東京高等裁判所 平成13年(行コ)191号 判決 2002年11月20日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が中労委平成7年(不再)第26号事件について平成10年3月18日付けで発した命令を取り消す。
第2事案の概要(略語等は,原判決に従う。)
1 本件は,参加人の平成4年度春闘要求についての団体交渉に関し,控訴人が誠意をもって交渉に応じていないことを理由とする不当労働行為について発せられた都労委の救済命令に対する再審査申立てを棄却した被控訴人の本件命令について,控訴人が,(1)不誠実な団体交渉には当たらない,(2)平成4年度以降(本件命令後を含む。)の団体交渉の経緯に照らし,救済の利益は消滅したと主張して,その取消しを求めた事案である。
原審は,控訴人が誠実に団体交渉に当たったということはできず,不当労働行為が成立すると認め,本件救済命令後においても,誠実に交渉する義務に違反する状態が継続しており,なお,参加人の救済利益が存在するとして,控訴人の請求を棄却した。
2 当裁判所も,控訴人の請求を棄却すべきものと判断した。
3 事実関係は,当審における控訴人及び参加人の主張を次項以下に付加するほか,原判決の事実及び理由中の「第2 事案の概要」欄(原判決2頁5行目から33頁5行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点1(不当労働行為(団体交渉拒否)の有無)について
(1) 控訴人の主張
ア 控訴人の現行の賃金体系は合理性を有し,本件団体交渉における控訴人によるその説明も,合理的にされている。控訴人は,都とは財政基盤を異にしており,私立学校としての生き残りをかけて,将来を見据えた経営戦略が要求され,都と全く同じ運用をしなければならないものではない。控訴人の賃金が都の取扱いと異なる点,すなわち,原則として帝京グループ校の前歴のみを換算する,就業規則により算定される額と退職金社団の定める額の高い方の退職金を支給する,教職調整額4%を一時金に算入しない,初任給についてのみ昇給短縮を行う,の各点は,控訴人の経営上の給与政策に委ねられており,それが都内の私立学校の水準を著しく逸脱していない以上,不合理なものとはいえず,これらについて特別な合理的理由の説明を要したり,財政三表を提示して説明等をしたりしなければならないとはいえない。
また,控訴人においては,初任者の昇給短縮があるのみであって,その後の昇給短縮はないから,都の賃金表のうち,年齢ではなく,勤続年数と初任者昇給短縮を考慮すれば,都の賃金表そのものが適用されることになる。都における昇給や一時金の取扱いは都の賃金表には現れず,控訴人の賃金表は,都の賃金表と同じで,固有のモデル賃金表を作成する必要はない。都人勧自体に合理性があることは明らかであり,ベースアップを決定するについて,都人勧を考慮することが合理的であることは,都であれ,一私学である控訴人であれ,異なるところはない。
以上のような事情と,学園の経営が赤字であることや,少子化による私立学校の経営困難の予測等に基づいて,控訴人は,多額の賃上げ要求をもって迫る参加人との団体交渉において,現行の賃金体系については変更しない前提で交渉することを交渉担当者に委任し,A,Bの担当者は,控訴人のこの方針に沿って,合意に達すべく交渉にあたった。したがって,B理事の第2回団体交渉(原判決40頁21行目以下,41頁2行目以下),第3回団体交渉(原判決43頁24行目以下)における発言を捉えて,同理事に交渉権限がないとか,交渉が誠実でないとすることはできない。
イ B,A両理事は,本件団体交渉において,参加人からの要求・主張に対し,控訴人として見解を述べて話合いを進め,その間に交渉事項を確定し,自ら判断できない問題については,控訴人理事会に諮って回答を示すとともに,事項によっては詳しく説明を加えて説得に努め,細部等については自己の権限において取り決める方向で交渉に当たっており,団体交渉の対象事項について,実質的な交渉を行い得る権限,すなわち合意の達成を主たる目的として交渉を行い得る権限(実質的交渉権限)を有し,合意達成の可能性を模索したというべきである。A理事に実質的交渉権限がなかったとする原判決52頁6行目から54頁2行目までの判断は,第4回団体交渉の場における同理事の発言(原判決46頁18行目から同19行目まで)等の言葉尻を捉えたものにすぎず,不当である。
ウ 3月確認事項の確認は,B,A両理事が参加人から巧みに誘導された結果であるし,その趣旨も,確認された事項が話し合われたことについての確認であり,同確認事項の履行がされていないことをもって,B,A両理事に実質的交渉権限がなかったと認定することはできない。
(2) 参加人の主張
ア 控訴人は,現行の賃金体系は合理性を有し,本件団体交渉における控訴人によるその説明も,合理的であると主張しながら,その理由としては,都と財政基盤を異にする等の抽象論に終始し,これについての資料も提示しておらず,合理的に説明したとはいえない。
控訴人の賃金表は,勤続年数,初任者昇給短縮,前歴換算等の点で,都の賃金表とは異なるのだから,控訴人は,固有の賃金表を提出して説明すべきである。
イ 本件においては,A理事の発言自体から,客観的に実質的交渉権限がないとしか解釈できず,合意達成の可能性を模索する誠実な態度がないといわざるを得ないのであり,原判決の判断も,同理事の言葉尻のみを捉えたのではない。
ウ 3月確認事項の確認に当たり,B,A両理事が,参加人から巧みに誘導された事実はないし,両理事は,その履行を確約したというべきである。
5 争点2(参加人の救済利益の有無)について
(1) 控訴人の主張
ア 平成4年度春闘要求事項は,次年度以降の春闘要求の中に取り込まれ,団体交渉の対象とされ,なお,これについて独立に団体交渉をする利益も必要もなく,参加人に救済の利益はない。
イ 控訴人と参加人との間では,平成4年度以降,ほぼ同一の事項について団体交渉が行われたものの,妥結に至らず,都人勧に則って控訴人が決定したところにより賃金の支給がされ,参加人構成員も異議なくこれを受領した。この点からも,平成4年度春闘要求事項については,団体交渉をする利益や必要性は消滅し,本件命令は発令根拠を失ったというべきである。
ウ(ア) 控訴人は,原判決後においても,平成13年8月29日,同年9月25日,同年10月31日の3回,参加人との間で,平成4年度の春闘要求とほぼ同一の事項について団体交渉を行い,控訴人代表者からの委任に基づく実質的交渉権限を有するC理事ほかの交渉員を出席させた上,控訴人が財政状況につき都に報告したものや,控訴人が固有に作成した資料(甲54から58まで及び61)に基づき,控訴人の収支は累積赤字であること及びその金額(平成10年度は22億2000万円),少子化を背景に学生生徒等納付金が年々減少し,都人勧のベースアップに従うことすらできない財政状況にあるのに,教職員の士気を高めるため,あえて都並みのベースアップを実施したこと,人件費は,平成3年度より増加し,平成10年度の人件費率は平成4年度の53.6%から64.1%になり,都内の私学234校の平均63.6%を上回っていること等を説明して,団体交渉に誠実に応じ,参加人を説得し,合意達成の可能性を模索した。なお,控訴人は,前歴換算及び昇給短縮についての方針や,一時金,退職金が都と異なることについては,団体交渉によっても,これを変更する見込みはなかったが,そのために,控訴人に合意達成の可能性を模索する努力がないとすることは妥当でない。
以上から,参加人の救済利益は消滅し,本件命令は,既にその発令根拠を失い,違法となったというべきである。
(イ) 基本金組入額,減価償却費,退職金引当金等は,将来,機器更新,退職者発生等の事態が生じた場合には,実際に現金が流出するものであり,これらをもって純利益であるとする参加人の主張は,失当である。参加人は,控訴人の基本金が多額であると主張するが,そのほとんど全額を占める1号基本金は,施設設備の整備拡充のために支出した金額で,現金として残っているものではない。
(ウ) 控訴人は,借入金収入等を除き,消費収支表とほぼ同様であるため,原判決後の団体交渉において,賃金収支表を提出しなかったし,大項目まで開示すれば団体交渉は可能であり,常に小項目まで開示すべきものとは解されない。役員報酬の適否は,団体交渉の対象とすることは不適当である。
控訴人は,上記(イ)のとおり,参加人が減価償却費の累計額を純利益に当たる旨の不当な主張をしているため,開示せず,人件費の内訳,法人本部の人件費の内訳については,そもそも,これら小項目に属する金額まで開示しなければ誠実な団体交渉ができないわけではなく,役員個人のプライバシーにも関わることになるから開示せず,退職金引当金についても,小項目に属する上,その額は極めて少額であり,役員個人のプライバシーにも触れる結果となるため,加重平均の率は説明し,その額を示さなかったのであり,これらを開示しなかったからといって,控訴人の交渉態度が不誠実であったということはできない。
(エ) 控訴人全体の財政資料は,傘下校の財政資料を集約したものであるから,傘下校各校の財政資料を提出しないことをもって,不誠実ということはできない。これまでの参加人の対応に照らし,帝京中高以外の各傘下校別の財務資料を提出すれば,これらの各校に問題が波及,拡大するおそれもあり,控訴人が原判決後の団体交渉においてその財政資料を提出しなかったことは正当である。
参加人は,平成13年8月29日の団体交渉において提示した財務資料等(甲54から56まで)について,同年9月25日の団体交渉において,控訴人側に資料(甲59の1から6まで)を提示したが,その中には,明らかに歪められた内容の記載があった。経理内容が一旦歪められて公開されれば,これを公開前の状態に回復することは不可能であって,公開できる財政資料には制限があり,控訴人が,財政三表を提出することなく,団体交渉事項の説明に必要とされる程度の上記資料の提出に留めたことには十分な理由がある。
(オ) 控訴人は,平成13年9月25日の団体交渉では,参加人の要求に従い,平成12年度帝京中高等学校教諭給与モデル(1歳刻みのもの)を提出し,詳細に説明した。
(2) 参加人の主張
ア 労働委員会の救済命令について救済利益が失われているとは,組合員がいなくなったり,不利益処分が完全に回復される等特別な事情がある場合に限られるが,本件においてそのような事情はない。
イ 控訴人は,平成4年度以降の団体交渉においても,不誠実な対応に終始し,誠実交渉義務に違反する状態が継続しており,救済の利益がなくなってはいない。
ウ 平成4年度以降の賃金は,控訴人が自らの決定に基づいて一方的に支給しているにすぎず,これを参加人の構成員が受領したからといって,団体交渉をする利益や必要性が消滅したということはできない。
エ(ア) 原判決後の団体交渉において,C理事ら控訴人側交渉員は,参加人の要求に対する控訴人の回答の根拠を具体的に説明し交渉するという態度ではなく,その場限りの主張を繰り返すのみであり,実質的交渉権限があったとはいい難い。また,C理事以外の帝京中高校の校長等の教職員も交渉員として参加したが,団体交渉において殆ど発言せず,参加人からの質問に対し,団体交渉における権限についても明らかにできなかった。控訴人の理事会も,本件控訴について議論した事実が窺われず,機能していないのであり,C理事も,控訴人の運営について実質的権限を有していないことになる。
控訴人が原判決後の団体交渉において提出した資料(甲55,56)に示されている数値は,財政表そのものではなく,都の公開文書に掲載されたものにすぎないし,説明も,自らの提出資料についての控訴人側の理解を一方的に述べるのみで,到底,資料に基づいて合理的に説明したとはいえない。
控訴人は,従前,都並み以上のベースアップができないことの理由として,人件費率が高いことを主張していなかったが,平成8年度以降,控訴人全体の人件費率が高くなったことから,このことを理由とするようになり,その態度には一貫性を欠く。また,人件費の中には,役員報酬や退職金も含まれており,その明細は明らかでなく,参加人の要求を拒絶する根拠とはなし得ない。法人本部の人件費についても,控訴人は,その所在場所や職員数等,明細や根拠を明らかにしない。控訴人は,控訴人全体の人件費率が都の私学平均を上回っている旨主張するが,前者は,人件費率の高い短大も含んでいるのに対し,後者は中高のみの平均である。帝京中高のみの人件費率は,平成8年度56.7%,平成9年度58.0%で,私学平均を下回っている。のみならず,控訴人全体の人件費率も,平成6年度,平成8年度から10年度までについては都の私学平均を上回っているが,平成3年度以降でみると,平均より低い年度も多い。
(イ) 学校法人会計においては,基本金制度があり,1号から4号までの基本金の積立てが認められており,帰属収入から基本金組入額を差し引いた上で,これを消費収入とし,これと消費支出(当該年度の教育費等の支出)の差額を経常収支(消費収支差額)としている。基本金は,一般の企業会計では純然たる留保金又は設備投資に当たり,これらを差し引いた上での消費収支差額が赤字であったとしても,資産は増加していることがある。また,減価償却費や退職金引当金も,実際に支出されるのではなく,学校法人の資産として残るものであって,資産増として評価すべきである。すなわち,学校法人の実際の純益は,消費収支差額に,基本金組入額,退職金引当金及び減価償却費を加算した額と計算すべきであり,控訴人の場合,こうした意味での赤字でないことは明らかである。平成9年度の控訴人の基本金の合計額は,都の私学平均である約58億円をはるかに超えた108億円となっており,財政的に余裕があるといえ,控訴人の資産増は,他の私学の平均に比較して低いとはいえるが,減価償却費率は著しく高いほか,毎年2億円以上の内部留保を行ってきており,平成7年度から平成10年度までの決算をみると,資産の部が110億円前後あるのに,固定負債は6億円から4億2450万円に減じているとともに,資産に対する割合も極めて低く,控訴人の財政状況が厳しいとはいい難い。学生生徒納付金は,平成3年度17億円あったのが平成10年度には12億円に減少しているが,総資産に対する負債率は20%強であり,自己資金率は約80%,額にして約90億円であり,消費収支差額の累計が平成10年度で約22億円あったことをもって,財政状況が厳しいということはできない。
(ウ) 控訴人は,原判決後の団体交渉において,消費収支表に基づく資料は提出したものの,資金収支表(すべての現金の流れを示す表)に基づく資料を提出しない。消費収支表からは,帰属収入と消費支出しか明らかでなく,学校法人の財政の全体像を示すものではない上,現金の出入りのない基本金組入額,減価償却費,退職金引当金,現物給付等が支出として計上され,この支出をもって控訴人の財政が苦しいかのような主張をすることは誤りである。
都の情報公開条例に基づく資料は,控訴人の財政資料のうちの「消費収支表」等の大項目しか公開されておらず,小さい項目は墨塗りで非公開とされており,控訴人が提出した数値の原資料も,これと同じものであり,これでは,控訴人の財政状況を詳細に把握することができない。たとえば,人件費率を計算するにも,当該年の退職者にどの程度の支出があるか,役員報酬が妥当なものか等を検討する必要があるが,大項目である人件費の中のこれらの小項目が明らかにされないため,実質的な交渉ができない。
内部留保金は,貸借対照表上は,流動資産,当座預金,2号基本金,退職給与引当金,その他の引当金として記載されるが,都の公開文書では現金及び預金の額が明らかになっているのみで,控訴人は,その余の項目の数値を開示せず,貸借対照表を提示することを拒んでいる。
控訴人は,財政状況が厳しい理由として,帝京中高の体育館建築も主張しているが,これらの建築はかなり以前のことであり,参加人としては,負債の残額について回答を求めたところ,C理事から具体的な回答はなかった。
(エ) 帝京中高の労働条件について交渉する場合,控訴人の中の他の学校の財政状況についても明らかにされることが必要である。参加人は,都の情報公開文書に基づいて,控訴人全体及び帝京中高,短大,三高,幼稚園,法人本部の内訳表を作成して団体交渉に臨んでいるのに対し,控訴人は,帝京中高の財政状況が良いことは認め,他校の赤字を理由に賃金要求に応じられない旨主張しているにもかかわらず,他校について,人件費の概要と,学則定員に基づく帰属収入及びこれに対する人件費率しか明らかにしなかった。
(オ) 控訴人は,原判決後の団体交渉において,上記(イ)から(エ)までの各点につき参加人から指摘を受けたにもかかわらず,基本金の明細,減価償却費の累計等,実質的な資産増の累計額を明らかにして反論しようとせず,消費収支差額のみを問題にして財政危機を主張している。
控訴人は,原判決後の団体交渉において,最終的に,参加人から,①人件費の内訳の開示,②加重平均,ベースアップの額の開示,③一時金に4%の教員調整手当を算入すること,④控訴人の全ての学校の財務表の提示,⑤減価償却費の累計額の公表,⑥退職金引当金の額の公表,⑦体育館,本部棟の建築費の開示の要求を受けたが,いずれについても拒否した。
(カ) 控訴人は,原判決後の団体交渉において,1歳刻みのモデル賃金表を提出したものの,結局,他の私学との比較はできないとの態度をとっており,原判決の指摘する点を誠実に履行しているとはいえない。
第3当裁判所の判断
1 争点1及び2に関する当審における控訴人及び参加人の主張に対する判断を次項以下に加えるほかは,原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」欄(原判決33頁6行目から74頁初行まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点1(不当労働行為の成否)について
(1) 団体交渉は,使用者及び労働組合が,それぞれ権限を与えた者を介し,労働条件を巡る事項について,意見を交換し,終局的には合意の成立を目指して交渉することを内容とする。交渉担当者の権限の範囲は,交渉を委ねる使用者又は労働組合の意思決定に従って定まり,使用者又は労働組合は,交渉担当者に対し,どのような権限を与えるかを自由に決定することができ,合意の成立について意思決定をする権限までも与えて団体交渉に当たらせなければならないものではなく,そうしなかったからといって,その故に団体交渉が誠実さに欠けるものであるというべきものでないことは,多言を要しない。原判決の判断(51頁6行目から18行目まで)も,同様の理解に基づくものと解せられる。
(2) 本件団体交渉を巡る事実経過は,引用した原判決(33頁9行目から51頁4行目まで)の認定するとおりであり,B,A両理事は,使用者を代表して団体交渉する自己の権限について,使用者側である理事会の意思を明確に認識していないきらいがないではなく,そのことが本件団体交渉を紛糾させた原因とも見えなくもない。しかしながら,先に判示したところに従えば,労働組合との間に合意を成立させるについては,使用者(控訴人においては,理事会)の意思決定を待つべき他ない筋合いであり,3月確認事項(原判決別紙4)について見ても,それがなんらかの合意であるとしても,「理事長の東京における住所を明らかにする。」などという団体交渉の対象となるべき事項とは到底思われない事項についてまで,理事会に意思を諮ることなくされている上,労働組合においても,確認事項を楯に,やや筋違いともいえる内容の履行を求めるなど,使用者側の交渉担当者の動揺を招き,有利な内容の交渉を導こうとし,これらの点が,本件団体交渉の紛糾に与っていると認められる。
(3) 以上のような位置づけの下において本件を見るとき,前記原判決認定の本件団体交渉の経過に鑑みると,控訴人が,誠実に本件団体交渉にあたったということはできないとした原判決の認定及び判断は,なお,相当なものとして是認し得る。
3 争点2(救済利益の有無)について
(1) 平成5年度以降本件命令までの控訴人と参加人の団体交渉の経緯は,引用した原判決(57頁5行目から71頁17行目まで)のとおりであり,本件命令後及び原判決後の両者の団体交渉の経過について,下記の事実を認めることができる。
控訴人と参加人は,原判決後の平成13年8月29日,同年9月25日,同年10月31日の3回,団体交渉を行い,その際,控訴人(C理事ら)は,資金収支表,財政三表は示さなかったものの,1年刻みのモデル賃金表(甲58),消費収支表及び貸借対照表に基づく数値(大項目に属するもののみで,小項目のものは示されない。)が記載された平成3年度から10年度までの決算の推移をまとめた表(甲55,56)を示し,基本金,減価償却費及び退職金引当金を利益金の留保と解して賃金に振り向けることができない所以を説明し,都の取扱いと異なるとして問題とされた,前歴換算,一時金,昇給短縮等の相違点について説明し,資料(甲55,56,61等)を示し,帝京中高のみの消費収支は,平成3年度から10年度まで単年度では概ね黒字と赤字を繰り返し,累積では平成10年度時点で約5800万円の黒字であり,控訴人全体の消費収支は平成10年度時点で累積約22億2000万円の赤字であり,少子化を背景に学生生徒等納付金が年々減少し,都人勧のベースアップに従うことすらできない財政状況にあるのに,教職員の士気を高めるため,あえて都並みのベースアップを実施しており,人件費が,平成3年度より増加し,平成10年度の人件費率は平成4年度の53.6%から64.1%になり,都内の私学234校の平均63.6%を上回っていること等を説明した(甲54から58まで,59の1から6まで,60から62まで,65,丙33,34)。
(2) 以上によれば,控訴人は,原判決後,資料を示し,基本金,減価償却費,退職金引当金までも利益金として給与に充てるべき旨の参加人の誤解に基づく要求がされるなどし,合意に至ることはなかったものの,都人勧に沿った賃金体系を変更する意思がないことの理由を説明してきたということができる。もとより,誠実な団体交渉とは,主張につき具体的な根拠を示して説明し,相手方の主張に反論を加える等して,妥結点を探ればよいのであって,相手方の要求自体に応じないことから,誠実さに欠ける団体交渉であるということは必ずしもできない。控訴人は,具体的な根拠を挙げ,都人勧に沿った現行の賃金体系を変更する意思のない旨を合理的に説明しており,一方,参加人は,自己の望む内容が実現しない限り,納得しないという態度も窺うことができないではなく,これ以上,控訴人に対して更に誠意をもって団体交渉に応じるべきことを強制する余地がなお残っているかどうか疑わしい状況にある。
しかしながら,このような経過を考慮しても,本件命令の当否は,それが発令された平成10年3月18日を基準として判断されるのであり,上記のとおり,現時点においては,救済命令を維持すべき実質的な根拠は解消されているとする疑いを払拭しきれないものの,本件命令を取り消すべき事由は見あたらないというべきである。
第4結論
以上によれば,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は失当として棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 白石研二 裁判官 原啓一郎)