東京高等裁判所 平成14年(ネ)4872号 判決 2002年12月04日
控訴人
X
訴訟代理人弁護士
三木昌樹
木原右
楠慶
被控訴人
株式会社わかしお銀行
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
今井和男
沖隆一
原田泰孝
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付の別紙預金口座目録記載1ないし5の各預金口座の取引経過明細を開示せよ。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は、預金者の相続人の一人である控訴人が、被相続人である預金者の預金先の銀行である被控訴人に対し、預金契約に基づき、預金口座の取引経過明細の開示を求める事案である。
2 本件の争点は、控訴人が、被控訴人に対し、被相続人の預金口座の取引経過明細の開示を求めることができるかどうか、その法律上の根拠の有無・根拠内容いかんにあるが、その前提問題として、(1)預金者は銀行に対し、預金契約に基づいて、その預金口座の取引経過明細を開示するよう求める権利を有するかどうか、(2)預金者にこのような権利があるとしても、預金者が死亡した場合において、預金者の相続人の一人が、その相続関係が確定するまでの段階、すなわち、その預金者としての地位の帰属が未確定の段階であっても、単独で、銀行に対し、上記開示請求権を行使し得るかどうか、(3)銀行は、預金者の相続人の一人からの開示請求に対し、他の相続人が、被相続人の預金口座の取引経過明細の開示に反対している場合、これを理由に開示を拒むことができるかどうかが問題となるところ、本件の争いのない事実及び上記(1)ないし(3)についての当事者双方の主張は、原判決の「事実及び理由」の欄のうち「第2 事案の概要」中の第1、第2項(原判決二ページ二行目から五ページ末行まで)に摘示するとおりであるから、これを引用する。
上記(1)の点について、原判決は、契約当事者である預金者にも、その預金口座の取引経過明細について銀行に対して開示請求する法的根拠が見当たらないとして、控訴人の請求を棄却したので、控訴人が控訴をした。
3 証拠関係
証拠関係は、原審及び当審記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第3当裁判所の判断
1 本件争点のうち(1)の点(預金者の銀行預金口座の取引経過明細の開示を求める権利の有無)について
預金契約の法的性質は、一般的には、受寄者である銀行において、受寄物である金銭を自由に使用することができる金銭の消費寄託契約に当たると解されており、したがって、消費貸借契約の規定が準用になる(民法六六六条)ところ、金銭消費貸借契約に関しては、契約当事者間において、貸主から借主に対し、その取引経過明細の開示を求めることができる旨の法令上の根拠は存しない。
この点に関連して、控訴人は、銀行法一二条の二所定の銀行の預金者等に対する情報等の提供義務を根拠に、当該預金口座の取引経過明細について銀行から預金者に対して開示する義務がある旨主張する。しかしながら、銀行法の上記規定は、預金等の受け入れに関し、預金者等の保護に資するため、契約の内容その他参考となるべき情報の提供を義務づけたものであって、これを受けて定められた銀行法施行規則一三条の三の開示の対象となるべき情報の具体的内容からもうかがわれるとおり、預金口座の取引経過明細の開示がこれに含まれないのは明らかであるのみならず、そのことは、その制度趣旨に照らして明らかというべきであり、控訴人のこの点の主張は失当である。
控訴人は、また、信義則を根拠に、銀行が預金者に対して当該預金口座の取引経過明細について開示義務がある旨主張する。しかしながら、信義誠実の原則は、個々の事案における法律規定の具体的な解釈適用場面において、法律規定の一般的ないし形式的な適用によっては著しく衡平を失する場合において、その一般的ないし形式的な適用を限定ないし修正して当該事案に適った妥当な解決を図るための法理であって、およそ銀行と預金者との間において一般的に預金者がその預金口座の取引経過明細の開示請求権を有するかどうかという一般的な解釈問題についてまで妥当するものとは解し難く、この点の控訴人の主張も採用の限りでない。
もっとも、実際の預金関係実務ないし預金取引の実態においては、単に金員の預入れ(寄託)とその払戻し(返還)が単発的に行われるにとどまらず、預入れと払戻しの反復、給料等の振込み、公共料金の振替送金、重要な財産上の取引の決済等が行われており、むしろ、これらの点からすると、預金契約関係は、委任ないし準委任類似の契約関係を含む場合もあると見る余地も皆無とはいえず、個々の事案の具体的な取引ないし契約内容いかん(ただし、本件においてはその点の具体的な立証がない。)によっては、その法的性質がすべて純然たる消費寄託契約関係にとどまるものというべきか、全く疑義が残らない場合ばかりではないといえよう。加えて、銀行においては、一般的に、預金者ないし預金者として確定した者に対しては、その求めに応じ、その預金通帳に預入れ、払戻し、振替送金、払込み受入れなどを記帳するなどの方法により、預金口座の取引経過明細の開示をする扱いがされており、弁論の全趣旨に照らすと、被控訴人も同様の扱いをしていることが認められる。
そこで、進んで、本件争点のうち上記(2)の点について判断する。
2 同(2)の点(預金者の相続人の一人が、単独で、取引経過明細の開示請求をすることができるかどうか)について
金銭債権その他の可分債権は、その権利者が死亡した場合において、その権利者に複数の相続人がいるときは、その死亡により、各相続人の相続分に応じて当然に分割承継されて各相続人に帰属することになるのであり、銀行預金債権も、金銭債権と認められる限度では可分のものであるから、預金者の死亡により、各相続人相続分に応じて当然に分割承継されて各相続人に帰属することになる。したがって、各相続人は、銀行に対し、その相続分の割合に応じて分割承継した分の預金債権の払戻しを求めることができるものといえる。しかしながら、このような払戻しを求めるにとどまらず、預金口座の取引経過明細の開示を受け得る地位について考察すると、この地位は、預金者すなわち預金契約当事者としての地位に由来するものであり、このような預金契約当事者としての地位は、一個の預金契約ごとに一個であって、これを可分のものと観念することはできないから、預金者を被相続人とする共同相続人の一人は、いまだ遺産分割等が行われていない段階においては、単独でその地位を取得するに至らず、したがって、そのような相続人は、単独で銀行に対しその開示を請求したとしても、銀行がこれに応じないときには、強制的に銀行をしてその開示をなさしめることはできないものといわざるを得ない(銀行に対しこのように強制的に開示をなさしめることを認める法律上の明文の規定も見当たらない。)。
3 上記1及び2で検討した事項のほか、控訴人が被控訴人に対し本件預金口座の取引経過明細を開示することを請求する権利を有する(被控訴人が控訴人に対しその取引経過明細を開示すべき法律上の義務を負う)ことを認めるに足りる証拠はないから、控訴人の本件請求は、理由がない。
4 結論
よって、控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ、これと結論を同じくする原判決は、正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法六七条一項、六一条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 西謙二 山﨑勉)