東京高等裁判所 平成12年(行ケ)78号 判決 2000年11月20日
原告
ショーメアンテルナシオナルエス.アー.
代表者
【A】
訴訟代理人弁護士
武田正彦
同弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
被告
特許庁長官【E】
指定代理人
【F】
同
【G】
同
【H】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が平成10年審判第11679号事件について平成11年12月15日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成7年10月13日、意匠に係る物品を「腕時計」とし、その形態を別紙第1記載のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)につき、本意匠を意願平7-30405号とする類似意匠登録出願(意願平7-30406号)をしたが、平成10年3月26日に拒絶査定を受けたので、同年7月24日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第11679号事件として審理した上、平成11年12月15日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月27日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願意匠が、その登録出願前に日本国内において頒布された刊行物である「’90輸入時計総合カタログ」(平成元年11月30日社団法人日本時計輸入協会発行)に記載され、意匠に係る物品を「腕時計」とし、形態を別紙2記載のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)と比較して、意匠に係る物品が同一であり、その形態についても共通点が差異点を凌駕し、結局、引用意匠に類似するものであるから、意匠法3条1項3号に該当し、意匠登録を受けることができないとした。
第3原告主張の審決取消事由
審決の理由中、本願意匠及び引用意匠の認定(審決書2頁2行目~17行目)、両意匠の意匠に係る物品の同一性の認定(同2頁18行目~19行目)、本願意匠と引用意匠の具体的構成態様の共通点(4)~(6)及び差異点(イ)~(ホ)の認定(同4頁3行目~末行)は認める。
審決は、本願意匠と引用意匠との共通点の認定を誤るとともに差異点を看過し(取消事由1)、また、両意匠の類否の判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(共通点の認定誤りと差異点の看過)
(1) 腕時計本体について
① 腕時計本体の左右の畝状体について
審決は、本願意匠と引用意匠の腕時計本体の左右の畝状体につき、いずれも上方視で長円形、横断面がほぼ半円状とする(共通点(2))が、引用意匠では、時刻表示部の側部が上記畝状体の腹部にかなり食い込んでおり、上方視が長円形とはいい難く、また、横断面図を示していないので横断面の形状は不明であるから、審決の上記認定は誤りである。
② 時刻表示部の上下の畝状体について
審決は、本願意匠と引用意匠の時刻表示部の上下の畝状体について、「時刻表示部の方形の上辺に接して上方に向かって、左右の畝状体の上端寄り部分と同形の畝状体を奇数の数本配置し、その中央畝状体を挟む2本の畝状体を背高に、その他の畝状体の高さ低いものとし、その結果全体の畝状体の高さが互い違いに現れており、また腕時計本体の下半部については上半部と対称状の態様のものである点」(審決書3頁11行目~18行目)で共通すると認定する。
しかし、時刻表示部の上下の畝状体の数は、本願意匠では3本であるのに対し、引用意匠では5本と異なる上、その形状においても、本願意匠では時刻表示部の上下の畝状体のうち腕時計本体の左右の畝状体のすぐ内側の2本が左右の畝状体より背高になっているのに対し、引用意匠においては逆に低くなっている点、本願意匠の時刻表示部の上下の畝状体は、背高の畝状体2本を除く他の畝状体1本が左右の畝状体と上端部及び下端部を等しくするのに対して、引用意匠においては、逆に、背高の畝状体が左右の畝状体と上端部及び下端部を等しくする点で差異があり、審決はこれらの差異を看過している。
③ 時刻表示部について
審決は、両意匠とも、時刻表示部は「縦長方形窓状」(審決書3頁4行目~5行目)ないし「縦長方形状」(同3頁10行目~11行目)である点で共通するとしつつ、両意匠は、「時刻表示部の方形輪郭形状につき、引用意匠の方が縦長である点」(同4頁14行目~15行目)において差異を認めている(差異点(ハ))。
しかし、本願意匠の時刻表示部は長方形というよりは正方形に近いものであり、顕著に長方形である引用意匠とは大きく異なっており、審決の上記認定は誤りである。
(2) バンドについて
審決は、本願意匠と引用意匠のバンドの畝状体について、「上方視の長さが幅の略2倍で、幅が腕時計本体の畝状体と同幅で、その横断面が略半円状の短いもので、これを腕時計本体部に連続状、上下に互い違い状に数列配列した態様のものである点」(審決書3頁19行目~4頁2行目)で共通すると認定する。
しかし、本願意匠における畝状体の長さと幅の関係は審決も指摘するようにほぼ2対1であるが、引用意匠ではほぼ1.5対1であり、また、引用意匠は横断面図を示していないので横断面形状は不明であるから、審決の上記認定は誤りである。
(3) 時刻表示部とバンドの幅の比率について
バンドの幅を100とした場合の時刻表示部の幅は、本願意匠では約60であるのに対し、引用意匠では約80であり、大きく異なる。審決はこの差異点を看過している。
2 取消事由2(類否の判断の誤り)
審決は、時計表示部に関する差異点(ハ)~(ホ)は類否の判断の上で影響が少ないとするが、看者に強く印象を与える部分であって、意匠の要部に相当するというべきである。
そして、上記1で指摘したとおりの審決が看過した差異点、すなわち、(a)バンド幅を100とした場合の時刻表示部の幅が、本願意匠が約60であるのに対し、引用意匠は約80である点、(b)腕時計本体の左右の畝状体の形状が異なる点、(c)時刻表示部の上下の畝状体の数及び形状が異なる点、(d)バンドの畝状体の長さと幅の関係が異なる点についても、両意匠の顕著な差異であり、これに審決が認定する差異点(イ)~(ホ)(審決書4頁10行目~末行)を総合すると、以上の諸点は本願意匠と引用意匠の審美性ないしその類否の判断に影響を及ぼす大きな差異というべきである。
すなわち、本願意匠においては、バンドの中に時計本体が小さく埋め込まれた外観で、看者にフェミニンでエレガントな感じを与えるのに対し、引用意匠においては、時計本体を大きくくっきり表した外観で、看者に男性的で無骨な感じを与える。さらに、本願意匠は、腕時計というよりは、時刻表示部付きのブレスレットのような外観であるのに対し、引用意匠はいかにも腕時計然としている。一般に、腕時計においては、全体が小さいことから、時刻表示部を見やすくするため大きくする傾向があるが、本願意匠ではかなり小さく、ざん新な意匠である。
以上のような両意匠の大きな差異からすると、両者は類似しないというべきであって、審決の判断は誤りである。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(共通点の認定誤りと差異点の看過)について
(1) 腕時計本体について
① 腕時計本体の左右の畝状体について
原告は、引用意匠の時刻表示部の両側部が腕時計本体の左右の畝状体内側腹部にかなり食い込んでいると主張するが、それは左右の畝状体の内側縁部の中央ほぼ3分の2をわずかに侵食した程度のものであり、また、左右の畝状体が凸弧面状であり、その侵食部分は片方の縁の裾に当たる部分であることを勘案すると、審決の「上方視で長円形」との認定に包摂され得る程度のものであって、審決に誤りはない。
また、原告は、引用意匠は横断面を示していないので横断面形状は不明であると主張するが、引用意匠は写真版で示されているので、横断面図がなくとも、横断面がほぼ半円状であることは十分認識することができる。
② 時刻表示部の上下の畝状体について
原告は、まず、時刻表示部の上下の畝状体の数の相違を主張するが、その点は、審決が差異点(イ)(審決書4頁10行目~12行目)として認定しており、差異点の看過とはいえない。
次に、原告は、時刻表示部の上下の畝状体の高さに関する審決の認定の誤りを主張するが、この点に関して原告が主張する差異点は、腕時計本体の左右の畝状体が長いか短いかにより生ずる差異であり、審決はこれを差異点(ロ)として、「腕時計本体部の左右畝状体について、引用意匠の方がかなり長い点」(同4頁12行目~13行目)を摘示しているから、差異点の看過はない。
③ 時刻表示部について
原告は、時刻表示部の縦横比の相違について主張するが、本願意匠でも引用意匠でも縦長方形状であることに変わりはなく、その縦横比率の差異については、審決は差異点(ハ)として、「時刻表示部の方形輪郭形状につき、引用意匠の方が縦長である点」(審決書4頁14行目~15行目)を摘示しており、審決の認定に何ら誤りはない。
(2) バンドについて
原告は、本願意匠と引用意匠の畝状体の幅と長さの関係の相違について主張するが、意匠における類否判断は、意匠を視覚的にとらえ、そこから生ずる美観を感受し評価するものであるから、多数の畝状体が連結され、バンド全体の美観を構成している本件の場合に、個々の畝状体の幅と長さの関係について具体的な数値による対比を行う必要はなく、審決がバンド部の畝状体につき「上方視の長さが幅の略2倍」(審決書3頁19行目)と認定したことに誤りはないというべきである。
(3) 時刻表示部とバンドの幅の比率について
原告は、バンドの幅に対する時刻表示部の幅の比率の相違について主張するが、審決は、差異点(イ)として「畝の本数につき、本願意匠が全部で5本であるのに対して、引用意匠は全部で7本である点」(審決書4頁10行目~12行目)を摘示するとともに、差異点の評価において、「(イ)の点は、全体に幅広状のものと稍幅狭状のものとの差異感をもたらすものである」(同6頁6行目~8行目)とし、その差異点に言及しており、審決には差異点を看過した誤りはない。
2 取消事由2(類否の判断の誤り)について
(1) 原告は、本願意匠と引用意匠の類否の判断において、その差異点の与える影響が大きい旨主張するが、両意匠は、まず、腕時計本体について共通点(2)(審決書3頁7行目~18行目)があり、バンドについて共通点(3)(同3頁18行目~4頁2行目)があるところ、上方視長円形畝状体を左右互い違いに数列並べた畝状体のベルトのバンドを付けた腕時計の先行意匠(乙第2号証の3の番号7、8の腕時計)、腕時計本体がベルト体に埋め込まれた先行意匠(乙第1号証の3の番号1、2の腕時計、乙第4号証の2の下欄中央のSWZZ002の腕時計)等を参酌すれば、両意匠の特筆すべき共通点は、腕時計本体自体及びバンド自体の形態の共通点もさることながら、腕時計本体とバンドの取付態様にもあるというべきである。すなわち、全体が、上方視長円形の畝状体を左右互い違いに数列並べたベルト体の上下中央部に、縦長方形窓状の時刻表示部を設けた基本的構成態様のものであること、そして、その具体的構成態様において、特に、腕時計本体とベルトとの取付態様について、時刻表示部の両側にバンド部の畝状体とその上下方をほぼ同形とする畝状体を形成してバンド部に連続させ、また、時刻表示部の上下辺からバンド部に向けてバンド部の畝状体とほぼ同形の畝状体を延設し、バンド部と腕時計本体を一体的に連続させて取り付けたものであり、さらに、腕時計本体から延びる畝状体について、背高のものと低いものとをバンド部と同様に交互に形成し、バンド部の畝状体と融合させて形成している点が近似している。
これに対し、原告の主張する差異点(a)及び(c)は審決の認定する差異点(イ)に帰結するものであり、同(b)及び(d)については、それぞれ上記1(1)①、(2)で反論したとおりである。そして、差異点(イ)(畝の本数の相違)は、この主の物品のベルト部において、畝状体を5本とするものも7本とするものもごく一般的であり、創作のバリエーションの範囲に属するものである。次に、差異点(ロ)(腕時計本体の左右畝状体の長さの差異)は、本願意匠が畝状体を5本としたことによって、背高のものと低いものとの順序が替わり、その結果として、本願意匠の左右の畝状体は、長さの短いものになったのであって、また、この畝状体はバンド部の畝状体と融合させて形成しているため目立たず、この差異が類否判断に及ぼす影響は軽微である。また、差異点(ハ)(時刻表示部の形状の相違)は、引用意匠が際立って長方形であるとの印象はなく、本願意匠もやや縦長の長方形であることに変わりはないからその差異はさほど目立たず、差異点(ニ)(時刻表示部の線模様の差異)は、両意匠ともにごくありふれた態様のものにすぎず、差異点(ホ)(時刻表示部の時刻表示の差異)につき、本願意匠がローマ数字及び点で時刻を表示している点に特徴がなく、差異点(ヘ)(バンドの留め具の差異)の点については、引用意匠においても留め具が設けられていると推認されるところであって、全体から見ればさほど重要視されない部位の差異にとどまるものである。
以上のとおり、審決の類否の判断に誤りはないというべきである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(共通点の認定誤りと差異点の看過)について
(1) 腕時計本体について
① 腕時計本体の左右の畝状体について
原告は、本願意匠と引用意匠の腕時計本体の左右の畝状体の構成の相違を主張するところ、確かに、両意匠を子細に対比した場合、引用意匠では時刻表示部の両側部が同畝状体の内側に若干食い込んだ形態となっている点で本願意匠と異なり、かつ、審決はその旨を明示的に摘示していないが、時刻表示部が左右の畝状体を覆い隠すような態様ではなく、「上方視が細長棒状の長円形・・・の畝状体2本を間隔を置いて左右に配し、その上下に同長の余地を設けてその間に縦長方形状の時刻表示部を配し」(審決書3頁8行目~11行目)との共通点の認定に包摂される程度の軽微な差異にすぎないというべきであって、両意匠の類否の判断に影響を及ぼすような差異点とまでは認められないから、これをとりたてて摘示しなかったことが誤りであるとはいえない。
また、原告は、引用意匠における上記畝状体の横断面の形状は不明であると主張するが、引用意匠は写真版として示されているため、横断面図がなくとも、陰影等によりその横断面がほぼ半円状であることは容易に認識することができるから、原告の上記主張も理由がない。
② 時刻表示部の上下の畝状体について
原告は、時刻表示部の上下の畝状体に関して、まずその数の相違を主張するが、この点は、審決が差異点(イ)として摘示して検討しているところであって、差異点の看過ということはできない。
次に、原告は、上記畝状体の背高部分と低い部分との組合せの構成について審決の認定の誤りを主張する。しかし、時刻表示部の上下及び左右の畝状体の組合せについては、背高の畝状体と低い畝状体を互い違いに組み合せて構成している点で両意匠は共通しており、時刻表示部上下の畝状体の形態に関して、看者の目をひくのは、この共通点の部分であって、背高でない畝状体の高さが左右の畝状体と同高であるかどうかという点は、このような両意匠の共通部分に包摂され、看者においてほとんど意識されないところというべきである。しかも、この差異点は、本願意匠と引用意匠の畝の本数の相違に由来するものであるから、この点について審決が差異点(イ)を摘示している以上、これと別に上記差異点を摘示しなかったとしても、差異点の看過ということはできない。
③ 時刻表示部について
原告は、本願意匠の時刻表示部は長方形というより正方形に近いものであって、顕著に長方形である引用意匠とは異なる旨主張するが、本願意匠の時刻表示部が縦長方形であることは明らかであって、その点で引用意匠と共通するとした審決の認定に誤りはない。なお、時刻表示部の縦横比率については、審決は差異点(ハ)として明示しているところであるから、差異点の看過ということもできない。
(2) バンドについて
原告は、バンドの畝状体の長さと幅の比率の差異について主張するが、両意匠のバンドは、多数の同形の畝状体が互い違いに連結されてバンド全体の美観を構成しているものであって、個々の畝状体の形態それ自体によって美観が構成されるものとはいい難いのであるから、その長さと幅の比率について厳密な対比を行うことなく、「上方視の長さが幅の略2倍」(審決書3頁19行目)であるとした審決の認定に誤りはないというべきであるし、上記畝状体の幅と長さの比率がおおむね1対2といい得る範囲にあると認められることからしても、それ以上の厳密な比較に基づく微細な差異は、本願意匠と引用意匠との全体的な類否の判断に影響を及ぼすようなものではないというべきである。
(3) 時刻表示部とバンドの幅の比率について
原告は、バンドの幅を100とした場合の時刻表示部の幅が本願意匠で約60であるのに対し引用意匠では約80であると主張するが、審決は、差異点(イ)(畝の本数の相違)に関して、「(イ)の点は、全体に幅広状のものと稍幅狭状のものとの差異感をもたらすものである」(審決書6頁6行目~8行目)として言及しており、原告の主張する上記差異点について、審決は判断しているということができるから、この点について差異点の看過をいう原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(類否の判断の誤り)について
(1) まず、原告が主張する差異点(a)~(d)については、審決が差異点として現に摘示しているか、又は本願意匠と引用意匠との全体的な類否の判断に影響を及ぼすようなものでないことは、上記1のとおりであるから、以下、審決の認定する共通点及び差異点に基づいて検討する。
(2) まず、両意匠の要部について検討するに、後述するようなこの種の腕時計の先行意匠にも照らすと、本願意匠と引用意匠とは、長円形畝状体を左右互い違いに数列並べたベルト体の中央部に縦長方形窓状の時刻表示部を設けた点(共通点(1))が、両意匠の形態全体の基調を決定づける特異な態様というべきであって、これに加えて、腕時計本体とバンド部との取付態様において、時刻表示部の左右及び上下の畝状体をバンド部の畝状体と連続、融合させて形成している点(共通点(2)、(3))に顕著な特徴があり、以上が相まって、両意匠の構成中、看者の最も注意をひく要部を成すものと認められる。
すなわち、長円形畝状体を左右互い違いに数列並べてベルト体を構成する先行意匠としては、平成3年11月30日社団法人日本時計輸入協会発行の「’92輸入時計総合カタログ」(乙第2号証の3)に掲載された番号7、8の腕時計があるが、その時刻表示部は円形で、しかもバンドの両側に大きくはみ出す形態であって、ベルト体の中央部に縦長方形窓状の時刻表示部を設けた本願意匠及び引用意匠とは、その受ける印象が全く異なるものである。また、腕時計本体がベルト体に埋め込まれた形態の先行意匠としては、平成元年11月30日社団法人日本時計輸入協会発行の「’90輸入時計総合カタログ」(乙第1号証の3)に掲載された番号1、2の腕時計、特許庁が平成2年9月に受け入れた株式会社服部セイコー発行の「SEIKO WATCH CATALOGUE 1990VOL.1」(乙第4号証の2)に掲載された型番SWZZ002の腕時計等がある。しかしながら、前者のバンドはほぼ正方形の板状体を方眼状に並べて形成しているものであって、左右互い違いに並べた畝状体が腕時計本体からバンド部にかけて連続的に形成されている本願意匠及び引用意匠とは全く異なる美感を生ずるものであるし、後者については、奇数の数の列の上方視縦長方形ないしほぼ正方形の畝状体を左右互い違いに配するとともに、腕時計本体の時刻表示部の左右、上下の畝状体とバンドの畝状体を連続的に形成している点において、両意匠との共通点が認められるが、畝状体は3列で、しかも中央列が両側の列よりも顕著に幅広(時刻表示部の幅よりわずかに狭い程度)となっているため、畝状体が5列ないし7列で各畝状体が同幅である本願意匠及び引用意匠とは、その全体から受ける印象が顕著に異なっている。
これらの先行意匠を参酌すると、上記の共通点(1)~(3)の構成は、独創性の高い形態として看者の目をひく要部であるというべきである。
(3) これに対し、甲第9号証(スイスの時計製造・マイクロ技術者【I】及び 【J】の2000年7月10日付け意見書)は、引用意匠が時計業界で広く用いられている古典的モデルであるのに対し、本願意匠は際立って独創的な特徴を持っているとし、その理由として、引用意匠では、長方形のケース(時刻表示部)に広い文字盤がついており、その側部は金属製バンドの止め具を支えるつまみまで延びており、7列の「米粒」タイプの金属製バンドが付いているのに対し、本願意匠の特徴は正方形(ないし若干長方形)のケース(時刻表示部)にあり、その側面のドーム型の2つの丸ひだ装飾は金属製バンドを止めるつまみまで延びておらず、5列の「コーヒー豆」タイプの金属製バンドが付いている旨を指摘する。
しかし、時刻表示部の形状の相違(差異点(ハ))については、引用意匠の時刻表示部も際立って縦に長い長方形ではなく、他方、本願意匠の時刻表示部も長方形であることに変わりはなく、両意匠の類似性について、前述したような両意匠の要部の類似性を上回るような強い影響を及ぼす差異とは認められない。次に、時刻表示部の側部(時刻表示部の左右畝状体)がバンドの止め具を支えるつまみまで延びているかどうかという点は、原告の前記第3の1(1)②の主張と同趣旨のものと解されるところ、この点については、前記1(1)②で述べたとおり、両意匠の共通点に包摂されてしまう程度のものにすぎないというべきである。また、バンドの畝状体が「米粒」タイプか、「コーヒー豆」タイプかという点は、その縦横比率の相違をいう趣旨と理解されるところ、これが本願意匠と引用意匠との全体的な類否の判断に影響を及ぼすようなものではないことは前述したとおりである。さらに、畝の列の数の差異(差異点(イ))については、本願意匠のようにこれを5列とするか、引用意匠のように7列とするかということは、先行意匠に照らして、ありふれたバリエーションにすぎないものと認められ(例えば、乙2号証の3の番号7と8の関係など)、その差異がもたらす美的印象の相違はさほど大きなものとは認められない。なお、上記意見書が、先行意匠に照らして引用意匠が広く用いられている古典的なモデルにすぎないという点は、その引用に係る先行意匠に照らして、根拠がないというべきである。
(4) 以上に検討した以外の差異点(差異点(ロ)、(ニ)、(ホ))については、いずれも意匠の細部にわたる差異にすぎず、両意匠の強い類似性の中に埋没してしまう程度のものというべきであって、この点に関する審決の認定判断に誤りはない。
なお、原告は、本願意匠がフェミニンでエレガントな感じを与え、腕時計というよりは時刻表示部付きのブレスレットのような外観であるのに対し、引用意匠は男性的で無骨な感じを与え、いかにも腕時計然としている旨主張するが、前述のような両意匠の強い類似性を上回るような強い印象の相違とまでは認められず、上記の認定判断を左右するものとはいえない。
よって、原告主張の取消事由2も理由がない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理申立てのための付加期間の指定につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)
<以下省略>