東京高等裁判所 平成14年(ネ)1654号 判決 2003年2月06日
主文
1 原判決中控訴人兼附帯被控訴人敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人兼附帯控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 被控訴人兼附帯控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じて被控訴人兼附帯控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人兼附帯被控訴人(控訴人)
主文第1ないし第3項同旨
2 被控訴人兼附帯控訴人ら(被控訴人ら)
(1) 控訴棄却
(附帯控訴として)
(2) 原判決中被控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
(3) 控訴人は、別紙「原告・請求額・認容額一覧表」中の1ないし19番、21番、23番、24番、27番、29ないし36番、38ないし47番、49ないし53番、55ないし59番、63ないし73番及び76番記載の被控訴人らに対し、各「請求額」欄記載の各金員及びこれに対する平成11年1月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は、控訴人の従業員である被控訴人らが、控訴人に対し、同社の組織変更前のa有限会社が賞与を廃止する等の賃金改定をしたことにより生じた従来賃金との各差額金の支払を求めた事案である。
原判決は、被控訴人らの請求を一部認容したので、控訴人及び被控訴人らが各敗訴部分につき不服を申し立てたものである。
2 上記のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄第二記載(3頁以下)のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の当審における主張)
(1) 原判決は、控訴人が行った平成6年4月15日の就業規則の変更(本件就業規則の変更)に合理性はないとするが、不当な判断である。
平成6年当時、埼玉県の旧大宮市内のタクシー会社の多くは、賞与等のない月例賃金1本の賃金制度(いわゆるB型賃金制度)を導入していた。aにおいては、同業他社との競争に生き残り、地元で新規の従業員を確保するにはB型賃金制度を導入する高度の必要性があった。そして、aが行っていた従来の賃金制度(旧賃金制度)は、勤続による年功賃金の要素が強かったが、控訴人のような脆弱な企業が、従業員のモチベーションを高めつつ、企業として生き残っていくためには、業績反映型の賃金制度に変更する必要性があった。当時、労働生産性と結びつかない年功給(勤続給)は、既に合理性を失っており、労働生産性を重視し、能力、成果に基づく賃金制度を採る必要性が高くなっていたのである。そこで、aは、旧賃金制度の年功給(勤続給)を廃止して、奨励給を新設し、各人の稼高に応じて、「(稼高-35万円)×10パーセント」の算式によって支給額を決定すること等を内容とする賃金制度を策定し、平成5年12月9日、被控訴人らの属するh労働組合総連合会埼玉地方連合会a労働組合(i)に提案した。しかし、iから実質的な協議をすることを拒否されたため、aは、上記提案を一部変更して、本件就業規則の変更をし、これを従業員全員に周知徹底した上、平成6年5月から新しい賃金制度(新賃金制度)を実施するに至った。したがって、本件就業規則の変更は有効なものである。
(2) 原判決は、被控訴人らの所属するi以外の従業員らが、実質的には賞与に代替する奨励給を受け取っているのに比べて不公平であるとするが、不当な判断である。
aあるいは控訴人は、被控訴人らに対し、新賃金制度に基づく、奨励給を支給しているのであるから、不公平な扱いなど存在しない。そもそも、賞与請求権は具体的な労働協約等の合意なくして発生しないから、「不公平」を理由に具体的な賞与請求権が発生することはない。また、新賃金制度における奨励給は、賞与を代替するものではなく、年功給(勤続給)に代替するものである。
(3) 原判決は、控訴人が被控訴人bに賞与を支払ったとは認められないとするが、事実の誤認である。
すなわち、控訴人は、被控訴人bに対しても賞与を支払っている。控訴人が同人に対してのみ賞与を支給していないなどということはあり得ないことである。
(被控訴人らの当審における主張)
aにおける従前の賃金制度は、月例賃金と半期ごとの「一時金」部分から成り、かつ、月例賃金には年功給(勤続給)が含まれていた。他方、aが強行した新賃金制度には実質的には従前の一時金はほぼ取り込まれているものの、年功給(勤続給)が削られてしまった。したがって、旧賃金制度を一方的に変更した本件就業規則の変更の効力が問題となるところ、原判決はこの点の判断をしないまま、一時金について抽象的請求権を認めたものの、具体的請求権は認め難いとし、組合以外の従業員との実質的公平性の観点から歩合給部分について信義則上の支払義務を認めるにとどまった。本件就業規則の変更には合理性がないから、この変更は無効というべきである。そうすると、一時金については、労使間の合意、あるいは個別労働契約の内容として、被控訴人らの本件請求がすべて認められるべきものである。
すなわち、就業規則の変更について、最高裁判所は、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されない。」とし、ただ、例外的に「労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限りは、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されない」と述べているのであり(最大判昭和43年12月25日民集22巻13号3459頁)、かつ、その合理性については、「当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容面の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいう」と解されており、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべき」ものである(最三小判昭和63年2月16日民集42巻2号60頁)。このような観点からすると、本件就業規則の変更は、その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づくものということはできない。被控訴人らの多くは、勤続年数が少ないころ、薄給に甘んじ、年数が増加して相当な額の年功給を得られるまで我慢してきたのである。旧賃金制度を廃止した本件就業規則の変更は、被控訴人らの被る不利益を無視するものである。
平成6年当時、aは現在よりも利益が出ていたのであるから、本件就業規則の変更に合理性などないというべきである。
第3当裁判所の判断
当裁判所は、被控訴人らの各差額賃金請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 本件における事実の経過
証拠(甲1号証の1ないし3、2及び3号証の各1、2、4ないし8号証、15ないし21号証、23ないし25号証、乙1ないし22号証、23号証の1、2、24ないし30号証、31号証の1、2、32及び33号証、36ないし58号証、原審における証人c及び同dの各証言、原審及び当審における被控訴人e本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人代表者本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば、本件における事実の経過として、次の各事実が認められる。
(1) aと労働組合
控訴人の現代表者であるfの父gは、昭和36年4月11日、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー業)等を目的とするaを設立し、同社の代表取締役に就任し、その経営に当たっていた。gは、jの出身であり、kに所属する地方議員でもあった。gは、昭和59年4月にaに入社し、昭和60年、代表取締役に就任した。平成7年2月1日、aは株式会社に組織変更され、控訴人が設立された。fがその代表取締役に就任した。
aにおいては、昭和45年7月7日に労働組合が結成され、その後、lに加盟し、l労働組合a支部(a支部)と称し、aとの間で多くの労働協約を締結した。a支部は、昭和62年11月28日、l労働組合を脱退し、h労働組合総連合会埼玉地方連合会に加盟し、略称をa支部からiに改めた。被控訴人らは、iに加入している。
なお、控訴人には、iのほか、平成6年6月22日に結成通知を出したh労働組合埼玉地方連合会a乗務員組合(全自交と略称)がある。
(2) aにおいて賞与が廃止されるに至るまでの経緯
ア aにおける従前の就業規則(甲1号証の1)には、賞与に関し、「会社は、事業の成績により賞与を支給する。」(61条1項)、「賞与は、その都度これを定め、各人の勤務成績、営業成績等を勘案して支給額を決定する。」(61条2項)、「賞与の支給対象者は、当該賞与支給日当日に在籍している者とする。ただし、臨時雇い、パートタイマーを除外する。」(61条3項)と定められていた。
イ aにおける賞与は、昭和49年夏季から平成元年冬季までの間、1人平均支給額が金8万円から17万8000円の間にあり、それは一律、年功、稼高などにより、各人に配分されていた。そして、稼高の占める割合は、当初20パーセントであったが、次第に上昇し、50パーセントに上る程になっていた。
ウ 昭和60年、aの代表取締役に就任したfは、aの旧賃金制度が並外れた年功重視のもので、タクシー業界の競争に生き残るためには労働生産性重視の賃金制度に改めていく必要があると考え、賞与も年々減額していった。
エ aは、平成2年夏季賞与について、iに対し、1人平均12万4000円を提示した。しかし、iは、平成2年7月16日に48時間ストを決行した。最終的には、労使間で、1人平均14万円で妥結し、その配分について、一律分3万5000円(1人平均14万円の25パーセントの金額)、年功分支給対象者合計で100万5000円(1人平均14万円の平均7ないし8パーセント)、残りは稼高によることとされた。その際、aは、iに対し、次回からは、足切額を195万円、年功部分は廃止すると要望した。
オ 平成2年冬季の賞与の協定に当たって、iは、控訴人の上記エの要望を容れ、一律分3万5000円、足切額195万円、稼高分はそれを超えた額の9パーセントとすることで妥結した(乙15号証)。
カ 平成3年4月26日、いわゆる春闘の際、控訴人とiは、協定を結んだが、その協定書(乙17号証)中には、賞与について、「次回運賃改定時まで、昨年冬の実績(営収195万円足切残高9パーセント+3万5000円)を凍結する。」との記載部分がある。しかし、上記協定書上、賞与につき、上記の実績をもって最低額とする旨の記載はない。
キ その後、平成5年の冬季賞与まで、上記カの計算による金額が賞与として支給された。そして、平成5年の冬季の賞与について、aは、同5年11月25日、iに対し、対象月を同5年6月から11月までとして、一律を3万5000円、稼高を(出番仮想込稼高-195万円)×9パーセント、支給日12月10日と通知した(甲4号証)。その後、aは、入社案内(乙33号証)を作成し、「平成5年冬実績」として上記賞与の内容を記載した。
ク 平成6年当時、埼玉県の旧大宮市内のタクシー会社においては、賞与等のない月例賃金1本のB型賃金制度を導入する会社が多くなってきていたた。こうした中、fは、aの従来の賃金制度は、勤続による年功賃金の要素が強く、恒常的に新規の従業員を確保していくことが困難であると考え、また、従業員のモチベーションを高めつつ、他社との競争に抗していくには、B型賃金制度を導入することが不可欠であると判断した。また、タクシー会社の営業収入における賃金に充てられる率(支給率)は、一般的には60パーセントが限度とされているが、aにおいては、支給率も高かった。
このような事情の下、aは、従来の賃金制度の年功給(勤続給)を廃止して、奨励給を新設し、各人の稼高に応じて、「(稼高-35万円)×10パーセント」の算式によって支給額を決定すること等を内容とする新賃金制度を策定して、平成5年12月9日、被控訴人らの属するiに提案した。しかし、iは、aの上記提案につき、実質的な協議をすることを拒否した。そこで、aは、就業規則を変更し、これを従業員に周知徹底した上、平成6年4月15日からこれを実施した。本件就業規則の変更により、賞与の規定は削除された(乙23号証の1)。平成6年10月17日、aと全自交は、上記の新しい労働条件に沿った協定を締結し、協定書(乙20号証)を交わした。
こうして、平成6年5月以降、aは、賞与を支払うことはなくなった。
(3) aにおいて年功給(勤続給)が廃止されるに至るまでの経緯
ア aにおいては、従前、就業規則の一部である給与規定上、賃金には基本給と歩合給があり、基本給については年功給(勤続給)があった。
イ 年功給については、次のような改訂がされてきた。すなわち、昭和63年に定年制を導入し、定年に達した者の年功給をゼロとした。平成2年夏季の協定の際、賞与の中にあった年功部分が廃止された。平成3年、年功給を14年で打ち止めとした。
ウ aは、平成5年9月6日、iに対し、新しい賃金制度を導入したい旨の提案をした後、同5年12月9日、新しい賃金制度による労働条件(甲19号証)を提示した。しかし、iは、aの上記提案の白紙撤回を求めた。aは、やむなく、就業規則の変更によって、新しい賃金制度を導入することとし、あらかじめ、従業員に対し、通知書を配布し、新たな就業規則を備え付けるなどの措置をとった上、平成6年4月15日、本件就業規則の変更をした。
本件就業規則の変更によって、就業規則の一部である給与規定が改正された。これにより、aは、営収重視への転換を図ることになり、年功給(勤続給)が廃止され、歩合給として奨励給が新設された(この奨励給は、「(稼高-35万円)×10パーセント」とされた。ここで、いわゆる足切り額が35万円とされたのは同業他社の通常の例にならったものであった。)。
エ こうして、aは、本件就業規則の変更に伴って、新賃金制度を全従業員に適用するようになったが、平成10年7月以降、iの組合員の多くに対しては旧賃金制度によってその賃金を支払うようになったため、現在、控訴人の賃金制度は2本立てとなっている。
2 賞与の廃止の必要性と合理性の有無
前掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
(1) 賞与は、その対象となる期間における賃金の後払いの性格を有するものである。タクシー乗務員のように、歩合給の要素の強い賃金の支払いを受けている労働者の側からすると、自ら稼いだ営収に係る賃金が、その稼いだ月に全額支払われず、一部とはいえ後払いとなることには納得のいかない面がある。このようなこともあって、埼玉県下のタクシー会社の大部分は、賞与を廃止したいわゆるB型賃金制度を採用している。
(2) タクシー業界にあっては、営収重視の賃金制度を採用しないと、新規に従業員を募集することが不利になる状況にある。
(3) そして、aにおいては、賞与を廃止しても、従前、賞与の支払に充てられていた原資は、月例賃金の他の項目(基本給及び奨励給)に向けられ、この項目の金額が増額されることになったので、従業員は、上記の月例賃金の中で十分な収入を上げることが可能であった。
(4) 賞与の支払がされる場合、会社の業績によっては、賞与分の支払が受けられないおそれがあるが、上記(3) の月例賃金によれば、会社の業績に左右されずに賃金を受け取ることができるため、従業員にとっても、賞与の廃止と月例賃金への一本化は必ずしも不利益なものではなかった。
(5) このような事情から、被控訴人ら以外の従業員の多くは、従前の賞与を廃止することに賛同した。
3 年功給の廃止の必要性と合理性の有無
前掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
(1) aにおいて、年功給が導入された当初のころは、従業員が得る年功給の額は必ずしも大きな額ではなかったが、平成6年ころに至ると、年功給が上限の額に達した従業員が相当数存在するようになっていた。
(2) 年功給が導入された当時、従業員全体の賃金原資に占める年功給の総額はわずかであった。したがって、年功給の支払に賃金支払い原資の一部を充てても、その残りの原資で、従業員の働きに応じた十分な賃金を支払うことができた。しかし、その後、経済情勢が大きく変化して、従業員一人当たりの稼高が大きく減少した。そのために、1人1人の賃金を支払う原資も大きく減少した。これに対して、年功給の総額は年々上昇し、その賃金原資の総額に占める割合も上昇した。このような2つの要因から、年功給をそのまま維持して、賃金の支払い原資から、まず年功給部分を除くと、その残りの原資では従業員の稼ぎに応じた十分な賃金支払いをすることができなくなった。
(3) そして、年功給は1年目は743円と低額であるが、14年以上勤続した者の場合は2万1356円と高額になる。年功給として高額の支払を受ける従業員は、概して、稼高が少なく、年功給をほとんど受けない従業員は、稼高が多いので、年功給は、従業員の労働生産性に結びつかないものとなっていた。そればかりでなく、年功給は、生産性の低い者が高い賃金を受けるという点で、労働生産性と逆行することになり、従業員のモチベーションにも影響し、従業員の多くは年功給を受け入れ難いものと考えるようになっていた。
(4)上記のような状況から、aにおいては、年功給を維持することにつき、在籍する従業員から了解を得ることが困難な状況となっていた。さらに、年功給を維持したままでは、新規従業員の採用をすることも困難を伴った。年功給は、従前は従業員の定着に有効であったが、本件就業規則の変更がされた当時は、従業員の定着にも、新規従業員の募集にも障害となっていた。
(5) aは、年功給を廃止した後、その支払に充てられていた原資と賞与の支払いに向けられていた原資の一部をもとに、奨励給を新設し、これを従業員に支給するようになった。この奨励給の採用によって、平均的な稼高をあげる従業員は、従前に比較して多額の賃金を得ることができるようになり、年功給の廃止によって、労働生産性に応じた公平で合理的な分配を受けることができるようになった。年功給の廃止と奨励給の採用は、概して、従業員の働く意欲にも好影響を生じさせた。
本件就業規則の変更後、従業員の採用がし易くなり、従業員数も増加した。 現在、被控訴人らが本件就業規則の変更について同意しないこともあって、事実上、控訴人の賃金制度は新賃金制度と旧賃金制度の2本立てとなっており、新規採用者はこれを選択できることになっている。しかし、新規採用者で旧賃金制度を選択する者はないのが実情であり、iの組合員の中にも新賃金制度を選択している者がある。
(6) なお、本件就業規則の変更に先だって、aは、年功給を廃止する場合には、それに代わる奨励給として「(稼高-35万円)×10パーセントを支払う。」旨の提案を行い、これを平成5年12月9日に被控訴人らが所属するiに示した。しかし、iは、実質的な協議をすることを拒否した。そこでやむなく控訴人は、上記の提案を一部緩和する内容で本件就業規則の変更を行ったものである。
4 本件就業規則の変更の効力
上記認定のとおり、本件就業規則の変更は、賞与の廃止と月例給への一本化及び年功給の廃止とそれに代わる奨励給の創設を基本として行われたものである。
本件就業規則の変更は、上記2及び3において認定したとおり、同業他社との競争上、aが不利な立場に立たないよう、同業他社の賃金制度に近づけようとしたものである。すなわち、aが新規の従業員を円滑に募集したり、在職する従業員の雇用を継続していくうえでの障害を取り除くという観点からのものであった。本件就業規則の変更は、aの経営体質強化に資するものであったということができるのであって、aの運営上、高度の必要性があったものと認められる。
そして、上記のとおり、賃金制度の変更に伴って、これに見合う代償措置が採られたため、変更後の労働条件は必ずしも従業員の側に不利益ばかりをもたらすものではなかった。そして、新たな労働条件は、労働生産性に比例した公平で合理的な賃金を実現するという利点を生じさせており、新規の従業員の採用が円滑化し、また、在職する従業員の働く意欲にも良い影響を与えるようになったことが窺われる。本件就業規則の変更は、合理性と相当性を兼ね備えているものということができる。
また、被控訴人らの属するiとの交渉の経緯や、他の従業員が賛成しあるいは同意している状況からすると、本件就業規則の変更について、適正な手順が履践されたということができる。
そして、平成6年当時の社会一般の状況からしても、労働者があげた業績、すなわち労働生産性と賃金とが見合うものであることが強く求められるようになっていたのである。
以上の諸点を考慮すると、本件就業規則の変更は、上記第2の2の「(被控訴人らの当審における主張)」欄記載の最高裁判所昭和43年12月25日判決及び最高裁判所昭和63年2月16日判決によって形成された合理性の要件を充足するものということができるのであって、本件就業規則の変更は、不利益を受ける労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものということができる。したがって、本件就業規則の変更は有効なものである。
被控訴人らは、勤続年数が短く、年功給が少ないころ、薄給に甘んじ、年数が増加して相当な額の年功給を得られるようになるまで我慢してきたもので、年功給を廃止するのは、過去の不利益を無視するものである旨主張する。しかし、被控訴人らの勤続年数が短かった当時は、高額の年功給を受ける従業員は存在しないか、ごく例外的な存在であったものと認められるのであって、勤続年数が短いことによる不利益を我慢していたというのは実情に合わない主張というべきである。そうすると、年功給の廃止が、過去の不利益を無視するものであるなどということはできない。
そして、年功給の廃止は、上記のとおり、年功給の制度による公平を欠いた賃金の配分を是正するものと認められるのである。そうだとすると、年功給によって被控訴人らが得る利益は、他の従業員の犠牲の上に成り立った利益であるとの批判を免れないのであり、これを永続的に得ることができなくなったからといって、その不利益を過大視すべきではない。
他方、上記のとおり、本件就業規則の変更は、従業員の定着と、新規従業員の円滑な獲得の観点から、会社運営上の高度の必要性があるものと認められる。そして、本件就業規則の変更の必要性は、上記のような観点によるのであるから、仮に、平成6年当時、aが現在よりも利益が出ていたという状況にあったとしても、これによって、上記の就業規則の変更の必要性が左右されるものではないというべきである。
そうすると、被控訴人らに生じる不利益を考慮しても、本件就業規則の変更には、労使関係における就業規則の法規範性を是認できるだけの合理性を肯定することができる。この点に関する被控訴人らの主張は採用することができない。
5 結論
以上のとおりであって、本件就業規則の変更によって、改正前の給与規定は効力を失っているから、改正前の給与規定が有効であることを前提に計算した給与の額と、被控訴人らが現に支払を受けた給与の額との差額金の支払を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなくてはならない。
したがって、被控訴人らの請求を一部認容した原判決は、この部分について失当であるからこれを取り消し、被控訴人らの請求をすべて棄却することとし、また、被控訴人らの請求の一部を棄却した原判決は、この部分については正当であるから、被控訴人らの附帯控訴は理由がなく、これを棄却すべきものである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 及川憲夫 裁判官 原敏雄)