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東京高等裁判所 平成13年(ラ)921号 決定 2001年6月22日

抗告人

滋賀食品販売株式会社

代表者代表取締役

平井辰敬

代理人弁護士

平林英昭

高畠敏秀

相手方

有限会社タートルホーム

代表者代表取締役

加藤修一郎

主文

1  原決定を取り消す。

2  本件引渡命令の申立てを却下する。

3  本件手続費用は相手方の負担とする。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

2  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  有限会社ドンは、原決定別紙物件目録記載の店舗部分(以下「本件店舗」という。)について、平成三年九月二九日、当時の所有者であった松本憲一との間で、貸主・松本憲一、借主・有限会社ドン、使用目的・ラーメン専門店、賃貸借期間・平成三年一〇月一日から平成八年九月三〇日までの五年間とする賃貸借契約を締結した。

(2)  有限会社ドンは、平成四年六月一日、そのラーメン部門を代表者を同じくする抗告人に譲渡し、これに伴い、本件店舗についての上記賃貸借契約に基づく賃借人たる地位を抗告人に譲渡し、松本憲一は、平成五年六月二二日、これを承諾した。

(3)  本件店舗についての上記賃貸借契約は、平成八年九月三〇日の期間満了後、法定更新された。

(4)  本件店舗については、平成一二年四月三日付けで競売開始決定、同月四日付けで差押登記がされ、基本事件(横浜地方裁判所平成一二年(ケ)第四四一号)の競売手続が進行し、相手方が買受人となり、その所有権を取得した。

基本事件における最先順位の抵当権は、平成三年七月一九日付けで設定登記されている。

(5)  相手方は、抗告人の賃借権は最先順位の抵当権に後れ、期間が三年を超えているとして、平成一三年三月二三日、本件引渡命令の申立てをし、同月二六日付けで本件不動産引渡命令(原決定)が発令された。

3  期間の定めのある建物賃貸借契約が法定更新された場合、更新後の賃貸借は期間の定めのない賃貸借となり(最高裁昭和二七年一月一八日第二小法廷判決・民集六巻一号一頁、最高裁昭和二八年三月六日第二小法廷判決・民集七巻四号二六七頁。借地借家法二六条一項ただし書き)、また、期間の定めのない建物賃貸借は、正当事由さえ存在すれば何時でも解約申入れをすることができ、この正当事由の有無の判定に際しては短期賃貸借制度の趣旨が極めて重要な資料として取り扱われるとの見地から、期間の定めのない建物賃貸借は民法三九五条の短期賃貸借に該当するものと解される(最高裁昭和三九年六月一九日第二小法廷判決・民集一八巻五号七九五頁、最高裁昭和四三年九月二七日第二小法廷判決・民集二二巻九号二〇七四頁)。

4  そこで、抗告人の賃借権が買受人に対抗できるものであるか否かについて検討する。

(1)  まず、抗告人の賃借権は、最先順位の抵当権に後れるものである。これは、抵当権設定登記時と賃借権設定対抗要件具備時との先後によって判断される。

(2)  次に、抗告人の賃借権が民法三九五条によって保護される賃借権に該当するか否かを検討する。

抗告人の賃借権が、短期賃借権であるか、期間の定めのない賃借権であれば、同条に基づき、抵当権者に対抗でき、買受人に対抗できることになるのであるが、この判断の基準時は、競売開始決定に基づく差押の効力発生時(本件では差押登記時)であり、この時点において、短期賃借権であったか、長期賃借権であったか、期間の定めのない賃借権であったかを確定し、この確定された賃借期間に基づいて民法三九五条該当性の有無を判断すべきものと解するのが相当である。

この解釈によれば、設定当時長期賃借権であったものが競売手続開始前の法定更新により既に期間の定めのない賃借権となっている場合には、競売手続においてこれを期間の定めのない賃借権として取り扱うこととなるが、抵当権者は、抵当権設定登記後競売開始直前に設定された期間の定めのない賃借権であっても、それが民法三九五条の短期賃借権に該当するために、これを負担するものとしての担保価値しか把握できないのであるから、この取扱いによって抵当権者に不測の不当な不利益を強いることにはならない。

そして、抗告人の賃借権は、設定当時は賃借期間を五年間とする長期賃借権であったものの、平成八年九年三〇日に法定更新された後、期間の定めのない賃借権となり、平成一二年四月四日付けの差押登記により基本事件の競売手続が開始された時点においては、期間の定めのない賃借権であったのであるから、民法三九五条によって保護される賃借権であったものと認められる。

(3)  したがって、抗告人の賃借権は、売却許可決定前に解約によって既に消滅しているのでない限り、買受人に対抗できるものであるところ、一件記録中に、抗告人の賃借権が売却許可決定前に既に消滅したことを窺わせる資料は存在しないから、抗告人の賃借権は、買受人である相手方に対抗できる期間の定めのない建物賃借権であるものと認めるのが相当である。

5  以上によれば、抗告人に対し、民事執行法八三条に基づいて、買受人である相手方への目的物件の引渡しを命ずることはできないのであり、買受人である相手方において、目的物件に対する抗告人の占有を排除するためには、抗告人の賃借権が買受人に対抗できることを前提としたうえで、抗告人との間の期間の定めのない建物賃貸借の解約申入れをし、これに基づいて抗告人に対して明渡訴訟を提起すべきである。

6  よって、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官・杉山正己、裁判官・山﨑まさよ、裁判官・沼田寛)

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