東京高等裁判所 平成13年(ネ)6134号 判決 2002年3月26日
控訴人兼附帯被控訴人(控訴人)
株式会社エイワ
代表者代表取締役
市川榮章
訴訟代理人弁護士
杉山喜久枝
被控訴人兼附帯控訴人(被控訴人)
浜野時彦
訴訟代理人弁護士
付岡透
主文
1 控訴人の本件控訴を棄却する。
2 被控訴人の附帯控訴に基づき原判決主文第2及び第3項中被控訴人と控訴人の関係部分を次のとおり変更する。
3 控訴人は、被控訴人に対し、金六四万五三一六円及び内金五七万四九三六円に対する平成一二年二月二九日から、内金五万七四九三円に対する平成一二年八月三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審を通じてすべて控訴人の負担とする。
5 この判決の第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 被控訴人の附帯控訴を棄却する。
2 被控訴人
(1) 主文第1項記載のとおり。
(2) 原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。
(3) 主文第2及び第3項各記載のとおり。
第2 事案の概要
1 本件は、被控訴人が、控訴人に対し、「被控訴人は、控訴人から、原判決別紙2の(1)記載のとおり金員を借り受けていたところ、被控訴人は、控訴人に対し、利息制限法所定の制限利率を上回る返済をした。原判決別紙2の(1)記載の各取引(本件貸付取引)は一連のもので、各借換えは、準消費貸借契約と新たな貸付けの混合した契約であるから、利息制限法所定の制限利率に引き直して利息を計算すると、被控訴人の過払金は五八万七八二三円となる。また、弁護士である被控訴人代理人は、控訴人に対し、本件貸付取引に関し、介入通知及び取引経過の開示請求を行ったが、控訴人は、取引経過を開示すべき義務があるのに全くこの開示に応じようとしなかった。そのため、被控訴人は、本訴提起のやむなきに至った。」として、上記過払金と不法行為に基づく損害賠償として過払金元金の一割に相当する金員の支払等を求めた事案である。
原判決は、被控訴人の請求を一部認容したので、控訴人が敗訴部分に対して不服(控訴)を申し立て、また、被控訴人も敗訴部分に対して不服(附帯控訴)を申し立てたものである。
2 上記のほかの当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄第2記載(二頁以下)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
(1) 原判決は、「本件貸付取引については、第二回目の貸付け以降の貸付けは、平成一一年八月三〇日付けの貸付けを除いて、名目上の貸付額から、従前の貸付金の残金とこれに対する約定利息を差し引き、その残額を交付するという方法で行われ、その際、従前の貸付け金残元金及び利息(旧債務)は弁済されたこととされているが、これは、控訴人においてそのような処理をしたにすぎず、被控訴人が利息として任意に弁済をしたものとは解しがたい。」としているが、不当な判断である。
すなわち、本件においても、控訴人は、被控訴人から、現金で約定利息の返済を受けたうえ、残元金のみを切り替えているのであって、被控訴人が現金を持参して返済した利息は、貸金業の規制等に関する法律(貸金業法)四三条一項によって有効な利息の債務の弁済とみなされるものである。
(2) 原判決は、貸金業法一七条所定の書面(一七条書面)には「従前の貸付けの契約に基づく債務の残高の内訳」を記載するよう求められているところ、本件のような貸付方法をとった場合、従前の有効な債務の残高とその内訳(元本、利息、賠償金の別)及び現実の交付額をもってする借換えであることの記載がなければ、貸金業法一七条一項三号の「貸付けの金額」を明らかにしたとはいえないとしているが、不当な判断である。
すなわち、一七条書面の記載としては、準消費貸借部分として扱われた金額が明示されることをもって足り、利息制限法による引き直しとその充当計算は債務者側(被控訴人)における計算と主張を待てば足りるというべきである。原判決は貸金業法の解釈を誤ったものである。
(3) 原判決は、「貸金業法一八条は、弁済を受けたときはその都度書面を交付することを要件とするものであり、貸付けの当初に償還表を交付していたからといって、同条所定の要件を充たしたことにはならない。」とするが、不当な判断である。
すなわち、本件貸付取引において、被控訴人は、当初の返済から、自ら支払った返済金のうち元金に充当される金額及び利息に充当される金額を、償還表によって認識したうえ、銀行振込の方法で返済を続けていたのである。したがって、被控訴人の控訴人に対する返済はすべて返済金額及び元利金への充当金額を十分認識して行われていたものである。最高裁判所平成一一年一月二一日第一小法廷判決(判例時報一六六七号六八頁)は、「支払が貸金業者の預金又は貯金の口座に対する払込みによってされたときであっても、特段の事情がない限り、貸金業者は、払込みを受けたことを確認した都度、直ちに、貸金業法十八条一項に規定する書面(一八条書面)を債務者に交付しなければならない」としているが、控訴人が被控訴人に償還表を交付していることは上記の「特段の事情」に当たるというべきである。また、控訴人は、被控訴人から、家族に知られたくないので、内緒にしてほしいと言われたので一八条書面を郵送することを控えたのである。これも、上記の「特別の事情」に当たるというべきである。
(被控訴人の当審における主張)
(1) 原判決は、本件貸付について、借換えがされた毎に個別の取引が行われたとするが、事実の誤認である。
すなわち、被控訴人は、控訴人に対して新たな借入れを申し入れたところ、控訴人において借換えの形式をとることを要求した。そこで、被控訴人もこれに応ぜざるを得なかったのである。被控訴人のみならず、控訴人も、この借換えをこれまでの取引と異なる取引であるなどと考えていなかったことが明らかである。そうすると、借換え時に交付される金員が貸付金の性格を有するとしても、利息制限法所定の制限利率による引き直し計算の結果、過払が生じている場合、当事者の意思としては、交付額から過払金額を控除した金額が貸し付けられたものとして充当計算を行う意思であったというべきである。このような計算方法によれば、被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙2の(1)記載のとおり五八万七八二三円(未払残元本の欄と過払利息の欄の金額の合計額)の過払金等の返還を求めることができることになる。
(2) 原判決は、控訴人の被控訴人に対する取引経過の開示状況について、控訴人の開示がなければ過払金の返還請求をなし得ないというわけではなく、控訴人は本訴において早期に取引状況を開示しているから、控訴人の本訴提起前の不開示行為が違法なものとまではいい難いとするが、実態を無視した不当な判断である。
すなわち、債務整理の実際においては、債務者側で多数の貸付とその返済関係のすべてについて記録を保存し、その内容を把握しておくことは不可能ないしは著しく困難である。控訴人が取引経過の開示を拒否するのは、過払の状態にあることを隠蔽し、費用等の関係で債務者側が過払金の返還を求める訴訟を提起するのを断念することを企図しているのである。
ここでは、取引経過を現に把握している控訴人が、債務整理を行っている被控訴人との関係において、取引経過を開示しないことが違法な行為として不法行為を構成するかという点が問題なのである。控訴人は取引経過をコンピュータで管理しており、取引経過に関する資料の探索が困難であるなどということはなかったから、控訴人が本訴提起前に取引経過を開示しなかったのは、被控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人の請求はすべて理由があるものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 被控訴人の控訴人に対する過払金請求について
(1) 本件貸付取引について
原判決挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、控訴人から原判決別紙2の(1)記載のとおり、利息及び遅延損害金の利率につき利息制限法所定の制限利率を上回る定めをして金員を借り受け、原判決別紙2の(1)のとおりの返済をしたこと、各貸付に当たっては、新たな貸付額から、従前の貸付の残元本、未払利息等を差し引いた残額を被控訴人に交付するという方法が取られたこと、また、この借換えの際、控訴人において、旧債務の利息はゼロとして処理しているものの、これは控訴人が被控訴人の了解を得ることなくそのような処理をしたにすぎず、現金で経過利息分の受渡しがされるなどということはなかったこと、本件貸付取引はある程度の継続的な貸付がされることが当初から予定されており、現に、平成三年八月以降、多数の貸付(借換え)が繰り返されたこと、原判決別紙2の(1)記載の各「借入額」欄の金員は当日の現実の交付額であり、借入日の利息は付さないこととされていたこと、以上の各事実が認められる。
これによれば、本件貸付取引は、旧債務と現実に新たに交付された現金額の合計額を元本とする新たな貸付契約(借換え)がされたものと認められる。
そして、上記認定の本件貸付取引の実情からすると、各借換え及びその返済関係につき、これをそれぞれ独立した個別の貸付関係と見るのは相当でなく、一連の取引としてされたものと見るべきである。そして、利息制限法が同法所定の制限利率を超える利息の支払があった場合には残存元本等にこれを充当して債務を減少させることとしている趣旨や、このような借換えを繰り返す場合における当事者の合理的意思を忖度すると、借換えの際に過払いが生じている場合はこれをその時点で存在する別口の債務や、借換えにより新たに生じる債務に充当し、複数の債権債務の関係が存在することによる権利関係の複雑化を防ぐとともに、貸金の利息の利率と過払金返還請求権の利息・損害金の利率の間の大きな格差が存在することによる当事者間の不公平をできる限り是正する意思であったものと解するのが相当である。
(2) 貸金業法四三条によるみなし弁済の適用の可否について
控訴人は、被控訴人の弁済のうち利息制限法による制限を超過する利息の支払部分については、貸金業法四三条一項の適用により、有効な利息の債務の弁済とみなすべきである旨主張する。
まず、控訴人は、被控訴人に対し、本件各貸付けにつき、一七条書面を交付している旨主張する。しかし、原判決も指摘するとおり、貸金業法施行規則一三条一項一号カによれば、従前の貸付に基づく債務の残高を貸付金額とする貸付について、一七条書面には「従前の貸付けの契約に基づく債務の残高の内訳」を記載するよう求めているが、本件貸付取引のように、従前の貸付の残債務と現実に交付された金員の合計が貸借の目的とされる場合、これが、従前の債務の残高とその内訳(元本、利息、賠償金の別)及び現実の交付額をもってする借換えである旨の記載がなければ、貸金業法一七条一項三号の「貸付けの金額」を明らかにしたとはいえないと解すべきである。本件では、控訴人は、借換えの対象である元本・利息を含めた従前の債務の残高とその内訳を記載していないものと認められるので、一七条書面を交付したとはいえない。
次に、控訴人は、貸付けの際に被控訴人に交付した償還表をもって一八条書面に当たる旨主張する。しかし、貸金業法一八条は、弁済を受けたときはその都度書面を交付することを要件としている。償還表は、あくまで約定の返済方法に従って返済がされた場合の充当関係を明らかにしているにすぎない。したがって、上記の貸金業法一八条の趣旨からすると、貸付けの当初に償還表が交付され、以後、被控訴人の弁済が銀行振込みの方法によってされていたとしても、これをもって貸金業法一八条所定の要件を充たしたことにはならないというべきである。また、償還表を交付していることをもって一八条書面を交付しなかったことにつき特段の事情があるということもできない。
また、控訴人は、被控訴人から、家族に知られたくないので、内緒にしてほしいと言われたので一八条書面を郵送することを控えていたのだから、上記の特段の事情があるとも主張する。しかし、本件において、被控訴人から家族に内緒にしておきたいから一八条書面を送付しないで欲しい旨の申出があったなどという事実は認め難い。
そして、控訴人は、被控訴人から、経過利息を現金で返済を受けたうえ、残元金のみを切り替えているのであるから、被控訴人が現金で支払った経過利息は被控訴人が任意に支払ったものであるとも主張する。しかし、上記(1)認定のとおり、借換え時に、経過利息が現金で支払われたかのように処理されていても、現実にはそのようなことは行われていないのであって、その利息があったとすればそれは借換えの対象となったのであるから、貸金業法四三条の適用を受けることはできないというべきである。
控訴人の上記各主張はいずれも理由がない。
(3) 本件貸付取引における過払金の充当関係について
上記(1)認定のとおり、本件貸付取引における各借換え及びその返済関係については、これをそれぞれ独立した個別の貸付と見るのは相当でなく、一連の貸付と見るべきである。そして、借換えに際して過払いとなっている場合には、これを新たな貸付の一部に充当する意思があるものとして充当計算するのが相当である。
そこで、本件貸付取引につき、利息制限法所定の制限利率に引き直して利息を計算し、借換えの際、過払が生じている場合には交付額から過払金額を控除した残金が新たに貸し付けられたものとして、それぞれ充当計算すると、平成一二年二月二八日時点における被控訴人の過払分は、原判決別紙2の(1)記載のとおり、五八万七八二三円(原判決別紙2の(1)記載の平成一二年二月二八日欄の未払残元本五七万四九三六円と過払利息計一万二八八七円の合計額)となる。
そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、本件貸付取引における過払金五八万七八二三円と内金五七万四九三六円に対する平成一二年二月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものと認められる。
2 被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求について
(1) 取引経過の不開示について
原判決挙示の証拠によれば、次の事実が認められる。
ア 被控訴人は、多数のいわゆる消費者金融業者に対し、多額の債務を負担し、その返済に窮し、東京弁護士会を通じて、被控訴人訴訟代理人弁護士(被控訴人代理人)に債務の整理を委任した。
イ これを受けて、被控訴人代理人は、控訴人に対し、債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨を通知するとともに、取引経過を開示した債権の届出を求めた。しかし、控訴人はこれを全く開示しなかった。これに対し、被控訴人代理人は、被控訴人が控訴人との間の取引経過を裏付ける資料等を有しておらず、債務整理のためには、控訴人に取引経過を開示してもらう必要があったため、控訴人の監督官庁である関東財務局や東京都知事に対し、取引経過を開示するよう行政指導を行うよう申し入れた(なお、昭和五八年九月三〇日付け大蔵省銀行局長通達「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」第2の4(1)ロ(ハ)には、「債務者、保証人、その他債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係わる債務の内容について開示を求められたときは、協力しなければならない。」とされている。)。しかし、控訴人は、取引経過の開示を求める行政指導にも従わなかった。
ウ 控訴人においては、消費者(顧客)との間の取引経過をコンピュータで一元的に管理しており、消費者の全取引の経過を開示することは極めて容易なことであった(現に、本訴において、控訴人が取引経過を示す証拠として提出した書証はいずれもコンピュータからプリントアウトした資料である。)。しかし、控訴人は、被控訴人代理人から、「債務整理のため取引経過の開示を受けることが是か非でも必要である。」として、再三にわたって取引経過の開示を求められたにもかかわらず、「訴訟においてこれを開示する。」などとして被控訴人に係る全取引経過の開示に応じようとしなかった。
エ 被控訴人代理人は、控訴人が上記のような対応をし、また、他の金融業者の中にも取引経過の開示をしない者があったため、任意の債務整理が困難となった。そして、被控訴人は、やむなく本訴を提起するに至った。
オ 控訴人訴訟代理人弁護士は、当審における第一回口頭弁論期日において、取引経過の開示をしなかったのは、資料が倉庫にあって容易に探し出せる状態にないためであるなどと弁解した。
(2) 上記(1)認定の事実関係によれば、被控訴人代理人は、被控訴人の多数の消費者金融業者に対するいわゆる多重債務につき、債務整理の必要上、被控訴人の控訴人に対する残債務の有無や過払金の有無及びその多寡を明確にすべく、控訴人に取引経過を開示するよう求めたところ、控訴人は、取引経過をコンピュータで管理していて、取引経過を開示することに格別の支障もなかったにもかかわらず、合理的な理由もなく取引経過を顧客である被控訴人に開示しなかったものと認められる。
被控訴人のような多重債務者について、債務を整理して経済的更生を図ることは、本人自身の利益にかなうのは勿論のこと、経済的な困窮から起こる犯罪や家庭の崩壊などを防止し、国民全体の利益である公共の安寧秩序を維持する観点からも、必要不可欠なことである。そして、社会生活の基礎的な単位である個人及び家庭を経済的に再建することは、当該個人及び家庭だけでなく、社会保障費を負担する国民全体にとって極めて重要な関心事であって、その最初の一歩である弁護士による債務の整理は、単なる私益の問題ではなく、国民全体、すなわち、公共の立場で行われているのである。そして、多重債務者について、弁護士の手によって任意に債務を整理しようとする場合、すべての金融業者からその取引経過の開示を受けた上で、各債権者との間の債権債務額を確定し、公平で平等な処理を図るのでなければその目的を達しないことも自明のことである。
ところが、消費者金融業者から金員を借り受けた者が、多重債務に陥り、債務を整理しようとするころには、その返済等に関する資料のすべてを保管しておらず、各業者との間の取引経過の詳細を明確にすることが困難であることが多いのが現実である。
このような状況があるときに、金融業者が、過払い金の返還を免れるなどの不法な目的のために、弁護士の手で公共の立場に立って行われる債務の整理に協力せず、取引経過の開示を拒むのは、自己の営業利益は不当な手段によってでもこれを追求する一方、自己の営業の結果として生じる国民全体の不利益はこれを無視しようとする反社会的な行為であり、特段の事情のない限り、社会的相当性を欠いた違法な行為であるといわなければならない。
本件において、控訴人が被控訴人との間の取引経過を開示しなかったことに特段の事情があったことは窺われない。したがって、控訴人が取引経過の開示を拒否したのは、過払の状態が明らかになるのを回避し、これを隠蔽する意図があったものと認めざるを得ない(控訴人においては、顧客の取引経過についてはこれをコンピュータで管理していたのであって、その開示は容易であったのである。しかるに、控訴人が、上記(1)認定のとおり、当審の第一回口頭弁論期日において、取引経過の開示に応じられなかったのは資料が倉庫にあって容易に探し出せる状態になかったためであるなどと弁解した。不誠実な対応であったというべきである。)。多重債務者も、適切な時期に各消費者金融業者との間の取引経過を明確にし、残債務の有無、過払金の有無及びその額が明確になれば、早期に債務の整理をして、経済的な更生を図ることができる。過払金返還を求める訴訟が提起されれば、その中で開示されるというのでは、その目的を達しないのである。
以上のとおりであって、控訴人が、弁護士の手で行われる債務整理に協力せず、適時に被控訴人に係る取引経過を開示しなかった行為は、社会的相当性を欠いた違法な行為であったというべきである。
したがって、控訴人は、被控訴人に対し、上記の取引経過を開示しなかったことによって被控訴人が被った損害を賠償する責任を負うべきである。
そして、上記認定の事実関係によれば、控訴人は、被控訴人が適時に債務を整理する機会を失わせ、控訴人との間の本件貸付取引に係る過払金について、弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得ない状態に至らしめたものというべきである。
そうすると、控訴人は、被控訴人に対し、適時に債務整理できなかったことによる財産上及び精神的損害や過払金請求訴訟を提起するための弁護士費用などの損害を賠償すべきことになるが、被控訴人の請求する本件における過払金額の概ね一割に相当する五万七四九三円は、上記損害額の一部に過ぎないことが明らかである。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、五万七四九三円とこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一二年八月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
3 以上のとおりであって、被控訴人の請求はすべて理由がある。
したがって、控訴人の本件控訴は理由がなく、原判決が被控訴人の請求を一部棄却したのは相当でないので、被控訴人の附帯控訴に基づき、これを主文第3項のとおり変更することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・淺生重機、裁判官・西島幸夫、裁判官・原敏雄)