の内周転動溝に対応するボール転勤用(判決注:転動用の誤記)の1条の外周転動溝・・・がダイレクト外輪に形成され、この外周転動溝と前記内輪の内周転動溝との間に第2列のボールを配して、前記内輪、ダイレクト外輪および第2列のボールで第2軸受を構成し、第1列のボールおよび第2軸受を一体に組み付けてなる完成品の複合軸受装置へ、モータにおけるロータのハブを嵌合・固定してなる複合軸受装置を備えるモータ」(審決書3頁22行~末行)であると認定している。
(2) 原告は、審決の上記認定について、引用発明1の外輪17の上半部は、本願発明1のスリーブ外輪に相当するものではないから、引用発明1の外輪17の上半部の外輪軌道18は、本願発明1のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当するものではない、と主張する。
本願出願の明細書(以下「本願明細書」という。)の請求項1において、本願発明1のスリーブ外輪の外周転動溝について、「内輪を囲み、内周面に内輪の内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝が形成されたスリーブ外輪」と規定されていることは、当事者間に争いがない。
引用発明1が「二段軸の小径部に嵌合した内輪20の外周面に形成した内輪軌道16と前記円筒状の外輪17の内周に形成したもう1条の外輪軌道18との間に玉19を設けた構成」のものであることは、当事者間に争いがない。これによれば、引用発明1の上半部の外輪軌道18は、内輪20を囲む外輪17の内周面に形成されたもので、内輪20の内輪軌道16に対応する玉19転動用の1条の溝であるということができる。
そうである以上、引用発明1の上半部の外輪軌道18は、本願明細書の請求項1の「内輪を囲み、内周面に内輪の内周転動溝に対応するボール転動用の1条の外周転動溝から形成されたスリーブ外輪」という要件によって規定されている外周転動溝に相当することが明らかであり、審決が引用発明1の上半部の外輪軌道18を、本願発明1のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当すると認定したことには、何らの誤りもない。
原告は、引用発明1の外輪17の上半部が、本願発明1のスリーブ外輪ではないことを根拠として、前記の主張をなすものである。しかし、甲第9号証及び弁論の全趣旨によれば、本願発明1における「スリーブ外輪」は、本願発明1の二段軸の小径部に嵌合する内輪及びボールとともに、スリーブ軸受を構成する部材である外輪の名称であるにすぎず、本願発明1における外輪と引用発明1における外輪17とは、審決が認定しているように、二つに分離されているか、一体に構成されているかとの構成上の相違点は存するものの、軸受を構成する外輪としての基本的な機能における差異が存するわけではない(本願発明1においては、ダイレクト外輪とスリーブ外輪と二つの外輪が存在するものの、これらの二つの外輪は、外輪としての機能に差異があるわけではなく、その取付位置が異なるため、別々な名称で呼称されているにすぎないものである。)ことが明らかである。引用発明1の外輪17の上半部は、本願発明1のスリーブ外輪に相当するものではないことを根拠として、引用発明1の上半部の外輪軌道18を、本願発明1のスリーブ外輪5の外周転動溝6bに相当するものということができないとする原告の主張は、失当である。
(3) 原告は、審決が、引用発明1の外輪17をダイレクト外輪と認定しているとして、これを前提に、引用発明1の外輪17は、本願発明1におけるスリーブ外輪に対するダイレクト外輪とは異なるものであり、1個の円筒状の外輪とすべきであると主張する。
しかし、審決は、上記のとおり、「ダイレクト軸受」(審決書3頁30行~31行)、「第2軸受」(同37行)のいずれにも「ダイレクト外輪(円筒状の外輪17)」(同28行)、「ダイレクト外輪」(同34行~35行)という同じものが用いられるものと認定している。また、審決は、本願発明1のスリーブ外輪が、「ダイレクト外輪と分離して」(審決書4頁5行)いるのに対し、「引用刊行物1に記載の発明は第2軸受の外輪とダイレクト外輪は一体に構成されている点」(審決書4頁8行~9行)で両発明は相違しているとも認定しているのである。
そうすると、審決は、引用発明1における1個の円筒状の外輪17を、1個のダイレクト外輪と認定しているのであり、「ダイレクト外輪」という名称を用いて認定しているとしても、前記のとおり、この名称には外輪としての特段の機能的な意味はないのであるから、これを「1個の円筒状の外輪」と認定していることと何ら変わりはない。したがって、審決の引用発明1の認定が誤りであるとする原告の上記主張は、失当である。
また、原告は、審決は、引用発明1の軸受装置が、あたかもダイレクト軸受と第2軸受との二つに分離しているものからなるかのように認定をしているけれども、外輪17はあくまでも1個であるから、二つの軸受で構成されているものではない、と主張する。
しかし、引用発明1においては、外輪が1個であっても、軸受が二つ存在することは、甲第10号証から明らかである。原告の主張は、失当である。
(4) 原告は、審決は、本願発明1の小径部側におけるスリーブ軸受がダイレクト外輪とは別体をなす部材であるスリーブ外輪で支持される構成について言及せず、引用発明1における内輪軌道、外輪軌道と玉との関係と、本願発明1における内周転動溝、外周転動溝とボールとの関係のみを取り上げて、あたかも引用発明1と本願発明における小径部側の軸受の構成には差異がないかのような誤解を招く認定をしており、失当である、と主張する。
しかし、審決が、引用発明1の外輪が一つであり、本願発明1の外輪が二つであることを相違点として認定しているのは、前記のとおりである。外輪についての上記相違点が、引用発明1と本願発明1の小径部の軸受の構成に何らかの差異をもたらすことを認めるに足りる証拠もない。そうである以上、原告の上記主張は、失当という以外にない。
原告は、審決が、引用発明1につき、「前記二段軸、ダイレクト外輪および第1列のボールでダイレクト軸受を構成し」(審決書3頁30行~31行)、「前記内輪、ダイレクト外輪および第2列のボールで第2軸受を構成し」(同3頁36行~37行)」と認定していることをとらえて、審決は、引用発明1におけるダイレクト軸受と第2軸受が別々のものであると看取される表現の認定をしているのであり、不正確である、と主張する。
しかし、審決の上記認定が不正確なものでないことは、既に述べたところにより明らかである。原告の主張は、失当である。
2 取消事由2(容易想到性についての判断の誤り)について
(1) 審決は、「本願請求項1に記載の発明は、第2軸受(スリーブ軸受)の外輪はスリーブ外輪とされ、ダイレクト外輪と分離しており、前記スリーブ外輪は、軸方向の長さが前記ダイレクト外輪よりも大なるものに形成され、ダイレクト外輪とスリーブ外輪の少なくとも相対する端面が高精度に加工され、これら端面を互いに密着させる構成であるのに対し、引用刊行物1に記載の発明は第2軸受の外輪とダイレクト外輪は一体に構成されている点。」(審決書4頁4行~9行)が、引用発明1と本願発明1との相違点であると認定した上、この相違点について、引用刊行物2の「第1図に示されるように、軸受装置を構成する2条のボール列を狭持する部位を互いに独立した構成、即ち2条のボール列に対応する外輪を分離した構成とし、一方の外輪の軸方向の長さを他方の外輪よりも大とし両外輪が密着する構成とすることは既に良く知られた技術である。また、その際2つの外輪は密着し一体となって軸受け機能をなすものであるから「相対する端面が高精度に加工される」ことは当然のことである。してみれば、引用刊行物1記載のものにおいて、第2軸受の外輪とダイレクト外輪を一体とする構成に代えて、第2軸受の外輪とダイレクト外輪を別体とし、且つ、「前記第2軸受の外輪(スリーブ外輪)は、軸方向の長さが前記ダイレクト外輪よりも大なるものに形成され、ダイレクト外輪とスリーブ外輪の少なくとも相対する端面が高精度に加工され、これら端面を互いに密着」させる構成、即ち本願発明の構成とすることに格別の技術力を要するとは認められない。」(審決書4頁12行~24行)と判断し、本願発明1は、引用発明1、及び、引用発明2に示された既によく知られた上記の技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができないとした(なお、審決は、「5.むすび」において、本願発明1は、「引用刊行物1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである」(審決書4頁25行~28行)と述べているが、この趣旨は、審決の相違点についての上記判断からして、本願発明1は、引用発明1、及び、引用発明2に示された既によく知られた上記技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの趣旨をいうものと解すべきである。)。
(2) 原告は、本願発明1は、1つの円筒状外輪に2条の外輪軌道を形成しなければならない引用発明1とは異なり、転動溝の平行度ということや2条の転動溝の真円度、形状を同一にするということを考慮する必要はなく、引用発明1の軸受に比べて格段に加工が容易であり、しかも的確な加工を行うことができて、モータにとっての致命的欠陥ともいえる軸の芯振れの発生を抑えることができ、回転性能の高いモータを得ることができる、と主張する。
しかし、本願発明1が引用発明1と比べ、上記のような効果を奏する点において優れているとしても、前記のとおり、引用発明1と本願発明1との間には、その構成において一部相違点が存するのであるから、その構成の差異に由来して効果において差異が生じることはむしろ当然のことであり、このような効果の差異は、引用発明1及び引用発明2に示された既によく知られた技術から本願発明1の構成を想到するに至ることが容易かどうかの前記判断に何ら影響を与えるものではない。したがって、原告の主張は、主張自体失当であるという以外にない。
原告の上記主張は、別の面からいえば、引用発明1には、1個の外輪に2条の外輪軌道を設置するに際し、軸の芯振れの発生を防止するために、その平行度及び転動溝の真円度、形状を同一にすることが必要となり、そのために精密な加工が要求されるという問題点があるというものであるから、同発明自体の中に、上記問題点の解消のために、同発明の構成に、後記のとおり、引用発明2に示された既によく知られている技術である、外輪を二つに分離し、これを密着させた構成のものを組み合わせる動機付けが存在することを示すものとして、むしろ本願発明1の容易想到性を肯定する資料となるものというべきである。
(3) 原告は、引用刊行物2には、本願発明1における、外輪をそれぞれ1条の外周転動溝を備えるスリーブ外輪5とダイレクト外輪3とで別個に構成して、長さの大なるスリーブ外輪に1条の外周転動溝を形成するだけですみ、外周転動溝を容易かつ的確に形成できるようにした技術思想についての記載は全くない、と主張する。
しかし、審決は、引用刊行物2の「第1図に示されるように、軸受装置を構成する2条のボール列を狭持する部位を互いに独立した構成、即ち2条のボール列に対応する外輪を分離した構成とし、一方の外輪の軸方向の長さを他方の外輪よりも大とし両外輪が密着する構成とすることは既に良く知られた技術である。」(審決書4頁12行~16行)としているのであり、2条のボール列に対応する外輪を分離し、一方の外輪の軸方向の長さを他方の外輪よりも大とし両外輪が密着する構成とすることが既によく知られた技術であることの例証として引用刊行物2を挙げているのである。したがって、引用刊行物2に、二つの外輪をスリーブ外輪及びダイレクト外輪とする点がないとの原告の上記主張は、そもそも審決が認定していないことについて論難するものであり、審決の誤りをいうものとはいえず、失当である。また、甲第11号証によれば、引用刊行物2の第1図には、一方の外輪の軸方向の長さを他方の外輪よりも大とし、両外輪が密着する構成が明確に示されていることが認められ、審決は、この構成を正しく認定しているのであって、原告が主張している技術思想を認定しているのではないから、その余の原告の主張も、採用することができない。
また、原告は、引用発明2の外輪101の幅広部分1011は幅広部分の突出量が極めて少なく、本願発明の細長いスリーブ外輪と突出量が極めて少ない予圧代を有する引用発明2の外輪とは突出部分を形成してある理由(目的、作用効果)が異なり、引用発明2は、長いパイプ状の外輪に本来は2条形成しなければならないものを1条形成すればよいようにしたとの本願発明1の技術思想と異なるものである、旨主張する。
しかし、本願明細書の請求項1の記載は第2の2に記されたとおりであり、そこで、外輪の長さについて規定されている事項は、「前記スリーブ外輪は、軸方向の長さが前記ダイレクト外輪よりも大なるものに形成され」ということだけであり、他には一切ない。これによれば、本願発明1における外輪の長さは、大小関係が規定されているにすぎず、その突出量すなわち大小関係の程度について限定はされていない。したがって、引用発明2の幅広部分1011の突出量が極めて少ないとして、これを根拠に行う原告の上記主張は、本願明細書の請求項1の記載に基づくものではなく、失当である。また、「長いパイプ状の外輪に本来は2条形成しなければならないものを1条形成すればよいようにした」とする原告の主張についても、本願明細書の請求項1の記載に基づくものではなく、失当である。
(4) 原告は、引用刊行物1に示される外輪を切断して引用刊行物2の転がり軸受の一つの外輪に代えるということは実際上到底想到できるものではなく、審決は、引用発明1における一つの軸受をダイレクト軸受と第2軸受なるものに分断して解釈し、第2軸受の外輪とダイレクト外輪とを一体とする構成に代えて、第2軸受の外輪とダイレクト外輪を別体とすることに格別の技術力を要するとは認められないとしたものであり、本願発明1の進歩性についての判断を誤るものである、と主張する。
しかし、甲第10、第11号証によれば、引用発明1が「電動モータ用転がり軸受装置」(甲10・2頁左欄15行)に関するものであり、引用発明2が「磁気ディスク装置のロータリーアクチエータ用として好適な・・・ユニット軸受」(甲11・1頁右下欄5行~7行)に関するものであることが認められ、このことを考慮すると、引用発明1と引用発明2とは技術分野を同じくするものであるということができる。そして、甲第10、第11号証によれば、引用発明2のように、軸受装置を構成する2条のボール列を狭持する外輪を互いに分離・独立させ、両外輪を密着した構成とすることは、引用刊行物1の第4図にも示されており、このような構成は、上記技術分野においてよく知られた技術であると認められる。しかも、引用発明1の外輪17について、引用発明2に示された、外輪を分離し、これを密着させた、よく知られた構成を採用することを阻害する事由は本件全証拠によっても認めることができず、むしろ、引用発明1の外輪17のように外輪を一体のものとして構成することに不都合が伴うことは、前記のとおり、原告の主張するところである。そうだとすれば、引用発明1に、引用発明2で示された既によく知られた上記構成を適用してこれを改良すべき十分な動機付けが存在することになるのである。また、その際に、2つに分離した外輪の軸方向の長さを均等にするか、長短を設けるかは、単なる設計的事項にすぎないことが、弁論の全趣旨により明らかである。以上によれば、引用発明1に引用発明2を適用して、本願発明1の構成を想到するに至ることは容易であるものと認められる。
原告は、外輪をスリーブ外輪とダイレクト外輪で構成したものにおいて、対向端面が高精度に加工された構成は引用刊行物1及び2のいずれにも開示されていないばかりか、本願発明1をおいて他に類例はなく、この点を看過している審決は、本願発明1の進歩性について判断を誤るものである、と主張する。
しかし、審決は、引用刊行物2から「既に良く知られた技術」を認定するとともに、「その際2つの外輪は密着し一体となって軸受け機能をなすものであるから「相対する端面が高精度に加工される」こと当然のことである。」(審決書4頁16行~18行)と判断しており、本願発明1において外輪の対向端面が高精度に加工される点を審決が看過しているということはできず、また、軸の芯振れを防止するためにも、2つの外輪で構成したものについて、その対向する端面を高精度加工する必要があることは、当業者にとって技術常識であることは、当裁判所にも容易に理解できるところであり、この点の審決の判断に誤りはない。したがって、原告の上記主張を採用することは到底できない。
3 取消事由3(本願発明2及び3に関する判断遺脱)について
原告は、審決は、本願発明2及び3について判断しておらず、また判断しない理由を何ら示していないので、判断遺脱のそしりを免れ得ない、と主張する。
特許法49条は、次のとおり規定している。
「審査官は、特許出願が次の各号の一に該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。
1 その特許出願の願書に添付した明細書又は図面についてした補正が第17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとき。
2 その特許出願に係る発明が第25条、第29条、第29条の2、第32条、第38条又は第39条第1項から第4項までの規定により特許をすることができないものであるとき。
3 その特許出願に係る発明が条約の規定により特許をすることができないものであるとき。
4 その特許出願が第36条第4項若しくは第6項又は第37条に規定する要件を満たしていないとき。
5 その特許出願が外国語書面出願である場合において、当該特許出願の願書に添付した明細書又は図面に記載した事項が外国語書面に記載した事項の範囲内にないとき。
6 その特許出願人が発明者でない場合において、その発明について特許を受ける権利を承継していないとき。」
この規定によれば、特許出願に係る発明が、特許法29条等の規定に基づき特許をすることができないものであるときは、審査官は、その特許出願について拒絶査定をしなければならない。このことは、昭和62年の特許法改正前の一発明一出願の制度においては、当然のことであった。同改正により同制度が廃止され、関連する複数の請求項に係る発明を一つの願書で特許出願をすることが認められた後においても、同条は、次に述べる理由により、一つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか一つが、特許法29条等の規定に基づき、特許をすることができないものであるときは、その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているものと解すべきである。
特許法49条は、前記のとおり、「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」は、「その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と規定しているのであり、51条の「特許出願について拒絶の理由を発見しないときは、特許をすべき旨の査定をしなければならない。」との規定とともに、一つの特許出願について、拒絶査定か特許査定かのいずれかの行政処分をなすべきことを規定しているものであり、昭和62年改正により、一つの特許出願において複数の発明を複数の請求項に記載することができるとの改正がなされたときにも、この点は、何ら変更されていない。また、このことは、特許法が、特許査定後の特許異議の申立てについては、「2以上の請求項に係る特許については、請求項ごとに特許異議の申立てをすることができる。」(113条本文)と明文で規定し、特許無効の審判についても、「2以上の請求項に係るものについては、請求項ごとに請求することができる。」(123条1項本文)と明文で規定し、特許査定という行政処分をなした後には、各請求項ごとに、異議申立てあるいは無効審判の申立てをすることができることを明記しているのに対し、前記49条及び51条においては、これと対照的に「特許出願について」拒絶査定ないし特許査定をすることを明記していることからも明らかというべきである。
特許法が上記のようなものとして49条の規定を設けた制度的な理由は、大量の特許出願について迅速な処理をすべき要請があることにあるであろう。もっとも、他方では、このような制度によると、一つの特許出願における複数の請求項に係る発明の一つについて、特許法29条の規定により特許をすることができない事由がある場合には、その他の請求項に係る発明について、特許付与を受ける機会が奪われることになり、出願人にとって不利益な結果となることが懸念されるところである。しかし、特許法は、審査官に拒絶査定の前に拒絶の理由を通知すべき義務を負わせ(50条)、出願人は、拒絶理由通知を受ける前はいつでも、同通知を受けた後は所定の期間内に、明細書又は図面について補正をする機会を与えられているのであり(17条の2第1項、4項)、審判においても、同様に拒絶理由の通知の制度(159条2項)と明細書又は図面の補正の機会が与えられている(17条の2第1項、4項)のであるから、出願人は、これにより拒絶理由通知により拒絶されることが予想される請求項に係る発明を補正したり、削除したりすることができ、柔軟な対応が可能となるのである。また、特許法は、出願人に分割出願の制度も認めており、出願人は、願書に添付した明細書又は図面について補正をすることができる期間内に限っては、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができるのである(44条1項)。したがって、出願人は、拒絶理由通知の制度、並びに、同通知の前及び同通知の後の所定の期間内における補正又は分割出願の制度により、適切な対応をすることが可能なのであるから、49条についての上記解釈により出願人が不利益を被る結果となることについては、十分な手続的な担保がなされているとみることができる。
本件の場合、審決は、本願発明1につき、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断しているのであるから、これによって本願出願が全体として特許法49条2号に該当し、拒絶をすべきものとなることは明らかである。仮に、審決が本願発明2及び3について判断をしたとしても、本願発明1が49条2号に該当する以上、本件出願を拒絶すべきものであるという結論には影響しない。
原告は、審査官は、審査の段階ですら全請求項について審査しているのに、審判の段階において、本願発明2及び3について、審理・判断をしないのは、違法であり、また、その判断を省略する場合にはその理由を付すべきである、旨主張する。しかしながら、審査官が審査の段階で全請求項について審査したとしても、これは、拒絶査定がされた後、出願人が審判を請求するときに補正が可能であることを考慮しての単なる運用というべきものであり、このような運用が特許法の解釈に影響するものではない。そして、49条についての上記のような解釈は、長年にわたる特許庁における実務とも合致するものであり、出願人にとって明らかなものというべきであるから、審決がこのような事項についてまで詳細な理由を付さなければならないということもできない。
また、原告は、審判請求時の特許庁への納付手数料が、請求項の数に応じたものとなっている、旨主張するが、このことは、特許がされる場合にすべての請求項について審理・判断がされることに対応するものである。
以上のとおりであるから、審決に本願発明2及び3について判断遺脱がある、とする原告の主張は、理由がない。
4 結論
以上に検討したところによれば、原告の主張する取消事由には理由がなく、その他、審決には、これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 設樂隆一 裁判官 阿部正幸)