東京高等裁判所 平成12年(行コ)317号 判決 2001年3月22日
控訴人
甲
同所同番地
控訴人兼亡戊承継人
乙
同所同番地
控訴人(亡戊承継人)
丙
同所同番地
控訴人(亡戊承継人)
丁
控訴人ら訴訟代理人弁護士
小宮清
同
松田雄紀
同
小宮圭香
被控訴人
上尾税務署長
水井隆治
指定代理人
黒澤基弘
同
磯野宏
同
大沼利光
同
永塚光一
上記当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人が、亡己に対して、平成8年2月28日付でした平成4年分所得税の更正のうち、納付すべき税額1267万8500円及び過少申告加算税賦課決定(但し、いずれも異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
2 被控訴人
控訴棄却
第2事案の概要
1 己は、平成4年9月、その所有する農地をA株式会社(A)に譲渡し、対価として同社が庚、辛から取得した農地の譲渡を受けた。己は、平成5年2月22日、上記の各譲渡には、所得税法58条1項の固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例(交換特例)が適用されるとして、譲渡所得金額を0円とする確定申告をした。しかし、被控訴人は、Aは己に譲渡した土地を1年以上所有しておらず、また交換を目的として取得したものであるため交換特例の適用はないとして、平成8年2月28日付で、分離長期譲渡所得の金額7045万6910円、納付すべき税額2117万2500円とする更正処分(本件更正処分)及び過少申告加算税の額315万0500円とする過少申告加算税賦課決定処分(本件賦課決定処分)を行った。己は平成6年5月14日に死亡していたので、その相続人である控訴人甲、同乙(控訴人乙)及び戊は異議申立てを行ったところ、被控訴人は平成8年7月23日付で各処分の一部を取り消して、分離長期譲渡所得の金額を4214万3680円、納付すべき税額1267万8600円、過少申告加算税187万5500円とした。控訴人甲らは、同年8月23日、国税不服審判所長に対して審査請求をし、平成10年1月20日付で棄却する裁決がされた。そこで、控訴人甲、同乙、戊が、前記一部取消後の本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求めたのが本件であり、平成11年6月28日に戊が死亡したため、控訴人乙、同丙及び同丁が承継した。原判決は、控訴人らの請求をいずれも棄却したため、控訴人らが不服を申し立てたものである。
2 以上のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人らの当審における主張)
(1) 原判決は、交換特例の適用を認めなかったが、誤りである。
国税庁は、本件当時、本件と同様の事案について、所得税法58条1項の適用を認めていたことが、質疑応答集(甲6)により明らかである。
(2) 原判決は、信義則違反に関する控訴人らの主張を理由がないとしたが、事実誤認に基づく誤った判断である。
ア 控訴人乙が己に代わって確定申告のため上尾税務署に赴いたのは、平成5年2月22日の午前8時半ころである。したがって、税務署に提出されている同日付の原判決別紙物件目録一記載の各土地(本件第1譲渡土地)の登記簿謄本は、当日控訴人乙が持参したものではない。とすると、同税務署職員壬の、控訴人乙が当日持参した登記簿謄本の記載内容から、本件土地取引には交換特例の適用はないと判断した旨の証言は信用できない。原判決がこの証言を採用して、壬が控訴人乙に対し、交換特例は適用されないと説明した旨認定したのは誤りである。
イ 壬は、控訴人乙が納得せず、交換特例の適用を前提とした確定申告をするというので、やむなく申告書の作成を補助したが、その経緯を明らかにするため、控訴人乙に書面(乙28)の提出を求めたと証言している。それならばその書面には、端的に申告の経過を記載すれば足りるはずである。しかし、乙28号証の文面は、本件土地取引が交換特例に該当する旨の己の見解を記載したものである。この書面は、交換特例が適用されるとして確定申告したことの説明資料として提出されたものというべきであって、確定申告の経過を何ら明らかにするものではない。
ウ 控訴人乙が、交換特例の適用はない旨の説明に納得しなければ、壬は、申告書を受理しないで再検討を求めるはずである。それをしないで、控訴人乙が主張するままに、交換特例の適用を前提とした申告書の作成を補助することは考えられない。
エ 以上からすれば、持参した資料を提出したところ、壬が、「交換ですね」といって、確定申告書の所要事項のほか、特例適用条文も記載して申告書を作成してくれた旨の控訴人乙の供述の方が信用できる。したがって、控訴人乙は、壬から、交換特例の適用があること、その結果課税される譲渡所得金額は0円であることの指導、説明を受けて、それに従って己の確定申告をしたものである。被控訴人が、これと異なる本件更正処分及び本件賦課決定処分をするのは、信義則に反し違法である。
仮に、壬の指導等が税務署の公的見解の表示とはいえないとしても、壬は、己が譲渡所得金額を0円とする確定申告をしたことを知悉しているのであるから、後に課税されることを知った時点で、直ちに己ないし控訴人らにその旨を通知すべき信義則上の義務があったというべきである。この通知をすることなく被控訴人がした前記各処分は、この点からも信義則に反し違法である。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。
(1) 控訴人らの当審における主張(1)について
当事者間に争いのない事実、原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、原判決の理由欄一記載の事実(26頁以下)が認められる。
これによれば、己は平成4年6月7日、Aとの間で、原判決別紙物件目録一及び二記載の各土地(本件譲渡土地)の所有権を、農地法5条所定の許可を得てAに移転し、その対価としてAは本件譲渡土地と同等の面積の代替地を捜して己に引き渡すが、登記手続は、農地法3条所定の許可を得て己と代替地の所有者との間で直接所有権移転登記を行う旨合意したこと、そこで、己は本件第1譲渡土地につき、譲受人をAとして農地法5条所定の許可を得たうえ、同年9月18日付で、同月12日売買を原因としてAに対する所有権移転登記をしたこと、一方、Aは同月28日、代替地として、原判決別紙物件目録三記載の各土地(本件第1取得土地)を所有者の庚から代金7602万0045円で、原判決別紙物件目録四記載の各土地(本件第2取得土地)を所有者辛から代金2443万6527円でそれぞれ買い受けたこと、そして、本件第1取得土地については、同月29日付で、同月28日売買を原因として原から己に、本件第2取得土地については、同月30日付で、同月28日売買を原因として辛から己に、それぞれ所有権移転登記がされていること、原及び辛は、いずれも本件各取得土地をAに対して譲渡したとする内容の確定申告をしていること、そして、平成6年ころには、控訴人甲らとAの間で、原判決別紙物件目録二記載の各土地(本件第2譲渡土地)について、農地法5条の許可が得られ次第、所有権をAに移転するとの合意が成立していることが認められる。
したがって、本件の土地取引は、先ず己が本件譲渡土地をAに売却し、その後で、Aが本件第1取得土地及び本件第2取得土地を庚、辛から取得して、これを本件譲渡土地の対価として己に譲渡し、中間省略の方法によって直接己に対して所有権移転登記をしたものであり、己による土地の交換の相手方はAということになる。己と原及び辛は、同年11月ころ、Aからその工場用地の取得業務を受託していたB株式会社の癸の指示で、事実とは内容の相違する土地交換契約書を作成しているが(乙8、9、11、12)、これによって上記の土地取引の実態が変わるものではない。
ところで、控訴人らが、本件土地取引と同様の事例であるとする質疑応答集(甲6)に記載されている交換特例の事例にあっては、先ず農地の所有者同士の間でそれぞれの所有土地の交換をした後、第三者が買収を予定している土地については、交換の相手方に対する所有権移転登記を行わずに、元の所有者から第三者に対して、農地法5条の許可を得たうえで直接に所有権移転登記を行うというものである。これを本件の関係者に置き換えてみれば、己と庚及び辛との間で本件譲渡土地と本件取得土地とを交換した後、本件譲渡土地については交換による所有権移転登記を行わずに、己の所有名義のまま農地法5条の許可を得てAに中間省略の方法で所有権移転登記を行うというものであって、この場合の己による土地の交換の相手方は庚及び辛である。
したがって、本件における土地取引の実際と上記質疑応答集に記載されている事例とは、その内容が異なり、特に己の土地交換の相手方が全く相違するのであって、同様に考えることはできない。
控訴人らの当審における主張(1)は理由がない。
(2) 控訴人らの当審における主張(2)について
ア 前記認定事実によれば、平成5年2月22日、控訴人乙が己に代わって確定申告のために上尾税務署を訪れた際、納税相談に応じた壬は、本件譲渡土地の譲渡は売買であって交換特例の適用はない旨説明したが、控訴人乙は納得せず、交換特例の適用があるものとして確定申告する旨主張したこと、そのため壬は控訴人乙の主張どおり、交換特例の適用があるものとして確定申告書の作成を補助し、これを受理したこと、しかし、壬は、その際に、控訴人乙に対し、後で修正申告をしてもらうことになる旨説明したことがそれぞれ認められる。
これに対し、控訴人らは、壬から交換特例の適用があり、課税される譲渡所得金額は0円であることの指導、説明を受け、それに従って己の確定申告を行ったとする控訴人乙の供述が信用でき、これに反する壬の証言は前記控訴人らの当審における主張(2)のような理由によって信用できないと主張する。
しかし、確定申告の当日、控訴人乙が午前8時半に上尾税務署に行った事実を認めうる客観的な証拠はない。また、仮に控訴人乙が供述するように、本件土地取引に関して持参した資料が己と庚及び辛との間で作成した土地交換契約書(乙8、11)だけであったとすれば、交換対象の各土地の内容や特約欄に記載されているAとの関係など、その記載内容について必要な確認をすることができず、交換特例の適用の有無について判断することもできないはずである。壬が、土地交換契約書を見ただけで、即座に交換特例の適用があるとして確定申告書の作成を補助することは考えられない。
控訴人乙が提出した乙28号証については、その内容は交換特例に該当する旨の己の見解を記載したものといえる。壬は、申告の経緯を明らかにしておくために控訴人乙にその提出を求めたと証言しているが、内容は必ずしもそれに沿ったものとはいいがたい。しかし、反対に控訴人らが主張するように、壬が問題なく交換特例の適用されることを認めていたとすれば、このような書面の提出を求めることは考えられない。壬と控訴人乙との見解が相違していたからこそ、控訴人乙に提出を求めたものと考えるのが自然である。
そして、壬と控訴人乙の見解が相違しても、同人が自己の見解に基づいて確定申告書を提出すると主張すれば、壬としてはそれを拒むことはできない。したがって、壬が確定申告書の受理を拒否しなかったからといって、控訴人乙の主張を認めたということもできない。
以上によれば、控訴人らの当審における主張(2)のアないしウはいずれも採用できず、前記認定を妨げるものではない。
イ 壬が、控訴人乙の見解に従った己の確定申告書の作成を補助したとしても、それが税務署として己や控訴人乙の主張を認めたといえないことはいうまでもない。
また、被控訴人が、交換特例の適用があることを前提とした己の確定申告が誤りであることに気づいたとしても、その旨を己に知らせるべき義務があるとは解されない。まして本件では、前記認定したように、壬は控訴人乙に対して、交換特例の適用はないことを告げているのであるから、なおさらそのような義務は認められない。
よって、控訴人らの当審における主張(2)のエも採用できない。
2 したがって、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 裁判官 江口とし子)