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東京高等裁判所 平成13年(く)332号 決定 2001年8月15日

少年 J・K(昭和60.3.26生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、法定代理人親権者J・O、同J・E及び付添人弁護士○○連名作成の抗告申立書並びに付添人弁護士○○作成の2001年(平成13年)6月27日付け、同年7月16日付け、同月17日付け及び同月23日付けの各抗告申立(書)補充書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、処分の著しい不当を主張するもので、少年を中等少年院に送致した原決定は、<1>共犯者が、主犯格の者も含めて全員在宅処分で終了したことと比較しても、不公平な処分であること、<2>本件非行は、決して周到に計画されたものではなく、少なくとも少年は、その場の状況で行動したものであって、悪質な非行とした点に誤りがあることのほか、<3>少年は、中国帰国者3世であり、中国では「日本人」として、来日してからは「中国人」として、ひどいいじめや蔑視に遭い、自己のアイデンテイテイ否定にまで至っていることが本件非行の背景となっていることから、少年に必要なのは、現実の社会の中で、少年の悲しみを理解する人が共感的に関わり合い、自己を肯定する核を作りつつ、人間関係の結び方を学ばせることであって、少年院の処遇は適当ではないこと、<4>両親もこれまでの指導方針を反省し、少年を受け容れる態勢ができており、祖母や支援者である中学校教論の協力があり、少年と同様の立場にある中国帰国者3世の従兄が一緒に仕事をしながら援助する予定であること、<5>原決定後、被害者との間に示談が成立し、被害者及び保護者は宥恕の意思を示していることなどの諸点を考慮すると、その処分が著しく不当であって、少年の更生のためには、社会内処遇が妥当であるから、原決定を取り消し、本件を原裁判所に差し戻すのが相当である、というのである。

そこで、一件記録を調査し、当審における事実調べの結果をも参酌して、原決定の処分の当否を検討する。

1  本件非行事実は、少年が、他の少年らと共謀の上、知り合いの当時16歳の少年から金員を強取することを企て、平成13年3月12日午後9時25分ころから約20分間にわたって、東京都○囗区○△×丁目の原判示各路上や同区○△×丁目の原判示△○公園内において、被害者を取り囲み、その足首を手で持ち上げて振り回したり、こもごも腹部等を足で蹴り付けたり、顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上、被害者から現金合計1万5000円等を強取し、その際被害者に加療1か月を要する左肋骨骨折等の傷害を負わせた、というものである。

2(1)  本件非行に至る経緯、態様、本件非行において少年の果たした役割及び少年の生育歴、非行歴については、原決定が「処遇の理由」で判示するとおりであって、非行の態様が悪質である上、被害者の心身に与えた被害の結果も重大である。少年は、率先して被害者に暴行を加え、自ら金員の一部を奪っており、共犯者間でも、主犯格の少年と並んで中心的な役割を果たしたことが認められる。

(2)  所論は、原決定は、少年が、平成12年8月ころ被害者としたビリヤードゲームの勝負を口実に、周到に金員を奪う計画を立てて本件非行に及んだものであるとの見方をして、本件非行は、計画的で悪質と判断しているが、本件非行に至るまでの間、少年が被害者に何度か金員を要求していたのは、その場の状況によるもので連続性が全くなく、本件非行の態様が悪質であるとしても、計画的なものではない、という。

しかし、少年が被害者からビリヤードゲームの勝負を口実に金員を受け取ったことが、本件非行の発端となったものと認められる上、少年らが、平成12年11月か12月ころ被害者に自慰行為をさせるなどして5000円支払うよう要求し、その後被害者が少年らとの関わりを避けていたところ、共犯者らがたまたま出会った被害者を少年らのところに連れて来て本件非行に及ぶに至った際に、少年が、最初に、被害者に対し、「なにバックレてんだよ。」と言って腹部を足蹴にしたこと(この点については、少年は、原審の調査及び審判において、覚えがないとして否定しているが、共犯者や被害者の供述が一致していて、少年にこのような言動があったものと認められる。)や、少年が、被害者から5000円を取ったのは、被害者が前記5000円の支払をしなかったことに因縁を付けたものであることが認められることなどからすると、本件非行が、少年の行為に端を発し、周到に計画されたものとまでは認め難いものの、所論のように、前の経緯とは無関係に場当たり的に行われた偶発的なものであるとは認められない。このような経緯・経過に徴すると、原決定が、本件非行は、「かねて口実を付けて金員を交付するよう要求していたところ、被害者がこれを交付しないことに立腹して犯したもので」、動機において酌量の余地が全くないと説示しているのは、首肯できるのであって、所論の論難は、原決定の説示を正解しないものである点においても、採用できない。

(3)  少年は、所論が詳述するように、中国帰国者3世として、7歳のころ来日して以来、いじめや蔑視にさらされ、被差別感を強く意識し、小学校高学年から中学校在学中にかけて、粗暴な行為、力によって自分の優位を誇示し、逆らう者を押さえ付けることによって、いじめや蔑視に対抗し、克服しようとするようになったものであることがうかがわれ、少年の非行性は、このような事情が影響していることは否定できない。

(4)  原決定は、上記の諸点のほか、少年の保護者がこれまで少年の問題行動を修正できなかったことから家庭に指導力を期待することが難しいことなども考慮して、少年が今後健全な社会生活を送るためには、施設における本格的な監護と強力な指導・教育が必要であるとして、少年を中等少年院に送致したことが明らかであって、その限りにおいては、原判断も首肯できないわけではない。

3  しかしながら、更に検討、考察を重ねると、少年は、これまで窃盗の非行で不処分、原付車の無免許運転の幇助で審判不開始となった非行歴はあるものの、保護処分を受けたことはない。そして、少年は、原決定も言及しているように、本件非行後中学校を卒業したのをきっかけに、不良顕示的な行動からも卒業したいとして、本件非行で逮捕されるまでのわずかな期間ではあるが、解体工として真面目に働き、規則正しい生活をしていたこと、本件非行による身柄拘束が、少年自身の中にある「普通にしていたいが、負けたくない」という矛盾した心情に気付き、人間関係の結び方について改めて考え直し、内省を深める契機となっていることが認められる。当審における少年及び担当教官からの事情聴取などの事実調べの結果によれば、少年は、自分の生育歴を綴るなどの機会に、自らが傷付いた過去の経験を思い起こし、自分の行ったことがいかに被害者を傷付けるものであったかにも思い至り、一段と内省を深めており、対等な人間関係を形成するために必要な「人の話を良く聞く」という点についても、短期間に向上を見せていることがうかがえる。このような少年の変化は、本件非行によって身柄を拘束された上、原審で調査、審判を経たことが大きな転機となったものと考えられるほか、収容された少年院における指導教育の効果が現われつつあることを示すものと考えられるとともに、少年の非行性が、必ずしも原決定が憂慮したほど深刻化していなかったことを示すものと見ることができる。さらに、少年の両親は、中国帰国者2世であり、言語の問題を始めとして、日本社会で生活する上での困難はあるとしても、少年に対しては基本的に愛情を持って接しており、監護の意欲や能力がないわけではない。また、少年の両親のみならず祖母や従兄ら、あるいは教育関係者なども、本件を契機として少年の粗暴な行為の背後にある心情を理解し、少年を精神的に支援し、少年の就労先の確保などにも協力しようとしていることがうかがわれ、このような状況からすれば、保護者の指導力をも十分期待することができ、保護環境が整ってきているものといえる。

加えて、原決定後ではあるが、所論のとおり、少年を思う親族らの努力により被害者との間に示談が成立し、被害者及びその母親が宥恕の意思を示していることや、他の共犯少年らは、主犯格の少年が在宅試験観察に付されるなど、いずれも収容処分は受けておらず、この点については少年の被差別感を緩和するためにも、一定の配慮が必要と考えられることなどの諸般の事情を総合勘案すると、本件非行は重大ではあるものの、少年に対しては、収容による矯正教育以外に選択の余地がないとまでは見られず、保護観察に付するなどして在宅による更生の機会を与えることも、むしろ少年の性格特性等に根差した処遇と考えられ、その余地もなお残されているというべきである。

4  してみると、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は、著しく不当であるといわざるを得ない。

論旨は理由がある。

よって、少年法33条2項により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である東京家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 大島隆明 田邊三保子)

〔参考1〕 原審(東京家 平13(少)1588号 平13.6.5決定)<省略>

〔参考2〕 受差戻審(東京家 平13(少)3115号 平13.11.29決定)<省略>

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