東京高等裁判所 平成13年(ネ)217号 判決 2001年8月10日
東京都<以下省略>
控訴人・被控訴人(以下「一審原告」という。)
X
上記訴訟代理人弁護士
桜井健夫
同
上柳敏郎
東京都千代田区<以下省略>
被控訴人・控訴人(以下「一審被告」という。)
日興證券株式会社
右代表者代表取締役
A
上記訴訟代理人弁護士
石川雅巳
主文
1 一審被告の本件控訴に基づき原判決主文第一項を次のとおり変更する。
(1) 一審被告は,一審原告に対し,金457万5723円及びこれに対する平成11年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 一審原告のその余の請求を棄却する。
2 一審原告の本件控訴を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを10分し,その1を一審被告の負担とし,その余を一審原告の負担とする。
4 この判決の第1項(1)は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
(一審原告の控訴)
1 一審原告
(1) 原判を次のとおり変更する。
(2) 一審被告は,一審原告に対し,5500万円及びこれに対する平成11年3月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じて,一審被告の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 一審被告
主文第2項と同旨
(一審被告の控訴)
1 一審被告
(1) 原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 前項の部分につき,一審原告の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審を通じて,一審原告の負担とする。
2 一審原告
一審被告の本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
1 本件は,一審原告が,一審被告に対し,(1)一審原告と一審被告の間のペレグリン債の売買契約が不成立又は錯誤若しくは証券取引法15条2項違反により無効であることを理由とする不当利得返還請求権,(2)目論見書交付義務違反を理由とする証券取引法16条に基づく損害賠償請求権,(3)説明義務違反・適合性原則違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権のいずれかの請求権に基づき,売買代金相当額5000万円と弁護士費用500万円との合計額である5500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,一審被告には説明義務違反の債務不履行があり,一審被告は,債務不履行よる損害賠償責任の履行として,一審原告が被った損害を賠償する義務を負うとした上,一審原告にも過失があるとして過失相殺をし,一審原告の請求の一部を認容し,その余の請求を棄却した。一審原告及び一審原告の双方は,原判決を不服として本件各控訴を提起した。
2 争いのない事実等,争点,争点に対する当事者の主張は,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」一及び二並びに「第三 争点に対する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これらを引用する
(1) 原判決4頁3行目の「争いのない事実」を「争いのない事実等(証拠を掲記したもの以外は争いのない事実である。)」と改める。
(2) 同7頁3行目の「ペレグリン社は、」の次に「平成10年には支払不能の状態に陥り、」を加え,同5行目の「命令が出された。」を「命令が出され、ペレグリン社について強制清算手続が開始された。」と改め,同8行目末尾の次に改行の上,次のとおり加える。
「6 ペレグリン社の強制清算において、ペレグリン債の保有者に対する第一回の配当金及び第二回の配当金の各金額が確定しており、控訴人は、ペレグリン債の売買が有効に成立しているとした場合、①第一回配当金として元本二一万三四六四・四五香港ドル、利息二二一・五〇香港ドル(税引後利息一七七・二〇香港ドル)、税引後元利合計二一万三六四一・六五香港ドル、②第二回配当金として元本二九万五九五二・七〇香港ドル、利息二九五・三五香港ドル(税引後利息二三六・二八香港ドル)、税引後元利合計二九万六一八八・九八香港ドル、③合計五〇万九八三〇・六三香港ドルが配当されることになっている。平成一三年七月四日現在のTTB(顧客の口座に電信送金があった場合の、香港ドルを日本円に換算して支払う相場)は一香港ドルにつき一五・五四円であるから、控訴人は同日現在日本円で七九二万二七六七円(以下「本件配当金」という。)の配当金を受領することができる(乙五四の1ないし3、六〇の1、2、六一、六二。一審原告が本件配当金を受領する権利を有することは争いがない)。」
(3) 同8頁4行目の「損益相殺」を「損害の発生の有無及び損益相殺」と改める。
(4) 同10頁2行目の「それは」の次に「一審被告に対し」を加える。
(5) 同10頁6行目の「原告に対し」から同7行目末尾までを「同法13条2項及び4項の規定に適合する目論見書(以下「目論見書」という。)を、あらかじめ又は同時に交付すべき義務があるところ、一審被告は、一審原告に本件ペレグリン債を取得させるに当たり、上記目論見書を交付する義務を怠った。」と改める。
(6) 同12頁1行目の「退職後一一年の無職であり」を「退職後一一年経過して無職の状態にあり、」と,同2行目の「資金であった」を「資金確保のための利殖ということにあった。」と,同13頁5行目の「不適合」を「適合性の原則に違反するもの」とそれぞれ改める。
(7) 同17頁3行目の「思い、」を「思うので、」と改める。
(8) 同18頁2行目冒頭から同9行目末尾までを次のとおり改める。
「五 争点5(損害の発生の有無及び損益相殺)
1 一審原告の主張
(一) 損害の発生の有無
ペレグリン社は、前記争いのない事実4記載のとおり清算の申立てを行い、平成一〇年三月一八日に清算命令が発せられ、強制清算手続中であり、一審原告の同社に対する債権額五〇〇〇万円はほとんど回収が見込めない状態になっている。したがって、一審原告は本件ペレグリン債の債券額五〇〇〇万円相当の損害を被っているというべきである。
(二) 損益相殺
本件利金は、債務不履行又は不法行為の日から訴状送達の日までの遅延損害金の額に満たないから、損益相殺を考える場合の益として残る分はなく、請求している損害額に影響を与えない。本件売買契約が不成立、錯誤の場合の不当利得額に関しても同様である。
なお、一審原告の損害額の計算上一審被告主張の本件配当金七九二万二七六七円を控除すべきことは認める。
2 一審被告の主張
(一) 損害発生の有無
前記争いのないし事実6記載のとおり、ペレグリン社のペレグリン債については強制清算手続において現在も債権者に対する配当が継続して行われているから、一審原告が取得した本件ペレグリン債に関しては、厳密にはいまだ損害は発生していないというべきである。
(二) 損益相殺
一審原告は、平成九年一二月三〇日、本件利金五二万円を受領しており、また、上記強制清算手続において、一審原告に対し本件配当金七九二万二七六七円が支払われることが確定している。したがって、これらの金額は損害額の計算上控除されるべきである。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所の「争点に対する判断」は,次のとおり付加,訂正するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第四 争点に対する判断」一ないし七に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決20頁末行末尾の次に「平成九年六月当時、一審原告の一審被告下北沢支店での証券等の取引の運用資金は約一億円に達していた。」
(2) 原判決32頁6行目の「管連会社」を「関連会社」と改める。
(3) 同34頁10行目の「原告が」の次に「ペレグリン債の」を加え,同35頁1行目冒頭から同2行目末尾までを「ない。また、一審原告がペレグリン債の信用リスクの内容、程度について誤信して本件売買契約を締結したものとしても、特にその旨を本件売買契約の内容とする旨一審被告に表示したのでなければ、それは単なる縁由の錯誤があるというにすぎず、要素の錯誤があるということはできないところ、一審原告がその旨を一審被告に表示したとの立証はない。したがって、本件売買契約が錯誤により無効であるとの一審原告の主張は理由がない。」と改める。
(4) 同36頁5行目の「債権の募集をする場合には、」を「有価証券を募集又は売出しにより取得させ又は売り付ける場合には、」と,同9行目の「もっとも、」を「しかし、」と、同37頁6行目の「目録見書等の書類を」を「目論見書等の書類の」とそれぞれ改める。
(5) 同38頁8行冒頭から同39頁2行目末尾までを次のとおり改める。
「五 争点4(一審被告の債務不履行又は不法行為の有無―適合性原則違反)
証券会社等は、一般に、投資を勧誘するに際しては、相手方である顧客の知識、経験、財産状況等に照らして、リスクの大きい不適合な証券取引を勧誘し、顧客において不適合な証券取引により不測の損害を被ることのないよう配慮すべき義務を負うものと解するのが相当である。
本件についてみるに、前記認定のとおり、ペレグリン債は、円建ての商品であるため為替リスクはないが、信用リスク(デフォルトリスク)のある商品であって、本件売買契約当時、日本公社債研究所の格付けでは、トリプルBプラスにランクされていたこと、日本公社債研究所のトリプルBの格付けは、「一般的投資対象としての安全性は十分あると判断するが、絶えず注意していかなければならない要素を持っている」を意味するとされていること、本件ペレグリン債の購入金額は一審原告の運用資金一億円の約半分の五〇〇〇万円に上るものであったことが認められる。しかし、一方、前記認定のとおり、一審原告は、一審被告下北沢支店に口座を開設してから本件ペレグリン債を買い付けた平成九年六月一七日までの期間に、一審被告下北沢支店において、一審原告名義及び一審原告の妻名義で、別紙目録記載のとおり多数回にわたり証券取引を行っていること、その中には、価格変動リスクのある「投資信託」、価格変動リスク及びデフォルトリスクのある円建て「社債」及び「転換社債」、為替リスク、価格変動リスク及びデフォルトリスクのある外貨建て「外債」及び「二通貨債」が含まれていること、一審原告がペレグリン債以前に売買した債券で、ペレグリン債と同様に為替リスクはないが信用リスクがある銘柄としては、①第六回ジャスコ債、②第一回トーアスチール債、③第三回ナカバヤシ転換社債、④第五回CSK転換社債、⑤第二回ニッショー転換社債があること、右各銘柄の各買付時点における格付は、①がダブルAマイナス、②がトリプルBプラス、③がトリプルB、④がトリプルBプラス、⑤がトリプルBであったこと、一審原告は過去に一種類の証券を五〇〇〇万円以上購入するという取引も行っていることが認められる。
上記のとおり、ペレグリン債は信用リスクがほぼ中級程度の商品であり、取引額も五〇〇〇万円とかなり高額に上るものであったことが認められるものの、一審原告は、投資経験が比較的豊富であるということができるし、過去にペレグリン債と同様に信用リスクのある商品の取引も多数回行い、一種類の証券を五〇〇〇万円以上購入するという取引も行っているのであって、これらの点のほか、控訴人は、老後の生活資金の確保を目的とする利殖の方法として、金利の低い銀行預金等にあきたらず、それよりも利回りの良い商品を求めて上記の取引を行うようになったという前記認定の経過をも考慮すれば、一審被告のBが一審原告に対し本件ペレグリン債の購入を勧誘したことをもって、適合性の原則に違反する取引勧誘であるということはできない。
六 争点4(一審被告の債務不履行又は不法行為の有無―説明義務違反)
前記認定事実によれば、一審原告は老後の資金の確保のため手持ち資金約1億円を一審被告下北沢支店で運用しており、また、一審原告は専ら一審被告の従業員の説明に依存して投資するタイプの顧客であり、少なくとも平成九年六月当時には、比較的リスクの少ない商品で安定的に資金を運用したいとの希望を有していたものであり、一審被告の従業員であるCやBはこれらの事情を了解していたことが認められる(原審証人D、同C、弁論の全趣旨)ところ、一審被告が上記のような顧客である一審原告に対し、本件ペレグリン債のような信用リスクを有する債券の購入を勧めるに当たっては、購入を決定する上で重要な判断資料となるようなリスクに関する情報をすべて開示した上で、その信用リスクについて十分に説明を行う義務があるというべきである。」
(5) 同39頁8行目の「説明をしなかったことは」を「説明をしなかったこと、その結果、一審原告は、本件ペレグリン債の信用リスクに関し不安を抱くことなく、一審被告下北沢支店での運用資金の約半分の五〇〇〇万円に上る資金を本件ペレグリン債の購入に充てたことは」と改め,同9行目の「情報」の次に「(なお、一審被告は、この情報の具体的な内容につき一審原告において主張、立証すべきである旨主張するが、当該情報は一審被告において対外的に公表することを禁止していた社内資料に記載されていたことを考慮すると、一審原告に対し上記立証等を要求するのは酷というべきであるから、一審被告の上記主張は採用することはできない。)」を加える。
(6) 同41頁6行目冒頭から同9行目末尾までを次のとおり改める。
「七 争点5について
1 損害の発生の有無
ペレグリン社が、平成一〇年一月一三日に香港高等法院に、同月一九日にバミューダ最高法院に、清算の申立てをし、いずれも同年三月一八日、清算命令が出されたことは、前記争いのない事実4記載のとおりであり、ペレグリン債の他の債権に対する優先順位(前記一14)をも考慮すれば、本件ペレグリン債の回収は事実上不能の状態に陥ったものであり、これにより一審原告には本件ペレグリン債の売買代金五〇〇〇万円相当の損害が発生したものとみるべきである。そして、仮に強制清算手続において配当金が支払われることになった場合には、これを損益相殺することにより具体的な損害額を確定するのが相当であり、配当があり得るというだけで損害が発生していないとする一審被告の主張は採用できない。
2 損益相殺
一審原告は、本件利金五二万円を、本件売買契約により取得した本件ペレグリン債の利金として受領したものであるから、本件利金は、損益相殺の対象として五〇〇〇万円の損害金から控除されるべきである。
また、ペレグリン社の強制清算手続において、一審原告に対し配当金として本件配当金七九二万二七六七円が支払われることが確定していることは前記争いがない事実6記載のとおりであり、したがって、上記配当金額は損害額の計算上これを控除すべきである(上記配当金額を損害額の計算上控除すべきことは一審原告も認めるところである。)。」
(7) 同41頁末行の「前記認定事実によれば、」を次のとおり改め,同42頁7行目冒頭から同9行目末尾までを「一審原告の上記の意味での過失の割合は九割と認めるのが相当である。」と改める。
「証券取引においては、最終的には、顧客が証券会社その他から得た情報に基づいて投資の対象となる会社の資産状況、業績、信用リスクの程度等を判断して証券を購入するものであり、顧客のこのような決定を経て取引がなされた場合には、証券会社の従業員に説明義務違反があったとしても、当該証券を購入した顧客は、信用リスクの現実化により生じた損害について、証券購入の最終判断者としての自己責任を免れないというべきである。前記認定事実によれば、本件売買契約についても上記の例外に該当するとすべき事情は認められないから、一審原告には、上記の意味において本件売買契約の締結により損害を被ったことについて相当の過失責任があるというべきであって、損害賠償額を定めるに当たっては民法四一八条に基づき上記過失を斟酌すべきである。
本件についてみるに、前記認定事実によれば、」
2 以上によれば,一審原告の本件請求は,債務不履行に基づき,売買代金額5000万円から本件利金52万円及び本件配当金792万2767円を控除した4155万7233円に9割の過失相殺を行った額である415万5723円と弁護士費用相当額42万円との合計額457万5723円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年3月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求は理由がない。
よって,上記と異なる原判決は相当でないから,一審被告の本件控訴に基づき原判決主文第一項を本判決主文第1項のとおり変更し,一審原告の本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 北山元章 裁判官 青栁馨 裁判官 竹内民生)