東京高等裁判所 平成13年(行コ)233号 判決 2003年4月22日
主文
1 原判決中、被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
2 神奈川県中郡大磯町に対し、
(1) Aは、別紙1土地目録1(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分の明渡済みに至るまで、平成8年11月26日から平成14年11月10日まで1年当たり金34万6759円、平成14年11月11日以降1年当たり金33万4167円の各割合による金員を支払え。
(2) Bは、別紙1土地目録2(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分の明渡済みに至るまで、平成9年2月3日から平成14年11月10日までは1年当たり金41万4898円、平成14年11月11日以降1年当たり金39万8940円の各割合による金員を支払え。
(3) Cは、金89万0629円を、内金44万5315円についてはDと連帯して、内金22万2657円についてはEと連帯して、内金22万2657円についてはFと連帯して、支払え。
(4) Dは、金44万5315円をCと連帯して支払え。
(5) Eは、金22万2657円をCと連帯して支払え。
(6) Fは、金22万2657円をCと連帯して支払え。
(7) C、D、E、Fは、上記(3)ないし(6)のほか、連帯して、金88万2786円を支払え。
(8) Cは、上記(3)及び(7)のほか、金216万1689円を支払え。
3 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用(参加によって生じた費用を除く。)は、第1、2審を通じ、控訴人に生じた費用の4分の3と被控訴人らに生じた費用を被控訴人らの負担とし、控訴人に生じたその余の費用は控訴人の負担とする。参加によって生じた費用は、第1、2審を通じ、いずれも被控訴人ら参加人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中、A、A自動車、B、C、D、E及びF(以上4名がCら)に関する部分を取り消す。
(2)ア 神奈川県中郡大磯町(大磯町)に対し、Aは、別紙2建物目録(建物目録)1(1)記載の居宅工場(A建物)のうち、同(2)記載の建物部分を収去し、A自動車は、同建物部分から退去せよ。
イ Aは、大磯町に対し、別紙1土地目録(土地目録)1(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分(係争地<A分>)を明け渡せ。
ウ(当審で変更後の損害金請求)
Aは、係争地<A分>明渡済みに至るまで、大磯町に対し、平成元年6月1日から平成14年11月10日まで1年当たり34万6759円(予備的に6万3056円)、平成14年11月11日以降1年当たり33万4167円(予備的に9万6957円)の割合による金員を支払え。
(3)ア Bは、大磯町に対し、建物目録2(1)及び(2)記載の建物のうち、同(3)記載の建物部分を収去せよ。
イ Bは、大磯町に対し、土地目録2(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分(係争地<B分>)を明け渡せ。
ウ(当審で変更後の損害金請求)
Bは、係争地<B分>明渡済みに至るまで、大磯町に対し、平成元年6月1日から平成14年11月10日まで1年当たり41万4898円(予備的に7万5533円)、平成14年11月11日以降1年当たり39万8940円(予備的に11万5693円)の割合による金員を支払え。
(4)(当審で変更後の損害金請求)
ア 大磯町に対し、Cは、333万2453円(予備的に61万1724円)を、内金166万6227円(予備的に30万5862円)についてはDと連帯して、内金83万3113円(予備的に15万2931円)についてはEと連帯して、内金83万3113円(予備的に15万2931円)についてはFと連帯して、支払え。
イ 大磯町に対し、Dは、166万6227円(予備的に30万5862円)をCと連帯して支払え。
ウ 大磯町に対し、Eは、83万3113円(予備的に15万2931円)をCと連帯して支払え。
エ 大磯町に対し、Fは、83万3113円(予備的に15万2931円)をCと連帯して支払え。
オ 大磯町に対し、C、同D、同E、同Fは、上記アないしエのほか、連帯して、88万2786円(予備的に16万2209円)を支払え。
カ Cは、上記ア及びオのほか、496万9626円(予備的に68万8656円)を支払え。
2 被控訴人ら
控訴棄却
第2事案の概要
1 本件は、大磯町道大磯高麗1号線(本件町道)の大磯町が所有・管理する原判決別紙1土地目録記載1から10の各(1)の並木敷(本件並木敷)を、被控訴人らが、建物を建築したり、コンクリートたたきを打設するなどして、権原なく占有・利用しているにもかかわらず、被控訴人ら参加人が、その明渡しを求めず、また占用料相当額の不当利得返還請求をしないのは、違法に財産管理を怠っているものであるとして、大磯町の住民である控訴人が、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、大磯町に代位して、被控訴人らに対し、建物収去土地明渡、不当利得返還等を求めた事案である。
原判決は、控訴人の被控訴人らに対する請求をいずれも棄却した(被控訴人ら以外の1審被告の関係では建物収去請求と土地明渡請求は棄却したが、不当利得返還請求部分は認容した。)ので、これに対して控訴人が被控訴人らにつき不服を申し立てたものである。なお、Cらは、その占有にかかる係争地を、本訴の当審係属中に明け渡した。
2 以上のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由欄第2記載(7頁以下)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
(1) 本件についての損失補償の要否
ア 原判決は、道路管理者が、道路法に基づく道路の占用許可を受けた者に対し、公益上やむを得ない事由が生じて許可を取り消すなどの措置をとる場合、占用許可を受けた者に対し、通常受けるべき損失を補償する必要がある旨判示している。
しかし、本件並木敷の一部である本件各係争地に道路法を適用する余地はない。なぜなら、道路法32条の定める道路の占用許可は、電柱、電線、水管、ガス管、トンネル工事等の一時的な道路の占用であって、本件のような生活手段としての恒久的な専用道路や、事務所、店舗、倉庫、住宅、駐車場などはそもそも許可の対象とはならない。また、損失を補償する必要があるのは、占用許可の期間中に、道路管理者の都合で占用許可を取り消す場合であって、許可期間が満了した場合にまで損失を補填する旨を定めたものではない。本件で、その占用許可の期間は満了している。
イ 原判決は、公有の行政財産の目的外使用許可の取消しの場合にも、国有財産法19条、24条2項の類推適用により、使用者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認めるに足りる特別の事情が存在する場合には、損失補償を求めることができる場合がある(最高裁昭和49年2月5日判決・民集28巻1号1頁)と判示している。
しかし、上記判決は、都有行政財産である土地について、建物所有を目的とし、期間の定めなくされた使用許可が、当該行政財産本来の用途又は目的上の必要に基づき、将来に向かって取り消されたときは、使用権者は、特別の事情のない限り、土地使用権喪失についての補償を求めることができないとしたものである。また、上記判決のいう特別の事情とは、「使用権者が使用許可を受けるに当たり、その対価の支払をしているが、当該行政財産の使用収益によりその対価を償却するに足りないと認められる期間内に当該行政財産に右の必要を生じたとか、使用許可に際し、別段の定めがなされている等により、行政財産について右の必要にかかわらず使用権者がなお当該使用権を保有する実質的理由を有すると認められるに足りる特別の事情が存する場合」である。本件は、占用許可期間満了による消滅であるし、仮に期間の定めがなかったとみても、本件並木敷の本来の用途又は目的上必要が生じたためであるから、使用許可の目的、内容、条件に照らし、予定使用期間の終了といえる。したがって、本件は、上記判決のあてはまる場合ではない。
(2) 被控訴人らに対する賃料相当損害金請求について
原判決は、被控訴人らに対する平成13年度以降明渡済みまでの損害金については、大磯町が予めその請求をする必要はあるものの、その請求は、供託と受領により、結果的に消滅すると見込まれるので、請求は理由がないことになると判示している。
しかし、これは賃貸借契約解除後の賃料相当損害金の請求の場合、途中まで供託があったとしても、その後、供託がされていなければ、その賃料相当損害金の請求を認容していることと均衡を失する。また、本件では、供託が必ずなされる将来の保障がないだけでなく、現に平成13年度の占用料相当金員の支払が遅滞しているのに、なぜその代位支払請求ができないのか疑問である。
(3) 係争地<A分>の明渡請求について
原判決は、係争地<A分>は、約30年間継続した借地権類似の権利のある土地の返還という問題であるとし、その消滅前には損失補償なしにその明渡請求を認められない可能性があるとした。
しかし、30年間占用許可の下で使用収益していれば、借地権類似の権利が発生するとはいえない。公有行政財産の目的外使用許可について借地権はもちろん、借地権類似の権利を認めるのは、通説・判例ではない。また、占用許可が占用期間満了によって消滅しているのに、なぜ損失補償の問題が生じるのか不明である。
係争地<A分>の使用の態様、規模、侵害の程度は悪質であり、原状回復が容易ではなく、莫大な費用を必要とするし、大磯町が占用許可の消滅後13年以上も無作為に放置し、今後も放置することが予想される現状においては、その明渡請求をしないことは、違法に怠る事実に該当する。
(4) 係争地<B分>の明渡請求について
原判決は、係争地<B分>について、宅地として利用するための権利があるから、その権利の消滅前には、損失補償なしに係争地の明渡請求は認められない可能性があり、その損失補償の要否、その範囲の問題等があるので、違法に財産の管理を怠る事実に該当するものとはいえないと判示している。
しかし、係争地<B分>について、いかなる権利がいかなる法的根拠で発生するのか明確でないし、その権利がなぜ消滅していないのかも不明である。
係争地<B分>の侵害の程度・規模は甚大であり、その使用の態様は悪質であり、原状回復に莫大な費用がかかり、大磯町が占用許可の消滅後13年以上も無作為に放置し、今後も放置することが予想される現状においては、その明渡請求をしないことは、違法に怠る事実に該当する。
(5) 係争地<G分>及び係争地<H分>について
Cらは、本訴の当審係属中の平成14年8月31日、建物目録3(1)記載の建物(H建物)のうち、同(2)記載の建物部分を収去して、土地目録3(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分(係争地<G分>)を明け渡し、また、Cは、建物目録4(1)記載の建物(H倉庫)のうち、同(2)記載の建物部分を収去して、土地目録4(1)記載の土地のうち、同(2)記載の土地部分(係争地<H分>)を明け渡したので、控訴人は、上記各係争地の明渡請求を取り下げる。
(6) 賃料相当損害金の請求について
控訴人は、当審における鑑定の結果に基づき、被控訴人らに対する賃料相当損害金の請求を以下のとおり変更する。
ア 本件係争地の賃料相当損害金は、主位的には、これを新規に賃貸する場合の賃料相当損害金であり、予備的には、行政財産の占用許可撤回後の使用料相当損害金であって、その年額は、以下のとおりである。( )内が予備的な請求金額である(以下同じ)。
平成元年6月1日から平成14年11月10日(鑑定時の前日)まで
係争地<A分> 34万6759円(6万3056円)
係争地<B分> 41万4898円(7万5533円)
平成元年6月1日から平成14年8月31日(明渡完了時)まで
係争地<G分> 31万8082円(5万8389円)
係争地<H分> 37万5008円(5万1966円)
平成14年11月11日(鑑定時)以降
係争地<A分> 33万4167円(9万6957円)
係争地<B分> 39万8940円(11万5693円)
イ C及び1審被告Iは、平成元年6月1日から同1審被告が死亡した平成11年11月21日まで、係争地<G分>を共同不法占有していた。この間の賃料相当損害金は、合計333万2453円(61万1724円)である。これを1審被告Iの死亡に伴い、同1審被告の妻であるDが2分の1、子であるE及び同Fが各4分の1ずつ承継したものであるから、同被控訴人らは、Cと連帯して、Dは166万6227円(30万5862円)、同E及び同Fは、各83万3113円(15万2931円)を大磯町に支払う義務を負う。
また、平成11年11月22日から平成14年8月31日までは、Cらが係争地<G分>を共同不法占有していた。この間の賃料相当損害金は、88万2786円(16万2209円)である。
次に、Cは、係争地<H分>を単独で不法占有していたので、上記アの期間の賃料相当損害金として、496万9626円(68万8656円)を大磯町に支払う義務を負う。
(被控訴人らの当審における主張)
(1) 本件についての損失補償の要否
別件訴訟において、控訴人は、大磯町がJに支払った損失補償について、その返還を求めたが、その請求は認められず、敗訴判決が確定した。この事案は、本件各係争地と同じ並木敷の別の場所を、占有、使用し、占用期間が満了後、大磯町に対して占用料の供託が続けられていた事案につき、損失補償が認められたものである。
なお、国有財産法18条5項、地方自治法238条の4第5項では、行政財産の使用については、借地借家法を適用しないとされている。しかし、この規定は、昭和39年の改正によりもうけられたもので、それ以前からなされている使用収益については、実質的には借地借家法の適用があったと解される。
本件は、いずれもその法改正前に貸借が開始され、実質的に建物敷地としての使用が30ないし40年にわたり平穏に続いていたものであるから、借地権類似の権利が存在し、それに対する補償が認められるべきである。
(2) 本件各係争地の明渡請求について
仮に、被控訴人らの本件並木敷使用につき、借地権類似の権利が認められず、その明渡しにつき、損失補償の問題が生じないとしても、以下の経緯からすれば、本件の明渡請求は認められるべきではない。
すなわち、被控訴人らは、昭和20年代から許可を得て、平穏に係争地の占有、使用を継続、更新してきたものであり、それを前提にそれぞれの生活基盤を確立してきた。それを許可しないとした場合、許可を与えてきた大磯町がその明渡しを求めるには、それなりの手順を踏んだ協議や合意の形成をすべきである。なお、大磯町が占用許可をしないことを通知したのは、平成元年のことであるから、物理的な期間からすれば、現在までの間に明渡しのための十分な期間が過ぎたようにも思われる。しかし、本件訴訟の提起まで、特にそれが問題として取り上げられたわけではなく、被控訴人らが批判を受けながら使用を継続していたという状況ではない。また、本件並木敷を含む一帯の道路の整備プラン(大磯町景観形成計画)は、その合意の形成自体が未了の段階にある。それはいわゆるバブル期経済のもとで策定されたもので、現在の経済、財政状況下でそのまま維持すべきかどうか問題があり、今後、沿道整備のための専門家による委員会、審議会等の機関を設置していく方向で動いている。関係者が多数にわたり、それなりに歴史的事実が積み重ねられてきた本件並木敷の問題は、行政が諸般の状況や経緯を考慮、検討しながら、解決すべき行政の裁量の範囲内である。これを司法判断により、直ちに行政が明渡しを違法に怠るとすることは無用の混乱を招くのみである。
そもそも、住民訴訟は、地方行政における財務会計上の行為を対象とするものであるから、明渡しを認めるということは、それをしなければ、大磯町に財務的損害が発生し、明渡しができればその財務的損害は回復するということが前提でなければならない。しかし、本件各係争地の占有が回復されたからといって、それを第3者に貸し付けることが用途的に前提とされていない本件係争地について、そのようにいえるか否か疑問である。
(3) 賃料相当損害金の請求について
被控訴人らは、本件各係争地の占用料相当の金員を支払う意思がある。なお、本件各係争地の占用料は、付近土地の賃貸借契約の地代一般と比較して、不当に低額であるとはいえない。たとえば、大磯町高麗1丁目5番地の1、同所6番地の賃貸事例は、坪当たり月額200円である。これは、本件各係争地の占用料よりは高いが、この事例は、国道1号線の沿線の店舗敷地であり、その地域要因を考慮すると、上記占用料と均衡がとれたものとなっている。
(被控訴人ら参加人の当審における主張)
(1) 本件並木敷の扱いについて
道路に沿った松並木敷は、江戸時代から存在したものであるが、明治初年以降の土地台帳等での扱いは明確でないし、道路法上も、歩車道とは明らかに地勢、範囲、形状、現況等が異なり、これを道路の区域とする必然性はなく、道路法上の道路の附属物とみなすことができるかも疑問である。
このようなことから、本件並木敷部分の占用について、神奈川県が与えていた許可が道路法上の占用許可としてなされていたか否か疑問である。本件町道の管理が大磯町に移管した後も、大磯町は、神奈川県が行った占用許可を尊重し、それぞれの状況に応じて占用を認めてきたものであり、これが違法といえるほどの管理上の不適切とはいえない。本件並木敷部分が道路の区域に編入された後においても、その実質には何ら変更はないのであるから、同様である。
(2) 占用使用料について
大磯町は、本件町道の管理権を承継した後において、従来の許可占用者及び新たに占用許可申請がなされた者について、毎年、占用許可を与えると同時に、大磯町道路占用料徴収条例に基づき、使用料を徴収してきたものである。これは隣接地の固定資産評価額に年1パーセントを乗じた額をもって、年間の使用料とするものである。この額は、他の公有財産の管理と均衡を保ちつつ、県及び他の市町村の例を参考として定められたものであるし、その使用料の利回りは、大磯町内における宅地の継続賃料利回りと大差がなく、町議会の議決も経ており、特段に不合理、不適切なものではない。
(3) 被控訴人らの占用状況及びその経緯
係争地<A分>の占用使用は、昭和34年ころに開始されたものと思われ、昭和36年以降は占用許可が与えられている。その占用目的は、自動車修理工場の敷地及び自動車置場であり、本件町道につき、大磯町が管理権を承継した昭和36年当時の状況をそのまま承継し、占用許可を与えてきた。
係争地<B分>については、昭和23年5月ころ、神奈川県平塚土木事務所から宅地及び庭園目的で占用許可がなされ、占用使用されてきたものであり、大磯町はこれを承継して、占用許可を与えてきた。
係争地<G分>及び係争地<H分>の占用使用は、昭和23年ころ開始されたものと思われ、昭和36年に占用許可が与えられている。占用目的は、店舗、倉庫等の敷地であり、大磯町が管理権を承継した当時の状況を承継し、占用許可を与えていたものである。
(4) 財産管理の適否について
上記(1)ないし(3)のとおり、大磯町は、道路管理者として通常期待可能な範囲で、必ずしも適切とはいえないが、違法性があるとまでいえない管理を行ってきたものであり、全国の他の市町村と比較して、道路管理が格段に不適切であったとはいえない。
また、本件並木敷を含む道路については、平成8年11月26日以降に大磯町が所有権を取得したことから、公有財産の管理の適否が問われることになるが、大磯町は、並木敷の占有の中で最も問題があると思われる不法占拠者に対する明渡しに相当な時間と手続を要し、さらに他の関連訴訟が提起されて、その処理に追われたこと、松並木の整備について周辺住民の意見が異なることなどの様々な事情が重なり、必要な対策を進められない状況にある。
しかし、大磯町は、これを是認しているわけではなく、本件占用許可の撤回に伴う諸問題を含め、町有財産の管理の適正化に資するため、学識経験者による大磯町町有財産管理検討委員会を設置することとなった。
(5) 占用許可撤回に伴う補償の要否等について
本件並木敷が道路法の適用のある道路もしくはその附属物であるか、それ以外の行政財産であるかは疑問のあるところであるが、仮に道路法の適用があるとした場合、上記(3)の占用許可は、現行道路法の規定により神奈川県が許可していたものと推測され、その撤回については、損失の補償が必要と解される(道路法72条、71条2項2号、3号)。
また、道路法の適用のない国有財産であるとした場合には、昭和39年改正前の国有財産法18条の規定に基づく使用許可がなされていたものと考えられる。この場合の行政財産の使用に関しては、借地法等の適用が排除されているわけではなく、建物所有目的の土地使用については、今日においても、旧借地法の効力が存続するものと解さざるを得ない。この場合の借地権の消滅については、当然にその対価の補償を要すると解すべきであろう。
大磯町は、本件各係争地の所有権を平成8年及び9年に取得したものであり、それ以前は管理権を有するにすぎないが、本件訴訟の前提となっている監査請求は、それ以前になされている。このような場合にも上記のような明渡請求に伴う補償など種々の問題を何ら顧慮することなく、大磯町の管理責任を問うことは極めて不合理である。
第3当裁判所の判断
1 監査請求の前置について
(1) 住民訴訟の対象とすべき財務会計上の行為又は怠る事実は、監査請求に係る財務会計上の行為又は怠る事実と必ずしも完全に一致する必要はなく、その対象事項に社会経済的な行為又は事実としての同一性があれば足りると解される。
(2) 本件でこれをみるに、本件の監査請求の要旨は、被控訴人ら参加人は、本件並木敷を不法に占有し、これを自己の使用に供している者(被控訴人ら)がいるのに、財産管理者として放置しており、「財産の管理を怠る事実」があるから、その是正と大磯町の被る損害の補填等必要な措置を講ずべきことを請求するというものである(乙1)。
これに対し、本訴は、大磯町が上記監査請求後に本件並木敷の所有権を取得したことを前提に、控訴人が大磯町に代位して、所有権に基づく妨害排除請求と道路の賃料相当の損害賠償金又は不当利得返還金の支払請求をするというものである。
このように、両者は、是正を求める根拠規定は別であるが、本件並木敷の一部が被控訴人らによって不法に占拠されているにもかかわらず、被控訴人ら参加人あるいは大磯町が放置しているという社会経済的な行為あるいは事実を対象とする面では同じである。
(3) そうすると、本件の監査請求と本訴請求とは、その対象事項に同一性があり、本訴は監査請求を適法に前置していると認めることができる。
2 本件の事実関係
原判決事実及び理由第2の2の基礎となる事実(7頁以下)及び証拠(甲1ないし14、16ないし29、36、39、40、43、45、47、乙1、4、5、18、19、丙1ないし7、10、12、14ないし16、原審証人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 係争地の位置、所有関係等
ア 本件並木敷は、原判決別紙位置図の<1>から<10>までの間の道路の道路敷を構成する土地である(地目は公衆用道路)。この道路は、昔の東海道であり、本件並木敷を含む化粧坂付近は、江戸時代には参勤交代の武家などの往来で賑わい、一里塚や化粧井戸などの歴史的遺産も存在した。この地域は、旧東海道に沿って松や榎木などの並木があり、現在も江戸時代に植えられた松の古木を含む木々がところどころに残っている。しかし、近年松食い虫による枯死などもあって、松の古木はだんだん少なくなり、松並木の整備は行き届いているとはいい難い状況である。
イ 本件並木敷付近の東海道は、その後、国道1号線の一部となり、当初、国道の管理者としての神奈川県が管理していたが、バイパス道路の整備に伴い、国道としての機能がなくなり、昭和35年9月に大磯町道に認定され、さらに昭和36年1月にその管理権が神奈川県から大磯町に移管され、現在は、大磯町がその道路敷を所有する大磯町道大磯高麗1号線(本件町道)になっている(甲1)。これらに伴い、本件並木敷付近の本件町道は、交通量が少なくなり、主に生活用道路として機能している。
ウ 本件町道は、道路としての通行が可能な中央部分(中央部分)と側道部分とに分けられる。本件並木敷は、その側道部分の一部であり、そこに本件各係争地がある。本件並木敷の所有権は、当初は国(当時の建設省所管)に属したので、大磯町は、町道の管理権者となった際に、道路法90条2項に基づき、国からその道路敷の無償貸付けを受けたが、その後、平成8年11月26日及び平成9年2月3日、同条項に基づき、その敷地の譲与を受けた。
(2) 被控訴人らの本件各係争地の占有状況等
ア 被控訴人らは、その所有地に隣接する本件町道の並木部分の一部である土地目録記載1ないし4の各(2)の係争地(本件各係争地)を占有し、あるいは占有していた。本件各係争地の位置関係は、原判決別紙位置図(位置図)のとおりであり、係争地<A分>が位置図記載<1>、係争地<B分>が位置図記載<6>、係争地<G分>が位置図記載<7>、係争地<H分>が位置図記載<8>の箇所に位置する。
イ 1審被告K、B、1審被告L(当時は個人商店)は、いずれも大磯町が本件並木敷の管理を開始する以前から、占用許可を得て、占用料を支払って本件並木敷を利用してきた。その利用状況は、下記ウないしカ記載のとおりである。なお、大磯町は、平成元年に、上記3名を含む占用許可を得ていた者21名に対し、以後、並木敷について占用許可を行わないこと及び今後、土地の明渡し及び工作物の移転等について話し合いを進めていく旨を通知した。そして、上記の占用許可は、平成元年5月31日付で失効し、以後は、占用許可は与えられていない。
ウ 1審被告Kは、昭和34年ころ、神奈川県から係争地<A分>付近の土地を占用目的を古自動車部品置き場として占用許可を得、以後、占用料を支払って同土地を継続的に利用してきた。1審被告Kは、係争地<A分>のうちの別紙求積図(柴山ー1)表示のA建物部分の土地(26.05平方メートル)上に建物目録記載1(1)の建物(A建物)の一部である同目録記載1(2)の建物部分を建築し、所有していた。さらに、1審被告Kは、係争地<A分>のうちの同図面表示の乙敷地部分(70.82平方メートル)上に鉄骨、鉄板等で台を作り、自ら経営する自動車修理工場のための自動車置き場等とした。占有面積は、合計96.87平方メートルであった。1審被告Kは、平成9年12月4日に死亡し、Aが同人の権利義務を承継した。また、A自動車は、A建物を使用し、占有している。
エ Bは、昭和23年5月ころ、神奈川県から、係争地<B分>付近の並木敷115.92平方メートルを、宅地及び庭園という占用目的で占用許可を得て、その利用を開始し、以後、占用料を支払って同土地を継続的に利用してきた。その間、占用目的は宅地敷地のみに変更され、昭和58年6月1日から、占用面積は139平方メートルに増加した。Bは、建物目録記載2(1)及び(2)の建物(B建物)を所有している。これらの建物のうち、同目録(3)記載の建物部分78.16平方メートルは、土地目録記載2(2)の並木敷上にある。また、Bは、土地目録2(1)の並木敷のうち、別紙求積図(B)表示の甲部分54.82平方メートル、乙建物敷地部分78.16平方メートル及び同丙建物敷地部分0.13平方メートル、合計133.11平方メートルを占有している。
オ 1審被告株式会社L(訴え取下げ前の被控訴人)の前身であるLは、昭和23年ころ、神奈川県から、係争地<G分>付近の並木敷を占用目的を宅地及び納屋敷地として、占用許可を得、以後、占用料を支払って同土地を継続的に利用してきた。その後、C及び1審被告Iは、建物目録3(1)の建物(H建物)を共同所有していたが、1審被告Iが平成11年11月21日に死亡したため、妻であるD、子であるE、同Fが法定相続分にしたがい、同1審被告の同建物についての共有持分を相続した。したがって、H建物は、C、同D、同E及び同F(Cら)の共同所有となった。H建物のうち、別紙現況実測図(C)及び別紙求積図(Cー1)表示の甲部分54.98平方メートルは、土地目録3(1)記載の並木敷上にあった。また、Cらは、土地目録3(1)記載の並木敷のうち、別紙求積図(Cー1)表示の乙敷地部分18.65平方メートルを共同占有していた。占有面積は合計73.63平方メートルであった。Cらは、平成14年8月31日、上記建物部分を収去したため、同年9月1日以降は、上記各土地すなわち係争地<G分>を占有していない。
カ Cは、建物目録4(1)記載の建物(H倉庫)
を単独で所有していた。H倉庫のうち、同目録記載4(2)記載の建物部分は、土地目録4(1)記載の並木敷上にあった。また、Cは、土地目録3(1)記載の並木敷のうち、別紙現況実測図(C)及び別紙求積図(Cー2)表示の丙部分27.67平方メートルと丁敷地部分60.36平方メートルを占有していた。占有面積は、合計88.03平方メートルであった。Cは、平成14年8月31日、同建物部分を収去し、同敷地部分も明け渡した。したがって、Cは、同年9月1日以降は、係争地<H分>を占有していない。
(3) 大磯町による本件並木敷の管理状況
ア 大磯町が本件並木敷の管理権の移管を受けた昭和36年当時、すでに占用許可を得て、本件並木敷を使用している者があったところ、大磯町は、それまで神奈川県が行ってきた管理方法を踏襲し、それらの者に対して、それ以降も占用許可を与え続け、また、移管を受けた当時、占用許可を得ることなく、通路などとして並木敷を利用している者に対しても、それ以前と同様、特に法的・行政的な措置をとることなく、基本的にはそれらの者の使用を事実上黙認した。なお、上記管理権の移管に伴い、神奈川県知事は、被控訴人ら参加人に対し、並木敷を占用している者を記載した占用物件調書(甲8、丙6)を送付したが、同調書には、1審被告K、1審被告M、Cその他12名が占用許可を得た占用者として記載されている。
イ 大磯町は、昭和62年に「大磯町景観形成計画」を立案し、さらに旧東海道化粧坂松並木周辺地区を重点地区として位置づけ、昭和63年3月「旧東海道化粧坂松並木周辺地区整備基本計画」を策定した。前記基本計画は、大磯町の代表的な歴史景観である旧東海道松並木の保存を図るため、町道整備事業を中心にして、沿道の町並み景観の形成を図り、地区住民の住環境の向上と地区の振興を図ろうとして計画されたもので、従来占用許可を与え、又は事実上黙認してきた並木敷利用は最小限にしていくことが予定されていた。
ウ 前記基本計画策定後、大磯町は、昭和63年10月に地元説明会を開いたのを始め、関係者への説明、関係者団体との協議、道路境界の確認、関係機関との協議、調整などを平成2年にかけて継続的に行った。また、被控訴人ら参加人は、平成元年8月2日付で、1審被告Kら本件並木敷の占用許可を受けていた21名に対し、松並木整備計画の区域に入っており、次の年度から整備することになるので、占用許可はできないこと、土地の明渡し及び工作物の移転等については、今後、話し合いを進めて行く旨を文書で通知した。これらの協議は、本件並木敷の利用者との調整が容易でなかったことなどから、平成3年ころ以降は事実上休止状態となった。
エ 控訴人は、昭和40年代ころから、本件並木敷の一部に建築資材、廃材等を置くなどして継続的に占有してきた。これに対し、近隣の者が大磯町に撤去の措置を要請し、同町が控訴人に撤去を求めたが、事態を打開できなかったため、大磯町は、平成7年5月に控訴人に対し、当該土地部分の明渡しを求める民事訴訟を横浜地方裁判所小田原支部に提起し、平成10年8月請求認容の判決を得た。これに対し、控訴人は、控訴、上告したが、いずれも棄却され、一審の判決が確定した。
3 財産管理性について
(1) 地方自治法242条の2に定める住民訴訟の対象となるのは、同法242条1項に定める財務会計上の行為又は怠る事実である。これを本件のような道路の管理の問題についていうと、その執行機関又は職員の行為が道路敷地について有する財産的価値に影響を及ぼす場合には、その作為又は不作為が住民訴訟の対象となるが、財産的価値に何ら影響を生じさせないような場合は、その作為又は不作為は、道路管理者の道路行政上の問題となることはあっても、住民訴訟の対象とはならない。すなわち、道路の管理といっても、道路としての機能の維持・発揮に支障が生じないようにするための道路行政上の管理の面と、その財産的価値の維持・保全を目的とする財産的管理の面とがあり、住民訴訟の対象となるのは、後者の財産的管理に限られ、前者の道路行政上の管理はその対象にはならないというべきである。
(2) 道路法上の道路の利用に関する法律関係は、道路法上の道路管理者が道路敷地について権原を取得して、これを利用者の利用に供するものである。そうすると、第3者が道路の敷地を占有する場合には、場所的に狭く、時間的に恒常性がないなどの限局的、一時的な場合は別にして、それ以外は、一般的に道路が本来の目的に供されないことになり、道路管理権の行使に支障をもたらすことになるとともに、道路敷地の所有権の行使が阻害されることになるので、敷地の財産権の管理の問題ともなる。
本件でこれをみるに、被控訴人らの本件各係争地の占有は、公共用財産としての性格をなお維持している本件町道の並木敷部分を、広い範囲にわたり、恒常的に占有し、あるいは占有してきたということである。したがって、その占有部分を排除しないことによる問題すなわち明渡請求権の行使、不行使の問題は、道路管理の問題にとどまらず、道路敷地の財産管理の問題ともなると解すべきである。
(3) 次に、道路敷地の占有に伴う損害金等の金員の支払義務の発生の有無及びその債権の管理の問題を検討する。
地方公共団体が道路敷の所有権を有する場合に、道路を権原なく占有する者は、その所有権を違法に侵害する者であるから、当該地方公共団体に対し、その所有権侵害による損害賠償義務を負うことは明らかである。また、これらの場合、占有者は、法律上の原因なくして、道路の使用権相当の利益を得るのであるから、当該地方自治体は、その占有者に対して不当利得返還請求権を有すると考えることもできる。
上記の損害賠償金又は不当利得返還金は、地方公共団体の債権であるから、地方自治法237条1項の財産に該当する。
そうすると、その請求権を行使することは、財産の管理に当たり、請求権を行使しないことは財産の管理を怠ることである。
(4) なお、上記(3)の債権管理によって、地方公共団体が、土地の資本価値に見合う損害賠償金すなわち地代相当額の賠償金を取得すると、当該賠償金の支払われた不法占有の期間の土地の資本価値は毀損されないのであるから、この場合、明渡請求権の行使、不行使は、財産管理の問題とならないようにも思われる。
しかし、不法占有を続けさせている状態では、将来の期間において、その土地の資本価値に伴う収益を取得できるかどうか不安定な状況である。すなわち、土地の所有者としての土地の使用収益できる内容は、無限定であって、地代相当の賠償金さえ取得できれば、それで使用収益権が満足されるというものではない。土地を自己使用すること、土地を適正価格で売却すること、土地を自己の欲する者に使用させること、そのどれでも実現することができるのが土地所有権が完全に実現できている状態である。
したがって、土地を不法占有されている状態は、たとえ、適正地代相当額の賠償金を得られても、なお、将来の期間における土地所有権が侵害されているのであって、その財産の価値は、不法占有によって毀損されているのである。
それゆえ、地方公共団体所有の土地が不法占有されているときは、その明渡しを求めて、土地所有権の完全性を回復するべきもので、明渡しを求めることは、地方自治法242条1項所定の財産の管理に該当する。
4 明渡請求権の不行使について
(1) 上記2の事実からすれば、係争地<A分>については昭和34年ころ、係争地<B分>については昭和23年ころ、いずれも当時の道路管理者であった神奈川県から、各係争地についての占用許可がなされていたものであるが、これらの占用許可は、平成元年5月末日をもって失効し、以後、これらの係争地については、権原のない不法占有が続いていると認められる。なお、弁論の全趣旨によれば、本訴係属後、Cらは係争地<G分>を、Cは<H分>を、それぞれ任意に明け渡したことが認められるので、明渡請求権の不行使が問題となるのは、係争地<A分>と係争地<B分>のみである。
そして、上記各係争地の占有に対し、大磯町の執行機関である被控訴人ら参加人が明渡請求をしていないことは明らかである。
上記3からすれば、これは大磯町の財産の管理に関する問題であり、管理を怠る事実に該当するというべきであるが、それを違法なものと評価すべきか否かは、不法占有開始の事情、交渉の経緯、放置期間の長さ等の諸要素を総合的に考慮し、放置が裁量権の濫用と認められるか否かによって決すべきである。これらの判断は、財産価値の維持保全の見地から行われるのであって、公物の管理懈怠の違法性とは必ずしも一致しない。
(2) そこで、上記(1)のような見地から、本件の明渡請求権の不行使の違法性について判断する。
ア 上記各係争地は、いずれも本件並木敷の一部として、道路敷(側道部分)を構成する土地である。なお、道路沿いの並木は、道路の機能を維持し、その通行の便宜のために設けられるものであるから、それが道路の一部であることは明らかである。
そして、上記2の認定事実からすれば、係争地<A分>については古自動車部品置場として、また、係争地<B分>については宅地及び庭園という占用目的でそれぞれ占用許可を得ていたことが認められる。前者については、道路法の予定する占用許可の対象範囲(同法32条1項6号)ともみられるが、それにしても、数十年にもわたって実質的に敷地の一部として道路敷を利用することまでが道路法の予定する対象範囲に含まれるか否か極めて疑問である。また、後者のような宅地としての恒久的な利用は道路法に基づく占用許可の予定しているところとは異なると考えられ、その占用許可がなされた当時は昭和27年の道路法の改正前であって、その要件が明確化されていなかったことを考慮しても(上記改正前の道路法28条1項は、「管理者ハ交通ヲ妨ケサル限度ニ於テ道路ノ占用ヲ許可又ハ承認スルコトヲ得」と規定しており、それ以上に具体的な許可の要件については定めていなかった。)、同法の趣旨に反する占用許可である疑いが強い。
イ このように上記各係争地の占用許可は、実質的には道路法の予定するところを逸脱している可能性が高い。
また、仮に、これらの占用許可が道路法の予定する範囲内のものとして適法であったとしても、道路法の予定する占用許可は、公用財産を道路管理者の許可を受けて一定の限られた期間、占有、使用するものである。そして、その占用権は、一般交通の用に供するという道路本来の目的を害しない範囲で特別に認められた地位であり、それゆえに道路管理者は、相手方の意思や事情にかかわらず、一方的に許可を取り消すことができる(道路法71条2項)とされている。このように道路法に基づく占用許可は、私法上の使用関係である通常の借地などとは性質が異なるのであるから、このような占有状態が結果として長期間続いたからといって、借地権類似の権利が生じ、その明渡しを求めるにつき、損失補償をする必要があるなどといえるものではない。
なお、道路法71条2項3号、72条1項、2項(69条2項、3項)の定める損失補償は、道路の占用許可を受けた者に対し、公益上やむを得ない必要が生じて許可を取り消すなどの措置をする場合に、損失を補償する旨を定めている。しかし、これは占用許可の期間中に、道路管理者の都合で占用許可を取り消す場合の規定と解されるところ、本件では、すでにその占用許可は失効しているのであるから、このような場合にまで上記の規定を根拠に補償が必要であるなどとはいえない。
ウ 上記イの点につき、被控訴人らは、国有財産法18条5項、地方自治法238条の4第5項では、行政財産の使用については、借地借家法を適用しないとされているが、この規定は、昭和39年の改正によりもうけられたもので、それ以前からなされている使用収益については、実質的には借地借家法の適用があったと主張する。
たしかに、上記国有財産法の改正前においては、行政財産の使用収益を私法上の契約によることができると解釈する余地もあったようであるが、そのことと、現実に行われた特定の行政財産の使用関係が賃貸借等の私法上の契約に該当するか否かは別の事柄である。上記各係争地を含む本件並木敷についての占用は、賃貸借等の私法上の契約ではなく、道路法に基づく占用許可としてなされていたことは上記2認定のとおりであるから、本件各係争地の使用収益について、借地借家法の適用がないことは明らかである。
なお、上記の点につき、被控訴人ら参加人は、道路に沿った松並木敷は、歩車道とは明らかに地勢、範囲、形状、現況等が異なり、これを道路の区域とする必然性はなく、道路法上の道路の附属物とみなすことができるかも疑問であって、本件並木敷部分の占用について、神奈川県が与えていた許可が道路法上の占用許可としてなされていたか否か疑問であるなどと主張する。
しかし、道に沿った並木敷が、車両あるいは人が通行する道路の機能を維持するのに役立ち、その機能を保全する役割を果たすことは明らかである。それゆえにこそ、上記2認定のように、本件町道の所有権が国から大磯町に譲与された際、歩車道の部分のほか、本件並木敷も譲与の対象となったものと解される。また、このような本件並木敷部分の占用について、神奈川県が与えていた許可が道路法上の占用許可であったことも明らかである。上記被控訴人ら参加人の主張も採用し難い。
エ このようにみてくると、平成元年5月の占用許可の失効後13年以上を経ても、大磯町が、上記各係争地の明渡しを求めなかったことは、違法に財産の管理を怠ることに該当する可能性が高い。
(3) しかし、他方、上記に述べたような道路法の占用許可の要件の解釈や、その占用許可を受けていた土地の返還についての損失補償の要否は、法的な評価、判断の問題であって、かつ、一部にはこれと異なる考え方も存在する。すなわち、原判決も本件について損失補償を要するとの前提で判断しているし、本件並木敷を利用してきたOに対する損失補償の支払について、控訴人は、住民訴訟を提起してその返還を求めたが、その請求は棄却された(乙30ないし32)。
そうすると、大磯町において、上記のような見解に立ち、直ちに上記各係争地の明渡しを求めなかったからといって、それを直ちに違法に財産管理を怠ったとするのは酷に失すると思われる。そうすると、今後大磯町が、損失補償を要するとの誤った見解に立って明渡請求をしない態度を取り続けることは、これまでに不法占有が続けられてきた期間を考慮すると、違法であるとの評価を免れず、住民訴訟の対象となりうる。しかし、現段階においては、その明渡請求権の不行使をもって、違法な財産管理の懈怠とはいえないと解すべきである。
(4) そうすると、控訴人のAに対する係争地<A分>の明渡請求及びそれを前提にしたA自動車に対する建物退去請求並びにBに対する係争地<B分>の明渡請求はいずれも理由がない。
なお、本件のような、地方自治法242条の2第1項4号所定の普通地方公共団体に代位して行う怠る事実に係る相手方に対する妨害排除請求において、違法に怠る事実がないとすれば、それは代位の要件を欠くことになるのであるから、その訴えは不適法としてこれを却下すべきようにも思われる。
しかし、請求権が存在せず、あるいは履行期が到来しないため、違法に怠る事実がないとされる場合に、違法に怠る事実を訴訟要件とみて、訴えを却下するのは、請求棄却の判決であれば訴訟の相手方が取得できる判決の既判力を相手方から奪うものであり、相当とはいえない。
また、同条の住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実の予防又は是正を裁判所に請求する権能を住民に与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものである。すなわち、住民訴訟において、主張が認められているのは、本質的には違法是正の請求権である。
たしかに、同法242条の2第1項4号所定の請求(4号請求訴訟)は、地方公共団体の有する請求権を住民が代位行使する形式によるものと定められている。しかし、上記の訴訟の本質からみるならば、請求権の存否だけではなく、違法な行為であるかあるいは違法に怠っているのかどうかが、訴訟の主題であり、その点についての裁判所の判断には、一定の場合に不可争力が与えられるべきである。そうすると、裁判所が違法に怠る事実がないとの判断に至った場合でも、それが類型的一般的に違法な怠る事実がないと評価される場合で、住民訴訟の主題にふさわしくないものであるなど、不可争力を与えるまでもない場合等は格別として、訴訟の主題に関する裁判所の判断を示すものとして、主文において棄却の判決をすべきものと考える。
そうすると、本件のような場合、不法占有にかかる上記各係争地の明渡請求権は存在するものの、それを直ちに行使しないことが違法とはいえないとする以上、それは上記の訴訟の主題についての実体判断をしたことになるのであるから、これについてはその請求を棄却するとの判決をすべきことになる。なお、4号請求訴訟の性質、内容をこのように解する以上、本件について、請求棄却の判決をしたからといって、その判決の不可争力が怠る事実の違法性についての当裁判所の判断に生じることは当然として、当裁判所の判断と異なり、上記各係争地の明渡請求権が存在しないとの既判力が生じるものでないことはいうまでもない。
5 不法占有による賠償金請求権の不行使について
(1) 道路敷である土地が不法に占有されている場合に、その損害賠償請求権を行使するかしないかについて、地方公共団体の職員に特段の裁量権があるものではない。金銭債権がある以上は、これを行使しなければならないのが原則であるからである(地方自治法施行令171条以下)。したがって、その不行使は、違法に財産の管理を怠るものである。
なお、その請求の相手方が将来履行する可能性があるとしても、現にその金銭債権を行使していないのであれば、その不行使が違法なことに変わりはない。相手方が将来履行する可能性は、不行使の違法性を消滅させるものではない。
(2) そこで、地方公共団体が当該道路敷の所有権を有する場合、上記損害賠償金(賠償金)の額が占用料相当額に限られるか否かについて検討する。
地方公共団体の財務統制を目的とする住民訴訟では、地方自治体の財産の価値が維持されているか否かが問題となる。したがって、公有土地の不法占有による賠償金の額は、その土地の資本価値に見合う金額、すなわち適正な地代額である。
そして、適正な地代額とは、その土地の地上建物の賃料相場から逆算して割り出すことができるので、これ、すなわち、いわゆる土地残余法といわれる方法によって算出すべきものである。
土地の占用料は、このような資本価値に見合う金額ではないから、これによって賠償金を算定すると、土地の資本価値は毀損されることになる。したがって、それは地方自治体の財産価値を維持するという住民訴訟の本旨に反することになるので、許されないことである。そして、賠償金の額を、このような土地の適正な地代額を下回る金額とすべき合理的な理由は見当たらない。すなわち、当該道路敷の占有者が、占用許可を与えられていた当時は低廉な占用料で土地を使用していたからといって、その占用許可の失効後も同様の低廉な占用料相当損害金のみを払えば足りるものではない。そのような期待を保護すべきであるとの主張があるが、これは法律上の根拠を欠くもので、採用することはできない。
(3) なお、当該公有土地の占有を地方公共団体が回復した後で、それをいかなる用途に充てるかは、賠償金の額を決するのに影響を及ぼすものではない。なぜなら、
<1> 財産をどのような用途に供するかは、権利者の自由であって、不法占有者がその用途を指図できるものではない。
<2> 地方公共団体がその財産から直接経済的利益を得る場合もあるが、地方公共団体の住民あるいは一般公衆に利用させて、それらの利用者が経済的利益を得、地方公共団体は直接は利益を得ないこともありうる。しかし、後者の場合には、地方公共団体は、利用者がその財産の利用によって得る利益の総体が、その財産を単独で利用する場合の利益より大きいと考えて、公衆の利用に供するのであって、その財産それ自体の資本価値(利用によってあげうる経済利益を資本還元した価値)は、いずれの利用であっても変わりはないものである。不法占有者の占有は、その資本価値を毀損している点で、損害を与えているのであるから、同じ賠償をすべきなのである。
<3> 不法占有者が、道路としての利用あるいは占用許可で予定されているような一時的あるいは制限的な利用に甘んじているのではなく、土地の完全な利用により受益していながら、その受益の一部しか返還しなくてよいように主張するのは、信義に反する。
からである。
6 本件の賠償金の額について
(1) 当審における鑑定の結果によれば、係争地<A分>、係争地<B分>、係争地<G分>及び係争地<H分>の適正な地代相当損害金(いわゆる土地残余法を用いて、新規に賃貸した場合の賃料相当額を算定したもの)は、以下のとおりであると認められる(いずれも年額)。
平成元年6月1日から平成14年11月10日(鑑定時の前日)まで
係争地<A分> 34万6759円(坪当たり月額約984円)
係争地<B分> 41万4898円(坪当たり月額約857円)
平成元年6月1日から平成14年8月31日(明渡完了時)まで
係争地<G分> 31万8082円(坪当たり月額約1188円)
係争地<H分> 37万5008円(坪当たり月額約1171円)
平成14年11月11日(鑑定時)以降
係争地<A分> 33万4167円(坪当たり月額約948円)
係争地<B分> 39万8940円(坪当たり月額約824円)
(2) ところで、証拠(丙1、2)及び弁論の全趣旨によれば、大磯町が本件町道の一部である本件並木敷の所有権を取得したのは、係争地<A分>及び同<H分>については平成8年11月26日であり、係争地<B分>及び係争地<G分>については、平成9年2月3日である。
そして、それ以前に大磯町が、道路法90条2項に基づき、当該道路部分の無償貸付けを受けていたとはいえ、それによって取得していたのは行政財産としての道路の管理権であり、いかなる私法上の権利を有していたのかは明確ではない。
そうすると、その侵害があったとしても、それをもって直ちに大磯町に賃料相当損害金が発生したといえるか否かは疑問が残るので、この部分については、本件における賠償金の算定期間には含めないこととする。
(3) なお、大磯町が上記各係争地の所有権を取得する以前においても、大磯町は、道路占用許可によって適法な占有権原を設定し、その対価として占用料を徴収することが可能だったのであるから、上記各係争地の不法占拠によって、占用料相当損害金の損失を受けていたと考えられないでもない。
しかし、証拠(乙7、25、27、丙11ないし13、原審証人)によれば、被控訴人らは、上記の期間を含む平成12年ころまでの占用料に相当する金額を供託し、大磯町は、その払渡しを受けてこれを受領済みであると認められるのであるから、いずれにせよ、この期間についての控訴人の損害金請求は理由がないことに帰する。
また、大磯町が上記各係争地の所有権を取得した日以降になされた上記供託金については、上記(1)の損害金に充当すべきものと考えられるが、その充当されるべき額を個別具体的に明らかにする資料は提出されていないので、この点は、最終的な執行段階の調整に委ねることとする。
(4) したがって、係争地<A分>の占有者であるAは、同係争地の明渡済みに至るまで、平成8年11月26日(大磯町が係争地の所有権を取得した日)から平成14年11月10日(鑑定時の前日)までは1年当たり34万6759円、平成14年11月11日(鑑定時)以降1年当たり33万4167円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負う。
また、係争地<B分>の占有者であるBは、同係争地の明渡済みに至るまで、平成9年2月3日(大磯町が係争地の所有権を取得した日)から平成14年11月10日(鑑定時の前日)までは1年当たり41万4898円、平成14年11月11日(鑑定時)以降1年当たり39万8940円の割合による賃料相当損害金の支払義務を負う。
(5) C及び1審被告Iが、平成元年6月1日から同1審被告が死亡した平成11年11月21日まで、係争地<G分>を共同占有していたこと、1審被告Iの死亡に伴い、その権利義務を1審被告Iの妻であるDが2分の1、子であるE及び同Fが各4分の1ずつ承継したこと、平成11年11月22日から平成14年8月31日まで、Cらが係争地<G分>を共同占有していたことは、Cらにおいて明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
そうすると、平成9年2月3日(大磯町が係争地の所有権を取得した日)から、平成11年11月21日(1審被告Iが死亡した日)までの間の係争地<G分>の1年当たり31万8082円の割合による賃料相当損害金は、89万0629円となる。これをC及び1審被告Iが連帯して支払う義務を負っていたところ、同1審被告の死亡に伴い、同1審被告の債務を、Dが2分の1、E及び同Fが各4分の1ずつ承継したものであるから、同被控訴人らは、Cと連帯して、Dは44万5315円、同E及び同Fは、各22万2657円ずつを、いずれもCと連帯して、大磯町に支払う義務を負う。
また、平成11年11月22日(1審被告I死亡の日の翌日)から平成14年8月31日(係争地<G分>の明渡しがされた日)までの間の上記割合による賃料相当損害金は、88万2786円である。そして、同期間中、同係争地をCらが共同占有していたことは上記のとおりであるから、これをCらは、連帯して大磯町に支払う義務を負う。
(6) Cが、平成元年6月1日から平成14年8月31日まで、係争地<H分>を単独で占有していたことは、同被控訴人において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。
これによれば、Cは、平成8年11月26日(大磯町が係争地の所有権を取得した日)から平成14年8月31日(係争地の明渡しの日)までの1年当たり37万5008円の割合による賃料相当損害金として、216万1689円を大磯町に支払う義務を負う。
7 したがって、以上と異なる原判決を一部変更することとし、主文のとおり判決する。
なお、認容部分の仮執行宣言の申立てについては、当審もその必要がないものと判断するのでこれを付さない。訴訟費用の負担については、本件住民訴訟においては、控訴人の主張する明渡請求権の存在が認められ、その不行使の違法が認められなかったにとどまったという結果を考慮し、その費用を当事者間で公平に分担させるため、主文のとおり判決することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 及川憲夫 裁判官原敏雄は、転任のため署名押印できない。裁判長裁判官 淺生重機)
目録、図面<省略>