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東京高等裁判所 平成12年(行コ)245号 判決 2001年4月26日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの連帯負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

(1)  主位的申立て

ア 原判決を取り消す。

イ 本件を浦和地方裁判所に差し戻す。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

(2)  予備的申立て

ア 原判決を取り消す。

イ(ア) 被控訴人鹿島建設株式会社、同株式会社間組及び同株式会社株木建設は,埼玉県に対し,連帯して,12億3420万円及びこれに対する起訴送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(イ) 被控訴人株式会社熊谷組及び同前田建設工業株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,8503万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ウ) 被控訴人西武建設株式会社は,埼玉県に対し,1億7435万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(エ) 被控訴人戸田建設株式会社は,埼玉県に対し,2億4090万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(オ) 被控訴人佐藤工業株式会社は,埼玉県に対し,2億5135万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(カ) 被控訴人飛島建設株式会社,同鹿島建設株式会社,同株式会社フジタ及び同戸田建設株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,1億1583万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(キ) 被控訴人前田建設工業株式会社は,埼玉県に対し,2億6312万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ク) 被控訴人三井建設株式会社は,埼玉県に対し,1億7380万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ケ) 被控訴人大豊建設株式会社は,埼玉県に対し,1億4993万円及び、これに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(コ) 被控訴人大成建設株式会社は,埼玉県に対し,1億5994万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(サ) 被控訴人西武建設株式会社は,埼玉県に

対し,2億2330万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(シ) 被控訴人飛島建設株式会社は,埼玉県に対し,1億6203万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ス) 被控訴人株式会社フジタ及び同日産建設株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,1億7545万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(セ) 被控訴人住友建設株式会社は,埼玉県に対し,1億4685万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ソ) 被控訴人株式会青木建設及び同古久根建設株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,1億4685万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(タ) 被控訴人清水建設株式会社及び同株式会社竹中土木は,埼玉県に対し,連帯して,1億6335万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(チ) 被控訴人五洋建設株式会社は,埼玉県に対し,1億7985万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(ツ) 被控訴人株式会社大林組及び同佐伯建設株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,2億0834万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(テ) 被控訴人西松建設株式会社,同佐田建設株式会社及び同若築建設株式会社は,埼玉県に対し,連帯して,1億7985万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

エ 仮執行の宣言

2  被控訴人ら

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件は,埼玉県において,指名競争入札の方法により発注する工事につき,被控訴人らが談合して落札者及び落札価格を調整し,特定の被控訴人又は被控訴人らからなる共同企業体(JV)に落札させたことにより,少なくとも落札価格の10パーセントに相当する損害を被ったが,当該損害について賠償請求を怠っているとして,控訴人らが,地方自治法242条の2第1項4号後段に基づき,埼玉県に代位して,被控訴人らに対し,上記損害金及びその10パーセントに相当する弁護士費用並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めた事件である。

2  請求原因及び本案前の抗弁に関する当事者の主張

次のとおり訂正,付加するほか,原判決7頁2行目から29頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決7頁9行目,9頁9行目,10行目,11行目に各「共同体」とあるのをいずれも「共同企業体」と改める。

(2)  原判決10頁1行目,29頁2行目に各「地方公共団体」とあるのをいずれも「普通地方公共団体」と,8,9行目,11行目に各「同意審決」とあるのをいずれも「勧告審決」とそれぞれ改める。

(3)  原判決11頁1行目に「二か月ないし三か月」とあるのを「2か月又は3か月」と改める。

(4)  原判決20頁2,3行目に「工事の」とあるのを「指名競争入札手続及び本件請負契約の」と,同5行目,22頁8行目,23頁1行目に各「当該行為」とあるのをいずれも「違法又は不当な本件請負契約」とそれぞれ改める。

(5)  原判決23頁9行目に「監査請求の対象は、」とあるのを「監査請求は、」と,10行目に「当該行為」とあるのを「その対象とする財務会計上の行為」とそれぞれ改める。

(6)  原判決25頁2行目に「当該行為」とあるのを「違法又は不当な本件請負契約」と改める。

(7)  原判決26頁11行目に「当該職員の」とあるのを「財務会計上の行為を行う普通地方公共団体の長,職員等(以下「財務会計職員」という。)の」と,同27頁2行目,5行目,6行目に各「当該職員」とあるのをいずれも「財務会計職員」と改める。

3  当審における控訴人らの主張

(1)  法242条2項本文の適用について

ア 法242条1項所定の違法,不当な財務会計上の行為とは、当該財務会計上の行為を行う財務会計職員に違法,不当な行為がある場合のみを指し,特定の財務会計上の行為(例えば契約)がその相手方の詐欺等によって違法性,不当性を帯びたとしても,当該財務会計上の行為を行った財務会計職員に違法,不当な行為がない限り,法242条1項にいう違法,不当な財務会計上の行為にならない(まして,本件の場合,控訴人らが本件監査請求の対象とした損害賠償請求権は,本件請負契約の直接の相手方業者のみの行為によるものではなく,入札に参加した全業者の談合によるものであるから,埼玉県の財務会計職員の行為とはかかわりがない。)。

換言すると,普通地方公共団体の財務会計職員の行為の違法,不当(内部関係における違法,不当)と,その相手方の行為の違法,不当(外部関係における違法,不当)とは別のものであり,法242条1項が規定する違法,不当な財務会計上の行為は,前者の場合をいう。そして,後者の場合には,相手方の違法,不当な行為により普通地方公共団体が実体法上の請求権を取得したにもかかわらず,これを適切に行使しなかったときに,法242条1項所定の「怠る事実」があるものとして,これを監査請求の対象とすべきものである。したがって,たとえ財務会計上の行為に違法,不当なところがあったとしても,財務会計職員に違法,不当な行為がない場合には,それに対する監査請求は,常に「怠る事実」に対するものとなる。

本件の場合,被控訴人らが談合(共同不法行為)を行い,埼玉県との間で本件請負契約を締結したが,財務会計職員は,本件請負契約の締結について何ら違法,不当な行為をしていない。したがって,埼玉県知事が,被控訴人らの談合(共同不法行為)を知りながら,被控訴人らに対し損害賠償の請求等をしないでこれを放置することによって初めて違法,不当な財産の管理を「怠る事実」があったこととなり,住民は,これについて監査請求をすることが可能となる。

イ そもそも住民訴訟の制度の意義は,財務会計上の違法な行為又は怠る事実の適否ないしその是正の要否について普通地方公共団体の判断と住民の判断とが相反し対立する場合に,住民が自らの手により違法の防止又は是正を図ることができる点にある(最高裁昭和53年3月30日判決・判時884号22頁)。そして,このことは,監査請求の制度が住民訴訟の制度の前提であることにかんがみると,監査請求についても当てはまる。

そして,財務会計職員に違法,不当な行為がある場合には,直ちに普通地方公共団体の判断と住民の判断とが相反することが明らかとなるので,当該行為のあった日から監査請求の期間が起算される。

他方,財務会計上の行為の相手方に違法、不当な行為があり,普通地方公共団体が,実体法上の請求権を取得した場合には,その自律的な損害の回復措置が期待され,普通地方公共団体が明示又は黙示にその実体法上の請求権を行使しないときに初めて,普通地方公共団体の判断と住民との判断が相反することになる。したがって,住民は,この時からその実体法上の請求権の不行使について財産の管理を「怠る事実」として監査請求の対象とすることができることとなるから,このような「怠る事実」については,当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日から監査請求の期間が起算されることはない。

ウ 財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を「怠る事実」とする監査請求において,同請求権がその財務会計上の行為のされた時点では未だ発生しておらず,又はこれを行使することができない場合には,同請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準として,法242条2項の規定を適用すべきである(最高裁平成9年1月28日判決・民集51巻1号287頁)ところ,上記の実体法上の請求権を「行使できない場合」とは,その行使が法律上不可能な場合のほか,事実上不可能な場合も含まれる。

本件の場合,埼玉県が本件請負契約が本件談合に基づいて締結されたことを認識し,又は認識することができる状態にならなければ,本件請負契約の違法,無効により生じた損害賠償請求権を行使することができないから,この段階では未だ上記請求権の不行使が違法,不当であるということはできず,したがって,監査請求の期間の起算日も到来しない。

(2)  法242条2項ただし書の適用について

ア 本件監査請求は,法242条2項ただし書にいう「正当な理由」を具備しているから,適法である。

すなわち,法242条2項ただし書にいう「正当な理由」の有無は,①当該財務会計上の行為が,住民に隠れて秘密裡にされたか,②普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該財務会計上の行為を知ることができたか,③当該財務会計上の行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかによって判断される(最高裁昭和63年4月22日・裁判集154号57頁)が,本件監査請求は,以下のとおり,上記の基準をいずれも充足している。

イ①の基準について

本件請負契約自体は秘密裡にされたものではないが,本件請負契約を違法,不当とする本件談合は住民に隠れて秘密裡にされた。

② の基準について

被控訴人らは,控訴人らにおいて遅くとも平成4年1月31日には埼玉県が本件談合によって被った損害の賠償請求を怠っていることを知ることができたと主張する。

しかし,上記の時点においては,一部の新聞に本件談合にかかわった幹事会社名や入札参加業者らの利害の調整手続等の概要が報道されたにとどまり,公正引委員会による発表はなかったこと,入札参加業者らはいずれも公式の場で談合の事実を明確に否定していたほか,埼玉県住宅都市部長が埼玉県議会に談合の事実はない旨の報告をし,埼玉県議会も,平成3年8月の臨時県議会において,公正取引委員会の立入以前に入札に付された案件を全部承認していた状況に照らせば,住民である控訴人らが,上記の時点において,相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて本件請負契約が本件談合に基づいて締結されたことを知ることができたとは到底いえない。

控訴人ら住民は,まず公正取引委員会が平成4年5月15日に排除勧告(独占禁止法48条2項)をした旨の報道に接して,本件談合に係る請負工事の内容(埼玉県が昭和63年以降に指名競争入札の方法により発注する土木一式工事),発注機関,入札期日を知り,次いで被控訴人らが排除勧告を応諾し,公正取引委員会が平成4年6月3日に勧告審決(独占禁止法48条4項)をしたことによって,被控訴人らが本件談合をしたことを知ったが,それまでは漫然と埼玉県内の公共工事に関して談合の疑惑がある旨の報道がされていただけであり,他に本件談合に関する情報は一切存在しなかった。

したがって,控訴人らが客観的に本件請負契約が本件談合に基づいて締結されたことを知ることができたのは,勧告審決がされた平成4年6月3日(早くとも排除勧告がされた同年5月15日)である。ちなみに,控訴人らが本件談合にかかる具体的な工事名を知ったのは,それより遅く,公正取引委員会が同年9月18日に課徴金納付命令を発した後であった。

③ の基準について

住民が財産の管理を「怠る事実」について監査請求をするためには,当該財産の管理を怠ることが客観的に違法,不当でなければならない。そして,当該財産の管理を怠ることが違法,不当であるためには,まず普通地方公共団体が当該財産,すなわち,損害賠償請求権を行使することが可能であるのにあえてこれを怠っていなければならない。

本件の場合,上記平成4年1月31日の時点では,埼玉県は,そもそも談合された工事を特定することすらできなかったから,本件損害賠償請求権を行使することも客観的に期待することができなかったし,住民である控訴人らもその不行使について監査請求をすることができなかった。埼玉県が本件損害賠償請求権を行使することができた時期は,勧告審決がされた同年6月3日(早くとも排除勧告がされた同年5月15日)であり,控訴人ら住民が本件請負契約が本件談合に基づいて締結されたことを知ることができた時期も同じ日である。

そして,本件監査請求は,勧告審決の日から22日(排除勧告の日からでも41日)という相当の期間内にされているから,法242条2項ただし書にいう「正当な理由」がある。

3  当審における被控訴人らの主張

(1)  法242条2項本文の適用について

ア 監査請求の制度は,違法,不当な公金の支出,財産の管理若しくは処分等を予防し,又はそれらの是正を図り,住民全体の利益の擁護を目的とする制度であり,当該財務会計職員に対する責任追及を目的とする制度ではないから,法242条1項にいう財務会計上の行為の違法性,不当性は,当該財務会計職員の責任の有無とはかかわりなく,客観的に決せられる。

換言すると,法242条1項にいう違法,不当な財務会計上の行為とは,財務会計職員が違法,不当な行為をした結果生ずるものに限られず,広く違法,不当な財務会計上の行為一般をいう。したがって,行政法規に違反する場合だけでなく,刑事法,民事法に違反する場合はもちろん,公序良俗違反,信義則違反,権利濫用,裁量権の濫用がある場合も当該財務会計上の行為は違法,不当となるし,財務会計職員が当該財務会計上の行為の違法性,不当性を知っているか否かはその違法性、不当性の有無とかかわりをもたない。

これらのことは,法242条2項本文が,監査請求をすることができる期間を当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日から1年に制限することにより,普通地方公共団体の財政の健全化と財務会計上の行為の法的安定性との調和を図っていることによっても明らかである。

イ 控訴人らは,本件監査請求の対象は本件談合に基づく損害賠償請求権の不行使であると主張する。しかし,本件談合が行われただけでは,埼玉県に損害は発生しておらず,埼玉県は損害賠償請求権を取得しない。埼玉県に損害が発生し,埼玉県が損害賠償請求権を取得するのは,本件談合に基づいた違法な入札価格によって本件請負契約が締結されたときである。すなわち,本件損害賠償請求権は,本件請負契約が違法であるからこそ発生したものであり,違法な本件請負契約についての監査請求とその損害賠償請求権の行使を怠る事実についての監査請求とは表裏の関係にあるから,法242条2項本文の監査請求の期間は本件請負契約の締結日から起算される。

ウ また,最高裁平成9年1月28日判決がいう「実体法上の請求権(中略)を行使することができない場合」とは,法律上実体法上の請求権を行使することができない場合をいい,事実上これを行使することができない場合を含まない。そして,本件損害賠償請求権については,法律上これを行使することができない事情はないから,これに対する監査請求期間の起算日は本件請負契約の締結日である。

エ なお,控訴人らが主張するように,財務会計職員に違法,不当な行為がないときはすべて財産の管理を「怠る事実」として監査請求をしなければならないとすると,特定の財務会計上の行為の違法,不当について,住民が財務会計職員の違法,不当な行為を主張して「当該行為」と構成するか,相手方の違法,不当な行為を主張して財産の管理を「怠る事実」と構成するかによって,その監査請求の起算日が異なることとなるが,この結論は不合理である。

(2)  法242条2項ただし書の適用について

ア 最高裁昭和63年4月22日判決は,普通地方公共団体の財務会計上の行為がその住民に隠れて秘密裡にされた場合には,法242条2項ただし書の適用があるとしているが,この「住民に隠れて秘密裡にされた」かどうかは,当該行為自体が「住民に隠れて秘密裡にされた」かどうかによって決すべきものであって,当該行為を違法不当とする事情(本件の場合は,本件談合)が「住民に隠れて秘密裡にされた」かどうかによって決すべきものではない。なぜならば,上記のように考えないと,一般の住民からみてなんら問題のない財務会計上の行為について,特定の一部の住民のみが特別な違法不当な事情があると考えて監査請求をすれば,その監査請求は、適法な監査請求とされ,結局,当該行為の法的安定性を損なうことになるからである。

イ 監査請求は,普通地方公共団体の住民が,監査委員に対し,監査の端緒を提供し,その職権の発動を促す点に特色があり,実際に,監査委員は,監査請求の対象とされた財務会計上の行為について監査する際,住民が対象とした行為以外の行為についても監査をすることが可能であることに照らすと,住民が監査請求をする場合における当該財務会計上の行為の違法性,不当性は,単なる風評程度のものでは足りないとしても,確定的なものである必要はなく,新聞報道等によって客観的な疑いがある程度で足りる。

本件の場合,本件請負契約の締結は,埼玉県議会の承認を得るなどして公然と行われており,秘密裡に行われたものではない。そして,本件請負契約や本件談合については,埼玉県議会において問題とされたり,「埼玉県議会だより」,平成3年5月31日以降の新聞等により多数の広報活動,報道がされたから,控訴人らは,遅くとも平成4年1月31日までに,本件請負契約の違法性,不当性を知ることができたし,これらの情報に基づき情報の公開請求をするなどして,対象業者,対象工事の特定をすることもできた。

しかるに,本件監査請求は,平成4年1月31日から約5か月を経過した同年6月25日にされたから,控訴人ら住民が当該財務会計上の行為を知ることができたと解される時から相当な期間内にされたということはできない。

第3当裁判所の判断

1  争いのない前提事実

当事者,本件請負契約の締結,本件損害賠償請求権の不行使,本件監査請求の事実(引用に係る原判決7頁3行目から11行目まで,13頁2行目から11行目まで)は,当事者間に争いがない。

2  監査請求期間の徒過の有無について

(1)  上記争いのない事実によれば,控訴人らは,本件請負契約の締結日から1年を経過した後に本件監査請求をしているから,本件監査請求は,法242条2項本文所定の監査請求の期間を経過した後にされたものであることが明らかである。

(2)  なるほど,証拠(甲3,乙1の5)によれば,本件監査請求は,概ね,①被控訴人鹿島建設ら66社が,「土曜会」と称する会合をもち,埼玉県発注の土木工事受注予定者を決定し,当該受注予定者が希望金額で受注できるよう全面的に協力していた,②上記66社は,昭和63年4月から平成3年6月までの間,埼玉県発注の63件の工事請負代金総額810億円の工事について談合を行い,不当に高額な価格での受注及びその工事代金を受け取った,③上記66社の行為は,独占禁止法2条6項の「不当な取引制限」に該当し,同法3条に違反する,④埼玉県と上記66社各社との間で締結した63件の工事代金総額810億円の各工事請負契約は,無効である,⑤上記66社は,埼玉県に対し,不法行為若しくは不当利得により,競争入札による適正な工事代金と請負代金との差額を賠償若しくは返還する責任がある,⑥上記66社に資料を提供して談合に協力し,本件請負契約の執行をした職員は,埼玉県に不当な損害を与えていることを理由として,ア埼玉県が昭和63年4月から平成3年6月までの間に被控訴人らを含む66社に発注した工事請負契約が違法,無効であって,その代金を支払う理由のないことを確認し,代金の支払を差し止める,イ上記66社に対し,談合の結果不当につり上げられた63件の工事代金と適正な工事代金との差額分を請求又は賠償させる,ウ談合による高額な請負契約の執行を許可し,埼玉県に損害を与えた知事,出納長,土木部長,担当職員に損害賠償をさせるために必要な措置を講ずることを請求したことが認められる。

上記認定事実によると,本件監査請求は,埼玉県において,本件談合に基づく入札を経て,特定の被控訴人又は被控訴人らからなる共同企業体と本件請負契約を締結したが,本件請負契約が違法,無効であり,これによって適正な工事代金との差額相当の損害を被ったのに,その損害賠償請求権(本件損害賠償請求権)の行使をしないことをもって,法242条1項の「怠る事実」に該当するとして,その損害を補填するために必要な措置を講ずることを請求する趣旨を含み,本訴は,本件損害賠償請求権の行使を「怠る事実」に係る訴訟である。

しかして,埼玉県は,本件談合が行われたこと自体によって本件損害賠償請求権を取得するのではなく,本件談合によって正常な入札価格を上回る価格で本件請負契約を締結し,その請負代金を支払う義務を負担することによって本件損害賠償請求権を取得する。そうすると,本件損害賠償請求権の行使を「怠る事実」があるか否かを監査する前提として,本件請負契約が違法であるか否かを問題とせざるを得ないし,本件請負契約が違法であるとされて初めて本件損害賠償請求権の行使を「怠る事実」の違法が問題となるから,本件請負契約の監査請求と本件損害賠償請求権の行使を「怠る事実」の監査請求とは実質的に同じものであり,前者についての監査請求の起算日も後者の監査請求の起算日も本件請負契約の締結日と解すべきである。そして,このように解さなければ,法242条2項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるといわなければならない(最高裁昭和62年2月20旧判決・民集41巻1号122頁参照)。

以上によれば,本件監査請求が,「怠る事実」にかかるものであるからといって,法242条2項本文所定の監査請求の期間を経過した後にされたものでないということはできない。

(3)  控訴人らの主張について

ア 原審における主張(引用に係る原判決25頁10行目から27頁11行目まで)について

次のとおり訂正するほか,原判決33頁10行目の「法が」から35頁1行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(ア) 原判決33頁10行目の「法が」から34頁3行目の「あるというべきであるから、」までを「監査請求の制度の目的が個々の財務会計職員の責任を追及することにあるのではなく,普通地方公共団体の財政の適正な運営を確保し,住民全体の利益を擁護することにあるから,」と改める。

(イ) 原判決34頁3行目,4行目,10行目に各「地方公共団体」とあるのをいずれも「普通地方公共団体」と改める。

イ 当審における主張アについて

控訴人らは,法242条1項所定の違法,不当な財務会計上の行為とは,財務会計職員に違法,不当な行為(内部関係における違法,不当)がある場合を指し,普通地方公共団体の相手方に違法,不当な行為(外部関係における違法,不当)があるのみの場合を含まず,後者の場合には,普通地方公共団体が取得した実体法上の請求権を適切に行使しないことが違法,不当な状態になったときに同項所定の違法,不当な財産の管理を「怠る事実」があるものとして監査請求することができる旨主張する。

しかし,財務会計上の行為が違法,不当とされるのは,財務会計職員が違法,不当な行為をした場合に限られるとする根拠はない。むしろ,①法242条1項は,「当該普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員について,違法若しくは不当な公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(中略)と認めるとき,又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実(中略)があると認めるとき」と規定し,その文理上これらの「違法若しくは不当な」財務会計上の行為について控訴人らが主張するような限定をしていないし,②実質的に考えても,監査請求は,普通地方公共団体の財政の腐敗防止を図り,住民全体の利益を確保する制度であり,しかも監査請求を前置手続とする住民訴訟においては,明文をもって,「当該行為又は怠る事実」に係る相手方に対し損害賠償の請求をすることができることを規定していること等にかんがみると,違法又は不当な財務会計上の行為があれば,住民がこれについてすべて監査請求をすることができるのは当然であって,控訴人らが主張するように,財務会計職員が違法,不当な行為をした場合と「当該行為若しくは怠る事実」に係る相手方が違法,不当な行為をした場合とを区別して考える理由はない。控訴人らの上記主張は,採用することができない。

なお,控訴人らは,本件損害賠償請求権は本件談合に基づくものであり,その不行使の状態は,本件請負契約の直接の相手方業者だけに係るものではなく,入札に参加した企業者に係るものであるから,本件請負契約の違法と表裏の関係にはない旨主張する。

しかし,たとえ控訴人の主張するような事実が認められるとしても,これをもって上記(2)に認定説示したことが左右されるものではないから,控訴人らの上記主張も採用することができない。

ウ 当審における主張イについて

控訴人らは,財務会計上の行為の相手方に違法,不当な行為があって,普通地方公共団体が実体法上の請求権を取得した場合には,当該普通地方公共団体が同請求権を行使しないときに住民との判断が相反することになり,この段階に至って初めて住民は,「怠る事実」として監査請求をすることができるから,このような監査請求については,当該財務会計上の行為がされた時点は監査請求の期間の起算点とならない旨主張する。

しかし,法242条1項は,住民に対し,違法,不当な財務会計上の行為又は怠る事実がある場合に,監査請求をすることができるとしているが,住民がこの監査請求をする前に普通地方公共団体が一定の判断ないし対応をしなければならないと規定していないし,同条2項本文は,財務会計上の行為を早期に確定させ,法的安定性を図るために監査請求の期間を定めている(最高裁昭和63年4月22日判決・裁判集民事154号57頁参照)から,普通地方公共団体の判断,対応ないしその時期等によって監査請求期間の起算日が変動するという見解は,上記規定を定めた趣旨に反し,到底採用することができない。

エ 当審における主張ウについて

控訴人らは,財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権を事実上行使することが不可能な場合,それを行使することができるようになった日を基準として監査請求の期間を起算すべきところ,埼玉県は,本件請負契約が本件談合によることを認識し,又は認識することができなければ,本件損害賠償請求権を行使することができないから,本件請負契約の締結日は監査請求の期間の起算日とならない旨主張する。

思うに,財務会計上の行為が違法,無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする監査請求において,同請求権が当該行為のされた時点には未だ発生しておらず,又はこれを行使することができない場合には,同請求権が発生し,これを行使することができることになった日を基準として法242条2項の規定を適用すべきである(最高裁平成9年1月28日判決・民集51巻1号287頁参照)。

しかして,本件の場合,さきに認定説示したとおり,本件損害賠償請求権は本件請負契約の締結により発生するが,同請求権を法律上行使することができない事由があったことや埼玉県が同請求権の発生を否定し,住民において同請求権の代位行使をすることができない事情があったことを認めるに足りる証拠はない。

控訴人らは,埼玉県の本件損害賠償請求権の発生ないし存在に関する認識を問題にするが,これが監査請求の期間の進行と直接の関係がないことは,法242条2項本文の規定に照らして明らかである。控訴人らの上記主張も,採用することができない。

3  法242条2項ただし書の「正当な理曲」の有無について

(1)  本件請負契約自体は,秘密裡に行われたものではない。

しかし,控訴人らは,本件請負契約が,入札の際に本件談合がされたために違法不当なものであると主張しているところ,証拠(甲1,5,乙1の6)によれば,本件談合は,土曜会会員において,埼玉県が指名競争入札の方法により発注する土木一式工事の受注価格の低落防止を図る等のため,①上記土木一式工事のうち土曜会会員が複数指名されることか予想され,かつ,自社が受注を希望するものについて,あらかじめ工事ごとに,工事箇所,工事名,自社名,近隣の自社の工事実績等を記載したPRチラシと称する書面を作成し,土曜会に提出する,②埼玉県が土曜会会員を複数指名して指名競争入札の方法により発注する土木一式工事については,あらかじめ,受注を希望する会員の中から,受注予定者を決定する,③受注予定者の決定に際し,必要に応じ,指名を受けた会員により点呼若しくは研究会と称する会合を開催し,又は受注を希望する会員の間で会合を開催するなどして話合いを行う,④受注予定者の決定に当たっては,PRチラシの提出の有無,提出の時期及び記載内容の正確度,当該工事に関連する過去の工事実績等の要素を勘案する,⑤指名を受けた土曜会会員は,入札価格を相互に連絡することにより受注予定者が受注できるよう協力する旨の合意の下に,上記土木一式工事について,あらかじめ,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにし,かつ,受注した者は,必要に応じ,受注を希望していた他の会員又は一定期間受注の実績がない会員に当該工事の一部を施工させていたことが認められる。したがって,上記認定事実によれば,本件談合は秘密裡にされたものである。

このような場合,一般住民は,特段の事情がない限り,本件請負契約が本件談合に基づいて締結された違法,不当なものであることを知ることができないといわざるを得ない(この点に関する被控訴人らの主張は,採用することができない。)。

そうすると,本件監査請求は,本件請負契約が締結された日から法242条2項本文所定の期間を経過した後にされたことをもって直ちに不適法なものということはできず,控訴人ら住民が相当の注意力をもって調査したときに,客観的にみて本件請負契約が本件談合の下に締結されたことを知ることができた時から相当な期間内にされていれば,同項ただし書所定の「正当な理由」があるものとして,適法なものということができる(最高裁昭和63年4月22日判決・裁判集民事154号57頁参照)。

(2)  本件請負契約の違法性,不当性を知り得た時期について

ア 事実関係

次のとおり訂正,付加,削除するほか,原判決37頁1行目から71頁10行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。

(ア) 原判決37頁4行目に「埼玉土曜会」とあるのを「土曜会」と改める。

(イ) 原判決38頁の8行目の「係官計約六〇人が」の次に「「土曜会」加盟の」を加える。

(ウ) 原判決40頁7行目に「共同を」とあるのを「共同で」と改める。

(エ) 原判決41頁6行目に「同年五月二七日には、」とあるのを「同日には,」と改める。

(オ) 原判決48頁4行目の「また、」の次に「住宅都市部長が,」を加える。

(カ) 原判決53頁4行目に「加須花咲公園プール工事」とあ

るのを「加須花咲公園プール建設工事」と,6行目,7行目,9行目に各「共同体」とあるのをいずれも「共同企業体」とそれぞれ改める。

(キ) 原判決55頁5行目の「本社の関与の調査を狙いとするとみられる」を削除する。

(ク) 原判決56頁10行目の「乙第二〇号証の一」の次に「,同号証の4」を加える。

(ケ) 原判決57頁5行目の「以前から、」を削除する。

(コ) 原判決59頁7行目の「困難な場合は、」の次に「他の工事で落札を約束したり,」を加え,8行目の「業者が下請けしたり、」から9行目の「講じて」までを「業者に下請けをさせる等の救済を講じるなどして」と改める。

(サ) 原判決61頁1行目に「同月五月二七日」とあるのを「同年5月27日」と改める。

(シ) 原判決67頁3行目の「埼玉県行政情報公開条例」の次に「(昭和57年条例第67号)」を,3,4行目の「埼玉県行政情報公開実施要綱」の次に「(昭和58年告示第1号)」を,11行目の「できるようになっている」の次に「(乙第19号証,弁論の全趣旨)」をそれぞれ加える。

(ス) 原判決72頁7行目に「埼玉県等」とあるのを「埼玉県」と改める。

(セ) 原判決75頁7行目の「二人がかりで」から9行目の「できたというのであるから、」までを「いずれも2人で比較的短時間のうちに調査を終了することができたことを併せ考えると,」に改める。

イ 上記認定事実によれば,控訴人らは,遅くとも平成4年1月31日には,本件請負契約に係る入札に際して本件談合が行われ,埼玉県が本件談合の下に本件請負契約を締結し,これによって被った損害の賠償請求を怠っていることを知ることができたということができる。

これに反する控訴人らの主張は,上記認定事実に照らし,採用することができない。

(3)  相当な期間内の監査請求か否かについて

本件監査請求は,平成4年6月25日にされているが,上記の同年1月31日から約5か月を経過している。そうすると,監査請求のために慎重に事実関係を調査し,「怠る事実」を証する書面を収集するために相当な期間を要することを考慮したとしても,本件監査請求が相当な期間内にされたということはできない。

(4)  まとめ

したがって,本件監査請求は,本件請負契約の締結日から1年を経過した後にされたことについて法242条2項ただし書にいう「正当な理由」があるということはできない。

4  結語

以上によれば,本件訴えは,適法な監査請求を経たものということはできないから,その余の点を判断するまでもなく,不適法な訴えである。

よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 増井和男 裁判官 佐藤武彦)

裁判官 青野洋士は,転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 増井和男

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