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東京高等裁判所 平成14年(ネ)1130号 判決 2002年8月20日

控訴人

ビルコン株式会社

訴訟代理人弁護士

海老原元彦

谷健太郎

浅井弘章

補佐人弁理士

山名正彦

被控訴人

増田工業株式会社

訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

鷹見雅和

補佐人弁理士

志賀富士弥

橋本剛

小林博通

鵜澤英久

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,別紙物件目録1及び2記載の装置を製造し,譲渡し,貸し渡し,又は譲渡若しくは貸し渡しのために展示してはならない。

(3)  被控訴人は,その本店,支店,営業所及び倉庫に存する上記各装置を廃棄せよ。

(4)  被控訴人は,控訴人に対し,5000万円及びこれに対する平成12年5月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  訴訟費用は,第1,第2審を通じて被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨

第2事案の概要

本件は,特許番号第1360590号の特許(昭和57年3月12日出願,昭和62年1月30日設定登録,発明の名称は「受付整理装置」,以下「本件特許権1」といい,この特許権に係る発明を「本件発明1」という。),特許番号2096271号の特許(平成2年10月25日出願,平成8年10月2日設定登録,発明の名称は「受付処理装置」,以下「本件特許権2」といい,この特許権に係る発明を「本件発明2」という。)の各特許権を有する控訴人が,被控訴人の製造販売する,別紙物件目録1及び2記載の装置(以下,それぞれ,「被控訴人装置1」,「被控訴人装置2」という。)が,上記各特許権を侵害するとして,その製造等の差止等と,損害賠償の命令を求めた事案である。

原判決は,被控訴人装置1及び2は,いずれも,本件発明1及び2の構成要件を充足しないとして,控訴人の請求を全部棄却した。

第3当事者の主張

1  当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する。

もっとも,控訴人は,本件特許権1に基づく請求については,平成14年5月30日の口頭弁論期日において,訴えを取り下げる旨の意思表示をし,被控訴人が上記取下げに異議を述べないままに,同年6月13日が経過して,これにより,本件特許権1の侵害を根拠とする訴えは取り下げられるに至った。しかし,控訴人は,本件発明1についての主張を,本件発明2に引用しているので,必要な範囲で前者も摘示する。

2  当審における控訴人の主張の要点

(1)  本件発明1の構成要件B中の「表示盤」について

原判決は,本件発明1の構成要件Bの「受付する呼出番号及びこの呼出番号の受付券を受付する受付窓口の番号夫々を対応させて表示する表示盤」は,「呼出番号」と「受付窓口の番号」の両者について,非表示状態から表示状態に変える表示盤に限定して理解するべきである,としているが,これは誤りである。

ア 原判決は,「構成要件Bには,「呼出番号」及び「受付窓口番号」「夫々を対応させて」を「表示する」と記載されていることに照らすならば,いずれか一方を表示状態に固定しておき,他方のみを,非表示から表示に変えることと理解することはできない」(原判決23頁1行~4行)と説示している。

原判決は,「夫々を対応させて」と,「夫々を対応させて」と「表示する」の間に,「を」を補充し,呼出番号と受付窓口番号の双方が「表示する」の目的語であると解しているようである。しかし,この「を」は,特許請求の範囲に記載されていないものであり,勝手にこれを補充して,その存在を根拠に限定解釈するのは誤りである。構成要件B中の「夫々を」に近接する動詞は,「対応させて」であり,「夫々」はその目的語であると考えるのが自然である。

「窓口番号」がカッティングシート等によって固定表示されていても,その窓口で受け付ける「呼出番号」が,固定表示の窓口番号に対応して表示されるなら,「呼出番号」及びこれを受け付ける「受付窓口番号」とを夫々順次対応させて表示することに変わりはなく,依頼者は表示を見ることで該当の窓口に案内されるから,発明の目的は十分に達成されるのである。

イ 原判決は,本件発明1の明細書(甲第2号証は,同明細書の内容を示す特許公報である)の「発明の詳細な説明」欄中に,「依頼者は受付券11を受け取るという操作と,この受付券11の番号が呼出番号として表示され,この呼出番号に対応した窓口番号が表示されるのを確認するという行為のみで良く,複雑な手間が不要である。」(甲第2号証4頁右側27行目~31行目)との記載があることを挙げた上,この記載は,呼出番号と窓口番号の両者について,非表示状態から表示状態に変えることによって,依頼者が,複数の表示場所を探すことなく,「窓口番号」と「呼出番号」を容易に確認でき,手間を省く趣旨を明示したものであると述べ,それゆえ,「表示する」という文言を,表示状態の継続状態を含むと解することはできない,と結論付けている。これは,本件発明1の明細書中の実施例におけるように,表示盤が1台しか設置されていない場合を前提に,その場合には,当該表示盤に呼出番号と受付窓口番号の両方が可変表示されなければならない,ということを根拠に限定解釈しようとするものである。

しかし,特許発明の技術的範囲は,実施例に限定されるものではなく,本件発明1でも,表示盤が1台しか設置されていないものは,一実施例として記載されたものにすぎない。複数の受付窓口を有する窓口業務において,来客の受付整理を行う場合,その方式としては,1台の表示盤を受付窓口の近傍に設置し,それに窓口番号と呼出番号の双方を表示する方式(以下「単数表示盤方式」という。),各受付窓口にそれぞれ表示盤を1台ずつ設置する方式(以下「複数表示盤方式」という。),各受付窓口に設置されている表示盤を1つのパネル(集合パネル)に集め,天井から集合パネルをつるし,これに呼出番号とそれを受け付ける受付窓口番号を対応させて表示する方式(以下「集合パネル方式」という。)が考えられる。本件発明1の範囲に入る方式は,単数表示盤方式に限定されるものではない。

ウ 本件発明1は,複数の受付窓口がある場合の,窓口業務の受付整理を目的とした装置である。一般に,複数の受付窓口を有する受付窓口では,各受付窓口毎に「窓口番号」と「その窓口で受け付ける業務内容が」,プレート等に表示されている(甲第9号証)。また,集合パネル方式でも,呼出番号と受付窓口番号の両方を可変表示する方法と,あらかじめ受付窓口番号を集合パネルに印刷等しておき,これに対応させるように呼出番号を表示する方法がある。

現に,本件発明1の明細書中には,複数の表示盤が設置されている場合を念頭に置いた記載も存在する。

複数表示盤方式の場合は,窓口番号と呼出番号の双方を可変表示させることはむしろ異例であり,窓口番号は表示盤に固定表示するのが,当業者の常識である。

エ 原判決は,本件発明1の構成要件E中に,「窓口番と受付券発行順に従った呼出番号とを順次対応させて表示盤に警報音と共に表示する。」との記載があることを根拠に,構成要件B中の「表示する」とは,非表示状態から表示状態へ変える意味に限定すべきである,と説示する。

しかし,構成要件E中の,「制御盤は前記窓口操作盤の呼出キースイッチの呼出信号により,その呼出信号を発した窓口操作盤の窓口番と受付券発行順に従った呼出番号とを順次対応させて表示盤に警報音と共に表示する」の記載は,構成要件Bの記載を受けたものである。前述のとおり,構成要件Bは,受付窓口の番号を固定表示し,それに対応させて呼出番号を可変表示できる表示盤を除外するものではない。

(2)  本件発明1の構成要件E中の「表示する」について

原判決は,本件発明1の構成要件E中の「表示する」の意義について,本件発明1の構成要件Bの解釈と同様の理由から,非表示状態から表示状態に変化させることを意味すると解している。

しかし,前述のとおり,本件発明1の構成要件B中の「表示盤」や「表示する」の意義についての原判決の解釈は誤りである。また,「表示する」とは,「外部に表し示すこと」であり,あらかじめカッティングシート等によって番号をプリントしておくことも,「表示する」に含まれる。

(3)  本件発明2の構成要件B中の「表示機」について

原判決は,前述した本件発明1の構成要件Bについての理由と同様の理由により,本件発明2の構成要件B中の「受付する呼出番号及びこの呼出番号の受付する受付窓口それぞれを対応させて表示する表示機」の意義について,呼出番号と受付窓口の両者について,非表示状態から表示状態に変えることを指すと限定して解釈すべきである,と判示する。

しかし,本件発明2は,本件発明1の応用・改良発明であり,本件発明1で主張したところと同様の理由により,「受付する呼出番号及びこの呼出番号の受付する受付窓口それぞれを対応させて表示する表示機」とは,呼出番号と受付窓口番号の2つの番号の相互関係が来客に一義的に認識,理解されるように対応させて表示することを内容とする表示機を意味し,それ以上に制限的な意味を有するものではないと考えるのが自然である。

本件発明2の明細書(甲第7号証は,同明細書の内容を示す特許公報である)の発明の詳細な説明の中には,「・・・窓口業務者が来客の番号を確認して,窓口業務者のそれぞれの窓口業務に関係する来客の番号はもとより,業務選択キースイッチ22により選択した窓口業務に関係する来客の番号までもその番号の数字をテンキー30で操作し,その次に呼出キースイッチ23を押して表示機11の表示部12に表示するようにマイクロコンピューター13に指示をだし来客に向かって連絡するものである。その時に,表示機11にあって,その呼出番号の表示と共にチャイムが鳴るようにしても良く,そうすれば,来客はそれを聞いて呼出番号が表示されたことを認知するので呼出が確実に行われる。それでも呼出番号の印字された受付券4を持った来客がこない場合には,再呼出キースイッチ24を押すことで再び同じ呼出番号が表示機11に表示され,再度の呼出を行うことができる。・・・」との記載がある(甲第7号証5頁左3行目~17行目)。これは,本件発明2が,表示機に窓口番号が固定表示されていることを前提にした場合も想定していることを物語るものというべきである。

(4)  本件発明2の構成要件G中の「表示する」について

原判決は,本件発明2の構成要件Gの「表示する」の意義について,本件発明2の構成要件Bについての解釈と同様の理由から,非表示状態から表示状態に変化させることを意味すると解している。

しかし,前記のとおり,本件発明2の構成要件B中の「表示機」や「表示する」に関する原判決の解釈は誤りである。また,「表示する」とは,「外部に表し示すこと」であり,あらかじめカッティングシート等によって番号をプリントしておくことも「表示する」に含まれる。

(5)  本件発明2の構成要件C中の「業務選択キースイッチ」について

原判決は,本件発明2の構成要件C中の「複数の窓口業務を窓口毎に必要な業務として適宜選択指定できる業務選択キースイッチ」の意義について,一つの受付窓口業務者が同時に二つの業務を選択指定できるスイッチ(業務Aと業務Bとを一つの窓口で並行して取り扱うようにできるスイッチ)を指すと限定して解釈すべきである,とした。

本件発明2の構成要件Cは,「各受付窓口に配され,複数の窓口業務を窓口毎に必要な業務として適宜選択指定できる業務選択キースイッチ・・・を有した窓口操作機」との記載によって示される構成要件である。

ここで,「適宜」とは,「その場合,状況にぴったり合っていること」を意味するから,特許請求の範囲中の構成要件Cに対応する部分の記載を素直に解釈すれば,「複数の窓口業務を窓口毎に必要な業務として,その場合,状況に応じて,選択指定できる業務選択キースイッチ・・・を有した窓口操作機」を意味し,ある業務を取り扱っていた窓口業務者が,途中で,当該業務の取扱をやめ,途中で,別の業務を選択する場合を含むことは明白である。

複数の受付窓口を有する窓口業務において,一つの窓口が同時に複数の窓口業務を選択指定し,両業務を同時に並行して行うことは異例であり,むしろ,自己が担当する業務についてすべての来客を呼び出し終えた後に,他の業務のために来店した来客を呼び出すことによって,他の窓口の業務の補助を行うのが一般的である。

金融機関や市役所等の受付窓口では,異なる業務(前者においては振込業務,預金業務,後者においては住民票・戸籍抄本等証明書の発行業務,戸籍の届出を受理する業務等)をそれぞれ別の窓口で取り扱っている。本件発明2は,このような分業制が採られている受付窓口において,特定の窓口が極端に繁忙となる事態に備え,窓口業務者側で適宜,業務選択できるスイッチを設けたものであって,本件発明2の窓口操作機の「業務選択キースイッチ」とは,あらかじめ複数の業務を選択指定しておき,これらの複数の業務を待つ顧客を呼び出せる機能を有するキースイッチだけでなく,自己の担当業務を呼び出し終えた窓口業務者が,来客が残っている別の業務を選択する(業務を切り替える)ことができるような機能を有するキースイッチをも含む,と考えるのが自然である。

本件発明の明細書(甲第7号証参照)の「実施例」の項には,「一つの窓口にて呼出されるべき番号が多くたまってきた場合には,この窓口の業務を他の窓口にあっても業務選択されていることがあるので,その待ち数を他の窓口に連絡すべく連絡窓口指示キースイッチ29を適宜押して,次に待数連絡キースイッチ28を押すことで,一つの窓口で延滞していた呼出番号を他の窓口にあっても確認することができ,空いている窓口の方でその業務に関わる呼出番号の来客を呼出すことができ,業務補助を行って速やかな受付業務を行うものである。」との記載がある(甲第7号証5頁左22行目~30行目)。

しかし,そもそも,特許された発明の技術的範囲は,実施例等の記載に限定されるものではない。上記明細書にも,本件発明2の技術的範囲が,実施例に限定されない旨明記されている。また,上記連絡窓口指示キースイッチ29や,待数連絡キースイッチ28は,特許請求の範囲に記載のないものであって,このようなキースイッチについての記載を有しない本件発明2の構成要件C中の窓口操作機の業務選択キースイッチの意義を,そのような記載があるかのように限定して解釈することは誤りである。

(6)  本件発明2の構成要件F中の「複数業務選択機能」について

原判決は,本件発明2の構成要件Fの「複数業務選択機能」について,本件発明2の構成要件B中の「業務選択キースイッチ」についての理由と同様の理由により,「複数の業務を同時に選択指定できること」を指すべきであるとする。

しかし,本件発明2の構成要件B中の「業務選択キースイッチ」の意義について,「複数の業務を同時に選択指定できる」キースイッチに限定して解釈すべきでないことは,前記のとおりである。

3  被控訴人の反論の要点

(1)  本件発明1について

ア 本件発明1の構成要件Bに対応する特許請求の範囲の記載は「・・・呼出番号及び・・・窓口番号夫々を対応させて表示する」というものであって,この文章を自然に理解すれば,原判決のいうとおりの意味となる。固定表示されている「窓口番号」の位置に,「呼出番号」が表示されるのを,「夫々」を「対応」させて表示するということはないからである。

イ 原判決は,表示盤が単数か複数かについては何らの判断もしているものではなく,表示盤の表示が,「・・・呼出番号及び・・・窓口の番号夫々を対応させて表示する」か否かのみを判断しているものである。

本件発明1の構成要件を実現するためには,表示盤がいくつあろうとも,それは,「呼出番号」及び「受付窓口番号」を「夫々を対応させて」「表示する」ものでなくてはならない。本件発明1の構成要件は,そのようなものとして特定されているのであり,そのことと,このような表示板が表示盤として一般的か否かは関係のないことである。

ウ 本件発明1の特許請求の範囲には,「受付窓口番号」と「呼出番号」の一方が固定表示であるような表示盤を想定させる記載は全くない。

控訴人は,複数の表示盤がある場合は,窓口番号が固定表示されるのが一般的であると主張する。しかし,このようなことは,明細書に記載がないばかりでなく,事実にも反する。表示盤で同一の表示内容を複数箇所(例えばロビーと待合室)で認識させようとすれば,複数箇所で同一の内容の表示盤を使用するのが常識である。本件発明1では,そのような表示盤が,「呼出番号」及び「受付窓口番号」とも可変表示であることを要件としているのである。表示盤が複数であれば,窓口番号が固定表示であることが一般的である,などということはない。

(2)  本件発明2について

ア 本件発明1と同様,本件発明2も,「呼出番号」と「受付窓口番号」の双方を可変表示するものである。

本件発明2の明細書の実施例に,窓口番号が固定表示の場合も記載されているということはない。

イ 構成要件C中の「複数の窓口業務を・・・適宜選択指定できる」の「適宜」は,「選択」にかかるものである。一度当該業務を全くやめなければ別の業務を選択できないものにつき,控訴人主張のように,「その場合の状況にぴったりあって」「選択」できる,ということはできない。

「適宜」には,「随意」という意味もある。本来の業務をいったん終了させなければ,新たな業務を選択できないようなものを,本来の業務のほかに,他の業務を随意選択できる複数業務選択機能を有するもの,ということはできない。

ウ 本件発明2の明細書(甲第7号証参照)の「作用」の項の記載,「発明の効果」の項の記載からは,本件発明2は,一つの窓口業務に,自己の業務を含めて他の業務を同時に複数選択すること,つまり,基本的にあらかじめ固定的に選択された自己の業務のほかに,他の異なる1,2,3あるいはそれ以上の業務を同時に選択しておくことができることをその本質としており,単純に,それまでやってきた自己の業務をやめて他の業務に切り替えて置き換える機能は全く問題にしていないことが,明らかである。

エ 控訴人は,本件発明2には,「自己の担当業務を呼び出し終えた窓口業務者が,来店客が残っている別の業務を選択する(業務を切り替える)ことができるような機能を有するキースイッチも含まれる,とみるのが自然である。」と主張する。しかし,そのような操作については,明細書に全く記載されていない。

明細書に記載されている課題は,「受付整理装置は,各受付窓口には末端機器としての窓口操作盤,及び端末機器としての受付券発行機と表示盤とが配置され,これらの端末機器をマイクロコンピューターによって集中管理するシステムであるがため,・・・窓口業務者側の作業業務の繁雑化に伴う窓口業務の複雑化,つまり一つの業務を一つの受付窓口で受け持つのではなく,他の窓口にあっても関連される場合に,他の窓口との連繋がとれず,例えば,二つの窓口の業務に関連する業務受付がある場合に,いちいち一方の窓口から他方の窓口に窓口業務者が伝言したりしなければならず,業務に支障をきたしたり,・・・トラブル発生があったりする」(甲第7号証2頁右欄35行~49行)ということである。担当業務を終えた窓口業務者が,多忙な他の窓口を援助するというような記載はない。

オ 原判決が,実施例の記載を引用したのは,特許請求の範囲の用語の解釈の参考とするためである。このように実施例の記載を参考とすることは,特許法70条2項からして当然のことである。

第4当裁判所の判断

当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第3 争点に対する判断」の「2 本件発明2について」の「(2) 被告各装置の構成要件Cの充足性について」の「ア 構成要件Cの解釈」のとおりであるから,これを引用する。

1  本件発明2の構成要件Cは,特許請求の範囲の記載で,「各受付窓口に配され,複数の窓口業務を窓口毎に必要な業務として適宜選択指定できる業務選択キースイッチ,呼出キースイッチ,クローズキースイッチを有し,且つ,各操作キー及び呼出番号をモニター表示するモニター表示部を有した窓口操作機」とされているものである。

このうちの「各受付窓口に配され,複数の窓口業務を窓口毎に必要な業務として適宜選択指定できる業務選択キースイッチ」の解釈について,控訴人は,複数業務の同時選択ができるキースイッチのみならず,現に担当している業務の取扱をやめた上で,他の業務を選択することができるにすぎないものも含まれていると主張する。これに対し,被控訴人は,上記業務選択キースイッチは,複数業務同時選択ができるものだけを指していると主張する。

本件発明2の構成要件Cに対応する特許請求の範囲のこの記載だけからでは,複数業務を択一的に選択すること,すなわち,ある業務を取り扱っていた窓口業務者が,途中で,当該業務の取扱をやめ,別の業務を選択する場合が,構成要件Cに含まれるか否かは明らかではない。そこで,次に,明細書の他の記載を検討する。

2  本件発明2の明細書(甲第7号証は,同明細書の内容を示す特許公報である。)では,本件発明2は次のようなものであると説明されている。

(1)  「この受付整理装置(判決注・本件発明1を指す)は,・・・依頼者の待ち時間の不平等をなくし受付券を受け取った順序で順次開いている窓口に依頼者を案内できるものであり,・・・依頼者の負担軽減が図れ,更には,窓口業務者の負担をも軽減でき,・・・ところが,この装置にあっても,次のような問題点があった。すなわち,このように形成された受付整理装置は,・・・依頼者の立場に立った便宜を主に図り,それに伴って窓口業務者の作業負担軽減を図るようにした装置であり,窓口業務者側の作業業務の繁雑化に伴う窓口業務の複数化,つまり,一つの業務を一つの受付窓口で受け持つのではなく,他の窓口にあっても関連される場合に,他の窓口との連繋がとれず,例えば,二つの窓口業務に関連する業務受付がある場合に,いちいち一方の窓口から他方の窓口に窓口業務者が伝言したりしなければならず,業務に支障をきたしたり,或いは,伝言し忘れることによる順番遅れ等のトラブル発生があったりする問題である。」(甲第7号証2頁目右欄10行目~49行目,(従来の技術)の項の一部)

(2)  「そこで,この発明(判決注・本件発明2を指す)は,上述した問題点等に鑑み,特に,複数の受付窓口を有した窓口業務にあって,客や申請者等の依頼者に受付券を発行してその窓口へ案内する受付処理装置において,・・・一方では,複雑な事務処理に伴って,一つの業務を一つの受付窓口で受け持つのではなく,他の窓口にあっても関連されるものであれば連繋して受付処理できるように,業務の多様化が図れる受付処理装置の提供を課題として創出されたものである。」(甲第7号証3頁目左欄11行目~20行目,(発明が解決しようとする課題)の項の一部)

(3)  「・・・各受付窓口にあっては,窓口業務者が窓口操作機の業務選択キースイッチを押して,窓口操作機が配されている窓口業務の外に,関連するものであれば他の窓口の窓口業務をも選択指定しておく。

そうすると,・・・依頼者による受付券発行機の操作によって依頼事項が指定されると,その指定事項とその依頼順番が制御機の方に入力されて制御機から各窓口操作機の方に順番指示が発せられる。そこで,依頼事項に対応する受付窓口の窓口操作機の方で制御機からの順番指示を判断してそのモニター表示部に指示表示する。それを見て窓口業務者が来客の番号を確認して,窓口業務者のそれぞれの窓口業務に関係する来客の番号はもとより,業務選択キースイッチにより選択した窓口業務に関係する来客の番号までも来客に向かって連絡するものである。」(甲第7号証4頁目左欄1行目~17行目,(作用)の項の一部)

3  以上認定の明細書の記載からは,本件発明2は,二つの窓口業務に関連する業務受付がある場合,伝言連絡の手間に起因する業務の支障,あるいは伝言忘れによる順番遅れを回避するため,業務選択キースイッチを押して,他の窓口業務をも選択指定しておくことにより,窓口業務者のそれぞれの窓口業務に関係する来客の番号だけでなく,業務選択キースイッチにより選択した窓口業務に関係する来客の番号までも把握して,来客に向かって連絡できるという作用効果を有するものであると認められる。本件発明2がこのようなものであるとすれば,業務を択一的に切り替えて選択することができるにすぎないようなものが同発明に含まれないことは,論ずるまでもないことというべきである。

4  控訴人は,構成要件Cにおける業務選択キースイッチが,業務を択一的に選択することができるにすぎない場合をも含むと解すべき根拠として,複数の受付窓口を有する窓口業務において,一つの窓口が,自己が担当する業務についてすべての来客を呼び出し終えた後に,他の業務のために来店した来客を呼び出すことによって業務補助を行うのが一般的であることを挙げる。

しかし,仮に原告主張のやり方が一般的であるとしても,そのことは,原告主張の解釈を何ら根拠付けるものではない。特許発明が何であるかは,当該特許に係る明細書において,出願発明とされるのが何であるかによって決められるべき事項であり,本件発明2に係る明細書の記載状況は既に述べたとおりであるからである。付言すれば,出願時に一般的に行われているにすぎないことを構成要件にしても,それだけでは発明に進歩性を与えることにならないのは当然であり,控訴人の主張は,この点でも合理性に欠けるものという以外にない。

5  被控訴人装置1及び2が,複数の業務を同時に選択する機能を有していないことは,当事者間に争いがないから,これらが本件発明2の構成要件Cを満たしていないことは明らかである。

以上のとおりであるから,被控訴人装置1及び2が,本件特許権2に抵触していると認めることができないことは,その余の点について判断するまでもなく明らかである。

6  結論

以上検討したところによれば,控訴人の本訴請求は理由がないことが明らかであるから,これを棄却すべきであり,原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,これを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 阿部正幸 裁判官 高瀬順久)

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