東京高等裁判所 平成13年(ラ)2348号 決定 2002年2月15日
抗告人 林芳子
被抗告人 林光彦
被抗告人 林克巳
被抗告人 林由美
被抗告人 林裕司
上記2名法定代理人親権者母
被抗告人 林加代子
被抗告人 林和人
被抗告人 林信弘
被相続人 林龍之介
主文
1 原審判を取り消す。
2 本件を横浜家庭裁判所相模原支部に差し戻す。
理由
第1本件各抗告の趣旨及び理由
別紙即時抗告申立書、上申書(各写し)記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 一件記録によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被相続人は、平成10年6月6日死亡し、同人の妻である抗告人と母である林ユキエ(ユキエ)が相続した(抗告人の相続分3分の2、ユキエのそれは3分の1)。
ユキエは、平成10年8月19日死亡した。ユキエの相続人は、長男被抗告人光彦、五男同和人、六男同信弘のほか、死亡した四男亡林克敏(平成4年1月10日死亡)の長男被抗告人克巳、長女同由美(昭和57年10月7日生)、二男同裕司(昭和59年3月26日生)の代襲相続人がいる。
(2) 被抗告人和人は、その余の被抗告人らを相手方として、熊本家庭裁判所にユキエの遺産について遺産分割の調停を申し立て(平成12年(家イ)第×××号)、現在も調停事件が係属している。
(3) 原審は、上記調停申立て直後、被抗告人らに対し、照会書を送付して相続人の範囲、遺産の範囲及び遺産分割についての希望等を聴取し、さらに、被抗告人らに対し、平成13年3月30日付けの「ご連絡」と題する書面を送付して、抗告人の主張する遺産の範囲についての意見等を聴取した(なお、後者の書面による意見聴取に対しては、被抗告人光彦、同和人及び同信弘のみが回答した。)。
(4) 本件調停期日は、平成11年8月3日から平成13年6月5日までの間、合計13回にわたって開かれ、抗告人は終始出頭したが、被抗告人光彦の代理人林礼子が第1回ないし第4回、第7回、第13回の各調停期日に、また、被抗告人和人が第2回の調停期日にそれぞれ出頭したのみで、その他の被抗告人らは一切出頭しなかった。
(5) 本件遺産の範囲については、まず原審判別紙遺産目録記載一の不動産(本件不動産)が被相続人の遺産であることについては当事者間に争いがない。しかし、同目録記載二の預貯金(本件預貯金)及び死亡一時金、生命保険金については争いがあり、抗告人は、本件預貯金の2分の1は抗告人固有の預貯金であり、その余が遺産である、死亡一時金及び生命保険金は遺産に含まれないと主張しているのに対し、被抗告人光彦及び同和人は、以上のすべてが遺産であると主張している。
なお、被抗告人和人は、平成10年8月4日、ユキエから同人所有のすべての財産について死因贈与を受けたと主張しているが、被抗告人光彦は、これを全面的に争っている。
原審判は、遺産の範囲について、死亡一時金及び生命保険金は、遺産に含まれないとして、遺産分割の対象から除き、本件預貯金は、その全部が遺産であるとして、これを各法定相続分に応じて分割し、さらに、本件不動産については、上記のとおり相続人間で争いがあり、その紛争内容は、本件遺産分割の手続外の手続である民事訴訟をもって解決しなければならない争いである上、抗告人は最終的には共有物分割の民事手続による解決を望むなど遺産分割として根本的な解決よりは、むしろ暫定的な共有取得を希望していること等を考慮すると、民事裁判が確定するまでの期間として相当と考えられる期間、すなわち、原審判から2年間である平成15年9月30日までの間その分割を禁止するのが相当であるとした。
2 しかしながら、次の理由により、原審判は取消しを免れないものと判断する。
(1) 原審判は、本件預貯金を本件遺産と認定した上で、これを遺産分割の対象としている。しかし、預貯金は、当然には遺産分割の対象になるものではなく、相続人間においてこれを遺産分割の対象とする旨の合意があって初めて遺産分割の対象とすることができると解される。したがって、この合意がない限り、預貯金は遺産分割を待つまでもなく、相続開始と同時に当然に分割されるのである。一件記録によっても、被抗告人克巳、同由美及び裕司が、本件預貯金を本件遺産分割の対象とすることについて合意したものとは認められず、その余の被抗告人らについても、合意の有無は明らかではない。したがって、この点については被抗告人らの意思を改めて確認する必要がある。
(2) 原審判は、本件不動産については平成15年9月30日まで分割を禁止するのが相当であるとしている。
家事審判法9条1項、民法907条3項は、家庭裁判所は、遺産の分割に当たって、「特別の事由」が存するときは、審判によって遺産の分割を禁止することができる旨規定しているが、この「特別の事由」とは、民法906条に規定する分割基準からして、遺産の全部又は一部を当分の間分割しない方が共同相続人らの全体にとって利益になると考えられる特別な事情をいうものと解すべきである。家庭裁判所は、遺産分割に関する処分の前提となる相続財産の範囲について相続人間に争いがある場合であっても、審判手続においてその前提事実について審理判断した上で分割の審判をすることができるのである。
これを本件についてみるに、一件記録によるも、被抗告人和人と同光彦との間に、ユキエの死因贈与の効力を争う民事訴訟が現に提起されている事実は認められないから、未だに提起されていない訴訟の推移を待つこと自体無意味なことであり、原審としては、速やかに前提事実について審理判断をするべきである。
(3) 本件では、ユキエの遺産相続が開始しており、その遺産分割調停事件が現在熊本家庭裁判所に係属し、本件遺産分割の対象であるユキエの相続分も分割の対象とされていることに照らすと、本件遺産分割に限って独自に合意が成立するなど特段の事情があれば格別、そうでない以上は、ユキエの遺産に係る遺産分割事件と本件遺産分割事件は、互いに密接な関連性があるから、いずれかの裁判所において同時に審理判断することが、当事者にとって有益であるとともに、適正で迅速な遺産分割を実現するためにも必要なことである。したがって、今後はこの観点に立脚した両裁判所間の速やかで実効的な調整が不可欠であることはいうまでもない。
3 よって、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消した上、前記の諸点について更に審理を尽くさせるため、本件を横浜家庭裁判所相模原支部に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 大藤敏 裁判官 遠山廣直 三木素子)
(別紙1) 即時抗告申立書(抄)
抗告の趣旨
1.原審判を取り消す。
2.本件を横浜家庭裁判所相模原支部に差し戻す。
との裁判を求める。
抗告の理由
追って提出する。
(別紙2) 上申書
平成13年(ラ)第2348号につき、抗告の理由を以下の通り主張する。
1.不動産について
(1) 原審判は、本件不動産について2年間遺産分割を禁じるとする。その理由は、相手方林和人と同林光彦との間で、亡林ユキエと林和人との間の死因贈与契約の成否について争いがあり、申立人も不動産については共有物分割手続による解決があるまでは暫定的な共有取得を望んでいる、という点にある。
(2) しかし、相手方間での争いは申立外亡林ユキエの相続財産に関するものであり、申立人は同人の相続人ではない。
遺産に含まれる不動産の範囲及び申立人の相続分については争いがないのだから、相手方間の争いに申立人を巻き込み、本件相続による遺産分割を長引かせるべきではない。すでに、本件遺産分割には、調停の申立てから2年を超える長期間が費やされており、その原因はひとえに相手方らの遺産争いにあるのである。
(3) また、申立人は、熊本県にある本件不動産の共有取得を強いて望んでいない。
遠方にある不動産を共有取得することは、これを利用することが不可能な申立人にとっては何らの益もなく、管理することすら困難な状態である。
一方、熊本県にいる相手方林和人は、本件不動産全部を駐車場として無償で使用収益しており、これを失うことは自らの営業活動に致命的な打撃を受けることが明らかであり、本件不動産を確保しなければならない立場にいるのである。
(4) 申立人は、本件不動産が仮に共有となったとしても、いずれは一括売却処分による金銭分割か、相手方林和人が取得した上での金銭による清算になるかのいずれかの方法にならざるをえないと考えている。
従って、申立人は、本件不動産の共有取得を望んでいるわけではなく、相手方らが本件不動産を取得し、その代償金を取得することで満足する趣旨なのである。
(5) 原審の言う通りに分割が禁止されることは、実際には、相手方らが本件不動産を無償で使用する状態がそのまま継続するだけのことであり、申立人は、相手方らの事情によって不合理かつ不公平な結果を甘受しなければならないのである。
(6) 以上のような特別の事由から、本件不動産は相手方らの共有とし、相手方らに申立人に対し、代償金支払債務を負担させる形で遺産分割をすべきである(家事審判規則109条)。
2.預貯金
(1) 原審は、被相続人名義の預貯金をすべて遺産に含めているが、これは不当である。
夫が収入の一部を生活費として妻に渡した場合、この生活費は夫婦共同生活の基金としての性質を有するものであるから、夫婦の共有財産と解するのが相当である。そして、生活費の余剰を被相続人名義で預金したにすぎない場合には、右預金は未だ夫婦共同生活の基金としての性格を失わず、夫婦の共有財産と解される(東京地裁昭和59年7月12日判決)。本件における預貯金も、申立人が被相続人から受け取った生活費の余剰を被相続人名義で預金したものであるから、夫婦の共有財産とみることができる。よって、相続が開始されても申立人の共有持分は遺産に含まれない。
そして、夫婦平等の観点からすれば、申立人の共有持分は2分の1と解するのが相当である。
(2) 仮に財産全部を夫名義にしておいた場合、夫婦が離婚に際して分与すべき財産は2分の1を原則とすべきである。すなわち、夫名義の財産の中には、当初から妻の財産が含まれているのである。
これと同様に、相続に際しては、夫に固有の財産と特に認められるものを除き、夫婦が共同で形成してきた財産は、その名義にかかわらず、夫婦が2分の1の割合で財産を共有しているとして何ら不自然なところはないのである。
(3) すなわち、原審は、預貯金類の名義という形式的なものに依拠して、これら全てを被相続人の遺産と認定した誤りがある。被相続人の預貯金類のうち、その2分の1は申立人固有の財産として、遺産分割の対象から除き、その余のものを法定相続分によって分割すべきである。
3.遺産分割の禁止について
(1) 原審判は、本件遺産分割事件を形式的に終了させているに過ぎず、その紛争の実態は何ら変わるところがない。
2年後に不動産の分割を求めて改めて遺産分割の申立を行うにしても、相手方らの紛争が終わっていなければ、再度分割の禁止を行うことになるのであろうか。
(2) また、相手方らの遺産分割を進めるに当たっても、本件遺産分割によりどのような遺産が林ユキエに帰属するかが明らかでない以上、逆に本件遺産分割事件が確定するまで遺産分割を禁止するという扱いがされる恐れも否定できない。
そうなれば、両すくみ状態となり、相手方らの遺産分割も、本件の遺産分割も、共に永遠に解決されることなく放置されることになるのである。
(3) 申立人としては、相手方らの熊本家庭裁判所における遺産分割協議の進行状況を問い合わせることにしているが、その進行いかんによっては、2年間の分割禁止というのはただ解決を先送りとしただけであることが明らかになると思われる。
なお、熊本家庭裁判所の事件については追って報告する予定である。