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東京高等裁判所 平成13年(行ケ)401号 判決 2002年12月04日

主文

1  被告が,平成11年懲(審)第11号審査請求事件について,平成13年8月24日付けでした本件審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。

2  訴訟費用は,被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文と同旨

第2事案の概要

1  本件の概要

本件は,弁護士である原告が,所属する第二東京弁護士会により,業務停止3月とする懲戒処分(本件原処分)を,被告により,本件原処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決(本件裁決)を,それぞれ受け,原告には懲戒事由がなく,本件裁決は手続的に違法であると主張して,本件裁決の取消しを求めた事案である。

当裁判所は,原告について,懲戒事由に該当する事実を認めることはできないと判断した。

2  前提事実(争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  本件原処分及び本件裁決

ア 第二東京弁護士会は,平成11年9月20日,原告が,依頼者である懲戒請求者ら(エスプリ・インターナショナル及びエスプリ・ド・コー)に対し,①後記第2回分割金300万円につき,平成6年11月30日受領していながら,同年12月21日及び同月28日未だ受領していない旨並びに平成7年1月6日小切手で受領した旨,虚偽の報告をしたこと,並びに②独断で賃借建物の明渡しに関して再交渉し,立退料300万円を受領しながら,報告しないで秘匿したことにつき,弁護士法第56条1項の品位を失うべき非行に該当するとして,原告を業務停止3月とする本件原処分をした。

イ 被告は,平成13年8月24日,本件原処分に対する審査請求を棄却する旨の本件裁決をした。

(2)  当事者

ア 原告(登録名A)は,第二東京弁護士会に所属する弁護士である。

イ エスプリ・ド・コーは,アメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づいて設立され,「エスプリ」商標のカジュアル衣料の企画,デザイン及び販売を行う法人である。エスプリ・インターナショナルは,同じくカリフォルニア州法に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップであり,「エスプリ」商標の管理及びライセンス事業を行っている。エスプリジャパン株式会社は,エスプリ・インターナショナルの100%子会社であり,エスプリ・インターナショナル及びエスプリ・ド・コーの日本における広告業務等を行っている。(以後,これらを総称して,エスプリ側ということがある。)

ウ 原告は,昭和58年頃,エスプリジャパンの設立手続を受任し,以後同社の顧問弁護士となり,同62年頃から平成7年初め頃まで,エスプリ・インターナショナル及びエスプリ・ド・コーから,商標の出願,管理等の業務の依頼を受けた。

エ Bは,平成6年当時,エスプリジャパンの専務代表取締役兼エスプリ・インターナショナルの業務執行取締役で,エスプリ・ド・コー及びエスプリ・インターナショナルの日本における業務について執行権限を有し,エスプリ各社を代表し,又は代理して原告に仕事を依頼していた他,エスプリ・インターナショナルが香港で製造した商品の日本における販売のために前同年設立されたエスプリリテールジャパン株式会社の代表取締役でもあった(甲7の50,9)。

(3)  本件建物の明渡しの合意

ア エスプリ・ド・コーは,東京都目黒区α6ー10号所在の二階建建物(本件建物)につき,昭和57年以来Cと,平成4年9月以来Dと,賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結し,エスプリジャパンがこれを転借して事務所及びゲストハウスとして使用していたが,平成5年9月20日頃,D代理人E弁護士から,更新拒絶の通知を受けた(乙8の63から65,8の70)。

イ 原告は,委任を受けてエスプリ・ド・コーを代理し,平成6年10月31日,E弁護士との間で,下記内容の合意(本件明渡合意)を成立させた(乙8の4)。

(ア) 本件賃貸借契約を合意解除する。

(イ) Dは,平成6年12月28日まで本件建物の明渡しを猶予する。

(ウ) Dは,エスプリ・ド・コーに対し,造作の買取代金及びその他一切の解決金として,2500万円を次のとおり支払う。

① 平成6年10月31日 950万円(第1回分割金)

② 同年11月30日 300万円(第2回分割金)

③ 明渡しと引換え 1250万円(最終分割金)

(エ) Dは,解決金とは別に,明渡しと引換えに敷金600万円を返還する。

(オ) エスプリ・ド・コーは,明渡期限を遵守しないときは,違約金として,明渡済みまで月150万円の割合の金員を支払う。

ウ エスプリ・ド・コーは,平成7年1月11日,本件建物を明け渡した。

(4)  分割金の受領及び送金

原告は,エスプリ・ド・コーを代理し,Dから,約定どおり,第1回分割金及び第2回分割金の支払,明渡し当日(平成7年1月11日),最終分割金の支払及び敷金の返還を小切手で受け,下記のとおり,第1回分割金950万円及び第2回分割金300万円の全額並びに最終分割金及び敷金返還金計1850万円の一部1300万円を送金した(括弧内は,送金手続をした日)が,弁護士報酬の未払いを理由に550万円の送金をしなかった(甲2,7の30の1から3まで,7の31,乙8の6から9まで)。

ア 第1回分割金950万円(三和銀行から送金。)

① 平成6年11月23日(同月18日) 3万0364.37ドル(300万円相当)

② 同年12月1日(11月29日) 3万0260.24ドル(300万円相当)

③ 同年12月19日(同月15日) 3万8843.21ドル(350万円相当)

イ 第2回分割金300万円(三和銀行から送金。)

平成7年1月24日(同月13日) 2万9940.12ドル(300万円相当)

ウ 最終分割金1250万円及び敷金600万円(三菱銀行から送金。)

① 平成7年1月25日(同月20日) 2万9717.12ドル(300万円相当)

② 同年2月13日(同月3日) 2万9954.98ドル(300万円相当)

③ 同年3月3日(2月28日) 3万0881.90ドル(300万円相当)

④ 同年3月28日(同月22日) 3万3546.22ドル(300万円相当)

⑤ 同年6月16日(同月13日) 1万1699.62ドル(100万円相当)

(5)  第2回分割金の支払を巡る報告

原告は,平成6年12月13日,F(エスプリ・インターナショナル経理及び営業担当副社長)から,第2回分割金300万円(11月30日受領)につき,最新の情報を求められ,12月21日,同月26日までに支払われることを期待している旨,同月28日,年末あるいは遅くとも平成7年1月5日までの支払にE弁護士が同意した旨,及び平成7年1月6日,同日小切手で受領した旨,それぞれ報告した(乙8の56から60まで)。

(6)  平成7年1月6日300万円の支払と返金

原告は,平成7年1月6日,G(Dの子)から,300万円の支払を受け,立退料として支払を受けた旨の領収書を,同月19日,平成8年1月14日まで同金員を保証として預かる旨を記載した,平成7年1月6日付けの「預り証」を,いずれも同人に交付し,平成8年1月16日,同人の指示に従い,Dの口座に300万円を送金した(甲6,7の1から4まで,7の33,乙8の33)。

3  争点

(1)  争点1(手続の瑕疵。原告の主張)

原告に対する懲戒は,原告に弁明する機会を与えないままにされる等の手続的瑕疵がある。

(2)  争点2(懲戒事由。被告の主張)

原告につき,懲戒事由がある。

4  争点1(手続の瑕疵)に関する原告の主張

ア  弁明権の侵害

懲戒請求者らは,平成8年2月15日付け懲戒請求申立書において,「預り金の不当留保と詐欺」を品位を失うべき非行とし,その後,同年7月16日付け,同月29日付け準備書面において「依頼を受けない交渉と不報告及び事実と異なる報告」に変更したが,原告は,第二東京弁護士会綱紀委員会において変更後の事由について弁明する機会を与えられず,本件の懲戒手続には著しい違法があり,懲戒申立ては却下されるべきである。

イ  報酬の支払を免れるための濫用的申立て

懲戒申立ては,報酬の支払を免れるためにされたもので,却下されるべきである。

ウ  懲戒請求者らの意思に基づかない違法な懲戒申立て

懲戒申立ては,懲戒請求者らの意思に基づかずにされており,却下されるべきである。

5  争点2(懲戒事由)に関する被告の主張

弁護士は,依頼者に対し,事件の経過及び事件の帰趨に影響を及ぼす事項を必要に応じて報告し,事件の結果を遅滞なく報告しなければならず(弁護士倫理第31条),事件に関する金品の清算及び引渡し並びに預かり品の返還を遅滞なく行わなければならない(同第40条)。

弁護士が,依頼者のために預かった金員につき,遅滞なく報告することは最も基本的且つ重要な義務であり,積極的に虚偽の報告をすることは言語道断で,弁護士として品位を失うべき非行(弁護士法56条1項)であり,原告には,以下のとおり,これに該当する懲戒事由(本件懲戒事由)がある。

(1)  第2回分割金についての虚偽の報告

ア 原告は,第2回分割金300万円につき,平成6年11月30日これを受領しながら,前記のとおり,エスプリ・ド・コー及びエスプリ・インターナショナルに対し,同年12月21日及び同月28日,未だ受領していない旨,平成7年1月6日,同日小切手で受領した旨,虚偽の報告をした。

イ 金員受領について真実を報告すると送金に支障がある理由が明らかではなく,法律上送金に困難があるとしても,虚偽の報告が許容されるものではない。

(2)  独断による再交渉(建物明渡しないし追加立退料請求の再交渉)

ア 原告は,平成6年11月以降,依頼者であるエスプリ・ド・コーの依頼に基づくことなく,立退料の増額を求めて再交渉し,Gから立退料300万円(預り金ではない。)を受領しながら,これを報告しなかった。

イ 原告は,同年11月当時,エスプリ・インターナショナルに対し,造作買取代金2500万円の支払を受けられることになったことは望外の結果であると報告し(乙8の14),エスプリ・インターナショナルも合意解除の内容に満足していると述べており(甲7の26),エスプリ側も,原告に対して弁護士報酬の減額を求めていた事情もあり,合意解除を破棄し,造作買取代金の増額についての新たな交渉を原告に依頼するような事情はなかった。

ウ 原告は,Fから交渉の経緯の報告を求められており(甲7の6),Bには報告しながら,エスプリ・インターナショナルに報告することなく増額交渉をしたのは不自然であり,Bが,独断で,本件明渡合意の効力を無にしかねない交渉を原告に依頼したとは考えられない。

エ Bは,原告に再交渉を依頼したことを否定し,追加立退料を要求する平成6年12月28日付けファクシミリ(甲7の12)を見ていない旨供述しており(乙12),エスプリ側は,当時,第2回分割金の支払が遅延しており,明渡期限を遵守する必要がないと考えていたし,明渡期限(同年12月28日)は延長すると合意されており,追加立退料の支払を求めることが必要な状況にはなかった。

6  争点2(懲戒事由)に関する原告の反論

(1)  虚偽報告及び分割送金について

原告がDから受領した多額の金員を1度に送金するのは,外国為替及び外国貿易管理法(外為法)上困難で,B及びエスプリ・インターナショナルの了解を得,分割して送金した。しかし,分割送金が度重なるにつれて,取扱銀行に不審を抱かれ,送金を拒絶される事態が予想されたため,原告は,平成6年11月30日支払を受けた第2回分割金を同7年1月6日支払を受けたかのように報告したが,専ら依頼者の利益のために送金を円滑にしようとしたもので,原告に何らの利益もなく,弁護士としての品位を失うべき非行には当たらない。

(2)  再交渉について

ア 原告は,エスプリ側から,合意した期限(平成6年12月28日)に明渡しができないが,違約金を支払わないで解決するよう依頼を受けて再交渉したもので,原告の独断ではなく,交渉の手段・方法は原告に委ねられていた。

イ 原告は,約束が履行できない不利な立場にあったエスプリ側に有利に運ぶため,賃貸人の建物明渡しの正当事由の不備を指摘し,Bから,エスプリジャパンの移転先から保証金の積増しを求められるかもしれないと聞いていたこともあり,積増保証金に充てる金員の支払を要求する強い対応に出たもので,平成7年1月6日,Gに対しても,保証金の積増しを求められることを条件として300万円を要求する旨説明した。

ウ 原告は,300万円の支払を受けた後,Bから,積増保証金の支払の必要がないことを知らされ,同人の了解の下にGに返還を申し出たが,同人から,1年間は預かるよう要請されて預り,平成8年1月16日,返還した。

第3当裁判所の判断

1  本件明渡合意の成立及び本件建物の明渡しに至る経過

(1)  本件明渡合意の成立

ア エスプリ・ド・コーは,前提事実記載のとおり,平成5年9月,E弁護士(賃貸人D代理人)から,自己使用を理由として本件賃貸借契約(賃貸期限平成6年9月末日)の更新拒絶の通知を受け,原告は,同6年2月ころ,エスプリ・ド・コーの委任を受け,正当事由について疑問があることを指摘し,賃貸借の継続を求めて交渉していた(甲7の66から70まで,乙8の64から66まで)。

イ 原告は,同年8月,Fから,本件賃貸借契約を終了して明け渡すこと,移転先を確保するまで,1か月毎の更新により本件建物を借りること,契約書に定められた原状回復費を支払わなくて済むよう最善の努力をして交渉すべきこと,賃貸人が,本件建物を壊して建て直すのであれば,原状回復費の支払は必要がなく,現状のまま賃貸するのであれば,内装デザインの価値に対する支払の交渉を望む趣旨の連絡を受け,同年9月,E弁護士に対し,①建物の内装の造作の買取り,②転居先を探すための3か月の明渡しの猶予,転居料として,その間の賃料の免除,及び③建物明渡し時の敷金満額の返環を求め,応諾する旨と造作買取価格を示すべき旨の返答を受け,Bの了解を得て,造作買取代金2500万円を要求し,E弁護士から,予想外に高いが依頼者に伝える,3か月の明渡し猶予,その間の賃料の免除及び敷金の返還は了解する旨回答を受け,その後の交渉を経て,同年10月19日,造作買取代金の支払を含めて明渡しの条件が概ね合意された(甲7の6,7,71から73まで,乙8の1から3まで)。

ウ 原告は,同年10月26日,Fに対し,明渡しを巡る交渉の経緯について報告して意思決定を求め,同人から,合意内容についての理解が正確であるかどうかの確認を求め,支払はバンク・オブ・アメリカ(カリフォルニア州サンフランシスコ)のエスプリ・インターナショナルの口座に電信送金すべき旨,及び交渉の結果に満足している旨連絡を受け,同月28日,同人に対し,合意内容についての理解が正確である旨連絡し,同月31日,前提事実のとおり,本件明渡合意を成立させ,第1回分割金950万円の支払を受けた(甲7の8,7の47,乙8の13,8の14)。

エ 原告は,同年11月4日,既に支払われた10月分の賃料100万円の返還を受けてBに交付し,同月10日,Fから,結果に満足している旨の連絡を受けた(甲7の26,7の74から76まで)。

オ 原告とF間の上記認定の相互の連絡は,いずれも,ファクシミリによってされ,その内容は,いずれも,送信側からBに送付された(上記各書証中,ファクシミリ文書であるものの,第1頁参照)。

(2)  再交渉

ア 原告は,平成6年11月初旬ころ,Bから,H(本件建物に隣接して事務所を構える株式会社ホワイの代表者)が,Gに購入を勧められたとして,本件建物の見分のために訪問し,質問されたとの報告を受け,売却されるのであれば,1億円要したIによる内装につき,造作買取代金の増額を要求するよう求められ,E弁護士に対し,Hの訪問の事実と本件建物の売却についての疑問を指摘し,造作買取代金の増額を求めた(甲7の31,7の115)。

イ 原告は,E弁護士から,賃貸人は売却を考えておらず,本件建物にはGの娘夫婦が入居する旨,成立した合意は守るよう求める旨及び造作買取代金の増額には応じない旨の回答を受け,その後,同年11月10日,賃借人が期間満了前に明け渡すときは365日分の賃料を支払うべき旨の本件賃貸借契約上の約定に基づき,造作買取代金2500万円から上記賃料1200万円を控除すべき旨の要求を受け,同日,Fに対し,上記要求を受けて再交渉を求められた旨連絡し,即日,同人から,本件明渡合意が成立しており,E弁護士はこれを守る義務を負い,再交渉は受け入れられず,再交渉の要求を拒絶すると至急伝えるよう緊急の連絡を受け,同月18日,同人に対し,E弁護士との交渉において,1200万円の減額を求める要求が強硬で,エスプリ側がより広い事務所に移転する予定であったとの情報を相手が入手したと見られる旨,要求を撤回させるよう説得の努力を続けるが,同弁護士の態度から,自発的に撤回することは困難と思われる旨連絡した(甲7の23,7の28の2,乙8の48,8の49,8の52)。

ウ 原告は,同年11月30日,E弁護士及びGと会い,本件建物の売却について質し,同人の娘夫婦が居住する予定で(後日,娘夫婦の居住していたマンションを平成7年1月20日付けで明け渡す旨記した書面の写しが送付された。),本件建物を売却する意向はなく,2500万円の支払が高額に過ぎる旨,エスプリリテールジャパンが移転する予定であっても,なお,エスプリ・ド・コーは明渡しを予告する義務がある旨の指摘を受けたが,同日,Gから第2回分割金の支払として300万円の小切手を受領し,同6年12月7日,Fに対し,この経過及び今後も交渉を継続する旨をファクシミリにより連絡したものの,上記300万円の支払については報告しなかった(甲7の10,7の115,7の109,乙8の55)。

エ 原告とF間の上記認定の相互の連絡も,いずれも,ファクシミリによってされ,その内容は,いずれも,送信側からBに送付された(上記各書証中,ファクシミリ文書であるものの,第1頁参照)。

(3)  明渡期限の猶予を巡る交渉と本件建物明渡し

ア 原告は,平成6年12月20日,Fに対し,明渡交渉に関する報酬を造作買取代金(2500万円)の15%に減額して請求する旨連絡し,同日,同人から,承諾の連絡を受け,同月21日,同人に対し,報酬についての原告の要求を受け入れたことに感謝する旨,第2回分割金が同月26日までに支払われると期待している旨,Bから同7年1月10日までは移転ができないとの連絡を受け,このため,1月分の賃料の放棄及び敷金全額の返還を求めて追加の合意を交渉する旨連絡し,平成6年12月21日即日,Fから,原告との報酬合意が成立したことを喜び,第2回分割金の連絡について感謝し,1月分の賃料の放棄と従前の合意に従った敷金全額の返還に向けて交渉するという原告のアプローチに同意する旨,原告の交渉力を信頼し,進展があれば通報を乞う旨連絡を受けた(甲7の11,乙8の16,8の17,8の57,8の58)。

イ 原告は,平成6年12月22日ころ,E弁護士に対し,平成7年1月10日までは明渡しができない旨連絡し,同弁護士から,年内に明け渡すべき旨,同6年12月28日,説明のため,GとHを原告事務所に差し向ける旨連絡を受け,同日,ファクシミリにより,同弁護士に対し,Gらの訪問の手配に謝するとともに,賃貸人が本件建物を売却するのではないことを了解する旨,本件建物の使用者がDの遠縁に過ぎず,更新拒絶の正当事由にはほど遠いと考える旨,依頼者が関連会社の賃借建物に移転せざるを得ず,同居のための積増保証金を要求されており,造作買取代金とは別に300万円を同7年1月6日までに支払を受けたいこと,支払を確認の上,同月10日までに明け渡す旨を通告し,同書面をBにもファクシミリにより送付し,E弁護士との連絡により,同月6日,東京弁護士会館において面会することを約した(甲7の12,7の31,7の115)。

ウ 原告は,平成6年12月28日,Fに対し,E弁護士が年末又は遅くも同7年1月5日までの第2回分割金の支払に同意した旨,最終分割金の支払及び1月分の賃料の放棄を得る努力を続ける旨連絡し,連絡当日即日(現地時間前日),報告に感謝する旨連絡を受けた(乙8の18,8の59)。

エ 原告は,Bから,平成6年12月28日午前,宛先不明のために本件建物に返送されたGの娘が差し出した年賀状に記載された,年末から本件建物に住むが,間もなく夫の海外転勤に同行する旨の内容を伝えられ,また,同7年1月5日,明渡期限を同月10日ではなく,同月21日まで延期を求める旨連絡を受け,同月5日,Gに対し,ファクシミリにより,本件建物に仮住まいする旨の同人の娘の上記賀状の内容について,翌日説明を求めたい旨,及び明渡期限は同月21日の間違いであった旨連絡し,E弁護士にも同旨の連絡をした(甲7の13,7の31,7の115,乙12)。

オ 原告は,同年1月6日,東京弁護士会館においてE弁護士及びGと面談し,Gから,娘夫婦が同月23日には引っ越す予定で,賃借しているマンションも同月20日限り明け渡す約束であるとして,早急な本件建物の明渡しを求められ,協議の上,同人に対し,同月14日の明渡しを約し,明渡しが1日でも遅れたときは1月分賃料150万円を支払う旨手書きした文書を交付し,結果をBに電話により報告した(甲6,7の10,7の14,7の31)。

カ 原告は,同7年1月9日,Bから,同月10日引越しを完了する旨電話連絡を受け,E弁護士に対し,同日午後以降引渡しが可能で,同月11日午前11時又は午後1時引渡しできれば好都合である旨の連絡をし,同弁護士と,同日午前12時30分明渡しとすることを約し,その旨Bに伝え,同日,本件建物の明渡しに立ち会い,水道,ガスの料金の清算手続と床暖房の引継の必要のため,鍵は後日原告が引き渡すこととなった(甲7の15,7の16,7の31)。

キ この間の原告とF間の上記認定の相互の連絡も,いずれも,ファクシミリによってされ,その内容は,いずれも,送信側からBに送付された(上記各書証中,ファクシミリ文書であるものの,第1頁参照)。

(4)  300万円の受領から返還まで

ア 原告は,平成7年1月6日,面談の際,Gから,期限を守って明渡しをして欲しいので,確証として年末に要求のあった積増保証金が必要なら負担するとして,現金300万円の支払を受け,同人に対し,立退料として支払を受けた旨の領収書を交付し,同月9日,積増保証金は不要となったとして,300万円の返還を申し出たが,同人から,エスプリ側から何を言われるかわからず,1年位預かるよう求められ,承諾した(甲7の31,7の115,乙8の33)。

イ 原告は,本件建物の明渡し後,同月19日,Gから誘われて出席したワインクラブの新年会の席上,前提事実記載のとおり,同人に対し,同月6日付けの,前記300万円を保証として同8年1月14日まで預かる旨記載した「預り証」(甲7の1)及び本件建物の鍵1個を渡した(甲7の31)。

ウ 原告は,同7年12月1日,Gに対し,預り証の写しを添え,上記金員の返還について連絡を求め,同月11日,同人から,連絡の遅延を詫び,Dの預金口座に振り込むべき旨連絡を受け,同8年1月16日,送金手数料を差し引いて,上記金員を送金した(甲7の2から4まで,7の33,乙11)。

2  送金を巡る経緯

(1)  外国送金についての平成6年当時の銀行の取扱い

ア 平成6年当時,外国為替公認銀行は,外国送金を取扱うにあたっては,顧客の行おうとする外国送金の適法性を確認する義務を外為法及び通達によって課せられ(外為法第12条,「外国為替公認銀行の確認事務処理要領について」(大蔵省昭55・11・28蔵国4588号国際金融局長通達)),外国へ向けた支払をしようとする居住者から支払等に係る外国為替取引の依頼を受けたときは,提出を受けた送金依頼書及び貿易外支払報告書(「許可等の関係」欄)に記載されている送金の目的,支払の目的により,あるいは原因となる取引等について契約書の提示を受ける方法その他の便宜の方法により許可又は届出を要するか否か,必要とする場合は許可を取得しているか,届出が受理されているかなど,その適法性が確認できなければ当該送金取引に応ずることができないとされ,外為法第12条は,顧客が外為法の規定により承認を受けていること又は承認等を受けることを要しないことを確認した後でなければ,その取引をしてはならないとしていた(甲7の156)。

イ 外国送金は,平成6年当時,資金洗浄(不正な取引により得た資金を正常な取引により得たものとして利用可能にする手順をいう。マネーローンダリング)の防止の強化,海外への不正送金の防止の強化,海外取引を利用した不正な所得隠し,脱税の防止の強化の目的のため,大蔵省の指導もあって,銀行による外為法上の適法性の確認義務の運用は厳格に行われていた(甲7の126から141まで,7の143から153まで)。

(2)  第1回分割金の分割送金

ア 原告は,平成6年11月10日,Fに対し,富士銀行により,本件明渡合意の当事者はエスプリ・ド・コーであるとして,エスプリ・インターナショナルに対する送金を拒絶されたことを報告し,エスプリ・ド・コーの銀行口座を知らせるよう求めるとともに,前記のとおり,E弁護士から賃料1200万円の支払ひいては造作買取代金の減額について再交渉を求められたことを連絡し,同日,Fから,前記認定(1(2)参照)のとおり,再交渉の要求を拒絶するよう緊急の連絡を受けた(乙8の48,8の49)。

イ 原告は,同月11日,秘書のJに命じ,第1回分割金950万円のエスプリ・ド・コーへの送金の申請書類を富士銀行β支店に提出させ,本件明渡合意書を示して送金目的を説明させたが,送金を断られて上記書類の返還を受け,同銀行担当者から,「取引(本件明渡合意)の当事者である居住者」(D)から「取引の当事者である非居住者」(エスプリ・ド・コー)への送金は可能であるが,DからE弁護士及び原告が支払を受けることは,「取引の当事者である居住者以外の居住者」による,「当該非居住者のために行われる当該取引の当事者である居住者による支払の受領」にあたり,大蔵大臣の許可のない限り,エスプリ・ド・コーには送金できず,金員をDに返還し,契約に従い,同人からエスプリ・ド・コーに送金する方法によるのであれば,950万円を一括送金することは可能である旨,説明を受けた(甲7の5,7の18,7の19,7の115)。

ウ 原告は,同日,Fに対し,銀行により,一度は受け入れられたが,最終的には送金が拒絶された旨,及び金員を返還し,Dからエスプリ・ド・コーに送金する方法であれば送金可能であると示唆された旨,解決策を探すよう努力する旨緊急の連絡をし,同日,Fから,Dが契約の無効を主張できる理由が理解できない旨及び金員をDに返還しないよう指示する旨緊急の連絡を受けた(甲7の21,22,乙8の50,51)。

エ 原告は,K弁護士の調査により,日本銀行の担当者から,要旨,外為法上,代理人は他人であり,非居住者(エスプリ・ド・コー)への支払のために居住者(D)から代理人(E弁護士)が和解金を受領することは,特殊決済方法に関する省令の第7条1号「居住者と非居住者との間の取引又は行為の当事者である居住者以外の居住者が,当該非居住者のために当該取引若しくは行為の当事者である居住者に支払をし又は当該非居住者のために行われる当該取引若しくは行為の当事者である居住者による支払を受領する方法」にいう特殊決済方法(非居住者のための支払の受領)に当たるのではないかとの,富士銀行の担当者と同じ見解,及び外国為替の管理に関する省令の別表第一,一,ラの「居住者が他の居住者又は非居住者との間において行う500万円に相当する額以下の特殊決済方法による支払等」は大蔵大臣の許可を要しないとされ(同省令第15条),小分けにして送金する方法は可能であるとの見解を示された旨報告を受けた(甲7の52,7の56の1,2,)。

オ 原告は,第1回分割金950万円を少額に分けて送金することとし,平成6年11月17日,秘書Jに命じ,三和銀行β支店において300万円送金させようとしたが,送金目的や大きな金額の取引のうちの一部の送金ではないかなどと詮索され,送金できず,翌18日,再度試みて300万円を送金し,同秘書から,海外の同一人への送金は,1回500万円以下のできるだけ小さな金額を,間隔(出来るなら1か月位)を置いて送金すべき旨を同銀行により示唆された旨報告を受け,同日,Fに対し,造作買取代金の減額の要求を受けてした再交渉についての報告に加え,同日300万円を従前とは異なる銀行を通じて送金した旨及び残りは間隔を置いて分割して送金するよう試みる旨報告した(甲7の23,7の30の1から3まで,7の31,7の115,乙8の52)。

カ 原告は,同月28日,Fから,300万円の受領の通知とともに,送金を巡る銀行との困難な事情についての説明を求められ,同人に対し,電話により,銀行との交渉の経過を説明し,第1回分割金中300万円につき,同日富士銀行により断られたものの,翌日三和銀行β支店を通じて送金の手続をした(甲7の24,7の31,7の115,乙8の53及び54)。

キ 原告は,同年12月13日,Fから,上記送金への感謝とともに,3回目の分割金350万円が2~3日で届くはずで,これらの支払が11月初めに送金されるべき第1回分割金であることを指摘し,11月末日支払われるべき第2回分割金300万円についての最新情報を求める連絡を受けた(乙8の56,12)。

ク 原告は,同年12月15日,秘書のJに命じ,三和銀行β支店を通じて350万円送金させ,同人から,同銀行において,送金先,送金目的,金員の性質,送金人がいつ誰から受領したのか等今まで以上に事情を聞かれ,500万円を超える金額を分割して送金していることを疑われ,次は1か月位間隔を置かないと送金できないかもしれないと報告を受け,そのころ,Bに対し,電話により,上記の送金の困難な経緯と理由を説明した(甲7の31,乙12)。

(3)  第2回分割金300万円について

ア 原告は,前提事実記載のとおり,平成6年11月30日,第2回分割金300万円の支払を受け,Fからそれについての報告を求められながら,同人に対し,金員受領の事実を報告せず,同年12月21日,同月28日,同7年1月6日,ファクシミリにより,事実に反する報告をし,これらのファクシミリ文書は,いずれもBに対しても送付された(乙8の56から60まで)。

イ 原告は,平成7年2月13日,Fから,最終分割金1250万円の送金が遅れる理由についてBから最新の説明を受けたとの連絡を受けた(乙8の23)。

(4)  Bへの連絡

上記認定の送金を巡る原告とF間の相互の連絡も,電話によってされたと認定したものの他は,いずれも,ファクシミリによってされ,その内容は,いずれも,送信側からBに送付された(上記各書証中,ファクシミリ文書であるものの,第1頁参照)。

3  本件明渡合意の成立後の再交渉について

(1)  造作買取代金(立退料)の増額要求とエスプリ・ド・コーの依頼

ア 被告は,Bが原告に造作買取代金の増額請求を依頼した事実はなかったと主張し,Bの供述(乙12)には,これに沿う部分がある。

しかしながら,原告による造作買取代金の増額要求が,前記のとおり,Fも満足している内容の本件明渡合意の成立直後の平成6年11月初旬にされたこと,Bが,Hが本件建物の購入の下見に来たことを原告に伝えたことは認めていること,E弁護士も,Bは本件明渡合意に不満を覚えていたとの認識であること(乙13),本件において,本件明渡合意を成立させ,一定の報酬の支払を期待できる成果を挙げながら,依頼に基づくこともなく,本件明渡合意を否定し,ひいては自己の報酬をも危うくさせることの明らかな造作買取代金の増額要求という愚かな行為を弁護士である原告がする動機が見あたらないこと,以上を考慮すると,Bが,本件明渡合意に必ずしも満足せず,Hの訪問から,本件建物が売却される疑いを抱き,造作買取代金の増額の理由になると考え,これを要求するよう原告に求め,これに基づいて原告がE弁護士に請求したと認めるのが自然で,Hの訪問の事実を伝えたのみで,上記増額請求の依頼はしていないというBの供述は合理性がなく,採用することができない。

イ 被告は,原告が,Fに対して平成6年11月10日した報告(甲7の28の2)において,E弁護士による造作買取代金の減額の要求について記載しながら,原告のした造作買取代金の増額要求に触れていないことを捉え,依頼を受けないで上記増額要求をした裏付けとする。

確かに,前記認定の事実経過によると,Fは,本件明渡合意に満足しており,造作買取代金の増額を求める意向を有していたとは認められず,E弁護士が合意を無視して理不尽な要求をするものと捉えていると窺われ,そのように理解するについては,同弁護士の要求に先行して原告による造作買取代金の増額請求がされた経緯があることを理解していないためと推認することができる。本件において,平成6年10月31日(本件明渡合意の成立の日)から同年11月10日までの間に,原告が造作買取代金の増額請求をした事実をFに連絡したことを認定するに足りる客観的証拠(ファクシミリ文書の写し等)は見あたらず,この連絡がされなかったことのために,E弁護士の要求は合意が成立したにもかかわらずされた理不尽な要求と受けとめられ,同弁護士及びDに対する不信を招き,前記認定のように,Fが,原告に対し,相手の再交渉の要求を直ちに拒否すべき旨,外為法上の許可を要しないで第1回分割金全額を早期に送金できるD本人による送金のため,一旦Dに返金すべき旨の銀行の示唆についても,Dへの返金を禁止する旨の各連絡をしたものと推認される。しかしながら,この事実は,Bが,Fの意向に反して上記増額請求をすることを原告に求めたことを窺わせるのにとどまり,原告が依頼に基づくことなく上記増額請求をしたことの裏付けとなるものではない。

ウ E弁護士は,第二東京弁護士会の審問において,造作買取代金の減額請求をした記憶がないと応答しているが,原告の指摘した本件建物の売却の疑いについて釈明したことは認めており,同弁護士の上記供述は,前記認定を左右しない。

エ 以上によれば,原告は,前記のとおり,日本においてエスプリ・ド・コーを代理する権限を有するBの依頼に基づき,造作買取代金の増額を求め,E弁護士からは,その減額を求められて交渉したと認められる。

(2)  本件建物の明渡猶予を求め,300万円の支払を受けたことについて

ア 被告は,原告が,エスプリ・ド・コーの依頼に基づくことなく,本件建物の明渡期限(平成6年12月28日)の猶予を求めて交渉したと主張し,明渡しの期限が容易に延期することができ,その交渉を依頼してはいないかのようにいうBの第二東京弁護士会の審問における供述(乙12)等を援用する。

しかしながら,前記認定のとおり,原告は,平成6年12月22日ころ,E弁護士に対し,同7年1月10日までは本件建物の明渡しができない旨通告し,同弁護士から,同6年12月28日G及びHを原告事務所に差し向ける旨の連絡を受け,また,同月21日,Fに対し,Bから同7年1月10日までは移転ができないと連絡を受け,1月分の賃料の放棄及び敷金全額の返還を求めて追加の交渉をする旨連絡し,Fからも,即日,原告の交渉方法に同意する旨の連絡を受けている。これらの事実によれば,原告がエスプリ・ド・コーの依頼を受けて本件建物の明渡期限の猶予を求めて交渉をしたと認めるに十分というべきである。殊に,前記のとおり,本件明渡合意に定める造作買取代金の増額に端を発し,その減額請求を受けた交渉が未だ決着を見ない状態の下で,合意に係る明渡期限を遵守できず,違約金の支払を要する事態は,エスプリ・ド・コーにとって放置することのできる事態でないことは明らかで,代理人である原告にとってはもとより,契約に厳しいアメリカ合衆国において企業活動に従事するFにとっても,上記交渉をすべきものとした意思決定は,合理的であり,依頼者の意思と利益に適うものである(当時,賃貸人側が第2回分割金の支払を遅滞していると認識していたとしても,そのために当然明渡しが猶予されるものでなく,本件建物がGの娘夫婦の住居に供せられる予定であった以上,長期間の猶予が叶う事情もない。)。本件明渡合意にもかかわらず,Bは,本件建物の明渡しの延期がなんら不利益もなく可能であるかのように述べる(第二東京弁護士会の審問における供述。乙12)。しかしながら,同人は,前記認定のとおり,Gの娘の差し出した賀状に記載された個人的な情報を原告に通報するなど,対立する関係にある者についてとはいえ,人としてのたしなみに欠ける行為までしており,この行為は,理由もなく明渡期限を遵守することのできない依頼者の責任を軽減するため,原告が有利ではない交渉をしていることを認識した上で,有利な交渉材料となる情報を提供しようとしたものと解せられ,上記Bの供述は,信用の限りでなく,前記認定を左右するに足りない。

イ 被告は,また,原告が,エスプリ・ド・コーの依頼に基づくことなく,金員の支払を請求し,Gから300万円を受領したと主張する。

しかしながら,前記のとおり,原告は,平成6年12月28日,E弁護士に対し,なお,明渡しの正当事由について疑問を呈しながらも,依頼者が関連会社の賃借建物に同居するについて積増保証金を要求されていることを理由に300万円の支払を求め,同7年1月6日の支払を確認の上,同月10日明け渡す旨を通告しており,通告書の写しをBにも送付している。原告は,前記のとおり,依頼を受けて明渡しの延期及び違約金の放棄を求めて交渉しており,その過程において,積増保証金の支払請求まですることは,相手からは虫の良い要求ととられることはあっても,直ちに依頼の趣旨に反するものとまでいうことはできない。

Bは,同書面のみは,受領したことを否定し,その内容について知らないかのように供述する(乙12)。ファクシミリが指定された写しの送付先に送付されたかどうかは,当該発送事務を取り扱う担当者の怠慢,誠実さ等により,時に左右されることはありうるものの,原告の事務所の事務処理に円滑を欠く事情は窺うことはできず,前記認定のとおり,原告が,同7年1月5日,Gに対し,明渡しを予告した同月10日ではなく,同月21日と訂正することを求めて連絡しており,明渡日の予定はBから知らされる以外に原告が知る方法がないことを考え併せると,この連絡はBによると認められ,同人は,原告がE弁護士に対して同7年1月10日本件建物を明け渡すと通告したことをファクシミリ文書の送付によって知り,後,明渡しができないことに気づき,原告から報告を受けていたGとの面会の前日,原告に対し,明渡日時の変更又は訂正を求める連絡をしたと認められ,前記認定は,Bの供述によっては,左右されない。

ウ 被告は,また,原告が受領した300万円の金員について,これを受領した事実を依頼者に報告していないと主張する。

確かに,同金員の受領について,原告は,平成7年1月6日に第2回分割金の支払を受けたとは報告したものの,上記300万円については,依頼者に報告をしたとは認められない。

(3)  積増保証金の要求と支払について

ア 合意が成立したにもかかわらず,先には造作買取代金の増額を求め,次いで明渡期限の延期と違約金の放棄を求め,更には,積増保証金の支払まで求めるエスプリ・ド・コーの要求は,相手から見れば,真に身勝手な要求であり,本件において,エスプリ・ド・コーが積増保証金の支払を要したとは認めるに足りない。

イ 原告は,平成6年12月21日,Bから,明渡期限を遵守できなくなったとの連絡を受け,違約金を支払うことなく,明渡期限の猶予を受ける旨の交渉を開始し,従前,Bから得ていた転居先の家主からエスプリジャパンが積増保証金を要求されるかもしれないとの情報を交渉材料として利用することとし,Bに再確認して,その請求をしたと主張する。

ウ 原告は,前記認定のとおり,平成7年1月6日,Gから現金300万円を受領し,後にその返還を申し入れ,同人から,確実な建物の明渡しの履行のため,保管するよう要請され,預り証を交付し,平成8年1月16日,同人の指示に従い,Dの銀行口座に送金して返還した。

エ 上記の経過から見ると,原告による積増保証金の請求は,ブラッフ(ふっかけ)ではないかと推認される。それにもかかわらず,Gが,あまり支払に抵抗することもなく,時日を置かず,比較的容易に要求に応じた理由は,理解し難いところがある。本件に顕れた前記認定の事実経過からすると,賃貸人側は,本件明渡合意の成立直後から,正当事由の有無という合意成立前の事情を蒸し返され,合意を無視する金銭要求を受け,程なく,本件建物の明渡期限を遵守しない意向を明らかにされ,積増保証金の支払要求が受け容れられれば,明渡しに応じる意向を示されており,相手及びその代理人に対し,手強い交渉相手(タフネゴシエータ)又は理不尽な要求をする者の像を見,本件建物の明渡しを最優先し,少々の難題には応じることとし,積増保証金の支払要求にも応じたのではないかと推認される。

オ 原告にとっても,本件明渡合意を遵守しなかったにもかかわらず,明渡期限の延長のみでなく,違約金の放棄,更には支払を要するかどうかも分からず,また,請求できる筋合いとも思われない積増保証金の支払が予想外に実現し,Gに返還を申し出,逆に保管を求められ,原告とエスプリ・ド・コー間の紛争について,同社の委任を受けたL弁護士らによる調査の後,平成7年11月頃,同金員の受領が問題とされるまで,依頼者に報告しないまま推移したものと窺われる。

4  第2回分割金についての虚偽の報告(争点2(1),懲戒事由)について

(1)  前提事実及び前記認定によれば,原告は,第2回分割金300万円につき,平成6年11月30日受領しながら,同年12月13日,Fから報告を求められ,同月21日,同月28日,未だ受領していない旨,同7年1月6日,同日小切手で受領した旨報告し,これらの報告は,事実に反するものである。

(2)  原告は,前記認定のとおり,第1回分割金950万円の送金について,外為法上の規制により,Dがエスプリ・ド・コーに支払うべき金員をいずれかの代理人において受領し,これを外国送金するには大蔵大臣の許可を要し,銀行に示唆を受けた,Dに一旦返金した上で同人が送金する方法(これについては,許可を要しない。)もFの拒絶を受け,日本銀行担当者の示唆を手がかりに,これを3回に分割して送金したのであり,この方法も,支払うべき金額を分割したに過ぎず,本来許可を要するもので,いわば脱法的な送金方法であることが明らかである。

(3)  原告は,第2回分割金の受領に関して事実に反する報告をしたことについて,外為法の制約の下で,取扱銀行に不審を抱かれないようにするため,B及びFの了解を得て,受領の日を偽る意図の下にしたと主張する。原告の意図,これについてB及びFの了解を得たことを裏付けるに足りる客観的証拠は存しない。前記認定の再交渉を巡る事実経過の下で,Dが約定に従って第2回分割金の支払をしたかどうかは,Fが強い関心を抱くことで,これについての情報を求めた事実自体,その時点においては,未だ,同人に対し,原告の主張する意図が通報されていないことを窺わせるし,その後,平成7年1月6日までに原告とFとの間に授受されたファクシミリによる連絡においても,双方とも,第2回分割金の支払がされていないことが前提とされており,両者間のファクシミリによる連絡について写しの送付を受けていたBからも,Fに対して上記支払がされた事実が通報されていないことを窺わせ,ひいては原告がBに上記金員支払を報告した事実を認めることを躊躇させる。これらの事実からすると,原告は,Fにも,Bにも,その主張に係る意図を説明することなく,第2回分割金について事実に反する報告をしたと認められる。

(4)  しかしながら,原告は,前提事実記載のとおり,平成7年1月末ころまでに,第2回分割金300万円をエスプリ・ド・コーに送金しており,前記認定によれば,許可を受けて送金すべき金員を分割し,許可を要しない少額の金員に仮装して送金することに疑いを抱く銀行の示唆もあって,エスプリ・ド・コーの同意を得ることもないまま,間隔を置いて送金していたと認められる。分割送金に係る事実経過を全体として見ると,原告は,やや独り相撲の観を免れないにしても,前記のとおり,予想しなかった(この点について原告に落ち度があるということはできない。)外為法上の規制強化に遭遇し,一旦成立した本件明渡合意を巡る再交歩中のために賃貸人の協力を得難い事情の下で,なお,依頼者に早期に送金しようと努力していたことは明らかというべきで,上記虚偽報告は,これによる成果の程は明らかでないものの,弁護士倫理が禁圧しようとするものとはおよそ異なるというべきであり,これをもって,弁護士の品位を失うべき非行に当たるということは到底できない。

5  独断による再交渉等(争点2(2),懲戒事由)について

(1)  原告は,前記認定のとおり,Bの依頼に基づき,本件明渡合意の成立直後にもかかわらず,正当事由の不備を理由に造作買取代金の増額を求めて再交渉し,後には,本件明渡合意の定める期限に明渡しをすることができないとのBの連絡を受け,Fの同意をも得て,明渡期限の猶予と違約金の放棄を求めて交渉したのであり,これらの点について,依頼者からは頼もしく思われ,相手からは手強い交渉の相手と目されることはあっても,弁護士倫理に違反する点は,いささかも窺うことができない。

(2)  原告が積増保証金の支払を要求し,Gから300万円の支払を受けた経緯についても,依頼者のためとはいえ,挙げて依頼者の責めに帰すべき事由により本件明渡合意に違反することの必定となった事情の下で,いささか要求し過ぎの観は否めない。しかしながら,原告は,後に必要がないことを知り,返還を申し出,Gから求められて保管していたのにとどまる。同金員の支払を受け,これについて依頼者に報告せず,依頼者に引き渡すこともなく,Gに返還した原告の行為についても,本件の事情の下では,弁護士倫理に違反する点は,見あたらず,これをもって弁護士の品位を失うべき非行に当たるということもできない。

6  本件について

(1)  本件は,第二東京弁護士会及び日本弁護士連合会において,人生経験はもとより,実務経験も豊富な多数の法曹を含む多数の者が審議に関与し,平成9年の懲戒申立て以来,約4年の審議を経,原告について懲戒相当の決議がされた事案であることが提出された証拠等から明らかである。昨今,訓練を経た裁判官の事実認定及び法的判断よりも,いわゆる素人の事実認定及び判断の方が優れているとして,職業裁判官の判断に対する批判も喧しい事情の下において,職業裁判官3名からなる当裁判所が,わずか1年弱の審理を経たのみで,先に述べたように経験豊富な多数の法曹も加わり,同僚裁判として判断した原告に対する懲戒相当の認定判断を覆すについては,躊躇を覚えないではない。

(2)  しかしながら,本件は,原告が,その名誉と人格を賭して,懲戒に相当する事由がないとして争う事案であり,弁護士と外国法人との紛争であることが幸いし,関係者双方の行動及び考えが双方間の連絡文書として豊富に残されており,事実経過を検証する客観的証拠が多数存する点において,当裁判所が扱う多くの紛争とは様相を顕著に異にしている。本件は,大量の書類の中から生じた事実を確定することが可能である点において,社会経験等の未熟さ等の故に危惧される(職業裁判官の一員としてこれに同意する訳ではない。)職業裁判官による判断ではあっても,なお,その職業的訓練が最も活かされ得る種類の紛争であり,このような観点をも考慮し,当裁判所は,本件について審理し,判断した。

(3)  本件において,原告は,また,懲戒手続上の論点を指摘する。当裁判所は,これに関する原告の主張のうち,懲戒請求者らの指摘する懲戒事由が変更され,第二東京弁護士会綱紀委員会において,変更後申立てに係る懲戒事由が明らかにされないまま,審議されたとする指摘は,看過することのできないものを含むと考える。もとより,民事訴訟における弁論主義が妥当しないとはいえ,懲戒を受けるべき事由が明確にされることなく審議されるようでは,的確な弁明をすることができないことは明らかであり,そのような懲戒が妥当性を維持し得るとは考え難い。しかしながら,本件においては,当裁判所の結論に鑑み,この点について審理することを省略しており,原告の主張の妥当性については,検討しないこととした。

第4結論

以上によれば,原告には,被告の主張する懲戒事由があるとは認められず,その余の点について検討するまでもなく,原告の審査請求を棄却した本件裁決は,取消しを免れないというべきである。

よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 白石研二 裁判官 土谷裕子)

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