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東京高等裁判所 平成13年(行ケ)533号 判決 2004年2月19日

原告

コーニンクレッカ フィリップス エレクトロニクス エヌ ヴィ

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

宮嶋学

訴訟代理人弁理士

橘谷英俊

佐藤泰和

川崎康

被告

特許庁長官今井康夫

指定代理人

岩本正義

紀本孝

大野覚美

大野克人

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成11年異議第73441号事件について平成13年7月17日にした決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「地図表示方法及び装置」とする特許第2869472号の特許(1989年1月11日にオランダ国でした特許出願による優先権を主張して,平成2年1月10日に特許出願(以下「本件出願」という。),平成11年1月8日に特許権設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は20である。)の特許権者である。

本件特許の請求項1ないし8,17ないし20について,特許異議の申立てがなされ,特許庁は,この申立てを,平成11年異議第73441号として審理した。原告は,この審理の過程で,本件出願の願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書(甲第3号証の2参照)を「訂正明細書」という。)を請求した。特許庁は,審理の結果,平成13年7月17日に,「特許第2869472号の請求項1ないし8,17ないし20に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年8月6日にその謄本を原告に送達した。出訴期間として90日が付加された。

2  特許請求の範囲

(1)  本件訂正後の請求項1(下線部が訂正部分である。)

「地球表面を走行する乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗物が走行し得る地球の略々2次元的に表した地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって乗物の外部且つ上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に鳥瞰図として表示し,且つ前記鳥瞰図上に最適ルートを表示し,且つ乗物の現在位置に対する見かけの視点の位置を固定にすることを特徴とする地図表示方法。」

(以下「訂正発明」という。)

(2)  本件訂正前の請求項1ないし8,17ないし20(異議申立ての対象とされている請求項)

「【請求項1】乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗物が走行し得る地球の略々2次元的に表した地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって乗物の外部にあって地表の該当部分の上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に表示することを特徴とする地図表示方法。

【請求項2】乗物の現在位置に対する見かけの視点の位置を固定にすることを特徴とする請求項1記載の方法。

【請求項3】見かけの視点を乗物の後方に位置させ,視方向及び乗物の走行方向が地表に垂直に延在する仮想の面を構成するようにすることを特徴とする請求項2記載の方法。

【請求項4】座標変換は画像内の所定の方向を絶えず乗物の走行方向と少くとも略々一致させるような角度a(t)に亘る回転を含むことを特徴とする請求項1~3の何れかに記載の方法。

【請求項5】地図上の乗物の位置を表示することを特徴とする請求項1~4の何れかに記載の方法。

【請求項6】順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限することを特徴とする請求項3~5の何れかに記載の方法。

【請求項7】選択された情報から追加の選択処理により表示すべき項目を決定することを特徴とする請求項1~6の何れかに記載の方法。

【請求項8】前記追加の選択は表示すべき項目と乗物の現在位置との間の距離に基づいて行うことを特徴とする請求項7記載の方法。

【請求項17】見かけの視点からの視方向を可変にすることを特徴とする請求項1~16の何れかに記載の方法。

【請求項18】地形情報を記憶するメモリと,乗物の位置をくり返し決定する検出手段と,乗物の位置に基づいて地形情報から関連する部分を少なくとも第1選択処理によりくり返し選択する第1選択手段と,選択した情報について座標変換をくり返し行う座標変換手段と,座標変換により発生された画像をくり返し透視図的に表示する表示手段とを具えたことを特徴とする請求項1~16の何れかに記載の方法を実施する装置。

【請求項19】当該装置は更に表示内の所定の方向を絶えず乗物の走行方向と略々一致させるための座標変換中に行われる順次の画像間の回転角度a(t)の変化を制限する手段を具えていることを特徴とする請求項18記載の装置。

【請求項20】当該装置は更に第1選択手段により選択されたサブ情報について追加の選択処理を行う第2選択手段を具えていることを特徴とする請求項18又は19記載の装置。」(以下,それぞれの発明を請求項の番号に従い,「本件発明1」などといい,これらの発明を併せて「本件発明」ということがある。)

3  決定の理由

別紙決定書の写し記載のとおりである。要するに,①訂正発明は,上記優先権主張日(以下「本件優先日」という。)前の出願であって,その出願後に公開された特願昭63-91621号(特開平1-263688号。本訴甲第4号証)に添付した明細書及び図面(以下,決定と同じく「先願明細書」という。)に記載された発明と同一であり,特許法29条の2第1項に該当し,特許出願の際独立して特許を受けることができないから,本件訂正は認められない,②本件訂正前の請求項1ないし8,17ないし20に係る各発明は,いずれも先願明細書に記載された発明と同一であり,特許法29条の2第1項に該当する,というものである。

決定が,上記結論を導くに当たり,訂正の適否の検討において,訂正発明に対応するものとして認定した先願明細書に記載されている発明及びこれと訂正発明との一致点及び一応の相違点は,次のとおりである。

(先願明細書に記載されている発明)

「自動車等の乗物の位置に応じて地図データベースから地図情報を選択し地図の一部分を表示する方法において,地図情報は乗物が走行しうる地球の略々2次元的に表わした地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって,視点(第1図,地球平面より高さy0,画面中心よりfのところ)から見た投影図で透視図的に表示し,且つ乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にすることを特徴とする地図表示方法。」(以下「先願発明」という。)

(一致点)

「地球表面を走行する乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗物が走行しうる地球の略々2次元的に表わした地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって視点から見た投影図で透視図的に表示し,且つ乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にすることを特徴とする地図表示方法。」である点

(一応の相違点)

(1) 「本件訂正発明では,地図の一部分を座標変換によって乗物の外部且つ上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に鳥瞰図として表示するのに対し,先願発明では,地図の一部分を座標変換によって視点(第1図(判決注・別紙図面1参照)の地図平面より高さy0,画面中心よりfのところ)から見た投影図で透視図的に表示する点。」(以下「相違点1」という。)

(2) 「本件訂正発明では,前記鳥瞰図上に最適ルートを表示するのに対し,先願発明ではかかる最適ルートを表示する構成は記載されていない点。」(以下「相違点2」という。)

決定が,上記結論を導くに当たり,本件訂正前の請求項1及び18に記載された発明に対応するものとして認定した先願明細書に記載されている発明及びこれと請求項1及び18に記載された発明との一致点及び一応の相違点は,次のとおりである。

(先願明細書に記載された発明)

(1) 「乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗り物が走行しうる地球の略々2次元的に表わした地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって地表の上方に位置する視点から見た投影図で透視図的に表示することを特徴とする地図表示方法。」(請求項1に記載された発明に対応するもの。以下「先願発明1」という。)

(2) 「地球情報を記憶するメモリ(CD-ROM 20)と,乗物の位置をくり返し決定する検出手段(方位センサ25,距離センサ26等)と,乗物の位置に基づいて地形情報から関連する部分を少なくとも第1選択処理によりくり返し選択する第1選択手段(CPU)と,選択した情報について座標変換をくり返し行う座標変換手段(CPU,表示コントローラ27)と,座標変換により発生された画像をくり返し(地表の上方に位置する視点から見た投影図で)透視図的に表示する表示手段(表示コントローラ27,CRTディスプレー23)とを具えたことを特徴とする地図表示装置。」(請求項18に記載された発明に対応するもの。以下「先願発明2」という。)

(本件発明1と先願発明1との一致点及び相違点)

「両者は,本件発明1が地図の一部分を座標変換によって乗物の外部にあって地表の該当部分の上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に表示するのに対し,先願発明1では地図の一部分を座標変換によって地表の上方に位置する視点から見た投影図で透視図的に表示する点でのみ一応相違し,その余の点で一致する。」

(本件発明18と先願発明2との一致点及び相違点)

上記の本件発明1と先願発明1との相違点の認定において示した相違点でのみ相違し,その余の点で一致する。

第3原告主張の決定取消事由の要点

決定は,①先願発明の認定を誤った結果,訂正発明と先願発明との相違点を看過し(すべての請求項についての取消事由),②訂正発明と先願発明との相違点についての判断を誤り(すべての請求項についての取消事由),③本件発明のそれぞれと先願発明との同一性の判断を誤ったものであり(請求項それぞれについての取消事由),これらの誤りが,それぞれ,すべての請求項についての(上記①,②),あるいは各請求項についての(上記③)結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,すべて,違法として取り消されるべきである。

1  相違点の看過

決定は,先願発明の「記載j(判決注・「表示画面の構成 階層データを使用して第1図の平面透視図方式で表示画面を構成する方法の1例を次に示す。第7図のように・・(中略)・・平面地図データ11,12,13から構成する。第7図を参照すると,3階層の地図データは平面透視法の関係式xs=xf/(f+z),ys=y0z/(f+z)(ただし,x,zは乗物の現在位置と階層地図データ上の位置との差を,乗物の現在の方位に従って座標変換した値を用いる)に従って修正され,これにより各階層地図11,12,13はディスプレイの14,15,16上ではそれぞれ台形17,18,19の一部として表示されることになる。」。別紙図面第1図,第7図参照。)は,先願明細書の階層地図データの基準地点,即ち,該階層地図データの座標値x,zの基準地点(原点)が乗物の現在位置であること,及び,該乗物の現在位置を表す基準地点とともに該階層地図データの座標値x,z(当然,地球表面の座標系で表されていると解される。)が乗物に固定された座標系での座標値に変換されたものであることを,同時に,かつ明確に示すものに他ならない。」(決定書6頁3行~8行)と述べ,座標値(x,z)の原点は「乗物の現在位置」であると認定した上で,この認定を前提に,「乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にする」ことを訂正発明と先願発明との一致点と認定した(決定書7頁4行~6行)。しかし,上記先願発明の認定及びこれに基づく一致点の認定は,誤りである。

決定は,先願発明において,座標値x,zの基準地点を乗物の現在位置である,と認定した。しかし,先願明細書には,「乗物の現在位置又は指定する位置」(請求項1),「乗物の現在位置又は指定された位置」(請求項2),「アドレスを乗物の現在位置または特定位置等の基準地点(0,0)からの距離ベクトルRの座標(x,z)とし」(甲4号証2頁左下欄19行~右下欄1行)と記載されている。これらの記載によれば,先願発明における基準地点には「指定する(された)位置」や「特定位置」も含まれることが明らかである。同地点は,必ずしも「乗物の現在位置」に限定されるものではない。

先願明細書の第1図(別紙図面1参照)は,平面透視図方式の原理を示す図である。同図のf,y0は,視点を透視画面より後方で地面の上方に置くという平面透視図方式の当然の構成を表現しているにすぎない。同図には,乗物の位置を示す記載もない。

仮に,第1図の透視画面1が実際の表示画面であり同画面に最も精度の密な階層地図13(別紙図面第7図参照)が表示されるとすると,同画面に精度の粗い階層地図11及び12を投影するには,視点の高さをy0以上にしなければならない。この場合,視点は複数存在することになるから,視点が固定されているとはいえない。

このように,先願発明においては,視点の位置について,透視画面を作り得るような場所に視点を置く,という当然のことしか開示されていない。基準点はどこでもよく,視点の位置は,その基準点から後方かつ上方であればどこでもよいということであれば,結局,視点の位置は透視画面を作り得るような位置であればどこでもよいということになるからである。

先願明細書には,「乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にする」ことは記載されていない。

2  相違点1についての判断の誤り

決定は,訂正発明と先願発明との一応の相違点の一つ(「本件訂正発明では,地図の一部分を座標変換によって乗物の外部且つ上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に鳥瞰図として表示するのに対し,先願発明では,地図の一部分を座標変換によって視点(第1図の地図平面より高さy0,画面中心よりfのところ)から見た投影図で透視図的に表示する点。」・相違点1)につき,「50km四方を1フィールドとして平面透視図法によって表示画面に十分に識別できる(即ち,人が利用できる)地図として表示できる視点の高さは,自動車の外部且つ上方に位置するほど十分高くならなければならないこと,したがってまた,その平面透視図は鳥瞰図(即ち,高い所から見下ろしたように描いた地図)として表示されるものとなることは,当業者に自明のことというべきである。よって,先願発明は当然本件発明(判決注・訂正発明)の上記相違点1の構成を備えていると解されるので,該相違点1は実質的なものとはいえない」(決定書7頁23行~30行)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。

(1)  先願発明には,視点の高さを自動車の外部かつ上方に位置するほど十分に高くしなければならないことについての記載も,これを示唆する記載もない。

先願発明においては,画面の第1階層(14)に50km四方を表示し,第2階層(15)に5km四方を表示し,第3階層(16)に500m四方を表示する(別紙図面第7図参照)。

上記第1階層,第2階層及び第3階層が上記のようなものである以上,これらのそれぞれについて,別個に視点が設定されるはずである。たとい,第3階層については乗物の位置を基準として視点の位置が設定されるとしても,第1,2階層については,乗物の位置とは無関係に視点が設定されるのであって,必ずしも乗物の外部かつ上方に視点を設けなければならないわけではない。

乗物の位置を基準として視点が設定される第3階層についても,500m四方程度の範囲は視点を乗物の内部に置いても十分に視認可能であり,「人が利用できる」ものである。必ずしも乗物の外部かつ上方に視点を設ける必要はない。

視点が乗物の外部には位置するが上方には位置しない場合(2m程度の高さで後方500mに置く視点)も,画面の下半分に500m先まで,画面の91%の部分に5km先まで表示され,「人が利用できる」ものである(別紙図面2参照)。

このように,先願発明は,視点を上方に置くことを絶対条件とする発明ではない。

先願明細書中の,「透視図はあたかも窓枠を通して前景を見るような遠近表示が最も人の通常の知覚様式に合う」(甲第4号証2頁右下欄13行~14行。以下「記載A」という。),「透視には各種考えられるが,実際の視覚に最も近いのは平面透視方式である。しかし,この方式では近接位置の精度が距離と共に急激に低下するので」(同3頁左上欄5行~8行。以下「記載B」という。),「乗物の運転者に必要な情報の実空間認識に近い表示が可能となり,」(4頁左下欄19行~20行。以下「記載C」という。)との記載は,先願発明において,視点が乗物の内部にあること(運転席から見た風景(透視図)を表示すること)を示すものである。

本件優先日当時の技術文献(特開昭63-200182号公報(甲第7号証の1。以下「甲7-1文献」という。),米国特許第4489389号明細書(甲第7号証の2。以下「甲7-2文献」という。),特開昭61-95386号公報(甲第7号証の3。以下「甲7-3文献」という。),特開昭53-95727号公報(甲第7号証の4。以下「甲7-4文献」という。))によれば,本件優先日当時における透視図表示は,いずれも運転席から見た風景(透視図)を表示するものであることが認められる。先願発明も,同時期の上記技術文献と同じく,運転席からみた風景を表示するものである,とみるのが自然である。

(2)  先願発明は,視点の位置について複数の可能性を含んでいる。これに対し,訂正発明は,それらの可能性の中から,視点の高さを乗物の外部かつ上方に位置させるという構成を選択したものである。訂正発明は,この構成を採用することによって,表示される透視図が運転者の位置から見る概観よりもかなり広い概観を提供する鳥瞰図になるという顕著な効果を奏する。

このように,複数の可能性の中から,顕著な効果を奏する構成を選択することを,当業者にとって自明であるとすることはできない。

3  相違点2についての判断の誤り

決定は,訂正発明と先願発明との一応の相違点の一つ(「本件訂正発明では,前記鳥瞰図上に最適ルートを表示するのに対し,先願発明ではかかる最適ルートを表示する構成は記載されていない点。」・相違点2)につき,「本件訂正発明や先願発明のような(地球表面を走行する乗物の)地図表示方法において,表示された地図上に最適ルートを表示する点は本件出願前周知・慣用の技術である。(なお,この点につき要すれば,上記周知文献1ないし3等,参照。)そして,本件訂正発明は表示された鳥瞰図に上記周知・慣用の技術を適用したものに相当し,その点に格別の効果を認めることもできないから,本件訂正発明の上記相違点2は単なる周知・慣用技術の付加にすぎない。」(決定書7頁32行~38行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。

(1)  決定は,上記周知・慣用技術を認定する根拠として,特開昭58-169700号公報(甲第5号証の1。以下「甲5-1文献」という。),特開昭61-95386号公報(甲第5号証の2。以下「甲5-2文献」という。),特開昭62-243029号公報(甲第5号証の3。以下「甲5-3文献」という。)を挙げる。

しかし,三つの公開特許公報があるだけでは,周知技術であるとも慣用技術であるともいえない。

しかも,上記3文献中の甲5-1文献には,表示装置上に最適経路を表示することしか記載されておらず,地図上の最適経路を表示するのか,地図外に最適経路を表示するのかが明瞭でない。このような甲5-1文献に,地図上の最適ルートを表示することが開示されていると認めることはできない。

経路誘導(最適ルート表示)の機能が装備されたカーナビゲーションシステムが製品化されたのは,先願の出願日(1988年4月15日)及び本件優先日(1989年1月11日)の4年以上も後の1993年以降のことである(甲第6号証)。このような製品化のめども立っていない段階の技術を周知・慣用の技術と認定することは,誤りである。

(2)  仮に,表示された地図上に最適ルートを表示することが「周知技術」であるとしても,先願発明が相違点2に係る訂正発明の構成を備えていると当業者が理解するためには,同構成が周知技術であるというだけでは足りず,先願発明に必要不可欠のものである必要があるというべきである。

カーナビゲーションシステムは,自車位置とその周辺情報を認識することを本質的な目的とするものである。「最適ルートを表示する」機能は,カーナビゲーションシステムにとって必要不可欠な機能ではない。カーナビゲーションシステムに「経路案内」機能が採用される以前(1992年以前)において,「最適ルートを表示する」機能を有しないカーナビゲーションシステムが現実に販売されていた,という事実がある(甲第6号証)。この事実は,「最適ルートを表示する」機能が,カーナビゲーションシステムの構成上必要不可欠な機能ではないことを如実に示すものである。このように,先願発明において,「最適ルートを表示する」機能がその構成上必要不可欠のものではないことは明らかであるから,「最適ルートを表示する」機能が周知技術であったとしても,このことが先願明細書に実質的に記載されていると解することはできない。

(3)  先願発明に係る「慣用技術」とは,先願発明に係る製品等において当業者が普通に用いる技術のことである。慣用技術については,当業者が先願明細書に実質的に記載されていると理解する場合が多いと考えられる。

これに対し,周知ではあるものの慣用ではない技術については,当業者が普通に用いる技術でないから,当業者が先願明細書に同技術を加えて読む必然性がない。周知技術ではあっても慣用技術ではないものは,原則として,先願明細書に記載されていないと理解すべきである。先願発明がこのような技術(慣用でない技術)を当然に備えていると当業者が理解するためには,その構成が周知技術であるだけでは足りず,少なくともその構成が先願発明に必要不可欠のものである必要があるというべきである。

本件におけるように「最適ルートを表示する技術」が慣用技術といえない場合には,先願明細書に「最適ルートを表示する」との構成が実質的に記載されているとするためには,少なくともこの構成が先願明細書の発明に必要不可欠なものであることが必要である。

上記構成が先願明細書の発明に必要不可欠なものでないことは,(2)で述べたとおりである。

(4)  甲5-1ないし3文献中の最適ルート表示に関する記載は,いずれも平面地図上に最適ルートを表示することに関するものであり,訂正発明のように鳥瞰図上に最適ルートを表示するものではない。

甲5-2,3文献は,いずれもあらかじめ選択された範囲の平面地図上に最適ルートを表示するものであり,訂正発明のように乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新するものではない。甲5-1文献は,乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新するものであるか否かが明瞭でない。

先願明細書には,乗物の移動に応じて鳥瞰図を随時更新させて乗物の位置周辺の最適ルートを含む地図情報を詳細に表示させ,かつ目的地方向のできるだけ広範囲の地図を最適ルートとともに表示させたい,との技術上の課題についての明示の記載もこれを示唆する記載もない。

先願発明に甲5-1ないし3文献の上記技術を付加したとしても,訂正発明の構成は得られない。

(5)  訂正発明のように最適ルートを鳥瞰図上に表示すると,運転者は乗物の現在位置周辺の詳細地図を確認しつつ,目的地までの進むべき経路を全体として把握することができる,という顕著な効果を生ずる。このように,顕著な効果を奏する構成を選択することを,当業者にとって自明であるとすることはできない。

4  本件発明1ないし3,5ないし8,17,19,20と先願発明との同一性についての判断の誤り

(1)  本件発明1ないし3についての判断の誤り

決定の本件発明1ないし3についての判断が誤りであることは,1,2で述べたところから明らかである。

(2)  本件発明5についての判断の誤り

決定は,本件発明5について,先願明細書の「(技術分野)・・・本発明は特に自動車の運転に必要な地図を必要に応じて表示するナビゲーション用地図表示装置に関し,運転者に自己の位置と他の各種目標ないし地点との関係を的確に提供する」(甲第4号証1頁右欄1行~6行)との記載から,「乗物の現在位置を表示することは当業者に自明の前提とされているというべきであり,上記本件請求項5に係る発明(判決注・本件発明5)の構成は先願明細書に実質的に記載されているものと認める。」(決定書16頁26行~28行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。

そもそも,先願明細書に記載された発明(決定は,本件発明1ないし8,17ないし20についての判断において,本件発明1に対応する発明として,「乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗り物が走行しうる地球の略々2次元的に表した地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって地表の上方に位置する視点から見た投影図で透視図的に表示することを特徴とする地図表示方法」を認定して,これを「先願発明1」と呼び,本件発明18に対応する発明として「地球情報を記憶するメモリ(CD-ROM 20)と,乗物の位置をくり返し決定する検出手段(方位センサ25,距離センサ26等)と,乗物の位置に基づいて地形情報から関連する部分を少なくとも第1選択処理によりくり返し選択する第1選択手段(CPU)と,選択した情報について座標変換をくり返し行う座標変換手段(CPU,表示コントローラ27)と,座標変換により発生された画像をくり返し(地表の上方に位置する視点から見た投影図で)透視図的に表示する表示手段(表示コントローラ27,CRTディスプレー23)とを具えたことを特徴とする地図表示装置。」を認定して,これを「先願発明2」と呼んでいる(決定書15頁参照。)。原告の主張4との関係においては,以下,上記先願発明1,2を,いずれも便宜上,単に「先願発明」と呼ぶことがある。)は,運転者に乗物の位置を認識させる,という技術的課題が存在しない。

先願発明においては,少なくとも第3階層を表示する際には,視点を乗物の内部においている可能性が高い。この場合には,乗物のフロントガラスを通して視認される範囲の地図が表示されることになる。このことからみても,先願発明においては,乗物の位置を表示することは必要不可欠なものではない。先願明細書に接した当業者が,先願発明が乗物の位置を表示するという構成を当然に備えているものと理解することはない。

決定は,「なお,乗物の現在位置を表示すること自体は,本件出願前きわめて周知の技術である。」(決定書16頁28行~29行),と述べた。しかし,本件優先日前,カーナビゲーションシステムで鳥瞰図で表示された地図上に乗物の位置を表示する技術は存在しなかった。仮に平面地図に乗物の位置を表示する技術が周知のものとして存在していたとしても,先願発明にはそもそも乗物の位置を表示する技術的課題がないのであるから,平面地図上に乗物の位置を表示する技術を,同発明に単に付加することなどできることではない。

本件発明5は,手前側に乗物の位置を表示して,乗物の位置周辺を詳しく表示しつつ,乗物からかなり遠くまでの範囲を表示することができるようにしている。これにより,乗物を正しく誘導することができるとともに,目的地までの距離や方向を常に把握することができるという顕著な効果を奏する。このような効果は,平面地図に乗物の位置を表示させる技術からは容易には想到し得ない。先願明細書中には,このような効果を示唆する記載はない。この点からみても,本件発明5が先願発明と実質的に同一であるとすることはできないことが明らかである。

(3)  本件発明6,19についての判断の誤り

決定は,本件発明6,19について,「本件請求項6に係る発明(判決注・本件発明6)に係る発明のように「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」ことは,例えば特開昭58-178213号公報にも記載されているように本件出願前周知の技術であり」(決定書16頁37行~39行)「本件請求項6に係る発明は先願発明1に単に上記周知技術を付加したものに相当し,その点に格別の効果を認めることもできない。」(決定書17頁6行~7行),「本件請求項19において請求項18に付加された構成は,実質的に前記本件請求項6において請求項3(ないし5)に付加された構成と同じである。よって,本件請求項19に係る発明(判決注・本件発明19)は,先願発明2に単に上記(順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する)周知技術を付加したものに相当し,その点に格別の効果を認めることもできない。」(決定書17頁32行~36行)と判断した。しかしこの判断は誤りである。

特開昭58-178213号公報(甲第8号証。以下「甲8文献」という。)には,「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」ことは,鳥瞰図はおろか,平面地図の表示に関しても,全く開示も示唆もされていない。その目的,効果も,本件発明6,19と全く異なる。この技術を先願発明に付加しても,本件発明6,19の構成は得られない。

甲8文献に記載された技術は,「画像の方向に反映させる進行方向の変化を所定の値に制限する」ものであるにすぎない。同技術においては,乗物の走行方向が変わるとき,視方向が急激に変化するので,ユーザーが方向を見失う可能性が高くなる。

(4)  本件発明7,8,20についての判断の誤り

決定は,本件発明7,8,20について,「先願明細書の前記記載d及びi等によれば,そのより粗な地図とより精な地図とは,地図に表示すべき項目において省略化等の相違があるものであって,その精密,中間,粗という階層化地図の表示が乗物の現在位置との距離に基づいて行われることは自明であり(第7図(判決注・別紙図面1参照)及び記載i,j参照。),適宜第1の選択手段により選択した例えばより精の階層画面から,追加の選択処理を行う第2の選択手段により,より粗の階層画面を選択できることは明らかであるから,結局,本件請求項7に係る発明(判決注・本件発明7)の「選択された情報から追加の選択処理により表示すべき項目を決定すること」,及び,本件請求項8に係る発明(判決注・本件発明8)の「前記追加の選択は表示すべき項目と乗物の現在位置との間の距離に基づいて行うこと」は,いずれも先願明細書に記載されている。」(決定書17頁9行~18行),「前記[請求項7,8に係る発明について]の項で示した,先願明細書における第1の選択手段により選択した例えばより精の階層画面は,サブ情報であるといえる。よって本件請求項20に係る発明(判決注・本件発明20)の構成もすべて先願明細書に記載されているものと認める。」(決定書17頁下から2行~18頁2行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。

先願発明においては,「選択された情報」をそのまま表示しているにすぎず,「追加の選択処理」を行っていない。

(5)  本件発明17についての判断の誤り

決定は,本件発明17について,「見かけの視点からの視方向を可変にすることは,一般に透視図作成における周知の技術であって(要すれば,特開昭61-65368号公報,特開昭63-54091号公報等参照。),本件請求項17に係る発明(判決注・本件発明17)は,先願発明1に単に該周知技術を付加したものに相当し,それによる格別の効果も認められない。」(決定書17頁20行~24行)と判断した。しかし,この判断は誤りである。

決定の挙げる特開昭61-65368号公報(甲第9号証の1。以下「甲9-1文献」という。)及び特開昭63-54091号公報(甲第9号証の2。以下「甲9-2文献」という。)は,いずれも地図表示に関するものではなく,鳥瞰図を表示することについては,開示も示唆もない。

先願明細書には,単に透視図作成に関する技術が開示されているだけであり,視方向を可変にする旨の記載も,鳥瞰図の表示方向を切り替える旨の記載もない。先願発明は,「見かけの視点からの視方向を可変にする」ことを必要不可欠のものとしていないから,これを本件発明17と実質的に同一であるとすることはできない。

第4被告の反論の要点

決定の認定,判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。

1  原告の主張1(相違点の看過)について

先願明細書の「アドレスを乗物の現在位置または特定位置等の基準地点(0,0)からの距離ベクトルRの座標(x,z)とし」(甲第4号証2頁左下欄19行~右下欄1行)との記載は,地図データの基準地点を「乗物の現在位置」とする場合と「特定位置等」とする場合との双方があることを示したものであり,基準地点(0,0)が必ずしも乗物の現在位置に限らないことを示している。この限りでは,原告の主張は正しい。

しかし,決定が引用する先願明細書の「表示画面の構成 階層データを使用して第1図の平面透視図方式で表示画面を構成する方法の1例を次に示す。第7図(判決注・別紙図面1参照)のように・・(中略)・・平面地図データ11,12,13から構成する。第7図を参照すると,3階層の各地図データは平面透視法の関係式xs=xf/(f+z),ys=y0z/(f+z)(ただしx,zは乗物の現在位置と階層地図データ上の位置との差を,乗物の現在の方位に従って座標変換した値を用いる)に従って修正され,これにより各階層地図11,12,13はディスプレイの14,15,16上ではそれぞれ台形17,18,19内の一部として表示されることになる。」(甲第4号証4頁左上欄17行~右上欄16行)との記載は,基準地点(0,0)を「乗物の現在位置」とする場合の,平面透視図方式により透視画面を構成する方法を説明したものである。上記記載において,その階層地図データの基準地点(0,0)は「乗物の現在位置」である。

このように,先願明細書には,「乗物の現在位置」を基準地点とする発明が記載されている。決定は,先願明細書に記載された発明の中から,この発明を採り上げて先願発明として認定し,この認定を前提に,「乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にする」ことを訂正発明と先願発明との一致点として認定したものである。決定のこの認定に何ら誤りはない。

2  原告の主張2(相違点1についての判断の誤り)について

(1)  原告は,先願発明において,第1階層及び第2階層については乗物の位置とは無関係に視点が設定される,と主張する。

しかし,先願明細書の表示画面(透視画面)上に表示された第1ないし第3の各階層地図が,第1図に示された平面透視図方式の原理に従って構成されたものであることは自明である。そうである以上,第1ないし第3のいずれの階層であるかにかかわらず,これら各階層地図における視点の位置が乗物の現在位置に対して固定されたものであり,それらの各階層地図の基準地点(0,0)が乗物の現在位置となることは明らかである。

原告は,先願明細書中の記載AないしCを挙げ,これらの記載を根拠に,先願発明においては視点が乗物の内部にある,と主張する。

記載A(「透視図はあたかも窓枠を通して前景を見るような遠近表示が最も人の通常の知覚様式に合う」)については,先願明細書の第1図は,透視画面1を通常人が接する「窓枠」に例えて,平面透視方式の原理を説明したもの,と解することができる。記載Aで用いられている「窓枠」という語を自動車の窓枠を意味するものと理解しなければならない理由はない。記載B(「透視には各種考えられるが,実際の視覚に最も近いのは平面透視方式である。しかし,この方式では近接位置の精度が距離と共に急激に低下するので」)の「近接位置の精度が距離と共に急激に低下する」は,平面透視図方式の一般的特徴を念頭においた記載にすぎないと解するのが自然である。記載C(「乗物の運転者に必要な情報の実空間認識に近い表示が可能となり,」)の「乗物の運転者に必要な情報」とは,「自動車等の乗物の運転ないし操縦において必要なのは自己の現在位置とその周辺の状況,及びこれらと目標地点に至る地理情報」(甲第4号証1頁右欄8行~10行)として述べられている情報のことであり,「隣接地域のみならず遠方地域ないし指標物(例えば駅,公園,幹線路など)との関係」(同2貢上右欄5行~7行)を表す情報のことであると解される。そして,運転者の「視界は限られている」(同1頁右欄11行)のであるから,運転者の視界を超えた視点(すなわち乗物の外部かつ上方にある視点)から得られる情報であると解する方が自然である。記載Cは,むしろ,視点が乗物の外部かつ上方にあることを念頭に置いた記載というべきである。記載AないしCは原告の主張を根拠付けるものではない。

原告は,四つの文献を挙げ,先願発明の出願当時の透視図表示は,運転席から見た風景(透視図)を表示するものばかりであるから,先願発明も,同様に,運転席から見た風景を表示すると解すべきであると主張する。

しかし,これらの各文献は,運転席から見た風景を透視図で表示する技術を示すものではない。

(2)  原告は,訂正発明は,先願発明において想定される複数の可能性の中から,視点の高さを乗物の外部且つ上方に位置させるという構成を選択することによって,表示される透視図が運転者の位置から見る概観よりもかなり広い概観を提供する鳥瞰図になるという顕著な効果を奏するものであり,このような顕著な効果を奏する構成を選択することを,当業者にとって自明であるとすることはできない,と主張する。

しかし,先願発明の透視図において,その視点の高さは自動車の外部から上方に位置するほど十分に高くなければならないこと,その平面透視図は鳥瞰図として表示されるものとなることは,当業者に自明のことというべきである。

3  原告の主張3(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  原告は,三つの公開特許公報があっただけで,周知・慣用技術であったとすることはできない,最適ルートの表示機能が装備されたカーナビゲーションシステムが製品化されたのは1993年以降のことであり,本件優先日当時製品化のめどもたっていない段階の技術を周知・慣用技術と認定することはできない,と主張する。

しかし,周知技術とは,当業者に広く知れわたっている技術のことである。ある技術を周知技術とするにはその技術が製品化されていなければならない,というわけのものではない。公開特許公報は企業の技術者や研究者がその研究,開発に当たってよく参照する文献の一つである。本件優先日前に頒布された複数の公開特許公報に開示された,地図上に最適経路を表示するという上記技術を,周知技術と認定することに誤りはない。

原告は,甲5-1文献が地図上に最適ルートを表示することを開示しているとはいえない,と主張する。しかし,甲5-1文献には,「表示装置8には以上述べた3種類の表示が行われるが,それらの表示形態,つまり3種類の表示をそれぞれ別個に表示するか,あるいは互いの関連を考慮して一つの表示にまとめるかについては,任意に選択可能である。」(甲第5号証の1・3頁右上欄3行~7行)との記載がある。ここにいう「以上述べた3種類の表示」とは,「現在位置の表示」,「走行軌跡の表示」,「目的地までの最適な経路の表示」の三つの表示のことである(甲5-1文献3頁左上欄参照)。このうちの少なくとも現在位置の表示と走行軌跡の表示が地図上に行われることは甲5-1文献に明記されている。甲5-1文献の上記記載に従い,これら三つの表示を「互いの関連を考慮して一つにまとめ」たものが,地図上に目的地までの最適経路を表示したものとなることは自明である。甲5-1文献にも地図上に最適ルートを表示する技術が開示されていることは,明らかである。

(2)  特許出願に係る発明と先願発明との間に相違点があるとしても,その相違点が周知・慣用手段の付加であり,その特許発明が奏する作用効果が,先願発明が奏する作用効果と前記周知・慣用手段がもたらす作用効果との総和にすぎない場合(すなわち,格別のものでない,当業者が容易に予測できる場合)には,前記相違点は設計上の微差にすぎず,その特許出願に係る発明は先願発明に単なる周知・慣用手段を付加したものとして,先願発明と「実質的に同一である」とすべきである。

決定は,相違点2に係る訂正発明の構成は,単なる周知・慣用技術の付加にすぎない,としたものであって,上記周知技術が先願明細書に実質的に記載されている事項である(すなわち,上記周知技術が先願明細書に記載されているに等しい事項である)と判断したものではない。

(3)  原告は,甲5-1ないし3文献は,いずれも平面地図上に最適ルートを表示することに関するものであり,訂正発明のように鳥瞰図上に最適ルートを表示するものではないこと,及び,文献2,3は,いずれもあらかじめ選択された範囲の平明地図上に最適ルートを表示するもので,訂正発明のように乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新するものではないこと,を根拠に,先願発明に甲5-1ないし3文献の上記技術を付加したとしても,訂正発明の構成は得られない,と主張する。

しかし,甲5-1ないし3文献の地図がいずれもあらかじめ選択された範囲の平面地図であるとしても,それらは少なくとも訂正発明や先願発明のような乗物(自動車)のナビゲーション装置に地図として利用されるものであるから,最適ルート表示の対象となる地図が鳥瞰図であっても,甲5-1ないし3文献の周知技術に接した当業者であれば,当然に,また,きわめて容易に,鳥瞰図上に最適ルートを表示することを想起することができるものというべきである。

先願発明には鳥瞰図を表示する技術が開示されているのであるから,先願発明に上記周知技術を付加すれば,鳥瞰図上に最適ルートを表示するという,訂正発明の相違点2に係る構成が自動的・必然的に得られることは明らかである。

(4)  原告は,表示された鳥瞰図上に上記技術を組み合わせることで,上記技術にはない顕著な効果を奏する,と主張する。しかし,原告が訂正発明の最適ルートに基づく効果として主張する事項は,すべて,鳥瞰図上に表示された地図上の道路自体が客観的に内包する効果にほかならない。先願発明の鳥瞰図に甲5-1ないし3文献の最適ルートを表示する技術を適用すれば,原告が主張する訂正発明の前記効果は自動的に得られるものである。このような訂正発明の効果を格別なものとすることはできない。

4  原告の主張4(本件発明1ないし3,5ないし8,17,19,20と先願発明との同一性についての判断の誤り)について

(1)  本件発明1ないし3についての判断の誤り,の主張について

原告の主張に理由がないことは,1,2で述べたところから明らかである。

(2)  本件発明5についての判断の誤り,の主張について

先願発明は,その明細書に記載されているとおり,運転者に自己の位置と他の各種目標ないし地点との関係を的確に提供することを目的とするのである。そうである以上,地図上に乗物の位置を表示することは,運転者に自己の位置を認識させるための先願発明のナビゲーション用地図表示装置に必要不可欠なことというべきであって,先願明細書に実質的に記載されているということができる。

(3)  本件発明6,19についての判断の誤り,について

甲8文献には,「進行角が30°ごとの区域を越えた時に,座標変換計算を行い,表示の更新をする」との記載がある。同記載は,30°ごとの各区域を越えた時ごとに座標変換計算を行い,表示の更新をすることを意味する。

本件発明6,19は,先願明細書に記載された発明と同一であるとした決定の判断に誤りはない。

(4)  本件発明7,8,20についての判断の誤り,の主張について

先願明細書には,「操作部24は運転者が制御装置をオン・オフしたり,階層地図11,12,13の任意の一つを表示したり,或いは本発明の透視画面を与えたりするための操作スイッチ等である」との記載がある。同記載によれば,操作スイッチ等の操作部24により,階層地図11,12,13の任意の一つを表示できるのであるから,操作部24の操作により,例えばより精の階層地図13を選択した後,さらに,操作部24の操作により,例えばより粗な階層地図11又は12を選択することができることは,明らかである。このより精の階層地図13を選択した後のより粗の階層地図の選択は,後から増し加えられた選択処理にほかならないのであるから,本件発明7にいう「追加の選択処理」に相当することが明らかである。

本件発明8,20についても同様である。

(5)  本件発明17についての判断の誤り,の主張について

特開昭61-65368号公報(甲9-1公報)は,3次元対象物の透視図を2次元画面上に表示する3次元立体表示方法に係るものであって,少なくとも対象物の透視図を2次元画面上に表示する技術に係るという点で本件発明17及び先願発明と共通する。視点及び視方向はこのような透視図を作成する技術に必ず付属する指標,属性であり,「見かけの視点からの視方向を可変にすること」はこの透視図を作成する技術における周知の技術であるということができる。

本件発明17は先願発明に単に周知技術を付加したものであるから,両発明が同一であるとした決定の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  原告の主張1(相違点の看過)の主張について

原告は,決定が,先願明細書に記載されている階層地図データについて,

「階層地図データの基準地点,即ち,該階層地図データの座標値x,zの基準地点(原点)が乗物の現在位置である」(決定書6頁3行~4行)と認定したのは誤りであり,この誤りを前提として,訂正発明と先願発明とが「乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にすること」(決定書7頁4行~5行)において一致する,と認定したのは誤りである,と主張する。

原告は,その主張の根拠として,先願明細書中の,「乗物の現在位置又は指定する位置」(請求項1),「乗物の現在位置又は指定された位置」(請求項2),「アドレスを乗物の現在位置または特定位置等の基準地点(0,0)からの距離ベクトルRの座標(x,z)とし」(甲4号証2頁左下欄19行~右下欄1行)との記載を挙げ,これらの記載によれば,先願発明における基準地点には「指定する(された)位置」や「特定位置」も含まれるのであり,必ずしも「乗物の現在位置」に限定されるものではない,と主張する。

原告の挙げる先願明細書中の上記記載によれば,先願発明における基準地点が「乗物の現在位置」に限定されるものでないことは,原告の主張するとおりである。

しかしながら,原告の上記主張は,先願明細書に記載されているものの中には,基準地点が「乗物の現在位置」である場合も含まれることを,自認するものである。先願明細書中の「表示画面の構成 階層データを使用して第1図の平面透視図方式で表示画面を構成する方法の1例を次に示す。第7図のように・・(中略)・・平面地図データ11,12,13から構成する。第7図を参照すると,3階層の各地図データは平面透視法の関係式xs=xf/(f+z),ys=y0z/(f+z)(ただしx,zは乗物の現在位置と階層地図データ上の位置との差を,乗物の現在の方位に従って座標変換した値を用いる)に従って修正され,これにより各階層地図11,12,13はディスプレイの14,15,16上ではそれぞれ台形17,18,19内の一部として表示されることになる。」(甲第4号証4頁左上欄17行~右上欄16行)との記載は,乗物の現在位置を基準地点(0,0)とする場合について述べたものであるということができる。

決定は,先願明細書に記載された複数の基準地点のうち,上に述べた「乗物の現在位置」を基準地点とする発明を先願発明として認定したものであることは,その記載自体から明らかである。基準地点が「乗物の現在位置」に限定されない,との原告の主張は,先願発明が乗物の現在位置を基準地点とするものである,との決定の認定の誤りを何ら指摘するものではなく,主張自体失当というほかない。

原告は,先願明細書の第1図の透視画面1が実際の表示画面であり,同画面に最も精度の密な階層地図13が表示されるとすると,同画面に精度の粗い階層地図11及び12を投影するには,視点の高さをy0以上にしなければならない,この場合,視点は複数存在することになるから,先願発明においては,視点が固定されているとはいえない,と主張する。

しかしながら,先願明細書の第7図(甲第4号証。別紙図面1参照)には,階層地図11ないし13のすべての階層地図の左右の線がただ一つの消点(Z=∞)に収束する図が明示されている。同図は,階層地図11ないし13のすべての視点が共通の一つの視点であることを示すものであるということができる。視点が複数存在することになる,との原告の主張はその根拠を欠くものである。第1図において,階層地図11及び12を投影するのに視点の高さをy0以上にしなければならない,との主張がその根拠を欠くことも,上に述べたところから明らかである。

原告の主張は,採用することができない。

2  原告の主張2(相違点1についての判断の誤り)の主張について原告は,先願発明が,相違点1に係る訂正発明の構成である,地図の一部分を座標変換によって乗り物の外部かつ上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に鳥瞰図として表示する,との構成を備えているとした決定の判断は誤りである,と主張する。

しかしながら,先願発明においては,例えば50km四方を1フィールドとして平面透視図法によって表示画面に表示するものとされている(甲第4号証3頁左下欄18行~20行参照)。この場合に人が十分に識別できる地図として表示できる視点の高さは,自動車の外部かつ上方に位置するほど十分高くならなければならないこと,したがってまた,その平面透視図は鳥瞰図として表示されるものとなることは明らかであり,当業者に自明のことというべきである。この趣旨を述べた決定の相違点1についての判断に誤りはない。

(1)  原告は,上記主張の根拠として,先願発明の画面の第1ないし第3階層(14ないし16)のそれぞれについて,別個に視点が設定される,たとい,第3階層(16)については乗物の位置を基準として視点の位置が設定されるとしても,第1階層(14)及び第2階層(15)については乗物の位置とは無関係に視点が設定されるのであって,必ずしも乗物の外部かつ上方に視点を設けなければならないわけではない,と主張する。しかしながら,先願発明の画面の第1ないし第3階層のそれぞれについて別個に視点が設定されるものではないことは,1で説示したところから明らかである。

原告は,先願明細書中の「透視図はあたかも窓枠を通して前景を見るような遠近表示が最も人の通常の知覚様式に合う」(甲第4号証2頁右下欄13行~14行。記載A),「透視には各種考えられるが,実際の視覚に最も近いのは平面透視方式である。しかし,この方式では近接位置の精度が距離と共に急激に低下するので」(同3頁左上欄5行~8行。記載B),「乗物の運転者に必要な情報の実空間認識に近い表示が可能となり,」(4頁左下欄19行~20行。記載C)との記載は,先願発明において,視点が乗物の内部にあること(運転席から見た風景(透視図)を表示すること)を示すものである,と主張する。しかしながら,記載Aは,平面透視図方式の原理を説明するに当たり,透視画面を「窓枠」に例えて説明したものにすぎない。記載Bは,平面透視方式により透視図を構成する場合の一般的特徴を述べたものにすぎない。記載A,Bは,いずれも,運転席から見た風景を透視図として表示することを述べているとすることのできないものである。記載Cは,視界の限られた乗物の運転者に対し,現実の視界の限界を超える視界を与える視点,すなわち乗物の外部かつ上方にある視点から得られた情報を実空間認識に近く表示することを述べたものであるから,むしろ,視点が乗物の外部かつ上方にあることを示すものである。

原告は,本件優先日当時の技術文献(甲7-1ないし4文献)を挙げ,これらの文献によれば,本件優先日当時における透視図表示は,いずれも運転席から見た風景(透視図)を表示するものであるから,先願発明も同時期の上記各文献に記されたものと同じく,運転席からみた風景を表示するものである,と主張する。

しかしながら,原告の挙げた文献のうち,特開昭63-200182号公報(甲7-1文献),米国特許第4489389号明細書(甲第7-2文献)は,いずれも,航空機の航法,航空機訓練機材等に利用することが可能なディスプレイ装置に関する文献であり,視点をコックピット内部に位置させたものであることが認められる。これらの文献は,むしろ,地上を走行する乗物との関係では,視点を乗物の外部かつ上方に位置させる技術を開示するものであるといってよい。特開昭61-95386号公報(甲7-3文献)は,進行方向や道路を正しく選択させるために近くの「風景」を提供するものであって,遠方地域の地図情報を与えるものではないと認められる。さらに,特開昭53-95727号公報(甲7-4文献)は,自動車の教習用練習装置に関するものであり,近い範囲の情報・地形認識を与えるものであって,遠方地域の情報を与えるものではないと認められる。これらの各文献が運転席から見た風景を透視図で表示する技術を示すものであるとの原告の主張は理由がない。

(2)  原告は,訂正発明は,先願発明において想定される複数の可能性の中から,視点の高さを乗物の外部かつ上方に位置させるという構成を選択することによって,表示される透視図が運転者の位置から見る概観よりもかなり広い概観を提供する鳥瞰図になるという顕著な効果を奏するものであり,このような顕著な効果を奏する構成を選択することを,当業者にとって自明であるとすることはできない,と主張する。

しかし,原告が訂正発明の効果として主張する上記効果は,訂正発明の構成に基づく自明の効果にすぎないというべきである。

原告の主張は,理由がない。

3  原告の主張3(相違点2についての判断の誤り)の主張について

原告は,先願発明が,相違点2に係る訂正発明の構成である,鳥瞰図上に最適ルートを表示する,との構成を備えているとした決定の判断は誤りである,と主張する。

(1)  決定は,訂正発明や先願発明のような地図表示方法において,表示された地図上に最適ルートを表示することは,本件優先日当時周知・慣用の技術であるとし,上記周知・慣用技術を示す文献として甲5-1ないし3文献(いずれも公開特許公報。甲第5号証の1ないし3)を挙げる。

原告は,三つの公開特許公報があるだけでは,周知技術であるとも慣用技術であるともいえない,と主張する。しかしながら,甲5-1ないし3文献の各出願及び公開の時期に照らすと,これらの各文献は,上記技術が少なくとも周知の技術ではあることを示すに足りるものというべきである。

原告は,甲5-1文献には,表示装置上に最適経路を表示することしか記載されておらず,地図上に最適ルートを表示することは開示されていない,と主張する。しかしながら,甲5-1文献には,「さらに車両10には車両の現走行位置を演算する走行位置演算装置9が備えられており,この走行位置演算装置9には,車両10の出発地や目的地を入力したり,表示モード(走行軌跡表示,予め入力された目的地までの経路を案内するルートガイドなどがある。)の切換を指示する入力装置11,出発地に対する現走行位置を演算するため車速信号発生器71,方位信号発生器75,例えばカセットテープからなり地図データを供給する地図データ入力装置12が接続されている。走行位置演算装置9で演算された走行位置データは,表示装置8に供給され,選択された表示モードに従って走行位置が表示される。この表示装置8には,記憶装置5から演算装置6で演算された走行データが供給されて平均車速,平均燃費等がドライバーに対して表示されるようになっていると共に,送受信機4からは中央処理装置1からの情報が供給されてドライバーに対して目的地までの最適な経路が指示表示される。表示装置8には以上述べた3種類の表示が行われるが,それらの表示形態,つまり3種類の表示をそれぞれ別個に表示するか,あるいは互いの関連を考慮して一つの表示にまとめるかについては,任意に選択可能である。」(甲第5号証の1・3頁左上欄5行~右上欄7行)との記載がある。同記載によれば,甲5-1文献において,3種類の表示である「走行軌跡表示」,「走行位置表示」及び「目的地までの最適な経路の表示」を一つの表示にまとめ,地図上に最適ルートを表示することが記載されているということができる。

原告は,経路誘導(最適ルート表示)の機能が装備されたカーナビゲーションシステムが製品化されたのは,先願の出願日(1988年4月15日)及び本件優先日(1989年1月11日)の4年以上も後の1993年以降のことであるから,このような製品化のめども立っていない段階の技術を周知・慣用の技術と認定することは誤りである,と主張する。

しかしながら,訂正発明の特許請求の範囲は,第2の2記載のとおり「地球表面を走行する乗物の位置に応じてデータ構造から地形情報を選択し地形図の一部分を表示する方法において,地形情報は乗物が走行し得る地球の略々2次元的に表した地表の一部分内の種々の点の座標を含み,地図の一部分を座標変換によって乗物の外部且つ上方に位置する見かけの視点から見た投影図で透視図的に鳥瞰図として表示し,且つ前記鳥瞰図上に最適ルートを表示し,且つ乗物の現在位置に対する見かけの視点の位置を固定にすることを特徴とする地図表示方法。」というものであり,最適ルートの表示については,「鳥瞰図上に最適ルートを表示し」と記載されているのみである。訂正明細書中には,このように鳥瞰図上に最適ルートを表示するカーナビゲーションシステムを製品化することの困難性についての記載も,困難性を克服する具体的な方法についての記載もない。訂正明細書のこのような記載状況の下では,訂正発明は,最適ルートの表示について,その発想自体を発明の対象としたものであるという以外にない。最適ルートを地図上に表示する発想自体が周知であることは,上記甲5-1ないし3文献により認めることができる。この発想を具体化したカーナビゲーションシステムが製品化されていたか否かは,相違点2についての判断には関係のないことである。

(2)  原告は,先願発明において,「最適ルートを表示する」機能がその構成上必要不可欠のものではないことは明らかであるから,「最適ルートを表示する」機能が周知技術であったとしても,このことが先願明細書に実質的に記載されていると解することはできない,と主張する。

原告は,上記主張の前提として,周知技術ではあっても慣用技術ではないものは,原則として,先願明細書に記載されていないと理解すべきであり,先願発明がこのような技術を当然に備えていると当業者が理解するためには,その構成が周知技術であるだけでは足りず,少なくともその構成が先願発明に必要不可欠のものである必要がある,と主張する。

「最適ルートを表示する技術」は,上記のとおり周知の技術であると認めることができるものの,これが慣用技術であることについては,これを認めるに足りる証拠がない。

しかしながら,特許出願に係る発明と先願発明との間の相違点が周知の手段の付加であり,その特許発明が奏する作用効果が,先願発明が奏する作用効果と前記周知の手段がもたらす作用効果との総和にすぎない場合には,前記相違点はいわゆる設計上の微差にすぎず,その特許出願に係る発明は先願発明に単なる周知の手段を付加したものであって,先願発明と「実質的に同一である」と解するのが相当である。相違点はあってもその相違点に係る両発明の差が設計上の微差にすぎず,作用効果にも顕著な差がない場合にまで,これらを別個の発明としてそれぞれに特許を認めたのでは,特許制度になじまないことになるというべきであり,このような場合には,それぞれの発明は,技術的思想の創作としては同一であると評価するのが相当である。そして,このことは,たとい,原告主張のとおり,当該周知技術が,慣用技術でも必要不可欠な技術でもないために,先願明細書に実質的に記載されているとは認めることができないとしても,そのことによって妨げられるものではない,というべきである。

相違点2についての決定の判断は,訂正発明の相違点2が単なる周知技術の付加にすぎず,その作用効果も顕著なものとはいえない,とする点において正当である。

決定は,上記周知技術が先願明細書に実質的に記載されている事項であると判断したものではない。このことは,その記載内容から明らかである。原告の上記主張は,決定の正しい理解に基づくものとはいえず,採用することができない。

(3)  原告は,甲5-1ないし3文献は,いずれも平面地図上に最適ルートを表示することに関するものであり,訂正発明のように鳥瞰図上に最適ルートを表示するものではないこと,及び,甲5-2,3文献は,いずれも,あらかじめ選択された範囲の平面地図上に最適ルートを表示するもので,訂正発明のように乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新するものではないこと,を根拠に,先願発明に甲5-1ないし3文献の上記技術を付加したとしても,訂正発明の構成は得られない,と主張する。

しかし,甲5-1ないし3文献における地図は,先願発明と同じく,乗物(自動車)のナビゲーション装置に地図として利用されるものである。これらの文献に記載された地図がいずれもあらかじめ選択された範囲の平面地図であるとしても,訂正発明や先願発明のような鳥瞰図に上記周知技術を付加すれば,鳥瞰図上に最適ルートを表示するという,訂正発明の相違点2に係る構成が自動的・必然的に得られることは明らかである。

原告は,甲5-2,3文献は,訂正発明のように乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新するものでない,と主張する。しかしながら,乗物の位置に応じて平面地図の表示範囲を更新すること,すなわち,「乗物の現在位置に対する視点の位置を固定にすること」は,先願明細書に記載されていると認められることは前記説示のとおりである。また,これらの各文献に上記構成の記載がないとしても,そのことは,上記各文献の最適ルートを表示する周知技術を先願発明に付加することを,何ら妨げるものではない。

原告の主張は,採用することができない。

(4)  原告は,表示された鳥瞰図上に上記技術を組み合わせることで,上記技術にはない顕著な効果を奏する,と主張する。しかしながら,原告の主張する効果は,上記構成を採用することによって得られる自明の効果にすぎない。

(5)  以上のとおりであるから,本件において,先願発明に,最適ルートを表示する技術を付加することは,単なる周知技術の付加にすぎず,それによってもたらされる作用効果も格別のものということはできない。相違点2は設計上の微差にすぎないというべきである。

訂正発明と先願発明とが実質的に同一であるとした決定の判断は正当である。

4  原告の主張4(本件発明1ないし3,5ないし8,17,19,20と先願発明との同一性についての判断の誤り)の主張について

(1)  本件発明1ないし3についての判断の誤り,の主張について原告の主張に理由がないことは,上記1,2で述べたところから明らかである。

(2)  本件発明5についての判断の誤り,の主張について

原告は,先願明細書に,乗物の現在位置を表示する,との構成が実質的に記載されている,とした決定の認定判断は誤りであると主張する。

原告は,上記主張の根拠として,先願発明においては,運転者に乗物の位置を認識させる,という技術的課題が存在しない,と主張する。しかしながら,先願発明は,「特に自動車の運転に必要な地図を必要に応じて表示するナビゲーション用地図表示装置に関し,運転者に自己の位置と他の各種目標ないし地点との関係を的確に提供する」(甲第4号証1頁右欄3行~6行)ことを目的とするものである。このような先願発明の目的に照らすと,同発明において,運転者に自己の位置を認識させるために地図上の乗物の位置を表示することは,他に反対に解すべき特段の事情がない限り,必要不可欠なことというべきであって先願明細書に実質的に記載されている,と解するのが合理的である。

原告は,先願発明は,少なくとも第3階層を表示する際には,視点を乗物の内部に置いている可能性が高く,この場合には乗物のフロントガラスを通して視認される範囲の地図が表示されることになるから,乗物の位置を表示することは,先願発明にとって必要不可欠なものではない,と主張する。しかしながら,先願発明において,第3階層を表示する際に視点を乗物の内部に置いていると解することができないことは,2で説示したところから明らかである。

原告は,カーナビゲーション用地図表示装置において,乗物の現在位置を表示することが周知の技術であったとしても,鳥瞰図で表示された地図上に乗物の位置を表示する技術は,本件優先日前に存在しなかった,と主張する。しかしながら,本件発明5の特許請求の範囲は,「地図上の乗物の位置を表示することを特徴とする請求項1~4の何れかに記載の方法」というものであり,乗物の位置を表示するという発想自体を発明の対象としたものにすぎず,表示する技術を対象としたものではないことが明らかである。本件発明5の上記構成は,周知技術を付加することによって当然に得られるものにすぎない。

原告は,本件発明5は,上記構成を採用することによって,乗物を正しく誘導することができるとともに,目的地までの距離や方向を常に把握することができるという顕著な効果を奏する,と主張する。しかしながら,原告の主張する効果は,上記構成を採用することによって得られる自明の効果にすぎず,顕著なものということはできないことが明らかである。

原告の主張は,採用することができない。

(3)  本件発明6,19についての判断の誤り,について

原告は,「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」ことは,甲8文献にも記載されているとおり周知の技術であり,本件発明6,19は,先願発明に上記周知技術を単に付加したものに相当する,とした決定の判断は誤りである,と主張する。

原告は,その主張の根拠として,甲8文献には,「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」ことは全く開示も示唆もされておらず,その目的,効果も本件発明6,19と異なる,と主張する。

本件発明6,19が「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」との構成を採ることの意義は,「このようにすると,乗物の走行方向が変わるとき,視方向があまり急速に変化しないのでユーザが方向を見失うことは起こり得なくなる」(甲第2号証3頁左欄29行~32行)ことにあることは,当事者間に争いがない。

原告は,甲8文献に記載された技術においては,乗物の走行方向が変わるとき,視方向が急激に変化するので,ユーザーが方向を見失う可能性が高くなる,と主張する。

しかしながら,甲8文献には,「また,上記実施例では,移動体が時々刻々,進行方向を変えるにつれて,進行角を連続的に変え,スムーズに表示する方法を示したが,座標変換計算の処理量が多い場合には,進行角がある角度範囲を越えた場合にのみ,変換計算を行う方式も可能である。例えば進行角(全360°)を30°づつ12個に分割し,進行角θが,30・n-15≦θ≦30・n+15(n=0,・・・・・・,11)を満たす時,進行角が30・nであるとして表示する方式である。この場合には,進行角が30°ごとの区域を越えた時に,座標変換計算を行い,表示の更新をする。」(甲第8号証3頁左上欄8行~20行。)との記載がある。

同記載は,30°ごとの各区域を越えた時ごとに座標変換計算を行い,表示の更新をすることを意味する。上に認定した甲8文献の記載によれば,同文献に記載された技術が,「順次の画像間の角度a(t)の変化を所定の値に制限する」ことによって,「乗物の走行方向が変わるとき,視方向があまり急速に変化しないのでユーザが方向を見失うことは起こり得なくなる」との効果を奏するものであることは明らかである。同文献の公開時期(昭和58年)などからみて,上記の事項は,本件優先日当時周知であったと認められるから,本件発明6,19は,先願明細書に記載された発明と実質的に同一であるとした決定の判断に誤りはない。

原告の主張は採用することができない。

(4)  本件発明7,8,20についての判断の誤り,の主張について

原告は,本件発明7に係る「選択された情報から追加の選択処理により表示すべき項目を決定すること」,本件発明8に係る「前記追加の選択は表示すべき項目と乗物の現在位置との間の距離に基づいて行うこと」,本件発明20に係る「第1の選択手段により選択されたサブ情報について追加の処理を行う第2選択手段を具えていること」との構成がすべて先願明細書に記載されている,とした決定の判断は誤りである,と主張する。

原告は,その主張の根拠として,先願明細書では,「選択された情報」をそのまま行っているにすぎず,「追加の選択処理」を行っていない,と主張する。

しかしながら,先願明細書には,「操作部24は運転者が制御装置をオン・オフしたり,階層地図11,12,13の任意の一つを表示したり,或いは本発明の透視画面を与えたりするための操作スイッチ等である」(甲第4号証3頁右下欄19行~4頁左上欄3行)との記載がある。先願明細書の上記記載によれば,操作スイッチ等の操作部24により,階層地図11,12,13のうちの任意の一つを表示できるのであるから,操作部24の操作により例えばより精度の高い階層地図13を選択した後,さらに操作部24の操作により,例えばより精度の低い階層地図11又は12を追加して選択する場合が含まれ得ることは明らかである。このより精度の高い階層地図13を選択した後に,より精度の低い階層地図を選択することは,後から増し加えられた選択処理をすることに当たるから,本件発明7,8,20にいう,追加の選択処理,に相当する。先願明細書が追加の選択処理をすることを除外していると解すべき根拠はない。

(5)  本件発明17についての判断の誤り,の主張について

原告は,見かけの視点からの視方向を可変にすることは,一般に透視図作成における周知の技術であり,本件発明17は,先願発明に単にこの周知技術を付加したものに相当する,とした決定の判断は誤りであると主張する。

原告は,その主張の根拠として,決定が上記周知技術を認定する証拠として挙げた特開昭61-65368号公報(甲9-1文献)及び特開昭63-54091号公報(甲9-2文献)は,いずれも地図表示に関するものではなく,鳥瞰図を表示することについては,開示も示唆もない,ということを挙げる。

しかしながら,甲9-1文献は,3次元対象物の透視図を2次元画面上に表示する3次元立体表示方法に係るものであって(甲第9号証の1の特許請求の範囲の記載参照),少なくとも対象物の透視図を2次元画面上に表示する技術に係るものである点において,先願発明と共通するものである。弁論の全趣旨によれば,視点及び視方向はこのような透視図を作成する技術に必ず付属する指標,属性であり,見かけの視点からの視方向を可変にすることは,この透視図を作成する技術における周知の技術であると認められる。

原告は,先願明細書は,単に透視図作成に関する技術を開示したものであり,視方向を可変にする旨の記載も,鳥瞰図の表示方向を切り替える旨の記載もない,と主張する。しかしながら,決定は,「見かけの視点からの視方向を可変にする」ことが先願発明に実質的に記載されているとしたものではなく,本件発明17は先願明細書に周知の技術を付加することによって得られるものとしたものであることは,決定の記載内容自体から明らかである。原告の主張は,決定の正しい理解に基づくものとはいえず,失当である。

本件発明17は先願発明に単に周知技術を付加したものにすぎず,この点についての両発明の相違は設計上の微差にすぎないというべきである。両発明が実質的に同一であるとした決定の判断に誤りはない。

第6結論

以上のとおりであるから,原告主張の決定取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定の認定判断にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担及び上告及び上告受理の申立てのための付加期間につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 設樂隆一 裁判官 阿部正幸)

別紙 図面1 省略

別紙 図面2 省略

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