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東京高等裁判所 平成13年(行ケ)592号 判決 2002年9月26日

原告

訴訟代理人弁理士

斎藤侑

伊藤文彦

被告

特許庁長官太田信一郎

指定代理人

石井良夫

服部智

森田ひとみ

林栄二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた裁判

「特許庁が不服2000-10053号事件について平成13年11月12日にした審決を取り消す。」との判決。

第2事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

Bは、平成2年3月17日「高周波沿面放電を用いたガス処理方法及び装置」なる発明について特許出願(平成2年特許願第67769号)をしたが、平成12年6月6日拒絶査定があった。原告は、特許を受ける権利をBから一般承継し、平成7年8月25日特許庁長官にその旨届け出ていたが、平成12年7月5日拒絶査定に対する不服の審判を請求した(不服2000-10053号事件)。平成13年11月12日、同審判請求事件について「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月5日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(「または」を「又は」と表記)

【請求項1】ガスの入り口とガスの出口を有するガス処理部を有し、誘電体層を介してその一方の表面にコロナ放電極を他方の表面に面状誘導電極を設けてなる所の少なくとも1個の高周波沿面放電素子を、そのコロナ放電極側の高周波沿面放電発生面が該ガス処理部内のガス通路に露出する如く配設し、該コロナ放電極と該面状誘導電極の両電極間に高周波高電圧を印加し、該コロナ放電極よりその周囲の該誘電体表面に接して高周波沿面放電を発生せしめるための高周波高圧電源を接続し、該ガス入り口より該ガス処理部内に導入した処理すべきガスを、そのガスの流れが該高周波沿面放電発生面に直接接するように通過せしめて放電化学処理した後に該ガス処理部出口より排出するガス処理装置において;該ガス処理部出口に接続して設けた活性炭を充填した乾式ガス吸着装置や触媒を充填する接触反応装置で、該ガス処理部における高周波沿面放電のプラズマ化学作用により、放電化学処理したガス中に含まれる反応生成物を吸着・分解して除去することを特徴とするガス処理装置。

【請求項2】請求項1に記載のガス処理装置において、該高周波沿面放電素子の誘電体層が平板状又は円筒状であり、その一方の表面上にコロナ放電極を他方の表面上に面状誘導電極を設けたことを特徴とするガス処理装置。

【請求項3】請求項1に記載のガス処理装置において、該ガス処理部が少なくとも1個の円筒状誘電体層で構成され、その外表面上に面状誘導電極を配設、その内表面上にコロナ放電極を配設してその内部をガス通路とし、これによって該ガス処理部が該高周波沿面放電素子を兼ねていることを特徴とするガス処理装置。

【請求項4】請求項3のガス処理装置において、該ガス処理部を構成する円筒状誘電体の内部に、これと同心的に円筒状筒体を配設し、該円筒状誘電体層と該円筒状筒体との間の空隙にガス通路を形成した事を特徴とするガス処理装置。

【請求項5】請求項1から4までいずれか1項に記載のガス処理装置において、該コロナ放電極が線状であり、該面状誘導電極の外側を覆って別の誘電体層を設け、これによって該面状誘導電極が実質的に一つの誘電体層の内面に埋設されている事を特徴とするガス処理装置。

【請求項6】請求項1から5までいずれか1項に記載のガス処理装置において、該高周波沿面放電素子の該面状誘導電極表面を冷却する手段として、水冷部と冷却水供給部よりなる水冷却装置又は、空冷部と冷却用空気供給部よりなる空冷装置を設けたことを特徴とするガス処理装置。

【請求項7】請求項1から6までいずれか1項に記載のガス処理装置において、該高周波沿面放電素子の該コロナ放電極側表面を清掃するための清掃機構を設けたことを特徴とするガス処理装置。

【請求項8】請求項1記載のガス処理装置において、該ガス処理部の上流に処理すべき対象ガス成分の処理を促進する添加ガスを注入するための添加ガス注入部を設けた事を特徴とするガス処理装置。

【請求項9】請求項1記載のガス処理装置において、該ガス処理部の上流、内部、下流の少なくともいずれかに、処理すべき対象ガス成分の処理を促進する光を照射する為の光源を設けた事を特徴とするガス処理装置。

【請求項10】処理対象ガスの入り口と処理後のガスの出口を有するガス処理部を有し、これと別個に原料ガスの入り口と、活性ガスの出口を有する活性ガス発生部を有し、該活性ガス出口を該処理対象ガスの入り口に連通せしめ、該活性ガス発生部の内部に誘電体層を介してその一方の表面にコロナ放電極を他方の表面に面状誘導電極を設けてなる所の少なくとも1個の高周波沿面放電素子を、そのコロナ放電極側の高周波沿面放電発生面が該活性ガス発生部内のガス通路に露出する如く配設すると共に、該コロナ放電極と該面状誘導電極の両電極間に高周波高電圧を印加する為の高周波高圧電源を接続し、該コロナ放電極よりその周囲の誘電体層表面に接して高周波沿面放電を発生せしめ、該原料ガス入り口より該活性ガス発生部内に該原料ガスを導入して、該高周波沿面放電発生面に接して通過せしめる事により該高周波沿面放電のプラズマ化学作用によって該原料ガスを活性ガスに転化したうえ、該活性ガスを該活性ガス出口及び該処理対象ガス入り口を介してガス処理部上流側の処理対象ガス流中に供給してこれと混合、反応せしめて処理したうえ、該処理後のガス出口より排出するガス処理装置において;該ガス出口に接続する後処理装置として設けた活性炭を充填した乾式ガス吸着装置や触媒を充填した接触反応装置で、該ガス処理部で放電化学処理したガス中に含まれる反応生成物を吸着・分解して除去して外部に放出することを特徴とするガス処理装置。

(以下、【請求項1】記載の発明を「本願発明1」と表記し、【請求項2】以下に記載の発明も同様に表記する。)

3  審決の理由

別紙審決の理由のとおりである。要するに、審決は、本願発明1~10は、それぞれ刊行物1~4,6~8,10~11に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、とした。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(本願発明1と刊行物6に記載の発明との相違点bについての判断の誤り)

(1)  審決は相違点bについて、「刊行物8には、排ガス中のハロゲン化炭化水素が交流コロナ放電で処理されると分解、重合し、吸収剤又は活性炭等の吸収剤と接触させることにより該分解、重合生成物が排ガス中から除去できることが記載されていることになる」(別紙審決の理由212~215行)ことから「「交流コロナ放電装置」の一種である刊行物6記載の「電界装置」を、ハロゲン化炭化水素を含有する排ガスの処理に適用し、排ガス中のハロゲン化炭化水素を分解、重合させ、該分解、重合生成物を活性炭を充填した吸着装置で吸着除去するため、該電界装置に活性炭を充填した吸着装置を接続することは、刊行物8の記載に基づいて、当業者が容易に想到することができたものである」(別紙審決の理由215~219行)と説示しているが、刊行物6(特開昭59-44797号公報、甲第2号証)記載の「電界装置」は刊行物8(特開昭51-10173号、甲第3号証)記載の「交流コロナ」に関連付けしている「交流コロナ放電装置」の一種ではないので、その「電界装置」を刊行物8記載の前記「交流コロナ電界装置」としてにわかに適用するのは無理である。

すなわち、刊行物6には、電界装置が交流コロナ放電装置の一種であるとは記載されていない。また、刊行物8の第2頁右上欄16~18行に「放電方法としては例えば直流又は交流コロナ、アーク、グロー、無声、高周波、マイクロウェーブ放電等を用いることができる。」と記載されており、このことからして、交流電源で「コロナ放電」を発生させている無声放電は上記交流コロナには該当しない。同様に刊行物6記載の電界装置は交流電源によりコロナ放電を発生させていても、交流コロナ放電装置とはいわない。

交流コロナ放電装置とは不平等電界ギャップに交流電圧を印加して発生するコロナをいうのであって(電気学会放電ハンドブック出版委員会編「放電ハンドブック上巻」(1999年2版発行、甲第7号証)第144頁の「3.4交流コロナ」の項)、上記電界装置には電界ギャップがないので、一種か否かを論ずるまでもなく、交流コロナ放電装置とはいえない。

(2)  仮に刊行物6記載の「電界装置」が刊行物8記載の「交流コロナ放電装置」の一種であるとしても、刊行物8記載の発明は方法に関する発明であるから、そこには「放電方法として交流コロナを用いることができ」と記載されているにすぎず、上記「交流コロナ放電装置」の文言は見当たらず、さらに刊行物8記載の方法の発明における構成要素の1つである「交流コロナ」は特定事項として充分であるので、その「交流コロナ」として特に刊行物6記載の「電界装置」を適用する必要性は発見できず、適用したとしても刊行物8記載の方法の発明になるだけであって、本願発明のような装置の発明にはならないので、これらの理由からしても、刊行物6記載の「電界装置」を刊行物8の「交流コロナ」に関連付けした「交流コロナ放電装置」に適用するのは予測不可能である。

被告は「上記放電方法を実施するための具体的装置については当該刊行物の頒布時において周知である。」と述べているが、その当該刊行物及び頒布日が示されていないので、いかなる刊行物がいかなる日時において周知であるかは知らない。

被告は「「交流コロナ放電装置」を含む「排ガス中のハロゲン化炭化水素の除去装置」は刊行物8に記載されているに等しい発明といえる」と述べているが、刊行物8に記載されているのは「排ガス中のハロゲン化炭化水素の除去法」に関する方法の発明であり、その方法の発明を実施するための全体の装置については記載されていないので、その装置が記載されているに等しいというのは無理である。

(3)  被告は、「電界ギャップとは、その間にコロナ放電を発生させる一対の電極のことをいうのであって、」と主張する。しかしながら、被告がその裏付けとして提出する電気学会放電ハンドブック出版委員会編「改訂新版放電ハンドブック」(昭和50年再版発行、乙第1号証。原告も別頁を甲第8、第9号証として提出している。)の第84頁の下から2~1行の「細針先対平板配置のように極端に不平等な電界分布のギャップでもギャップの長さdが小さい場合には」、第105頁4行の「ギャップ長dによって放電特性が異なる」、及び第104頁の1.101図の「d(cm)」と1.102図の「d(cm)」の各記載からすると、電界ギャップとは、その間にコロナ放電を発生させる一対の電極のことをいうものでなく、コロナ放電の対象とする「不平等電界ギャップ」第102頁下から4~3行、すなわち、一対の電極間の前記「ギャップの長さd」又は距離を有する立体的間隙をいうものと解すべきである。これに対して刊行物6の電界装置は、面状電極9と線状電極3,4,5の間に面状誘電体板18が充填されていて、その間に前記立体的間隙が存在しないので、両電極間に交流電圧が印加されてもその間隙には上記ハンドブック第102頁の「第4章コロナ放電」の項に記載のコロナ放電が発生せず、誘電体板18の線状電極3,4,5側表面と他の誘電体である外気の境界面、すなわち、「異種の誘電体が相接する境界面に沿って生ずる」(上記ハンドブック第222頁の「第5章沿面放電」の項参照)ものであるから、このような沿面放電を発生する刊行物6の電界装置が、単に「両電極間に高周波交流高電圧を印加される」という理由だけから交流コロナ放電装置であるというのは言葉の表現方法だけから解釈したにすぎず、放電工学上適切でない。

2  取消事由2(本願発明1~10の効果の看過)

審決は、本願明細書に「後処理部に各種の気体状反応生成物に適合した気体除去装置を用いることが望ましい・・・・・装置等々、適当な任意の装置を用いることができる」と記載されていること(別紙審決の理由414~419行)に基づいて、「請求人が主張するような上記作用効果は特定のガス処理装置に特定の気体除去装置を組み合わせたことによるものとは認められない」と説示している(別紙審決の理由421~422行)が、本願発明1~10では、特定のガス処理装置において、特定の接触反応装置で放電化学処理したガス中に含まれる反応生成物を吸着、分解して除去するガス処理装置であることを明記していて、しかも本願明細書第20頁(甲第4号証本願公開特許公報第6頁右上欄)11~14行に「極めて強力な分解、変成作用を有する各種ラジカル、化学的活性種O3等を高周波沿面放電の強力なプラズマ化学作用で有効且つ大量に生成の上作用させて処理する」と記載してあるので、上述のように「・・・・・・・望ましい」等の記載があってもその記載が上記特定事項の作用効果であることを妨げる理由になるものではない。

本願明細書の「発明の効果」の項の冒頭に「本発明のガス処理装置は」と明記した上で記載されている作用効果は、当然請求項1~10のいずれかに記載されている特定事項に基づく作用効果である。

第4審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1(本願発明1と刊行物6に記載の発明との相違点bについての判断の誤り)に対して

(1)  刊行物6には、記載される「電界装置」の基本原理を示す第1E図及び第1F図の説明として、「ターミナル導体部16,15を介して高周波交流高圧電源19より、コロナ電極群3,4,5と面状誘導電極9との間に高周波交流高電圧をファインセラミック誘電体層20を介して印加する(但し安全のため3,4,5は接地してある)と、3,4,5の端縁から高周波コロナ放電が誘電体板18の表面に沿って発生し、豊富な正負イオンを含むプラズマを形成する」(第8頁右上欄9~16行)と記載されており、刊行物6記載の「電界装置」が、交流電源によりコロナ放電を発生させているのであるから、「交流コロナ放電装置」の一種であることは明らかである。

刊行物8には、確かに、「交流コロナ放電装置」の文言はないが、刊行物8に係る「排ガス中のハロゲン化炭化水素の除去法」を実施するための具体的な手段として、「放電方法としては、交流コロナ、・・・等を用いることができる。」(第2頁右上欄下5~3行)、「吸収は充填塔、スプレー塔、・・・等の液分散型吸収装置又は棚段塔、気泡塔等のガス分散型吸収装置による吸収方法等、また吸着は吸着剤を充填した塔中を前記酸化後排ガスを通過せしめる方法で実施することができる。」(第2頁右下欄下3行~第3頁左上欄4行)と記載されており、上記各放電方法や吸収・吸着方法を実現するための具体的装置については、刊行物8の頒布時において周知である。

してみると、「交流コロナ放電装置」と、「吸収装置」又は「吸着装置」から構成される「排ガス中のハロゲン化炭化水素の除去装置」は、刊行物8に記載されている事項に基づいて、当業者が、当該頒布時の技術常識を参酌すれば、当然導き出せる技術的事項というべきである。

このように、「交流コロナ放電装置」を含む「排ガス中のハロゲン化炭化水素の除去装置」は刊行物8に記載されているに等しい発明といえるから、該「交流コロナ放電装置」として、交流コロナ放電装置の一種である刊行物6証記載の「電界装置」を適用するのに問題はない。

(2)  「電界ギャップ」とは、その間にコロナ放電を発生させる一対の電極のことをいうのであって、電気学会放電ハンドブック出版委員会編「放電ハンドブック上巻」(1999年2版発行、甲第7号証)の第144頁3,3「コロナ放電と放電領域」に記載されるように、コロナ放電においては、通常、針対平板ギャップのような形状が異なる電極、すなわち「不平等電界ギャップ」が使用されるのである。

刊行物6に記載される電界装置は、面状電極9と細線状電極3,4,5という形状の異なる「不平等電界ギャップ」が使用され、これらの電極間に高周波交流高圧電源19より交流電圧が印加されるのであるから、まさに「交流コロナ」放電装置である。

電気学会放電ハンドブック出版委員会編「改訂新版放電ハンドブック」(昭和50年、乙第1号証)第85頁3~12行に記載されているように、空間放電と沿面放電には、放電機構上本質的な差はなく、その13~15行の「前項までにあげた放電の各形態すなわち放電形式は、それぞれギャップ条件(気体種類、圧力、電極の幾何学的配置)及び・・・によって現出する。」(ここでいう「前項までにあげた放電の各形態」には当然沿面放電も含まれる。)という記載からみて、沿面放電装置においても電極の幾何学的配置、すなわち電界ギャップが存在することは明らかである。そもそも、「電界ギャップ」を正確に表現すれば、放電が発生するときの放電電極間の間隔であり、電極間に誘電体(空気も一種の誘電体である)が存在するか否かに関係なく、放電が発生すれば前記放電電極間の間隔は「電界ギャップ」といえる。刊行物6記載の放電装置も、面状電極9と線状電極3,4,5に間隔を有しており、それら放電電極の間で生じる電界によりコロナ放電が発生するのであるから、正に前記電極間の間隔は「電界ギャップ」に相当する。

2  取消事由2(本願発明1~10の効果の看過)に対して

審決は、「請求人が主張する上記作用効果は特定のガス処理装置に特定の気体除去装置を組み合わせたことによるものとは認められず」と説示しているだけで、請求人が主張する上記作用効果を否定しているわけではない。言い方をかえれば、原告が主張する作用効果は、「・・・・望ましい」等の記載からみて、特定の気体除去装置を組み合わせるか否かにかかわらず奏せられる効果であるといっているのである。

したがって、この点について審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明1と刊行物6に記載の発明との相違点bについての判断の誤り)について

(1)  原告は、刊行物6には、電界装置が交流コロナ放電装置の一種であるとは記載されていないこと、刊行物8第2頁右上欄16~18行の記載を根拠に、交流電源でコロナ放電を発生させている無声放電が交流コロナ放電に該当しないのと同様、刊行物6記載の電界装置は交流電源でコロナ放電を発生させていても交流コロナ放電装置とはいわないこと、交流コロナ放電装置とは不平等電界ギャップに交流電圧を印加して発生するコロナをいうのであって、刊行物6記載のものには電界ギャップがないから交流コロナ放電装置とはいえないことをもって、審決が、刊行物6の「電界装置」は「交流コロナ放電装置」の一種であるとしたのは誤りであると主張する。

しかしながら、刊行物6(甲第2号証)には、「本実施例では特に第34図の装置でファインセラミック誘電体板18の両面に長形の細線状コロナ放電極187を設けたもの195をガス通路196内に多数ガス流に並行に配設してあり、極短パルス高圧電源180より、極短パルス高電圧を端子178,179を介してそれぞれ電界装置195の細線状コロナ放電極187と面状埋入誘導電極9との間に印加することによって、すべての電界装置195の両面に活性プラズマを形成している。」(第17頁左下欄14~右下欄3行)と記載され、また「電界装置」の基本原理を示す第1E図及び第1F図の説明として、「ターミナル導体部16,15を介して高周波交流高圧電源19より、コロナ電極群3,4,5と面状誘導電極9との間に高周波交流高電圧をファインセラミック誘電体層20を介して印加する(但し安全のため3,4,5は接地してある)と、3,4,5の端縁から高周波コロナ放電が誘電体板18の表面に沿って発生し、豊富な正負イオンを含むプラズマを形成する」(第8頁右上欄9~16行)と記載されていることが認められ、この記載からみると、刊行物6記載の「電界装置」は、交流電源によりコロナ放電を発生させているものであって、これが「交流コロナ放電装置」の一種であることは明らかである。

また、刊行物8(甲第3号証)には、「放電方法としては例えば直流又は交流コロナ、アーク、グロー、無声、高周波、マイクロウェーブ放電等を用いることができる。」(第2頁右上欄16~18行)と記載されていることが認められる。この記載は、放電方法の種類として、異なる観点での呼称である交流コロナと無声放電とを単に別々に例示しているだけであって、「交流電源で「コロナ放電」を発生させている無声放電は交流コロナに該当しない」ことを意味するとは認められない。

これに反する認識を前提として「刊行物6の電界装置は交流電源でコロナ放電を発生させていても交流コロナ放電装置とはいわない」とする原告の主張は、理由がない。

電気学会放電ハンドブック出版委員会編「放電ハンドブック上巻」(1999年2版発行、甲第7号証)には「不平等電界ギャップに50,60Hzの商用周波交流電圧を印加すると、針先高電界部の電気的極性に応じ、半周期毎に正・負直流コロナに類似した交流コロナが電圧波形の最大値付近で発生する。」と記載されているが、これは、不平等電界ギャップに交流電圧を印加すると交流コロナが発生することを示すにとどまり、上記判断と矛盾するものではない。

(2)  原告は、電気学会放電ハンドブック出版委員会編「改訂新版放電ハンドブック」(昭和50年、甲第8号証及び乙第1号証)の第84頁の下から2~1行の「細針先対平板配置のように極端に不平等な電界分布のギャップでもギャップの長さdが小さい場合には」、第105頁4行の「ギャップ長dによって放電特性が異なる」、及び第104頁の1.101図の「d(cm)」と1.102図の「d(cm)」の記載から、電界ギャップとは一対の電極間のギャップの長さd又は距離を有する立体的空隙をいうものと解すべきであると主張するが、同書には、「1.1.13放電形式と放電領域前項までにあげた放電の各形態すなわち放電形式は、それぞれギャップ条件(気体種類、圧力、電極の幾何学的配置)および回路条件[中略]において現出する。」(第85頁13~15行)と記載され、「前項」である1.1.12には「空間放電と沿面放電」として、「第3部第5章に解説される沿面放電とは、絶縁物表面に沿う放電路を通じて展開される放電現象であって、絶縁物の介在のために面上への電荷の蓄積、対電極との間の等価静電容量の増大、ストリーマ先端の電界の強化などの付随する影響はあるが、本質的には気体中の放電である。」(第85頁3~6行)と記載されていることが認められ、電極間に絶縁物が介在する沿面放電装置においても、電極の幾何学的配置、すなわち電界ギャップが存在するということができるから、原告の主張する電界ギャップの定義を導くことはできない。

以上のとおり、交流コロナ放電装置とは原告の主張する特定の電界ギャップが存在するもののみを意味するということを示すものではないから、「電界装置には電界ギャップがないので交流コロナ放電装置とはいえない」との原告の主張も、理由がない。

(3)  原告は、仮に刊行物6記載の「電界装置」が「交流コロナ放電装置」の一種であるとしても、刊行物8記載の方法の発明における構成要素の1つである「交流コロナ」は特定事項として充分であるので、その「交流コロナ」として特に刊行物6記載の「電界装置」を適用する必要性は発見できないこと、また適用したとしても刊行物8に記載されているのは方法の発明であるから、本願発明のような装置の発明にはならないこと、さらに刊行物8に「交流コロナ放電装置」が記載されていると仮定してもその「交流コロナ放電装置」を刊行物6の「電界装置」といかなる目的で置換しようとするのかその必要性が見当たらないことを主張する。

しかしながら、審決は、「・・・刊行物8には、排ガス中のハロゲン化炭化水素が、交流コロナ放電で処理されると分解、重合し、吸収剤又は活性炭等の吸着剤と接触させることにより該分解、重合生成物が排ガス中から除去できることが記載されていることになる。してみれば、「交流コロナ放電装置」の一種である刊行物6記載の「電界装置」を、ハロゲン化炭化水素を含有する排ガスの処理に適用し、排ガス中のハロゲン化炭化水素を分解、重合させ、該分解、重合生成物を活性炭を充填した吸着装置で吸着除去するため、該電界装置に活性炭を充填した吸着装置を接続することは、刊行物8の記載事項に基づいて、当業者が容易に想到することができたものである。」と説示している(別紙審決の理由212~219行)。

この説示によれば、審決は、刊行物8に、「排ガス中のハロゲン化炭化水素が、交流コロナ放電で処理されると分解、重合し、吸収剤又は活性炭等の吸着剤と接触させることにより該分解、重合生成物が排ガス中から除去できること」が記載されていることを前提として、「交流コロナ放電装置」の一種である刊行物6記載の「電界装置」を、刊行物8記載のものと同様ハロゲン化炭化水素を含有する排ガスの処理に適用するに当たって、ハロゲン化炭化水素の分解、重合生成物を活性炭を充填した吸着装置で吸着除去するために、「(刊行物6記載の)電界装置に、(刊行物8記載の)活性炭を充填した吸着装置を接続すること」が当業者にとって容易であると判断したのであって、原告のいうように、刊行物8の「交流コロナ」として刊行物6記載の「電界装置」を適用することが容易であると判断したものでも、刊行物8の「交流コロナ放電装置」を刊行物6の「電界装置」と置換することが容易であると判断したものでもないから、原告の主張は理由がない。

なお、原告の主張が、審決が「刊行物6の電界装置を刊行物8記載のハロゲン化炭化水素を含有する排ガスの処理に適用して・・」としたこと自体が誤りであるとの趣旨であるとしても、上記(1)で検討したように、刊行物6記載の「電界装置」は「交流コロナ放電装置」の一種であるとの審決の認定に誤りがない以上、刊行物6と刊行物8はともに、交流コロナを利用してガスを処理するという共通の技術について記載したものということができるから、刊行物6記載の電界装置を刊行物8記載のハロゲン化炭化水素を含有する排ガスの処理に適用するとした審決の判断に、誤りはない。

2  取消事由2(本願発明1~10の効果の看過)について

原告は、本願発明1~10には、特定のガス処理装置において、特定の接触反応装置で放電化学処理したガス中に含まれる反応生成物を吸着、分解して除去するガス処理装置であることを明記していて、しかも本願明細書第20頁11~14行に「極めて強力な分解、変成作用を有する各種ラジカル、化学的活性種、O3等を高周波沿面放電の強力なプラズマ化学作用で有効且つ大量に生成の上作用させて処理する」と記載してあるので、「請求人が主張するような上記作用効果は特定のガス処理装置に特定の気体除去装置を組み合わせたことによるものとは認められない」とした審決の判断(別紙審決の理由421~422行)は誤りである旨主張する。

しかしながら、甲第4号証(本願公開特許公報)によれば、本願明細書には「本発明によるガス処理装置は、殆どすべての種類の処理対象ガス成分に対して極めて強力な分解・変成作用を有する各種ラジカル、化学的活性種、O3等を高周波沿面放電の強力なプラズマ化学作用で有効且つ大量に生成のうえ作用させて処理するので、その処理効果は極めて高く、また処理対象ガスの種類を問わない。」(第6頁右上欄10~15行)と記載されていることが認められ、この記載によると、本願発明1~10の効果は「高周波沿面放電の強力なプラズマ化学作用」によってもたらされるものであると認められる。そうすると、本願発明1~10においては、ガス吸着装置を組み合わせることによって、上記効果が奏されるのではなく、ガス吸着装置を組み合わせなくても高周波沿面放電が行われてさえいれば同様の効果が奏されることとなるから、「請求人が主張するような上記作用効果は特定のガス処理装置に特定の気体除去装置を組み合わせたことによるものとは認められない」とした審決の認定判断に、誤りはない。

第6結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 古城春実)

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