東京高等裁判所 平成13年(行コ)163号 判決 2001年11月06日
主文
原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要
本件は、東京都六市競艇事業組合(以下「六市事業組合」という。)を構成する町田市の住民である被控訴人が、平成10年8月から平成11年4月にかけて同組合の職員に対して支給された特殊勤務手当(開催手当、庁用自動車運転手当、特別繁忙手当)の支給の違法を主張して、同組合の事務局長である控訴人A及び同組合の管理者である控訴人Bに対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、支給相当額の賠償を求めたところ、原審が、被控訴人主張の特殊勤務手当のうち、開催手当のうち、競艇開催日の前日について支給されたもの及び開催日に本部事務所において勤務する職員に支給されたものにつき、その支出は違法であり、控訴人Aには支出負担行為を行うにつき重過失があり、控訴人Bには指揮監督上の義務違反につき過失があったとして、請求を一部認容したため、控訴人らがこれを不服として控訴を申し立てた事案であり、その概要は原判決の当該欄の記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1 被控訴人は、本件手当が給与条例主義に違反する旨主張する。しかし、本件条例は、平成11年の改正に際しての附則により、改正条例の施行の日前に東京都六市競艇事業組合職員の特殊勤務手当支給規則に基づいて支給した同種の手当は、改正後の条例に基づいて支給した手当とみなす旨の本件経過規定が置かれているので、被控訴人がその支出を違法と主張する開催手当についても、支出当時は条例に直接の根拠がなくても、上記附則の規定が、さかのぼって条例上の根拠を付与されると解されれば、給与条例主義違反とはなる余地はないこととなるので、この点について検討する。なお、給与に関する条例も職員に不利益をもたらさない限り遡及して定めることができると解され、行政法規に遡及効はなく、これを認めることは法治主義に反する旨の被控訴人の主張は独自の見解であり、採用し得ない。
本件改正は、六市事業組合において、改正前の条例が特殊勤務手当の具体的支給要件を規則に委任していたことが不適切であると同組合の議会で指摘されたのを受けて、支給要件を条例に規定し、併せて手当の内容についても見直しを行う趣旨で行われたものであり、これが提案された議会においてもその旨の提案理由が説明された上で可決されことが認められる(甲5)。
上記の改正趣旨からすれば、本件附則の規定は、特殊勤務手当の支給要件が条例に規定されていないため、その効力に関し疑義を指摘されたことから、これを解消する目的で置かれたものと解される。したがって、本件附則を制定するに当たり、ことさら従前の手当の一部を除外し、除外された手当が給与条例主義に違反するとされてもやむを得ないものとして制定されたとは解し難いことからすると、特段の事情のない限り、改正前に支給された特殊勤務手当の全部について、改正後の条例に基づく支給とみなすこととしたものと解するのが合理的である。また、本件附則は、改正後の条例による支給とみなす対象を「同種の手当」としているから、同種と認められない限り、経過規定が適用されないこととなるが、本件改正における手当の内容の見直しは、手当の種類、支給範囲、支給額を定める本件規則の別表と改正後の条例の別表2とを対照すると、開催手当に関し支給の基礎となる日数から前検日を除外して開催日のみとすること、特別繁忙手当を開催手当に統合すること(実質的な支給要件の変更はない。)にあることが明らかであるところ、手当の種類は3種から2種に減少したものの、これは特別繁忙手当が開催手当に統合されたことによるものでその実質は維持されていること、また、開催手当に関しては、支給の基礎となる日数から前検日が除外された結果、前検日に対応する日数についての手当は支給されないこととなったが、これは前記のとおり手当の内容の見直しが併せて行われたことに伴い支給額算定の基礎となる日数に変更が加えられたことによるものであり、手当の種類そのものは維持されていることからすると、ここにいう「同種の手当」とは、本件規則に定められた手当3種類全部を指し示す趣旨であると解して差し支えないから、規定の文言に則した解釈としても、その一部を除外すべき事由はないというべきである。
そうすると、本件手当の支給が給与条例主義に反する旨の被控訴人の主張は採用し得ない。
2 そこで次に、本件条例に定める特殊勤務手当のうち、開催手当(前検日について支給されたもの及び開催日に本部事務所において勤務する職員に支給されたものに限る。)の支給が本件3要件を満たしていない旨の被控訴人の主張について検討する。
(1) まず、被控訴人は、本件手当の支給が本件条例12条の2第1項に定める本件3要件に違反する旨主張する。しかしながら、本件改正の結果、本件手当の支給要件は条例(12条の2第2項)で規定されるに至っているから、仮にそれが1項に反するものであったとしても、それは同一の形式的効力を有する条例間の抵触にすぎず、その一事をもって効力が否定されることはない(むしろ、改正条例として後に制定された2項が、1項に優先する。)と解されるので、被控訴人の上記主張は失当である。しかしながら、同主張は、法律の趣旨等によれば、条例で特殊勤務手当の支給を規定するには本件3要件を満たすことが必要であり、本件手当の支給要件はそれに違反しているとの趣旨を含むものと解すことができるので、以下においては、この観点から検討を進めることとする。
(2) 地方自治法204条2項は、普通地方公共団体が職員に対し支給し得る手当の種類を制限列挙している(同法292条により地方公共団体の組合に準用)が、地方公務員については国家公務員との権衡を考慮する必要があること(地方公務員法24条3項参照)にもかんがみると、地方公務員に対する特殊勤務手当の支給について定めるに当たっては、国家公務員に対する支給要件を定める一般職の職員の給与に関する法律13条1項と同様、著しく困難な勤務その他著しく特殊な勤務で、給与上特別の配慮を必要とし、かつ、勤務の特殊性を給料で考慮することが適当でないと認められるものに従事する職員に対し、その勤務の特殊性に応じて支給されるものであること、すなわち本件3要件を満たすものであることを要するというべきである。
もっとも、特殊勤務手当の対象をどのようなものとするかは、各地方公共団体の実情に応じてそれぞれの議会の合理的な裁量判断にゆだねられていると解されるから、上記の要件を満たすか否かは、議会の判断が事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当を欠いて、与えられた裁量権を逸脱、濫用したと認められる場合において、はじめて違法と判断されるべきものであって、たとえ妥当を欠くと解されるとしても上記の程度には至らない場合には、その判断につき議会において当不当が論じられ、改廃の論議の対象となることはあっても、それは民主主義の過程を通じて是正されるべきものであって、当該条例が法律に反することを理由に当然に無効とされるべきものではないと解すべきである。
(3) 上記の見地から本件規則及び改正後の条例に定める開催手当の支給要件が本件3要件を満たすか否かを検討するに、証拠(乙6、8ないし10、12、証人C)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 六市事業組合では、競走開催日の前日については前検日として本件職員全員が開催に向けての準備に当たることとされ、具体的には、各選手への艇の割当て、出走表の作成、点検、券売機や払戻機の作動の点検等を行う。これらに不備があると、翌日の開催日における騒動に直接結びつく可能性があることから、相応の緊張感をもって作業が行われている。そして、同日の業務の重要性から、従来同日に関しては有給休暇の取得を認めない取扱いとなっており、職員に対しても休暇の請求をしないよう指導が行われていたが、業務の合理化の観点から、本件改正を機に、有給休暇取得を認めない取扱いは取りやめることとされ、それに伴い前検日は開催手当の金額算定の基礎となる日数からは除外されることとなった。
イ 競走開催日における執務の概要は、以下のとおりである。
(ア) 本件職員34名のうち、27名は、江戸川競艇場に出向き、投票委員、警備委員、番組編成委員等として勤務し、残りの7名は総務委員として東京都渋谷区代々木に所在する本部事務所において執務している。
(イ) 江戸川競艇場で勤務する27名は、いったん緊急事態が発生すると、各委員ごとに緊急事態の度合いに応じて、騒擾の発生及び拡大を防止し、観客の誘導や負傷者の保護等を迅速に行うための任務に当たるものとされている。
(ウ) 本部事務所に残る7名の総務委員のうち3名は、投票委員にも充てられており、江戸川競艇場においていったん緊急事態が発生しそうな雲行きとなれば、直ちに同所に赴いて前記(イ)の任務に参加するが、残りの4名は、本部事務所に残り、江戸川競艇場、報道関係及び警察当局との間の連絡調整を行うものとされている。もっとも、平成10年7月から平成11年3月までの間には、騒擾事件の発生はなく、本部事務所で執務する職員が江戸川競艇場に赴いて上記業務に従事するという事態に至ったことはない。
(エ) 開催日に観戦に訪れるファンは5000人から6000人程度であるが、江戸川競艇場は、江戸川の水面を利用しているため、風の影響で波が立ちやすく、そのため開催が事前又は途中で中止されたり、選手の事故が起きて順位が変更されたりすることが他の競艇場よりも多く、ギャンブルの特性と相まって、日頃からファンの不満がうっ積しており、スタートの適否、走法の適否の判定等を巡っての抗議等が少なからずあり、平成9年にも2件の比較的大きな事件が起き、そのような騒ぎが発生した際には、興奮したファンが職員のネクタイをつかまえたり足蹴にしたりするなどの暴行を働くことがあった。
(オ) 暴動や抗議の兆しがある場合において、職員は、これが大規模な騒擾事件へと発展することのないようファンに対して直接説明をするなどその沈静化に努める必要があり、そのような場合は、その対応の要領を定めた「江戸川競走場緊急事態対策要綱」等に従い、大きな精神的緊張をもって執務している。
上記認定の事実によれば、開催日における勤務は、当然に非常事態に対応した業務が行われるものではないが、常にこれに備える必要があるという意味で相応の緊張感を伴うものであり、また、不測の事態に備えること自体は江戸川競艇場における勤務であっても、本部事務所における勤務であっても異なるものではなく、本部事務所で執務する職員であっても、事態の動向によっては直ちに江戸川競艇場に赴かなければならないのであるから、開催日に勤務する職員の業務が、本部事務所におけるものをも含めて、これを著しく特殊な勤務であり、給与上特別の考慮を必要するとの議会の判断が、合理性に欠けるものであると断ずることはできない。また、前検日における勤務も、それが開催日の業務と密接な関連を有し、程度においては開催日におけるそれと大きな相違はあるとはいえ、一定の緊張感を伴うものであり、有給休暇の取得を認めないとの方針がとられ、これが請求されたとしても時季変更権が行使されることが予定されることで事実上休暇の取得が制限されていたなど、一般の事務の遂行とは異なる業務であることは否定できないのであるから、これを著しく特殊な勤務であり、給与上特別の考慮を必要するとした議会の判断が、社会通念上著しく妥当を欠くものとまで解することは困難である。
次に、上記のような特殊性を給料で考慮することが適当でないとの判断に合理性があるか否かにつき検討すると、確かに、上記の特殊性は競艇開催という六市事業組合の事務一般に伴うものであるから、本来給料において考慮すべきであると解する余地もないではない。しかしながら、一般に諸手当を給料に組み込むことは、給与体系の弾力性を損なうこととなるおそれがある上、六市事業組合では、これを構成する6市から6名の派遣職員を受け入れていたことが認められる(甲10)ところ、このような人事異動が行われる場合には、異動に伴い給料が大きく変動することは好ましくないため、異動の前後で給料は同格に位置づけ、その職務の特殊性に対する配慮は手当によって行うのが通例であるから、上記のような特殊性を給料において考慮することが適当でなく、手当によるべきものとした判断についても、それが合理性を欠くものということはできない。
(3) そうすると、本件開催手当が本件3要件を満たさないことを理由に、その支給の違法をいう被控訴人の主張は、理由がない。
第4結論
以上によれば、被控訴人の開催手当の支給の違法を理由とする損害賠償の代位請求は理由がないので、これを棄却すべきところ、これと異なる原判決中の控訴人らの敗訴部分は不当であるので、これを取り消した上、同請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 高橋勝男 裁判官 佐村浩之)